……
「……」
「……」
この空間には沈黙の嵐が吹きすさんでいた。
時間と空間の相関を発見したのは言うまでもない、古典力学を終わらせた男ことアルベルト・アインシュタインだ。決してディアルガとパルキアではない──相対性理論において、時間は絶対的なものではない。観測者の……主観によって変化する。
そういう意味では、この空間の時間はひどく遅く流れているようだった。
……とりあえず、カレン。おまえ、出禁。
「えーーーーーっ!! なんでーーーっ!?」
言ったよな。指先でも触れたらルール違反。あと普通にびっくりした。朝起きたとき……。なんでおれが怯えないといけないんだ?
「もー。お兄ちゃんったら。ダメだよ女の子をこんな風に扱っちゃ。そんなんじゃモテないよ?」
結構です。
「だって〜。お兄ちゃんが寝返りでゴロゴロ真ん中に来るんだもーん。カレンは仕方なーく場所を譲っただけなのにな〜?」
……なんだと? おれはちらりとアヤベを見た。コイツが嘘をついているなら、アヤベさんが異議を唱えてくれるはずだ。
「……ええ。ひどい寝相だったわ。おかげでいい迷惑よ」
なんだと。それはすみませんでした。
「……別に、今更よ」
イヤ……だが、邪魔ならドカせよ。起きた時びっくりしたぞ。
「気にしすぎよ」
「ホラ! アヤベさんも気にしすぎって言ってるよ?」
昨日の夜、ゴローは多人数のベッドを嫌がって、クッションで寝ていた。それを不満に思ってか、じろりと猫が睨んでいる。あとクソガキも調子に乗ってる。
「なんかさー。カレン傷ついちゃうなー。何かにつけてカレンのせいにされて。しかもお兄ちゃんの思い込みで〜……。はぁ〜あ。カレン可哀想。ぐすん」
「……」
……はい。疑ってばっかで悪かったな。おれはアヤベさんの無言の重圧に負けた。女子の連帯感はほんとニガテというか、不条理を感じるぜ。ワザとらしく泣き真似なんかしやがって、オメーがそんなタマかよ。
「……。言っておくけど、わざとではないから」
はあ。何が?
「その。朝……あなたに、近かったというか、いえ、だからその、抱きついていたのは、単にちょうどいい抱き枕があったからというだけで、他意はないわ」
本当ですかあ?
「本当よ」
そうですか。聞いてもいないのに言い訳するアヤベさんから視線を外した。この……なんともいえないはっきりしない感じ、実にやりづらい。まさか……いや、流石にか。幼馴染が俺のことを好きすぎる件について……とか、流石にアヤベに限ってそんなことはない。
「お兄ちゃんってさ。もしかして、女の子に興味ないの?」
年下は守備範囲外だ。おれのストライクゾーンは狭いぜ。
「ふーん? じゃあ、どんなことしたってドキドキしたりしないんだ?」
ない。思春期じゃあるまいし。
「へー? 強がりじゃないよね?」
まさかぁ。もし嘘だったら逆立ちしながらターフ10周回ってやるよ。
「いや、別にいいかな。そんなことより、ちゃんと認めて欲しいな〜?」
何をだ。
「お兄ちゃんが〜、カレンのこと、女の子として意識しちゃうってこと! 出来るよね? カレンのことどうとも思ってないのなら〜、全然平気ってことだよね? そうでしょ?」
そうですが。
「じゃあ今日一日かけて、お兄ちゃんのこと、ドキドキさせてあげる。いいよね?」
いい訳ねーだろ。今日は半分仕事みたいなもんだ、邪魔すんなよ。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんに迷惑はかけない範囲でいろいろやるつもりだもん」
じゃあ別にいいが、その企みが失敗に終われば、当分は大人しくしとくんだな。
「いいよ。じゃあ、勝負だね?」
はぁ……。貴重な休日なんじゃなかったっけな。おれはため息をついて朝の身支度を始めることにした。ゆるふわとの約束は午後からだ、まだ時間がある。久しぶりにショッピング……は、金がないのであんまり出来ないが、街に繰り出してみよう。
「いいと思う! カレン、お兄ちゃんならどんな場所でも楽しいもん!」
「……ケイ。あなた、よくこんな良い子に冷たく出来るわね」
おれは実に居心地の悪い視線を向けられながら、逃げるように洗面台に向かった。
-
