元柳斎の養子(1900歳)   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 原作時点で護廷十三隊、死神統学院=真王霊術院は2000年の歴史を持つ。イコール総隊長は2000年を生きている

 それだけ長生きしてる死神が、一人増えたら?

 これは、その始まりの物語――

※山爺の見た目が老人である事前提なので、この時点で数百歳
 つまり原作時点で2200~2500歳くらいになる計算です





〇話:元柳斎、子供を拾う(原作-約1900年)

 

 

 ――気付いたら岩山の洞窟にいた。

 

 何を言っているのかと思われるだろうが、それは俺の方こそ言いたい。自然あふれる土地に最近行った覚えもないのに寝て起きたら洞窟なのだ。起承転結の結以外すべて無いから困惑しかない。

 夢遊病を患っている訳でもない。そういう風に、誰かに指摘された事も無かった。

 ならば何故ここにいるのか、と寝る前の記憶を掘り返す。

 

 ズキ、と頭に痛みが走った。

 

 最初は一瞬走っただけ。それに気を取られて思考も止まったが、すぐ痛みが治まったので、記憶を掘り返す作業を再開した。

 そうしたら、また頭痛がやってきた。

 今度はそれに耐えながら思い出そうとする。だが、そうするほどに痛みはどんどん強くなる。うすらボンヤリと脳裏に誰かの顔の輪郭が見えてきた……そんな時には、ガンガンと直接頭を殴られているかのような痛みになっていた。

 

「っぷあッ! むり!」

 

 堪らず声を上げ、背中から倒れる。ガヅッ、と僅かに盛り上がった岩肌が背中に強く当たり、また別の痛みにもんどり打った。

 しばらくして痛みが遠のいた時には、もう過去を思い出そうとしても無駄だと諦める事にした。

 ボンヤリ残っている気もするが、思い出すのを拒むように痛みが出てくるという事は、その過去は俺にとって思い出さない方が幸せな事なのだろうと思う事にしたのだ。というか、そう考えないとふとした拍子に思い出しそうで怖い。

 まぁ、実際、それどころじゃないからでもある。

 

「……ノド、乾いたな……」

 

 過去の俺がどういう生活をしていたか知らないが、洞窟の中を見回しても飲み食い出来る物資はロクに置かれていない。つまり着の身着のままというヤツだ。

 これは非常によろしくない状況だと、俺は内心で焦りを覚え始めた。

 飢餓感はないからまだいいが、乾きを覚えているとなればそう悠長にしている場合ではない。そんな思考が浮かんでくるのだ。多分無意識部分の過去の俺の直感だと思う。

 過去の記憶については後回しにすると決めたのは、乾きが決め手だった。

 

「今は明るいし……明るい内に、動こう」

 

 洞窟の外からは煌々とした日の光が入ってきている。少し出口に近付けば、眼前には鬱蒼とした森が広がっていた。

 太陽は中点に差し掛かっている。ちょうど昼と考えれば、夜まで残り四半時(しはんどき)くらいだろう。それまでに飲み水と、出来れば何か食べられるものを見つけておかないと明日が辛い。そして夜は動くべきではない。

 そんな考えが瞬く間に浮かんだ。

 

「……過去を覚えてないクセに、なんでそういう事は浮かんでくるのやら」

 

 はぁ、とため息を吐く。そうしても意味は無いだろうが、そうしないとやってられなかった。

 

 

 暫く森の中を探索すると、清流を見つける事が出来た。

 一先ずそこを辿って山とは反対側――つまり、川下に向かって歩く事にする。川下に向かえば人里に当たると思ったからだ。

 

「とりあえず、まずは水を飲もう……」

 

 陽光を銀色に跳ね返す小川に近付き、柔らかい下草に覆われた川べりへと身を投げ出す。

 そこで、俺は自分の姿を初めて認識した。

 顔はお椀を作るように合わせた手と同じ透き通るような白色。瞳の色は屈んだ俺の顔の横から垂れている髪と同じ黒色で、大きく光っていた。

 総合して言えば、水面に映っていた俺の容貌はとても幼く見えた。少なくとも大人ではないと思う。

 どうりで目線がちょっと低い訳だ、と辺りを見回した。

 比較対象がないから分かりにくいが、多分手は小さく、腕や足も短いのだろう。

 

