無関係なあたしが怒る筋合いなんてない──だけど感情は別だ。
困っている人がいたら助けてあげたいなんて普通のことだ。酷いことをされてる人を守ってあげたいなんて当たり前のことだ。理不尽に苦しんでいる人のために怒るなんて当たり前のことだ。
アヤベさんはずっと静かな表情で、あたしをただ眺めている──どんな酷い言葉も受けれるかのように、断罪を前にした罪人のように。
分からない。そんな顔をするぐらいなら──
「あたしだっていい加減分かります……トレーナーさんはずっと後悔してる。アヤベさんだってずっと後悔してる。辛かったのなんて、話を聞いただけのあたしにだって分かります、だけどいい加減前に進まないとずっと痛いままじゃないですか!」
トレーナーさんは全部辞めてしまった。きっと医者の道を続けていたら、すごい事を成し遂げていたかもしれないのに。……そこから僅か半年でトレーナー試験に受かったっていうのも、トレセンの生徒としてはちょっと信じられないような気もするけど。
トレーナーさんは実はすごい人だって、いい加減あたしも理解する。普段のだらしない言動とか、ちょっと意味の分からない行動とかが、どこまで本心なのかはあたしには分からない。だけど意識的にそうやって、バカなトレーナーとして振る舞っている節がある。
そうしている理由は多分──
「あたし、アヤベさんのほんとの気持ちを知りたいです。……今も恨んでいるんですか」
アヤベさんの背中にあたしはそう問いかけた。表情が見えなくて、内心は分からなかった──夕暮れに染まる世界の中、アヤベさんの髪が冷たい風に揺らされていた──
あたしは、本当に綺麗な人だと、思った。
「……そんな言葉一つでは括れないわ」
振り返ったアヤベさんは、すごく穏やかな表情で、びっくりしてしまった。
「あなたも身を以て学んだと思うけど。ケイと一緒にいると、めちゃくちゃなことばかりで、感情がぐちゃぐちゃになるでしょう?」
「……それは、そうです」
思わず納得してしまった。あたしもシュヴァルちゃんの件は今だに許していないし、多分これから許すこともないし。
「理屈で納得するのは簡単なことよ。だけど感情は別──何でもかんでも理屈で割り切れたら、こんなに面倒な性格に育ってはいないもの」
「あっ、自覚はあるんですね」
「……何か言った?」
「あっ、いえ……」
コホン、とアヤベさんは咳払いをして、ため息をひとつ。
「……好きと嫌いは両立するものよ。どちらも無関心からは反対側にあるのなら、愛しているのに憎んでいるというのも、それほどおかしな話でもないでしょう」
「え、と……もしかして、今、トレーナーさんの話してますか?」
「……言っておくけれど、ケイの庇い難い欠点を知れば、あなたもそうなるわよ」
「だ、誰がですかっ! あたし、別に、トレーナーさんのことなんてなんとも思ってませんよっ! これはあくまで、理不尽を見過ごせないって、それだけの理由なんですから!」
アヤベさんは手遅れのものを見るようにジトっとあたしを見つめた後、やっぱり、はぁってため息をついた。あたしは釈然としない思いを抱えつつも、アヤベさんが話し出すのを待った。
「……ケイがあなたに何を聞かせたのかは分からないけど、私の推測が正しいなら、おそらく聞いてないことがあるはずよ」
「え」
「あの人がとてつもない意地っ張りで天邪鬼なのは知っているでしょう。昔のことを話せと言われて、まさか正直に全て白状するとでも?」
あたしがトレーナーさんから聞き出したことは……その物語の結末までだ。あたしは思わず納得してしまい、トレーナーさんの口ぶりや表情を思い出した。
淡々と、妹さんが死んだ時のことを語るトレーナーさんは、いつになく弱々しくて、一度もあたしの顔を見なかったことを思い出した。
……まだ隠していることがある? いやあり得る。トレーナーさんが本気の本気で嘘を吐こうとしたら、多分……あたしは気付けない。あの人基礎スペックだけは高いし。それ以外がどうしようもないけど。
ただ、予感もする。
トレーナーさんが本気の本気で何かを隠そうとするという事実は、本人の意地っ張りというのもあるだろうけど、多分それは私利私欲のためとか、単に恥ずかしいから隠しているとかじゃなくて……誰かのためだと、なんとなく思った。
おそらく、今回の場合は……誰のため?
