「チームに……あたしが、ですか?」
「おーう。バーン様に脅されてんのよ。スカウトに失敗すると東京湾に叩き込むぞって。だがスカウトが全部ダメでさぁ。もう誰でもいいって感じなんだよ……」
大丈夫かな、この人──まるで事情を隠す気がなく、そして心配になるような口振り。深刻そうな顔をして訳のわからないことを言っている。あたしは戸惑っていたが、この人が困っていることはわかった。
あたしが助けてあげないと、って思った。今思えば気の迷いだった。
「──じゃあ、あたしが入ります!」
「え、マジで?」
「はい! 自己紹介がまだでしたね、あたし、キタサンブラックです! 人呼んでお助けキタちゃん! 困ってる人は見逃せません!」
「お、おお……どうも、おれァ柊木です。人呼んで崖っぷちです。今ァまさに困ってるが……おまえ、ちょっと心配になるな……」
トレーナーさんは、困ったように頭をガジガジと掻いた。
「あのな。チームってか、トレーナー決めは結構おまえの人生に影響を与えるぞ。誰かに頼まれて決めることもあるだろうが……自分の意思で決めないと後悔するぞ。悪いことは言わんからウチはやめとけ」
「え、えっと……」
チームにウマ娘を入れたいのか入れたくないのかどっちなんだろう、って思った。さっきのは軽い冗談だったのかな、って。
でも、思いの外、ちゃんとあたしのことを考えてくれているんだな、ってむしろ好印象だった。これも今思えば気の迷いだったけど、あたしはその時、この人でもいいかな、って思った。これも気の迷いだったけど。
「……でも、困ってるのは確かなんですよね?」
「まあそうね。だがまぁ、たった今会ったばっかのおまえが心配することでもない。あのな、人の生活には数えきれないほどの困り事があんのよ。おまえがお人好しなのは分かったがな、そんなのいちいち背負ってたら潰れちまうぞ」
軽い口調だったが、きっと……心からの忠告だったんだと思う。
だけど性根は変えられない。あたしはこう生まれてきた。今更変えられない。こういう生き方を誇りに思っている。
この時は、あたしはまだ知らなかった。だけど今、この時に戻れたとしたら、あたしは、トレーナーさんが言わないでくださいって言うと思う。思うっていうか、言う。
「ありがとうございます。けど、大丈夫です!」
「ふむ。なぜそう言い切れる?」
「あたし、運がいいんです。あたしが誰かを助ける時、別の誰かが助けてくれる。それで、誰かを助けようとしてる人がいたらあたしが手伝ってあげるんです。みんながそうしたら、きっと、すごいことができると思うんです!」
トレーナーさんは、軽く目を見開いて、額に手を当てて顔を伏せた。あたしの勘違いでなければ、それは、眩しいものを見るような表情だった。
「……そうなりゃいいとは、おれも思うがな。ともかく、チーム決めを軽々しく決めるのはやめとけ」
「どうしてですか? よーく考えて決めても、それが正しいとは限りませんよね?」
「そ……それはそう。え……じゃあ入る? ウチ……」
「えーっと……。その前に、あたし、強くなりたいんです。レースでいっぱい勝って、いろんな人に元気を届けたいです! だから、聞かせてください。トレーナーさんは、あたしを助けてくれますか?」
「……お、おぉ……うーん、そうね……うん、あー……」
自分からスカウトしておいて、トレーナーさんはむしろ頭を悩ませていた。その時のあたしはワクワクしながら待っていた。これぞ運命の出会いかも、って浮かれてた。当時のあたしに言ってあげたい。その人、結構ダメだよって。
「……ヨシ! オッケー! いいだろう! おまえを助けたる! というか助けて欲しいのはおれの方なんだがな!」
たくさんのいい人に会ったこともある。悪い人に会ったことも、なくはない。
「今日からおれがおまえの担当トレーナーだ! よろしくな、キタっち!」
だけど、トレーナーさんみたいな人に会ったことがなかったから。まだ知らなかったから、あたしは何も知らなかったから。
あたしは、この時は、まだ何も、この人のことを知らなかった。
/
ネイチャよ。応援旗は……その、他の人の迷惑になると、思うんだけども。
「え? いやいや、これも風流ですよ。っていうかキタサンの晴れ舞台なんだから、応援にも熱が入るってもんですよ。ねぇ、アヤベさん?」
「──そうね」
……き、今日はおれがツッコミやらなきゃいけないの?