アルファード創立の経緯にクソガキはほとんど関係していない。少なくともおれの考えに影響を与えたこともない。最初から、おれには保健室の先生としての適性と能力があった、だから遅かれ早かれそうなっていたことだろう。関係がないというのはそういう意味で、事象に与える影響力がなかったということだ。
しかし、どうもおれは人に恨まれやすいタチらしい。でしょうねって感じだ。別に酷いことをしたとかそういうわけでもないんだが。というのも、おれは本当に昔から人の期待を裏切るのが得意な性分で、小学校の頃の担任にも、もっと出来るはずなのにとか好き勝手に言われたものだ。
その手の発言は期待に根ざしている。能力と役割に対する無意識の期待だ。
この世には計算が得意なヤツと苦手なヤツの二種類がいるので、得意なヤツが苦手なヤツの分までやるべきだ──というのは、順当な論理だ。計算は得意なヤツがやればいい。もしくはやりたいヤツがやるべきだ。計算が得意だからと言って、やりたくないヤツに無理にやらせることもないだろう。
しかしお節介な誰かが、そんな凄いことができるのに、勿体無いと好き勝手に言うだろう。おれが人から恨まれやすいのはそういう感じだ。人からというか……クソガキから恨まれやすいのは、と正確に表現しておくが──実に強欲なことだ。その程度の恨み一つで、このおれに行動を強いようなど。
他人を思い通りにしようなど……そんなことが出来るなら、おれはとっくの昔にそうしている。当たり前だろ。しかし、そんな簡単なことをクソガキに理解させるというのも、実に困難な話だ。
当時のクソガキは完全に甘ったれて……自分の夢よりも、他人を優先し始めた。それも健全ではない形で、それは妥協や堕落に類するモノだと判断した。その原因は……自分で言うのも笑ってしまいそうになるが、おれだろう。
あるいは……それは、単なる押し付けだったかもしれない。自分の願望を相手に押し付けただけ、それを否定し切れない。そして今や、ヤツは自分の望みすら曖昧にしてしまった。
哀れなヤツだ。おれと同じくらいにな。
-
しかし意外なことにヤツは大人しかった。はっきり言ってそこら中に引っ張り回されたりすることは覚悟していたのだが、ただ横についてくるに留めている。
「ねえねぇ、さっきからずっと歩いてるけど、どこに行くの〜?」
あ? バイク屋だけど。
「え! お兄ちゃん、乗れるの?」
乗れん。だが近いうち免許を取るつもりでな。将来の相棒を今の内に見つけておこうと思って。
「……あなたが? 買うの? お金は?」
ローン組めばいけるだろ。多少は節約生活をしなきゃいかんけど。おれは涼しい顔を浮かべていたが、内心はかなりワクワクしていた。ここのところ仕事のストレスばかり感じていたが、久しぶりにプライベートってヤツを満喫できる気がする。
「好きなの? その、バイク?」
悪いですか。
「悪くはないんだけど……その、なんだか危なくない? もし事故したりしちゃったら……」
あのね。言っとくがな、オメーらも似たり寄ったりだからな。人のこと言えんぞ。だいたい人生ってのは事故のリスクからは逃れらんねーの。いいだろカッコいいんだから。
「……まぁ、お兄ちゃんの好きにしたらいいと思うけど。でもカレンは後ろに乗せてね?」
今の所、タンデムに誰かを乗せるつもりはない。もっと言うならこの先も誰かを乗せるつもりはない。
「も〜。毎晩お兄ちゃんのところに押しかけるよ?」
本当に勘弁してほしい……。む〜っとワザとらしくほっぺを膨らませ、クソガキは下からおれを覗き込んできたが、努めて無視した。大体、それが脅しになるのはどうなんだ。
本当に勘弁してほしい。猫を拾っただけで気軽に家に帰れない生活になるとは思っていなかった。普通は逆だろ、猫のために家に帰るみたいな……。だいたいJKがあんまり男の家に入り浸るモンじゃねーぞ。はしたない。
「今更真面なフリをするのはやめなさい。それに放っておかれるポラリスがかわいそうよ。生活を改める気はないの?」
ありますよ。ありますけど。リソースが有限である以上は、天秤の片方は優先度の秤に従って沈んでいく。分かってるよ、おまえらがいてくれて助かってる、だがそれにしてもちょっと……苦言を呈すのはワガママなのか? おれは最近よく分かんなくなってきている。おまえ気にしないわけ?
