ウマ娘の頭悪いサイド   作:にゃんこぱん

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アドマイヤベガの記憶-2

 

「お姉ちゃん、トレセン入学、おめでとう」

 

「……ええ、ありがとう」

 

 また季節が巡る。過ぎて行く時間を私は恨んでいた。穏やかに過ぎる病室の時間も、妹の体に繋がる何本ものケーブルも、無関心に回る世界も、妹を助けることが出来ない茅吹先生のことも、ずっと帰ってこないケイのことも──

 

 何もかも嫌いだ、何もかも憎らしくて、恨んでいた。

 

 妹は穏やかに窓の外を眺めていた。桜が散っているのが見える。私には分からなかった、どうしてそんな優しい表情を浮かべる事が出来るのか──

 

「……チームに入ったの。選抜レースは悪くない結果だったと思う。トレーナーさんも、悪くない人だと思う」

 

「そっか。かっこいい人?」

 

「……ええ、そうね」

 

 妹は私を見て、イタズラっぽく笑った。

 

「ケイよりも?」

 

「──」

 

 私は、思わずサッと目を逸らした。

 

「あはは。お姉ちゃん、顔赤いよ?」

 

「……からかわないで」

 

「いいじゃん、今更恥ずかしがることもないよ。お姉ちゃんのことは、私なんでも知ってるんだから」

 

「なんでもは言い過ぎよ。例えば、私が今何を考えているか、分かる?」

 

 妹はじっと私の目を見つめてきた。その行為自体を楽しんでいるらしくて、微笑ましくなる。だけどその目で覗き込まれると、本当に心の中まで全部暴かれてしまう錯覚に陥って、怖気づいて私は目を逸らした。

 

「……よーしっ! 目を逸らしたからお姉ちゃんの負けだねーっ! お姉ちゃんに勝ったぞー!」

 

「──」

 

 身体いっぱい使って喜ぶ妹の姿に、私はぼうっと呆けてしまった。その後には、胸の底から暖かくて、柔らかい感情が溢れ出して、つい口元が微笑んでしまう。いつもこうだ、妹のことが……心から愛おしくて、堪らない。

 

「……仕方ない子ね。私の負け、ということにしておいてあげる」

 

「あっ、なんで上から目線なの!? ずるい、お姉ちゃんってばずるい!」

 

「ずるくない。私はお姉ちゃんだから、いいの」

 

「ずるいずるーい! ケイに言いつけてやるんだから!」

 

「──」

 

 妹がなんでもないようにケイの名前を呼んた。その名前、その存在は──ずっと遠い場所に消えていって、そしてずっと私の内側に存在していた。多分、妹も。

 

「そういえばね、ケイ、また帰ってくるんだって」

 

「……そう、なの?」

 

「うん。帰ってこないとスタンプ連打攻撃するぞーって言ったらね、しゃーねーなって」

 

「……本当に?」

 

 私がどれだけ望んでも、ケイはそうしなかったのに。SNSでの連絡もそうだ、私から連絡する勇気もない。何を話せばいいのかなんて分からない、無視されるかもと怯えて、怖くて、何も送信できない、のに。

 

 この子は簡単に、そのボーダーを超えていく……私はそれが羨ましくて、だけど妬ましくて……そんな自分が、嫌になる。

 

「今度はどんなお土産持ってきてくれるかな。ケイってば、本当に女心がわかんないからなー。また変な木彫りの人形とか買ってきたら、今度こそ許さないんだから」

 

「……そうね。またヘンテコなものを持ってきたら、二人で懲らしめてやりましょう」

 

「あはは、そうだね! ねえねえ、どうやって懲らしめてあげよっか、お姉ちゃん!」

 

「そうね、まずは椅子に縛り付けて──」

 

 ケイの悪口大会で、妹は楽しそうに色々なアイデアを話してくれた。だけどどれも、実際のところ冗談に過ぎないことも分かっていた。

 

 妹がケイを好きなことなんて、とっくに知っていた。私がケイを好きなことも知っている。だけど私たちは、当然の共有認識として、例えば恋愛ドラマであるような、想い人を取り合うようなことなど決してするはずもなかったし、それをケイに明かすようなこともしなかった。