アドマイヤ先生が地下アイドルの追っかけみたいな格好をして、シャフ度でシャッと振り返った。お祭りして♡とか書いてある団扇を両手で持っている。
どうしよう。おれは頭を抱えた。アドマイヤ先生はいつの間にか、アルファードのギャク時空に飲み込まれて手遅れになっていた。
テイオー……テイオーはどこだ! テイオー! どこだ!?
「ナニー? 呼んだ?」
なんでいるんだ? まあいいや。テイオー、助けてくれ。もうアルファードはダメだ、ツッコミ要員が足りない。
「……ツッコミ? なんのこと?」
おれは目を剥いた。テイオーが……キタサンの勝負服を、着ている? いや間違いない。クソガキ5号の勝負服だ。完成品とは細部が違うが、間違いない……な、なぜ。ファングッズ……? いや、そんなコスプレ的なものなど、なかった……よな……?
「何言ってんの。これトレーナーが作ったんでしょ? トレーナーがキタサンの勝負服の原型作った時のヤツだって」
そういやそうだった。というかおれは一体何をしているんだ。
「へへーん。こーゆーのも悪くないね! 似合ってる?」
身長が足りてねーぞ。てかおまえ、その格好でレース場行くわけ? 寒くないの?
「いや寒いよ。だからトレーナーに上着借りようと思って」
なんでだよ。自分の使えよ。
ガラガラ。部室のドアが開いた。
「おはようございます……な、何やってるんですか?」
「キタサン! おはよ〜!」
キタサンは自分の追っかけ厄介ファンみたいになってしまった先輩たち3人を見て気圧されている。そりゃそうだろ……。
「今日は頑張って応援しちゃうぞ〜。キタサン、安心しなさいな! 先輩たちがついてるぞ〜!」
「調子はどう? 緊張は? 蹄鉄のチェックは済んでいるわね?」
おれはぶっちゃけちょっと分からんが、先輩たちがキタサンのことを好き過ぎる。先輩ってのは後輩を可愛がるもんかもしれんが、ちょっと可愛がり過ぎでは?
「そりゃそうだよ。キタサン、可愛いし後輩属性も強いし。トレーナーだってキタサンのために色々してあげてるじゃんね」
あのな、おれァそれが仕事なんだぞ。
「はいはい。トレーナーは全く可愛くない。キタサンを見習って欲しいね、全く」
ともあれ、キタサンの様子に変わったところはない。まぁレースの何時間前から緊張しても仕方あるまい。先輩たちに呆れつつも、嬉しそうにしている──
「その、ネイチャさん。気持ちは嬉しいんですけど、応援旗は、周りの人の迷惑になっちゃうかもなので……」
「えーっ!!」
どうやら本気だったらしい。キタサンは愕然とするネイチャから、ウチワを両手に持つアドマイヤ先生(無表情)に視線を移し、ちらっとおれの方に助けを求めるような視線を送ってきた。
ウッ……すまん。おれもどうしていいか分からん……。
「……ふふ。冗談よ。そこまで深刻な顔をしないで」
「っ、よかった! ですよね! アヤベさんがそんなことするわけないですもんね!」
キタサンが安堵の勢いからグッと手を握った。……そうなのか? アドマイヤ先生の真意はおれにも分からない。
ふと、キタサンが片手になんかクリアファイルを持っていることに気がついたテイオーが呑気な声を上げた。
「ねぇキタサン、それなに?」
「……契約書、です! 今日のレースで、あたしが勝ったら、あたしはトレーナーさんの私生活に二度と口出ししない! あたしが負けたらトレーナーさんは今後あたしの言うことなんでも聞く! 忘れてないですよね!?」
