ウマ娘の頭悪いサイド   作:にゃんこぱん

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やりますわね!

 

 初めて会ったとき、不思議な人だなって思った。

 

 4月の桜が散る頃、トレセンは活気付いていた。トレーナーもウマ娘も、選抜レースのたびに一喜一憂し、集まっては歓声を上げ、悔しさに涙し、多くのウマ娘が多くのトレーナーと出会った、桜の季節。

 

 そのときあたしはまだ、トレセンに入ったばっかりで、右も左もわからなかった。クラスメイトが選抜レースに出るというので、応援をするためにレース場へ向かっていたら、なんかいた。

 

「おーん。はぁ、おれァもうダメだぁ。こんなんじゃバーン様にヤられンのも時間の問題だな。なぁんでどいつもこいつも……はぁーぁ、どーにかなんねーかなぁ……」

 

 階段に座り込んで頭を抱えるトレーナーに出会ったのは、その時だった。

 

 特段幼い顔立ちというわけでもないが、多くのトレーナーと比べてあまりにも若かったから、最初はトレーナーだとは思わなかった。どうしてこんなところに高校生がいるんだろうって思った。襟につけてるバッチがなければ絶対に分からないと、今見ても思う。身長も低いし。

 

「……お?」

 

 不意に顔を上げたその人とばっちり目が合った。その頃はまだ、そんな人だとは知らなかったし、困っている人がいたら助けてあげないとって思っていたから……いや、それは今でもそうだが、この人だけは例外。でもそのときはまだ、知らなかったから。

 

 あたしはまだ、この人のことを何も知らなかったから、

 

 だから、あたしは、

 

「あの。どうかしたんですか?」

 

 どうだろう。

 

 もしもあの頃に戻れるのなら、今度はちゃんと無視して立ち去っただろうか? ロクでもない人だと分かっていたならちゃんと関わりなんて持たずに、ちゃんとしたトレーナーを見つけて、ちゃんとしたレース人生を踏み出していただろうか?

 

「どうしたもこうしたもあるかい。全滅だ、全滅。スカウトがうまくいってねーんだ。はぁ、一応聞いてみるんだけどさ。おまえ新入生だろ? ウチのチーム入らん?」

 

「えっ」

 

 もしもあの頃に戻って、一度だけやり直せるのなら、今度はちゃんと、出会わないように出来るかな。

 

 

 

 

/

 

 

 

 

「……あーあ。負けちゃったナ〜。本気の本気だったんだけど。いや〜……」

 

 言葉とは裏腹にテイオーは妙に清々しい表情を浮かべていた。

 

 ……すぞ。

 

「ん〜! あー、悔しいーっ! でも、なんだろ、なんか気分いいや! やっぱ上がいるっていいことだね〜! ライバルの1人もいないんじゃつまんないし! なんかやる気出てきたなぁー、もっと頑張ってトレーニングしとくんだったー!」

 

 ……ろすぞ、ガキ。

 

「なんかもう、レース終わったばっかなのに走ってきたい! 悔しい悔しい悔しいーっ! あーもー、こんなの全部トレーナーのせいだね! ゼッタイそう! ほんっとにトレーナーはどうしようもないな〜」

 

 殺すぞ、クソガキ。

 

「ん? なに? 聞こえなーい」

 

 助けてください。

 

「……まあ……いちおー、謝っとくね。メンゴ!」

 

 メンゴじゃねーだろ──おい。おまえ状況分かってんのか? 例えるならおれはトビウオだ。海にも空にも逃げ場がない……。

 

「……ごめん、何言ってんの?」

 

 何言ってんだろうな、おれは……。

 

 控え室でテイオーと駄弁っているとアルファードの連中も帰ってくる。おーう。おかえりー。

 

「……」

 

 なんだその悔しそうな顔は、揃いも揃って。

 

 まったくしょーがねーヤツらだな。まぁお疲れさん。飯でも行くべ。

 

「……はぁぁ。大口叩いたんですがね〜。これじゃ格好つかないや」

 

「流石に、鈍っていたみたい。私もまだまだね──というより、本番1ヶ月前に急に出ろと言ってくる人が悪いと思うわ」

 

「クソ……はぁ。疲れた。お腹減った」

 