「てか、どう見てもこの服小さいな……」

 

 今更ながら、俺はいま身に着けている服の丈が短く、小さい事に気が付いた。

 俺が着ている服は浴衣のようなもの――そうパッと思考に浮かんだ。ただ、色は白色一色で、少し泥や埃でくすんだ色に汚れてしまっている。俺が記憶を失う前、あの洞窟へ向かう間とこの小川に来るまでで汚してしまったらしい。

 とても汚れが目立つが、いま洗うわけにはいかない。単純に替えが無いから体を冷やしてしまう。

 なんにせよ、俺はどうやら白い浴衣一枚しか着ていない小さな子供らしい。

 自分の事も覚えていないとこうも不便なのかと思いながら、俺は水をすくい上げ、喉を潤した。キンキンに冷えたそれが喉を伝っていくのを感じ、ほぅ、と息を漏らす。

 何度かまた水を飲み、余裕が生まれたところで、ふとある疑問が浮かんだ。

 

「……親はどこだろう」

 

 無自覚に口からその疑問を漏らす。

 子供なら親も居る筈だ。そんな当たり前の思考が浮かんだが、すぐに無いな、と自分の中で答えが出た。そもそも親同伴なら目覚めた洞窟にそれらしいものの一つがあってもおかしくない。

 だとすれば、答えは一つ。

 捨てられたのだ。

 理由はたぶん、食い扶持を減らすためか。服一枚で放り出すとなれば余程切羽詰まっていたと見える。こんな人里離れていそうな森の奥に放り出したのだ。もう帰って来ない事を祈っていたに違いない。

 

「……なら、人里を目指すのはマズいか……?」

 

 水を飲んで余裕が生まれたからか、次から次へと思考が続く。

 ただの予想だが、おそらく口減らしのために捨てられたのだとすれば人里を目指すのは得策ではない。日照り続きで作物が育たず、飢饉にあったのだとすれば、子供を受け入れるところは無いに等しいはずだ。それどころか殺されて、畜生のエサにされる可能性すらある。

 とは言え……子供がひとり、森で生きていくのも厳しいものがある。

 気候はまだ温かいが、これが秋、冬と徐々に寒くなっていけば手に入れられる食糧は少なくなるだろう。なら今が楽かと言えば、そうでもない。野生の動物に勝てる自信は無いのだ。

 

「一先ず、地形把握を続けようかな」

 

 予定を変更し、雨風を凌げる洞窟を拠点にし、そこから徐々に探索範囲を広げる事にした。今日のところは水源を見つけたからよしとする。

 あとは日没まで果物なり野菜なりを見つけられれば御の字だ。

 そう決めて、俺は小川を中心に森の探索を始めた。

 

 

 探索を開始して程なく、一つの発見があった。

 それは抜き身の刀が落ちていた事だ。それも一本ではなく、三本ほどがバラバラの場所に落ちていた。

 なぜそれが落ちていたのか。

 理由は単純――――持ち主であろう人達が、死体になって倒れていたからだ。

 

「……ヤバそうだな」

 

 複数の死体を目の当たりにして、俺は思わず足を止めていた。抜き身の刀が突き立っている時点でなんとなくしていたイヤな予感がビンビンと今は最大限の警鐘を鳴らしている。

 おそらく――いや、ほぼ間違いなく、この三人の人達を殺した何かが近くにいる。

 そして、立ち止まっていたら今度は俺が殺られる――――!

 

「チィ――――ッ!」

 

 激しく舌を打った俺は、裸足で地を蹴った。踵は返していない。

 とどのつまり、地面に突き立っている刀の方へ駆け出していた。

 多分野生の獣にやられたのだろう男達を見て、逃げる選択は外していた。今から逃げても多分無駄。というより、身を守る手段をせめて一つくらい持っておきたい。そんな考えが、体を動かした。

 身を護る術がないのはとても心細く、恐ろしいのだ。

 

「ごめんなさい、お借りします……!」

 

 近くに転がっている遺体――首をかみ切られて絶命している――に一言断りを入れ、刀を地面から抜く。その遺体から鞘も拝借し、俺が着ている白服の帯に素早く差した。

 自身の背丈と比較してやや長い刀を両手で握り、辺りを警戒する。

 さわ……と風が足元の丈の低い草を揺らす。梢の葉もかさかさと音を奏でている。

 怪しい音は特に聞こえてこない。

 

 ――これだけ血の匂いがしているのに、居ないのか……?