ああ、いつぞやの……。ここんとこそれどころじゃなかったから正直ちょっとおれは忘れてた。あったなそんなもん。
……ふむ。もちろん覚えてるぞ。
「忘れていたわね」
「忘れてましたね〜」
「忘れてたね〜」
「忘れてたんですか!?」
言いがかりだ! しかし言いがかりではなかったので、おれはキタサンにしばらく睨まれることになった。
だが意外だな。ちゃんと取っといたのか、その紙切れ。
「……当たり前でしょ。バカなんですか。バカでしたね。ふん」
ほんとこいつ、おれへの当たりが強いな。この一年ですっかりキタサンブラックver.2って感じだ。そんなおれたちをやれやれって感じで連中が眺めていた。
/
過去の全てが嫌な思い出だ。
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「……! あ、有馬記念のチケット!? VIP席の!?」
「いや、VIPではねーから。ただの屋内席な。おまえをあんな人混みに連れてったら、はぐれて迷子になって、迷子の呼び出しをされちまうだろ」
「ケイ〜! 私、もう子供じゃないからねっ!」
「中学校も卒業してねーのに何言ってんだ。そんなわけで、クリスマスの予定は決まりな。アヤベも、それでいいか?」
──ケイがアメリカに旅立った年の年末。
半年ぶりに会ったケイは、少しだけ大人びていたように見えた。アドマイヤベガは、言葉になりきらない霧のような感情を抱えていた。
「……ええ。だけど……先生の許可が必要よ」
「ヤブ医者には話通した。経過が良ければ、行ってもいいってよ」
「やった! さっすがケイ!」
ケイが妹の担当医と、どんな話をしたのか、アドマイヤベガは知らなかった。ケイはいつも、必要最低限のことしか言わない。あとは茶化して誤魔化すだけ。
妹の容体は──少しずつ悪化していた。それはまるで、ボールを坂道に転がすようなものかもしれないと思った。
転がり始め、ボールの速度は遅い。だが時間とともに、加速度的に悪化していく。すべては時間の問題かもしれない、と、アドマイヤベガは……心のどこかで、認め難い事実を、認めていた。
「……ねぇケイ、向こうでの生活はどう? やっぱりアメリカってすごいの?」
「あ? んなこと聞いてどーする。オメーにゃ関係ねーよ」
嘘だ。
「……おばさんが言っていたわ。あの子はちっとも連絡をよこさない、と。あまり心配を掛けてはダメよ」
「ちっ。カーチャンに言われっと弱いんだよな。まぁおまえからもなんかよろしく言っといてくれよ、アヤベ。おまえのことは信用してるみたいだからな」
また話を逸らした。
「……それはあなたの信用がなさすぎるだけ。不健康な生活をしていないかとか、遊び呆けてないか、とか。おばさんが心配していたわ。どうなの?」
「もしかして、カノジョとか作ってるんじゃないよね!?」
「あのな。女ならともかく、アジア人の男は人気ねーぞ。口を開けばニーハオだのアニョハセヨだの言ってきやがる。こっちはジャパニーズだっての。ムカついたから全員ブン殴っといた」
「え、嘘だよね!?」
「そりゃ嘘だよ。まぁ、ぼちぼちやってるってとこだ。ちなみに成績は学年トップな」
「……嘘でしょう?」
「ホントつっても信じねーだろ……。ま、心配しなさんな。いずれおれァ総理大臣になる男だぞ」
適当なことばかり、口にする。
