ウマ娘の頭悪いサイド   作:にゃんこぱん

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長かったですわ……

 

 ……あたしは初詣は早起きして行く派だったから、深夜にこんなにいっぱい人がいるなんて思ってなくて、驚いてしまっていた。

 

 ガヤガヤと喧騒が聞こえる。遠くから鐘が響く音が聞こえる……えっと、四十八の煩悩を吹き飛ばす……とかだっけ。

 

 言っちゃなんだけど、結構立派なお寺で驚いちゃった。人も思ったよりずっと多いし、屋台もいくつか出てる。お祭りみたいな雰囲気はなんとなく感じるけど、でも騒がしいというよりは、どこか暖かくて、でもどこか厳かで、不思議な感じ。神様に来年のことのお願いをするから、やっぱり真面目になるのかな。

 

 ……寒い。あたしはマフラーを巻き直して、トレーナーさんを探すついでに、神様にお願いごとをするために、人混みの中を歩き出した。

 

 アドマイヤ家はお昼ぐらいに行く予定とのことだったが、あたしはどうしてもトレーナーさんに会いたくて、自転車を借りさせてもらった。雪が降ってないのが幸いだったけど、暗い空からはいつ降り出してもおかしくない。

 

 アヤベさんの両親の話では、多分地元の人たちに捕まってるだろうって話だったから、入れ違いになることはまずないだろうって言ってたけど……。

 

 もちろんトレーナーさんに連絡なんか入れるはずもない。それで逃げられたら手間が増えちゃう。油断してるところを狙うのが1番いい……とか思ってたら、見つけた。

 

 おみくじ売り場の建屋の横でぼーっとしていたから、なんとなく死角に回り込んで、後ろから背中を小突いてみる。

 

「おあッ、誰だ!」

 

 トレーナーさんが飛び上がって驚くから、あたしはびっくりするのを通り越してちょっと笑っちゃった。

 

「あたしですよ、そんな驚かないでください」

 

「なんだクソガキか、びっくりさせんな……じゃない! な、なんでいるんだおまえ。もしかしてアヤベも……?」

 

「いえ、あたしだけですよ」

 

「それはそれでなんでなんだ……」

 

 トレーナーさんはあたしの想像よりケロッとしていた。それもそっか。アヤベさんに昔のことを聞かなければ、トレーナーさんの過去なんて想像も出来ないくらい、この人は本当に呑気に生きてる、ように見える。

 

「トレーナーさんに会いに来たんです」

 

「いやなんでだよ。おれに用があるなら連絡しろよ。びっくりしちゃうだろ」

 

「そりゃ、びっくりさせるつもりでしたからね」

 

 トレーナーさんはちょっと頭を抱えた。多分、担当がだんだん自分の言うことを聞かなくなってきて、いずれ大きな面倒ごとに発展するんじゃないかとか考えてるんだろうなぁ。まあ多分そうなるんだろうけど、あたしは悪くない。トレーナーさんが全部悪い。

 

「何してたんですか?」

 

「はぁ……こン中の連中から逃げて来たんだ。カーチャンと坊さんが仲良くてさぁ、カーチャンと仲良い暇を持て余した主婦の方とか、おれの昔の友達の親とかさぁ、そういうのが集まってぺちゃくちゃ喋ってるわけよ。田舎は狭ェーぞ、ほんで根掘り葉掘り聞かれんのよ。これがまた鬱陶しいんだわ」

 

 ちっちゃな一軒家の前におみくじ売り場があって、トレーナーさんはそこを指差した。多分、お寺の関係者とか中に居たりするのかな。確かに窓から光が漏れてるし、話し声も聞こえてくる。

 

「トレーナーはどうだとか、なんで帰ってこなかったんだとか、そういうのは可愛いモンだぜ。鬱陶しいおっさんがよ、あのレースはこうするべきだったとか、もっといいトレーニングプランがあっただろとか、酒で顔赤くしてそう絡んでくるわけよ。分かるか、この苦労が」

