元柳斎の養子(1900歳) 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
偉大な師が就いてるとプライドが出来ちゃうよねってハナシ
パラ、と本の
達筆な筆文字で綴られているのは過去の英知。尸魂界を守護し、現世の魂を導く死神に不可欠な知識と技術の結集。いま手にしている本は、その入り口とも言うべきものの一つだ。
死神とは中立でなければならない。
死神とは、人を守らなければならない。
なぜならば――
「世界の均衡を保つため、か……」
綴られた内容の要約が口から洩れる。
半ば無自覚に漏らしたそれには、少なからず畏敬の念が籠っていた。
死神統学院。
死神になるための学校に入学した俺は、死神の開祖にも等しい総隊長から直々に鞭撻されていた甲斐もあり、一年目の講義の殆どを難なくこなせていた。成績優秀者として講師達からの覚えもめでたい。
ただ、残念ながら学友達からは距離を置かれている。担任の講師曰く、保護者が総隊長だから近寄り難いのだろうとの事だった。
放課後になるや否や街に繰り出したり、談笑に耽る学友達を見て思うところはあるが、仕方ないと割り切った俺は、余った時間を勉学に当てる事にした。
学院に入学した生徒は貴族のような特権階級を除き基本的に学生寮で暮らす事になる。これは流魂街で日銭を稼いでいた者達への救済措置のようなもので、寮暮らしの間は衣食住を保証される。俺の場合、山爺は貴族ではないので、入学と同時に学生寮に住まいを移していた。山爺と剣八さんとの鍛錬は時間の調節の兼ね合いから長期休暇の間にすると決まっている。
つまり俺はあの二人との鍛錬の代わりとして、勉学に力を入れる事にしたのだ。
入学してから二週間。講義終了から夕食まではずっと図書館に籠り、夕食後も貸し出された本を読んで過ごす日々を送っている。無論、刃禅も欠かしていない。
まったく遊ばないせいで学友達からは『鍛錬馬鹿』と笑われているらしいが、仕方ないと割り切っている。
なにせみんなと違い、俺は知らない事がたくさんあるのだ。知りたいという欲求には逆らえない。
そうして本を手に取っていく中で見つけたのが、世界の均衡に関する歴史書だった。一回生に配布された教本には無かったため、もっと上級生になってから講義で使うのだろう。
なんだか先取りしたみたいで少しだけ誇らしさを感じながら、頁を捲っていく。
《世界》とはこの教本によれば現世と
しかし、魂が幽世へ向かうには死神の導きが必要になる。
死神の導き無しでは尸魂界に来られない。地縛霊や怨霊になってしまい、果てには魂を害する存在《虚》へと堕してしまう。つまり、魂の輪廻転生が完了せず、現世に生きる魂の総数が減っていく。
それらを防止し、輪廻の巡りを円滑にする事が死神の務め。
そうしなければ世界の均衡が崩れ、現世も幽世も諸共に崩壊してしまうのだという。
「いったい何から守るんだろうと思っていたけど、思ったより壮大だな」
なんだか自分が思っていたより事が大きく感じられてしまい、死神候補生とも言うべき俺や学友達に、それが務まるのかと疑問を抱く。まぁ、やる事は『魂を導く』と『虚を浄化する』の二つだから解りやすくはあるのだが。
それに、と更に疑問が浮かぶ。
「しかし、この役目と貴族に何の関係が……?」
役目を考えるなら死神だけでいいだろうに、尸魂界には貴族という存在が在る。五大貴族を中心に存在する上流階級は尸魂界の創立に深く関わった者達の末裔らしい。
だが、その創立が何なのかは具体的には不明だ。
個人的にそこが気になって手当たり次第に読み漁っているが、未だこれと言えるものが見つかっていない。
ある程度までは過去を遡れる。尸魂界を創立した一族――そこまでは、解っている。だが創立以前の事について記したものは一つも見つからない。
まるで意図的に隠されているようにも思える。
「知られたくない何かがある、か」
パタン、と本を閉じる。
これ以上探したとて、死神統学院の図書館では貴族の成り立ちを綴った書物はおそらく見つからない。山爺のように隊長格や貴族と対談する権限を持てばまだ違うかもしれないが、少なくとも学生の立場では、まだ知るべきではないと判断されているのだ。それが貴族の集まりであり、尸魂界の最高統治機関《中央四十六室》の差し金だとすれば、これ以上は探らない方が身のためだ。
「……今日は借りなくていいか」
普段なら本の一冊の二冊は借りていくが、今日はこれ以上何かを読む気になれなかった俺は歴史書を書架に戻した後、何も借りず図書館から立ち去った。
