ウマ娘の頭悪いサイド 作:パクパクですわ!
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力なき正義は無力であり、正義なき力は圧政である。
そう言ったのはフレーゼ・パスカルというおっさんだ。まさしく金言。人生、いやウマ生を導いてくれる素晴らしい言葉だ。
ふむ。そうは思わんか。
「……当てつけですの?」
それ以外に何かあるものかね。北海道フェアに行くなとあれほど言ったにも関わらず、おまえはじっとしていられなかった。いっそおれはおまえの通帳と財布でも預かっていた方がいいのかね。
「トレーナーさんだって顔を出していたでしょう。同じ穴の狢にとやかく言われたくなどありませんわ」
見張りだよ、見張り。おまえが来た時に、尻尾を引っ張ってでも止めるためにおれは休日返上で張り込んでいたのだ。
「その割には、ずいぶんお腹が膨らんでいたようですけれど」
おのれのボテ腹に比べれば、膨らんでいたとは言えんな。
「……。そもそもの話をしましょう。トレーナーさんが口うるさくカニフェアだとかチーズフェアだとかミルクケーキフェアだとか口にしなければ、きっと私はその存在すら知らなかったのです」
おっと。今度は言い訳か。いいだろう、言いたいだけ言いまえよ。だが忘れてはいけない。パスカル曰く、人間にとって苦悩に負けることは恥ではない。快楽に負けることこそ恥である──だ。
「人間にとっては、ですわ。わたくし、ウマ娘ですので」
少しは最もらしい言い訳をしたまえ。名言とは霊長類ヒト科だけに向けたものではない。心ある生き物への言葉だ。
「では聞きますが、あなたのBMIはどれだけ増えましたか?」
くだらんな。BMI指数なぞなんの医学的根拠もない。あんなもので本質は測れんよ。
「言い訳は結構です。増えたのでしょう?」
……。おれが多少重くなろうと、おまえには影響がない。
「では約束通り、ペナルティを執行します」
そういう態度を取るのなら、おれにも考えがある。確認するが、あくまでおれが悪いというつもりなんだな?
「ええ。わたくしはミスをしませんでした。だとするならば、トレーナーさんに原因があるのは一目瞭然です」
言いたいことは全て言え。おれはトレーナーだからな、不満は全て受け止めてやろうではないか。
「ではお言葉に甘えますが、この二週間であなたがわたくしを連れ回した回数は二桁を超えます。食べ放題、スペシャルフェス、フレンチ、そして屋台。はっきりと言わせていただきます。あなたはこのわたくしのトレーナー失格です。今日限りでトレーナー契約を解除させて頂きますわ。追放系ですわ」
何言ってんだか。おれの写真フォルダ見るか? どこを探してもおまえの笑顔しか映ってないが。ほれ、秋祭りの写真だ。浴衣にお面つけて林檎飴、ニッコニコじゃねえか。どうなってんだ。楽しそうだな、おまえ。
「……。それは、その。だって……トレーナーさんがあまりにもはしゃぐから、わたくしもつい……」
……。
話変えようぜ。お互いのために、それがいいと思う。
「ええ、そうしましょう。では……食事制限に関してのわたくしの意見と要望を」
ああ。建設的な意見を期待する。
「わたくしはある程度の我慢をしなければなりません。それは自分でも分かっていますわ、けれどそれには周囲の協力が不可欠です。そして最も重要である、食事メニューに関して……わたくしは、言いたいことがあります」
続けろ。
「ダイエット食品を食べ過ぎる、という本末転倒なことは、そう珍しくないようですわ。カロリー控え目と言っても、それを食べ過ぎてしまったらなんの意味もありません」
ふむ。確かにおれは、おはようからおやすみまでの食事プランを食堂のおばちゃんに提出した。食生活とは生活そのものだからな。だがおかしい点が一つ。おかわりは禁止──おばちゃんには、そう頼んであったはずだ。
太るはずがない。なぜなら、おまえは太るほど食べられるはずがないのだ。おれのプランに穴はなかった。確実に⭐︎ダイエット大作戦⭐︎は成功するはずだったのだ。なぜ失敗した……?
