「……あら。トレーナーではありませんの」
なんだよ朝っぱらから。人が気持ちよく気絶してたところに呼び出しやがって。
おれは朝からマックに呼び出されていた。よく分からんが朝飯を食うらしい。朝飯から外食を摂るほど優雅な身分ではないのだが、まあ別にやることもないので来てみたのだ。都内の高級ホテルでビュッフェだ。朝飯から食べ放題とは、どうやらおれの仕事がまた増えるらしいな。どうやってこいつの食欲を止めたもんか。
おれが席についたときにはもうすでにマックの前には食べ終わった後の皿が積み上がっていた。お前マジでふざけんなよ。おれの苦労をなんだと思ってやがる。
「……フルーツ中心生活ですわ。食べれば食べるほど健康になりますのよ」
マックよ。おれの目を見て同じことを言うがいい。マックはそっと視線を逸らした。
ふむ。これはもう手遅れだな。マックよ、おれの言いたいことを当ててみるか? ジャストで当てられたらご褒美をくれてやろう。
「トレーナーの手料理ですの?」
やる気を出すな。おまえがよほど食欲を抑えきれないのはもうトリコのアカシアみたいなもんだとして仕方ないが、それにしてもおまえはおれに怒られたくて仕方がないのか? 暴食のツケを払うのが誰か、知らんわけではあるまいに。
「ふん、うるさいですわ。ぷいっ」
ぷいじゃねェ。舐めてると潰すぞ。漏れた言葉は自分でも信じられないくらい荒れていてびっくりした。マックが傷ついたような顔でおれを見つめている。
ああ、いや……悪い。言い過ぎたな。
「……トレーナー。わたくしだって傷つきますわ。自覚があるなら結構ですが、控えてくださいまし」
舐めてると潰すぞ。
「トレーナーっ! どうしてわたくしに優しくしてくれないんですの!? 甘やかしたくなっちまうとか言ってたくせに!」
ほんっとにおまえは甘ったれになっちまったな。昔のストイックな感じはどこ行っちまったんだ。かつてはおまえも勝利以外に意味はありませんとか言ってた時期があったんだぜ、おれァ信じらんねーよ。テイオーと競ってた頃はカッコよかったんだがな。
「ほ、本当ですの!? どういうところ、どういうところが格好よかったのです!?」
そりゃおまえ、カメラの前でメジロのウマ娘として当然ですみたいにキリッとして言い切ってた頃の話だからな。それが今やパクパクですわになっちゃって悲しいぜ、マックよ。
「むぅ。今日のトレーナーは意地悪ですわ」
だいたい何の用だ。昼ぐらいにおまえん家行く予定なのは知ってるよな。というか急に呼び出すのやめてくんない?
「ハァ……仕方がないでしょう、お祖母様のお言葉を断れるはずがありませんもの。というか何かやらかしましたの? 珍しいですわよ、お祖母様が誰かを呼び出すなどと」
まるで心当たりがない。いやある。どうせおまえのことだろ。ここんとこおまえマジでいいとこないからな。おいマックよ。こないだの黙って高級ディナー事件について弁明を伺おうか。
「なッ……! トレーナー! その話を持ち出すなら、わたくしにだって言いたいことがありますのよ!」
なんでも言うがいい。おれも今やおまえの今の有様には責任を感じてやまない。おれはマックの皿に乗ってたバナナにフォークを突き刺した。もぐもぐ……。
「あの女は誰なんですの!? いくらわたくしが寛大と言っても限度がありますのよ!」
マックは精一杯おれを睨んだ後、ドーナツを口に放り込んだ。おい食うな。せめて食うのか怒るのかどっちかにしろ。
というかエリな。おれが地元いる間に帰っちまったんだんだよね。一回ぐらいガキども抜きでメシでも行きたかったんだが、忙しいヤツだ。まあ医学生ってのはそういうもんか。
「エリ!? 名前呼び! トレーナー! 少しは弁明をしたらいかがです!? 堪忍袋というものをご存知!?」
おまえこそご存知? おまえマジで食い過ぎな。体重計乗ってみるか? それとも海水いっとくか?
