ウマ娘の頭悪いサイド   作:にゃんこぱん

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ずるいです……ずるいですわ! ゆ……許しませんわよ……

 もっとも、猫が半径3m以内にいるだけでリジェネが働くというこの世の仕様上、おれはノーダメージどころか心安らかなのは間違いなかった。間違いなかったのだが……おれは皿を洗う手を止めず、隣で同じく食器の後片付けをするアヤベをチラリと見た。

 

「……どうしたの?」

 

 ……イヤ、なんでもない。カレー美味かったよ、ごっそさん。

 

「……そう。なら、よかった」

 

 無表情で分かりづらいが、安堵の微笑みだったと思う。おれの勘違いでなければだが。おれは洗い終わった皿をラックに立てかけた。

 

 こと、アドマイヤベガに対し……おれは今だに遠慮を抱え続けていることを自覚している。それは単一の理由でそうなっているのではない。複合的で……一言では表せない。そもそもギャグ時空が通用しないので対応が難しいのだ。おれにとって、シリアスほど苦手なものはない……

 

「……あなたが作る料理には勝てないかもしれないけれど、私も練習しているの」

 

 ……イヤ、自分で作るより、人の料理のがウマいよ。

 

「そう? ……そうね。確かに……私にとっては、あなたの作ったカレーのほうが、美味しかったもの」

 

 アヤベは小さく口元を綻ばせる。感情をあまり顔には出さないと思われがちだが、以外と感情表現はする方だ。嬉しければ……小さく微笑む。怒ればチクチク言葉を言ってくるし。

 

 別にアヤベのことをバカにしているとかではないが、料理をするイメージはなかった。実際意外に思っている。大して使ってもないおれの家のキッチンには、買った覚えのない調味料が並んでいることだし。

 

「この家に来るようになって始めたの。学食で済ませてもよかったけれど、いずれは一人暮らしになるでしょうし、練習として」

 

 しっかりしてんなー……。おれは嘆息した。一人暮らしか、コイツも……いずれはトレセンを卒業して、自分の進路を決める。その手の話についてしたことはない──しかし、今ではおれはコイツの担当トレーナーだ。自己責任だと断じて放っておくってのも、ちょっと躊躇われる。奇妙な心地だ、幼馴染の進路だかに口出しする立場ってのは。

 

 おれは最後の皿を洗い終えて台所の水道を止めた。家事も済んだし、ゴローと気が済むまで戯れるとしよう。いまはあのクソガキがゴローの注意を引いているが、まずはその立場を奪い返さねば……ところで、一応確認なんだが、まさか泊まっていくとか言わないよな?

 

「? ええ、当たり前でしょう?」

 

 コイツが常識人で助かった……。もうその手の出来事はお腹いっぱいだ、本当に安心する。久しぶりに家のベッドで寝れる事が分かって、おれは安心した。

 

 ゴローだが、ベッドの総面積に対しては小さすぎる体で、フカフカの毛布の上を占領していた。なんてふてぶてしい。おれはベッドに近づくと、穏やかにゴローを撫でているクソガキの肩を掴んで横に退かした。どきな、そこァおれン特等席だ。

 

「お兄ちゃ〜ん〜? な〜にするのかな〜? 今は、カレンが、ゴローちゃんを撫でてたんだけどな〜」

 

 知らん。撫でさせろ。

 

「へ〜。そういうことするんだ」

 

 クソガキがガッとおれの手首を掴んだ。痛くはないが、しかし逃がさないという強い意思を感じる。おれは鼻で笑った。どうするつもりだよ? 

 

「どうせ撫でるんなら、カレンのことを撫でたらいいんじゃない?」

 

 撫でたらどいてくれる?

 

「やだ」

 

 じゃあどけこのヤロウ! おれは狼のごとくクソガキに襲いかかった。人を舐め腐ったクソガキにはオトナの怖さを教えてやらねェとなァ!!