 

 何秒と待ち構えても変化のない状況に、俺は疑問を浮かべた。

 俺が来た方は風上だったから気付かなかったが、風下で匂いを嗅げば、相当な血の匂いが立ち込めているのが分かる。匂い的に、多分この人達が死んでからそう経っていない。

 血の匂いに敏感なら野生の獣ならここぞとばかりに来るはずだ。腐っていない死肉は、獣のごちそうなのだから。

 それから更に待ち構えたものの、一向に獣の気配や音すらしなかったため、俺はその場を後にする事にした。

 刀の消耗を考えて残る二本、それから着替えとして彼らが纏っていた黒い浴衣も拝借する。結果、三つの遺体は白い浴衣姿になった。

 

「ごめんなさい。いつか、お返しに来ます……」

 

 本当は弔いもしたかったが、流石に土を掘る道具がないし、周囲に危険な存在もいると考えられ、今日は洞窟へ帰ることに決めた。

 その間に亡骸は風化していってしまうだろうが――いずれ弔いに来る目印として、三人一緒に一際大きな樹に寄り添わせ、一抱えの石を三つ同じように並べた。石を見れば余程の天変地異が起こらぬ限りそこにあり続けるだろう。

 一度手を合わせて冥福を祈った後、俺はその場を後にした。

 

***

 

「なに、帰還報告が無いじゃと?」

「はい。宿舎にも戻っていないようです」

「むぅ……そうか」

 

 部下の報告にひとつ唸り、顎を撫でる。

 尸魂界(ソウルソサエティ)の守護、魂魄の管理、またそれらを害する存在・(ホロウ)の討伐を目的とする組織【護廷十三隊】を設立して早百年。斬術、白打、走術、鬼道の四つの技術を確立し、ある程度隊員の生存率も上がってきた。気性の荒い連中だが腕が立つことは確かだ。

 それでも、互いを喰らい合って力を高める虚には届かない事もある。

 おそらく今回もそうだったのだろう。

 

「……して、その者達の任務とは? 儂に上奏する程じゃ。緊急性が高いのであろう?」

 

 しかし、それは茶飯事に近い出来事であり、【護廷十三隊】創設者にして総隊長・一番隊隊長を務める儂――山本元柳斎重國に直接伝えるほどではない。しかし伝えてきたという事は、それだけ自体が切迫したものであると副隊長が判断したという事だ。

 そう考え水を向けると、伝令兵がはっ、と返事を返してきた。

 

「その任務は……東流魂街の、警邏にございます」

「……なに?」

 

 その返答を聞き、思わず顔を顰める。

 流魂街というのは、現世で成仏し、尸魂界に流れてきた魂魄たちが住まう住居区画の事を指す。中にはこの尸魂界で生まれた者達もいるが、大部分は現世で亡くなった者達の魂魄だ。彼らはある程度生きた後、自ずと輪廻を巡り、次の命へと還っていく。

 ちなみにその流れは自分を含む死神――霊力を扱える魂魄――も例外ではない。我らが死んだ時は新たな輪廻を巡る、そういう風に出来ている。

 尚、虚は墜ちた魂であり、死神が持つ武器《斬魄刀》で浄化する必要がある。

 そして虚共は力を得ようと魂魄を喰らう性質がある。霊力を有する魂魄によく狙いを定める連中から現世の命ある魂魄を守るため、我ら護廷は存在する。

 つまり虚は原則、現世か、あるいは虚の世界【虚圏(ウェコムンド)】にしかいないのだが、時折尸魂界に来る魂魄の流れを嗅ぎつけ、紛れ込んでくる個体がいる。あるいは直接虚圏から来るものもある。