図書館を出た俺は、その足で学院の鍛錬場に足を運んだ。
鍛錬場には斬拳走鬼それぞれに適したものが用意されており、どれを鍛錬するかによって行く場所を変える必要がある。これを学年、組別で代わる代わる利用する事で普段の講義は回っていた。
四種ある鍛錬場の内、今日俺が選んだのは斬術の鍛錬場だ。
その理由として、斬術の実践講義はまだしていなかったためだ。霊力を持っていてもその扱いが不十分である者は、まず白打、走術から学ぶ。霊力を十分に扱える者は特進組に分けられ、更に鬼道を教わる。これらは知識が大前提とされるため講義も前倒しにされているらしい。
自然、斬魄刀の素振りや模擬戦に関しては、後回しにされている。
鍛錬場で行くのは自ずと斬術のものになっていた。
「――あ、悠璃だ!」
屋内の鍛錬場に足を踏み入れたと同時、すぐ近くから声を掛けられる。霊圧で気付いていた俺は特に驚く事もなくそちらに顔を向けた。
声の主は入口近くの壁際に立ち、手拭いで流れる汗を拭いている。俺が図書館に居る間もずっとここで素振りか誰かと模擬戦をしていて、いま休憩を取っているところだったのだろう。
その人物は俺と同じ特進組の学生。
名を
更に言えば、現状ほぼ唯一まともに会話している学友の少女だった。
「宮條さん、素振りでもしてたんですか?」
講師に対するのと同じく、慣れない敬語で応じると、彼女は「あー!」と大きな声を上げた。その表情には不満げな心情がありありと浮かんでいる。
「もー、また敬語になってる! 名前呼びでもいいって言ったのに!」
「……貴族の、それも当主に対してはちょっと……」
確かに本人がしていいと言ってはいるが、じゃあそうしようと思えるような立場に彼女はない。
本人から聞いた話だが、彼女の母親は体が弱く自身を生んだ時に亡くなり、父親は死神だったが虚との戦いで戦死。姉は一人いるが、彼女も生まれつき体が弱い。そのため繰り上がりのように自身が当主になったのだ、と彼女は語った。
本人は「お飾りだから」と自嘲するが――しかし、立場は立場である。
山爺は保護者、剣八さんは師弟の間柄だが、それは何れも貴族ではない上に『公私』の『私』の部分での付き合いだからまだ気楽なだけ。彼女は貴族である故、たとえ『私』の関係だとしても気安くなるのは難しい。
「じゃあ賭けをしよう! ボクが勝ったら敬語をやめて、名前呼びする事!」
「……入学主席が提示する内容じゃないと思うんですが」
あまりに一方的な賭けの内容にジト目を送る。
上流貴族の子として長らく教育を受けている彼女は、総隊長から斬術と白打、剣八さんから走術と鬼道について教わった俺を退けて主席を取っている上に、遥かに卓越した技量を持っている。斬術はまだ見ていないが、それ以外は俺以上の実力なのは間違いない。
「そもそも、宮條さんは俺の倍ぐらい霊力があるでしょう。既に公平じゃないんですが」
そして一番厄介なのは、この一年近くの期間で鍛えられた俺の倍の霊力量を彼女は誇っているという事だ。
山爺たち曰く、俺の霊力量は既に隊士に就いて数年の死神に相当するらしい。それの倍となれば、死神の上位に位置する席官に届き得るという事。
死神同士の勝負で大勢を決するのは霊力量だと聞いた。
もうこの時点で賭けとして不公平なのだ。
そう訴えるが、彼女はどこ吹く風とばかりに笑みを深くする。
「賭けっていうのは絶対に公平じゃないといけない訳じゃないもん。だいたい、弱い悠璃が悪いんだよ?」
真っ向から言われ、俺は思わず押し黙った。
……まぁ、賭けの内容はどうあれ、それに勝つ見込みが低い事――つまり、俺が弱い事が悪いのは確かだ。強ければ勝てる。それを分かった上で彼女は吹っ掛けてきている。
無論、この賭けに律儀に応じる必要は無い。
分の悪い賭けだと判断し、踵を返して寮へ戻っても問題はない。おそらく……いや、ほぼ間違いなく今後も同じような賭けを吹っ掛けられるが、実力を付けるまで応じないというのも一つの手だ。
――――だが。
『お前は弱い』と。事実とは言え、それを真っ向から言われたのは。
すごく。
すっごく、頭にきた。
「――いいでしょう。俺が勝ったら、ご飯一回奢ってもらいますよ」
頬を引きつらせながらそう応じた途端、彼女が満面の笑みを浮かべた。
「ふふっ、そうこなくっちゃ! じゃあ純粋な斬術で勝負! 白打、瞬歩も無しだよ!」
「望むところ……!」
鍛錬場の端に纏められていた木刀を手に取り、開いているところで互いに構える。
