ウマ娘の頭悪いサイド   作:にゃんこぱん

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いやちょっと待ってくださいまし、何そんな軽い感じで流してますの!? わたくしとて覚悟を決めていましたのにトレーナーがそんなでは困り

 

 腹の虫が鳴いている。イヤ泣いている。グゥ〜〜……どこから聞こえてきたのか、おれにはよく分からなかった。いやテイオーに決まっている。おれの腹はこんな情けない音は出さない。

 

「うぅぅぅぅぅぅ……。お腹減ったよぉぉぉぉぉ……」

 

 泣くな。泣いたって現実は変わらん。誰かが助けてくれるなんてのは甘えだ、生きるためには強くならなければならない。

 

「うええぇぇぇぇぇぇん〜……もうやだよぉ〜……。お腹減った床冷たいふかふかのベッドで横になりたいよぉぉぉぉぉ〜……。トレーナーのご飯が食べたいよぉ〜……」

 

 現実は常に平等だ。社会は子供を子供として扱うが、結局のところそれは社会の内側での話だ。太陽にとって、海にとって、山にとっては……人は人、老いも幼いも区別しない。善も悪もな。それはある種の救いですらある。

 

「ヤダヤダヤダ〜……。さむいよ〜。くらいよ〜。つめたいよ〜……。もうヤダよぉ〜。トレーナ〜、なんとかしてよぉ〜……」

 

 どれだけ善行を積み重ねても、悪行の限りを尽くそうと、人は死ぬ……。人は死について考え、恐れ、解釈する。想像する……それは、体験することが出来ないからだ。

 

 どうにかしてこの食欲から解脱しなくては……。おれはハサウェイみたいな感じで解脱を試みた。坐禅を組んで五感を意識し、生の苦しみから解放されるのだ。心の波が穏やかになり、水面は静か。腹が減っても、心の平穏まで乱されることもない。腹減った。

 

 生と死……。空と、大地……憎しみ、恨み、苦しみ……。命とは……人とは……。答えは目の前に、あるというのに、なぜ気がつけないのか……。

 

 グゥ〜……。

 

「ごめんよ〜。ねえ、ここから出してよ〜……。マックイーン〜……聞いてるんでしょ〜……? ごめんってば〜、許してよ〜……うぅぅぅ……」

 

 おれとテイオーは地下牢に閉じ込められていた。鉄格子は太く、びくともしない。ドアの鍵は錆びついたまま閉じられていた。床は硬い、壁にヒビも入っているが、叩いてどうにかなる厚さじゃない。その上お互いの足首を鎖で繋がれている。脱出は不可能だ。おれは叫んだ。

 

 おーーーーーーい! どういうことですかーーーー!? 未来の旦那様だよーーーー!?

 

「うぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜!! マック〜〜〜〜!! 助けてえええぇぇぇ〜〜……」

 

 出せー!! ここから出せー!! ふざけんなー!! 身体の自由を尊重しろー!! 人権問題だぞー!!

 

 地下牢に虚しく響く声を誰が聞いているのか。もう何時間閉じ込められているんだ。腹減った床冷たい暖かいベッドで眠りたいー!!

 

「……トレーナー。ボク、トイレ行きたくなってきた」

 

 テイオーがもじもじしている。い、いい子だから我慢できるよな?

 

「ずっと……我慢してたの……。でも、もう、む、ムリ……かも……」

 

 刑務所みたいなトイレが部屋の隅にポツンと置かれている。しかしこんな狭い牢屋では……おれは血の気が引いた。テイオーがトイレしてるところとか見たくない。気まずいなんてものではない、今後の人間関係に修復不可能な傷が入ることが保証されている。

 

 ……マックーーーーーッ!! 聞いてるんだろーーーーッ!? ここから出せーーーッ!! テイオーの尊厳が消し飛んでもいいのかーーーッ!? マックーーーーー! メジロマックイーーーーーーンッッ!! 

