元柳斎の養子(1900歳)   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 お爺ちゃんも出さなきゃ(使命感)

視点:悠璃、逢花

字数:約一万

 ではどうぞ



九話:元柳斎の養子(孫)、前へ進む(-1897年)

 

 

 衝突は同時。

 錯綜は、一瞬だった。

 

「おらァッ!!!」

 

 刃を合わせ、拮抗したのも束の間。巨漢の気勢が増した。霊圧も、刀に込められた力も増し、力任せに押し切られる。

 小柄な体故に、俺の体重もまた軽い。

 その力に抗うことは出来なかった。

 ――勢いそのままに宙へ放られる。

 霊力を足場として方向を調節。視線は常に巨漢を捉えつつ、態勢を整える。

 その俺を追い立てるように巨漢が地面を蹴った。そのまま更に空を蹴り、男の跳躍が加速する。

 思ったとおりだった。誰かから学んだか、あるいは見て盗んだかは不明だが、この名も知れぬ襲撃者は多少の走術が使える。瞬歩を使えなくとも、その膨大な霊圧任せで爆発力を得て、俺の走術に匹敵する加速力を以て襲い来るだろう。

 これほどの力を持っていながらなぜ死神と思しき要素が無いのか。

 霊力がある者なら積極的に声を掛けていると聞いている。その上でこれなら、この男は誘いを蹴ったのだろう。あるいは凶暴過ぎて手に負えないと考えたのか。

 

 ――――どちらにせよ、今は関係ないか

 

「考え事たぁ余裕だな!」

 

 俺が思考を切り上げるのと、男が追い付いてきて刀を振りかぶるのは同時だった。

 現実に引き戻された意識が刀の軌道を予測する。その軌道上に、鋭角になるよう斬魄刀を掲げる。ぎゃぎゃぎゃ! と耳を劈く音と共に刃毀れした刃が火花を散らしながら滑っていく。

 返す刀で、霊力を纏わせ鋭さを増す"霊刃"で斬り付けた。

 ――手ごたえは重い。

 斬れた、とは言えない。切れたと言うべき浅さだった。浮浪者に多いボロボロな衣の下に仕込みでも入れたのかと思いたかった。それが男の霊圧の層で減衰された自身の斬撃の威力なのだと理解し、舌を打つ。

 

 ――――本当、やってられない

 

 脳裏に浮かぶのは同輩ながら年上の貴族の顔。

 単純な霊力量で言えば山爺、"剣八"師匠などの上がいるが、前者に純粋な斬撃は届かせられず、後者はそもそも斬術を習わなかった。必然的にこの二年間で最も多く刃を交えた逢花の顔が浮かんだのだ。

 霊力全開状態の逢花とは、過去に一度だけ対峙した事がある。

 互いに一撃を交わし、終わった。

 

 俺の全力は解放された霊圧の前に阻まれた。

 

 彼女の手加減された一撃は、全力の防御をあっさり貫き、刀を折ってきた。

 

 それに比べれば、彼女に匹敵する――――いや、最早超えているだろう男の一撃を受け、刀が折れなかっただけ自分も成長していると言える。

 問題は、勝ち筋がほぼ見えないという点だ。

 俺の"霊刃"は男に届く。

 しかし、決定打にはなり得ない。

 戦況は逢花との鍛錬と大差ない。唯一差異があるとすれば、俺が敗北した時、おそらく殺されるだろうということ。

 

 ――――死、か。

 

 迫る刃の数々を必死に刀で受け、逸らし、躱しながら、心中で呟く。

 概念としては知っている。知識としても知っている。既に現世での(こん)(そう)も経験済みだ。尸魂界へと現世の魂を送り、その後に流魂街のいずれかに分けられる事も知っている。

 なにより。

 俺は自我を覚醒させた直後、死に絶えた三人の死神の骸を見ていた。

 この男に負けた時、きっと俺も"あんな風"に死ぬのだろう。

 

 ――刃を止める。

 

 宙に立ち止まった俺が、男の長刀を真っ向から受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだ。

 激しかった流れが止まる。

 一瞬の静寂。

 

「――なぜ、殺そうとする」

 