気づかれないとでも思っているのだろうか? そんな言葉ばかりで誤魔化せていると本当に信じているのか? アドマイヤベガの胸には、その度に小さな寂しさと悲しさと、怒りの棘が刺さって、痛みが蓄積していく。
「おっと、悪いが用事を思い出した。まぁ、有馬は楽しみにしとけってこったな」
病室を出ていくケイを見送った。妹は手を振っていた。
「……お姉ちゃん。ケイ、元気そうでよかったね」
その声に寂しさが混じっていたことに気がつかないわけがなかった。それを指摘したところでどうなるものでもなかったから、アドマイヤベガはゆっくりと頷いた。
「……そうね」
「ねぇ、ホントのところはどうなのかな。ケイは……本当に、お医者さんになるつもりなのかな」
「……分からないわ」
鏡合わせの姉妹。
だから互いの考えていることは、なんとなく分かった。正しくは、妹の方はいつも、姉が何を考えているのか分かっていた。その逆は成立していなかった。
「やっぱり……私のせいかな」
「っ、違う! あなたが自分を責めることなんて、何一つないっ!」
アドマイヤベガには分かってしまう。
妹が年不相応なほど大人びた表情で、寂しそうに笑う、理由が──
「……やっぱり、ケイに伝えたいよ、私。私のせいでケイが大変な道をいくんなら、やめてほしい、って。ケイは自分のために生きていいんだよって」
「……きっと、あの人は認めないわよ。オメーのためじゃねー、とか言い出すに決まっているもの」
そう口にすると、ふっと妹の表情が緩んだ。ケイのモノマネが面白かったらしい。鈴のように笑う子だった。顔のパーツがそっくりなのに、笑う姿は似ても似つかなかった。
「お姉ちゃん、ケイのマネ上手だよね。あははっ!」
「幼馴染だからかしらね。ずっと見ていれば、そうなるわ。不本意だけれど」
──そんな風に笑えたら、私もケイに見てもらえたのだろうか。
──そんな考えを、アドマイヤベガは胸の奥底に押し込んだ。
「ねえ、お姉ちゃん。ケイのこと、よろしくね」
病院の出入り口の壁にケイが背中を預けていた。アドマイヤベガが来たことを悟ると、視線で意図を伝えてくる。
──話がある、とでも言いたいのだろう。そう言うのはすぐに分かった。
「……用事があるんじゃなかったの?」
「ああ。おまえに話しておきたいことがあったんでな。これも立派な用事だ。そうだろ」
歩きながら話そう、と視線で促され、アドマイヤベガは思うところがあったものの、黙ってその意図を受け入れた。
「……あの子に聞かせられない話なの?」
「そういうことになる。というよりも、報告に近い形になるが……。先月付で高校を飛び級してな。今はハイスクールの3年生だ。来年には大学を受ける」
「……え?」
「こっちに戻ってきたのはメジロのばーちゃんに口利きしてもらうためでな。要は受験資金が足りなかったんでせびりに来たってことになる。ついでに受験対策に、知恵と力を貸してもらう算段って訳だ。情けねえ、全部おれ1人でなんとか出来たらよかったんだが」
本来なら、ケイは今ごろ、呑気な高校1年生として生活していたはずだった。
小学生の頃、ケイは毎日遊び回っていた。夏は川に飛び込んで、冬は雪合戦にかまくら作り、ゲーム機片手に、勉強などそっちのけ。
今の、酷く冷たい顔をしたケイがその像と結びつかなくて、アドマイヤベガは、感じたことのない感情を覚えていた。
「…………ケイ、あなた、本気で……?」