 

「きゃー! こわーい! アヤベさん、助けてー!」

 

 アヤベは腕を組んで、眉を顰めている。どうしようもない人間を見下す目だ。

 

「ウマ娘に襲いかかるトレーナー……事案ね。言い訳のしようもない。通報するわ」

 

 おれは正気に戻った。絵面がやべェ……通報は勘弁しろ! お前らを家に上げてる時点でかなり危ういってのに!

 

「……。本当にどうしようもない。反省という言葉の意味を知ってる? 何回同じ過ちを繰り返せば気が済むの?」

 

 ……ほんとそれな。おれはマジレスされて凹んだ。なんか謝りたくなってくる。すいません。

 

「結局口だけなのね。散々カレンのことを邪険にしておきながら……中途半端な態度。あなたのそういうところ、とても良くないと思う」

 

 おれはマジレスされて凹んだ……イヤ待て、中途半端な態度だ? そりゃ勘違いだ、おれァなあ──

 

「言いたいことがあるなら、まず、カレンの上から退いた方がいいでしょう。それとも、とぼけた顔して心の中では、カレンを襲いたいと思っていたの?」

 

「怖いよー! カレン、お兄ちゃんに襲われちゃうっ! ……ちらっちらっ」

 

 おれは猫のマネをすることでこの場を切り抜けようとした。にゃ〜ん……。

 

「は?」

 

 ……し、信じられないほど真顔だ。イヤだな〜、違うんですよ。場を和ませるための、小粋なジョークってヤツで……。

 

「そこに座りなさい」

 

 遠慮します。

 

「──今すぐこの家から叩き出されるか、そこに正座するか、選びなさい」

 

 正座します。おれは正座した。こんなクソ寒い時期の夜中に叩き出されたら本当に凍え死んでしまう。そしてアヤベは怒っており、本当にやりかねない。

 

「あーあ、怒らせちゃった。カレンしーらないっ!」

 

「カレンもよ。正座しなさい」

 

「えっ……」

 

 なんだと……? どうやら意外な光景が見られるらしい。

 

 おれとカレンを正座させ、アヤベはベッドの端に座って足を組んだ。そして冷たい顔でおれたちを見下ろし、にゃーんと鳴いて額をすり寄せてくるゴローを撫でた。なんかゴッドファーザーみたい。悪の組織のボスが猫を飼ってるヤツみたいな……。

 

「……私がどうして怒っているか、分かる?」

 

 …………。

 

 実のところアヤベは、あまり他人に期待するということをしない。それは他者を見下しているからとか、そういうことではなく、他人が自分に関心を払っていると思っていない。それは自己評価が低いということで、そのことで他人に理解を求めない訳だ。

 

 自分のことを理解してもらうためには、必ず言葉で説明しなければならない──そんな当たり前の思考を、アヤベは持っている。そのため、こういう風に無条件の理解を求めるような口ぶりは……イヤ、もう表現を選ぶのはやめよう。とっても面倒な質問だった。おれは言った。言われなきゃわかんねェな。

 

「あなた最近、口が軽いと思う」

 

 ……意図を図りかねる。分かるように言ってくれ。

 

「思っていることをなんでも口に出すものではないでしょう。少しはどうなるか考えてから行動に移したらどうなの」

 

 正論だ。正論だが、もう正論も聞き飽きた。そうできるならそうしている。イヤ、本当に。

 

「お兄ちゃんは最近ちょっと投げやりだよね。張り合いがなくってつまんない」

 

「……それとカレン。あなたはケイにひっつき過ぎよ。甘えるのもほどほどにしなさい」

 

「そうかな〜。それに、甘えちゃダメなの? どうして〜?」

 

 オイ、そいつのどこがおれに甘えてるって? おれの言葉は無視された。

 

「それは、その……ウチのトレーナーに妙な噂ばかり立ってしまうでしょう。そこの人の仕事は一応、トレーナー関係だけではないのだし、学園内での評判を落とすのは、アルファードの活動にも影響が出るかもしれないでしょう」

 

 おまえ今、おれのことを、"そこの人"って言ったか?