 おれになんか色々好き勝手言っておきながら、こいつら……。もうちょい悔しそうにせんかい。負けてんじゃねーか。

 

「もともと有馬に出ろと言ったのはあなたでしょう? 手は抜かなかった、だけど届かなかった……ありふれた話よ。それより、力を出し切った担当ウマ娘に、まずはお疲れ様の一言があってもいいと思うけれど」

 

 ……わかったよ。まぁ、頑張ったな。おつかれ山です。

 

「てかそーだよ! 元々せんせーが出ろとか言ったんじゃん! 報酬を要求しますー!」

 

 え、嫌だけど。

 

「はぁ!? 約束が違うじゃん!」

 

 あのね。おまえが勝ったやつしかおれに命令できませーんとか言ったんじゃねーか。

 

「知りません。せんせーが悪い! 勝てなかったのは全部せんせーのせいだもん!」

 

 なんだとこの野郎! 黙って聞いてりゃぐだぐだと!

 

「なんですかぁ〜!? 黙ってられないトレーナー代表のくせに! このっ、アタシがどれだけ……! 普段の面倒見が悪いくせに、こういう時だけ都合がいいんじゃないの!? どチビのくせに!」

 

 かっちーん。

 

 ネイチャぁ! このっ、誰がエルリック兄弟の兄の方だこの野郎! だいたいなぁ、おまえはおれに期待し過ぎなんだよ! オメーは知らねーだろうがな! 大人には大人の苦労ってもんがあるんだよ!

 

「うるさーい! うるさいうるさいうるさい! このっ……!」

 

 ネイチャはおれの襟元を掴み上げた。頭に血が上っているらしいが、それはおれも同じだった。ヤツの手首を掴んで引き剥がしてやろうと思ったが、思ったより力が強かったので無理だった。

 

 グググっと力任せに掴まれる。おれは叫んだ。

 

 やめろ! スーツが破けちゃうだろうが! 

 

「そんなのどうだっていいでしょうがっ! いい加減、アタシに心を開け〜っ!! このっ、おりゃぁっ!」

 

 ぐあッ! くそ、何しやがる!

 

 おれは床に転がされた。ネイチャがおれの腹にウマ乗りになって、おれの両手首を押さえつけている──このパワーッ! こ、小娘……!

 

 というか手首が痛ェ! やめろ! くだッ、砕ける! ちぎれる!

 

「普段はちゃらんぽらんなのに、ガードが固いんですよせんせーは! いっつもいっつも、涼しい顔して! アタシだって、ホントはライスみたいに……ッ!」

 

 ライスみたいに、どうしたいってんだ!? おれに喧嘩売りてーってのか!? 買ってやるよォ!

 

「大口叩くんならさ……覚悟は出来てるんだよね。アタシは言ったよ。そこまで都合のいい女じゃないって……言ったよ。アタシは! ずっと、ずうっと、ずっうぅっと──」

 

 なんかネイチャがやべェ。表情は垂れる髪に隠れて見えないが、荒げた声がどこか不安定で危うい。なんなんだ! おれは何も言わない周りの連中に向かって叫んだ。

 

 おい……見てないで助けろォ! というかライブはァ!?

 

「余計な心配──先生はね、自分の心配ばっかりしてたらいいよ。分かってるの? もう逃げられないんだよ」

 

 もう逃げらんねーよ! オメーらがスカーレットさんに負けたせいだぞ!? 分かってんのか!?

 

「都合のいい。勝たなくていいなんて言っといてさ。せんせーはずっと勝手だよ。アタシの気持ちなんて知らないで言いたい放題、やりたい放題……せんせーが知らないフリをしてるから、アタシもそうした。アタシはそうしたよッ! アタシもバカになって、ずっと知らないフリをしたッ!」

 

 ネイチャの言葉はめちゃくちゃだった。

 

 知らないフリだと? 好き勝手に言ってくれる。それとて決して簡単なことではなかった。数ある欺瞞の中で最も難しいのは他人を騙すことではない、自分を騙すことだ。心の底から自分を騙すためには、その欺瞞に対して自覚的であってはならない。鏡に映った自分を見れば、その努力は簡単に剥がれてしまう。

 