 

 でも私は、お姉ちゃんだから──妹のためになることならなんでもしてあげるのがお姉ちゃんだから、巡る季節とともに終わりに近づく妹の身体に、その散っていく桜のような儚い人生に、罪悪感のような引け目を感じていたから、

 

 ケイが、本当は妹に想いを寄せていることを知っていたから、だから、妹がケイに想いを伝えるなら、身を引こうと思っていた。

 

 その後のことなんて私は考えないようにした。妹が死んだ後のことなんて考えたくなかった。こんなに優しくて、可愛くて、報われるべき妹が、死ぬ事を考えると、胸が引き裂かれて、痛くて、とても耐えられなかったから。

 

 私はそんな感情は全て胸の内側にしまって、ただ微笑んで、笑った。

 

 この子のためにできる事が、私にまだ残されているだろうか。

 

 

 

 

「……造血細胞、移植……?」

 

「ああ。あいつの病気の根本は、あー……健康な血液を作れないってことだ。血液ってのは、背中の辺りにある、造血細胞ってとこで作られててな。一言で言えば……健康体であるおまえの体の一部を切り取って、あいつの身体に埋め込む。そうすれば、あとはおまえの身体があいつを助けてくれる」

 

 夢のような話だと、思った。

 

「もちろんリスクはある。せっかくトレセンに入学したとこで悪いんだが、ちょっとばかりおまえにも入院してもらわんといかん。あいつにもこれから説明するが──」

 

「──やるわ。やらせて」

 

「……おまえなら、そう言ってくれると思っていたよ、アヤベ」

 

 ケイは帰ってくるたびに変わっていく。

 

 悪ガキそのもののような顔つきが、だんだんと大人に近づいていく、成長期的な変化ももちろんだが、雰囲気がきっと、1番大きい。

 

 人を寄せ付けないような冷たさ。顔色は良くない。疲れを溜め込んでいるのだと分かったが、そんなことを気にもせず、前を見据えているまっすぐな瞳。

 

 私は、ケイがあの子のために変わっていくことが……寂しかった。バカで優しかったケイを変えたのは冷たい現実だ。だから恨んでいた、だけど……妹が助かるなら、それが全て報われるなら、あの頃のようにまた3人で過ごせるのなら……期待してしまう。

 

 そのために私に出来ることがあるのなら、何を躊躇することがあるだろう。

 

「……でも、どうして今になって?」

 

 聞こえる限り、それはもっと前にその手術は行っても良かったように思う。私は医療については素人だから、別の事情があったのかもしれないが、ケイがそんな事でつまづいていたとは思えなくて。

 

「そのことだ。記録にある限り、ウマ娘からウマ娘の造血細胞の移植は前例がない」

 

 きっと、何度も何度も調べて、考えたのだろう。ケイの口ぶりには淀みがなかった。

 

「というのも、ウマ娘ってのは基本的に健康で頑丈だからな。先天性の免疫不全なんてもんが、現実に生まれたケースは初めてだったんだよ。理論上は存在したが、現実にはいないもんだから、じゃあウマ娘って生き物はそうなんだろうと思われてきた」

 

 ケイは──少しだけ、興奮しているようにも見えた。私にはその気持ちがわかった。私はケイも報われて欲しいと願っていた。何もできない自分の代わりに──と、都合のいいことを考えつつも、それでも結果が伴うなら、この感情も許すことができると思った。

 

「おれとヤブはずっと造血細胞移植しかないと思っていたが……ウマ娘は人間とは違う。だからそもそも手術の術式がなくてな。だが……ようやく術式を完成させられた。執刀医も腕の立つヤツを連れて来れることになっている」

 

「……あなたが手術をしないの?」

 

「そうしてェよ。だがおれは所詮は医学部の2回生だ。手元に自信なんかねェ、経験が無さすぎる。……だが、出来ることはやった。あとはあいつを助けるだけだ」

 

 ケイが──自信満々にそう言い放ったが、私には……隠した不安と、恐怖が分かった。手が震えていたから、すぐに分かった。

 

