ということがあってな、ホントにどうするよって感じだ。
「……激ヤバだよ、もう」
テイオーが頭を抱えている。おれはキーボードをカタカタと打ちながらチラリとテイオーを見た。練習上がりなんだから帰ればいいのに……。
「もうめちゃくちゃだよ……もうめちゃくちゃだよ!!」
テイオーは2回言った。そうだよもうめちゃくちゃだよ。おれは口でそう言いながらも手元の仕事を片付けた。イヤ、片付けるしかなかった。お姫様とマックの件は放っておくともっと面倒なことになるが、それとは別におれには通常業務がある。あのゆるふわが持ち込んできた奇怪なライブのこともだ。帰りてぇ〜。
「……トレーナーの好感度を下げよう」
……どういう意味? おれは作業の手を止めた。
「トレーナーはさぁ、ちょっとなんか……ウーン、要はさ、いろんな子に手を出したせいでこんなことになってるじゃん」
そんなことでいちいちおれに反論させてくれるな、テイオー。
「トレーナーへの……好感度をいい感じに調整したら、たぶん、なんとかなるよ」
なんだと……?
「マックイーンの件もそうだよ。イヤ、トレーナーはマックイーンの想いに……応えるかは、まあ、トレーナーが決めればいいと思うし、流石にそこは誠実であって欲しいけど、もうそんな眠たいことやってる段階じゃないんだよッ!!」
ど、どうした、急に怒るなよ……。
「そういうのいいから! 話が進まないでしょ!? 建設的な話をしよ!?」
お、おう。おれはテイオーの勢いに負けた。コイツは一応第三者のはずだが、まるで当事者のような危機感で捲し立てる。
「トレーナーはさ、ちょっと好感度を稼ぎ過ぎたんだよ。もう一周回ってあざとい。わざとやってるんじゃないかって疑ってるよ、ボク」
……し、心外だ。おれはかろうじてそう言ったが、それ以上にショックを受けていた。そんな風に思われていたのか? あざといってなんだよ。哲学か? おれはテイオーの発言の一つ一つに反論しようとしたが、キッと睨まれたので黙らざるを得なかった。
「ハァ……こんなこと、いちいち説明させないで。トレーナーさ、誰にでも優しくしちゃダメだよ、勘違いされるでしょ」
おれはテイオーの発言の一つ一つに反論しようとしてグッと堪えた。言っている内容はともかくとして、こんな状況になったのはおれにも責任がある。イヤ、これはおれに責任感が芽生えたとか自覚が生まれたとかそういう話ではない。
昼飯を食い損ねたとして……仕事なりに追われて、食う時間もなかったとして、確かに急に押しつけられたせいでそうなったとして、しかし断らなかったのはそいつだ。更に言えば、押しつけられ得る人物と認識されていること自体、そいつの問題だ。
この世の不利益は全て当人の能力不足。東京喰種は残酷な真実を教えてくれるのだ。詰まるところ、状況や偶然があったにせよ、おれがこうなっているのはおれの責任だ……しかし、極論では、という但し書きを付け加えることを許してほしい。
こういう一極化された自己責任論は……それほど好みではない。極度の能力主義は大事なものを取りこぼす。そういうのはやりたい奴がやればいいのであって、おれはゴメンだ。しかしこの論法は一定の真実を突いている。不利益を被った側は無罪ではない、ソイツはそうなった要因の一つだ。だが……
……冗談ではない。何度でも言わせてもらうが、おれは面倒はゴメンだ。付け加えれば、トレセンの生徒のようなガキどもとのランデブーだかロマンスだかにカケラの魅力も感じることはない。おれにも一応大人の倫理感ってモンもあるし、何よりおれは年上の方が好みだ! おれは長々と思考した結果、派手に好みを叫んだ。
「口でそういうこと言っても、結局こうなってるじゃん! いいから、ちゃんと真面目に考えてくれる!?」
いや、なんでおまえが必死になるんだ?
