ウマ娘の頭悪いサイド   作:パクパクですわ!

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ナリタタイシンの憂鬱:エンドレスディセンバー 後編

『おはようございます、トレーナーさん。どうしたんですか、こんな朝から』『え? えっと……今からお出かけ、ですか?』『……はい、わかりました。じゃあお昼ご飯、いつもの場所でどうですか?』

 

『おはようございます。トレーナーさん。どうしたんですか、こんな朝から』『……え? 昨日、一緒にラーメンを食べた……? いえ、昨日は一日中調整作業をしていましたけど……』『そんなはずはない? えっと……その、トレーナーさん。ついに頭が……おかしくなっちゃった、とか?』

 

『はいはーい、無敵のテイオー様だぞー! どうしたの突然電話なんて、珍しいんじゃない?』『え?今から? まあいいけどさー、ちゃんと迎えに来てよね。自転車で来られても困るよー』『お、お父さんたちに挨拶!? ちょ、トレーナー! それはちょっと心の準備とか、家の掃除とかあるし、ちょっと早いんじゃないかなって思うんだけど!』『い、今すぐ行く!? と、トレーナーったら強引だよ〜! ……ちゃんと、しっかりした格好で来てよね。その、た……大切な、挨拶……なんでしょ?』

 

『はいはーい、無敵のテイオー様だぞー! え、ちょっとどうしたの。大声出さないでよ、びっくりするじゃん』『……え? 挨拶をした!? い、いつの間に!? もう済ませたってこと!?』『ボ、ボクの意見とか、気持ちとかそういうの抜きでってこと!? もう、トレーナー! ちゃんと相談してよ、そしたらちゃんと協力するし、色々準備とかしたのにさー!』『……え? 違う? まだ? 昨日? ……トレーナーさー、どうしちゃったの? ついに頭おかしくなった?』

 

『お電話代わりましたわ。どうなさいました? 新年の挨拶なら、明後日ほどにいらっしゃいませ。メジロ家一同、お待ちしておりますわ』『……え、これからですの? それは……まあ、構わないことには、構いませんけれど。何かありましたの?』『有馬? いえ……わたくしは出ていませんし、そもそも一緒に見に行ったではありませんの』『とにかく来る? ……へ? 年越しタコパ? 腕を振るう? ……すぐに準備致します。はい、家の者にも、すぐに』

 

『お電話代わりましたわ。どうなさいました……なんだか、元気がありませんわね』『こ、声が聞きたかった!? ちょ、いきなり何を言い出すんですの! 誰かに聞かれたらどうするおつもりで……え? タコパ? 年越し? ファイアーエムブレムはエンブレムじゃなくてエムブレム? ……その、何を言っているのかさっぱり……』『助けてくれ? 助けるって、その……とりあえず、何があったのか教えてくださらないとなんとも……』『なんでもするから助けて? ん? 今なんでもするって言いましたの?』『……その、トレーナーさん。お話はわかりましたけど、一つだけ言わせてください。ついに頭がおかしくなってしまったのですね。主治医を向かわせます。その場を動かないように』

 

『おいっすー。ネイチャでーす。どしたの急に』『え? 家? まあ、今は大掃除してるけど……来る? いや来い? カニ? ……せんせー。ネイチャさんがついていけてないみたいでーす』『有馬? ねえせんせー、ネイチャさんが有馬で三着取ったこと知ってます? ご存知ないカンジ? 見に来てたよね』『……え? デート? 暁の水平線の向こうへ行く? クルーザー?』『えっと、デート……や、アフガンに行くのはデートには入らないんじゃないかなーって、ネイチャさんは思うわけなんですけれども……』『とにかくついて来い? ……とりあえず、待ってますね』

 

『おいっすー。ネイチャでーす。どしたの、……どしたの?』『え? タリバン政権転覆? 石油王? アラビア危機? 第三次オイルショック? えっと、ちょぉーっと何言ってるか分かんないってカンジですかねー……』『ぷ、プロポーズした!? アタシに!? 知らない間に!? 薬指に指輪!? え、何それ訳わかんない、訳わかんないんですけど!?』『……せんせー、ちょっと落ち着いて。もうツッコミが追っつかないと言いますかなんと言いますか……せんせーは疲れてるんだよ。とりあえず、病院行ってきたら?』