 

「妙な噂って、具体的には〜? 具体的に、何が、というか誰が、どうなって、そうなるの〜?」

 

 どうせ言わなければならない予感がしたので先んじておれは叫んだ。誰がロリコンハンマーだッ!! 違うッつッてンでしょうがッ!! しかし2人ともツッコミすら入れてくれないので、おれは幼児性愛者ではないことを勝手に叫んだ変な人になってしまった。

 

「トレーナーとウマ娘が、その、交際関係にある……とか、そういう疑いをかけられることよ……」

 

 アヤベはちょっと照れながら呟いた。すかさずクソガキがニッコニコになって調子よく言う。

 

「はいはいはい! そうやって疑われるのが良くないなら、本当のことにしたらいいと思いますっ!」

 

「……だ、そうよ。ケイ。カレンに好かれているようね、良かったじゃない」

 

 あまりにも急に話が飛んできてびっくりしてしまった。おれは正直、コイツらは一体いつになったら帰るんだろうかとか思っていたので、まだやるのかと面倒な気持ちになった。言い訳をする前に、まずおまえはおれの言い分をまともに聞く気ある?

 

「ある訳ないでしょう」

 

 オオイ!! アヤベ! テメェ!! 人が黙って聞いてりゃふざけたことばっか言いやがってよォォォ!! おれはキレた。ハッキリ言ってコイツは昔馴染みという関係性に甘えて、おれが何言っても怒らねえと思ってやがる。

 

 いいですかあ!? 事実は事実、噂は噂! 人の噂は七十五日! そもそもなんでおれぁ叱られてんですかね! なんか迷惑かけましたかァ!?

 

「まず、帰ってくるなら連絡を入れなさい。今日はたまたま多めに作ったけれど、いつもそうしている訳ではないし、準備が必要でしょう」

 

 カーチャンか!! オメーは!! おれは頭がおかしくなりそうだった。おれはもはやコイツらと……コイツと、どういう関係を保ちたいかすら分からなくなってしまった。準備ってなんだよ!? 別にそんなんいらんから!!

 

「あなたね。一応は私だって、年頃なのよ。片付けや掃除……見られたくないものだってあるわ」

 

 が……学生寮でやれ……そういうのは……ッ!! そういうのをこの家に持ち込むのやめてくれるか!? 大体見られたくないものってなんだよ!?

 

「あー。ダメだよお兄ちゃん、そういうのデリカシーないよ」

 

 おれは怯んだ。クソ、デリカシーとかいうよくわからん良識を盾に、好き放題言いやがる……!

 

 ……男女の性差というものにはとことんデリケートな領域がある。イヤ下ネタとかそういうことではなく……おれは単に、男というだけで、その手の問題に無条件で口出しが出来ない。いや……別に、口を出したいとかそういう訳ではなく……。おれは自分に向けての言い訳を続けていた。

 

 ……じゃあ教えてくれよ。その、見られたくないもんとやらが何かは聞かんけど、おまえが隠しときたいもんがある場所というかその、なんていうの。トラブルにならないように……。

 

「……クローゼットは、開けないで」

 

 無茶言うなよ……おれん家だぞ……。おれは途方に暮れた。

 

「ず、ずっとじゃない。すぐ持って帰るから……」

 

 ……おれはなんとも言えない気持ちになった。コイツはなんでそんなモンを持ち込んで……そもそも何を……だがそれを聞く訳には……。

 

「はぁ〜あ。まどろっこしいな〜。あのね。アヤベさんは、お兄ちゃんの家に着替え一式置いてるんだよ」

 

 なんだと?

 

「か、カレン!」

 

 イヤ……別に、まあ、いいんじゃね? それがどうした?