「ああ。言ったろ。おれがあいつを助ける。あいつをヤブ医者に任せておけない。未知のことがあるんならおれが解き明かす。時間をかけるつもりはない。あと4……いや、3年で、最低でも研究環境は手に入れる。……日本でやるんじゃ遅すぎるからな」
本気を出せば、勉強ができることは分かっていた。頭もいいんだろうな、とは思っていた。そんなの、珍しいことではないだろうと思っていた。
こんなことになるなんて知らなかった。
「……あの子に、言わないの?」
知っていれば止めていた。絶対に行かせなかった。
「言えるかい。言ってどうなるもんでもないだろう。だが……くそ。おまえだけには知っていてもらいたいってのも、我ながら我儘な話だ。一応言っとくが、あいつには黙っててくれ。頼むよ」
一歩先を歩くケイの姿が、酷く遠く感じられて、思わずその手を握った。
「……なんだよ?」
「……」
無茶だと、思っている。無理だろうと思っている。どころか、心のどこかでは、どうか無理であってほしいとさえ願っている──
実際のところ、医者になるための道のりとか、難病の治し方なんて分からない。だけど無理だと思うだろう、それが普通だ。ケイはまだ16歳なのだ。一体何が出来る? ケイがアメリカに旅立った時もアドマイヤベガはそう思っていた。
どうしてだろう。今のケイを見て同じように思えない。アドマイヤベガには、それが酷く怖かった。それが恐ろしくなって、手を握った。12月の気温の中で、その手は冷え切っていた。
「……冷たいだろ、おれの手。だから、無理して握らなくていいんだぜ」
「っ──」
優しく手を解いて、幼馴染は妹と同じことを言った。
「なぁアヤベ。あいつのこと、よろしくな」
有馬記念の朝、妹は朝から体調を崩して、結局有馬記念には行けなかった。
ケイと担当医の先生が何かを話していたけど、扉越しでは何を話していたかは分からなかった。
数日後にケイはまた遠くに行ってしまった。
私は結局その手を掴み損ねた。
自分がどうしたいのかも分からなかった。
分からなかった。どうしたらよかったのか分からなかった。今でも分からない。
私は一体どうしたらよかったのか、
私は本当はどうしたかったのか、
今でも、
ずっと、
分からない。
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「1番人気! 1番人気だよトレーナー! もう世代の代表だよ! さっすがボクの後輩! テイオー様が手塩にかけて育てました!」
「……手柄を横取りしないで頂戴。キタサンはアルファードの子よ」
あの、先生。
「なに?」
なんでそんなキタサンのこと好きなの?
「……。これくらい、普通よ」
そうかなぁ?
「子犬のように懐かれたら、邪険に出来ないでしょう。あなたは違うようだけれど」
「いやぁ、邪険に出来ないなんてレベルじゃないでしょ。猫可愛がりだよ。アヤベさん、よくキタサンのこと撫で回してるじゃん」
「……してないわ」
「してるって! すんごいわしゃわしゃ撫でてたじゃん、楽しそうにしてさ! あれボクもうやらせてもらえないんだよ!? ずるくない!?」
思いほか……キタサンブラックというクソガキは、あれか。魔性の女ってヤツなのか。年上キラーらしい。傍目にはそんな風には見えないが、人間関係ってのは分かんねえからな。
というかテイオー、おまえもう尊敬のその字も残ってねえのな。はぁ、あのガキも入ったばっかの頃は目ェキラキラさせながら、テイオーさんみたいになりたいです! って言ってたんだぜ? 信じられるか?
