ウマ娘の頭悪いサイド   作:にゃんこぱん

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うそですわよね!?

 

 

 府中に帰ってきてついにおれは覚悟を決めた。なんの覚悟かは言うまでもないだろう。自分の家に帰る勇気というヤツだ。誤解するなよ。家に帰りたくなかったのは、別に家族と喧嘩して気まずかったとか、そういうのじゃない。というか普通に一人暮らしだし。

 

「うーん。トレーナーさんってホント、部室で暮らしてますもんね。結局帰ってないんですか?」

 

 帰省する時準備するやんね。そしたら別に帰る必要なかったんだよね。というか自宅が乗っ取られている現実を認めたくなかったよね。正月の間はネイチャがゴローのことは任せてって言うからさ、もう怖くて帰ってないよね。

 

「えぇ……」

 

 とはいえおれも多少はきっちりした格好をせねばにゃらんのよ。という訳で勇気を持っておれは帰宅する。

 

「はいはい。どうせ結果は変わらないんだから、さっさと行きましょ」

 

 それもそうだな。一体どうなってることか。まずはガキどものモンを片すとこから始めねーと。でもゴローに会えるのはたのしみ。

 

 おれはトレセンに着いてトコトコと呑気に歩き出した。なんかクソガキが着いてくるのはもういいとして、アヤベちゃんまでどうしてこっち来るのかな。学生寮はあっちだぞ。

 

「どうしてって、荷物を置きに行くだけよ」

 

 アヤベちゃんはコテンと首を傾げた。

 

 あのね。一応言っとくがな、おれが家帰れるようになったってことはもうゴローの世話はしなくていいんだぞ。ということで荷物も徐々に持って帰れよ。

 

「嫌よ」

 

 なんでだよ。帰れよ。

 

「はぁ。どうせまたしばらく帰れないとか言い出して、私にポラリスのことを頼むことになるんでしょう。だったら余計な手間を取らせないで」

 

 おれは反論出来なかった。正直目に浮かぶようだった。いやでも実際ヤだよ、おれの家じゃん。

 

「だったらポラリスをいつまでも放っておくような生活は改めることね」

 

 正論ガールめ。え、じゃあおれどうすりゃいいの?

 

「そうだ、アヤベさん! あたしもアマギのお世話させてくれませんか?」

 

「勿論。家事もローテーションで回しているから、着いたら色々教えるわ」

 

「ありがとうございます! アマギ、元気にしてるかなぁ」

 

 おれの私生活が小娘どもに侵食されていく。おかしい、こんなはずでは。おれもたまには一人で優雅な休日とか送ってみたいんだけど……。

 

 久しぶりに見るトレーナー寮である。アヤベが懐から鍵を取り出してドアを開けた。いや、確かに鍵預けたのはおれだけど、なんかこう釈然としない。

 

 ドアを開けた瞬間、形容し難い甘い香りを感じた。明らかに男の一人暮らしの匂いではない。まず玄関口からして綺麗に掃除されてるし、見慣れない小物が次から次へと視界に飛び込んでくる。冗談だろ。

 

「ただいま」

 

 いやただいまではない。それおれのセリフ……。手慣れた様子でアヤベが靴を脱いで上がっていくのをおれは黙って見ているしかなかった。どころか完全に人の家だ。もう遠慮する。入りたくない。

 

「……入らないの?」

 

 行きますよ! 当たり前だろ。おれん家だぞ。

 

 トレーナー寮はまあめっちゃ広いって訳でもないが、一人暮らしするには十分なワンルームである。でっかいベッドで寝たかったのででっかいベッドを買ったのだが、今は……ネイチャが寝てる……あッ、ご、ゴローが……ネイチャの足元で丸くなってる!

 

 か、かわいい〜! かわいいー! かわいいー! 

 

 おれは駆け寄ろうとするのをグッと堪えた。猫のお昼寝を邪魔したくない。と言うか多分、おれのこと覚えてないよね……。

 

 人の気配を感じてゴローが顔を上げた。アヤベの顔を見て大きなアクビを一つ見せてくれる。かわいい〜!

