ウマ娘の頭悪いサイド   作:にゃんこぱん

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わたくしの出番がありませんわー!

 

『ねぇ、ケイ! 私が退院したらさ、ケイがトレーナーになって、私のこと鍛えてよ!』

 

 なぜそんなことを思い出したのか、どうしてクソガキのレースを見てその記憶を連想したのか、おれには分からなかった。

 

 いや……おれはまた自分に嘘をついた。その自覚がある以上、実際のところは分かっている。

 

 キタサンブラックとあいつが似ているからだ。屈託のない笑みや、擦れていない純真さ、その笑顔は良く似ている──気のせいだ、気のせいだと、おれは1年間自分を騙し続けてきたが、もうそろそろ限界らしいな。

 

「頑張れー、キタサーン!」

 

 ネイチャが楽しそうに叫んでいた。

 

 12月に良い思い出なんかねぇ。寒いばっかりで嫌になる。ガキどもはやたらと露出の多い勝負服に身を包み、真っ直ぐに前を見据えて駆けている。

 

 がんばれー、クソガキー。

 

 ゴンと両隣から頭をぶっ叩かれた。痛てェ! オイ! やめろ! そんなに頭ばっか叩かれるとバカになっちゃうでしょうかッ!

 

「手遅れでしょう。……それとも、お腹の方を狙った方がいいのかしら」

 

 やめんかいッ! おれは反射的に叫んだが、アドマイヤ先生は構わずレースに集中している。ガキどもはキタサンの大舞台に釘付けだった。

 

 ふむ。おれにしては珍しく、本気でこのレースを予想したところ──勝敗は、全く分からんな。

 

「いや、分かってないじゃん……。まぁボクも分かんないけどね。だから応援するんだよ! がんばれー! いいぞー!」

 

 コイツの応援も適当だな……。

 

 ふむ。おれも一応ヤツのトレーナーとして、この一年弱あいつが走る姿を眺めてたりしたが……キタサンブラックは、おそらくは晩成型だ。遅い本格化……ヤツは未だ成長途中だ。あるいはまだ、本格化すら終わっていないかもしれん。

 

 正直なぁ、ここまで上手くいくとは思ってなかった。ヤツを本格的にレースに出すのはもう半年遅くてもよかったぐらいなんだぜ。

 

「……じゃあアンタ、なんでキタサンをレースに出したの?」

 

 あいつがそれを望んだからな。

 

「いやいや、単に後に引けなくなっただけじゃないの? せんせーは意地っ張りだからな〜」

 

 そんなことない。

 

「イヤあるでしょ。どう考えてもノリと勢いだったでしょ」

 

 うるせェぞクソガキ! おまえマジで覚えてろよテイオー、おまえの所業だけは絶対に忘れんぞ。泣いて謝らせてやるからな。

 

「はいはい、頑張ってね。はぁ、ボクトレーナーに負ける気しないんだよねー。まあどんな墓穴掘るのか楽しみにしよっかなー」

 

「ん〜? テイオーはさぁ、アルファードじゃ新人なんだからね? あんまり調子に乗ってると、やっちゃいますよ〜?」

 

「ウッ、やめてよネイチャ……。うぅ、タイシン先輩も、睨まないでよ〜……」

 

 アルファードの力関係がジャンケンみたいになってる。ふむ、ネイチャはテイオーに強く、キタサンに強く、おれに強い……。テイオーとおれは互角……あれ? おれは誰になら勝てるんだ? おれは気づき難い真実から目を逸らすことにした。やめよう、得にならないことを考えるのは……。

 

 ともかく、おれはレースも終わる前から晴々とした気分だ。何せ、これが終わればおれはようやく家に帰れる。直帰だ直帰、なんて素晴らしい言葉。そしてゴローとやり直すんだ。取り戻すんだ、猫のいる生活を……。

 

 おれはゴローの無愛想な目つきに思いを馳せた。歓声のボリュームが上がっていく。

 

 先頭を突っ走るキタサンブラックが最終コーナーから抜け出した。追走する連中も流石に強い、ジュニア期とはいえGⅠクラスか。まぁ見たとこなんかいけそうだな。

 

 ……ん? おっと、抜け出したヤツが一人、前へと上がっていく……おぉ、凄ェ。しかし……あの帽子……どこかで見たことがあるような気もするが……。

 

「っ、やばい! やっばいよトレーナー! キタサン! 逃げ切ってー!」

 

 流石に甘くはない。だが……これでこそレース。らしくなってきたじゃねえか……!