 自然と、静寂を突くように言葉が出る。

 それは純粋な疑問だった。

 

 ――かねてからの疑問だった。

 

 護廷十三隊がそう呼ばれるよりも前の話。荒くれと言うのも生易しいほどの殺戮集団だったと、かつてを知る人は語った。今ある死神のような明確な目的意識を持つ者が少なかった時代。霊力(ちから)ある者達は好き勝手に他者を傷つけ、暴力を謳った時代。

 そうはならないよう、俺は教えられた。他ならぬ"死神"を作り上げた山爺によって。

 その時、俺は疑問を抱いた。なぜ暴力を振るうのかと。

 ――人は死ぬ。

 尸魂界に在る霊魂も、死神も、貴賤なく最後は死ぬ。

 なのになぜ、他者を殺そうとする。

 なぜ、殺される事で生を終えなければならない。

 殺すために力を振るう事に、いったい何の意義を見出しているのか。それが俺には分からなかった。

 

「暇つぶしだ」

「――」

 

 一瞬。思わず思考が止まる。

 息を呑んで男を見上げた。

 ――男は、笑っていた。

 口角を釣り上げ、可笑しそうに笑っていた。

 

「強ェヤツとやり合うのは愉しいからな」

 

 そう言った途端、男の中の感情(なにか)が弾けたのか、一段と放出される霊圧が強くなる。呼応して膂力も強化され、俺は力押しで弾かれた。

 刀を正眼に構え直しながら、視線で男を捉え続ける。

 

「――あァ。それと一つ、お前は勘違いをしているぜ」

 

 長刀を振り下ろした姿勢のまま、男が告げる。

 ――こちらを見上げる男の目と、視線が交わる。

 ゾクリと悪寒が走った。

 

「やり合った結果、相手が生きてられなかったから勝手に死ぬんだ」

 

 ――――強い奴をあっさり殺しちゃつまらねェからな。

 ニィ、と深まる凄惨な笑み。

 ――確信する。

 この男は、生も死もなんとも思っていない。ただ生きているから殺し合う。死んだ時はそのとき。だから殺す気ではいても、勝敗を決した時に相手が死んでいなければ見逃し、再戦を愉しみにする――――そういう刹那的な生き方で殺し合いを幾度も生き抜いてきたのだ。

 あまりに独特な価値観。

 あまりに傲慢な生死観。

 この男ほど"死神"の務めからほど遠い男も居ないだろう。居るとすれば、話に聴いた史上最悪と言われる"剣八"くらいだ。

 そして、それらが容認されるほど、この男は――強い。

 

「――ハ」

 

 知れず、息を吐く。

 口元が歪む。

 それは虚勢の笑みだった。霊圧に()てられ震える四肢に、萎えそうな心を奮わせるためだけの張りぼての笑み。男のような力に裏打ちされていないハッタリだった。

 そうでもしないと心が折れそうだったのだ。

 ――"霊刃"は、それでも頼もしい輝きを保っている。

 鍛えてから約三年。その時間に裏打ちされた経験だけが、今の支えだった。

 

「なら、生きなきゃな。ここで死んじゃああまりに不甲斐ない」

 

 そう自身を叱咤する。

 思い浮かべるのは三年間で知り合った人々。その中でも特に鮮明なのが山爺と"剣八"、そして逢花の三人。三人に教えられた全てをこの戦いで敗れた結果"無駄だった(弱かった)"と評されるのは嫌だった。

 そう出来たのも、"霊刃"が無駄ではなかったと分かっているからだが。

 

「――イイ(かお)だ。震えていた霊圧(チカラ)も、今はしっかりしてやがる」

 

 同じ高さの宙に立った俺を見て男がまた笑う。

 よく笑う男だと思いながら、つられて俺も笑みが零れた。

 同時、俺の内側から生じる力の奔流が、より強まったのを感じた。霊力の増大。霊圧の増量――ここに来て、急な変化だった。

 男もそれを感じ取ったか、ほぉ、と興味深げに目を眇める。

 

「更に圧も増しやがった。力を隠してたのか?」

「いや、そういう訳じゃない。ただあんたの生き方がキッカケになったんだ」

 