 

 ぬおーんってゴローが鬱陶しそうな鳴き声を上げた。体を起こして伸びをしてくれる。おれとしては、ゴローが可愛くて仕方がない。インテリアが全体的に女子の部屋と化しているとて、この際全く重要ではなかった。

 

「……せんせー?」

 

「起こしてしまったみたいね、ごめんなさい」

 

「アヤベさん。それにキタサンも……おかえりなさーい……ふぁ……」

 

 おれはゴローに近寄ってみたかったが、ゴローに嫌がられるのは嫌だ。付かず離れずの距離を保つが、猫の引力に惹かれてゆっくりと近寄ってみたい。

 

「……じゃなくて!? な、なんでせんせーがいるの!?」

 

 ゴローはぺろぺろと体を舐めて毛繕いをしている。もう可愛くてどうにかなりそうだ。前にあった時より太っているが、むしろ健康的になったと言えるだろう。毛の艶もいい。どうやらいい暮らしをさせてもらってるみたいだ。よかったなー!

 

「い、いや、ちょっと待って。見ないで。せんせーに寝起き見られるのすっごい恥ずかしい。ちょ、ちょっと出て、出てって。準備、準備するから……。…………」

 

 あらどしたの〜! かわいいね〜! ホントにゴローはかわいいなー! 撫でてもいいのか、このっ、この〜っ!

 

「せめてこっち見ろ〜ッ!!」

 

 ネイチャが枕を掴んでおれに向かってぶん投げた。おれは顔面から食らった。何をする!

 

「何をするじゃないでしょ! 連絡も入れないで! いきなり帰ってくるとか、こっちにも都合があるんだからっ!」

 

 いや寝てたろおまえ。何が都合じゃい。だいたいね、そのベッドはおれのだぞ。

 

「うるさーい! あーもう、いいからちょっと出てってー!」

 

 ネイチャがガバッと布団で体を隠した。アヤベとキタサンが顔を見合わせて、おれの背中を押し、おれは外に放り出された。え? ここおれの家で合ってるよね?

 

「……ネイチャさんには連絡を入れておいたんだけど、気がつかなかったようね。少し待っていなさい」

 

「トレーナーさん、デリカシーがないのはダメですよ」

 

 ドアが閉じた。え嘘。なんでおまえらはそっち側なんだよ。おれは結局20分くらい待たされた。

 

「……お、お待たせしました〜。まあまあ、遠慮せず上がってくださいよ〜」

 

 ネイチャが笑顔でドアを開ける。どうもこめかみのあたりがピクピクと動いているような気がするが、まあ気のせいだな。遠慮なく上がるとしよう。

 

 ネイチャは跳ねていた寝癖とかを直して、いつものツインテになっていた。別に正月なんだから楽な髪型にしてりゃいいのに。

 

「……せんせーはこの髪型、好きじゃない?」

 

 別に。そんなもんおまえの好きにすりゃいいだろ。

 

「……似合ってます?」

 

 似合ってるぞ。

 

「……なんか適当じゃない?」

 

 あのね。じゃあおれが似合ってないつったら髪型変えるんのかい。そもそも最終的にはおれに似合ってるって言わせるだろうが。

 

「はぁ。せんせーは乙女心なんて分かんないよね。じゃあ聞くけど、好きな髪型ってなに?」

 

 え、リーゼントだけど。

 

「女の子の話をしてるんですけど……」

 

 ワンルームではローテーブルの前に座ってキタサンとアヤベが紅茶を啜っていた。当然おれがそんな色のついたお湯を飲むはずがないので多分小娘の誰かが買ってきたんだろう。いや……カップの高級感からして……まさか、マック……か……?

 

 おれは直感的にマックの気配を感じ取った。間違いない。あいつ、おれんちに許し難い文化を持ち込みやがったな。

 

「……よくマックイーンさんだと分かったわね?」

 

 カフェインの入ってない飲みモンに価値はない。特におれン家の中じゃな……マックに聞かせてやる文句がまた一つ増えた。クリスマスにおれに黙ってディナー食いに行った件も片付いてねェ。明日はどうやらお楽しみだぜ。

 

 ネイチャがベッドに腰掛けておれを見て落ち着かなさそうにしている。

 

 ……なんだよ?

 

「い、いえ別に。何にもない部屋ですけど、ゆっくりしていってくださいね〜?」

 

 いやおれの部屋! おれはついに叫んだ。いい加減我慢の限界だ。

 

 誰に文句を言えばいいのか、順番に小娘どもを見回していると、ベッドからダルそうにおれを眺めるゴローと目が合って、おれの怒りはあっさりと霧散した。

 

 かわいい〜!

 

「せんせーは情緒不安定なの? ミケのこと好きすぎるでしょ」

 

 うるせーな。撫でていいか?