 

 おれは鉄格子をガンガンと叩いた。手が痛いが、それどころではない。おれは喉が枯れるまで叫び続けた。

 

「と、とれーなぁ……。耳、塞いで、向こう向いてて……。お願い……。こっち見たら、もうボク、死ぬしかなくなっちゃう……」

 

 オアアアアアアアアアア!!! クソがアアアアアアアアアアアアアア!!! おれはガンガンと鉄格子を叩いた。マックー!! マックイーン!! 分かった!! おれが悪かった!! おれが悪かったよ!! ごめんなさい!! ごめんなさーい!!

 

 地上へ繋がっている階段から光が差し込んできた。誰かがドアを開けたのだ! おれは文字通りの光明を見た。逆光で誰がきたのかはよく見えないが、とにかく可能性が開いた。

 

 頼む! 早く来てくれ!! 誰でもいい!! 助けてくれ!! なんでもするから!!

 

「……」

 

 目が慣れてきておれは誰がきたのか分かった。

 

 マック……。

 

 マックはとても冷たい表情をしていた。暗闇の中で怪しく瞳が光っている。その目は鋭く、恐ろしい。

 

「耳障りな叫び声。煩くて敵いませんこと」

 

「マックイーン……。お願い……助けて……。トイレに行かせて……」

 

 テイオーが弱々しく懇願する。おれも必死にマックを見つめた。

 

「いい気味ですわね、テイオー。トイレならばそこにあるではありませんの? 遠慮なく使ってくれて構いませんのよ。見守って差し上げますわ。トレーナーと一緒に」

 

 マック! おれァこんなテイオー見たくねェ!! お願いだ、やめてくれ!!

 

「チャンスは与えました。しかし注文を済ませてからクーポンを出しても遅いのです。後悔することですわね」

 

「ごめん、ごめんよぉ、ごめんなさい……。ボクが悪かったです……ぐずっ。もう悪いことしないです……ひぅっ、えぐっ……許して……お願い……」

 

 テイオーが涙声で謝っている。おれも冷たい床に土下座した。

 

 許してください……ごめんなさい……。

 

 ガチャ、と言う音と共に、錆びたドアが開く音がした。ギィーと軋む音と共に地下牢の扉が開かれる。そして足音が近づいてきて、おれの足首につながっている鎖の鍵が、解けた。

 

 マック……。

 

「……次はありませんわ。さっさとお行きなさい」

 

 おれはフラフラと立ち上がって地下牢から立ち去った。地下牢の音が聞こえなくなる場所まで逃げるために。

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 ということがあったんだよね、全く酷い目に遭ったぜ。おれは水面に垂れる釣り糸を眺めながら、シュヴァちにこれまでのあらすじを語った。

 

「ヤバすぎますよ……」

 

 シュヴァちがドン引きしている。

 

「うぅ……。一体どう言うことなんですかぁ……? めちゃくちゃじゃないですかぁ……」

 

 なんかもうドン引きしている。その辺に落ちてたいい感じの枝を使って作った釣竿を手にシュヴァちは嘆いた。なんで嘆いてるんだ? おれは水平線を眺めてため息をついた。

 

「……どうなったんですか、それ」

 

 何が? テイオーがマックに弱みを握られたことでもう逆らえなくなった件についてか? そりゃおまえもう復讐のマックよ。テイオーはもうダメだな。完全に心を折られた。あいつはもうマックに逆らえねェ。牙を折られた犬だ、クソガキの名折れもいいとこだぜ。期待してたんだがな。

 

「違いますよっ! トレーナーさんのケッコンのことですっ!! しちゃうんですか!? ケッコン!」

 

 そらおまえ、流石に断るでしょ。おれがあっさりとそう言い放つと、シュヴァちはほっと安心したように息をついた。

 

 マジでさぁ。あのクソババアやりたい放題しといてさあ、ちょっと勘弁してくださいとか言ったらじゃあ仕方ありませんねとかあっさり言ってきてさぁ。は? そんぐらいの軽い気持ちで結婚させようとしてたのって感じだよ。あのババアは完全におれとマックで遊んでる。見るからに楽しそうだったしな。

 

「……トレーナーさんは、どうなんですか?」

 