 だが、おれの他におれを騙してくれるヤツはいなかった。だから自分でそうするしかなかった。大人ってのはみんなそうだ、そうやって諦めた。それは……確かに弱さだ。生きるのに疲れちまったんだ。

 

「だったらいいでしょ、もう十分でしょ!? いいかげん、昔のことなんて忘れてよ……! もういいじゃん、もういいよ! せんせーがいつまでも足踏みしてるの、堪らないの……」

 

 な……泣いてんのか、おまえ。

 

「泣いてないっ!!」

 

 な、泣くなよ。やめてくれ……。

 

「泣いてないって言ってるでしょ!? せんせーはずっと! そうやっておどけて、ふざけて、騙して……! 嫌い──せんせーなんて大っ嫌いッ! いつまでもそうやって、ずっと痛いのを我慢して……ッ、だったら最初から見せないで……! 教えないでよ、そんなの……!!」

 

 くそ……なんなんだよ。泣かれるとおれの立つ瀬がない。

 

 泣くなよ。泣くなって……。

 

「嫌い……せんせーなんて大っ嫌い。嫌い、嫌い、嫌い、嫌い……」

 

 おれの胸に縋りついて泣きじゃくるネイチャに、おれは正直どうしていいか分からなかった。

 

 なんなんだ。くそ……おれが悪いのか? おれが悪いんか? おれが悪いんだろうなぁ。

 

 はぁ。なんで泣いてんだよ。おれは動こうにも動けないまま、さっきから黙ったままのガキどもの方に視線で助けを求めた……が……どうやらダメっぽい。

 

 テイオーがアチャーって額に手を当てている一方、キタサンが……じっとおれを見ていた。無表情で。え、えと……ど、どういう感情なんだそれは。おれは目が合ったので、テレパシーでなんとかしてくれって伝えてみた。するとトコトコと近寄ってきた。……いけるのか。

 

「ネイチャさん。トレーナーさんは、さっきのレースの時、ありがとうって言ってましたよ」

 

「……え──?」

 

 おいッ! 待て、やめろ!

 

「余計なお世話だけど、ありがとうって叫んでました。だから、大丈夫です」

 

「…………そう、なの?」

 

「はい。大丈夫です──だからきっと、大丈夫です」

 

 ネイチャがゆっくりとおれの顔を見下ろす。涙の跡が切れていないまま、初めて鏡を見た猫のような、呆けたツラを晒している。おれはどうにも恥ずかしくなって顔を逸らした。

 

「…………。…………そう、なんだ──」

 

 まるで雨の日に傘を差してないヤツを見つけたような表情だ。おれとしては、恥ずかしくて仕方がない。

 

 なんなんだよ。嬉しそうな顔をするな。

 

「……よかった。よかった──」

 

 ネイチャはさっきと同じように、おれの胸に頭を置いて、ぎゅっと手を握っていた。

 

 はぁ。どいてくれ、ネイチャ。重い。

 

「……女の子に、重いとか言っちゃいけませんよ、せんせ」

 

 普通の反応をするな。調子が狂うだろうが……。

 

 一向におれの上から退く気配のないネイチャをガキどもが囲い始めて、おれの顔を覗き込んでくる。集まるな! 

 

「──キタサン、さっきの言葉は本当?」

 

「えっと──はい。あたしが保証します!」

 

 するな。するなよ……。くそ! なんなんだ! おれがちょっとなんか叫んだくらいで!!

 

「そう。なら、ケイ。もう一度言いなさい」

 

 ええ!?

 

「そうだよ。素直に礼くらい言えっての。ほら言ってみ。ん」

 

 おいおいおい。

 

「っていうか、ありがとうって言うまで離しませんよ」

 

 さっきまで泣いてたくせに、コイツ! 離せッ! おれはジタバタと暴れてみたが、まるでどうにかなる気配がしなかった。体重は別に大したことないのに、どっからこんな力が……!