 機会としてはそれしか考えられなかった。

 男の死生観や価値観に触れた。共感こそしないが、しかし理解はした。"なぜ他者を殺そうとする者がいるのか"という長年の疑問に対し一つの答えを得たのだ。

 この男は殺し合いを求める。だが、相手の死を求めてはいない。

 求めているのは――闘争。ある種の直向きで強欲な渇望が根底にはあった。

 だが男はきっと強さを得ても、それこそ世界最強と言われても満足しないだろう。男が欲しいのは栄誉ではない。実利でもない。殺し合いをする事こそが手段であり目的なのだ。

 

 そして、その過程に自分は納得を抱いた。

 

 自分とて未知の力――昔だと鬼道がそれにあたる――や強さを求め、鍛錬の日々を重ねてきた。殺し合いこそしないが、一連の流れは似ているところがある。

 究極的にはこの男とすれ違うだろう。

 俺は強さを求めているが、男は闘争を求めているのだから。

 

「俺はあんたみたいに強い人を知っている。その人達に追い付くことを……心のどこかで、無自覚に制限してたんだろう。俺はまだ力を持つ事が不安だったんだ」

 

 ――この理解と納得が鍵だった。

 力を持つ者への疑問。

 転じてそれは、自身が力を持つ事への不安でもあった。

 山爺も、"剣八"も、そして逢花すらも、数十年以上を生きる長寿の者だ。反面自分は自我が覚醒してから二、三年。外見から類推された年齢と足しても二十はいかないとされる身である。尸魂界の常識や暗黙の了解も知らない事が多い。

 これまでは霊力がある者はみんな死神になって、世界の均衡保持のために動くと思っていたから、荒くれ者達や過去の殺戮集団について分からなかった。

 そこに一つの答えを、この男は出してくれた。

 胸のつっかえが取れたのだ。文字通り、霊圧の増大という形を引っ提げて。未だ逢花にも、目の前の男にも届いていないが、それでも十分だ。

 

「人は未知を恐れるらしいが。未知でなくなったなら、もう恐れる必要は無い」

 

 その言葉と共に、斬魄刀を突き付ける。

 青白い霊圧が立ち上る。霊刃の輝きは今まで以上で、その鋭さも増している事が視覚的に分かった。心のつっかえが取れた事は鎖結と魄睡の活性化にも繋がっている。

 

「ハッ――ハッハッハッハァッ!!!」

 

 そんな俺を見て、男が初めての呵々大笑を見せる。可笑しくて堪らないというように。

 嬉しくて堪らないというように。

 天を仰いで笑っていた男が、その面を下ろした時の笑みは――これまで以上に凄惨で、殺気に満ち溢れていた。"剣八"が偶に向けてきた視線と通ずるものを感じる。

 

「いいじゃねェか! テメェとなら、最高の殺し合いが出来そうだ!」

「ハッ……行くぞッ!」

「来いッ!!!」

 

 互いの表情は笑み。

 交わすのは殺意。

 向けるのは刃。

 交錯する二振りの刀。片や刃毀れの酷い長刀、片や傷がつき始めた斬魄刀の競り合いは、どちらも一歩も退かずの互角の勝負。

 見下ろしてくる視線は獰猛だ。

 きっと、返す俺も同様だろう。

 ――弾かれたのは、今度は両者。

 距離が開く。

 開いた距離を、再び詰める。

 思考に上がるのはただ"前へ"という一言。

 最早逃走の思考は無い。目の前の敵をどうやって斬るか、という思考にのみ振り切れている。

 敗北の懸念も無い。全力を振り絞れば死なないという、根拠のない自信があった。僅かな勝ち筋を手繰り寄せ手にしてみせるという気概があった。

 

 この男の前では、弱気なんて持っている余裕はない。

 

 全力を傾けろ。

 

 心力を尽くせ。

 

 全霊を賭せ。

 

 

 