「キタサン。私にはずっと恐れていることがある。だけどあなたにそれを教えるつもりはない」
「……」
「私があなたに求めていることはたったひとつ。私の過ちを定義し、断罪すること」
……。
アヤベさんは、間違いを犯した。
それは大切な人を救おうとしたトレーナーさんの、その過程と、結果を否定したことだ。ただ生きていて欲しかったという尊い願いを否定したことだ。トレーナーさんの選んだ道を否定したことだ。
だから多分、トレーナーさんは今も縛られたままなんだ。アヤベさんがいつまでもトレーナーさんを許さないから、トレーナーさんはいつまでも、心の奥底では苦しんでいる。ずっとふざけているフリをして、何も知らないフリを続けている。
……でも、どうして?
アヤベさんは、どうしてあたしにそんなことを言わせたいんだろう? 断罪、なんて……どうしてそうしてもらいたいんだろう。
本当は……そうだ、最初の疑問に戻らないと。
「聞かせてください。アヤベさんは……多分、トレーナーさんのことを許してあげたい。そうですよね」
「……」
「でもそうしない。それどころか……むしろ……許されたがってる。そうです、アヤベさんはまるで、誰かに許されたがってるみたいです。自分で自分を許せない、だから他人の……多分、トレーナーさんに許してもらいがっている……違いますか?」
トレーナーさんがアヤベさんに遠慮しているのと同じように、アヤベさんもそうしている。だけど変だ。それならどうして、お互いに許し合って、昔のように仲良くしないんだろう。嫌い合っている訳でもなく、憎み合っているわけでもなく、ただ申し訳なさそうにしながらも、そこからなんの変化もない。
……そこに多分、まだあたしの知らない理由が隠れてる。
頑ななこの人たちの心を、どうしたら開けることが出来るんだろう。
「……キタサン。あなたが私たちのことで頭を悩ませる必要はないわ。これは私とケイの問題で、本来あなたにはなんの関わりもないことよ」
──そう言われて、頭に来た。
「──言っておきますけどッ!!」
反射的にあたしは叫んでいた。いつまでもウジウジ悩んで足を止めているこの人たちに、イライラが溜まっていて、言いたいことなんてあたしにもあったんだ。
「あたし、トレーナーさんの代わりにアヤベさんを許すなんてイヤですし、妹さんの代わりでもありませんからッ!!」
「っ──」
「言いたいことがあるなら、あたしじゃなくてトレーナーさんに言ってくださいッ! 一体いつまで続けるつもりですか!? まるで自分は幸せになっちゃいけないなんて顔してたって、いいことなんてひとつもありませんよ!!」
この人に怒っている。
「あたし──アヤベさんのこと好きですよ。チームに入った時からずっと気にかけてくれて。アルファードの先輩たちはみんな優しくて、強くて、憧れてました。いつもあたしを可愛がってくれて、いろいろお世話してくれて……本当に優しい人だってわかってます、なのにそんな人が、ずっと苦しんで、助かろうともしてない──このあたしの目の前でッ!!」
いつの間にか、あたしはアヤベさんの肩を掴んで、顔の目の前で叫んでいた。あたしの気持ちを、逃げられないようにぶつけなきゃ気が済まなかったからだ。あたしはトレーナーさんほど優しくない、だから逃さない。
この人はいい加減救われなくちゃダメだ。
誰も踏み込まないなら──あたしがそうする。
「あたしに教えたくないことがあるって言いましたね。どうせまたロクでもないことなんだと思います、でも必ず話してもらいます」
アヤベさんは、逃げるように僅かに視線を逃そうとしたが、あたしが逃すはずない。ガッと顔を覗き込んで、正面から睨み付ける。
「絶対に逃しません。絶対に向き合ってもらいます。絶対に前を向かせます。どんな手段を使ってでもそうします」
「か、顔が近いわ……」
アヤベさんは明らかに気圧されている。夕焼けを受けて頬が赤く染まっている。