 

 

 

 

焦点が定まらない。

 

ふらふらする。

 

ああ、世界が揺れている。

 

エデンが見える。きっと、おれは────魂だけになって、どこかへ飛んでいくのだろう。

 

ほら、

 

声が聞こえる。

 

ああ──────やめ

 

 

 

 

あんた、これで何回目?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#08

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。相当やられてるし。大丈夫?」

 

カニ……カニ……。

 

「お手上げ、か。なんかもう訳わかんない。どうすればいいの、こんなの」

 

カニ……カニ……。

 

「何してもダメ、目覚まし時計を壊しても意味がない、アタシたち以外に覚えている人はいなくて、眠らないようにしても結局意識を手放した瞬間戻ってくる。疲労も全部残ってない、記憶だけがそのままそっくり戻ってくる……」

 

カニ……カニ……カニ……。

 

うどん……。うどん……。うどん県……。うどん県……。

 

「ダメ。完ッ全にダメじゃん。秘密道具のないドラえもんくらいに役に立たない……。さっきから食べ物の名前しか言ってない。つかどんだけカニ食べたいの、前札幌行った時に一緒に食べに行ったでしょ。ってかうどん県のこと香川県っていうのやめてよ、弱い者いじめみたいでダサいじゃん」

 

カニ……。ジンギスカン……。ジンギスカン……。

 

「それも北海道行った時に山ほど食べたじゃん。記憶がめちゃくちゃになってる。ハァ、どうしよ。こいつも役に立たないし、本格的に覚悟を決めないといけないってわけ……?」

 

しゃけ……。

 

「しゃけ……? 狗巻先輩の真似はやめてよ、キャラが汚れるじゃん……」

 

カニ……カニ……。

 

「いや、分かんないし。日本語で喋って」

 

うん……。

 

「……出来んじゃん。で、ちょっとは落ち着いた?」

 

ああ……。

 

どうやら、本当にループしてるみたいだ。おれの視点だと、今が八回目だ……。

 

「そ。アタシは7回。……てか、なんかズレてる? もしかしてって思ったけど……」

 

ああ……。おれ、前回のループでおまえと会って話したんだ。朝ぐらいだったかな……。

 

「うそ、アタシ知らないんだけど」

 

えっ。じゃああれは誰だったの?

 

「え?」

 

え?

 

「……え?」

 

待って。ちょっとタンマ、まじで、だって──じゃあ。

 

────あれは、誰だったんだ。あれはタイシンだったはずだ。あれは、じゃあ────けど、記憶、ないって、ないって

 

やだもう怖い無理考えたくない無理無理無理無理────────あ、び

 

──。

 

カニ……カニ……。

 

「ダメか。許容値をオーバーするとカニしか言えないってどういうこと……? てか怖っ、マジで怖いやつじゃん。……ひっ、怖ッ! それ誰!? 本当にそれアタシだったの!?」

 

カニ……カニ……。

「こ、答えてよ! そいつ本当にアタシだったの!? ドッペルゲンガーとかじゃなくて!?」

 

カニ……カニ……。

 

「壊れないで喋って! っていうか待って、八回目!? ってことは一回分ズレる、その分違うアタシがいるってことになる……! でもその記憶はない、これから起きる未来ってこと? アタシの次のループの時間軸ってこと? でもそれだと変だし……ああ怖んだけど!? くそ、なんでチケットはこんな時にいないんだよ! あいつの大声聞いたらちょっとは安心できるかもしれなかったのに……ッ!」

 

……。カニ……いや、うん……まあ、考えないようにしよう。考えると怖いし……。

 

「考えなくても怖いじゃんっ! アタシの知らないアタシがいるんだよ!? あんただってそう、今ここにいるあんたは本当のあんたなの!?」

 

本当の、おれ?

