アドマイヤベガの、小学校の頃の記憶を辿る。
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「入院ン〜!? あいつがァ〜?」
棒だけになったアイスをガジってケイが眉を寄せた。というよりも、半分くらいはバカにしているような表情だった。
妹はこの頃はまだ、少し体が弱いただの子供だと思われていた。この頃のケイは正真正銘、絵に描いたようなクソガキだったため、アドマイヤベガはムカついて殴った。
「いッてェ! おいアヤベ! マジでやめろッ、死ぬぞおれ、マジでッ!!」
「死んでないでしょ」
「死んだらどーすんだよッ!」
今思い返すと、年下とずっと一緒にいる子供は、そんな理由だけで周囲から受け入れられないことさえあり得たが、ケイはずっとクラスの人気者だった。勉強ができて、ふざけて周りを笑わせて、運動神経もいい。
友達だって大勢いた。それでも帰る時は、必ず3人で帰っていた。
幼少の思い出は遠い。儚くなるほど美しく、そして残酷だ。
「……じゃ、お見舞い? 行くか。おまえも行くだろ?」
「うん。行く──」
ケイは帰り道の進行方向を変えた。アドマイヤベガは、今から行くのかな、と不安になった。その頃、世界はまだ未知のものばかりで、いくら妹がいると言っても初めての場所はまだ怖かった。
だから、ケイが手を引いてくれるのを待っていた。
「行くぞー。病院に殴り込みだ−!」
ケイはアドマイヤベガの手を引いて、道筋も定かでないまま歩き出した。
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「誕生日プレゼントの相談……? 一応言っておくけれど、あの子の誕生日は、私も誕生日よ」
「分かってるよ。だけどほら、アレ、アレだから。アレがアレなんだよ。わかるだろ」
何を言っているのかは正直わからなかったが、何を言いたいのかはなんとなく分かった。
入院期間が長引いているのが心配で、そんなあの子を元気づけるために相談したいのだろう。それは事実、賢明な判断だった。
妹はここのところ体調がよくない。いや、ずっと良いとは言い切れなかったが、ここのところはさらに良くない。
3月。春休みになって、ケイだけが一歩先に中学生になっても、彼女たちの関係は変わらず続いていた。
「そんなわけだ、ちょっと買い物一緒に来てくれよ。おれ正直わからんしさ」
「……仕方ないわね」
今思い返しても、ひどく醜い思い出だ。
アドマイヤベガは口ではそんなことを言いながら、一緒に出かけられることに胸を高鳴らせていた。緊張していたと言っていい。それぐらい、降ってわいた幸運に浮かれていた。
この時のことを思い出すとアドマイヤベガは自分を呪いたくなる。自分を嫌いになって、殺したくすらあった。この時に戻れるのなら、多分、幼少の自分を殺すだろう。
──何を呑気なことを。あの子の症状を知らないで、あの子の苦しみを知らないで、あの子の未来をそっちのけで、自分は好きな人とのデートを楽しもうなんて、なんて恥知らずで、救い難い。
嫌になる。過去の全てを呪いたくなる。どうして出会ってしまったんだろう。どうして好きになってしまったんだろう。
結局買ったのは、ケイのお小遣いよりもちょっと高い、可愛らしい見た目の手帳だった。
「……ほらよ」
「え!? プレゼント!? やったっ! ……って、何これ。ノート?」
「手帳だ、手帳。それで勉強しろ」
とことんまで素直にならないケイの頭を、アドマイヤベガは叩いた。
「私たちで選んだの。退院したら、やりたいことをそれに書いて。退院できたら、やりたいこと、全部やりましょう。どんな難しいことも、ケイが全部やってくれるから」
「ほんと!? どんなことでも!?」
「はぁ!? おいアヤベ、話が違うぞ!?」
「……出来ないの?」
「出来らァ! かかって来いよッ! おれが本気になりゃ出来ねーことなんてねーんだよッ!」
花が咲くような笑顔を浮かべて妹は笑っていた。一緒にペンを渡すと、躊躇いなく妹は手帳を開いて、ペン先を走らせた。それから、書いたことをこちらに見せてくる。
「退院したらね! まずは、お姉ちゃんの誕生日パーティーやりたい! ケイと一緒にプレゼントを選びに行くから、楽しみにしててね! おねーちゃん!」
妹が退院できたのはその2ヶ月先だった。誕生日パーティーは結局やらなかった。
妹は死ぬまでその手帳を大事にした。歳を経るにつれ、妹の非空想的な願いは、段々と現実的なものへと変わった。
お姫様になって、王子様に迎えに来て欲しい。
テストで満点を取って、ケイをびっくりさせたい。
……。
…………。
早く元気になって、みんなを安心させたい。
友達をいっぱい作って、一緒に遊びたい。
……。
…………。
お姉ちゃんと、ケイと一緒に、星空を見に行きたい。
中学校に通って、レースチームに入っていっぱい走りたい。
……。
…………。
高校へ通いたい。
自分の体で、いろんなところへ行って、いろんなものを見たい。
家族を安心させたい。
お姉ちゃんと、ケイと、いろんなところへ行きたい。
お父さんとお母さんを悲しませたくない。
ケイにあんな表情をさせたくない。
……。
一行だけ、ボールペンで塗りつぶされた箇所がある。
妹の死後、アドマイヤベガは時間をかけてその箇所を読み取った。
どうして私なの? 私もお姉ちゃんみたいに
それを読んだ時、アドマイヤベガは嗚咽のあまり、何もできなくなった。
その無数に連なった妹のリストの中に、
元気になって、GⅠウマ娘になる!!!
その一文があったから、アドマイヤベガは──他の何を犠牲にしても、それだけは、叶えようと──。
どうか、お父さんと、お母さんと、お姉ちゃんが、私から解放されますように
どうか、ケイが、私から解放されますように
私は、今でも、思い出す。
今でもずっと、思い出す。