三ヶ日の貴重さは社会人になるほどよく分かる。だってのに、おれは大晦日に何やってんだかな。まあヤブからは前向きな返答があったってことで良しとしよう。どうせそれらしいこと言ってたって最後は給料の額で決まるんだ、せいぜい御大にゴマ擦っとかねーと。
「トレーナーさん」
病院を出てからしばらく神妙な表情をしていたクソガキが口を開いた。正直、面倒なことを言い出す予感はしていたが、予想通り面倒なことを言い出した。
「いい加減、話してもらいますよ。トレーナーさんの昔話」
イヤだね。
「……話してください。命令です」
断る。
「断るなら、トレーナーさんは嘘つきってことになりますよ? おれは嘘だけは吐かんとか言ってたのは嘘だったんですか? それも嘘とか?」
嘘つきのパラドックスみたいになってんぞ。くそ……おまえ、おれに一体何を言わせたいんだよ。
「トレーナーさんの口から聞きたいんです。何を考えていて、何がしたくて、何が起きたのか。他の誰かからじゃなくて、トレーナーさんに話して欲しいんです」
なぜだ。
「……だって、そうしないと、分かんないじゃないですか」
クソガキは呟いて、ビシッとおれを指差した。
「とにかく命令! 命令ったら命令です! 断ったらペナルティですよ!」
ねーだろそんなもん。……ないよな?
「あります。ほら!」
クソガキがポッケからまた例の契約書を取り出した。そこの下の方に、明らかにおれのものではないの字で、断ったらハリセンボン飲ませるって書いてある……いやいやいや、バレないって思ってんのかおまえ。勝手に付け足すな。有印私文書偽装行使だぞ。
「じゃあ、そのことを証明できるんですか?」
簡単だ。おれが持ってるもう一通と突き合わせてみればいい。しかしおれの持ってた分はどっか行ったので証明は不可能だ。ふむ……悪魔だな、おまえ。ここまで予測してたってのか……とんでもないヤツだ。
「……テイオーさんが、どうせトレーナーさんは無くしてるだろうから、好きに付け足しちゃえって言ってました。まさか本当だなんて……」
しゃーねーだろ、書類の山に埋もれてどっか行っちまったんだ。はあ、写真でも撮っとくんだった……。
「……大体! トレーナーさんにとってあたしとの約束はそんなに軽いものだったんですか!?」
あのね、おれが楽してるように見えるんか。そんなに軽かったらおれこんな苦労してないよ。
ムッとして言い返そうとしたクソガキのお腹がぐぅ〜って鳴った。おれは笑うのを我慢しようとしたが無理だったので睨まれた。
「……トレーナーさん。ごはん」
正月に外食はやってねーよ。コンビニでいいか?
「……」
……に、睨むなよ。仕方ねーだろ、正月なんだから……。
「……大体、トレーナーさんはあたしに甘すぎです。甘やかすからつけあがるんですよ、分かってます?」
……い、一体こいつは、どの立場で、何を言っているんだ。おれは今、なんの責任をなすり付けられたかすらも分からない。
「テイオーさんとかのことも一緒です。トレーナーさんは甘いんですよ、だからテイオーさんもすぐ調子に乗って、トレーナーさんに甘えるじゃないですか。そんなのダメですよ、テイオーさんのためにもならない」
お、おまえにとってのテイオーの立ち位置が分からん。おまえはその、なんだ、テイオーのことなんだと思ってるんだ。ママか? ママなのか? おまえはテイオーのママなのか。
「話を逸らしちゃダメですよ。トレーナーさんだって、テイオーさんに甘えてるんですからね」
オイ待てェ、流石に聞き流せねェ。おれが何してるって? アレか、ついにか? やるか、担当と腹を割って話そうのコーナーか。
「いいですよ。担当と腹を割って話そうのコーナーです。さあ、腹を割って話しましょう!」
そういうことになった。
えー、はい。ほんじゃまず一発目。では最初のお題はこちらです。デデン。おまえはおれのことなんだと思ってるー!?
はい、これ本当にそうです。なぁ?