 どうもこうもあるかい。アホらしいって感じだわ。実際さあ、マジのマジであのババアに結婚しろとか言われたらおれァ断れないわけよ。だからって孫娘と結婚させようとするかね、フツー……。ともかくおれとしちゃ冗談で済んで助かったって感じだ。

 

「結婚……したくなかった、ってこと……ですか?」

 

 心の準備ってもんがあるでしょそれは。そもそもマックが相手として相応しいかってのは置いとくよ一旦。コンプラとかもあるしな。しかしまあ、昨今の離婚率の高さとか幸せがどうのとかあるけどさ、やっぱ人生ビシッと決める感じあるじゃんね。流石に躊躇うよ、おれだって。

 

 おれは男として情けないことを堂々と言い放った。まァ愛する女がいるとかそういうのなら話は違うんだろうが、マックはなァ〜〜……まず想像がつかん。

 

「僕も……想像つきません。トレーナーさんはすぐ浮気しそうだし。そういうの、ダメ……だと、思います。相思相愛っていうか、ちゃんと心が繋がってないと、ダメ……ですよ」

 

 失礼だなおまえ! おれァこれでも一途な方だ! だいたいなァ、ティーンのガキどもは結婚ってモンに夢見すぎなんだよ! 現実は辛いの! おれはヤブのことを思い出しながらそう言った。しかしあんなのが脳裏を掠めるとかイヤすぎる。悲しき中年のことは忘却することにした。よし……記憶の彼方に眠れ、哀れな中年よ……。

 

「……一途な方には、見えませんよ」

 

 まあ……そうでしょうけども。これでも惚れた女のためなら何でもしちゃうタイプなんだよね、おれ。まあなんでもしちゃい過ぎて凄まじい拗れ方をした訳だが……。おれは自分で言ってて辛くなった。はァ、おれァいつになったら忘れられるんだか。

 

 ともあれ、怒涛の日々はおれを急かし立て、思い出させる暇も与えてくれない。トレーナーって職の唯一のメリットだと言えるかもな。しかし今となってはその必要もなくなりつつある。とはいえ、別にそんな恋だ愛だを求めてるかって言われるとな。正直猫とガンプラとコーヒーがあればおれとしちゃ満足なわけで……。

 

 結婚なァ〜〜〜……。おれは両手を堤防について夜空を見上げた。まだいいかなァ〜〜……。

 

 ガチな話結婚するとしても、流石に未成年はムリすねェ〜〜……。ばーちゃんも何考えてんだかなぁ。まあマックの恋愛事情が心配なのはわからんでもないけど、それにしても余計なお世話ってモンだろ。想像してみ? いきなりコイツと結婚しろとか言われたらどーするよ。

 

「こ、困りますっ、だって僕、まだ高校生だし、そんなこと急に言われても……っ!」

 

 そうなるよな。

 

「だって、トレーナーさんとなんて、担当トレーナーでもないのにそんなの、ダメに決まってます……っ!」

 

 そうはならんよな。コイツ大丈夫か、頭がお花畑すぎるでしょう。こういうのはこう、想像上の一般男性を思い浮かべるモン……かは、人によるな。

 

 そういやGⅠ優勝おめ。おれから約束の品があるんだが、心の準備はいいか?

 

「……遅いですよ。本当は、優勝した時にお礼を言いたかったのに。電話も出ないし、控え室に行ったらなんか正座させられてるのチラッと見えて、取り込み中なのかなって……」

 

 いや助けろよそこは。あのクソガキさぁ、おまえに負けたせいで怒り狂って頭おかしくなっちゃったんだからな。おまえにはどうにかする責任があるんだぞ、分かってんな。

 

「ええっ!? し、知らないですよ僕っ、なんなんですかぁっ!」

 

 シュヴァちは本当に純情だなぁ。おれはどうぶつの森みたいな感じで懐からにゅっと釣竿を取り出した。ほらよ。よく頑張ったな。

 

「……と、トレーナーさんっ!!」

 

 シュヴァちは感極まって口元を抑えた。あれ、ツッコミ待ちだったんだが……まあいいや。ともかくこれで約束は果たしたぞ。万年金欠のおれがそいつを用意するために払った代償については、またの機会に語ることにするが……。

 

 はァ。本当に大変だった。まぁなんだ、これからも頑張れよ。

 

「はいっ!! 一緒に、頑張りましょう!!」

 

 ん? 