「……。だって……美味しかった、から……つい……」
そうだ。量で満足できるないのなら、質でカバーしようとおれは考えた。メジロの良い教育を受けてきたのなら、質で満足できる気質が育っているはずだと考えて、な。だが結果はどうだ。おまえは秋天前日にしてこの有様だ。もうどうしたらいいのか分からん……。
「あまり自分を責めないでください、トレーナーさん。あなたは十分に使命を果たしましたわ。わたくしが勝てば、何の問題もありません。わたくしを信じてくださいまし」
……いや、良い話風にされてもな。
「問題ありません。やる気十分、勝って参ります」
全て計画通りだ。言ったろう、量より質……おまえの消費カロリーを計算に入れれば、十分な減量が達成できるはずだった。おまえがこっそり隠れ食いをしないように、しっかりと満足させてやる計画だった。
なのになぜ北海道フェアに行った。何がおまえをそうさせたのだ……。
「……トレーナーさんが悪いのですわ」
なんだと。
「わたくし、見てしまったのです。机のメモ……カニ、カニ、カニ……甲羅酒、カニ味噌、カニ鍋、カニごはん……」
……。
「思わずお腹が鳴りましたわ。調べてみたら、出るわ出るわのカニの山……。わたくしというものがありながら、トレーナーさんは一人でこっそり楽しもうとしていたのでしょう? 到底許せるものではない……と」
なんということだ。
……。聞け、マックイーン。
「はい、なんですの?」
おれはな、何も自分のためにカニを買い込みに行ったわけじゃない。理由がある……。質のいいカニが売られていると、その筋から情報があったのでな。
「どの筋ですの……?」
おれは、おまえの一着祝いのために行ってきたのだよ……。あのメモは料理の候補だ。
「……本当ですの? 甲羅酒とか書いてありましたけど」
気のせいだろう……たぶん……。
とにかく、おまえが勝った時のためにおれは色々と買い込んでいたのだ。決して私利私欲のためではない。
「……では、わたくしが勝てば、トレーナーさんはご馳走を振る舞ってくださるのですね?」
まあ、そういうわけだ。
にしても、こいつは少々頭が悪い。春秋天皇賞制覇とかいう偉業を成し遂げたのなら、メジロ家でバカみたいに祝ってもらえるだろうに。それこそカニとか目じゃないくらいの──おれもそこにお呼ばれしないかな。
「……。お祝い、してくださらないんですの?」
ふむ。結果を出したまえ。
「当然です。我がメジロの栄光、そして支えてくださった友人たち、切磋琢磨し合うライバルの皆様に、我が威風を示すため──。わたくしを導いてくださった沖野トレーナー、そして……えっと、一緒に遊んでくださったトレーナーのために」
おいおいおいおい。なんだ一緒に遊んでくださったトレーナーって。どんな扱いだ。遊び仲間みたいになってるじゃねえか。小学生じゃないんだぞ。
「多少体重が増えようと、所詮は誤差です。わたくしの前には、道があるばかり──道の上に転がっている石ころ一つなど、蹴り飛ばして差し上げますわ! おーっほっほっほっほ!」
笑い方……。
ダメなやつだ。負けるやつの笑い方だ……。
ーーー
ライスシャワーは、じっと物陰から彼らを見ていた。
息を殺して、じっと……。
ーーー
天皇賞(秋)が終わった。
ーーー
「……ま」
ま?
「負"け"ま"し"た"わ"ぁ〜〜〜っ!!!」
うん。そうだね、負けたね。
「な"ん"で"で"す"の"ぉ"〜〜〜っ!!!」
……。
もはや、掛ける言葉はない。負け犬(負けウマ)にアンコールなどないのだ。勝てないのなら、黙って涙を呑むほかない……。それが勝負の世界……。
マックイーンはざめざめと泣いている。
天皇賞(秋)。
ライスシャワー、一着。
メジロマックイーン……二着。二着!
「お、お兄さま……ライス、ライスやったよ! ライス、勝ったよ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて嬉しそうなライスがはしゃいでいる。
うめぼしみたいな泣き顔のマックイーンと、晴れやかな笑顔を浮かべるライスシャワー。これが、勝負の世界……!
それにしても容赦がないクソガキである。敗北者の隣で、傷口に塩を塗りたくっているのだ。末恐ろしい話である。
仕方ない……。おれは口を開いた。
マックイーン。天皇賞(秋)の敗北者よ……。
「ぐ"や"し"い"で"す"わ"ぁ"〜〜〜っ!!!」
おまえは、もう帰れ。
「ど"う"じ"で"ぞ"ん"な"い"じ"わ"る"を"い"う"ん"で"す"の"〜〜〜っ!?」
いじわるではない。おれはこれからライスを盛大に祝ってやらねばならん。"マックイーン"は所詮……天皇賞(秋)の……"敗北者"じゃけェ……!
