ウマ娘の頭悪いサイド   作:にゃんこぱん

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だから誰ですの!?

 

 よぅ、ヤブ。

 

「……久しぶりだね、柊木くん。もう4年ほどになるかい。君の身長もさっぱり伸びてないね」

 

 ほっとけ。オメーも相変わらずだな。

 

「あ、あの! こんにちは! キタサンブラックです!」

 

「ああ、これはどうも。茅吹(かやぶき)です、当病院の小児科医に勤めています。いつもレース、拝見していますよ」

 

「ええっ!?」

 

「柊木くんがトレーナーになったと聞いて調べたよ。君の担当なんだろう?」

 

 否定し難い事実だ、残念なことにな。

 

「否定しなくていいですからっ!!」

 

「はは。柊木くんは上手くやっているようだね。流石は天才少年」

 

 もう少年なんて歳でもねーよ。何年前だと思ってやがる。

 

 総合病院の屋上なんて何にもありゃしない。洒落た装飾も、ドクターヘリ用のポートもない。だだっ広い屋上は柵に覆われていた。ここは景色がよく、患者の気分を晴らしてくれるってんで解放している、が、12月に好んでこんなとこに来るやつもいない。

 

「それで、僕に何の用だい? いきなり来るからサボり損ねたじゃないか」

 

 ああ。ヤブ、おめートレセン来い。

 

「……なんだって? もう一度言ってくれるかな」

 

「えっ? あ、スカウトって、そういう……」

 

 クソガキが苦笑いして呟いた。ヤブは目を丸くしている。

 

 こんな野戦病院辞めて、トレセンに来ねーかっつってんだ。

 

「参ったなぁ。こんなうらぶれた中年に、レース走れっていうのかい」

 

 ンなわけねーだろ。誰が喜ぶんだよそれ。アホか。

 

 計画段階だが、トレセンに医療部を設立するつもりだ。そんでヤブ、おまえに責任者になってもらおうと思ってな。

 

「……」

 

 ヤブはじっと考えているようだった。手すりに体を預けて街を見下ろしている。

 

 そういや娘さん、そろそろ高校生だったよな。

 

「年齢的にそうなるね」

 

 なんで他人事なんだよ。

 

「昨年かな、親権裁判が終わってね。めでたく離婚したんだ。向こうはもう娘に僕を会わせないつもりらしくてさ。つまりは手詰まりさ」

 

 ……そりゃ〜……おめでとさん。

 

「ありがとう。全く日本の親権制度はどうかしている。向こうが浮気したんだよ? だってのに……有責性より親権の適性が優先だなんて、浮気女に親としての適性も何もないだろ。そう思わないかい」

 

 こんな中年と二人暮らしするよかマシだろ。慰謝料ぐらいは請求したんだろ?

 

「まさか。僕にだってプライドがあるよ、ひどい目に遭わされたからお金寄越せなんて言えるもんか。どころか向こうが僕に請求して来たんだよ。生活ができないからってさ。間男とよろしくやればいいだろうに。呆れるよ、ほんと。なんであんなのと結婚しちゃったんだか」

 

 はは。オスカー・ワイルドの結婚に関する名言でも言った方がいいか?

 

「いらないよ。もう身に染みてるからね。全く以って金言は受け入れ難い。愚者は経験に学ぶと言うが、どうして人はなかなか、賢く生きられない……」

 

 ヤブ医者はなかなかハードな人生を送っているようだった。まあおれは早かれ遅かれこうなると思っていた。ヤブ医者は仕事に熱中しすぎるあまり、家庭を顧みなかった。まともに家に帰るのはいつも家族が寝静まってから、なんてことを続けていればどんな愛だって冷めるだろう。

 

「トレセンに医療部を作ると言ったね。君はどうするんだ?」

 

 トレーナーと兼業する。だが……いずれ折を見て医学部に通い直すつもりだ。いい加減おれも免許ぐらいは取んなきゃな。

 

「無茶苦茶だ。だが、君ならやり遂げそうだ──」

 

 ヤブ医者は胸ポケットに手をやって、タバコを取り出そうとしたが、キタサンの存在を思い出したのかやめた。

 

 おれはヤブの横の手すりに同じように肘をかけて並んだ。小娘もおれの真似をした。まだ太陽は高い。

 

「あの、カヤブキ先生は、トレーナーさんとどんな関係なんですか?」

 

「そうだね。師匠と言ったところかな」

 

「えっ!?」

 

 小娘が驚いておれを見た。まぁそうね。

 