「トレーナー! いい加減にしてくださる!? わたくしの面倒を見るのはあなたの仕事ですわよ!?」
お前こそ勘違いしているようだな。言っておくがな、おれがおまえにガミガミ言うのは、オメーのばーちゃんの個人的なお願いだぞ。別に学園に言われてやってるとかでもない。だいたいおまえもスピカだろ。
「ッ! そのことです! テイオーの件ですわ!!」
あ? んだよ大声出して、はしたないぞ。
「お黙りなさい! 何やらゴタゴタしていたようですが、結局テイオーがアルファードに入ったと聞きましたわ! なんなんですの、あれだけ嫌がっていたくせに! テイオーを甘やかすならわたくしも甘やかしなさい! それが筋というものでしょう!?」
どういう筋だよ。おまえマジで危険領域に入ってるな。いいか! 勘違いしてるようだから言わせて貰うが、テイオーの件はおれも納得してねーぞ! あのクソガキのせいでおれァ散々振り回されたんだ! その上ちゃっかり自分の要求は通しやがって! 結局有馬で負けてんじゃねーか! あのガキホント許さんぞ!
「そもそも! 土台トレーナーはなんのかんの言いながらわたくしを放っておいたではありませんの! 何が一心同体ですの!?」
知らねーよ! 初耳だわそんな単語! おいマック、おまえマジで食い過ぎな!? 別に前日ちょっとメシ食ったぐらいでどうなるとか本気で思ってねーよ!? 問題なのはおまえのレースに対するモチベーションだよ! レースに出るのはメシ食うための手段じゃねーんだぞ!?
「う……ッ!」
ず、図星みたいな顔をするんじゃない! おれは頭を抱えた。メジロのばーちゃんはここ最近の孫娘のことを大層心配しており、そしておれはメジロのばーちゃんに恩も借りも感謝もある。頼んだなんて言われたら素知らぬ顔ができるはずもない、だがおれにも本業ってもんがある! だってスカーレットさんが怖かったから! あとクソガキのホープフルとかあったし!? 医療部設立の件もずっと進めてたし!? マックにもプライドの一つもあるだろうから!? 別に大丈夫だろとかおれは思ってた!
……おれは長い息を吐き出して気持ちを整えるのを試みた。
マックは相変わらずおれを睨んでいるが、まんまるなお顔で睨まれても全く怖くない。カービィみたいなフォルムしやがって。ホントかわいいなこいつは。
……おまえ、結局何の用でおれを呼び出したわけ?
「……別に。ここのところ忙しそうにしていましたが、ようやく一段落ついたのでしょう。労いの一つもしなければ、わたくしの立場がないですわ」
……おれは頭を抱えた。
認めよう。おれはこのパクパク饅頭が可愛くて仕方がないのだ。気を抜くと甘やかして、やれ蟹フェスだ北海道フェアだスイーツビュッフェだに連れまわし、スライムみたいな笑顔にさせてはしてやったりとほくそ笑んでいる。一体おれは何をやっているんだ。
マックよ。おれはおまえに礼を言うべきなのか? それともメシ食ってんじゃねェって怒鳴るべきなのか? 教えてくれ……。
「トレーナー! なんですの、その体たらくは! シャキッとしなさいシャキッと!」
おまえまじでぶっ飛ばすぞ。悪いのはその口か? それともだらしないほっぺたか? なあ、おい。おれはマックのぷにぷになほっぺたを摘んだ。マシュマロのようだ。
「やめてくだあいはひ! ほへーなー!」
ガチな話中距離はもうしゃーない。おまえはステイヤーだからな。おれの本命は春天だぞ。勝てるかどうかも分からんのもしゃーない。勝負は水物だからな。だがおまえわかってんだろうな、言っとくがおれに甘えようったってそうはいかんぞ。
「わたくしのトレーナーでないなら厳しくするのはやめなさい! あれこれと指図するならあなたがわたくしのトレーナーになればいいではありませんの!」
おお、マックが珍しく筋の通ったことを……。
「入部! 入部です! わたくしをアルファードに入れなさい! ついでにトレーナーの腐った根性を叩き直して差し上げますわ!」
やいマック。おまえ分かってんだろうな。言っとくが、おまえについてはこれでもかなり甘やかしている自覚がある。気分的には親戚のおじさんみたいなもんだ、はっきり言えば自分ごとでないから好き勝手にやれるんだ。だが親戚のおじさんとて自分のガキに同じようにはしない。なぜなら自分のことだからだ。
「そんな薄い自覚では困ります。だいたいテイオーが許されるならわたくしも許すべきでしょう。というかテイオー! あのクソガキ許しませんわよ!?」
マックはいまだにテイオーへの恨みを抱えているらしい。まだ仲直りしてなかったのかとか思ったけど無理だろうな。マックはこれで根にもつタイプだからな。
というかホントそれな! あのガキは一回本気で痛い目見ないと治らん。誰かがあいつのひん曲がった小根を叩き直してやらないと……。
……やっちゃう? やっちゃうか、これ? なあ?