 それらから流魂街の魂魄を守るべく、定期的に外れの森に警邏を回しているのだが……

 

「……」

 

 沈思を続ける。

 警邏任務は、護廷に属した新人隊士に回すようにしている。尸魂界に来る個体は基本的に弱いからだ。そこで経験を積み、現世の守護任務の際に出会うそこそこの個体と張り合えるようにしていく。それが基本の流れとしてこの百年で確立している。

 無論、新人隊士が命を落とす事も少なくなかった。それを防止するため、数年以上の経験を積んだ隊士と組ませるよう徹底もしている。

 その上で、となれば……

 

「……席官以上でなければならん、か」

 

 十三ある隊の中でも上位の戦闘力を持つ者達。それを《席官》と呼称しており、三席から十席まで存在する。一席は隊長、二席は副隊長なので居ない。

 それらの席次の決まりは任務の勤怠、戦闘力、事務処理能力などの総合評価になるが、ほとんどは戦闘力で決定されると言っても過言ではない。純粋に、護廷十三隊に最後に必要となるのが戦闘力だからだ。

 とは言え、席官に取り立てられたとしても他の隊士とそこまで差が無い場合も少なくない。

 

「――仕方ない。儂が出よう」

「は……はっ?! 総隊長、いまなんと……?」

「儂が出ると言ったのじゃ。最近虚と対峙しておらんからの」

 

 ふぅ、と息を吐きながら立ち上がる。傍らに立てかけていた杖――その中には自身の斬魄刀がある――を手に取る。

 慌てる伝令兵だが、総隊長が出張ってはならない決まりもない。

 それに――――

 

「我が一番隊の隊士の弔いにもなろう」

 

 自身の部下が死んで黙っていられるほど、まだ落ち着いてもいないのだ。

 そうして一番隊隊舎を後にした。

 

 

 

 神速の歩法《瞬歩》を使い、伝令兵から聞いた警邏地点へすぐ赴いた儂は、濃い血の匂いに気が付いた。風の流れを追って走れば、その場所にすぐ辿り着く。

 

「これは……」

 

 それで、驚いた。

 虚に喰われただろう隊士達は、一際大きな樹の根本に並べられており、その横にも墓石代わりと思しき三つの岩が置かれていた。死神が纏う死覇装(しはくしょう)と斬魄刀は無いから、この場にいた誰かに持って行かれたのだろう。未だ気性の荒い魂魄がのさばっているからそれは仕方ない。

 だが――本当に気性の荒い者が持って行ったのか、とも思う。

 そんな輩であれば墓石のように石を並べるだろうか。むしろ謝罪代わりに弔ったように見えなくもない。

 

「……誰かは知らんが、その心遣いには感謝せねばな」

 

 斬魄刀を持ち去ったのもおそらく荒くれ者からの自衛手段のためだろう。通常の魂魄が真価を発揮する事は出来ないが、刃物には違いない。

 隊葬に不可欠という訳でもない。無論、あるべきではあるが。

 

「しかし……はて、虚の霊圧がまったくせんの……」

 

 物思いに耽りながらも、我が隊士三人を葬ってくれた虚の探知は欠かしていない。しかし妙な事にそれらしき霊圧――霊力を持つ魂魄が放つ波動――は感じられなかった。

 その代わりに一つ、虚の禍々しいものとは違う清涼な霊圧を感じられる。

 これは人の魂魄のそれだ。

 

「流魂街からは、大きく外れておるのじゃが……まぁ、大方逃げてきたのじゃろうな」

 

 魂魄の中には霊力を持つ者と持たない者がいる。後者は死している故に食事を摂らなくていいが、前者は霊力で魂魄を削っていくため、食事による補給を欠かす事が出来ない。

 尚、水は両者ともに不可欠である。

 それゆえ流魂街の治安の悪い地域では物取り、殺人などが絶えず横行しているという。そういう地域ほど警邏すべき森の付近になるから、ここに逃げ込みやすくなる。そうやって逃げ延びようとしたものが糧食に喘ぐ霊力持ちの魂魄だったという事だろう。

 