 

「呑気なこと言わないっ! あの子……ウソ……一体……!?」

 

 な、並んだ──並んだが、まずい。追いつかれたということは、それだけ慣性が乗っているということだ。その時点で最高速度は、キタサンブラックを上回っている。そうなれば後は必然。

 

 ……トレーナーとして、主要なライバルくらいはピックアップしていた。舐めていたわけではない。ただその上で、別に勝っても負けてもいいかなーとか思っていたことは否定しない。所詮はジュニア期、まだひよっこのレースだ。

 

 もちろん、勝つに越したことはない。クソガキとの面倒な賭けも残っていることだしな。ヤツが負ければ面倒なことになる。可能であれば避けたい……が……その努力をするどころか……逆に……ライバルに塩を送ったとなれば、話は別だ。

 

「ッ──入った!? 入ってた!? 見えなかった、どっち!?」

 

「……まずいわね。ビデオ判定になるでしょうけれど……今のは、おそらく──……ケイ? なぜ青い顔をしているの? 賭けのこともあるでしょうけれど、別にキタサンは無茶な命令はしてこないでしょう」

 

 ぼ……墓穴を掘った。

 

「……どういう意味? ケイ、あなた……あの子を知っているの?」

 

 ノーマーク! ヤツは8番人気! キタサンに注目が集まる中、ヤツはずっと姿を隠していた。そうしてみろとか教えたのは……おれだ……。

 

 程なくして結果が出た。電光掲示板の一着には、見覚えのある名前が写っていた。

 

 シュヴァルグラン……。

 

 またの名をクソガキ4号。アルファードの活動と関係なく、おれが個人的に一時期面倒を見ていたウマ娘である。

 

「はぁぁぁぁあああ!? アンタ何してんの!? 関係なくってなに!? 担当契約は!?」

 

 そういうんじゃない。くそ、話せば長くなるので話さないが……やられた! まさか……おいおいおい。マジでか。

 

 マジでか。面倒なことになった。好き勝手に問いただしてくるガキどもの声を無視して、おれは空を仰いだ。

 

「説明! せんせー! 説明を! して! どういう意味なの!?」

 

 ……全てが身から出た錆だ。だが……人生ってのはその集まりなんだよなぁ。何もかも……。

 

「浸ってないでッ! 説明を! してッ!!」

 

 なんてこった。マジでこうなるとはな……。なんでこんなことになったんだ。

 

 おれの頭の横に吹き出しが浮かび、ほわんほわん……という漫画的表現でおれは回想シーンに入った。

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 ほわーッ!

 

「きゃぁーっ! ひぃっ、ジェイソン!?」

 

 掴んでいた釣竿をおっことしそうになった。春の夜釣りは釣れるわけがなく、おれは帰って仕事して寝ようと思っていた──まさかおれ以外に人がいると思わなかったので、悲鳴をあげたのも仕方ないことだ。

 

「やっ、やめてっ、助けてぇ……っ! ごめんささい、ごめんなさい、ごめんなさいぃっ! 食べないでください〜っ!」

 

 食べねぇよ! おれは特に意味もなくつけていた白い仮面を外した。

 

 なんだってんだ。てーか……おめェー……トレセンの生徒か? なんだってこんなとこに……。暗くてよく見えんが、間違いない。こんな夜更けに……。

 

「えっ? ……トレーナーバッチ!? えぇっ!?」

 

 小動物みたいな小娘だった。シュヴァルグランというハムスターに出会ったのは……。

 

 

 

 

 

 

「釣りが趣味、ですか? ……僕も同じですっ! 釣りは──……いいですよね。誰にも邪魔されず、自由で……なんていうか、救われているみたいで……」

 