「まずお兄ちゃんが気にしてないじゃん。それにー、お仕事頑張ってるのはいいことだと思うけど、限度があると思うな。継続できないやり方はダメ、なんじゃなかった? お兄ちゃんはウソつきなのかな?」
ええい、揚げ足を取るな。そんな風に育てた覚えはない。
「カレンもそんな風に育てられた覚えはないかも〜? だいたい、思い上がらないでよね。真面に育ててもないくせに」
口の減らん女……。
「あのね。いい? カレンはこれでも優しくしてる方なんだよ? 今すぐにでも泣いて謝らせたっていいくらいなんだからね」
笑わせてくれる。おれが泣いて許しを乞うとでも? それに手段が問題だな。自分で言うのもなんだが、おれを屈服させるのは骨だぜ(定期的にテイオーに泣かされている気もするけど)。
「アヤベさんに言いつけてやるんだもん。お兄ちゃんにいじめられたって」
バカ言え。察しがいいことで有名なアヤベさんがその程度のことでどうこう言うかよ。というか人頼みじゃねーか。
「……言っておくけれど、ケイ。カレンをいじめてはいけないわ」
「アヤベさん! も〜、大好き!」
……多勢に無勢ね。
後回しにし続けてきたが、このクソガキともケリつけねェとな。いつまでもンなことさせておく訳にはいかない。
とはいえ今日は久しぶりの休日だ。個人の趣味の時間てヤツを堪能してみてもいいだろう。ふと横を見て、じゃれ合うクソガキとアヤベの姿を見て……思い出した。アヤベと出かけるなんて……一体何年振りだっけ。
バイク屋で将来の相棒のかっこいいフォルムを堪能して店を出たところで、別にライブまでの時間は全く潰れなかったので、結局はレディー2名の希望に合わせることにした。歩いているときに猫カフェを見つけたが、ゴローに怒られるからとアヤベは名残惜しそうにしていたが……。結局はなんかシャレオツな喫茶店にクソガキが先導した。
「……あの、もしかして、カレンチャンですか?」
「あっ、そうだよ! もしかして〜……カレンのファンだったりする?」
おお、ファン対応してる。おれは店内のテーブル席から愛想よくツーショットを撮っているクソガキを、アヤベと眺めていた。
「……ねえ、ケイ。どうしてカレンに冷たくするの?」
これでも優しくしてるつもりなんだぜ。
「あなたはそんなに冷たい人ではないでしょう。それに、こんな中途半端な状態に留めておくなんて……ずっと思ってる、らしくないって」
ほっときな。一応忠告しとくが、他人同士の関係に下手に手ェ出すと火傷するぞ。
「その言い方……気に入らないわ。……まるで私が無関係だとでも言いたいの?」
そうだ。悪いが、おまえは関係ない。良くも悪くもな。
おれはあえて突き放すような言い方をした。こういう態度には内心結構な抵抗があったが、しかし……ここで言葉を濁すのは、責任感に欠ける。予想通りというか、ただでさえ冷たいアヤベの表情がもっと冷たくなっている。見間違いでないなら、結構苛立っている。珍しいことだ、他人にそういう感情を向けるのは。
「言葉を選びなさい。あなたのそういう、他人からどう思われるかを気にしないところ、嫌いよ」
実のところ、おまえがおれをどう思おうが、おれには関係ない。他人の好き嫌いは、おれの思考や行動に影響しないからだ。
「……そうよね。あなたは、人のことなんて気にしたことない。気にしているのは、あなたがやりたいことだけ。他人のことなんてどうでもいい、どう思われるかなんて気にしない、無駄や余白もすべて捨てて、ただ前に進むだけ。……知りもしない。私のことも」
内心を隠そうともしない低い言葉だ。もしかしなくても怒っていることは明白だが、実際のところ、状況を解決する必要はなかった。
ファン対応を終えたクソガキが恐る恐る戻ってきて、おれたちの顔を慎重に覗き込んだ。
「え……な、なんの話? どうしたの、お兄ちゃんもアヤベさんも……。えっと、カレンの頭撫でる……?」
……いや、気持ちだけもらっておく。
「……ケイ。あなたは、あなたが本当に大切にしているもの以外は、本質的にどうでもいいと思っている。無関心なのよ。自分のことについてもそう。何がどうなっても構わないから、どんなめちゃくちゃな状況でも呑気にふざけていられる」
そうか。
「好かれることにも嫌われることにも大した価値を感じていない。感情を軽んじて……心さえ無事であれば問題ないと思っている。あなたが他人に頼らないのは、他人を見下しているからじゃないの?」
積極的に否定はしない。
「そういうところよ。私に失望されても、嫌われても、あなたは全く構わないのでしょう。それは優しさでなければ、甘さでもない。ただ残酷なだけ──憎むか嫌うかぐらい、するべきよ……」