「……何かアイデアが?」
愚問だな。あいつに仕返ししたいことなぞ無数にある。まずそうね、普通に泣くまでビンタとかしようかな。
「……流石にやりすぎではありませんの? もっとこう、はちみーに激辛ソース入れるとか……」
分かっていたことだが、マックにとっての罰は食べ物関連らしい。いやしかし、実際やるとなると塩梅に迷うな。ぶっちゃけ年下の小娘に本気になってやり返すってのも大人げはない。そんなことは分かっているが、所業が所業だ。というかおれの気が済まない。
「ガチ説教をするというのは?」
ガチ説教なー。やっとく? でも正直最後まで真面目さを保てる気がしない。テイオーと話してて会話がどっかいかなかったこととかないからな。
「だいたいトレーナーはテイオーに甘いでしょう。テイオーもどうせ確信犯に決まってますわ。だから、そうですわね……第三者に頼むというの? ネイチャさんあたりに頼んで、いい感じに懲らしめてやるのです」
実際いい落とし所だと思うが、おまえそれで満足か? 自分の手でやりたいだろ。
「……では、そうですわね。テイオーの1番嫌がることは……除け者にされることですわ」
おお、マックがいつになく冴えてる……のか? 正直ピンとこない。
「そうです! アルファードから追い出せばいいのです! テイオーが1番嫌がることに違いありません! 追放系ですわ!」
よほど恨みが積もっているらしい。追放系ってそういうのだっけ? どちらかと言えば悪役令嬢的な感じもするが、まあおれのニーズにもバッチリ合ってるし……よし、それで行こう。具体的なプランはどうする?
「勝負を仕掛けます。アルファード所属の座を掛けて、テイオーを勝負の座に引き摺り出してくださいまし。そこから先はわたくしに任せてくださいまし」
ふむ。え? じゃあマックがテイオーにその、なんかの勝負仕掛けて、勝ったらおまえが代わりにウチに入るってこと?
「それはそうでしょう。当然ですわよ?」
ちゃっかりしてんな。おまえも本当に……しかし答えはYES! いいだろう。おまえに任せることにする。幸いテイオーの移籍云々の書類はまだやってない。細かい段取りは任せるぞ。
「このメジロマックイーンにお任せくださいまし? トレーナーには特等席をご用意いたしますわ」
いいねえ。久しぶりに美味い酒が飲めそうだぜ。おれは席を立ってビールサーバーを探したが、あるわけなかったのでコーヒーで我慢することにした。幸せそうな顔でパンケーキの山にかぶりつくマックを眺めながらな。イヤ食うのをやめろ!!
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ガチもんの金持ちってのは独特の雰囲気がある。それは着てる服とか、高級な店がよく似合うとか、そういう外的な要因によってもたらされるモノではない、そこは本質じゃない。それに実際のところ、金持ちのフリをしたがるのは貧乏人の方だ。ライオンは強者のフリをしない。そうする必要がないというのが実情だ。
よう、メジロのばーちゃん。ご無沙汰して申し訳ない。
「謝罪は結構です。ここのところ、柊木さんの活躍は耳にしております。仔細に語るつもりはありませんが、結構なこと」
やめようぜ、堅苦しいのは。
おれは案内された部屋のソファーにどかっと腰を下ろした。何に使ってるんだか知らんが、随分硬そうなデスクの前でばーちゃんは佇んでいた。
そういや、これ土産な。おれの地元も大したモンがねーが、せめてもの気持ちってトコだ。まあ分け合って食ってくれ。ばーちゃんは頷いた。
体の調子はどうだ? ばーちゃんもいい歳だろうが、こんな辛気臭い部屋に引きこもってるとどんどん衰えてくぜ。流石に走れとは言わんが、ゲートボールくらいしたらどうだ?