「……言わせてもらいますけど」
クソガキはコンビニのサンドイッチを頬張った。
「トレーナーさんこそあたしのことなんだと思ってるんですか。あたし、最初はトレーナーさんにすごい期待してたんですよ。この人ならもしかしたらって。なのに入院から始まるし」
それな。いや、ホントそれな。
「それなじゃないでしょ。あたしの期待と言う期待を全部裏切ってるんですよ。ビシバシ鍛えてくれるのかなって思ったらしてくれないし、いっぱい褒めてくれるかなって思ったら褒めてくれないし、じゃああたしのことも勝たせてくれないのかなって思ったら勝たせてくれるし。それで今度はなんですか、あたしには何にも教えないつもりですか?」
あのね。オメーが勝手に着いてきたんだぞ。ホントに何しに来たんだよ。
「見張りです。また入院されても困るんです」
しねーよ……しねーよな? おれには自信がなかった。
というかさ、親御さんから年末だから帰ってこいとか言われなかったわけ? 心配とかされてねーの?
「……別に。トレーナーさんには関係ないですよ、そんなの」
ないわけねーだろ。担当だぞ。おれがそう言うと、クソガキはニヤッと笑って指を突きつけてきた。
「ほら、そうですよね? 関係ないわけないですよね? あたしとトレーナーさんのことで、関係ないことなんてないですよね?」
お、おお……? そ、そうなの……?
「無関係ならともかく、自分に関わることなら、知る権利ってものがありますよね?」
や、やめろ。理詰めで詰めてくるな。なんだその、一手ずつ潰してく感じ。誰に教わった。
「というか、ちゃんとトレーナーさんが説明してくれないと、あたし気になって夜も眠れないかもなー。寝不足とかになっちゃって、トレーニング中にケガとかしちゃうかもしれないなー」
オイクソガキ! 白々しいぞ!
「トレーナーさんに言われたくないです。言っときますけど、教えてくれないと今日は一日中付き纏いますよ」
ぐ……!
「もっと言わせてもらいますけど。アヤベさんと仲直りしてください。いい加減気まずいです」
……そりゃ、悪かったな。あと、別に喧嘩してるとか、そういうわけでもねーぞ。
「そんなの分かりますよ。一体何がどうなったら、あんな風に拗れるんですか」
おれは諦めて、ため息をついた。
……アヤベからどこまで聞いてる?
「えっと……妹さんが、手術を行うことになったってとこまでです」
そうか。じゃあ聞くが、その後どうなったか予想できるか?
「……。はい」
そうか。じゃあもう一つ質問だ。
メシ屋でよ、メシを頼むとするだろ。金払って出てきたもんが不味かったら怒るよな。ラーメン頼んだのにそうめんが出てきたら金返せって言うよな。
「えっと、まあ……そうかもしれないですけど……?」
自転車の修理をよ、自転車屋に頼むだろ。それで直すどころか逆にぶっ壊して、ガラクタにされたら堪ったもんじゃねェよな。ふざけんなって思うだろ。
「あんまり想像つかないですけど、まあ、そうかもです」
それどころか、お節介な自転車屋が、壊れかけのチャリを見て、直してあげようとか抜かすだろ。それで頼まれてもないのに修理しようとして、それがトドメになってチャリは壊れちまった。
おまえはそのチャリの持ち主だとする。許せるか?
「……」
お節介な自転車屋が心の底から申し訳なさそうに謝ってきて、弁償しますとか言ってきても、オメー、それ許せるか? 思い出のモンだったりしても、大丈夫ですって言えるか?
ふざけんなって思うよな。おれだってそう思う。アヤベだって同じだ。許す義理もねーよ。
「……でも、妹さんの病気は、多分……トレーナーさんが何もしなくても、結果は同じだったんじゃないですか?」
そうだな。同じだったろうな。あくせく動いて色々やろうとしても、黙って見てても同じだった。だがそういう話じゃない。
手術な、一応成功したんだよ。経過後2ヶ月くらい安定しててな。おれは……それを確認して、大学に帰った。だがその1週間後に容体が急変した。原因なんかわかるわけなかった。最後は眠るように死んだ。苦しみがなかったのは……最後の慰めだった。それはおれにとってもな。
「……カヤブキ先生が、昼間言ってたことは……?」
……当初、あの手術の成功は世界初の偉業だったんだ。ヤブも柄にもなく興奮してな、早く論文にして発表しようってうるさかった。君のおかげだってはしゃいでな、おれも浮かれていた──だから大学に戻って、発表の準備に取り掛かってた。
正直なところ、おれにはもう医学部に通う理由もなかったんだけどな。エリのこともあったし、なんとなく惰性でアメリカに帰ろうとした──
「……エリさんのことは一旦後回しでいいですけど、きっちり、ちゃんと、全部説明してもらいますからね」
いや、別にエリは関係ないんだが。……なんで睨むんだよ。
「別に。それで、アヤベさんは……どうしてトレーナーさんのことを恨んでるんですか」
……。
おまえ、どうしてもおれの口から一から十まで語らせたいか?