 井之頭五郎みたいなことを言っている……。ともかく話してみれば、どうもバッドに入ったらしく、逃げるように釣りに来ていたらしい。

 

 釣具に目を移すと……おお、結構良さそうなやつ使ってる。こいつかなりやってるな。

 

「あっ、わかりますか!? これ……家族のプレゼントなんです! 一年前にもらったやつで、ずっと使ってるんです。トレーナーさんのは──」

 

 おれはそのへんに転がっていた枝で作った釣竿を誇らしげに持ち上げた。

 

「……上級者向け、ですね」

 

 おい。なんだその最大限言葉を選びましたな表現は。釣りなんぞ針の先にエサついてりゃいいんだよ。

 

「釣れたんですか?」

 

 釣れてるように見えるか? おれは空っぽのバケツを見せた。

 

 初対面の緊張があったのだろうが、シュヴァルグランはそれを解いてふっと笑顔を見せた。

 

「っ、あはは。それはそうですよ。そんなので夜釣りなんて、聞いたことないですから。……あっ、ごめんなさい! バカにしてるわけじゃなくって……」

 

 少し話をしたら分かることだが、この小娘は少し……いや、かなり自分に自信がないらしい。自分と比べて立派な姉妹たちに引け目を感じてるんだと。模擬レースだかで負けたのがよっぽどショックらしく、トレセンから離れたかったから夜な夜な抜け出してきたのだとか。

 

 面倒な性格してるな。おれは他人事のようにそう言った。

 

「……僕だって、こんな風になりたくてなったわけじゃないです」

 

 そのくせ、なんというか、妙に負けず嫌い? というか、硬い部分がある。

 

「好き好んでやってるわけじゃ……あっ、いや……違くて、そういうのじゃ……!」

 

 堤防に座って釣れるはずもない魚を待ちながら、小娘の話を聞いていた。満月が綺麗な夜で、水平線が月明かりを受けて輪郭を描いている。

 

 ……そういや満月か。そりゃ釣れんわけだ。

 

「……トレーナーさんは、どうして……?」

 

 仕事から逃げてきた。偉い人に無茶振りされてな。トレセンにいると鬱陶しいガキどもに無茶振りしてくる鬼武者先生が次から次にやって来ては面倒を持ち込む。

 

 春は怪我人が多くてな。転びましただの、なんか風邪引きました、だのお腹が減りました、だの……。リハビリチームだぞ。保健室に行け、保健室に……。

 

「……あの、もしかして……アルファードのトレーナーですか?」

 

 もしかしなくてもそうだよ。

 

「あなたが、あの、アルファードの……」

 

 あの、ってなんだよ……。やめろよ、またなんか変な噂ァ広がってんの? もしかして新入生に避けられんのはそれが原因なの?

 

 一応聞いとくか。おまえがおれを哀れに思うなら、ウチの希望の星になってみるって手もあるぞ。

 

「気持ちは、嬉しいです……でもごめんなさいっ! 僕、もうチームに入っちゃって」

 

 おぉ、そりゃよかったな。トレーナー付きになるのはトゥンクルシリーズの入り口だ。

 

「あの、トゥインクル・シリーズです。ゼルダの伝説みたいになっちゃってます……」

 

 ……そうだっけ。まあ良かったじゃねぇか。これからロクでもねぇレース人生が待ってるぜ。だってのに、なぁんでオメーはそんなに暗い顔してたんだよ?

 

「……大したことじゃないです」

 

 チームに嫌なヤツでもいたのか?

 

「全然! そんなことはなくて、でも……真っ直ぐで、優しくて、キラキラしてる人たちといると……些細なことで、自分と比べて……嫌になるんです……」

 

 損な性格してるな……おっと。垂らした釣竿に手がかりを感じておれは釣り上げてみた。テニスボールが引っかかっていた。なんでだ。

 

 ……やるよ。

 

「い、いらないです……」

 

 遠慮すんな。もらっとけって……。

 

「いらないですってば……!」

 

 水面に魚の影が揺れていた。

 

 

 

 

 

 これがきっかけになったのかはわからんが、これ以来この小娘とは妙な縁がある。というか、珍しく趣味が合ったので、たまに一緒に釣りとか行ってたし……。

 