 おれが高一にしてアメリカに行く羽目になったのは、こいつがそうしてみろって言ったからだ。ギリギリ現実的な案を提示して、おれはそれに乗っかった。

 

「そうだ、アヤベちゃんは元気にしてるのかい?」

 

「えと、はい。あたし今、アヤベ先輩の家に泊めさせてもらってて」

 

「いいなぁ、仲良しじゃないか。だけど僕と会ったことをアヤベちゃんに話すのは、やめておいた方がいい」

 

「えと……どうして、でしょうか」

 

「アヤベちゃんはね、僕のせいで柊木くんが妹の死に目に会えなかったことを、酷く恨んでいるだろうから」

 

「……え?」

 

 喋りすぎんなよ、ヤブ医者め。もう少し勿体ぶらせろ。

 

「話していないのかい。昔話をする機会ぐらいあったろうに」

 

 大事なことほど人に言わないのが日本人の国民性ってヤツだよ。

 

「君の個人的な性格だ。……まだ引きずっているのかい。トレーナーになったのは、吹っ切れたからじゃなかったのかね」

 

 そんなわけあるかよ。ここんとこはそれ引きずってるせいで酷い目に遭ってばっかだ。

 

「柊木くん。この先ずっとそうするつもりなのかい。死人なんてね、墓を見た時に思い出すくらいで丁度いいのさ。医者になるなら尚更ね」

 

 好き勝手言いやがって。何にも出来なかったくせによ。

 

「返す言葉もないよ。……そういえば、君は多分知らないと思うが、あの子が死んだ後、一つ経過報告書と一緒に論文を出してね。共著者に君の名前も入れておいた」

 

 は? ヤブ、てめェ──ふざけてんのか?

 

「当然だろう。あの子に対する君の献身を残す意味もあるし、あれだけの成果を独り占めするほど僕は厚顔無恥ではない」

 

 バカにしてんのか。

 

「するわけがないだろう。学会で発表したら結構反響があってね。ウマ娘の身体の秘密に迫る一歩として、多くの研究者が興味を示した。今では、関連研究のほとんどが件の論文を基盤にしている」

 

 テメェッ!

 

「っ、トレーナーさん!? やめてください、何してるんですか!?」

 

 ヤブ医者の首元を掴み上げるおれをキタサンが止めようとする──止めてくれるな、クソガキ。おれはヤブのとぼけた顔を睨みつけた。

 

「なんで怒っているんだい。医学研究が進むのは患者が死んだ時だ。無数の失敗を経て医学は進化してきた。その死を悼んで、静かに眠らせておくままでは、次に同じことが起きた時に同じことが起きるだけだよ。柊木くん、君はあの子と同じ症状を持つ子がまた現れた時、その側にいる誰かにも、君と同じ思いを味わって欲しいのかい?」

 

 ……クソがッ! 冗談じゃねえ……おれはそんなもんのために青春捧げたわけじゃねェッ! 結局肝心な時に失敗してんじゃねえかよ!?

 

「僕だって、あの子を死なせるために働いたわけじゃないよ。それこそ、妻に愛想を尽かされるほど働いたのは、使命感や名誉なんかのためじゃない。断じてあるものか。所詮医者なんか愚者だよ、経験に学ぶしかない。だけどせめて経験からは学ばなきゃいけない。そうでなければ、いよいよ全てが無駄になってしまう」

 

 ──分かっている。

 

 そんなことは分かっている。試合に負けたサッカーチームは反省会をするだろう、敗北から学ばなきゃ同じように負けるだろう。人の生き死にでさえ同様だ。

 

 おれは何一つ学んじゃいない。いや……学ばないようにすることで、あいつが死んだことを認めないように努めてきた。そうやって過去にしたくなかった、だからおれの時間はずっと止まっている。

 

 クソ野郎。全部、テメェのせいだ……。

 

「……柊木くん。さっき、医学部に通い直すと君は言ったが、やめておいた方がいい」

 

 おれには向いてねェとでも言いたいのか。

 

「医者に向いてる人なんてどこにもいないよ。やめておいた方がいい、心から忠告する。僕ももうここに来て長いが、患者は医者をなんでも直してくれるマシーンだと思っているだろ、だから失敗したら無能扱いだ。命を左右する場面で医者のQOLもクソもない。現場は人道と経営を盾に医者に自己犠牲を迫るだろ。おかげで僕のプライベートはボロボロだ。帰っても誰も迎えてくれない家のローンの支払いと、浮気女に慰謝料を払うためだけに働いてるようなもんだよ」

 

 ……なんで払ってんだよ、慰謝料。

 