「あのね! 言ったでしょ、ボクはマックイーンに脅されて、色々言うこと聞かされてるの! ボクが何されてると思う!?」
……イヤ、想像もつかんな。
「まずパシリだよ。有名スイーツ店の行列に並ばされて、限定スイーツとか買わされたり……この前のやつとかもだよ、トレーナーの本音を聞き出してきなさいとか言われてさあ! あのあと罰ですわとか言ってマックイーンの分の宿題やらされたし! めんどくさい!」
そ、そうですか。宿題やらせるのは、普通によくないな。後で叱っとこう……。
「でもマックイーン、しばらくは大人しくなるはずだったんだよ。この前の件で、ネイチャがマックイーンに恐ろしい説教してくれたから、ネイチャに怯えて、それこそしばらくの間はおとなしーくしてる……はずだったのに! なんでそんなことになってるのー!?」
そうなの? おれの知らないところで人間関係が更新されている……ネイチャはホント誰にでも強いな。おれにも強いし。
「何を呑気に……! ボクが巻き込まれるんだよ! トレーナーのせいでマックイーンのご機嫌は冬のベーリング海みたいになってるんだからね!?」
例えが分からん過ぎる。オイやめろ、おれにツッコミをさせるな! それはアレか!? 水面が激しく荒れてるからってことか!?
「そうだよ! マックイーンはご機嫌が悪くなるとボクを呼び出して、マックイーンのいいところを10個くらいボクに言わせるんだよ! もうネタが残ってないよ、助けてトレーナー!!」
おれはなんか、テイオーを不憫に感じてきた。弱みを握られて完全に犬になってしまったとはいえ、ここまで酷い仕打ちを受けることもないだろうに……。
「……それもこれも、トレーナーが元凶でしょ。ボクがマックイーンに脅される原因は、トレーナーに差し向ける手駒としてボクがちょうどいいからなんだよ。だからトレーナーの好感度を下げておこうって言ってるの、分かってくれた?」
……ああ、分かった。
おれは正直テイオーが何を言っているのか分からなかった。コイツはちょっと追い詰められていて、所々に論理の飛躍が見られる。しかしそれを指摘はするまい。
それに……自分で言うのもなんだが、おれはどうも、ガキどもに過大評価されているというか、期待され過ぎている。別にそれに応えるのもやぶさかでもないが、だとしても正常な評価からズレているのは健全ではない、修正は必要だ。
具体的にどうしたらいい?
「……今からマックイーンを呼び出すなりして、話をして」
……まあ、そうよな。おれはハァとため息をついた。仕方あるまい。
「これ、片耳につけといて。小さいからバレないと思うけど、一応気をつけて」
テイオーが小型のワイヤレスイヤホンを差し出した。イヤホン? 何に使う……何の……イヤ……待て、こ、コイツ……まさか……嘘だろ……!?
「トレーナーの服に仕込んだマイクで音声は拾える。リアルタイムで、何を話したらいいか指示するよ。トレーナーはただ、変に反抗したりせず、ボクの言う通りにして」
待て……なんでおまえの指示に従わなきゃならんのだ……!? おれは薄々察していながらも、一応そう聞いた。
「トレーナーがおんなじ風に話しても、おんなじ結果になるだけだよ。分かってるでしょ、もう自分じゃどうにもならないところまで来てるって。だからボクがやるんだよ」
ハッキリ言っておれは観念した。それはその通りだったからだ。おれは今更自分の性格を変えることなど出来ないので、行動の結果もそれに従うことになるだろう。そうならないためには外部からの強制力が必要で、テイオーは自分がそれをやると言っている。妥当な……発言だと、認めざるを得なかった。
テイオーの影はゆらりと揺れていて、幽霊のように存在感がない。しかし瞳に込められた意思はおれに反論を許さない。おれはゴクリと唾を飲んだ。おれはこれから……テイオーの指示のもと、マックイーンに完膚なきまでに嫌われなくてはならない……!
……パシフィック・柊木……開幕ッッ!!!
-
ということでマックを呼び出したぞ。やったあ。
「……」
マックはソワソワしている。しかし単に落ち着かないというより、どうも物憂げな表情だ。まんじゅうらしくない神妙さである。……テイオーからの指示はない。おれは口火を切った。
よう、マック。クッキー食べる?
