ウマ娘の頭悪いサイド 作:パクパクですわ!
減量だ。
おれははっきりと、マックイーンにそう言った。
「……へ?」
ーーー
おいデブ。計量だ。
「ひぃっ、イヤですわ、乗りたくありませんわーっ!」
だまれ。乗れ。
「イヤです! 絶対に乗りませんわ! っていうか誰がデブですの、ぶち殺しますわよ!?」
ふむ。どいつもこいつも……。
おれはおまえに言うことを聞かせるための二つの手段を持っている。アメかムチ、好きな方を選べ、デブクイーン。
「デブっていうのを止めなさい! このメジロマックイーンに向かって! クズトレーナーさんなんて八千回くらい地獄に落ちなさい!」
分かった。ではムチで行こう……。
おまえの月別体重推移をエクセルで作ったが、体重計に乗らなかったらこれをURA公式ホームページに貼るぞ。公式Twitterにも上げるぞ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ! な、なんて恐ろしいことを思いつくんですの!? 鬼ですわ! 悪魔ですわ! ちひろですわ!」
なんとでも言うがいい。それで、どうする?
「アメの方にしてくださいまし! 優しい心で接してくださらないとひどいですわよ!」
ふむ。おれも最初はそういう感じで行こうと思っていたんだが、おまえがあまりにも食べてばっかりだからしょうがないのだ。
「トレーナーさんが連れ回すからいけないんでしょう!? わたくしは悪くありませんわ! 管理責任を問いますわ!」
ふむ。どうやらデブクイーンの闇は深い……。
仕方がない。おれも妥協するよ。
「な、なんですの?」
そう警戒するな。1人で減量といってもさびしいだろう。だから、他の連中も一緒にやらせてやろうというのだ。
「……。た、確かに……他の方が目の前で美味しそうなものを召し上がっているのに、わたくしだけプロテインで済ませるのはつらいし、寂しいものがありますわ! けど……」
みんな一緒ならこわくない。1人で抜け駆けもできない。そんなことをしたら、他の連中に申し訳ないだろう? おまえは。
「けど、他の人たちに迷惑をかけたくはありませんわ……」
ふむ。できればおれにも迷惑はかけないでほしいね。デッブクイーンをどうやって寸胴クイーンに戻すか、おれは寝ずに考えていたのだ。
「わたくし、最近プロレスにハマっておりますの」
うむ。冗談だ。
安心するがいい。あのデッブクイーンを助けるためならば、とみんな協力してくれるそうだ。それにデッブなのはおまえだけではない。おれもだ。
「よくわたくしのことを言えましたわね、あなた。じゃああなたも減量するんですの?」
ああ。おれはこれからそうめんだけで生存する。おまえもそうしろ、そうめんデッブクイーン。
「キレましたわ。今からトレーナーさんをコンクリに埋めます」
冗談だ、落ち着くがいい。ほれ、飴ちゃんをやる。カロリーゼロだからどれだけ舐めても太らないんだ。
「それは飴ちゃんではありませんの。ただの石ころですわ」
…………。
た、確かに……。
で、ドラム缶に詰められてコンクリに埋まったおれである。
「よう先生、……。何があったんだ?」
沖野Tが来た。
待っていたぞ、沖野さん。
「コンクリに埋まったままそんな堂々と言われてもな……。まあいい、テイオーの調子はどうだ」
ふむ。予定より一ヶ月早く復帰できるだろうな。
「そ……それは本当か? 一体どんなマジックを使ったんだ?」
マジックの種は明かさないものだぜ。一つ言えることがあるとするならば、精神は肉体を超越する。
「そんな言葉で怪我が治るんなら誰も苦労しねぇよ……」
ドラム缶に入ったまま動けないおれの横に沖野さんが座った。
それで、何か用事があるのか?