「仕方ない。まずは、あの魂魄を保護するかの」

 

 そして瞬歩を使い、魂魄の下へ一気に移動する。

 移動した先は洞窟の前だった。

 その中に一人の子供が座っている。

 その傍らに三本の斬魄刀、三枚の死覇装があるのを見て、あの三人から取っていたものだと分かった。同時に弔いをした者である事も。

 

「んな――――ッ?!」

 

 月明かりを遮った事ですぐこちらに気付いた子供が驚愕を露わにする。それから傍らに置いていた刀を手に取り、柄に手を掛ける。

 その構えを見て目を眇める。

 

「ほぅ……中々様になっておるのぅ」

 

 その賞賛は、幼さを加味しているものの、型もへったくれもない荒くれ隊士に比べれば随分マシなものだった。惜しむらくはその背丈に刀の長さが合っていない事か。

 子供特有の柔らかな肌をしているのを見るに、荒事にはあまり向いていない事が窺える。

 だが――構えもそうだが、目がそれを否定する。

 鋭く吊り上がった双眸は猛禽のそれを思わせるほどだ。黒い瞳は炯々とした光を宿し、こちらの出方を伺っている。

 

「……お主、生前は豪族の家系か?」

 

 浮かんだのは、その可能性だ。未だ幼いが、その頃から豪族の何たるかを叩き込まれていたのだとすれば辻褄が合わなくもない。

 

「生前……?」

 

 しかし、こちらの予想に反した反応が返ってくるだけだった。更に言えば生前か何かまで認識していないと見える。

 流魂街出身の魂魄だとしても、現世から来た魂魄の話を聞き、ここが死後の世界であると認識する。

 しかしこの子供にはそれすら欠けているらしい。

 

「うむ。ここは尸魂界。現世で死んだ者の魂が辿り着く世界じゃよ」

「ソウルソサエティ……死んだ者が、辿り着く世界……? え、じゃあ俺、死んでる……?」

 

 瞠目し、信じられないと自身の体を見下ろし始める少年。右手で全身を触り始めている。死んでいれば透けるはず、という考えはあるらしい。

 とは言え――それは尸魂界の常識を知らなければ、仕方ない反応でもある。

 

「この世界では、死した者の魂……魂魄には肉体がある。触れるのもおかしな話ではない。無論現世では物に触れられんがの」

「魂魄……ユーレイの事か」

「そうじゃ……――――話を変えるが、儂はお主の保護に来たのじゃよ。元々は我が隊士三人の仇討ちのようなものだったがの」

「三人……あっ」

 

 こちらの話で察したらしく、刀と死覇装に視線が行き来した。

 それから表情がくしゃりと歪む。

 

「……ごめんなさい。遺体漁り、しました」

 

 叱られると思ったのか、その子供は素直に頭を下げ、謝罪してきた。その潔さにほぅ、と声が漏れる。

 

「やけにあっさり白状するのぅ」

「事実ですから。というか……隠せるわけないし」

「うむ、まぁの。隠していれば拳骨の一つでも見舞っていたやもしれぬ」

 

 ぐぐっ、と力を込めて握り拳を作れば、ひぇっと子供は身を引いた。

 

「安心せい。謝罪は受け取っておるし……あ奴らを弔ってくれたのも、お主じゃろう? 別に怒ってはおらんよ」

「……ありがとうございます」

「うむ――さて、話は一度終いじゃ。こっちに来なさい。霊力を持つお主にぴったりな場所に行くからの」

「あ、はい」

 

 ちょいちょいと手招きすれば、子供は足取りはやくこちらに来た。手を差し出せば、おずおずと握る。

 

「しっかり握っておれよ」

 

 そう一言掛けてから、儂は瞬歩で尸魂界の中心――《瀞霊廷》へと戻った。

 

 

 瀞霊廷に戻った後、副隊長に子供を任せて再度森に向かおうとした儂は、その副隊長に止められてしまい、隊舎に留まる事になった。今は代わりに副隊長率いる席官達が現地に向かい、隊士達の遺体回収ならびに虚の捜索を行っている。