 

「えっと、大変なんですね?」

 

「何他人事みたいに言ってんだ。オメーのレースのことだぞ。前のホープフルのことだ。オメーが惜しくも負けたせいで、おれァ素人のおっさんにぐちぐち説教される羽目になったんだ。分かってんのか」

 

「あはは。誰のせいだと思ってるんですか、ぶっ殺しますよ」

 

「すいません」

 

 トレーナーさんは真顔で謝った。あたしは多少溜飲を下げたが、もちろんこの件についてはどんなに謝っても許すつもりはないけど。

 

「……それで、こんなところで黄昏てたんですか? お参りは?」

 

「ケッ。何がお参りじゃい。だいたい神様をアテにしてる時点でお察しだろ。そういうのは卒業した年頃なんだよ」

 

「……ダメですよ、そういうの」

 

 トレーナーさんが適当についた悪態の中にだって、あたしはつい反応してしまう。

 

「な、なんだよ。思想の自由だぞ」

 

「違います。いいですか、別にお参りする人たちって本気で神様にお願いを叶えてもらおうとしてるわけじゃないんですよ。来年のために願うことは、明るい未来をちゃんと望むってことなんです。そういうのをちゃんと持つの、生きるために大事なことです」

 

 あたしだって本気で神様を信じているわけじゃない。だけどそんな些細なことすら、トレーナーさんは多分捨てちゃった。そんなのは、多分、ダメだ。

 

「一緒にお参りしましょう。それで、来年がもっと良くなるようにお願いしましょう」

 

「お、おぉ……。なんなんだ。別にいいけど……」

 

 あたしはトレーナーさんの手を取って、強引に歩き出した。

 

「おい引っ張るな。行きますって、行きますよ……」

 

 ……ちょっと大胆だったかも。顔が赤くなってるのがバレないように、あたしはトレーナーさんの手を引っ張って、前へ進んだ。

 

 参拝待ちの列に並んで……手を離す機会がなかったから、ついずっと握ってしまう。今更離すのも、なんかちょっと変な感じがして……これは仕方なくこうしているのであって、別に変な意味があるわけじゃない。

 

「おいクソガキちゃん。いい加減離してくれます? ホントにロリコン疑惑が立っちゃうよ?」

 

 ……ホントにこの人は、空気の読めない……。

 

「嫌なんですか。あたしと、こうやってるのは」

 

 つい刺々しくそう返す。これで少しは動揺してくれると、気が済むんだけど。

 

「そりゃ嫌だよ。当たり前じゃん……痛い痛い痛い痛い! 痛いです、痛いです! ごめんなさい許して〜!」

 

 あたしはバカバカしくなって、ぱっと手を離した。こんな人のために頭を悩ませるのは、本当にバカバカしい。

 

 トレーナーさんはため息をつきながらお財布から小銭をいくつか取り出した。あたしたちの番が来る。……あ、お願い事の内容考えてない。トレーナーさんの真似しようっと。

 

「何お願いするんですか?」

 

「来年はオメーらがちっとは大人しくなってくれますようにってな」

 

「……じゃあ、来年はトレーナーさんがもっとちゃんとしてくれますようにってしますよ」

 

「なんの脅しなんだそれは……」

 

 あたしたちの番が来て、一緒に小銭を放り投げた。

 

 ──来年はもっと、良い年になりますように。

 

 チャリン。

 

 顔を上げてトレーナーさんを流し見ると、思ったより真剣に手を合わせていた。意外……。携帯が不意に振動して手に取ってみると、ダイヤちゃんからメッセージが来ていた。"今年もよろしくね、キタちゃん"……あっ、もう新年になってる。

 

 トレーナーさんが顔を上げて、次の人に順番を譲るために歩き出したのをあたしは追いかけた。手早くメッセージを返して、トレーナーさんの横に並んで、笑みを溢した。

 