「それを余計なお世話というのです。とはいえ、気遣いには感謝を申し上げておきましょう」
オイオイ。言っとくがな、怪我なり病気するやつはみんな、自分はそうはならないって思ってんだぜ。まあお抱えのお医者さんもいるだろうし、心配ないとは思ってるけどな。借金返す前にくだばってもらっちゃ困るんだ。口うるさく言うのは許してくれよ。
「口うるさく文句をつけるのは、むしろ長老者の役目というものです。目上の立つ瀬を奪うものではありません」
ハハ、そりゃ悪かったな。
しかしここんとこはおれも酷い目に遭っててさ。若者の話を聞くのも長老者の役目だろ? ちょっと聞いてくんない? まず我らのマックちゃんの友達であるところのテイオー! あのクソガキがさぁ……。
おれはペラペラとここ最近のことをばーちゃんに話した。何も隠すこともなければ恥じることもない。退屈な毎日を過ごしているであろうばーちゃんにささやかな面白話をくれてつもりでな。
「……まったく。柊木さんは破天荒なことばかりです。恥も外聞もない、嘆かわしい」
こんなことを言っているが、老婦人は笑っている。
「どうやら、充実した日々を送っているようで、安心しました。チームの運営も順調のようです。しかし満足は成長を妨げるもの、妥協は許しません。我がメジロ家の後援を受けた以上は、肝に銘じておくように」
マックに言ってやってくれ、そういうことは。だいたいいつまでも子供扱いじゃおれの立場もないぜ。あの日、希望を胸にこの家の門を叩いた少年は、今やくだらねぇトレーナーになっちまったんだ。
「老人から見れば、若者など皆並べて子供です。どうやら大して身長も伸びていないではありませんか?」
ばーちゃんと言えども許さんぞ。おれァ気にしてんだよ。ダンディなおじさまになった時に格好がつかねェじゃねえか。
「心配する必要はありません。男の甲斐性は見た目に左右されるものではない。外見ばかり気にするのは、つまらない男の特徴です」
厳しいねえ。人生経験ってヤツ?
「長生きすると、様々な人を見るものです。俗世に囚われ揺れる者、一つの想いに生きる者……しかし幸い、人は変わる。変わることが出来る。あなたがそうであるように」
まったく幸いなことだ。しかしいいことばかりでもない。
新年早々何の用だよ? マックか? マックだろ? それとも……他の孫娘の話か?
「あなたが今進めていることについて、興味があるのです。新たな事業を始めるとなれば、後援が必要では?」
……どっから聞いたんだか。おれは疲れたように息を吐いた。しかしガッと体を起こして前のめりになった。
金の話は大歓迎だ。そういうのがあれば実現の可能性は飛躍的に高まる。しかし……ちと迂闊じゃねェか? 慎重さに欠けるぜ、それとも金持ちにとっちゃ大した金額でもないのかい。
「これも力あるものの務めです。Nobless Oblige……あなたもいずれ、背負うものです」
勘弁してくれ。おれがそんなタマかよ。おれが何故メジロ家に世話になったのか、想像つかないもんかね。先立つもんがなかったからぜ?