「そうだよそれ! あのさぁ、ボクへの信頼が落ちたのは大体トレーナーの巻き込み事故でしょ!? キタサンからの信頼を取り戻すのに協力を惜しむことはないってことでいいんだよね!?」
いいわけねーだろ。十割十分オメーが悪いだろそれは。相当だぞ、おまえ。あのガキのどうでもいいからなにしてもいい人リストに入ってるだろ。おれ以外にそんなヤツが出てくるとは思わんかったわ。
「いやトレーナーもそのリストに入ってんじゃん。相当だよ、あんなに優しい子にどうでもいいからなにしてもいい人リストに入れられてるの。単に嫌われてるとかじゃいう次元じゃないでしょ」
「大概ね、あなたたち……。はぁ……あまりキタサンに悪い影響ばかり与えないでくれるかしら。今時、あんなに純真な子は珍しいんだから」
そうね。まぁアドマイヤ先生も大概擦れてるからな。
アドマイヤ先生はボスっとおれの背中を殴った。ぬぐ。なにをする。
「誰のせいだと思っているの。はぁ……。インタビューが心配ね。アルファードのことを、悪く言ったりしないかしら……」
もう勝つ前提じゃねーか。おまえまじで猫可愛がりだな。そういや! 猫といえばゴローはどうしてる? おれなんかもう、最近は離婚して娘に会わせてもらえない父親みたいな感じになってんだけど。
「……。ええと、そうね。なんと言ったらいいのかしら──ネイチャさんから聞いていると思うけれど……そうね。隠さずいえば、その、ローテーション……私とネイチャさんとタイシンさんが、ローテーションで泊まり込んでいるの」
……おまえに言われると、もう絶望感がすごい。
あのさ、一応聞いておくんだが、そこおれの家っていうことは知ってる?
「……仕方がないでしょう。ポラリスを放っておくあなたが悪いんだから……」
ね、猫を言い訳にしやがって……! くそ! 強く反論できない……てかどーすんだよ。流石に年明けたらおれ家に帰れる見込みなんだけどさ、なんかゴローがおれのこと忘れてるとかネイチャが言ってんだけどさぁ!
「……仕方がないでしょう。諦めて床で寝なさい」
う、うそだろ……。
「あー、ミケランジェロのこと? いいなーいいなー、ボクもミケランジェロと一緒にお昼寝したーい!」
名前のクセッ! なんなんだ、なんなんだ!? おれさぁ、言ったよな!? 猫の名前はゴローという。とか言ったよな!?
「いやネイチャに教えてもらったんだけど。ミケランジェロだよーって」
そ、そうなの……? ゴローは万能の人の生まれ変わりなの……? なんだと思ってんだ猫のこと……。
おれはもう訳がわからなかった。インキュベーターじゃねーんだぞ。一体なにがどうなっている。
アルファードの希望の星、キタサンブラックがレース前のターフに足を踏み締めて、観客席に手を振っていた……目が合ったか? いや……気のせいだな、この人混みでそんなわけ。やけに、ブンブン手を振っているような気もするが……。
「……トレーナー! 手、振り返してあげなよ! あれ多分、トレーナーを見つけたから振ってるんだと思うよ」
いや、おまえ……この距離だと豆粒みたいなもんなんだが。よく見えるな。おれは試すつもりで手を振ってみた。ヤツは満足したらしく、ゲートへと向かっていった……マジでか。いや、そんなバカな……。
「……キタサンもさ、見る目ないよね。トレーナーを見る目の。はぁ……あんたさ、なんて言ってあんないい子を騙したわけ?」
あのな。あれはむしろヤツに押し切られたというのが正しいんだぞ。というかタイシンちゃんはさぁ! おのれのトレーナーのことなんだと思ってんの!?
「バカ」
「アホ」
「ボケナスビ!」
「ゴミカスね」
最後の言葉におれは普通に傷ついた。ひどい!
「ごめんなさい。言い過ぎたわ。言い直すわね──このスッタカタン。転んで頭を打ち付けなさい」
なんでだよ! おまえおれに恨みでもあるわけ!? ……いや、あるだろうけども。それにしても!
しかもペシっと尻尾で叩かれた。痛ェ!
「……レースに集中しなさい。始まるわ、応援しないと」
なんなの。おれは釈然としない思いを抱えながら、人混みの隙間からターフを覗き込んだ。身長が低いのでよく見えないのが切ないぜ。
はぁ。なんかエリはクソガキ1号とどっか行っちまうし。ここにおれの味方はいねェみたいだ。切ねェ……。
……応援ね。いいだろう。
見せてもらおうか、キタサンブラック。おめーの……力を……!
/
レースが始まる!