 

「も〜。ニブいな〜。だから、その中には肌着とか下着とかも入ってるの。そういうのを見られたくないって言ってるの、アヤベさんは。わかった?」

 

 はァ? イヤ、パンツだのなんだの、単なる布だろ。何を大げさな……。おれの反論の言葉はだんだんと小さくなって行った。アヤベが赤くなっておれを睨んでいたからだ。

 

「……とにかく。クローゼット開けたら、ゆ、許さないから……!」

 

 ハイハイ分かったよ。開けません。もういいですか? ゴローと戯れタイムに入りたいんだが。

 

「あー、ダメだよー。カレンがゴローちゃんと遊んでたんだからねー」

 

 うるせーな。イイ子はお家に帰る時間だ。さっさと帰れ。

 

「カレンはワルい子だから帰らなくていいの〜」

 

 ああもう。アヤベ、赤くなってるとこ悪いんだが、コイツ持って帰ってくれ。相部屋だろ。

 

「……何を言ってるの?」

 

 相部屋としての責任を持って、コイツを抱えて帰ってくれるとありがたいって言ってる。いや、別に今すぐ帰れとは言わんけど。遅くなる前に寮に帰った方がいいんじゃないか。門限とかあるだろ。知らんけど。

 

「もう外泊申請も出したし、別に帰る必要もないけれど……」

 

 ……。エ?

 

「え? えっと、だから。私とカレンは、このまま泊まって行くつもりだと言っているの」

 

 ……は? イヤ、ベッドは一つしかねーぞ。

 

「ええ。でも2人ぐらいなら一緒に眠れるし……」

 

「カレンがアヤベさんに甘えたくて、お願いしちゃったんだ〜」

 

 イヤ、おまえらの仲が良いのは分かったが、おれはどこで寝ればいいの?

 

「……野宿でもしたら?」

 

 は、話が変わってきたぞ……。おかしいな、コイツらはおれの家を完全無料の公共ホテルだと勘違いしている。そうではない。家の名義人はおれだ。印鑑もちゃんと打った。公共料金代を払ってるのもおれだ。もちろん家賃を払っているのも……。

 

 ……おれは……どうやら……腹を割って、話す必要があるらしい。

 

「アヤベさん? もっと素直にならなきゃダメじゃない? 冷たいね〜。素直じゃないのはお互い様だね?」

 

「……野宿は言い過ぎたかもしれないわね。床で寝てもいいわよ」

 

 ひとつ聞きたいんだが、おれは自分のベッドで寝る権利があると思わないか?

 

「もちろんあるよ? お兄ちゃんのお家だもん。好きにしたらいいんじゃない?」

 

 おまえに味方されるとちょっと気味が悪いが……。アヤベよ。おれの記憶違いでないならば、さっきおれと話してた時言ったよな。泊まって行くとか言わないよなに対してええ当然でしょうとかなんとか。

 

「……? いえ、当然泊まっていくに決まっているのだから、わざわざ答えるまでもないという意味だったのだけれど……はぁ。どうして分からないのかしら」

 

 にゃぁ〜。

 

「お、お兄ちゃんが壊れちゃった……」

 

 おれは猫になった。壊れたオモチャのごとく猫の鳴き真似を繰り返したのだ。正気と狂気の狭間で反復横跳びすることで、コイツらが帰ってくれることを期待した(?)

 

「……はぁ。まったく……悪いけれど、シャワーを浴びてきてもいいかしら」

 

 にゃぁ^〜。

 

「え〜。こんなに寒いのに、シャワーで済ませるのはちょっとイヤかも〜。そうだ、みんなで近くの銭湯に行かない? 大きな湯船に浸かって、体をあっためないと!」

 

「……今から外に出るの? 少し億劫ね……」

 

「おねが〜い。カレン、そういうところ、あんまり行ったことがなくって、行ってみたかったの〜。お兄ちゃんも、いいでしょ?」

 

 構いませんにょ〜。おれはヤケクソになった。もうどうにでもなれッて感じだ。最悪そのまま外のネカフェとかで寝よう。

 

 

 

 

-

 

 

 