「それにキタサン、あなた自分が何を言っているのか、分かっているの?」
「分かってないと思いますか。……あたしが本気かどうか、試してみますか」
あたしは思いっきりそう脅した。もっとも、言葉の脅しで終わらせるつもりも全くなかったけど。
「わ、分かったわ。分かったから、ちょっと離れて……」
ぐいっと、アヤベさんはあたしの肩を引き剥がした。やっといてなんだけど、やっぱりアヤベさんは押しに弱い。
雰囲気をしきり直すようにアヤベさんがため息をついた。背後の街並みに振り返って、手すりに体重を預ける。あたしはその横に並んで、同じように、トレーナーさんとアヤベさんの生まれ育った街を見下ろしてみる。
ごく普通の町だ。確かにあんまり都会とは言えないけど、自然豊かで、空気がすごく澄んでいる。あまりにも普通で、だけど……こういうの、上手く言葉に出来ないけど、故郷って感じがして。
「……はぁ。キタサン、あなたには純粋なままでいて欲しかったわ……」
「……トレーナーさんにも似たようなこと言われますけど、別にあたし、元々純粋とかでもなかったですよ?」
「少なくとも入りたての頃は間違いなくそうだったと思うわ。そういうの、自分では分からないものね……」
そんなことを言われても困る。というか、どうにもあたしは、チーム内最年少ということもあって、若さとか純粋さを求められている節があって、ちょっと困っている。
どっちかというとお祭り系ウマ娘としての自負があるんだけど、ここのところはどうもそれどころじゃなかったし……困っちゃう。ホントに。
「はぁ……いいわ。私の負けね……」
やっぱりため息をついて、アヤベさんはようやく諦めてくれた。遠くの景色に視線をやって、少し黙ってから顔を上げる。
「仮に、誰かが……」
そう切り出して、アヤベさんは語り出した──
「あることに悩んでいるとしたら、大抵の場合、それは人間関係のことよ。もっと付け加えるなら、悩んでいる時点で、その人は既に解決策を自覚している。だけど大抵、その解決策は憂鬱で、気が乗らない。だからそれを認めないために、悩んでいるフリをする」
……いきなりなんの話だろう、とあたしは思った。
「対人関係の多くにおいて、最もオーソドックスな悩みとは、他人が自分の思い通りになって欲しい……たったそれだけ。だけど究極的には、他人を変えることなんて出来ないわ。他人に何かをさせようとして、そのためにあらゆる手段を尽くしたとて、結局そうするかどうかは、当人が決めること。干渉は出来ても、変化はさせられない。他人は変えられない、変わるかどうかは本人が決めること」
……トレーナーさんの話をしている、でいいのかな。
だけどこんなに長く喋るアヤベさんは珍しいから、あたしは黙って話を聞いていた。
夕暮れが──少しずつ沈んでいく。
「だから」
アヤベさんは、諦めとも苦しみとも取れない、絞り出すような声で……だけどはっきり聞こえた。アヤベさんは確かに、こう言った。
「──ケイが死のうとするのを、私は変えられなかった。今もケイはずっと死にたがってる。私がケイを許すことで、今度は人知れず死のうとすることが……怖くて、仕方ない」
*
人を救うためには資格がいる。資格を手に入れるためには知識がいる。知識を手に入れるためには金がいる。
どうしておれはもっと早く生まれられなかったのかと、おれは何かを憎んだ。飛び級制度は聞こえほどいい制度ではない。おれは本物の天才なんかじゃない。それでもやるしかなかった。成長期にまともに寝なかったせいで身長も大して伸びなかった。
呑気に生きているヤツを見るとイライラした。元気に生きてる連中が憎らしかった。アジア人ってだけでヤジられる程度ならまだいい、だが差別は実在していた。クソみたいなヤツだっていた、医学生の中にさえ、そんなヤツがいた。