 魂を、奮わせろ――――

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 

「オオアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 

 裂帛の咆哮。

 あちらも上げたそれに、負けてなるかと踏み込み、刀を振るう。

 被弾はギリギリで躱す。かすり傷は、この際無視した。些事に意識を向ければその一瞬で食い破られる。最初のような様子見はもう無い。一瞬の隙が生死を決めるのだ。

 偶に浅くない傷を負うが、男が距離を離した時に合わせて回道で応急処置をする。俺の腕だと短時間の回道では傷を塞ぐまでしか出来ないがそれだけでも十分だった。

 男も大小無数の傷を受け、血を流している。だがそれを痛痒とも思っていないように動きを止めない。

 最早赤くない部位が無いほどお互いに血に染まっていた。自分が流した血か、それとも返り血かも定かではない。

 それが気にならないほど、俺も男も、目の前の"敵"との戦いに没頭していた。

 疲労はあるが――

 

「――シィッ!!!」

 

 鋭い呼気と共に、霊力を練り上げる。

 練るのは鬼道。詠唱は破棄。番号は四の(びゃく)(らい)。本来なら指先から矢の如く一条の雷を放つそれを霊力に合わせて自身に流し、全身を賦活する。

 回道を教わる過程で人体を学び、霊子構造を知った結果、霊力操作技術にものを言わせて編み出した我流の回道である。

 ただし、邪道だ。

 通常の回道では傷を癒し相手の霊力を多少回復させられても疲労までは打ち消せない。この回道もそこは同じだが、違う点と言えば"疲労"という感覚を一時的にマヒさせる事に特化していること。無理矢理自身の最大の能力を引き出すようにするのがこの我流の回道だった。

 治癒とは言えないそれは、治療に使われる麻酔と同じ。

 そのために白雷を使って一時的に感覚をマヒさせた。一歩間違えれば五感を喪い、筋肉も傷める危険なそれは、しかし正確に自分の体を知った事で完成させられた。

 ――後が怖いが、今はいい。

 今は体を動かす手が必要だ。

 この男の霊圧の前に、鬼道は通じない。瞬歩も見切られる以上使うだけ体力と霊力の無駄だ。

 すべての霊圧を肉体に回す。白打の基本であり、俺は必要な時に必要な部位の強化をし、無駄をそぎ落とした。その上で自己治癒も合間に施す。

 

 だが、それでも男は倒れない。

 

 斬り付ける。

 血は流れるが、両断まではいかない。男の斬撃を躱すためにこちらから刀を引くからだ。

 あちらの斬撃も俺を捉え切れない。瞬歩を会得していたお陰か、反応速度はこちらが優っているようだった。小柄なのも大柄な男にとってやり辛いだろう。

 今の俺なら男を殺せる。

 男の攻撃は俺を殺せる。

 しかし、どちらも致命打に一歩届かない状況が続いていた。

 

 ――それでも。

 

 男も俺も、笑っていた。

 

「――テメェ、名は?」

 

 幾度もの応酬の後、ふとした時に流れが止まった。

 それで気が向いたか男が尋ねてくる。長刀を担ぎ、笑みを浮かべたそれに他意は見えず、純粋に知りたいから問うてきたのだと分かった。

 

「山本悠璃」

「そうか」

 

 ならば教えない理由も無いと、俺も応じた。

 男は短く頷いた後、口を開いた。

 

「思った通り、名があるのか」

「……あんたには無いのか」

「おう。俺ァ流魂街の生まれ、覚えがついた時から名はねェな」

 

 そこまで言った男は、だが、と続けた。

 

「呼び名はある。いつどこで誰が呼び始めたかは知らねェがな……呼び名は、"更木の(ケダモノ)"だ」

 

 更木。それは北流魂街で最も外周にある区画の名前だった。

 男が浮浪者の装いなのも、殺し合いを日常とする殺伐とした日々なのも、流魂街の外に位置するところの生まれだかららしい。

 とは言え親は居ないようだ。捨て子というのも、外周に近い区画では珍しくないという。名前も、いつしか自分でつけたり、他者が呼び始めたものが自分の名前になるそうだ。

 男はまだどちらでもない。男自身が名前に頓着していないせいだろう。

 

「言い得て妙だな。あんたの気配は、正しく獣のそれだ」

「そう言うテメェも、最初とは打って変わって笑えてるじゃねェか。殺し合いで笑う奴を見るのはテメェで二人目だ」

「その一人目はあんた自身か?」

「違ェよ」

 