「今年もよろしくお願いします、トレーナーさん」

 

「うーっす。ことよろ」

 

 

 

 それから、トレーナーさんは知り合いの人と会ったりして、軽く世間話をしたり、屋台で軽く買い食いをしたりした。たい焼きを奢ってもらって、甘くて美味しかった。

 

 その途中、知らないおじさんがトレーナーさんに話しかけてきた。

 

「柊木くーん。どこ行ってたんだ。こっちの話は終わってないんだ、いいかぁ? 君の担当が勝つためにはだね、もっと厳しくトレーニングさせないと……」

 

 ……酔っ払っているみたい。赤ら顔で馴れ馴れしくトレーナーさんに近寄ってくるおじさんは、やけに偉そうな態度で──

 

「はいはい分かってますって。ちょっと飲み過ぎスよ。戻りましょ」

 

 トレーナーさんは適当にあしらおうとして、おじさんの体を手で押して一緒に戻ろうとする。

 

 あたしは、それが気に入らなくて。

 

「あの! あたしが勝つためには、何が必要なんですか!」

 

「えっ? 誰だね君は……き、キタサンブラック!? な、なんで……」

 

 トレーナーさんが苦そうな顔をして何か言おうとするのを、あたしは視線で止めた。キッとおじさんを睨みつける。

 

「言っておきますけど! あたしが今までやってこれたの、トレーナーさんのおかげですからっ! 勝てなかったのは、あたしがもっと踏ん張れなかったからで、トレーナーさんのせいなんかじゃないですっ!」

 

「お、おい。キタっち……」

 

「それと! あたし、トレーナーさん以外の人の指図なんて受けませんからっ! 応援してくれるのは嬉しいですけど、そういうのやめてくださいっ!」

 

 柄にもなく頭に血が昇っていて、初めて会った人にこんなことなんて言ったことなかったし、でも自分でもびっくりするほどスラスラ言葉が出てきて。

 

 ついでとばかりに、そのおじさんをあたしは睨みつけた。その人はたじろいで、ジリジリと後退して、そして捨て台詞を吐いて逃げていった。

 

「こ、小娘がっ! 後でサインくださいーっ!」

 

 ……もしかしなくても、あたしのファンの人だったみたい。悪いことしちゃったかなって思う一方で、全く後悔してないあたしも居る。トレーナーさんは苦々しい顔をしていた。

 

「……」

 

「どしたんですか、そんなスマホ落っことして画面割っちゃったみたいな顔して」

 

「変な例えをするな。あのね、まあ面倒なのを追っ払ってくれたことには礼を言うべきだろうが、ただでさえ悪いおれの評判がもっと悪くなっちゃう……ので、相殺して、ゼロだな、これは」

 

 トレーナーさんはなんか納得している。いいんだ、それで……。

 

「だが意外だな。おまえ、思ったよりおれのこと好きなのか?」

 

「……どっちだと思います?」

 

「二択を迫るな。おれに答えさせようとするな……」

 

 でも実際のところ、あたしも自分で意外だった。トレーナーさんのことを実際どう思ってるのか、正直なところよくわからない。トレーナーさんのこと、だいぶ分かってきたような気もするけど、まだ分からないこともあって。

 

 トレーナーさんに尊敬なんて残ってるわけもない。でもどうでもいいってわけでは決してなくて。嫌いかって言われると、別に嫌いじゃない。トレーナーさんと下らない話をしてるのは楽しい。

 

「はぁ、カーチャンにまたなんか言われそうだぜ。一気に戻る気がなくなっちまった。やっぱ地元に戻るとロクなことがねェ……」

 

 トレーナーさんは口ではそう言いながらも、やっぱりあたしに向けてニヤッと笑った。

 