「……」
マックは無言でクッキーに手を伸ばした。食うのか……。
『フー……よし。今からボクが言うことを繰り返してね』
おっと……。テイオーの言いなりってのはちょっと気になるが、おれが自分でやっても同じようになるだけだ。ここはそういう実験だと思って従ってみることにする。
『マックイーン、最近食べ過ぎだよ。ストレス発散なのは分かるけど、太り過ぎると嫌われちゃうよ?』
……マックイーン。最近食べ過ぎだぞ。ストレス発散なのはわかるが、太り過ぎると嫌われるぞ。
「なんなんですの!! 自分で勧めておいて!!」
マックはびっくりした猫のようにいきりたった。まあそうなるよな……どうするんだこれ、テイオー……? 追加の指示はなさそうだ、ここはアドリブる。
いや、悪いな。冗談だ、おまえは食べるの大好きだもんな。
「なんなんですの!?」
おれは内心でマックに謝った。本当にすまんと思っている。結局マックはため息を吐き出してクッキーを齧った。ああ、食うは食うのね……。
「……それで、浮気者が何の用ですの」
『マックイーンの婚約者になった覚えはないよ』
マックイーンの婚約者になった覚えはないぞ。
「……トレーナー。一度、認識のすり合わせが必要でして?」
そうね……。おれは今更気まずい顔もできず、無表情でそう言うしかなかった。コイツの……認識がわからない。
「いいですこと。言っておきますけれど、これは私なりの譲歩ですのよ」
……?
おれはマックの言葉をよく咀嚼して理解に努めたが、やはり分からなかった。真面目な顔をして首を傾げるおれにマックがバンと机を叩いて立った。
「やっぱり分かってないではないですの!! テイオー!! トレーナーなら分かってくれるよとか言ってたくせに!!」
……テイオーが、なんだって? オイ……おれは小声でテイオーに聞こえるように囁いた。マックに聞こえないように、しかし可能な限りの詰問の感情を込めてだ。
『イヤ違うんだって! もう強制だったでしょ、ボクにそう言わせたんだよ!!」
おれはテイオーの言葉をそのままそっくり繰り返した。
「言わせたってどういう意味ですの!? むしろ誘導してたでしょう!? 内心では面倒ダナーとか思ってたに違いありませんわッ!!」
『思ってたよ!! そりゃそうでしょ、いつまで立っても自分の部屋に帰んないから!! ボクはもう寝たかったのに、いつまでもダラダラ喋ってるから!!』
おれはテイオーの言葉をそのままそっくり以下略。
「何ですって!? トレーナー!! テイオーがそう言っていましたの!?」
……あっ、おれか。一応おれがマックと話してるテイだったっけ。えー、まああれだ。ウン……言ってたぞ!! おれはヤケクソになった。どうせ吐いた唾は飲めないのだ、着地点が不明なまま突っ切るしかないか……。
「トウカイテイオー!! ゆ、許しませんわよ……!!」
マックイーンはフリーザ様のように怒りを立ち上らせている。このまま部室を飛び出してテイオーに突撃しかねない……こりゃマズいな。ところでマックよ、さっきの言葉の意味だが。
「トレーナーッ!! テイオーはどこにいるんですの!?」
聞いてもないみたいだ。マック! テイオーのことは一旦後回しにしてもらってもいい!?
「……。いいでしょう。テイオーにはより屈辱的な罰が必要ですが、こちらを先に済ませましょう。トレーナー!! いいですこと!?」
おれはとりあえずマックの言い分を聞くことにした。
「お祖母様が言っていたでしょう。その、貴方のやろうとしていることに、我がメジロ家が後援する条件として、私と……結婚しろ、と……」
言ってたね、医療部の件ね。あのババアマジでさあ、自分の孫を人質に取って好き勝手言いやがってさぁ。あれ相当だぞ、おまえも怒っていいぞホントに。
「お祖母様にその様なこと出来るはずがないでしょう。それに、別に……これでも恩義は感じていますのよ。お世話になったトレーナーの力になっても、バチは当たりませんわ」
……おれは言葉に詰まった。じゃあ何か? コイツは一応、おれの助けになるために、婚約がどうのとか言ってるわけ? ええ……ちょ、ちょっとテイオー。おれは今からコイツに色々酷いこと言って嫌われないといけないわけ? ホントに言ってる?