「……はい」
どうしてもか?
「はい」
おれにそれを語らせるなら、それは懺悔に等しい。多分、おまえは困ったことになるぞ。
「……いいです、別に。だって──知りたいです、トレーナーさんのこと」
そうかい。知りたきゃ……教えてやるよ。何もかもな。
後悔すんなよ。関係があるっつーんならな。
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「……あら、おかえりなさい」
朝から出かけていたキタサンブラックが戻ってきて、アドマイヤベガは読書の手を止めて顔を上げた。両親は出かけていて、リビングは静寂に守られていたが、元気よく後輩が帰ってきたことで、ほのかに騒がしくなった。
「ただいまです! キタサンブラック、帰りましたっ!」
「朝からどこに行っていたの? ……と言っても、大体想像はつくけど」
「はい。多分、アヤベさんの想像してる通りだと思います」
ダイニングのソファでくつろいでいるアヤベのところまでキタサンは近寄っていく。そのまま隣に座るかと思いきや、キタサンは立ったままだった。不審に思ったアヤベが顔を上げると、キタサンは明確な意思を持ってアヤベを見下ろしている。
「──トレーナーさんと一緒に、カヤブキ先生と会ってきました」
「……っ、──……ケイが? ……ケイが……茅吹先生に?」
「はい。トレセンにスカウトしてました」
「…………。本当に、ケイが……?」
「はい」
アヤベは顔を伏せて、硬い表情を押し殺しているように見えた──キタサンには、その奥にある感情がなんなのか分からなかった。受け入れ難いものを受け入れようとしているのか、待ち望んでいた望みが叶う前の喜びか、どちらともつかない、呟き。
「トレーナーさんから聞きました、数年前のこと」
キタサンは相変わらず溌剌としていたが、ただ、今は真剣な眼差しでアヤベを見下ろしている。その視線はどこか厳しい。
「そのことで、アヤベさんに話があります」
「……そう」
パタン、と。
アヤベは本を閉じた。
漸くこの時が来た。アヤベは、それが嬉しいか悲しいかに関わらず、この時が来るのを待っていた。誰かが裁いてくれる時がいざやって来て、結局自分の感情も分からなかったが。
「場所を変えましょう」
アヤベは立ち上がった。
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日が沈んでいるのが見える。街に人の気配は少なかった。昨今の少子高齢化の影響なのか、町全体から活気が消えているようにも思えるけど、だけど正月だからこんなものだったかもしれない。
……ケイがどうしてこの子のことを受け入れたのか、私にはなんとなく分かっていた。キタサンは妹に似ている。
いつも明るく笑顔で、だけど少し抜けてるところがあって、人に甘えるのが上手なところがそっくりだった。
……分かっている。別人だ。顔も声も全く違う。妹の姿形に1番似ているのは私だ、だけど私は妹ではない──だけど妹のように、なりたかった。
「……どこに向かってるんですか?」
「この街が1番よく見える場所。安心して、そう時間は掛からないから」
山間部の斜面をうねりながら登っていく車道の、膨らんだ角には、車3台分ほどのスペースがある。元々は小さな小売店があったらしいが、潰れてしまって今は綺麗な更地になっている。ちょうど高台になっていて、ここからは故郷の全てが見渡せる。
大地に広がる街と見上げる星空のコントラストは美しい。私がこの場所を好んでいたから、必然的に妹とケイもよくこの地に足を運んでは、いつまでも帰ろうとしない私に文句を垂れていたっけ。
「……あたし、ここに来てからはずっと質問ばっかりです。どうして、どうしてって聞いてばっかり。なんだか疲れてきちゃいました」
「知りたいことは知れた?」
「……大体は、分かったような気がします。だけど分からないこともまだ残ってて」
別に、友達がケイしか居なかった訳ではない──同級生に友人も少なくなかった。だけどそれはケイと妹のお陰だったと思う。二人が私の手を引いてくれたからだ。事実私は、せっかく故郷に帰ってきても、誰にも連絡なんかしていない。出来る訳がない。
そんなこともあったね、なんて昔話にしてしまえるほど風化していない。ケイがずっと忘れてくれないから、私もずっとそうしているだけ。
「トレーナーさんの話を聞いてからずっと考えてます。どうしてアヤベさんは、トレーナーさんのこと、許してあげないんですか」
キタサンの言葉は……怒っているようにも聞こえる。