無理な話だ。おまえがそうであるようにな。
「……私とあなたは違うわ」
そりゃそうだ。
アヤベの発言に対する反論はいくつか思いつくが、それを口に出す意味もない。しかし実際のところおれは意外に思っていた。コイツがこうまではっきりとおれに不満を口にすることはないと思っていた。溜め込むタチだしな。
そういった意味では、ある意味で健全なことかもしれない。人間関係は大なり小なり不健康で、それが表に現れていない状態は、もっと不健康だからだ。口に出せるだけマシになったのかね。
「……ねえ、ケイ。私はあなたに酷いことを言っているのよ。自分を棚に上げて、一方的な言い分ばかり浴びせている……分かってるでしょう──少しは表情くらい変えたらどうなの……!?」
誤解するな。おまえの言っていることの意味は理解している、聞き流してる訳じゃない。改善は約束できんが。
「だったら余計にタチが悪い……!」
オロオロしていたクソガキが迷いがちに口を開いた。
「あ、あの……えっと、ちょっと落ち着こ? アヤベさんも、冷静になろうよ。どうして急に、そんなこと……」
「カレン。あなたも分かっているでしょう、ケイはあなたの感情にさえ無関心なのよ」
「え……っと。そう……なの?」
「より正確には、あなたがいくらケイを憎もうが、愛そうが、関心がない。そのくせ、あなた自身のことは強く気にしている。これほど……残酷なことはないでしょう」
誤解だな。いい意味でも悪い意味でも、おれを過大評価している。おれはロボットではない、残念ながらな。
「ロボットよ。それも、優しいフリばかり上手な」
酷ェ言い草だ。心がこもってりゃ本物で、なけりゃ偽物? そりゃ二元的だろ。外から見て区別できないなら、それは優しいってことなんだぜ。
「分かるわよ、あなたのことなんて……」
イヤだねぇ、昔馴染みってのは。それで、おまえはおれに改善を求めているのか?
「…………自分で、考えて。そのぐらい」
おれの勘違いでないのなら、アヤベは泣きそうな顔で精一杯おれを睨もうとしていたと思う。
この場をやり過ごす言葉くらい知っている……それらしい表情で、それらしい言葉も言おうと思えば言える。ただ、そんな下らないウソを吐くつもりがないだけだ。おれはコーヒーカップに手をつけて、一口だけ味わってみたが、想像通りの味だった。
休日は終わりだな。おれはコーヒー代をテーブルに置いて、さっさと店を後にした。去り際にクソガキの肩をポンと叩いて。……悪いが、アヤベのこと頼むわ。
「っ、お兄ちゃん、ちょっと……」
苦いぜ。まったく、想像通りだよ。
-
ライブを見てみたが、まあまあ得るものはあったと思う。やっぱ実物を見てみると、計画段階では思いつかないようなことが分かるものだ。
「……ケンカ、ですか?」
まあ、一言で言えばそうなるんスけどね。なんと言ったらいいのか……。申し訳ない、せっかく席取ってもらったってのに。
「あの、もしかして、今日お誘いしたのが、ご迷惑になってしまいましたか?」
いや、どのみち似たようなことは起きてたと思うんで……。
おれはいわゆる関係者席というものは初めてで、というかアーティストのライブ自体初めてなのだが、一曲終えて歓声をあげている客席を見下ろしてみた。観客の視線、関心……音響設備の作り、照明、セットリストの構成……アーティストに興味はないが、これらには参考にする価値がある。
「その、お節介だとは思いますが……きちんとお話をされた方がいいと思います」
全くもって仰るとおりスよ。ただ、ちっと考える時間が必要でしてね。
「……柊木さんがそう仰るなら、無関係の私が、口を出す事ではないのかもしれませんが──」
何か言いたげな表情は見なかったことにした。……まあ、クソガキにはまた今度挨拶させるとして、今はまだライブは終わっていない。取り敢えず今しかできないコトとして、ライブの鑑賞に集中しよう。
ゆるふわもある程度気持ちを切り替えたのか、おれたちはライブを聴きながら意見を交わしつつ、それなりにライブを楽しんだ。
会場を出る頃には外はすっかり暗くなっていた。年が明けて少し経ったとはいえ、日が落ちるとまだまだ冷える時期が続いている。
「……ふぅ。素晴らしいライブでしたね」
誘ってもらって助ったスよ。この礼はいずれ。
「いえ、今日のことは、むしろ日頃のお礼というか、柊木さんには助けてもらってばかりですから。……それで、この後、どうしましょう?」
おっと。どうやらおれは甲斐性を問われているらしい……そうスね。ハローさん酒飲めます?