 

「いいですよ〜」

 

 おれは恐る恐るゴローに向かって手を伸ばした。おれは手を強めに噛まれた。おれは泣いた。

 

 普通猫が人噛む時って怒ってるはずなんだが、ゴローはダルそうに噛んでくるのだ。もう辛い。辛いがかわいい。かわいいが……つらい……。

 

「よしよし。大丈夫ですよ、トレーナーさん。あたしがついてますからね」

 

「……ん?」

 

「元気出してください、いざとなればあたしを撫でればいいんですから!」

 

「んん? んんん〜……? あれ?」

 

 おれはクソガキに頭を撫でられていた。振り解く気力もない。惨めだ。悲しいが、猫が同じ空間にいるので正直プラスだ。おれはゴローに飛びついて頬をすりすりしたい欲に抗っていた。これ以上嫌われたくはない。

 

「あの〜。キタサン?」

 

「? どうかしましたか、ネイチャさん?」

 

「いや……え? な、なに? どしたの? なんか……せんせーに優しくない? てか、距離近くない? ……アヤベさん? これどういうこと?」

 

 顔を上げればゴローがおれに興味のなさそうな目を向けていた。猫の目という言葉は変化の激しさを比喩する。昼には細く、夜にはまんまるキュートでキャットな瞳だ。猫が気分家であることも意味としてかかっているだろう。

 

「……はぁ。あなたの想像通りよ、たぶん」

 

 かわいいのは、おれに対して興味もない点だ。いやすり寄ってきてくれたら嬉しい。そりゃ嬉しいに決まってるが、逃げようとすらしないというのは、つまりは警戒されてない! つまり希望はある。これから一緒に暮らしていこうな。家族になろうな。

 

「一緒に寝たいんですか?」

 

 そらそうよ。おれはスマホでゴローを激写していた。もうかわいい。かわいい。かわいい〜!

 

「じゃあ、あ、あたしが、いっ、一緒に……寝てあげましょうか?」

 

 結構だ。ああかわいい、かわいい。かわいいな、かわいいぞ、かわいいなキャット。あ〜〜〜〜!

 

「ちょ、ちょっとキタサンこっち来て」

 

「えっと、はい?」

 

 ネイチャがキタサンを連れてどっかいった。おれは猫を眺めているだけで幸せだ。しかもおれのベッドに、猫が……ゴローがいる! 

 

「……ねえ、ケイ。あなたキタサンのこと、どう思ってるの?」

 

 猫はかわいいなって思います。

 

「ポラリスの話じゃないわ。その……キタサンは可愛らしい子よ。あんなに純真で健気で、子犬のように懐いてくるし、とても綺麗な瞳をしているわ。あんな目で見つめられたら、いくらあなたといえど断れるはずがないでしょう」

 

 ……?

 

 わ、分からない。なに?

 

「以前あなたにロリコンと冗談で言ったけど、現実になると困る。あなたの理性は信じているけど、それもキタサンにはどこまで通用するか怪しい──」

 

 アヤベさんのクソガキに対する好感度は元から高かったが、なんか天元突破してる。おまえはあのガキのことなんだと思ってるの。

 

「……ダメだから」

 

 なんだと?

 

「あ、いえ。あなたを、に、キタサンは、渡さないから」

 

 ……???

 

 いや、よく分からんが勝手にしてくれ。勝手にしてくれというか、おまえからクソガキを奪う予定もなければ、たぶんおまえのものでもないだろう。

 

「ちが、そうじゃなくて……だから、ダメだから」

 

 え、うん、分かりました。

 

「……。……本当に分かってる?」

 

 おれは何を疑われてんの? あのね、まさかおまえ、本気でおれのことをロリコンアンバサダーと疑ってるわけ? 冗談だろ?

 

「ロリコンなのはもう、仕方ないことだけど……あまり、デレデレしてはダメよ」

 

 あ、アドマイヤ先生よ。勘弁してくれ。おまえにまで疑われてんのはもう救えんぞ。

 

「その、変な呼び方で呼ぶのも、もうダメだから」

 

 え、ああ、分かった……。おれは不審に思ったが、ゴローの存在が意識から離れなかった。

 

「……………や、約束、よ?」

 

 ぬおーん。ゴローがおれの代わりに返事をしてくれたのはありがたいが、どうもアヤベの様子が変だ。なんだ? どうした? 変なモンでも食ったか?

 

「……」

 

 無言で叩くな。なんだよ、なんだ。おれは軽く叩かれていた。しかしなんか妙に恨みがこもっている様な気もするが。

 

 はぁ。おれも正直アヤベには弱い。どうせ何言われたっておれァ断れねぇ。今更蔑ろにも出来ないからだ。情は弱さだ。感情には逆らい難い。

 

 どうしたんだよ、アヤベ?