 

「僕も……決めました。トレーナーさんの想いは……分かってます。応えて見せます、あなたの期待に──」

 

 シュヴァちがまっすぐおれを見つめて、キリッとした顔で言う。普段がふにゃふにゃな分、ここぞという時に勝負に出れるのはコイツの長所だろう。これと決めたらなんだかんだで頑張れる。勝ちたちという自分の気持ちに向き合って、やり遂げたすごいやつなのだ……ではない。んん……。

 

 んんん……。

 

「準備は出来ています。今のトレーナーともちゃんと話しました。僕がそうしたいなら、そうしろって言ってくれました。トレーナーさん、僕を──担当ウマ娘にしてください」

 

 んんんんン……。

 

 どうしてこうなったんだっけ。あれ? いやそういう話だっけ? おれは自信がなくなってきた。コイツが勝ったらおれはコイツの実力を認め、我がアルファードに迎え入れる……とかやってたっけ。いよいよ自信がなくなってきたのは、コイツが堂々とし過ぎているからだ。うん……。

 

 ……。

 

 ヨシ! 分かった! よくぞ言った! おまえの力と覚悟を認めよう! 頑張ろうな、俊典!

 

「僕はオールマイトじゃありませんっ! もうっ、ちゃんとしてくれないと怒りますよっ!」

 

 おれはなんかもうなんでもいいやって思った。この小動物は正直可愛すぎる。ここんとこバイオレンスなアルファードにはコイツが必要だ。まあどうなるかは……知らんけどな! なんとかなれッ! 

 

 そうして我がアルファードは段々と大所帯になっていったのである。当然だが、この先に舞い込む面倒のことを想定できるなら、おれはそもそもこんなことになってはいない、が、仕方ない。なんか言われたらキタサンがそうしろって言ってましたとか言って誤魔化そう。

 

 

 

-

 

 

 

「……や〜〜〜っと、帰ってきたわね……トレーナー……」

 

 ひっ!!! 夜釣りから帰ってくるとトレーナー寮の前でスカーレットさんが腕組みをしながら青筋を立てていた。街灯の作る影のせいで顔は見えないが、声は怒り? で震えている。おれは悲鳴をあげて尻餅をついた。こんなことされたらスカーレットさんじゃなくても怖すぎる。

 

「よ〜〜〜くもまあ、ずっと無視してくれたわね……。電話にメッセージ、しまいには手紙まで書かせるなんて……トレーナーのくせに、調子に乗りすぎなんじゃないかしらぁ〜〜〜……!?」

 

 なんなの!! おれの声は裏返っていた。そもそもスカーレットさんがおれに何をするつもりなのか全く分からん!! おれなんか悪いことした!?

 

「明日の午後、空いてるわよね。駅前にツラ貸して。1人で来なさい。一応言っておくけど、断ったら……殺すわよ」

 

 スカーレットさんが般若のような顔で言った。ひぃッ!! おれはコクコクと頷いた。ちびりそう。蛇のような目でおれの瞳を覗き込んで、つーっと頬を指でなぞり、スカーレットさんの足元は少しずつ遠くなっていった。

 

 ……ヤバい。おれは明日殺される!!

 

 おれは急いで家に戻り、ゴローの無愛想な鳴き声もそこそこにすぐさま荷物をまとめた。夜逃げをするためだ。しかしゴローを1匹家に残してはいけなかったので、おれは諦めて寝た。すると、なんと布団の上にゴローが乗ってきてくれたのだ!!

 

 おれは興奮を抑えきれなかったが、それ以上に暖かくて幸せな気持ちに包まれ、猫の体重を感じながらぐっすりと寝た。生きててよかった〜。

 

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