「でも実際ンとこ、さっきはちょっといい気分だった。あのおっさん、レースについてごちゃごちゃ言うだけならまだしも、いい年なんだから結婚しろだのとか彼女いないのかとか聞いてきてちょっとウザかったんだよね。助かったぜキタちゃんよ、ありがとな」

 

 トレーナーさんは、楽しそうに笑った。

 

「……あたし、トレーナーさんにお礼なんて言われるの、初めてです」

 

「……ついにバレたか」

 

「バレたか、じゃないですよ。ほんっとにこの人は……でも、お礼を引き出せたのなら、あたしの勝ちってことですね!」

 

「なんの勝ちなんだそれは。というか待て、おれにお礼言ったことないのおまえもじゃない?」

 

「……バレちゃいました?」

 

「バレちゃいました、じゃないですよ。え嘘、マジで? おれ担当トレーナーだよね? ほ、ホントに? 流石に一回くらいあるだろ……?」

 

 まあ、流石に一回くらいはあると思うけど、せっかくだしないってことにしようかな。あたしはイタズラっぽく笑顔を浮かべることにした。トレーナーさんが焦る表情を見ていると楽しいし。

 

「ちょっと待って。ホ、ホントに……?」

 

「そもそもトレーナーさん、普段からお礼されるようなことしてませんし。怒られてばっかじゃないですか」

 

 実際は、トレーナーさんがお礼を受け取ろうとしないからだ。だけど多分、そんな自覚もないんだろうな。

 

「それと、あたしに感謝の気持ちがあるなら、もう一つくらい何か奢ってくれてもいいんじゃないですか?」

 

「……はぁ。まあいいだろう」

 

 トレーナーさんはやっぱり甘い。ワガママを言うと大抵通る。あたしがレースに出たいって色々言ったら、結果的にはそうなったし。ということで大判焼きを買ってもらった。

 

 新年ということもあってか、お酒も売っているみたい。日本酒が紙コップで売ってる。ちょっと安っぽい。……そういえば、さっきのおじさんは酔っ払ってたけど、トレーナーさんは飲んでないみたい。ちょっと意外。

 

「飲まないんですか?」

 

「飲んでもいいならそうするけど」

 

「え、別にいいですけど」

 

 トレーナーさんの酒癖が悪いのは知ってるけど、新年っていうお祝い事なんだし、あたしは許可を出すことにした。てっきりウキウキで飲みに行くと思っていたけど、意外にも大人しい。飲まないのかな。あたしは当然、味とかも分からないけど、そういう気分の時もあるよねって思ってたら普通に買ってきた。飲むは飲むんだ。

 

「美味しいんですか?」

 

「不味けりゃ飲まねーよ。神のアクアだからな」

 

 ぐいっと紙コップを流し込んでいる──あんまり良くない飲み方。それにあんまり楽しそうでもない。一息で飲み切ると、乱暴に口元を拭う。

 

「……場所変えようぜ。おれに話があるんだろ?」

 

 

 

 賑やかさから離れた敷地内は驚くほど静かで暗かった。雰囲気がガラッと変わると、浮かれた気分が落ち着いてくる。

 

 トレーナーさんの顔は赤くなっていた。お酒弱いのにあんな風に飲むからだ。体温が高いのか、息も白くなっている。

 

 冷たいベンチに座って、トレーナーさんは黙っていた。あたしが話し出すのを待っているみたいに。あたしもトレーナーさんの隣に座ってみた。お尻が冷たい。

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

「……いや、なんか言えよ。気まずいだろ」

 

「トレーナーさんこそ。いつものお喋りはどうしたんですか」

 

「あのね。どうせまたロクでもない話なんだろ。言っとくがおれはもう気が重いぞ」

 

 はぁ、とため息を吐いた。トレーナーさんはここのところため息をついてばっかりだ。主にはあたしのことで。

 

「どうせまたアヤベからロクでもない話でも吹き込まれたんだろ。何聞いたかなんて知らんけど。気づいてっか? おまえずっと、おれになんか言いたいことが溜まってますって顔してるぞ」