「ハァ、ハァ……ッ、取り消せよ……! ハァ……今の言葉……!!」
……。
だが仕方があるまい。トロフィーは勝者1人だけの手に収まる。カニ鍋は勝者だけが味わえる。そうでなくては、なんのために戦ったか分からんだろう。
1人だけ……カニ鍋を味わえるのは……っ! 勝者のみ……っ! 敗者は去れ……っ! それが道理……っ!
「……カニ鍋、食べたかった……ですわ……」
「お兄さま……ライス、賑やかな方がいいな」
……。あ、そう?
じゃあ……スピカも呼ぶか……。ほれマック、準備を手伝え。
「も……もちろんですわ! なんでも任せてくださいまし!」
秋。
食欲の秋……!
*
ライスシャワーは覚えている。
素敵な場所──そう言って、連れて行ってくれた場所。
「ほれ……どうだ。素敵だろう。たぶん……」
紅葉が散る代々木公園、ピクニック用のシートを広げて周りを見渡せば、視界いっぱいに飛び込んでくる朱、朱、朱──。色鮮やかな秋の色。
「……まあ、何……おれは金がないのでな。あまり豪華なことはできんが……」
そう言いながら、バックから弁当箱を広げていくトレーナー。思わずライスは喜びと驚きの声を漏らした。
「秋といえばピクニック……紅葉……! 定番……っ! 皿と箸……っ! タコさんウィンナー……!」
この紅葉に負けず劣らず、彩り豊かな重箱だ。おそらくトレーナーのことだから、手作りしてきたのだろう。ちょっと信じられない。お店で買ってきたと言われても信じてしまいそうだ。
「では、手を合わせて……いただきます。あ、これお茶ね。熱いぞ」
水筒に用意してきたお茶、持ち運びの簡単なタイプのカップ。トレーナーは自身を天才だと公言して憚らないが、こういったところで非常に庶民的であり、天才らしからぬ生活感にあふれている。いい意味での安っぽさとも言うべきか。
「好きなだけ食べたまえ。信じられんことに、おれは今減量中だからあまり食べん。だからたくさん食え」
ダイエットなど必要ないだろう。むしろ細いくらいだ──トレーナーのことだから、ダイエットなど口実に過ぎないのだろう。メジロマックイーンのモチベーションを上げたり、あるいは自分がこの豪勢な料理を遠慮しないための口実……いや、やはり何も考えていないような気もする。
でも、いいのだろうか。独り占めするのも、なんだか他の人に悪い気がする。
「うむ。おれもそう思ったので、今からでも暇なヤツを呼ぶか?」
……。それも嫌だ。だって二人きりなのだ。アルファードには常に誰かしらが居るので、二人きりの時間など滅多にない。
「ふむ。まあ、いい機会だろう。おまえ、秋天に出るんだってな。聞いたぞ」
……。
「走れるのか?」
トレーナーはそう聞いた。
その疑問も尤もだ。自分が一番分かっている。だけど前に踏み出さなくては。恐れながらでも一歩目を歩かなくては。
「うむ。ならばいい。おまえのやりたいようにやるのが一番だ」
そんな他人事みたいにいうが、散々世話を焼いてくれたのはこの人だ。
「だがマックイーンが出る。勝つのは容易じゃないな」
大丈夫。ライスは勝つ。
「……ふむ。何か根拠でもあるのか」
その目で見て欲しい。
「自信がついたな。成長した」
……顔が赤くなっていないだろうか。大丈夫かな。
「楽しみにしている」
……大丈夫。ライスは勝つ。
ライスが勝つところを、あの子たちに見せてあげるからね。お兄さま。
「おれはお兄さまではない。トレーナーと呼べ」
やだ。
「やだって言わない」
やだもん。ライスのお兄さまはお兄さまだもん。
「違う。それは存在しない記憶……」
お兄さまはそんなこと言わない!
「脹相じゃないんだぞ。っていうか今週のジャンプ読んだ? やばくない?」
うん。すごかったね────。
とか話しながら、楽しいひとときが過ぎていく。
秋天が来る。すぐそこにやってくる。
ライスは勝つ。
必ず、勝ってみせる。
・ライス
半年早くマックイーンをたおした
かわいい
・マックイーン
敗北……っ! 地下労働5千年……っ!
・トレーナー
ダイエットの結果、500g体重が減った