 一番隊隊舎に戻ってきた儂は、子供を椅子に座らせ、対面に腰を下ろした。互いの前には淹れたての緑茶と煎餅を置いてある。

 

「好きに食べなさい。茶は熱いから、気を付けるのだぞ」

「あ……はい」

 

 一気に物事が進んで驚いているのか、子供は生返事を返してきた。徐に湯呑を手にするが、一向に呑む気配はない。

 その様子を見ながら、ずず、と先に茶を啜る。

 

「……あつっ」

 

 それを真似るように子供も口先だけ茶に付ける――が、すぐ引っ込めた。どうやら熱過ぎて飲めないらしい。同じ判断をしたらしい子供はあっさりと湯呑を置いた。

 ほんの少し不貞腐れ顔に見える。

 そのまま煎餅に手を伸ばした子供は、すぐそれにかぶりつき、パキッ、といい音を立ててそれを割った。ッバリボリと硬い音を立てながら咀嚼し、それを飲み込む。

 

「甘辛い」

「醤油煎餅じゃからの。美味かろう?」

「美味しいです」

 

 にこりと微笑み、手に持った残る煎餅を一口に噛む。

 それに満足と頷いた儂は、煎餅を飲み込んだのを確認してから子供に話しかけた。

 

「さて、一息吐いたところで自己紹介といこうかの。儂は山本元柳斎重國、この尸魂界の守護を担う護廷十三隊の総隊長を務めている者じゃ。お主の名は何という?」

「な……名前……俺の、名前…………」

 

 ただ名前を聞いた。それだけだというのに、子供は煎餅で見せた笑顔をすぐに消し、くしゃりとまた表情を歪めてしまった。

 そして、絞り出すような声で言った。

 覚えてません、と。

 

「……覚えていない、と。名が無いのではなく?」

 

 その問いに、子供は頷く。

 流魂街で生まれた者の中には、物心ついた時には親に捨てられていた者も少なくない。そういった者は親から名を付けられていない事がある。そういった者達は地名や身体的特徴、または他人に呼ばれ始めたあだ名を自らの名にすることが多い。

 だが、この子供はそれらの例から外れるようだ。

 

「過去を、思い出そうとすると……凄く頭が痛くなって……」

 

 そう続ける子供の顔はかなり歪んでいる。いまも思い出そうとして、それで頭痛が起きているようだ。

 

「無理せずともよい。分かる範囲でいいのだ」

 

 一旦思い出すのをやめさせるべくそう言った。子供もそれに倣うが、しかし困った事に今日の昼頃目が覚める以前の記憶はまったく無いらしい。自身の背格好も小川に反射した時に知ったという。

 記憶喪失という事だ。しかも、かなり重度の。

 霊力持ちである点から見て、これは結構重大な案件である。

 死神として虚と戦えるのは霊力を持つ者のみ。つまり、魂魄の中でも限られた者にしかなれないのが死神だ。だから霊力を持つ者は出来る限り引き込むよう隊士に指示を出している。その網から抜けたのがこの子供という事のようだ。

 見たところ外傷はない。つまり、頭を強く打ったなどが原因ではない。

 ならば魂魄自体はどうかと思ったが、こちらも特に問題は見られない。強いて言うなら霊力がやや強いくらいか……

 つまるところ、記憶喪失の原因は不明だ。

 ――ならば今後どうするか、という話をするべきだろう。

 

「では名については後にするとして……お主は今後どうする? 護廷を率いる者としては、霊力を持つお主を所属させたいのじゃが」

「その……さっきから出てる、護廷というのは……」

「先も言ったようにこの尸魂界を守護する組織じゃよ。現世の魂魄を守護する事も含まれておる。呼び名は死神じゃ」

「しにがみ……」

 

 それから数度繰り返し呟いていた子供は、徐にこちらを見上げてきた。

 

「俺、なります。死神に」

「……良いのか? 死神は、虚という悪霊と戦う必要がある。お主が見たように死ぬ事もあるぞ」

「それでも、何もないトコに戻るよりマシです……死にたくないですから」

 

 ぎゅっ、と白装束の裾を握る少年。不安に駆られているのか僅かに震えている。

 だが――やはり、目はまっすぐこちらを見据えている。

 恐怖に打ち克つ強い眼をしていた。

 