 

「……そうでした? 気づきませんでした」

 

「だいたいね。おまえのおせっかいを否定する気もないけどな、おれみたいなのは世の中いっぱい居るぞ」

 

「絶対そんなことないと思いますけど……」

 

「後悔を抱えた大人って意味だよ。誰しもこんなクソみたいな後悔ばっか抱えて、割り切れもせず、ダラダラ生きてんだ」

 

 ……トレーナーさんはなんていうか、自己評価が低いと思う。確かに誰にだって後悔の一つや二つはある、あたしにだって、トレーナーさんほどではないにしても、ある。ああすればよかった、こうすればよかったなんて、ごく普通のことだ。

 

「おまえが優しいのは知ってるよ。だがそんなのいちいち抱える必要はねーんだ。おまえはもっと、自分のことを気にしていいんだぜ」

 

「……あたしは確かに、困ってる人がいたら見過ごせないですよ。でも誰にだってそうしてるわけじゃないです」

 

「いいや。おまえは自分が思ってるよりずっといいヤツだよ」

 

 珍しい。トレーナーさんがあたしのことを褒めてくれるなんて。どうやら今日は、いつになく素直なトレーナーさんが見れるかも……いや、ちゃんとあたしに向き合ってくれるつもりなのかな。

 

「言えよ。おれに何を言いたい。それともおれに何を言わせたいんだ?」

 

 そう聞かれて、あたしはパッて答えられない。

 

 アヤベさんは……トレーナーさんが何もかも諦めてしまうことを怖がってるけど、あたしにはそうは見えなかった。

 

「……言いたいことなんて山ほどありますよ。トレーナーさんがとことんまで素直じゃないせいで、あたしは色々悩むことになったんです。アルファードの先輩たちのこととか、カレン先輩のこととかもそうですよ」

 

 あたしもいい加減学んだ。トレーナーさんと関わるとロクなことがない。だけどみんな、離れようとはしないんだ。

 

「ネイチャさん泣かせたのトレーナーさんですよ。カレン先輩のこともトレーナーさんが全部悪いです。アヤベさんのことも……トレーナーさんの選んだ道が、全部原因じゃないですか」

 

 そう言うと、トレーナーさんは長い息を吐いて空を見上げた。

 

「……そうだなぁ。全部おまえの言う通りだ。面倒ばかり掛けてる、おめーみたいな小娘にもな。おれァダメなトレーナーだよ。目ェ離すとホントロクなことしないし、いつまでも学ばねーしなぁ……」

 

「そうです。トレーナーさんは、ダメなトレーナーさんです。だらしなくて、適当で、不真面目でメチャクチャなことばっかりして、昔のことをいつまでも引きずって……」

 

 ……そのくせ助けられることさえ嫌って、自分は人の世話を焼くくせに。

 

 でも。

 

 それでも。

 

「トレーナーさんの昔のこと、やっと全部知りました。妹さんのために何もかも捧げて、助けたいって願って、でも最後は悲しい結末になっちゃって──トレーナーさんは、何もかも嫌になっちゃったんですね」

 

「……まぁ、そうね。そりゃ嫌ンなるよ。何しても無駄なら何やる気だって起きねーさ。墓から蘇ってくれねーかなって今でも思ってる、それぐらい大切だった」

 

「そうですよね。トレーナーさんは……助けたかったんですよね。大事で、失いたくなくて、そのためになんだってやったんです」

 

 ──声が、震えているのが、自分でも分かった。

 

「すごいことです。誰にでもできることじゃないです。トレーナーさんはホントにすごいことをやってきたんです。なのに最後の結末だけで、全部を否定しちゃうなんて、だめです」

 

「……おまえ、泣いてんのか?」

 

 自然と、ポロポロと涙が浮かんでいて、視界が滲む。ほおを伝って落ちていた。堪えようとしてもだめだった。

 