「……えぇ!? トレーナーさんって、キタサンの担当なんですか!?」

 

 え? 気づかんかった? てっきり知ってるもんだと思ってたぞ。ライバルの担当トレーナーとよく仲良くできるよなーって感心してたんだが。

 

「えぇ……っと、多分、僕のセリフだと思いますっ!」

 

 実は夏合宿中にちょこちょこサボって釣りに出掛けていた。バレると基本的に怒られるからこっそりね。そんで穴場のスポットに行くと、大抵こいつも夕焼けを眺めて黄昏ていた。この前、どうせいるだろうと思って、アイス持ってって首にピトッて当ててやったが、びっくりして海に落ちてめっちゃ怒られた。

 

「おっ、怒りますよ、当たり前ですっ! ホントにびっくりしたんですからねっ!」

 

 まるで怖くねぇ。当たり前のようにぶん殴ってくる連中と比べると癒し枠ですらあった。オメーは可愛いなぁ。

 

「かッ……と、トレーナーさんは、軽々しくそういうこと……言っちゃダメです……」

 

 はぁ。ウチの連中もおまえぐらい可愛げがあると良かったんだがな……。キタサンがここんとこどんどんグレてきてな。口がどんどん悪くなってきやがる。その上レースに出せだのもっとキツいトレーニングをやらせろだの……何をそんなに焦ることがあんのかね。

 

 小娘は顔を俯かせた。思うところがあったらしい。

 

 おまえ、メイクデビューに出るそうだな。

 

「えっ? し、知ってるんですか……?」

 

 自慢ではないが、おれは顔が広いんだぜ。オメーっとこのトレーナーとも当然、飲み友達ってことになる。

 

 つまり、おまえがたまにこーやって抜け出してることをチクることも出来るってことだ。

 

「えっ、うぅ……意地悪です、トレーナーさんは……」

 

 ……冗談だ。そんなことしてもおれの得にはならんしな。

 

 はぁ、どうも調子狂うね。自分で言うのもなんだが、おれは基本的に喧嘩腰でしかコミュニケーションが取れないので、反撃されないと具合が良くない。ケンカ腰でしか会話ができないのか。レオリオなのか、おれは。

 

「れ、レオリオさんのことなんだと思ってるんですかっ! ひどいっ!」

 

 ……そ、そうね。うん。ハンターハンターね。

 

 夕焼けが海に沈んでいく……ノスタルジーを感じるぜ。見ていると、どこか寂しくなる──ノスタルジーの語源はギリシャ語の『帰郷』と『痛み』だ。美しいものを見て『帰りたい』と、人はそう感じることがある。なんでかね。

 

 ふむ。おまえはどう思う?

 

「……えっと、難しいです……。でも……そっか。僕は……寂しさを、感じてるんだ──」

 

 小娘は真っ直ぐに海を眺めていた。何かしらに気がついたらしい。自覚を持つのはいいことだ。それがない場合、人はトンチンカンな方向に向かうことがある。

 

 おまえ、レースに出てどうなりたいんだ?

 

「……僕には……なりたい存在がいて──」

 

 小娘は沈んでいく太陽に手を伸ばした。

 

「……でも、手を伸ばすたびに、自分のダメなところばかり分かってしまうんです」

 

 当然、自信にはそれまでの成功体験の有無が関わる。世の心理学者がいうところの一つには、幼少期の経験が大きく関わるという説がある。言わば、無条件で自身の存在を肯定されたか否か、ってヤツだ。

 

 おまえはどうも、苦い思い出があるらしいな。

 

「……な、なんで分かるんですか?」

 

 そりゃ分かるだろ。言っちゃ悪いが、結構そういうのはどのケースも似通ってる。損な性格ってのはそういう意味でな。後ろ向きに生きるといいことがねーんだ。

 

「……分かってます。そんなこと分かってますけど、簡単じゃないんですよ……! 変わりたい、変わりたいって……願って……!」

 

 そこから脱出するための選択肢は大体2パターンだ。今の自分を肯定するか、それとも自分を変化させるか。勘違いするな、どっちがいいってもんじゃない。どっちも立派な成長だ。

 

 小娘は耐えるように両手を握りしめていた。おれはふと気がついた。

 

 ……なるほど。おまえは変わろうとしているのか。

 

「……!」

 

 お節介だったな。忘れてくれ、おまえは立派だよ。

 

「……僕に、出来るでしょうか」

 

 聞くなそんなこと。じゃあオメーには無理だっつったら諦めんのか?