 どちらからともなく、笑みを深める。

 ――対等に軽口を交わしたのは、初めてか。

 学友達とも交わした覚えはない。逢花とは、対等に交わせていない感覚がある。

 初めて対等な立場の相手が出来た気がした。

 

「――ああ、惜しいな。あんたとはまだやり合っていたいと思うんだが。俺の体の方が持ちそうにない」

 

 心の底からの言葉だった。

 学友とも、逢花に対するものとも違う、心を許した者への言葉だった。

 男はそれをハッ、と鋭い呼気と共に笑った。

 

「テメェが生きてりゃ何の問題もねェ」

「……そうだな」

 

 僅かに気落ちしていた心が再燃する。萎みかけていた霊圧も、再度活性化した。

 ――どちらからともなく構えを取った。

 俺が限界である事を、男も知った。そして勝負を満足に終わらせるべく次の一撃に集中し始めた。

 どう転ぼうと次の一手で幕だ。

 気合を込めるのと同期して、今日一番の輝きが立ち上る。斬魄刀の刀身が眩いほどの霊光を放っていた。

 男の髑髏の霊圧も同様だ。長刀の(きょう)(めい)が、高まる霊圧の唸りを伝えてくる。

 

 ――行くぞ。

 

 ――来いよ。

 

 視線だけの会話。

 言葉も飛ばした意志だけのそれは、俺が挑む側で、男が待ち受ける側のまま――それでも、踏み込みは同時だった。

 男が上段から袈裟掛けに長刀を振るう。

 対してこちらは左切り上げに斬魄刀を振るった。

 刃が交わる。

 

 霊光が弾け――――

 

***

 

 カッ! と、夜闇を引き裂くように一際眩い輝きが迸った。

 一拍遅れ、轟音と激震が尸魂界を走り抜ける。遠からず護廷十三隊の死神が調査のために派遣されるだろう。調査と言ってもこの事態の原因の片割れが死神で知らぬ者は居ないだろう総隊長の拾い子、もう片方が"更木"に棲む獣である事は霊圧から筒抜けなわけで、形だけで終わるのは目に見えている。

 しかしそんな事は自分には関係ない。

 幾つもの悪評を持つ獣に狙われてタダで済む訳が無い。そうして命を落とした者が少なくない事は、調べがついているのだ。

 だから悠璃を早く助け出し、怪我をしているなら腕のいい回道の使い手に診せなければならないと、心中には焦燥があった。

 

 ――結局、私がその場に到着したのは、決着が着いた時だった。

 

 大きな人影は左腰から右肩にかけて大きな切り傷を受け、仰向けに倒れていた。その顔は憎たらしい満足そうな笑みを浮かべている。気を失っているのか目は閉じられていて、さっきまでの膨大な霊圧を殆ど感じない。

 その大男の前で、刀を振り上げた姿勢で止まったままの小さな人影があった。こちらも霊圧の高まりは既に収まっている。

 

「悠璃? 大丈夫?」

 

 声を掛けるも返事は無い。

 近寄って顔を覗き込めば、彼は立ったまま気を失っていた。目も白目を剥いてしまっている。

 

「……かわいい顔も、これじゃ台無しだね」

 

 はぁと溜息を吐いた後、とりあえず怪我の応急手当をする事にした。刀を鞘に納め、横たえた彼の体を簡単に(あらた)める。

 結果、溜息を吐く事になった。

 この少年、小さな傷は多く受けているが、致命傷は一切無かった。多分戦いの中で自分で治したのだろう。元"剣八"に回道の手解きを受けていたとは本人からも聞いているし、その腕は鍛錬の中で幾度となく目にしている。

 回道を修めたのも本来は戦い続けるためではないと思うが……

 

「ま、とりあえず当分は安静にしないとかな」

 

 傷は塞がっているが、流れた血までは回道でも戻せない。暫くは精の付く食事と静養に努めるしかないだろう。毎日行っていた鍛錬も中止だ。日常生活に支障が無いなら学業には出るべきかもしれないが、その辺は本人の状態と応相談といったところだろう。