「あたしの知らないことなんていっぱいあると思います。想像できないような苦労とか、苦しみとか、そういうのだってあるんだろうなって思います。でもその全部を抱えて、否定して、今でも自分を責めてるんですよね。トレーナーさんは、自分のことが嫌いなんですよね」

 

「な、泣くなよ。なんでおまえが泣くんだよ……」

 

 トレーナーさんはオロオロとしているけど、あたしは、トレーナーさんが自分のことを大事にしないのが悲しかったんだ。

 

 トレーナーさんは失敗したかもしれない。でも、それでも。

 

「トレーナーさんは……っ、助けたかったんです──絶対に後悔しないためにした選択がっ、と、トレーナーさんの後悔になった、だけど……大切な人のためにした選択が、間違いなはず、ないです……っ!」

 

 喉の奥がつっかえて、あたしは上手に喋れなかった。

 

「それでも……っ、間違いなんかじゃ、ないです……っ! だから、他の誰が、責めて、否定して……っ、トレーナーさん自身が、責め続けても、あたしが……っ、あたしが、認めて……っ、認めます、だからっ!!」

 

 だから、

 

「あなたの選んだ道が、間違いのはず、ないですっ!! ぜったい、ぜったいです……っ!!」

 

 涙が止まらないのがなんでなのかあたしにだって分からない。トレーナーさんのことだってわからない。どうしてこんなに悲しいことが起きるのかだって分からない、分からないけど、

 

「──……」

 

 あたしが声を押し殺して泣いていると、不意にトレーナーさんがあたしの頭を撫でてくれた。

 

「……ありがとうな、キタサン。ホントのとこはな、おれはずっと、誰かにそう言って欲しかった。認めて欲しかったんだ。このどうしようもない人生を、誰かに肯定して欲しかったんだ、笑うなよ」

 

「笑わないです……っ、ぜったい、笑ったりなんて、しないです……っ!!」

 

「おまえは優しいな、キタちゃんよ」

 

 もう感情はぐちゃぐちゃで、あたしはどうしようもなく言い返した。

 

「トレーナーさんに……っ、言われたくなんてないです……っ! まるで自分はそうじゃないみたいにして……っ! トレーナーさんは優しいです、優しくて、誰かのために……なんだって出来て、なんだってしてあげる……っ!!」

 

「バカ言うない。おれがそんなタマかよ」

 

「っ、──だったらっ!!」

 

 大声を出してトレーナーさんに縋り付いて、あたしは泣きながらトレーナーさんを睨みつけた。

 

「どうして、あたしを助けてくれたんですか!? どうしてあたしのために、あんなにいっぱい苦労して、あたしのためになんでもしてくれたんですかっ!?」

 

 トレーナーさんは、ちょっと呆けた後、またちょっとため息をついて、目を逸らした。

 

「……最初に言ったろ。おまえを助けたるってな」

 

 それを聞いて、あたしは──ようやく、この人のことがちゃんと理解した。

 

 ネイチャさんが言ってた通りだ。トレーナーさんは誰にでも優しいんだ。あの時初対面だったあたしに言った、たった一言の約束を、トレーナーさんは守り続けていたんだ。

 

 ()()()()

 

 全部分かった。トレーナーさんのこと、全部、あたしは分かっちゃった。

 

 どうしてトレーナーさんがいつも苦労しているのか分かった。どうしてネイチャさんが泣いていたのか分かった。どうしてタイシンさんが離れようとしないのか分かった。どうしてテイオーさんがトレーナーさんに懐いているのか分かった。

 

 どうしてアヤベさんがずっと苦しんでいたのか分かった。どうしてカレン先輩があんな風になっちゃったのか分かった。どうしてライス先輩と喧嘩したのか分かった。分かった、分かった、分かった──どうしてあたしがこんなにトレーナーさんのことを気にしていたのかも、分かってしまった。

 

 あたし、トレーナーさんのことが好きだ。

 