 

「……っ!」

 

 ……わ、分かったよ。睨むな。そうだな……おれからもささやかな応援を送ったる。おまえがなんかレース勝ったら、釣竿を一本くれてやるよ。

 

「……僕、ボロのつりざおなんていらないですよ……」

 

 おいおい、あまり見くびってくれるな。ショーウインドウに飾られてるようなヤツに決まってんだろ。

 

「ほ──ホントですかっ!?」

 

 ウッ、思ったより食いついてきた……。おれの悪いクセだ、ノリと勢いでロクでもないことばかり言ってしまう。大体そんなのおれが欲しいってのに……くそ。だがやっぱり無しでなんてプライドが許さない……が……ちょっとお財布事情が厳しかったのでおれは前言を撤回した。

 

 わ、分かった。じゃあこうしよう……。メイクデビュー勝ったら、こう、金がかからん範囲で……そ、そうね。えーっと……る、ルアー。ルアーで勘弁して。

 

「……」

 

 睨むな! わ、分かった……GⅠ。GⅠ勝ったらすごいつりざおをくれてやる。それじゃダメか……?

 

「GⅠなんて、僕には無理です……」

 

 ……わ、分かった! 分かったよ! 協力する! 協力するから、がんばろ!? 一緒にGⅠ制覇目指そ!? な!?

 

 おれは訳がわからなくなっていた。ハム太郎みたいな弱り方をされると悪いことをしたような気分になって、どうにかしなければってなっちまう。

 

「……僕の担当トレーナーでもないのに、どうするんですか」

 

 そ、そうね……。と、とりあえず、おまえがトレーニングに集中できる環境を整えよう。あとあれだ、おれが蓄えたトレーニングノウハウとかをおまえんとこのトレーナーに共有して、なんかいい感じのメニュー作るのにも協力する。あとあれだ、学園のテストとかも、予想問題とか作ったるから。そうすりゃ学業の負担も減るだろ、減るよな……?

 

「え、えぇっと……?」

 

 あれだぞ、一回ガキどもに頼まれてテスト対策プリント作ったが、ドンピシャだったからな。調子乗って対策プリント売り捌いたことすらある。そのあと当たり前のように御大に3時間くらい正座させられたけど……。

 

「……ええっと、話が美味しすぎて、逆に怪しいですよ……」

 

 おれは一体何をやっているんだ。そう自覚しつつも、こうなるとおれはもう止まらない。止まれない。もうそろそろ分かると思うが、おれはこうやって自分の仕事を増やしていくのがどうしようもなく得意なのだ。ホントどうしようもねェなおれは……。

 

 小娘が半信半疑なのもおれの勢いに拍車を掛けた。舐められるとぎゃふんと言わせたくなる。これはもう病気だ。誰か助けてください……と、言えるわけもなく。

 

「…………じゃあ、お願いします」

 

 そういうことになった。

 

 

 

-

 

 

 

 

「そういうことになった。じゃないですよッ! じゃあなんですかッ!? あたしにあれこれ指図する裏で、ずっとシュヴァルちゃんのことも助けてたってワケですか!?」

 

 いや……違くて。

 

「違うわけないですよね!? 浮気したってことですよね!? 信ッじらんない……!」

 

 違くて。ち……違くて。

 

 当たり前のようにおれは正座させられていた。いや……あんな強くなってるとは思わんかったの。こんなことになるなんて分かんないじゃないですかぁ!!

 

「なってるじゃないですかッ! バカなんですか!? トレーナーさんは、誰のトレーナーなんですか!? 言ってください、あたしの目を見てッ!!」

 

 違くて……ち、違くて……。

 

 違うんですよ……。おれだって……おれだって! 止まれなかったんですよ! だって、あいつメイクデビュー勝ってさぁ! スッゲー笑顔でお礼言ってきてさぁ! 今更やっぱやめますとか言えなくて! 