 

本当のおれ──は、本当にここにいるおれは、オレなのか、あ。

 

ほんとうの、オレ、ホントウ、の。? え、──ぃ、あ

 

 

カニ……カニ……カニ……。

 

「……考えないようにしよう。そのうちアタシもこうなるかもしれない……。本当にこうなっても、全然おかしくない。精神が崩壊しそう……」

 

カニ…………。

 

「てか復活して……もう世界中全部怖いんだけど……」

 

……。

 

……あ、あれ。おれは一体何を……。

 

「思い出さないで」

 

え。

 

「……思い出さないほうがいい」

 

……うむ。

 

深淵とは、覗き込んだ時点でアウトであり、それだけでもう後戻りはできない。覗き込もうとする行為はもはや限りなくグレーに近い黒。つまりアウト……。

 

「……検証が必要ね。アタシとあんたの世界線が同じかどうか、それともパラレルワールドみたいなのが重なり合っているとか……そういう漫画チックなことが、今起きてる」

 

確認していこう。一回目の時、おれはすぐに二度寝した。その後おまえは何をしていたんだ?

 

「えっと、まずあんたが寝てた部室に行った。でもあんた、どんだけ揺さぶっても起きなくて……。しばらくしたら、なんかすごい眠くなって、それで寝て、二回目」

 

二回目は?

 

「あんたがいろんなヤツの家に突撃していくのを見送って、色々試してた。窓割ったり、穴掘ったりして……まあ、全部元に戻ったんだけどさ」

 

……ん?

 

「え。どうかした?」

 

いや……たぶん、なんでもない。うん……。

 

「何。何かあるなら言えっての、些細なことが手がかりになるかもしれないじゃん」

 

いや……えっと、なんだっけ。何か……違和感があったような気がするけど……分からない。忘れてしまった。

 

「……そう? まあ、それならいいんだけどさ。で、えっと……その後、なんで回数が合わないの……って、そうだ。この話題はまずいんだった。なんでもない、忘れて」

 

回数が合わない?

 

「聞かないで。2D10/1D100のSANチェックはしたくないでしょ」

 

……うん。したくない。そんなダイス振ったら一発で正気度飛ぶわ……。

 

分からないことは、一旦分からないままにしておこう。今の状況は、常識が通じそうにない……。

 

「アタシも同感。で、これからの方針なんだけど……」

 

それは決まってるだろう。

 

「うん。……このループから抜け出して、新年を迎える。そうでしょ」

 

ああ。これ以上こんなことが続いたら、おれは発狂して正気に戻れる自信がない……。

 

「……うん、アタシも。それで、どうやって抜け出すの? ちょっとでも意識を手放したら終わりの状況で……手がかりもなんにもないのに」

 

ああ……。うん、どうしようね……。

 

「……」

 

手詰まった。

 

……ふむ、そうだな。見方を変えよう。

 

「見方?」

 

そうだ。一つ質問をする。

 

どのように捉えれば、このループ現象が常識の状態と比べて良いと思える?

 

「……えっと、怪我をしても治ってる」

 

ああ。次は?

 

「……悪いことをしても、忘れられてる」

 

なんか人間性が透けて見えるな。次。

 

「っさい。えっと……どれだけお金を使っても、元に戻る……とか?」

 

……それだ。素晴らしいアイデアだ……。

 

「え?」

 

提案がある。これから毎日、いろんなところに旅行に行くぞ。

 

「旅行? っても……」

 

金ならどれだけ使ったっていい。次の日にはどうせ戻ってるんだからな。味わい尽くしてやればいいさ。

 

「……そっか、確かに……言われて見れば、そうだけど……」

 

つーわけで寝るぞ。

 

「え。……うん、わかった」

 

 

 

 

 

 

 

#28

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おれは遊び尽くしていた。

 

もうどれだけの一日旅行を繰り返したか分からない。どうせ預金残高など、寝て起きれば回復しているのだ。

 

津々浦々の温泉旅行など何度繰り返したか分からない。

 

そのうちに温泉に飽きていた。豪華な夕食にも慣れてしまう。人間とは愚かだ……。

 

そのうちに段々と、繰り返される毎日がおれの大切な何かを疲れさせ、失わせていった……。

 