 そう自覚した瞬間、胸の奥の方から暖かくて、でも感じたことのない想いが湧き上がってきた。

 

 やっぱりどこか苦い顔をしているトレーナーさんのことが、愛おしくてたまらなくなって、どうしようもなく、気持ちが溢れて。

 

 ──この優しくて傷つきやすい人を、誰かが守ってあげないと。

 

 ──この傷だらけで愛おしい人の側で、ずっと一緒にいてあげないと。

 

 あたしがこの人を守ってあげたい。あたしの全部をあげて、幸せにしたい。

 

「はぁ、忘れろ。小っ恥ずかしいこと言うのは性に合わねェな、やっぱ」

 

 ……だけど、今は。

 

「……忘れてなんてあげませんよ。トレーナーさんの貴重な弱み、握っちゃいましたから」

 

「あのね、キタちゃん。それが脅しとして成立するかという以前にね、おれの弱みは山ほどあるから貴重でもなんでもないよ、それ」

 

「貴重です。貴重ったら貴重なんです」

 

 涙はいつの間にか止まっていて、あたしは笑っていた。

 

 今はもう少し、トレーナーさんの真似をして、白々しく知らないふりをしていよう。もう少し、この関係を楽しんでいたい。

 

 白い空からふわりと雪が降りてきた。

 

「……あ、雪──」

 

「初雪ね。ずいぶん遅くなっちまって、もう年が明けちまったってのに」

 

 何でもかんでも文句をつけるのだって好きだ。そう思うのだって、自分ではどうしようもないってもう分かっている。

 

「ねぇ、トレーナーさん」

 

「なんだ」

 

「……今年も! よろしくお願いしますね! あたしのトレーナーさん!」

 

「……えー、ことよろっスね。なんで2回目?」

 

 トレーナーさんが首を傾げている。あたしはトレーナーさんの手を取って、屋台の方に歩き出した。また文句を言っているけど、もちろん無視する。そうするのだって、あたしは楽しくて仕方ない。全部が新鮮で、全部が暖かくて、楽しくて、でもなんだか切なくて。

 

 白く舞う雪の下、あたしは初めての恋をした。

 

 




キタサンブラック、覚醒──
一旦これで一区切りです。本当長かった、1話ぐらいで終わると思ってたのに全然そんなことなかったです……

・アヤベさん
 かわいい。
 ぽっと出の後輩に美味しいところを持ってかれてしまった。今後出てくる設定ではないですが、屋上という場所にトラウマが残っています。単に高いところが苦手なだけかもしれないです。ケイを助けるのが間に合わず、一人残されるルートをちょっと書いてみましたがあまりにも救いがなさすぎるのでお蔵入りになりました。ギリギリ間に合ってよかったね!!(ヤケクソ)

・トレーナー
 めっちゃどうでもいいことですが、当初は柊木ではなく柊になる予定でしたが普通に変換ミスのまま投稿したことで苗字が固定されました。当初はこんな重い話になる予定とか本当に一切なくて、ノリと手癖で書いてた結果重たい過去を背負わされることに。あまりにも強情なので話を組み立てるのが面倒なのが玉に瑕。
 私の個人的な好みですが、能力のある男が社会なり現実なりに打ちのめされて、それをウマ娘が癒してくれると……いい……ってすねェ〜〜〜。はい

・キタサンブラック
 かわいい。ケイに対する好感度が底辺だった時期からよくぞここまで……。
 正直もうちょいツンデレキタちゃんを見てみたかったんですが無理でした

実はまだケイのトレーナ一1年目の話とか残ってるんですが、まあそのうち……やるかな……やるのかな……やりたくないな……絶対重い話になるしな……どうしよ……なんも考えてないぞ……

ともかくここまで読んでくれてありがとうございますです。
評価、ここ好き、感想、いつもありがとうございます。それでは次回の投稿でお会いしましょう。
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