 

 オメーらが止めないのが悪いんだろうが! おれをほっとくとロクなことにならないって分かってんだろ!? 机に縛りつけとかないからこうなってんだぞ!? 分かってんのか!?

 

「ひッ──開き直りましたよこの人! しかも逆ギレって! 最悪! 最悪ですよ!」

 

 後ろの方で先輩たちが全体的に呆れている。

 

「……トレーナー。もしかしたら、ボクとトレーナー、逆だったかもしれないね」

 

 うるせェ! 逆っつーか! もう逆とかいうレベルじゃねーぞ!

 

 大体よォ! 負けたのは純粋に実力差でしょうが! 言っとくがな、おれァオメーのことについて妥協したことはねーぞ!

 

「そんなの知ってますよッ! バカにして! あたしが勝てばよかったって、そんなの言われなくたって……ッ!!」

 

 キタサンの感情はもうめちゃくちゃだ。負けたのが相当悔しかったんだろう。その上普通におれにブチギレているので、頭に血が昇っているなんてものではない。

 

「……2回目です。同じ子に負けたの──悔しい、悔しい、悔しい……ッ! 勝ちたかった、勝ちたかった、あたしは絶対に勝ちたかったッ! トレーナーさんがあんなに尽くしてくれたのに……!」

 

「で、そのトレーナーは裏でライバルを育てていたわけだけど……」

 

 テイオーッ! 余計なこと言うな!

 

「事実でしょ……」

 

 キタサンとしては、もう感情がめちゃくちゃだ。そりゃそうね。おれもめちゃくちゃだよ。おれは一体何をやってるんだ。

 

「あたしは、負けました。だから……約束は守ってもらいます」

 

 ウッ……やっぱりか。

 

 ……どうにかならん? 期待を込めて見上げてみたが、キタサンは両手をきつく握りしめて、目を見開いておれを視界に捉えて離そうとはしない。ダメっぽい。おれは諦めた。

 

「だから……トレーナーさんに、命令です……二度と……──」

 

 絞り出すような声が滲んで震えていた。

 

「……二度と、あたしを、負けさせないでください……絶対に勝たせるって……約束してください……」

 

 ……約束って言葉は、どうもいい思い出がない。守れた試しがないからな。そいつを破って以来、おれン中じゃ一生涯のトラウマだ。多分死ぬまでそうだろう。

 

「……トレーナーさんは……あたしだけの、トレーナー……そうですよね──」

 

 おまえだけのトレーナーではないと思うんだけど……。おれはそう思ったが、キタサンの迫力が怖かったので口には出さなかった。後ろの先輩たちも、「あれ、アタシたち忘れられてます?」「……今いいところだから、見守りましょう」とか小声で囁き合ってる。

 

 ガッとキタサンがおれの胸を掴み上げた。縋るように、しかし怒りを込めて呟いた。

 

「……約束です。破ったら、許しませんから」

 

 ……くそったれ。

 

 ああ、分かった。そうする。それでいいか。

 

「裏切ったら、追い詰めて、殺します」

 

 おれは思わず先輩たちに視線で助けを求めてみた。全員、なんか、アチャーって額に手を当てていた。いやアチャーではない。

 

 し、死ぬのか。おれ。殺されるのか。

 

 ……麦を撒けば、麦が育つのは当たり前のことだ。はぁ……だから自分の担当なんて作りたくなかったんだ。おれは今更後戻りができない現実を前に、苦虫を噛み潰すしかなかった。

 

 どうなる、クラシック。それともグッバイ今世してしまうのか。おれは大丈夫なのか。イヤ大丈夫ではない。そもそもおれが大丈夫だったことはない。

 

 おれはキタサンブラックの力強い握力を体感しながら嘆いた。何もかもおれのせいだ。クソガキ4号に説教垂れる資格なんぞありゃしない。分かってるけど、簡単なことじゃねえ。簡単なことじゃねェんだ、本当に。

 

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