 どうしてそういう風に振る舞うのか分かった。私を不安にさせないためだ。あの子を不安にさせないためだ。治ると患者自身が信じなければ、治るものも治らないかもしれない。

 

 ケイはいつも、病院の中で私と話すのを嫌がって、いつも外で歩きながら話していた。私にはその理由も、なんとなく分かる気がした。

 

「……手が震えているわよ」

 

「震えてねえ」

 

「震えてる」

 

「震えてねえって」

 

 私は強引にケイの手を取って、強張る肌の感触を確かめた。小さな手、だけと男の人の手……やっぱり。

 

「ほら、震えてる」

 

「震えてねえよ」

 

「震えてるわ」

 

「震えてないです」

 

「……何を恥ずかしがっているの?」

 

「恥ずかしがってもないです」

 

 ケイの手を取ったままだと、まるで手を繋いでいるみたいで、正直羞恥心が表に出ているのは私の方だったが、幸いなことにケイは前を歩いていた。それをいいことに、私は手を離さず、ケイの手の感触を味わっていた──

 

「……あの、アヤベさん? いつまで握ってるわけ?」

 

「何?」

 

「離してくれます? おれももうちょっとで二十歳なんで、ガキみたいに手ェ繋がれても……ちょ、離せ! 全然離さねえなこの、おい!?」

 

「暴れないで。危ないでしょう」

 

「オイ! なんなんだよ!」

 

 とは言いつつも、ケイは手を振り解かなかった。強引に手を動かして、私を怪我させないための配慮だったのだろうが、そこには解釈の余地があった──ケイも満更ではないのかも、と期待──して、またそれを自覚して──

 

 妹のことが頭によぎっても、私はそこまで徹底できない……私はケイほど合理的になれない。目的のために何もかも捧げるなんて──他の全てを犠牲にできるなんて。それは優しさという表現では許容しきれない。

 

 ……だけど、この人のことが、私は──

 

「……何が不安なの?」

 

「おれはビビってねえ。おれがビビってどうする」

 

 ケイの強がりは分かりやすい。これで本人は上手く隠せていると思っているのだから、本当に愛おしくて、悲しくなる。妹の前ならともかく、私の前でくらい──

 

「素直に言いなさい、ケイ。今更あなたに失望なんてしない」

 

「……」

 

 ケイは足を止めた。表情は見えないが、大体想像がついた。

 

「……ビビってねェ。おれがビビってどうする。おれがビビったら結果が好転するのか。怖いですとか情けねェこと言えば結果が変わるか。必要なのはそんなことじゃない。ここでは、感情に意味なんてない」

 

 それはもうほとんどビビってると言っているようなものだった。だけど、そうやって徹底的に合理的に割り切ることが、ケイの妹に対する向き合い方なのだと思うと、やっぱり悲しくなった。

 

 どうして何もしてやれないんだ──ケイが抱えていた無力感は手に取るように分かった。私も同じだったから。だけどそのために何もかもを捧げることは出来なかったし、そのための能力もなかった。

 

 だけど、それでも、どこにも行かないで欲しかったと、心のどこかで、私は思っていた──なんて浅ましい、なんて卑劣で、卑怯で、矮小。私の恋心は、どんどん私を嫌いにさせる。

 

「……大丈夫」

 

 だけど、もしも全てうまく行くのなら。

 

「きっと大丈夫だから」

 

 もしも全て報われるのなら。

 

「大丈夫だから」

 

 きっと全て、許すことができるから。

 

 




(アカン重すぎる)

・妹さん
 最後まで名前が出てくることはないです。
 なぜならいい感じの名前が思いつかないからです……

・アヤベさん
 かわいい……が……ちょっと展開が重すぎる。
 こ、こんなはずでは……クーデレデレになる甘々のアヤベさんはどこ? どこなの……?

リアルで引っ越しとかしてて投稿頻度が落ちてましたが、ようやく落ち着いたので書けます
最近は小説書くのが楽しいです。評価ここすきのおかげです。ありがとうございます。
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