「この家の力を借りずとも、貴方は辿り着いていたでしょう。それは意思の、想いの力──他に何を捨ててでも、それだけは必ず成し遂げるという強い決意の力。……そして、今でもそれは燃えている」
よしてくれ。年上に期待されるのは苦手なんだ、特に希望や夢の類はな。おれとしちゃ、やりたいことがあるンなら自分でやれってのが正直なところだ。まあ老い先短い身としちゃ、若者に託したくなるってのもわからんではないけどさ。
「口で何と言おうと、何を言われようと、結局貴方のやることに変わりはない。であれば、口出ししようとも変わりはない。違いますか?」
そんなに分かりやすいもんかね。まったくその通りだ、おれはどうも、これと決めたら誰に何言われようとやろうとするタチらしくてさ。
「なぜ貴方がそこまでするのです。貴方には時間も気力もある、別の道など無数にあるでしょうに」
別に大した理由もねーよ。転んだ奴に手を差し伸べるのは道徳の範囲だ、おれの性格とは関係ない。
「……」
ばーちゃんがじっとおれを見据えている。長い経験の賜物か、それはおれの心の奥底まで見抜くような眼だった。誤魔化しは許さないとでも言うように……こりゃ、話すまで帰さないって感じだな。
「貴方は自身の価値を低く見せようとしている。それは恐れているから」
おれが何を怖がってるって? 興味があるね、聞かせてくれよ。
「人に期待されること──正確には、自分がもう一度失敗することにより、人を傷つけることを恐れている」
……参ったな。年の功には勝てねェってか? おれは両手を上げた。
「人は誰しも、内側にある恐怖と向き合わねばなりません。それが己に打ち勝つと云う事。……最も、貴方は必要なことが何なのか分かっている、そうでしょう」
アンタの期待が1番重いぜ、クソババア。
「口の利き方には気をつけることです。それにまだ、質問の答えを聞いていませんが」
は……誰かがあのガキどもの助けになってやらにゃいかんだろ。それ以外に理由が必要か?
「……そう。相も変わらず、貴方は何も変わっていない」
ばーちゃんは肩の力を抜いた、ように見えた。
「結構。我がメジロ家の選択が間違っていなかったと証明しなさい。先ほどの言葉は、まさか嘘ではないでしょう」
舐めんなよクソババア。おれが人についた嘘は、後にも先にも一つきりだ。
「……ようやく前を向く気になったということですね」
そうねえ。幸いにして人は忘れることが出来る。そんなに簡単なことでもなかったし、そんなに簡単なことでもなさそうだがな。だがおれァ天邪鬼なんでな。そう簡単に礼の一つもくれてやるつもりはない。だがそれを咎めてくれるな。三つ子の魂百までって言うだろ。性根は変わらねーよ、やり方が変わるだけだ。
「それを成長と呼ぶのです。……マックイーンを呼んで来なさい」
ばーちゃんは古臭い黒電話を手に取って喋った。内線があるほどのバカデカい家だ。しかしアレだな、どうも時代錯誤でちょっと笑いそうになってしまった。ばーちゃんもらくらくスマホとか使ってんのかな。
「技術の進歩には理解のある方です。これは単に、昔日を懐かしんでいるだけのこと」
ホントかねえ。
……しかし、マックを呼んだということはようやく本題か。言い訳の余地はそれこそ無限に出てくるが、それも情けない話ではある。こちらとしては頭を下げる覚悟も出来ている。孫娘をブクブク太らせて申し訳ありませんってな……いや、それはおれのせいなのか……? おれのせいな気もしてきたな……。
はぁ。まあいいだろ、久しぶりにばーちゃんにも会えたしな。元気そうで何よりだ。
しばらくするとマックが意気揚々と入ってきた。
「このマックイーン、参りましたわ。お呼びですか、お祖母様」
キリッとしている。威厳に満ちたお祖母様に認められたくて仕方ないのだろう。子犬のようだな。そんなマックをばーちゃんはしばらくじっと見定めるように見つめていたが、おもむろに口を開いた。
「来ましたか、マックイーン。……時に柊木さん。将来について考えは?」
特に何も考えてないけど。
「貴方今、結婚は?」
してるわけないでしょ。
「お付き合いしている方はいらっしゃる?」
いるわけねーだろ。おいオイばーちゃんよ、なんなんだよ。
「家庭を持つ気はありますか?」
なくはないです。おれもいい大人なんでね。まあ相手はいないけど。
「結構。亡き思い人に操を立てるのも、もうやめたと」
え? いや別に、そういうのでもないけど……。
「そう。では提案です──我が孫娘、メジロマックイーンと結婚しなさい」
はい?