 思い返してみれば、テイオーの考えは正しかったかもしれない。手段はともかくとして、方向性は合っているように思う。ガキ共が何を考えているかなど分からんし、分かりたくもないが、どうにも……関心を持たれすぎている。

 

 ハッキリ言って居心地が悪い。無関心の方がずっと楽だ。嫌われたいわけではない、だが好かれたいわけでもない。

 

 おれはロクでもない人間だ。他人をまるで顧みず、自分の考えを押し付け、あれこれと好き勝手にものを言い、反省もしない。しかし性根は甘ちゃんなので、女子供に弱いという特性もあり、実際のところ、そのことに自己嫌悪さえ抱かない。

 

 まったくダサすぎる、それなら最初からいいヤツのフリをしておけば良いものを……。しかし今更、全ては今更だ。

 

 我らがクールビューティーな幼馴染とは複雑な関係だ。過去のイロイロからおれはヤツに負い目があり、一時期は関わらないようにさえしていた。しかしクソガキ1号なんぞを最初の担当にしてしまったのが運の尽きだ。まさか相部屋だとは思わんだろ……。

 

 そもそも……ああいうヤツとは性格の相性が悪い。正論ばっか言いやがって。それでも関係が継続しているのは、単に……昔馴染みだからと表現する以外にない。本当にそれだけだ。

 

 アヤベはおれに対して思うところが数多くあることだろう。口でどう言ったって、何をしたって、過去の過ちが消えることはない。より重要なのは、それに伴う感情も消えることがないという点だ。表面上は普通に見えても、あいつは今でもおれを恨んでいるだろう。

 

 おれはそれをどうにか変えようなどと思ったことはなく、そうするつもりはなく、ただ受け入れるつもりだった。トレーナーを辞めろと言われればそうするつもりだった。幸い……と言っていいかは、微妙なところだが、そうなってはいないが。

 

 そりゃ健康的な関係とは呼べないだろう、ンなことは言われなくても分かってる。しかし人間関係ってのは大なり小なり不健康なモンだろ。人間がそうであるように、人間関係もまた、完璧などと呼べるものはない。それに正月の帰省を経て、おれもちょっとは考えが変わった。まるであいつの死を、いっそ神聖視しているかのようにして、腫れ物を扱うかのようにするのはやめよう、とな。

 

 しかし……アヤベが何考えてるかってのは、正直未だによく分からん。というかガキ共が考えてることは何もかも分からん。下手に突っついて痛い目を見るのはもうゴメンだ。放っておくに限る、本当に!

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 久々に湯船なんかに浸かった気がする。長湯に待たされながら、マッサージ機に沈むという体験も悪くない。休暇ってのはいいモンだ、本当にそう思います。願わくばおれの平穏なる日々が奪われませんように……。

 

 ということで帰り道である。銭湯を出た途端に吹き込んでくる冷気におれは体を震わせた。寒ッ……。

 

「いいお湯だったね。お兄ちゃんも、温まった?」

 

 お陰様でな。ハァ……防寒着ぐらい買っとくんだったぜ。おれはきっちりと防寒対策で全身着込んでいるクソガキを流し見て歩いた。

 

「無頓着すぎるのよ。はぁ……これ、使いなさい」

 

 ホッカイロをもらったぞ。……イヤ、流石に用意が良すぎるんじゃないか?

 

「たまたまよ。まったく……気温予想ぐらい見なさい。それと上着も。風邪をひくわよ」

 

 バカは風邪ひかねえってな。イヤ誰がバカだよ。

 

「まったく……仕方ないんだから」

 

 どうせ帰って寝るだけだろ……ハァ。あのベッドはくれてやるよ。もう好きにしてくれ。

 

「あれ。お兄ちゃんらしくないね。諦めちゃったの?」

 

 あのね……。おれァ疲れてんの。そんなことで言い争うくらいなら外泊します。もしくは部室に帰って寝るっての。

 

「……別に、そんなことをする必要はないでしょう」

 

 なに。やっと寮に帰ってくれる気になったわけ?