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「柊木さ〜ん! 聞いてるんですかぁ〜!?」
き、聞いてない。この女がこんなに酒癖が悪いなどと……。おれはウッと顔をしかめた。一杯目を一口で飲み干した時点でイヤな予感はしていたが、まさかこれほどとは。
聞いてます、聞いてますよ。
「ダメですよ、担当さんとケンカなんてしちゃ〜! トレーナーとウマ娘は〜! 仲良くないとダメですよ〜!!」
はいはいはいはい……。
「柊木さん冷たいですよぉ〜! 担当の子のこと、なんとも思ってないんですか〜!?」
……。
おれはなみなみと注がれたビールを一息で飲み干し、ガンと机に叩きつけた。オイゆるふわァ! 言わせてもらうがな。
「誰がゆるふわですかぁ! わたしはぁ、ライトハローっていう、名前があるんですからぁ!」
アンタ……『飲める口』……だな? おれは空のグラスを差し向けた。飲めんのかァ!?
「いいですよー! 店員さーん! ビール、あるだけ持ってきてくださーい!」
面白くなってきたぜ。ここんとこ鬱憤が溜まっていたせいもあって、おれはアルコールの限界に挑みたかった。酒は相変わらず美味すぎ、いつでもおれを受け入れてくれる。かんぱーい! だらしない笑顔を浮かべるゆるふわとグラスを交わし、負けられない勝負が始まったのだ。
1杯目。一息で飲み干す。
2杯目。2回で飲み干す。
3杯目、3回で……飲み干す! まだまだ行けンのか!?
「柊木さん! こっち見てください!」
かなり顔が赤くなっているゆるふわが両手でおれの顔を挟んだ。かなりふわふわする意識の中でおれは目を合わせる。
「……ぐずっ。うえ〜〜〜ん〜〜〜!!」
この女、泣き出しおった! どういう情緒かはまったく不明だが、みっともなく大声で泣き出したが、幸いにもここは居酒屋だ。飲んだくれの酔っ払いしかいないのである。おれも泣き出した。
うえ〜〜〜ん!! もう疲れたよ〜〜〜!! 聞いてよハロえも〜ん!!
「き"き"ま"す"〜〜〜〜!!」
おれは最近あった出来事を片っ端から話し出した。というか、昔のことからアルコールの勢いのままに語りまくった。おれァダメな男なんだよ〜!! ぐずっ、昔っから……!!
「……………………」
額をテーブルにくっつけて泣いていると、やけに静かなゆるふわに気がついて顔をあげて見ると、めっちゃ泣いてる。
「そ、そっ……そんなの、悲しすぎますぅ〜〜〜!! 柊木さんは、一生懸命頑張ったのに、報われなくて〜〜〜っ!! うぇぇ〜〜〜〜ん!!」
……びええええええん!! そうだよ〜〜!! おれァずっと強がってんだ……誰にも甘えられなかった……!! ずっと誰かに助けて欲しかったんだぁ〜〜〜!!
「っ! 柊木、さん……」
どいつもこいつも頼ってきやがって……おれだって……なんとかしてやりたいって、いつも思ってる、いつもそうなんだぁ……。
おれァ……おれァ、下らねえ男だ……。ガキどもに顔向けなんかできねぇ……。好かれる資格なんかねぇんだ……。
「っ、柊木さんっ!! そんなことないですよっ!!」
ゆるふわ……。
「ハローって呼んでくれますっ!? 私、私っ、私を頼ってくださいっ! 私、わたしぃ〜!! 助けてあげますよぉ〜〜!!」
ゆるふわ〜〜〜!!
「柊木さん〜〜〜!!」
おれたちはぎゅと抱き合った。もう意識は完全に酩酊している。アルコールのせいで緩み切った表情のゆるふわに向き合った。
……苗字呼びなんて水臭いぜ。ケイって呼んでくれよ、ゆるふわ。
「じゃあライトハローって呼んでよ〜〜! ゆるふわってなに〜〜〜!!」
にゃはははは!! 飲もうぜ!! 人の夢は! 終わらねえ! ドン! おれは空っぽのグラスを掲げた。
そこから先のことはよく覚えていない。