 

 4人に──キタサンも便乗している──真上から覗き込まれると視界の圧迫感が強い。おれはたじろいだ。

 

「いつまで意地張ってんの。ほら、言え。いーえ。いーえ」

 

「いーえ! いーえ!」

 

 テイオーが混ざっている──このクソガキ許さんぞ定期。

 

 くそ……おれを屈服させる機会ってわけか。普段の行いが悪すぎるせいか、どうやら他に選択肢が……ない。ネイチャを筆頭に、ワクワクしたような表情でおれが負けを認める瞬間を待ち侘びているらしい。

 

 冗談じゃねェ。おれが……いや……はぁ。分かったよ。一回しか言わねえぞ──おいテイオー。スマホをしまえ。録音すんなよ。

 

「エー。ナニ。聞こえなーい。ほら早く〜」

 

「テイオーさん。ダメですよ、そういうのは。トレーナーさんがまたヘソを曲げちゃいます」

 

「あはは! せんせーはいつでもヘソ曲がりじゃん。むしろ素直になられても困っちゃうかも!」

 

「そう? 流石に鬱陶しいけどね、アタシは」

 

「そうね。いい大人がいつまでも子供のように……。ほら、いい加減諦めなさい」

 

 言葉は冷たいが、アドマイヤ先生まで妙に楽しそうにしている。弱いものいじめがずいぶん楽しいらしい。誰が弱いものじゃい。

 

「っていうかこの際はっきりさせときたいんだけど。もうボクアルファードでいいよね? いいよね!? 流石にもういいでしょ、ボク頑張ったんだけどなっ!」

 

「好きにすれば。少なくとも、こん中じゃアンタが1番強いみたいだし」

 

「え? いいの?」

 

「ダメって言っても諦めないからな〜、テイオーは。でもいいの? ウチも面倒なのが揃ってますよ? せんせーとかせんせーとかせんせーとか」

 

「トレーナーがめんどくさいことは知ってるよ〜。でもご飯奢ってくれるからね!」

 

 勝手に話が進んでいる。

 

 全くもってバカな連中だ。一生に一度しかない青春時代を、こんなよく分からんチームで過ごしたいってのか? やめとけと忠告したいが、そもそもコイツらをチームに誘ったのはおれなんだった。はぁ。

 

 トレーナーがトレーナーなら、担当も担当だ。

 

「というわけで、今日のパーティーには期待してるよ、トレーナー!」

 

「明日はキタサンのレースが控えているでしょう。気が緩むようなことは避けたいところね」

 

「っていうかクリスマスパーティーも今年はやってませんし。キタサンのレースが終わったら全部纏めて祝っちゃうってのはどう?」

 

「あっ、いいですね! うぅ〜っ、明日のレース、絶対勝つぞ〜!」

 

 ……なぁ、ありがとな。

 

「──え?」

 

 なるべくバレないように呟いたつもりだったが、スイッチを切ったみたいに静かになってしまった。注目が集まる。やめろ、見るんじゃない、恥ずかしい……。

 

「……聞いた? 今の」

 

「き、聞いたよ……ウソー! と、と、と、トレーナーが……お、お礼を……!」

 

「夢……じゃ、なさそうです……じゃ、本当に……?」

 

 酷い反応が返ってくる。おれは抗議しようとしたが、どうにも墓穴を掘りそうだったので黙ることにした。ここじゃ何か言うだけ損だ。

 

「……もう一度言いなさい」

 

 じーっとアドマイヤ先生がおれの顔を覗き込んだ。やめろ! っていうか、ネイチャ! いつまで乗ってんだ。ライブはどうしたライブは!

 

「おっと、そろそろ時間でしたね。じゃ、着替えるからせんせーは出てってね〜」

 

 じゃあおれの上から退けよ。

 

「……退かしてみれば?」

 

 素直に退けよ! なんなの!

 

 やたらと調子付くガキどもからおれはなんとか脱出した。振り返り際に思い出したことだけ伝えておく。

 

 アドマイヤ先生よ。

 

「……何?」

 

 今年は年末帰るんだが、おまえもどう?

 

「……ええ、分かったわ」

 

 うい。そんじゃライブ頑張ってなー。

 

 ドアを閉めた途端、控え室が一気に騒がしくなったような気もするが……気のせいだな、おそらくは。

 

 ひと段落ついておれは改めて頭を抱えた。さて、スカーレットさんの件、どうしよう……。

 




忙しくて投稿頻度落ちてます
本当はもっと文字数書いてから投げようと思っていましたが、更新することが大事……大事じゃない? 大事じゃないかもしれないね

・ナイスネイチャ
 かわいい。大っ嫌いって言いながら泣きじゃくって縋りつかれたい
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