「ああ。たまには一緒に酒でも飲まないか、と思ってな」
……困った。酒はハイカロリーなのだ。
「? ああ、そうだな。けど苦手じゃないだろう?」
うむ。だがおれは今、減量中なのだ。
「……糖尿にでもなったか? そんな太ってるようには──」
と、おれの体を観察しようとした沖野さんは、おれがドラム缶に埋まっていることに気がつくとそっと口を閉じた。
いや……。実は、マックイーンの減量に付き合ってやろうと思っていてな。
「なるほど、一緒にやることでモチベーションを上げる作戦か……」
おれもちょっと腹に肉がついてきた気がするから、いい機会だと思う。酒は無理だけど、麦茶でいいなら付き合うぞ。
「しゃあねえな。8時にいつものとこで」
うむ。
……。トレーナー同士の交流は不可欠。ゆえにこれは仕方ないのだ。そう、仕方がないことなのだ……。
というわけで、そろそろ出してほしいのだが。
「……?」
よくわからない顔をされた。
「行きたいところがあるなら、ライスが運んでくよ……?」
ふむ。そういう問題ではない。
ライスシャワーは大体、もうアルファードのメンバーじゃない。不調だった時期に多少の面倒は見てやったが、それだけだ。
だがメンバーの入れ替わりの激しさは、そのまま曖昧さに繋がる。出たり入ったりしやすいので、不調が終わっても素知らぬ顔でアルファードに来ていることもある。
だいたい、このクソガキも分かってやっているのだ。誰にでもお兄さまとか言ってるのだ。じゃなきゃ気が狂ってる。
「お兄さまったら、またそんなこと言って……。ライス、ちゃんと覚えてるもん」
どうすっかな。誰かにコンクリを砕いてもらわないと飲みに行けない。トレーナー仲間との飲みはおれの数少ない楽しみなのだ。
「お酒はダメだよ。健康に悪いんだって、お兄さまが前言ってたことだよ?」
……誤解するな。飲みに行くとは言葉の綾だ。おれはノンアルで済ませるつもりだ。
「も〜っ! お兄さまのうそつき! 前もそんなこと言って、べべれけになってたんだもん」
なってない。
「なってた!」
そうかな? 本当にそうかな? きみがその目で見たのかな?
「ライス見たもん! お兄さまが道端で寝てたの見たもん!」
うそだろ。なんで知ってるの……。
「見たもん!」
……。誰にも言ってないな?
「ライスね、本当にお兄さまかどうか自信なかったから、みんなに言うのはやめておいたんだ。けどこれからも言わないかは、お兄さまの態度次第かなって」
ううむ……。
「ライスね、お兄さまのことが心配なの。危ない人に襲われたりしないかなって……」
まずいな。この醜態が世間にバレたらとてもまずい……。今度は反省文だけじゃ済まない。今度という今度は本当にやばいかもしれない。
今思い出すと、よく誰にも通報されなかったよな。朝日の日光が直撃して起きた時はかなりゾッとした。血の気が引いたわ。
しかし、こんなちっこいガキにまで心配されるようになっていたとは。おれも反省せねばならんということだろう……。次はない。流石に次はない。天才は同じことを二度も間違えない。ライスシャワーの言う通り、今度はやんちゃな連中に身ぐるみを剥がされないとも限らん。
分かった。観念する。おれも反省するよ。
「本当?」
うむ。本当だ。
「誓う?」
うむ。誓う。
「今日は大人しくする?」
……それとこれとは話が別じゃない?
「も〜! お兄さまのうそつき! ライス、もうお兄さまのことなんて知らないんだからね!」
待って待って待って。
ステイクール。ステイクールだ。冷静になれ。おまえだけが頼りなんだ。
「調子のいいことばっかり言ったって、ライスの気持ちは変わらないんだから!」
たのむ。いや、これは飲みに行くとか行かないとかの話じゃなくて、シンプルに生きるか死ぬかの問題なんだ。おれを助けてくれ。
「……。テイオーさんと、デートしてきたんでしょ?」
デートではない。お出かけと言い直せ。
「ライスも、お兄さまと一緒にお出かけに行きたいの」
うむ。いいだろう。
「ほんと!? じゃあ今から行こう?」
今からか……。
時刻は午後7時。アルファードのトレーニングは終わっている。
……はっ! 脳内選択肢が……!
>いいよ。晩御飯でも食べてこようか。
>全力でお兄ちゃんを遂行する。
……もう一声!
>明日にしてくれたら、素敵な場所へ連れて行ってあげる。
……。素敵な場所ってなんだ? こんな選択肢はゴミ箱行きだ、バカらしい。
>明日にしてくれたら、素敵な場所へ連れて行ってあげる。
「え……ほ、本当!? ライス、聞いたからね!」
押し間違えた。もはやおれ以外の何者かの強い意志を感じる。
吐いた唾は飲めない。根拠はなくとも、何事も堂々とすることが大切だ。言い放ってやるほかあるまい。
うむ。楽しみにしておけ。
「聞いたからね、ちゃんと録音もしたからね! 絶対だよお兄さまっ、約束を守ってくれなかったらひどいことするからね!」
はっはっは。どすこい山だ。座して待て。
……録音はやり過ぎではないだろうか。
ビリビリに破かれたドラム缶と、部室にコンクリートの破片が散らばっていくのを見ながらおれはそう思った。
・トレーナー
脳内選択肢は別にそういう特殊能力ではなく、無自覚でセルフ
個人的な印象では、うむ。って言ってる時が一番バカっぽい
・マックイーン
言うほど太ってない
・ライスシャワー
か わ い い 。
合計IQ:だいたい40
次回:マックイーン、地獄のリバウンド。ライスシャワーの花嫁修行。トレーナー、真理の扉を開くの三本立てでお送りしますうそです