「許すも何も──」
「とぼけないでください。あたし、もうそういうのうんざりなんです。白々しいんですよ、トレーナーさんも、アヤベさんも。ホントは分かってるのに、ずっと知らないフリをして……! すぐ近くにいるのに、向き合おうとしない! そんなに憎んでるんですか!?」
──その弾劾は、まるで泣いているようにも聞こえた。
私には振り向く勇気もなかった。
私の人生はずっとそうだ。本当は言うべきだったこと、本当は言いたかったこと、本当にやりたかったこと、本当に望んでいたものを知っていたのに、勇気が出なかった。
本当はあの時、ケイを引き止めたかった。行かないでって言いたかった、なのに後から責めるのなんて酷いことだ、分かってる。分かってる、分かってる……ずっと分かっていた、そんなこと。
本当はケイに好きだって伝えたかった。妹じゃなくて私を見てって言いたかった。だけど弱っていく妹に心を砕くケイにそんなことを言えなかった、私は言わなかった、お姉ちゃんだから、妹のために我慢するって、言い訳をして、知らないフリをした。
「妹さんを救うためにトレーナーさんは全部捧げたんですよ!? 全部……全部、全部、何もかもッ! 時間も、お金も、才能も、人並みの人生も全部、捧げて……!」
そんなこと知っている。あなたより、ずっと知っている。
「なのに……! どうしてトレーナーさんを許してあげなかったんですか!? それでも足りなかったなら仕方ないんじゃないんですか!? どうしようもないことじゃなかったんですか!?」
知っている。仕方ないことだったって、知っている。
「どうして、どうして、どうして……!!」
*
「アヤベ!!」
ケイが病室に走り込んできた時、もう全ては終わっていた。
「……遅いわよ──」
静かに横たわる妹の顔は白い布で覆われている。強風を前に野晒しになった蝋燭のように、彼女はこの世を去った。
『お姉ちゃん。お姉ちゃんは、死んじゃダメだよ』
「嘘だろ」
『ケイのこと、よろしくね』
「冗談キツいぜ」
『二人で幸せになってね』
「待て、待ってくれ」
『……ケイに、ありがとう、さよならって、伝えて──』
「なんでだ、なんで……なんで、何でだ、なんで」
茅吹が黙って病室を去ったことなんてどうでもよかった。両親が涙を堪えられなかったことも気にならなかった。
この結果を覆すための、ケイの6年間の努力は全て無駄だった──
「……クソ。クソ、クソッ、ああああああああああああッ!!!」
聞いたこともない声で叫んだのを私は聞いた。
「ちくしょうッ、ちくしょう、ちくしょう……!! うぁ、っ、く……っ、そ……あぁ、ああああっ、なんでだ、なんでだよッ!! なんでだ、なんで……なんで……」
全てが無駄になったと知って、私は……どうしようもなく悲しくて、苦しくて……憎んだ。
私たちと一緒にいることを捨ててまで、遠くに行って……誰も救えない、最後の瞬間にすら立ち会えない、一緒に居てくれなかった、一緒に向き合ってくれなかった。
無力であるという事実から逃げて、私を一人にした──それが、腹立たしくて、悲しくて、だから、
「……あなたは、いつも速すぎた。あっという間に私たちを置いて、遠くに行ってしまう」
私はこの悲しみをぶつけるしか、なかった。
「どうして帰って来れなかったの」
分かっている。容体急変の知らせを受けて、超特急で帰国したことなんて分かっている、だけど、だから何なんだ。過程がどうであれ、結局間に合わなかったくせに。
「この子のために全て捧げたなら、どうして隣に居られなかったの」
「ち、ちが……おれは……」
「……この子があなたに頼んだの? 助けてくれって言葉を聞いたの? 自分のために何もかも捧げてくれって願ったとでも? あなたは何も知らなかった。気持ちも願いも知ろうとしなかった……!」
ただ、悲しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうで。
誰かにぶつけて、受け止めてくれないと、どうにかなりそうで、私は──ケイを責め立てた。
「どうして、どうして、どうして……!」
「ちがッ……じゃあ、黙って見てりゃ良かったってのか!? ただのクソガキのまま、苦しむ姿を眺めてりゃ良かったのかよ、おれにそんな真似が出来るってのかよ!?」
「それがあの子の望みだったとしても!?」
「……は? どういう意味だ……?」
……結末が同じなら。
どうせ結末が同じなら、せめて過程は選びたかっただろう。