「娘を人質に取られちゃ仕方ない。浮気女なんてどうでもいいけど、娘に金銭的な苦労をかけさせたくない。たったそれだけの理由でね。今や僕に残るのは中年男のプライドだけだ、他には何にも残っちゃいないよ。信じられるかい、かつては僕にも使命感があったんだ。それが今やこのザマだよ」

 

 後悔してんのか、今更。

 

「医者に限らず、後悔したことがない人間というのは極めて無能か傲慢かのどちらかだよ。僕もそうなら良かったんだけどね」

 

 十分傲慢だろ。人を救えるなんてツラして、挙句そいつを飯の種にしているなんざ……。

 

「自分の判断一つで患者が生きるか死ぬか決まるんだ。とてもシラフではやっていられないよ。その上あの子のようなケースさえあるだろ。この前また医療訴訟を受けたよ。息子が死んだのは僕のせいだって詰られて、その上金を払えだってさ。君も僕を訴えてみるかい?」

 

 ハッ、おまえのどこに医療ミスがあったんだ。気づいた時にゃもう手遅れだった。おまえを責めりゃあいつが墓から蘇るってわけでもあるまいに……。

 

「本来アヤベちゃんが誰かを責めるとしたら、その対象は僕だけであるべきだろう。なぜ君があんなに恨まれなくちゃいけなかったんだ? あの時、君は今のアヤベちゃんと同じぐらいの歳だったのにね」

 

 だから何だ。関係ねぇよ、ンなこと。

 

 黙っていたクソガキが躊躇いがちに口を開いた。……このガキにゃ見られたくねぇとこばかり見られている。

 

「……カヤブキ先生は、アヤベさんの妹さんのお医者さん、だったんですよね?」

 

「そうだね、担当医だったよ。……あの子はなかなか難しい身体を持って生まれてきた」

 

 その程度の表現で済むものかと思ったが、おれは黙ることにした。今更どう表現したところで何も変わらない。

 

「僕と柊木くんはね、あの子を助けるために相当な努力をしたんだ。一つ一つの治療を考え抜いて、ありとあらゆる症例を漁って……だが既に気づいた時には手遅れでね。全身が病魔に蝕まれていたよ」

 

「……そう、なんですね」

 

 おれはずっと考えている。なぜおれはあいつを助けることが出来なかった?

 

「全霊を尽くして届かなかったのであれば、そこに過失なんてないよ。それはただ彼女の症状が現代医学を越えただけだ。ウマ娘の身体という未知を解明できなかった医学の敗北でしかない。そこから戦いが始まるんだよ」

 

「戦い、ですか?」

 

「そうだね。その死を……無駄にしてしまわないための努力だ。残された人に課される、とても苦しい戦いだよ。さっきも言ったね、医者の側はまた同じことが起きた時のために、時には死亡解剖だって行う。患者の記録を残して、共有して、次のための糧とする。医学は常に、その努力によって進歩してきた」

 

 聞こえのいいこと言ってんじゃねェ。そんなのは当たり前にやるべきことだろ。

 

「じゃあなぜ、君は怒っている?」

 

 おれはそんな紙クズ書くために何もかも捧げたわけじゃねぇ……あいつを助けられなかったことを偉そうに飾って発表するなんざいい恥晒しだろうがッ! 

 

 分かるだろ!? 分かんねえか!? てめえぐらい擦り切れりゃもう分かんねえよな!? だがおれはそうなんだよ、いつまで経ってもこのままだッ!! 何年経っても、何年経っても!!

 

「トレーナーになってもかい。もういいじゃないか、それほど潔癖になることもないだろう。生きづらいのは損だ。君がそう言ったんだぞ」

 

 そうだよ。生きるのが損なら死ぬのも損だ……。

 

「残された側が戦うのは、一言で言えば希死観念だ。時代が違えば後追い自殺ということもあった。人が死ぬというのは本来、そのぐらいの重量を持った事象だからね。人は誰しもいずれ死ぬ、誰しもがそれを受け入れて前に進んでいけるわけではない。摩擦は生まれるさ。人は誰しも賢く生きられるわけではない。特に柊木くんのようなタイプは尚更ね」

 

 言葉だけなら何とでも言える。土台、てめェが言えた義理か。

 

「だから言ったろう、返す言葉もないとね。……キタサンちゃん、柊木くんはいいトレーナーなのかな」

 

「えーっと……いいトレーナーではない、とは思うんですけど……分かんないです」

 

「仮に柊木くんがトレーナーを辞めたらどうする?」

 

「え……、っと。トレーナーさんが……辞めたら? あたしは……」

 