 

「そんなわけないでしょう。あなた1人でポラリスの世話ができるとは思えないもの」

 

 ひどい言い草だ。しかしゴローの世話を完全に放り投げているおれにとっちゃ耳の痛い言葉である。もうほんとすいません。おれは雑草以下です。砂になります……。

 

「ねえねえ、そろそろカレンのトレーナーに戻る気になった?」

 

 ならない。ただでさえ手いっぱいなのにこれ以上担当増やすともう無理。特に名前にカレンってつくヤツだけは疫病神だ。

 

「も〜。アヤベさんからも言ってよ、カレンはずーっとお願いしてるのに、酷いと思わない?」

 

「……カレン。あまり、ケイを困らせてはいけないわ」

 

「あ〜っ! なぁにそれ〜! アヤベさんまでカレンを除け者にするの〜!?」

 

「そういうわけではないけれど……。私が口出しすることではないというだけよ。……ケイも、ちゃんと話し合いなさい」

 

 話し合いもちくわもあるかよ。言っとくがアルファードは過去最大にカオスだぜ。今でこそ大人しく見えるがな、そのうち学園中を巻き込んだ大問題を引き起こす可能性すらある。そして1番酷い目に合わされるのはおれだ。同情してくれていいんだぜ。

 

「なにを被害者ぶっているの。チームを作ったのはあなたでしょう」

 

「そうだよ! カレン1人じゃ満足できなかったくせに、都合いいんじゃない?」

 

 ええいうるさい。なにが担当トレーナーだ、バカにしやがってよ。ただの爆弾処理班じゃねーか。こっちはそういうつもりでチーム作ったんじゃねーぞ……。

 

「また担当を増やすのでしょう?」

 

 ……。テイオーのことか?

 

「違うわ。いえ、テイオーさんのこともそうだけれど……シュヴァルグランさんのことよ。彼女、移籍してくるのでしょう」

 

 なぁんでまだ誰にも話してないのに広まってんだよ。言っとくが隠してた訳じゃねーし、別に誘ったわけじゃない、そこははっきりさせておきたい。

 

「本当に、次から次へと良くもまぁ……。どうするつもりなの」

 

 どうするもこうするも……。まぁ……チームの人数増えると、逆に楽になる説まであるな。集団として纏まるので、おれが色々やったりする必要が……なくなったりしないかな、ほんと。

 

「そんなわけがないでしょう……。キタサンの二の舞ね。少し目を離すとこうなる……」

 

「だから言ってるでしょ? お兄ちゃんは首輪つけておかないとダメなんだって。カレンが首輪つけてあげるね」

 

 にゃ〜ん。おれは首輪をつけられない存在こと猫の鳴き真似をすることで意思表示の代わりとした。吐き出す息が白い。

 

 はぁ……分かってるよ、なんもかんも分かってる。分かってるさ……。

 

「ん〜? いや、分かってるつもり、でしょ? でもでも……本当に分かってる? 本当はなんにも分かってないよ? そうだよね、アヤベさん?」

 

「……。ええ、そうね。ケイは……なにも分かってない。ケイの想像力は、ケイが思っている以上に乏しいのよ。そうでなければ、こんなことにはなっていないわ」

 

 はいはい。わーったわーった、よしてくれ。せっかくの週末に小言なんか聞きたくねーよ。まったくどいつもこいつも文句ばっか言いやがって……。どうなりゃ満足なんだ、オメーらは。

 

「それくらい自分で考えなさい。トレーナーなんでしょう」

 

「アヤベさんったらワガママ〜。ねえねえお兄ちゃん、知ってる? 実はアヤベさんがいっちば〜ん、お兄ちゃんに期待してるんだよ〜」

 

「て、適当なことばかり言わないで……」

 

 おれはちらりと背後に目を向けて、少し焦ったような表情のアヤベを見て、顔を戻して歩き続けた。過去の何もかもを知られてるってのはやりづらい。やあねえ、幼馴染ってのは。それでも捨てられないから、結局は……それを、おれが必要としているということなのかもしれない。

 

 

 

 

 しかし現実は非情だ。ドキッ! 担当ウマ娘と一つ屋根の下で!? なんてのは必要としていない。コイツらがおれに譲歩する様子は欠片も見られなかったため、おれはしょうがなくネカフェに行くことにした。気になるマンガを読みふけるプランに切り替えることにしたのだ……ぐえっ!