「あの子が願ったのは救ってもらうことなんかじゃなかった。自分のために全部を犠牲にさせて、それで何も知らないフリをして笑えるほど、あの子は鈍くなんてなかった……! 例え短い人生だったとしても、あなたが隣に居ればそれであの子は幸せだったのに……!」
「ッ──ふざけんな、なんだよそれ、今更……! そりゃ生きることを諦めなきゃいけないってことだろ!? そんな人生があってたまるかよ、そんな理不尽を許せってのかよ!? あんなに優しいヤツが、どうしてそんな目に遭わなきゃいけなかったッ! 誰もあいつを助けてやれなかった、だからおれがやるしかなかったんだッ!」
「それが押し付けだったってどうして分からないの!?」
全て結果論だ。私は、その試みが失敗したから、ケイを責めたんだ。上手く行ったら全て許して、失敗したら責め立てるなんて都合のいい。
「……ッ」
「あなたが決めるって言うの!? あの子の人生を、あの子の喜びを、あなたが知らない幸せを!!」
ずっと言いたかった私の本音。
行かないで欲しかったという身勝手な感情と、ケイの傲慢さに対する怒りは混ざって、もう見分けがつかなかった。ぐちゃぐちゃだ。
本当は、あなたに何もかも背負わせてごめんなさいって、言いたかった。
「あの子はずっと罪悪感を抱えていた。何もかも押し付けてごめんねって泣いていた」
本当は、私も一緒に背負うからって、言いたかった。
「そんなに頑張らなくていいのになって笑ってた」
本当は、だからどこにも行かないでって、言いたかった。
「隣にいてくれるだけでいいのにって、そんな些細な願いがあの子の望みだったのに」
どうしてそんな簡単なことが伝えられなかったんだろう。
「最後の瞬間まで1番会いたかった人は現れなかった、あの子は寂しそうに笑って旅立ったッ! どうして……どうして、どうして隣にいてあげる、たったそれだけのことすら出来なかったの!?」
こんなことが言いたいわけじゃない。
本当は今すぐあなたの胸に飛び込んで泣きたい。
「ちが……だって……そんなのおれには、無理だ。無理だよ……だってもう一度、ガキの頃みたいに走り回って遊びたかったんだ。あいつがバカみたいに元気に走り回る姿が見たかったんだ、そのためなら……なんだってしてやりたかった……」
「あの子の気持ちを無視してでも!? 心に寄り添うことが、逃げだとでも思ったの!? 病気になって、走れなくなっても、あの子は──あなたが居ればそれで幸せだったのにッ!! どうしてそんなことが分からなかったのッ!」
こんなことがしたかったわけじゃない。
ケイを傷つけたって、私も痛いだけなのに。悲しみを痛みで塗りつぶそうとしたって、もっと悲しいだけなのに。
ずっと言いたかった言葉が止まってくれない。
「あなたは裏切った。あの子の願いを裏切って、自分のことしか考えなかった……! "もう私のことなんて忘れちゃったのかな"って──あの子は寂しそうに笑ってた……!」
「──ふざけんじゃねェッ! あいつのことを忘れたことなんてない!! おれは必死にやったんだ……高校すっ飛ばして、大学もすっ飛ばして! 下げたくもない頭下げて、クソ医者どものご機嫌伺って、バカみたいな借金背負ってまで、靴だって舐めた! このクソみたいな社会で、おれはなんだってやったッ!」
「それがあの子を追い詰めていたってどうして分からないの!?」
「……ッ!」
「あの子のためなんて言葉で飾らないで! 都合のいい言い訳ばかり……! 事実あなたは最後まで帰ってこなかったじゃない!!」
歪んで、行き場のなくなった感情が棘になってケイを傷つける。
報いだ。助けられなかった罪で罰だ。ケイにとっても、私にとっても──永遠に残る傷跡になって、ずっと痛みが残り続ける。ふさわしい罰だ、だから私は一生この罰と共に生きていくのだろう。
「──あなたを許さない。あの子を裏切った、あなたの過ちを……何も出来なかったあなたを、私は恨み続ける」
お願い。私を許さないで。
「アヤベ……おれは……」
「黙って。もういい……もう、終わった。終わったの──たった16年間の、あの子の旅は終わった。もう……二度と、私の前に現れないで」
お願い。二度と私に優しくしないで。
「……なにか、したかったんだ」
お願い。ケイだけは幸せになって。
「おれにできること、あるはずだって思って……」
お願い。私のことも、あの子のことも忘れて、誰も知らない場所で、幸せになって。
「また、一緒に遊びたかった……遊べるようになりたかった……」
「ごめん、ごめん……」
「ごめんな……ごめんな……──」
今更遅いわよ、バカ。