『マックイーンの助けなんていらないよ、どうせ役に立たないんだから。大体そんなのテイのいい言い訳でしょ、ウキウキだったくせに』
お、鬼か……? おれは震えた。テイオーの深い恨みが垣間見える。意趣返しだ……それをおれの口から言わせるのか? おれもテイオーの恨みを買ってるのか……? 買ってるか、そりゃ……。
おれは観念して以下略。すまん、マック……。おれはふぅっと息を吸い込んだ。
オメーの助けなんていらねーよ!! どうせ役に立たない上に、今回の噂のせいでおれァロリコン認定待ったなしじゃねーか!! ホントに警察呼ばれっぞ!? お姫様宥めんのめっちゃ大変だったぞ!? おン!?
「ひっ、ひどいですわっ!! どうしてそんなことを言われなくれてはいけませんの!?」
マックは涙目でぎゅっと自分の体を抱いた。イヤホンからテイオーのドン引きしている声が聞こえる。
『い、言い過ぎじゃない? 別に、そんな言わなくても……』
おれはもう自分の感情が分からなくなっていた。おれは……コイツのことをどう思っている? 憎からず思われているというのは……はっきり言って困る。だって無理なもんは無理だ。その上、ただでさえややこしいおれの人間関係がどうにかなっちゃいそうなイベントを起こされると……どうにかなっちゃいそう!
「私だって、トレーナーに手間をかけるばかりでは面目がないではありませんの! それなら、せめて貴方を手助けするための、手段として……!」
ぬあーーーーーッ!! おれは発狂した。叫びながらガンと頭を机を叩きつける。どうにかなっちゃいそう!
『と、トレーナー!! しっかりして!? マジでどうしたの!? 何!? ついに頭おかしくなった!?』
「トレーナー!? ついに頭がおかしくなりましたの!? だ、大丈夫ですの……?」
マックが心配するようにおれの近くに寄ってくる。おれは顔を上げてマックの顔をまじまじと見た。奇行に出たおれに対する怯えと心配が入り混じっている。全くコイツは可愛いまんじゅうだ、甘ちゃんで努力家で、優しくて……おれは……傷つけられるか?
コイツを……裏切れるか……!?
ガラッと扉が開いた。
「こんばんはー。トレーナーさん、まだお仕事してるんですか? ……、……えぇ、どういう状況ですか、これ?」
め、面倒くさくなりそうな状況で、面倒くさそうなヤツが……。おれの視線に気がついたのか、恐る恐るクソガキが歩いてくる。
『え、キタサン来たの……? や、やばい……どうしよう……』
おれは以下略。
「……やましいことしてました? あとなんか、大きな音聞こえましたし、おでこ赤くなってますけど……ホントにどういう状況なんですか……?」
『ちょ、トレーナー! 察してよ、何でもかんでも繰り返さないでくれる!? 今のはひとりごとだから!』
ワガママなクソガキの喚き声を耳元に感じながら、おれは思考を放棄した。弁解も説明もするつもりはなかった。おれがおれの思考で動くとロクなことにならない。おれは完全にテイオーのマリオネットとして一貫する。スンと表情を消して呆然とした。
「……マックイーンさん。トレーナーさんは……一体……?」
「え、ええと……頭がおかしくなってしまいましたわ……」
「いつもそうだと思いますけど……」
ンだとコラァ!! おれは机をぶっ叩いて立ち上がった。言うに事欠いて、このクソガキァ!