 

「……別に。ポラリスに会いたかったんでしょう。好きなだけ眺めてれば」

 

 遠慮なくそうさせてもらおう。おれはベッドに肘をかけてぺろぺろと毛繕いをするゴローを眺めることにした。もうかわいい。メジロ家とか放ってずっと眺めてたい。全てが癒される。地元じゃ過去のトラウマに向き合わされたりしたが、それ以前に休み無しでずっと働いてたからな。もう精神状態ってより体のほうがバキバキだ。それも猫を見てると治っていく。すごいな猫。

 

 おれがニコニコでゴローを眺めていると、背中に重たい感触を感じる。

 

 ……なんだよ?

 

「……。…………」

 

 おれは首をひねって後ろを向こうとしたが、背中越しにおれの首に回されたアヤベの両腕が邪魔をする。……なんだよ?

 

「…………、……ケイは、もう……どこにも、いかない?」

 

 はぁ? 

 

「………………私のこと、嫌いになった?」

 

 ……?

 

 なんで?

 

「……ずっと……私は、あなたを苦しめただけ……──私は、それを知りながら、知らないフリを、続けた。あなたに触れるのが、怖かったから──」

 

 あのねぇ。お互い様だろそんなの。

 

 おれが言うのもなんだが、昔のことは全部水に流そうぜ。苦しんだのはおまえも同じだろ。ならお互い様だ。

 

 そうだろ?

 

「…………あなたに、謝りたかった。でも私は、そうしなかった」

 

 また同じことを言わせるなよ。何を自責する必要がある? おまえはなんのかんの言って優しい。チームにも入ってくれたしな。

 

「ケイに言われたくない。そんなの、私の……」

 

 アヤベが何を言おうとしたのか、別におれは聞かなくたってよかったが。

 

 幼少期からの腐れ縁が大人になった今も続いている。おれはアヤベの幼少期の、凄まじい人見知りだった頃を知っているし、アヤベもおれがクソガキだった時代にやらかした数々の怒られを知っている。つまりお互いを知っているということだ。それは決していいことばかりでもなかったが、かと言って要らなかったかと言われたら即答はしかねる。

 

「……ケイのバカ。大人になったフリばかり上手になって、本当にそうならなくたっていいじゃない」

 

 あのね。おまえもいずれはそうなるんだぞ。

 

「……うるさい。バカ。私はずっと──……」

 

 アヤベはそこで言葉を切った。おれは背中にアヤベの体重を感じつつ、ゴローがじとっとおれを眺めているのを眺めていた。

 

「ずっと、なんですか?」

 

 ドアが開くのと同時に、アヤベが猫のように飛びのいて、そのまま壁に体をぶつけた。びっくりした! な、なんだよ?

 

「あの、そういうのは二人きりのときにやってくれないと、ちょっと困っちゃいます。入りづらいじゃないですか」

 

 どうやらずっと聞き耳を立てられていたらしい。アヤベは顔を真っ赤にして、両腕で顔を隠した。なんで恥ずかしがってんだ?

 

「せんせーは感受性が壊れてるの? 鈍いとかいう次元じゃない……心が壊れてるの?」

 

 なんだと思ってんだおれのこと。いや別に隠すようなことでもないし。別に気にせず入ってくりゃよかったじゃん。

 

「入れるかーッ! というかなに!? 一体なんのイベントがあったの、この数日間で! アタシ、全然ついてけてないんだけど!? キタサンはなに!? せんせーもなんか雰囲気柔らかくなってるし! それでアヤベさんもどうしたの!? ただの幼馴染よ、とか言ってたじゃん!!」

 

 うるせーぞ。ゴローがびっくりしちゃうだろ。

 

「こ……この……ッ! うあーッ!! ちょ、ちょっと会議、会議だこれ! チーム会議! 次回はアルファードの緊急ミーティングからスタートです! どうぞよろしく!!」

 

 新年一発目から?

 

 ネイチャが頭をブンブン振りながら叫んだ。クソガキがおー! とか言ってるけどおまえ意味わかってんのか? いやおれもよく分からんけどね、それは。というかメジロ家のはどうなるんだ。おれパーティー用のスーツ取りにきただけなんだけど……。

 

 はぁ。騒がしくてかなわん。なあ、ゴロー……頭を撫でるはずだったおれの手はひらりと躱されて噛まれた。おれは泣いた。




トレーナー宅に入り浸る為のダシにされ続ける猫に涙が止まらない
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