 ちなみにこの間、獣も血を止めどなく流しているのだが、当然のように放置だ。

 危険人物とされる者まで治してやる義務は貴族であろうと無いのである。

 

 

 

「これは、驚きましたね。まさか()()()が敗れるとは」

 

 

 

 ――瞬間、重い霊圧が圧し掛かる。

 並みの霊魂なら気絶、あるいは委縮しているだろうそれを発しているのは、この場に着たばかりの死神だった。『四』の隊首羽織を纏う黒髪の女性。

 名を『卯ノ花烈』。

 だが――元の、名は。

 

「……卯ノ花、()()()殿」

「あらあら。私は、そのような名ではありませんよ」

 

 月光を背にこちらを見る女性の顔には柔和な笑みが浮かんでいる。

 とても史上最悪の犯罪者とは思えないそれは、当然ながら作られた笑みであり、仮面。その名も同じだ。

 

「せめてそのドギツい霊圧を収めてから言って頂きたい。それに、私はともかく、この子の容体に差し障る」

「あら、それはいけませんね。救護を任される隊の長としても、その子の師としても」

 

 にこりと微笑みながら卯ノ花隊長は霊圧を収めた。存在感はあるが、それでも先ほどより随分マシだ。

 ――その女の目は、膝に乗せた少年に固定されている。

 女の瞳には冷たい色があった。何を考えているか読めず、自然と警戒してしまう。

 

「――何事かと思って来てみれば、戯言が聞こえたのぅ」

 

 その空気を割るように、いつの間にかこの場に新たな死神が現れた。

 護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國が杖から斬魄刀を取り出した状態でその場にいた。更木の獣、卯ノ花、自分で三角形を作る位置取りの、その中心に立っていたのだ。

 霊圧を感知させないその技術、また音を立てない走術の腕、ともすれば鬼道を併用したのだろう総隊長の出現を自分は察知できなかった。

 卯ノ花が察知出来ていたかは分からない。表情に取り立てて大きな変化は見られなかった。

 

 ――しかし、まさか総隊長自らが足を運ぶ、とは。

 

 調査の手が伸びるとは思っていたがよもや総隊長が来るとは思っていなかった。

 噂ではこの少年が相当気に入られていると聞いていたが、どうも予想以上だったようである。卯ノ花は師弟の関係――というよりは、どうも更木の獣と何かしらの関係があって足を向けたような発言があったから、微妙なところだ。

 ともあれ総隊長の登場は願ったりな話である。

 自分と総隊長の関係は『元流』の師弟止まりだが、悠璃に関してで言えば同じ陣営。つまり絶対味方だ。これほど頼もしい味方は他に居ない。

 何やら卯ノ花と総隊長の間にも確執があるようだし。

 まぁ、それら含め、自分が下手に何かを言えるような雰囲気ではないけど。

 

「卯ノ花隊長、お主はなぜここに?」

「馴染みのある者の霊圧が大きく揺らいだのを感じたからです。治療の必要性があると判断し、そこへ赴くのは別におかしな事ではない筈ですが。それに総隊長もなぜこちらに?」

「並みの隊長格を凌ぐ霊圧に一般隊士を向かわせる訳にもいかんからのぅ。加えて、お主が向かっているとなれば猶更よ」

「あら。心配されずとも、()()私は患者の治療に専念する救護隊の隊長です。判断を誤る事は致しませんわ」

「戦いが終わっていれば、じゃろう?」

「……うふふ」

 

 じわじわと、滲み出る霊圧の鬩ぎ合いがこの場を支配していた。卯ノ花のドギツい霊圧と総隊長の威圧感溢れる霊圧の衝突は正直生きた心地がしない。

 早く終わってくれ――

 その願いが叶ったのか、どちらからともなく霊圧は収められた。

 

「……不毛じゃな」

「そうですね……とりあえず、傷病者の治療に入ります。まずは悠璃からですね」

「まずはって……まさか、あの男も治療するんですか?」

 

 思わずそう問いを投げた。即座にしまったと思うが時すでに遅く、卯ノ花は届いた言葉に対し、首肯を返した。

 

「無論です。味方だろうと敵だろうと、診察台の上では区別はありません。四番隊にとっては全て等しい患者なのですよ」

「……」

 