シャンパンタワーを積み上げた。キャバクラでドンペリ百連打をした。

 

札束をビルの屋上からばら撒いて下民どもの反応を楽しんだ……。

 

おれの中に保たれていた、モラルと呼ぶべき何かが崩壊していった……。

 

「だんだん腐っていってる……」

 

タイシンも、最初の頃は抵抗していたが、何度でも繰り返される12月31日が正気を奪っていく。

 

何をしても、誰もそのことを覚えていない。正直、とても気持ち悪い。まるでNPCを相手にしているようだ。

 

「……っははは! サイコーじゃん、もっとやれ!」

 

警察とカーチェイスをして遊んでいた時のタイシンの叫び……。まるっきりGTOで犯罪行為を繰り返す中学生が如く……。

 

確実に、心を腐らせていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#36

 

 

 

 

 

 

 

トレーニングを見てやっていた。

 

筋トレをしても、翌日には体は元に戻っている。だが経験は役に立つ。

 

「……!」

 

タイムは……まあ、そこそこと言ったところか。

 

おれがちゃんと担当のトレーニングを見るのは珍しいと思う。基本的には怪我のケアをしていたので、メニューを渡して後は好きなようにさせていた。それで良いのだ。おれは真っ当なトレーナーじゃない。

 

「……ねえ、今なら……体を壊すぐらいの走りをしてみてもいい?」

 

おれは許可した。

 

……どうせ、寝て起きれば治っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

#52

 

 

 

 

 

 

 

おれは疲れていたのだろうか。

 

きっと疲れていたとしても、自分では気が付かないだろう。そう思う。もはや常識という名の定規は役に立たない。繰り返される31日の中で、もはやおれの中に一体どれほど最初の自分が残っているのだろうか。

 

タイシン以外の連中に会うと、驚かれる。

 

「……先生、何があった。その顔……やべぇぞ。自分がどんな目をしてるか、自分で分かってるのか」

 

……沖野さんに、そう言われた。

 

「気にしなくて良いんじゃない。アタシから見れば……普通だよ」

 

──爛々と輝くタイシンの瞳を見ても何も思わない。

 

だってそうだろう。昨日と特に変わっていないし、何か問題があるのだろうか。

 

……少しずつ違う。少しずつ変わっていく。

 

親戚のおっちゃんと久しぶりに会って、背が伸びたな、なんて言われた経験があるだろう。だけど毎日会ってる両親はそうは思わない。だって毎日ちょっとずつ伸びる身長には、むしろ気が付かない。親戚のおっちゃんはしばらく会っていなかったからその変化がわかる。

 

おれはタイシンがこの日常の中で変わっていったとしても、その何かに気がつくものだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#88

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ。

 

そういえば、人を殺したり、自殺したりしたらどうなるんだろう。まだ試してなかったな。

 

タイシン、どう思う?

 

「……まあ、今度試してみれば良いんじゃない? 今はもう少しぐーたらしてたいし」

 

ああ、そうだな。

 

びっしりと体に張り付いたままうとうとするタイシンと、こたつに入ったまま動かないおれ

 

こたつの温もりとタイシンの体温が混ざって何か気持ち悪い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#99

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……トレーナー、だよね?」

 

……。

 

あ。えっと……えーっと……。

 

誰だろうか。

 

「……トレーナー? どう……しちゃったの? ボクだよ、■■■■■■■■。沖野トレーナーから連絡があったんだ。何かやばいことになってるって、すごい剣幕で怒鳴られて……」

 

……。

 

何か言っている。

 

「タイシンも……どうしたの。そんなにトレーナーにくっついて……大晦日だからってだらけ過ぎじゃない? ボクに負けたのがそんなに悔しいからって、トレーナーに引っ付いたって仕方ないと思うなー、ボク……あ、あははははは……」

 

……。

 

頭がぼんやりする

 

「……どうしちゃったの。そんな顔で……やめてよ。怖いよ、トレーナー……」

 

 

て、お

 

「……そんな目で、ボクを見ないでよ……」

 

 

 

 

 

────────────────────。

 

 

すけ

 

 

 