 

「……どこに行くつもり? 寄り道しないで帰るわよ」

 

 ……いいだろう。最終的にどうするつもりなのか確かめたくなってきたぜ。。イヤに上機嫌なクソガキと、いつも通りに無表情なアヤベに挟まれておれは帰った。そして玄関を開けるとゴローが出迎えてくれた。あまりにも可愛すぎる。いつもは無愛想なくせに、さみしかったのかコイツは〜! かわいいな〜!

 

 しかしそんな風に癒されたのも一瞬だ。おれは床のクッションにドカッと座り込むと、アウターをハンガーにかけている2人を睨んだ。

 

 さて、じゃ、話をするか……。おまえらさ、どうあっても譲るつもりはない感じ?

 

「……実際問題、寝具は一つしかないでしょう。来客用の布団とかも置いてない……そうよね」

 

「お兄ちゃんってば、用意が悪いよ。お友達とか、来たりしないの? っていうかエリさん以外にお友達居るの?」

 

 おれは過去最大級に食らった。や、ヤメロ……。仕事の知り合いは多くてもプライベートの交友関係などほぼ無いに等しいのだ。べ、別に、友達くらいいるし……ていうかいなくても困らないし……。

 

「えーっと、その、ごめんね? なんか……悪いこと聞いちゃった?」

 

「自分を顧みず、仕事ばかりしているからよ。……そういうところ、なんだか茅吹先生に似てきたんじゃない?」

 

 ヤメロ! おれは悲鳴を上げた。冗談ではない……冗談ではない! やめてくれ!

 

「……茅吹先生って?」

 

 ……知る必要もない中年だ。

 

「ふーん……ま、いいや。それより〜、提案があるんだけど〜」

 

 なんだ。

 

「ここのベッド、結構広いし〜……一緒に眠っちゃえばいいんじゃない?」

 

 ドあほう……。検討に値しない言葉だ。やり直せ。

 

「でもそれ以外に選択肢なんてあるかな? お兄ちゃんだって床で寝たくないでしょ?」

 

 おまえらが帰れよ。

 

「イヤでーす。カレン、今日はアヤベさんとゴローちゃんと一緒に寝るつもりなんだもーん」

 

 ハァ……やっぱりこうなったか。おれは結局予想通りになったことを嘆きつつ立ち上がった。快活行こ……。

 

「待ちなさい」

 

 ……んスかァ?

 

「……お金を無駄遣いする必要はないわ。それに、あなたを漫画喫茶のような、漫画だらけの空間に放り込んだら、朝まで読み続けるに決まっているもの。そんな不健康的な生活はダメよ」

 

 はぁ……そうですかねぇ? 既に十分不健康なので、別に大した問題でもないと思いますけどねェ。

 

「……だから、その。今回は……と、特別よ」

 

 アヤベさんは顔を赤くして、チラチラと部屋の四方に視線を逃がしている。ぬぉ〜ん……と、ゴローが就寝の気配を感じ取ってベッドの上に飛び乗った。寝るんでしょ、とでも言いたげな表情だ。とてつもない猫の引力を感じながらも、流石に同衾ってのは……。

 

 イヤ、無理。流石に無理。

 

「も〜。照れちゃって〜。こういうときに、女の子にこういうこと言わせちゃダメなんだよ〜?」

 

 頼むからおれに真っ当なことを言わせないでくれ。ホント、頼むわ。

 

「はいはい」

 