「――良いじゃろう。ならばお主には、まず名が必要じゃな。名が無ければ死神統学院に入学する事も出来ぬ。せっかくじゃ、儂が付けてやろう」

「いいんですか」

「構わんよ。勿論、お主が自分で付けたければそれでも構わんが」

「それでいい、山爺に付けて欲しい」

「……むおっ?」

 

 思わず変な声が出てしまった。

 確かに自分はすでに老いて久しいが、そんな呼び方をされたのは初めてだ。いつも総隊長と言われていたせいだろう。護廷十三隊を組む前は自分も相当な荒くれ者だったから誰も呼ぶはずもない。

 だが、この子供はそんな過去を知らず、ただ純粋にそう呼んだ。

 ……悪くない、と思ってしまった。

 

「……なにか、気に障ることを言いましたか?」

「いや……なに、気にしなくてもよい。それより名前じゃな……」

 

 ずず、と茶を啜りながら思考を回す。

 考えるべきは名前だ。名字は――まぁ、養子として取るのもいいかと考え、山本でいいだろう。これまで考えもしなかった事だが存外抵抗感は無い。

 残るは名前だが、これがどうにも難しい。

 月夜の下に出会った子供はいかつさとは無縁の儚さを伴った少年だ。斬魄刀がそうであるように、真名呼和尚曰く『名は体を表す』ともいう。つまり子供の容姿、人格、そして雰囲気全てに合った名前を付けるべきだと考える。

 

「――うむ、決まったぞ。お主の名は『山本悠璃』じゃ」

 

 あらゆる字義を考えた末、最終的に『悠璃』という名に決めた。

 『悠』の字には、精神的には気が長く、おおらかという意味がある。人の名前に付く場合は気長に、堅実にという意味に転ずる。それを込めてこの時に決めた。

 そして『璃』は宝石の名前の一つとして使われている。瑠璃は、夜空を思わせる色合いを持つ宝石だ。その色味から透き通るような美しさと綺麗な心を持つようにと、現世で子供に付ける時は願われているという。

 その二つの字義を合わせた名前――それが、悠璃だった。

 書道を嗜んでいたから字義について知っていたから助かったと思う。

 

「悠璃……山本悠璃、俺の名前……」

 

 自覚するように、馴染ませるように繰り返し名前を呟いていた子供――悠璃が、ふとこちらを見て首を傾げた。

 

「山本って……山爺と同じ?」

「うむ、同じ苗字じゃ。立場が立場じゃから贔屓は出来ぬが、お主が死神になれるよう場は整えよう」

 

 改めて認識すると、なんとなくむず痒い。早口に言うだけ言って口を閉じる。

 すると、一瞬押し黙った悠璃は、すぐ表情を綻ばせた。

 

「――ありがとう、山爺。俺、頑張って死神になります!」

 

 花が咲くような笑顔と共にされた全力の宣言。

 それに儂は、うむ……と、深く頷く事しかできなかった。

 

 






・山本悠璃
 山本重國の義理の息子(孫)になったオリ主
 過去を思い出せない。思い出せないが、何かあった気はするので、流魂街で生まれた魂魄でない事は確定的
 現世は時代的に縄文~古墳、大和時代だが、「浴衣」という単語が浮かんでいる辺り中々怪しいところがある
 そこそこの霊力を持つ


・山本元柳斎重國
 護廷十三隊総隊長
 炎熱系最強の斬魄刀『流刃若火』の使い手。素手も強い
 護廷十三隊、死神統学院を設立して百年目になる。原作に比べてまだまだ前線に出向く気がある頃。見た目は老人だが筋骨隆々なので体格がいい
 記憶喪失の子供を拾い、なんやかやで絆されて養子として引き取った
 書道を嗜んでいたので矢鱈と字義に詳しい
 和食をはじめ、和を好む



 ――時代的に醤油煎餅とか緑茶があるのか、というツッコミはしてはいけない
 それで言えば袴とか刀とかあるのもおかしくなるから()
 全部『刀神』と『真名呼和尚』が作ったって事で()


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