「おッ、お祖母様!? な、何を仰っているのです!? わ、私が、ここ、こんな、優雅さの欠片もない男と、け、けけけ結婚ですって!?」
マックが顔を真っ赤にして叫んでいる。おお、叫んでる叫んでる……じゃねえわ。どういうつもりだ。おれはばーちゃんの顔をまじまじと見つめた。至って真剣な顔だが……なんか、年に似合わぬ悪戯っぽい感じにも見える。
「マックイーン。ここのところの戦績が振るっていないのは知っています。以前の貴方は信念と覚悟を以てレースに望む、メジロの最高傑作としてふさわしい魂を持っていました。しかし今ではこのザマ。一体なぜです?」
「そ、それは……。不甲斐ない姿をお見せして、申し訳ありません……」
「謝罪は結構。私はそのことを責めているわけではありません。幼き頃から高貴たれと教えてきました、それは貴方の幸せを願ってのこと。別の形で果たされるなら、喜びこそすれ否定など。しかし朱に交われば赤くなるのも道理。箱の中に腐った蜜柑を放り込めば、影響されないはずもない」
……おれはどうやら、ばーちゃんの言いたいことが見えちまった。冗談じゃない、誰が腐ったミカンだ。
「話が早くて結構。柊木さん、我が孫娘を誑かした責任を取りなさい」
たぶらかしてねーよ! オイ冗談だろ!? ババア! おまえンとこのは元々食欲大魔神だったの! おれのせいじゃねーよ! ……ねーよな? 自信がなくなってきたのでマックをチラッと見ると目が合った。すごい勢いで向こうを向いたマックの顔は真っ赤だった。
おいおいおいおい。マックよ〜〜! こりゃとんだ巻き込み事故だぜ〜〜!?
「う、うるさいですわっ! お黙りなさい、ちょっと待ってくださいまし! お、お祖母様! 一体どういうことですのっ! わわ、わたくしが、と、トレーナーと、けけけ、ケッコン、ケッコン!?」
「無論、話を急ぐつもりはありません。婚約で結構。しかしふさわしい時期になれば、約束は果たしてもらいます」
約束だ!? 覚えがねーぞ!
「言ったでしょう。マックイーンのことを頼みます、と。なんと答えたか覚えていますか?」
ああ覚えてるぜ、そりゃ善処しますっつったんだ! そりゃ、おれもマックを食道楽に連れ回した! 悪かったさ、おれが悪かったよ! だがそりゃねーだろ!? というかそういう意味だったの!?
「トレーナーっ! まさか嫌がってますの!? このわたくしが相手では不満があると!?」
黙ってろ! 話をややこしくすんな! おれはつい怒鳴ってしまったが、マックが予想外に落ち込んだ顔をしたので勢いを削がれた。あ、いや……すまん、言い過ぎた。黙らなくていいよ、うん。
「前々から思っていましたが、最近わたくしの扱いが雑ですわ。わたくしだって人の子ですのよ。冷たくあたられると悲しいですわ……ぐすん」
泣ーくーなー! おまえがそんなタマかよ! まんじゅうが涙を流すのか!?
「ブッ殺しますわッ!」
おれはマックに片手で胸ぐらを掴み上げられた。おれの足がプラプラと空に揺れている。う、浮いてる! ぐ……首が、締まる……く、苦しい……! 降参……降参だッ!
「フン。何度やっても懲りないのですから、まったくトレーナーはどうしようもありませんわね」
ぐえっ。おれは硬い床に放り投げられた。そこまでの様子を黙って見ていたばーちゃんが言った。
「ふふ。やはりお似合いではありませんか?」
「お祖母様っ!」
「よい機会と考えなさい。うかうかしているとあっという間に盗られてしまいますよ。いつまでも現状に甘んじているだけで望みが叶うことなどあり得ません。惚れた腫れたなどは、特に。言い訳を与えているのです、分かりなさい」
「お、おおおお祖母様〜っ!!」
おれは荒れた息を整えながら、見たことない焦りようのマックを見上げる。こいつ……何をそんなに焦ってるんだ?