 ……クソガキは寝る支度を始めた。アヤベは妙にウロウロしながらも、同じくそれに続いている。クソ……やるだけやってみるしかない。おれは最後まで抵抗する決意を固めて、寝る前のハミガキをすることにした。その際、洗面台においてある歯ブラシが5、6本ほどあるのを見てしまったが、見なかったことにした……。

 

 

 

 

 

 というわけで、その線を超えてくるなよ。おれは毛布で作った線を指して言った。幸いにも我が家のベッドはお姫様のベッドのようになっており、材料には事欠かなかったのである。

 

「はいはーい。じゃ、寝よっか」

 

「……」

 

 ベッド上に作成した線を区切りとしてスペースを分け、不可侵とする。足先が入ってもアウトだ。そのせいでおれの寝るスペースはかなり狭くなってしまったが、まあ大した問題ではない。

 

「……電気、消すわ」

 

 はい。じゃ、グッナイ……。電気が消えて目を閉じた瞬間、労働の疲労により蓄積された重みが一気に噴出したような感覚があったが、それも今や良く眠るためのスパイスだ。じゃ、おやすみ……。ぐごー。

 

 

 

 

 

  /

 

 

 

 

 ケイが──数分もしないうちに規則正しい寝息を立て始めたのを聞いて、カレンはベッドを隔てていた布を躊躇なく退かし、するりと肢体を寄せて、まるで暖をとるかのようにケイにくっ付いた。

 

 ベタベタと、体の感触を堪能するように全身をすり寄せ、肩に顔を寄せて、その香りを堪能するように深い呼吸をしては──

 

「……カレン」

 

 小さく肩を引かれて、カレンは囁き返した。

 

「……羨ましい? 変わろっか?」

 

「ちが、起こさないようにしなさい……」

 

「大丈夫だよ。お兄ちゃんは、一回眠ったらなかなか起きないんだから」

 

 もぞりと体を起こしてカレンはケイの胴体を軽く持ち上げ、真ん中まで引っ張ってきた。布団の上で丸くなっていたゴローが、眠りを邪魔されて抗議の声を上げる。

 

「……ほら。これで、みんな一緒に寝れるね?」

 

 アヤベは──ケイが起きることを心配していたわけではないが、本当に起きなかったので、呆れが優った。多分、疲れが溜まっているからだとは思うが、それにしたって……。

 

 カレンがケイの体を横切って、毛布の端を掴みながらケイの体を包み、自身もそれに包まると、ピッタリと体を寄り添わせる。冬の寒さの中、人肌の暖かさは包み込むような安心感を与えてくれた──ずっと、こうしたいと思っていた、望み。

 

 ……。

 

 しばらく躊躇ったのち、アヤベは少しだけ、体を真ん中に寄せた。体の端が触れる感触がする。体と体の境界線が、肌の感触が、線となって──胸の奥底が、跳ねた。血管の動きが速くなる。少し、体が熱く感じた。

 

 その心の奥まで知りたい、すべて教えて欲しい、体も心も許してほしい。私は──あなたのことなんて、何ひとつ分からない。だけど知りたい。それも叶わないなら、せめて……触れることくらいは、許すべき。

 

 そうして自分への言い訳と、大義名分の確認を済ませたのち、アドマイヤベガはケイの胸に体を預けて、せわしなく動く心臓の動きと共に、静かに目を閉じた。

 

 本当に、面倒な性格だ。誰も彼も……理由がなければ、そばに居られない。何も出来ない、何をするのにも言い訳が必要で……そうやって自分を納得させなければ、こうすることすらできなくて。

 

 卑怯かもしれない。眠っている間だけ、素直になっておきながら、朝になればどうせ、本心の一つも言えないくせに。

 

 だけどそんな、どうしようもない自分のことも、今だけは許し──手のひらに感じる、ケイの鼓動、ケイの体、ケイの温度。今だけはどうかいい夢を。

 

 ──おやすみなさい。

 

 そう呟いて、微睡むような温もりの中へ、意識を落とした。

 

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