 うちの可愛い担当に妙なこと聞いてんじゃねェ。

 

「……分かった、変なことを聞いてすまなかったね。だが、今度は途中でやめてはダメだ。分かっているだろう、それでは君はいつまで経っても幸せにはなれないぞ」

 

 ……テメェの現状も、幸せそうには見えねえぞ、ヤブ。

 

「全くだ。……実は例の論文がきっかけになって、カリフォルニア大からスカウトがかかってね。2、3年の契約だが、せっかく身軽になったことだし、ここらで渡米も悪くないと思っているんだ」

 

 そうかい。悪ィがこっちを優先してくれ。

 

「ふむ。即答はしかねるが、どうせしがらみと権威主義の医学界よりも、輝くようなレース業界の方がどう考えても魅力的だし、面白そうだ。だが、肝心の君がその有様では僕も不安だよ。慰謝料が払えなくなるのは困るんだ。分かってくれよ」

 

 ……おれを誰だと思ってやがる、ヤブ。

 

 おれに渡米を勧めた時、実際のところ大した期待もしてなかったろ。やたらと噛みついてくる面倒な患者の関係者を厄介払い出来たとでも思ってたんじゃねえのか?

 

「否定はしない。だが、君の気持ちはよく分かっていたよ。無力感に苛まれるよりは、無謀な努力を続ける方がまだマシだと思ってね。だが……君の努力と、その成果は紛れもなく賞賛に値するよ。君があと10年、いや……5年早く生まれていれば、結果は変わっていたかもしれない」

 

 ……。

 

「どうなんだい、トレーナーは。年頃の可愛い高校生に囲まれて仕事なんて、羨ましい限りなんだけど」

 

 変わらねェよ、何にも。ワガママ放題で何でもかんでも押し付けてきやがる。

 

「ふむ、そうかね。楽しいかい?」

 

 楽しいさ。毎日メチャクチャだ。

 

「……え? 楽しいんですか? いっつも頭抱えてるのに」

 

 チッ。忘れろ、クソガキ。

 

「……なるほど。そうか、君は彼女たちのために? なるほど、なるほど……君は自分が変わっていないというが、月日は平等だな。そういうことであれば、なるほど。さっきの話、前向きに考えよう。他でもない君の頼みだ」

 

 ……そうかい。ありがとよ。

 

「もう行くのかい? もう少し昔話でもしていかないのか」

 

 結構だ。次に連絡する時には腹ぁ決めとけ。その頃には多分、こっちの準備も出来ている。

 

 じゃあな。

 

「うん。では、元気でやるんだよ」

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 ……トレーナーさんがトレーナーを辞めたら?

 

 辞めたら……どうするんだろう? まず……あたしもケイさんって呼ぶようになるのかな。いや、そもそもそう呼ぶ機会もないか。

 

 分かんない。この人のことは相変わらず分かんない。

 

「……何だよ。言いたいことがあるなら言え」

 

 不機嫌そうな顔。

 

「あの。今更ですけど、あたしついてきてよかったんですか?」

 

「今更過ぎるだろ……」

 

 ……なんていうか、すっごく意外で、でもあんまり意外じゃない。トレーナーさんの、多分、1番柔らかくて脆い部分を、知ったような気がする──年上の男の人の、ひどく傷ついた部分を見るのなんて初めての経験で、あたしは……戸惑っている?

 

 分からない、あたしは……トレーナーさんに、何かを言いたい? 言いたいことがある? 知りたい事がある……?

 

 分からない──でも、何かをしたい? 慰めてあげたいんだろうか? それとももっと詳しいことを聞かせてもらいたいのかな。分からない、分からない──トレーナーさんの背中は、小さかった。

 

 トレーナーさんの横に並ぼうとして、引っ掛かりを覚えた。あたしは……遠慮してる? 今更、トレーナーさんにも傷ついた過去があるんだって分かって……これ以上、踏み込んじゃだめなのかなって……感じている?

 

 ……どうしてこの人のことがこんなに気になってるんだろう?

 

 分かんないや。

 

 分かんない。分からないけど、分かりたかったから、あたしはまだ考えていた。

 

 

 




キタちゃんの感情どうなってんだ
これもうわかんねえな

・ヤブ医者
 トレーナーくんとアヤベちゃんが拗れているのは完全にこいつのせいです
 しかしトレーナーくんがわざわざトラウマの地に来てまでスカウトしているので多分優秀なんでしょ(適当)

感想、評価、ここ好きいつもありがとうございます。
更新したいと心の底から思ってますけど、これがなかなか難しいねんな……

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