 その言葉を、一般の救護隊員から聞ければどれほど良かったかと、思わず思ってしまった。過去を知っているだけに卯ノ花のこの言葉が胡散臭く思えてならなかった。

 横目で総隊長を見れば、あちらも物凄く微妙な視線を卯ノ花に向けていた。

 ともあれ彼女の回道の腕前は現尸魂界でも随一なのは確かなので、治療を任せる事にした。

 その後に待っているのは事情聴取と事後処理。

 とは言え数秒の時間差で到着した程度だったので聴取もすぐ終わる。院生なので事後処理に直接関わる事は無く、すぐに立ち去る事になった。

 気を失ったままの悠璃は怪我の経過観察込みの療養のため、総隊長が自身の屋敷に引き取る事に。

 何はともあれ、総隊長自らが動くなら事態も収束するだろうと思い、私は姉が待つ屋敷への帰路に就いたのだった。

 

 






・悠璃の自己回道
 本人曰く、邪道
 『無から有を生み出す(霊力→霊子)』技術の一つ
 つまるところ『温泉要らずの完全治癒』の不完全版。完全版では例の治癒温泉の如く、体を完全に治癒し、疲れも吹っ飛ばす事が出来るようになる……かも?
 不完全なので白雷による電気刺激、増幅された霊力で身体の賦活、励起を補った
 下手すれば全身がマヒする諸刃の剣


・死闘の決着
 悠璃の遠当てが決め手
 超至近距離から霊刃乗せのプチ月牙で先に攻撃を当てて吹っ飛ばした事で悠璃は攻撃を受けなかった
 遠当てが出来なかったら相打ちで死んでいた


・更木の獣
 北流魂街80地区「更木」出身の大男
 ぶっちゃけて言えば未来の更木剣八。八千流と刃を交えて数十年後くらいなので、原作登場時よりまだ若い。見た目20歳くらい?
 眼帯なんて無いから当然霊圧フル解放
 更に『相手の力のちょっと上にセーブする』無意識手加減の回数が原作開始時より少ないので、千年血戦編頃の全力にちょっと劣るくらいが通常状態
 本人のやる気と悠璃の霊圧に中てられてグングンと解放段階が跳ね上がって上記の通常状態で最後打ち合った形


・山本悠璃
 何も知らなかった少年
 教えられたことしか知らない。だから、教えられていない事は分からない
 霊力を持つ者はみんな死神として世界のために動くと思っていた
 しかし強い者は過去暴力を振るい、命を奪っていたという。そうする理由が分からず、未知として不安があった
 元柳斎や逢花のような強者を目指すにあたってその不安が成長のストッパーになっていた
 今回、獣との対峙で『殺し合う事こそが目的』という答えを知り、自身も『強くなる事』を目的にしてもいいと考え、吹っ切れた
 最終的に殺し合いに発展しているが、相手の命まではお互い興味が無い
 獣は殺し合いの最中に得る喜悦を、悠璃は経験を欲し、利害の一致で刃を交えた
 おそらく原作に入っても剣八と笑顔で殺し合ってるだろう候補筆頭
 一応相手の対応に合わせるので"剣八"にはならない(というかお爺ちゃんがさせない)


・卯ノ花烈
 元、八千流/剣八
 四番隊の現隊長。本文での胡散臭い語りは、原作で花太郎が言っていたような……というふんわりフィルターが原因
 実際原作で治療に専念する初代剣八を総隊長はどう思っていたのだろうか
 内心で物凄いハッスルしてる()


・山本元柳斎重國
 おじいちゃん
 悠璃の霊圧の高まりを察知し、更に卯ノ花烈の霊圧も感じて急いで駆け付けた。総隊長としては異例の対応だが内実を知っているとむしろこの人しかいない
 この人が居なかったら卯ノ花が好き放題していたのは間違いない


・宮條逢花
 苦労人?
 真っ向から初代剣八の昂った霊圧を前にものともしなかった。悠璃からは、獣と同列に扱われている
 つまりこれまで"理解不能な強者"という枠組みで不安がられていた事に


 そして悠璃の変化は獣以外の誰も把握していないことである

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