『キタサン最近ちょっとおれにベタベタしすぎだぞ』
テイオーがおれの口調をマネて言った。そことなくイラっとする声真似だったが、おれはスンと感情を消してテイオーの言葉を繰り返した。以下略。
「……そ、そんなことないですし……あと、ホントにどうしたんですか。テンションめちゃくちゃですよ……」
口調が弱々しいのにつけ込んでか、マックイーンが威勢を上げた。
「そのことですわ! アルファードのメンバーがトレーナーの自宅に泊まり込んでいるって本当ですの!?」
『え、ボクそれ聞いてないんだけど。どういうこと?』
話がややこしくなってきた。おれは耳元と目の前から同時に質問されている。おれはテイオーの言葉を繰り返した。
「……さっきから妙だと思っていましたが、トレーナー……あなた、テイオーのような喋り方ではありませんの?」
『やばッ。トレーナー、いい感じに誤魔化して!』
おれは自己とテイオーの曖昧な境界線の中で反復横跳びした。おれはトウカイテイオーです。
「……トレーナーさん、仕事のし過ぎでついに頭がおかしくなっちゃったんですね。かわいそう……」
キタサンがおれを憐んでいる。おれはなぜか泣きそうになった。一体おれは何をしているんだろう。実際おれはちょっと頭がおかしくなっている。おれにとっての安息の時間はゴローと触れ合っている時だけで、そして家には帰れないどころか、こんな小娘に嫌われるために訳のわからんことをしている……。うっ、ううっ……。
「な、泣いて……何故泣いてるんですの……?」
「さっきから言動がおかしいとは思ってましたけど、ちょっともうダメかもしれないですね……」
キタサンは優しくおれを抱きしめた。柔らかい温かさがおれの体を包む──抵抗する気力もない。おれは本格的にダメだ。ここのところ朝までぐっすり眠った記憶がなく、そんなことを続けていれば神経も精神も限界だ、自覚している。
……暖かい──
『……これはもうダメだね。中止です、中止』
おれの体に手を回していたキタサンの耳がぴくりと動いた。
「……テイオーさんの声? ……イヤホン? トレーナーさんの耳に……? あー……」
小さく、囁くような独り言。
「──そういうことですか……」
小さな、小さな声だった。しかしおれは無性に怖くなった。思わず涙が引っ込むぐらいには、こう、なんだろう。恐怖というか、チラリと横目で見えるキタサンの表情が、あまりにも冷たすぎて、言葉を飲み込むしかなかった。……ヤバ、い……か……?
『え、何……?』
……テイオーは気が付いていない。何故ならテイオーに伝わっている情報は音声だけで、そしてピンマイクがおれの胸の辺に隠しているためだ。
「……ちょ、ちょっと! いつまで抱きついてますの!?」
マックもだ、誰も……今の状況を理解していない。おれは……どうするべきなのかの判断などまるでつかなかった。こ、怖いぞぉ……。
「……ああ、ごめんなさい。でも、誰かにこうやって抱きしめてもらうと、すごく安心できるんですよ、トレーナーさん疲れてたみたいだったから。マックイーンさんにもやってあげましょうか?」
「気持ちだけ貰っておきますわ」
キタサンとマックの視線が交錯する。は……はわわっ! おれははわわした。
『……もう! どうしてこうなるわけー!? もう嫌われるどころじゃないんだけど! 台無しだよー!!』
耳元で呑気にテイオーが叫んでいる。
「……ああ、そういえばあたし、用事を思い出しちゃいました。もう行かないと」
あ、ああ。おれは結局、キタサンが何の用で部室に来たのか聞けずじまいだった。朗らかな声だったが、その根底は冷え切っていて、それはもう震え上がるほどの……怒りが、込められていた。
キタサンがどこに向かったのか、おれには分かった。根拠はない、根拠はないが、直感的に……テイオーを探しに向かったのだと、思った。何のためにとかは分かんないが、多分これからテイオーは、静かにぶちギレたキタサンに何かをされることになるだろう。具体的にそれが何かは分からん、分からんが……。
……すまん、テイオー。本当にすまん、今回はおまえあんまり悪くない。おれはテイオーにだけ聞こえる程度の声量で呟いた。
『え? トレーナー、なんて?』
そうしてイヤホンもマイクも外して、おれは緊張を解いてマックに言う。
腹減ったな。メシでも行かね?
「! ええ、もちろんですわ! どこに連れて行ってくれますの!?」
そうだな、今日は……──
言いながらドアに向かって歩き出す。イヤホンからはテイオーの声が漏れていたかもしれないが、その声ももう聞こえなかった。