しかし面倒なことになった。結婚……は、まあやったらやったみたいな気もするが、よりにもよってマックと? ウーン。謹んでお断り申し上げておくか? しかしばーちゃんの言うことには逆らい難い。
「マックイーン。では、貴方は婚約には反対だと?」
「こんやっ……だって、その、急にそんなこと言われても、わたくしまだ学生で、レースもやり切っていないというのに、しかもトレーナーとなんて、こ、困りますっ!」
「はっきり言いなさい。嫌なのですか? それとも満更ではないのでは?」
そうだぞ。はっきり言えー。とりあえずおれは便乗してみた。
「トレーナーッ!!」
マックがすんごい形相で詰め寄ってくる。ごめんって、暴力は良くないぞ。とは言いつつも焦ってるマックを見るのは楽しい。大体ババアも大人気ないぜ、小娘にこんな選択を迫るとかさあ。
「柊木さん。先ほどの件ですが、一つ話していないことがありました」
……やめろ。言ってくれるな、もう想像がついた。冗談だろ。
「マックイーンと結ばれるとは即ち、我がメジロ家の一員となるということ。であれば、家の力を自らのために使うことに何の問題があろうはずもない。あるいは、貴方の事業に手を貸す条件、と……言い換えても良いでしょう」
待て待て待て待て!! 話が違ェぞ!! 何が貴族の務めだ!? ただの脅しじゃねーか!!
「それも貴族のやり方というもの。しかし選択肢を渡しているだけ有情と思いなさい。付け加えれば、貴方が懲りずに送ってくる毎月の返済も、当然必要なくなります。それに、身内の情で多少目が曇っていることを否定しませんが、それを抜きにしてもマックイーンは可愛いでしょう? 何か不満でも?」
ねーわけねーだろ! アホか! あのね! 嫁さんぐらい自分で選ぶもんだろ!? そんな大事なことは自分で決めたいの!
「だから提案なのです。命令ではなく。決めれば良いではありませんか、貴方の意思で」
当たり前でしょうがァァァアアアアア!!!
おれの絶叫が響いた。嫌な予感がする、というかもうその予感は当たっている! とっても……とっても面倒なことになる。というかもうとっても面倒なことになってる!
「ちょっと待ったーーーーー!! トレーナーさんはあたしのですっ!! けけけ、結婚なんて、絶対、絶対させませんからーーーーーっ!!!」
クソガキがドアをバーンって開いて踏み込んできた。その後ろには……メジロの連中とお茶会していたはずの、我がアルファードの小娘どもが、なんかバラエティ豊かな表情でクソガキに続いて入ってきた。
なった。面倒なことになった。面倒なことになったぞ、確実に! おれの判断は一瞬だった。この場を離脱し、一時態勢を整える! おれは両腕をクロスさせて頭を守り、窓を割って逃げ出した。着地するなり脱兎の如く走り始める。
「ッ、逃げましたわ、追ってくださいまし!!」
甘ェんだよクソガキが!! 騒然となる屋敷を背におれは逃げ出した。
……ババアと一対一で話し合う機会が必要になる。邪魔されると面倒だ、逃げるフリをして一時屋敷でかくれんぼ、あるいは通りでタクシー拾うか──あるいは、もっと派手なプランで行くか? 思考が回り始めた。可能性の線を辿り、マシな未来を手繰り寄せる。マジで結婚させられてたまるかよ。
逃走劇が始まる。
ケッコンケッコン!(ピノ)
・メジロのお祖母様
口調が……分からねェ……
資料見ようと思ってアニメの切り抜き見たんですが、そのワンシーンしか見てないのでもう完全に分からねェ。キャラもわかんねェ。実は全然キャラ違ってても怒らないでください
孫娘の恋路(?)にちょっかいを出すのが楽しくて仕方がない。
・マック
あまりにもかわいい。
ギャクパートと相性が良すぎるため、トレーナーと喋らせておくだけで勝手にストーリーが進んでいくのでこちらとしては楽。
・トレーナー
実はこれで年上にはかなり甘えるタイプ。本編では基本的にウマ娘と喋ってるだけなのでそうは見えませんが……。
いつもここ好き、評価、感想ありがとうございます。大変嬉しく思います。
じゃあ評価付けてけ、あと感想も置いてけ(豹変)
リアルがちょっと忙しくなりそうなので更新頻度は落ちますが、死んではないので待ってていただけると助かります。