たすけて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#113

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は、はは。うまくいった。うまくいった、上手くいった、上手くいった、上手くいった、上手くいった、上手くいった、上手くいった……! やった、やった、やった……!」

 

 

「アタシが分かる? アタシを認識出来る? 出来ないでしょ、出来ないようにした……!」

 

 

「アタシのものだ、アタシのものだ、アタシのものだ、アタシのものだ、アタシのものだ。あんたはアタシのものだ。ずっとずっとアタシのものだ。ずっとアタシのものだ」

 

 

・。

 

「……ふ、ふふ、あ、はは」

 

 

「あははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 

「アタシのものだ! ■■■■のじゃない、アタシだけのトレーナーだ! このアタシのッ!」

 

 

「……じゃあ、いただきます」

 

#324

 

 

#402

 

 

#605

 

 

#90■

 

 

#■■■

 

 

#■■■■

 

 

 

 

 

 

 

タイシン、タイシン。

 

「…………え」

 

重いぞ、降りろ……。

 

「……なんで」

 

……ほら、降りろ。ずっとそうしているつもりか?

 

「……嫌だ」

 

降りろったら。

 

「嫌だ……」

 

しょうがないヤツだな……。

 

「やだ。やだ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」

 

よしよし。いい子いい子。

 

「アタシを見てよ。アタシだけを見てよ。他の何にも見ないで、アタシだけを見てよ」

 

わかったわかった。見てる見てる。

 

「嫌だ、捨てないで。捨てないでよ、あんただけはアタシを捨てないで……」

 

捨てない捨てない。だいじょぶだいじょぶ。

 

「……うそつき」

 

おれ、嘘言わない。

 

「嘘つき……ッ! あんたが見てたのはテイオーだ、アタシを見てなかった……!」

 

そうだっけ?

 

「あんたはアタシのトレーナーだ。アタシだけのトレーナーだ、だからアタシを見ろ、アタシを見ろ……!」

 

ふむ。

 

おれが見たいのは、ターフを走るお前だ。ナリタタイシン。

 

「……うそ、つき」

 

 

 

 

 

『ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイシンー。タイシンー。

 

「……何、こんな超真夜中に。寮まで来るとかどうしたの」

 

そば食おうぜー。

 

「は? あんた、忘年会とか言ってなかった?」

 

うむ。やっぱやめた。

 

「なんで」

 

おれはおまえのトレーナーだからな。忘年会しようぜ、忘年会。あと、有馬の反省会。

 

「何、二回目やるの? 6着のアタシを弄ってそんなに楽しい?」

 

うむ。おれは今後一生擦るぞ、有馬6着。十年後でも蒸し返すからな。

 

「十年後って……。十年後も、あんたはアタシと居るつもりなわけ?」

 

なんだ、不満か。

 

「……はぁ。バカには何言っても無駄だった」

 

部室来いよ。一人で年越しは寂しいだろ。おれもだ。

 

「じゃあ忘年会行ってくればよかったのに……」

 

おいおい、二度も言わせるなよ。おれはおまえのトレーナーなんだ。おまえをほっといてどっかいくわけないだろう。

 

「……はいはい、わかった。行けばいいんでしょ、行けば……」

 

うむ、それでいいのだ。

 

「で、忘年会って何やるつもり? 他に誰か来んの?」

 

ぼっちが好きなおまえのために、残念ながら誰も呼ばなかった。感謝せよ。

 

「……なんかムカつく」

 

可愛くねーヤツ。

 

「アタシに可愛さとか求めんな。うざい」

 

はっはっは。おまえは本当に可愛いやつだな。

 

「かわっ……可愛くないし」

 

可愛い可愛い。

 

おれは気がついたよ。おまえほど可愛いやつはなかなか居ない。有馬は6着だったが、一番可愛いかったよ。有馬は6着だったけど。

 

「う、うっさい黙れ! 6着を蒸し返すな! てか可愛いって言うな!」

 

はいはい、可愛い可愛い。

 

おまえは本当に弄りがいのあるヤツだ。こんな逸材はなかなかいない。

 

「決めた。一年後の有馬で1着取って、インタビューの時にあんたのことボロクソに言ってやる。社会的に殺してやる。トレーナーで居られないようにしてやる」

 

おっと、やれるものならやってみるがいい。

 

でもトレーナーじゃなくなるのは勘弁願いたい。おれはまだトレーナーをやめるつもりはないのだ。

 

「何勘違いしてんの?」

 

ふむ。ふむ?