ウマ娘の先天性免疫不全について研究する中で、そんな研究が何の役に立つのか、と揶揄われたことがある。おかげで危うく暴力沙汰だ。エリがいなきゃ多分、おれは警察のお世話になってたことだろう。
帰国するたびにあいつの体が弱っていっていることなど分かっていた。どれだけ空元気に振る舞おうと検査結果は嘘をつかない。
そりゃ当然焦っていた、だけど有効な手段は見つけられなかった。投薬とて、人間用の薬が実際のとこどれだけ効いてたか定かじゃない。そのためには対照実験が必要で、だが前例がなければデータもあるはずない。
無力で、しかし時間は無くなっていく。その上……アヤベには、押し付けるようにおれがやろうとしていることを打ち明けた。酷ェ話だ、あいつに何も話さないくせに、アヤベだけには理解していて欲しかったなんてな。我ながら都合のいい。誰にも理解される必要などなく、必要なのはその結果だけだと理解していながら、誰かには理解していて欲しかった。
今となっちゃそれも受け入れている。人間ってのはそうだ。強さと弱さを内包していて、見かけより脆い。所詮はおれも人間なんだってな。
いつからあいつのことが好きになっていたのか定かじゃない。
感情を自覚した時、おれの世界は確かに変わった。それは確かに、おれにとっての全てだった。
どうしてアヤベじゃなくて、あいつのことを好きになってたかなんて分からない。
何歳か年下の女の子を好きになったってことが、どうにも男らしくないって自覚して、恥ずかしくて、だが自分じゃどうしようもないことだった。だがあいつが人より長く生きられないかも知れないって、死ぬかも知れないって分かった時──
『……ふむ。であれば……君にも選択肢が必要なのかも知れないな』
無力感でどうにかなりそうだった、中坊の頃、
『君がそう願うなら、それも道の一つだ。……日本では制度が合わないな。渡米して……医師を目指しなさい。君があの子を救いたいと願うなら、それしか道はないだろう』
おれはそれに飛びついた。
『苦労は絶えないだろう。君は多くのものを犠牲にするだろう。社会は常に君を試し続ける。君は一度も失敗してはならない。なぜなら時間がないからだ。分かるかい、僕は自分の無能を棚上げして君に選択を迫っているんだ。そしてこれに頷けば、その先はずっとこんなことばかりだ。その上報われる保証どころか、むしろ人生を賭けた徒労に終わる可能性の方がずっと高い。尊く、そして愚かな選択だ』
それが何の問題になる。徒労でも、何もしないよりずっといい。僅かでもあいつを助けられる確率が上がるなら、やらない理由などない。
そのためなら、なんだってやるつもりだったし、事実そうした。何かいいたげなアヤベの様子に気づいていながらも、知らないフリをした。出国の前にあいつに会いにいくことすらしなかった。
『それでもやるかい?』
やってやるよ。
なんだってな。
*
何があいつを殺した? 一体何が原因だったんだ?
横たわる遺体を見下ろして、冷たい疑問をよそに、おれは自分が分からなくなった。何を感じているのかの自覚さえなく、どうすればよかったかを考えることも無駄と知り。
カルテなんてまだ見てるはずない。死亡解剖で原因を……突き止めて?
それで? 次のために記録を取って、解析して? 何言ってんだ? 次なんてねぇよ、バカが。死ねよ。無能が喋るなよ。
おれがおまえの代わりに死ねばよかったんだ。こんな役立たずのくせに、一丁前に悲しいなんて顔で泣きやがる。何様のつもりだよ。
死ねよ。
死ねよ。死ねよ。
屋上へ向かった。
良い天気だね、ってあいつが笑ったのを思い出した。おれはまっすぐ見ることができなくて、呑気なヤツだなって照れ隠しをした。
どうしてそんなことをしたんだ。恥ずかしかった──何が恥ずかしかった? おれはあいつが好きだった──あいつのためなら、なんだってできる気がしていた。なのに……なにを恥じたんだ? つまらないプライドのために誤魔化したのか?
そんなもののために?