 

「他のやつのトレーナーには、絶対なれないようにするってだけ。だからあんたは……アタシみたいな可愛くないやつのトレーナー、一生続けるしかないんだよ」

 

……おまえ。

 

「は? 何? 言っとくけど文句とか受け付けないから」

 

おまえは本当に可愛いやつだな〜! このっ、この〜!

 

「ちょ、やめろ! 抱きついてくんなこの変態! 離れろ!」

 

とか言っちゃって、満更でもないんだろうこの可愛いやつめ〜!

 

「ふ、ふざけんな! このクソトレーナー! いいから離れろっ!」

 

ばきっ。

 

ぐああああああああああああああああ!

 

薄く積もった雪の上に吹っ飛んだ。新年迎える前に死にそう。

 

────あれ。

 

ゴーン、ゴーン……と。響き渡る鐘の音が聞こえる。

 

あれ。まさか……。

 

「……除夜の鐘? え、どこから?」

 

思わず学校の上の方を見上げると、屋上で酔っ払いたちが鐘を慣らしているのが見えた。何してんだあの人たち。反省文じゃ済まないぞ……。

 

「……何してんの、あの人たち」

 

あれは……忘年会に参加してるはずの連中だ。遠目だが沖野さんの姿も見える。

 

あ、あぶねー……。あれに参加してたら今年の反省文トータルがまた増えるところだった……。

 

助かったぜタイシン、おまえのおかげで怒られる回数が一回減った……。

 

「あ、アタシのおかげで……って、ふ、ふふ」

 

 

「ぶっ、ふふ……あっははははは! 何それバカじゃない!?」

 

バカじゃないし。

 

「バカでしょ! あんたってほんとバカだよね、前々から思ってたけど本当にバカじゃん! あはははは! 悩んでたのがバカらしくなってきた……っ!」

 

はいはい、おれのおかげで悩みが解決したな。

 

鐘がまだ響いている。

 

……待てよ、除夜の鐘ということは……。

 

「てか、もしかして新年明けた……?」

 

どうやらそういうことらしい。

 

ふむ……。おれは起き上がって、タイシンへとビシッと姿勢を正して右手を出す。

 

明けましておめでとう、タイシン。今年もよろしくな。

 

「はいはい、今年もよろしく。バカトレーナー?」

 

うむ。

 

さ、そば食うそー。

 

「てか、越した後に食べたら意味なくない?」

 

いいだろ細かいことは。年越したそばだ。一文字増えたところでそう違いはあるまい。

 

「年越したそばって何? そばまで年越してんじゃん」

 

味は変わらんぞ。

 

「はいはい。あんたの料理の腕"だけ"は認めてるから、アタシ」

 

だけってなんだ。おまえ、もしかしておれを舐めているな。

 

「有馬6着はあんたのせいだし」

 

ふむ。そこまで言われては仕方ない……。おれも本気を出そう。

 

今年は勝つぞ、有馬。

 

「ったり前じゃん、何言ってんの。ほら、さっさと行くよ。そば食べるんでしょ」

 

わかったわかった、えび天そばだ。楽しみにしとけ、おまえの人生観を覆してくれるわ。

 

「口だけは立派だわ、あんた──」

 

尽きない軽口だけが静かな夜に消えていった。

 

冬の月の下、足跡だけがおれたちがそこに居たことを証明している。だがそのうちに溶けて消える。

 

さて、今年はターフにどんな足跡を残してくれようか。おれはそばを啜りながら、そんなことを考えていた。

 

 




※この作品はコメディです。

・トレーナー
選択肢の一つ、
>実はかくかくしかじかでな。すまんがぼっちで過ごせ。
が正解だったというオチ。目覚まし時計がなかったら死んでた。

・ナリタタイシン
この世でいちばんかわいい存在



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