隣に居られなかった……どうせおれの無能が理由であいつが死ぬのなら、隣にいればよかった。アヤベのいう通りだ。その最期を一生知ることはない。おれにはずっと分からない。分からないまま、傷つけて──あいつもアヤベも傷つけただけだ。丸6年間もかけておれがやったのはそれだけだった
それだけ長い時間をかけて
傷つけて死なせた
傷つけて殺した
死ぬか
死のう
もういいよ
///
ケイがゆっくりと手すりを掴んで力を入れた。落下距離は50m以上ある。目算で確実に死ねるよう、頭から落ちようと決意して、後からやってくる警察の人たちとかには、面倒をかけて申し訳ないと頭の中で謝って。
脳裏に思い出が過ぎて、走馬灯のように人生を振り返った。何にもならない人生だった。何も成し遂げられない徒労で、唯一の望みは叶わなかった。
彼女がいない世界でこれ以上生きる理由もない。どれだけ捧げたって報われない世界で生きるのも損だ。どうせ人は死ぬなら、自分でそうしたっていい。死への恐怖を、虚無感と自分への怒りで塗りつぶして、ケイはゆっくりと息を吐いて、
床を蹴って、その先の空へ、体を投げ出し──
「────止めなさいッ!!」
影がケイにぶつかって、そのままごろごろと床を転がった。
彼女が死んだある夏の日、セミの響く声がうっとおしく響いて、湿度と熱の籠った空気は肌に張り付くようで、死ぬにはとてもいい日だった。
「────何を…………何を、何を──」
素早く体を起こして、アドマイヤベガはケイの体を押さえつけた。寝っ転がるケイの表情は空っぽで、何の感情も残っていない。
「なに考えてるの!? なにをしようとしていたの──!? あなたは……どうして、いつでも私を置いて行こうとするの!?」
「……アヤベ? なんで……」
その先に続く言葉なんか聞きたくなかった。こんなに暑くて嫌になるのに、アドマイヤベガの声も体も震えていて、恐怖を抑えきれないように、ぶつぶつと小さな声で呟いた。
「ふざけないで、ふざけないで、ふざけないで、ふざけないで、ふざけないで、ふざけないで、ふざけないで、ふざけないで、ふざけないで」
ケイには、彼女の表情がよく見えなかった。のしかかる彼女の体重を感じてはいたが、青いだけの空を、まるで案山子のように眺めていた。
「許さない、許さない、許さない……死んだら、絶対許さない、自殺──なんて、あの子を馬鹿にする行為を──私は、許さない……──!!」
どうしてもう少し早く決断できなかったんだとケイは後悔した。もう少し早く飛び降りていれば、彼女のそんな顔を見る羽目になることもなかったろうに。
どうして少し躊躇った。この上まだ死にたくないなんて感じてしまったんだ。死なせたくせに、自分は死にたくないなんて、命に縋り付いた。
「許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、死んだら絶対に許さない、許さないから、許さないから」
死ぬのもダメか。
彼女の涙が頬に落ちて垂れていく。雨のように。
「行かないで。あなたまで私を置いていかないで」
ケイは結局、また諦めるしかなかった。昔から、彼女たちの言葉には弱かった。ケイは昔から、彼女たちの言葉に、一度だって逆らったことはなかった。
「私をひとりにしないで。ケイ、お願い──」
温くて不快な風。耳につんざくセミの声。病室の静かな世界。死ぬのにいい日ではない。これから毎年、この夏が来るたびに思い出す羽目になると思うと、死にたくなる。だがアドマイヤベガがそれを許さない限りは……それさえ出来ない。
「……じゃあ、おまえも死ぬなよ。アヤベ」
まるでその仕返しのような言葉を聞いて、アドマイヤベガは、肩を震わせて泣き出した。ケイの体に縋り付いて、大声で泣いた。ケイはもう涙さえ出なかったから、やっぱりこいつは優しいなと、今更そう思った。
その声が、彼女の妹が生きた証として、この夏にずっと残っていた。
嫌になるほど綺麗な空の下で、今もずっと、覚えている。
パチンコ行き過ぎて財布の中身すっからかん太郎になりました