合図はない。
「参ります――!」
「来い――!」
山爺との鍛錬の時のように、どちらからともなく駆け出した。
結論から言おう。
俺は負けた。
「……つっよ」
板張りの床に寝転がり、肩で息をする俺は、心の底から思った事を呟いた。
――正直、舐めていた。
慢心と言うのだろう。護廷隊と学院の創設者たる山爺、由来は知らないが『剣八』という異名を持つ隊長の二人から教わり、学院でも好成績を出している俺は、我知らず有頂天になっていたのだ。
思い返せばこの一年弱、鍛錬の時に扱かれた事はあるが、勝敗を決める試合をした覚えはない。試験はあるが、あれは山爺がほぼ攻撃してこなかったから成立したものだ。そもそもあの試験に合格できたのも霊圧の遠当てで意表を付けたからに他ならない。
純粋な斬術で言えば、宮條木綿季は山爺より劣るだろう。
だが――今の俺よりは、確実に上なのは間違いない。
その証拠に、傍らで俺を見下ろす少女はまだまだ余裕を残しているようで、さっき掻いていた汗はむしろなくなっていた。疲労させる事も出来なかったという事だ。
勝ち誇った笑みが途轍もなく憎たらしい。
「へっへー。これでもボク、ウチの家系では斬術の天才って呼ばれてるからね。師範からは六十年前に免許皆伝貰ってるし」
「六十年……」
告げられた年数に愕然とする。
六十年。
過去を覚えていない俺は、まだ一年にも満たない時しか生きていない。彼女はその六十倍の時間を掛けて斬術を、またほかの技術を鍛えていたのだ。
思わず苦笑が浮かぶ。
「勝てない訳だ……というか、もしかしてその霊力量って、結構抑えてたり……?」
「あー……」
俺の問いに、彼女はぽりぽりと頬を掻き、目を逸らす。曖昧な反応だが、それは雄弁に答えを語っていた。
どうやら俺の倍する霊力は彼女にとってかなり抑えた方だったようだ。
一体本当の霊力量はどれくらいなのか気になったが、それ以上に俺の思考を割く疑問があった。俺はその事について聞こうと思い、口を開く。
「それだけ強いのに、なんでこれまで死神になってなかったんです?」
「こら、敬語はダメだよ」
「……なかったんだ?」
びしっ、と木刀を突き付けられた俺は、語尾だけ言い換えた。それに満足したように頷いた彼女は、傍らに座るとやや厳めしい面持ちになった。
「端的に言えば、貴族の義務だから」
「……貴族の?」
「そう。貴族っていうのは尸魂界で生まれた魂魄で、生まれつき霊力を持ってる事が多い。それも、結構強い霊力をね。そういう人達の一番偉い人達が《中央四十六室》や五大貴族なんだけど……ここまではいいかな」
その確認に、俺は起き上がりながら頷いた。丁度さっき歴史書で見た内容だったからしっかり覚えていたのが功を奏した形だ。
俺が解っているのを見て、彼女は続きを語る。
「ああいう人達に比べればウチはまだ格が低いんだけどさ、貴族である事には変わりない。その貴族は四十六室に入る可能性を誰しも持ってる。護廷十三隊は、四十六室の指揮下にある。つまりすべての貴族は四十六室か、護廷十三隊に属する必要があるんだ。まぁ、厳密には家系の当主か直系の血筋の人が一人でも入ってればいいんだけどね」
「……えっと……?」
「つまり、当主しか護廷隊に入ってなくて、その当主が病没なり引退なりした場合、その子供が入る事が貴族の決まりだって事」
それ彼女の境遇を喩えたものである事は理解できた。貴族の義務とはそういうものだとも、よく分かった。
だが――それは、これまで死神にならなかった理由ではない。
その理由はなんだろうと思っている事に気付いたか、彼女は更に話を続ける。
「でさ、ボクがこれまで死神にならなかったのは、お父さんが止めてたからなんだ。死神になったら死ぬ危険が多いから。ボク自身なりたいとは思ってなかったしね」
「……じゃあなんで斬術を習って……」
「あ、それはただの趣味」
「しゅ、趣味……そう……」
あっけらかんと明かされた事実に俺は複雑な気持ちになった。こっちは割と真剣に鍛錬に打ち込んだため、それを趣味で越えられたのは得も言われぬ心地だ。
打ち込んだ年月が違い過ぎるから比べるのも烏滸がましい話ではあるが……
「――あ、そろそろ寮則の時間だ! 早く戻ろう!」
物思いに耽っていると、やや慌てたようにそう言われた。鍛錬場の外を見ればすっかり陽が沈んでしまっている。
釣られるように立ち上がった俺は木刀を返し、連れ立って寮の食堂へと移動した。
その子を初めて見た時思ったのは、綺麗な子だなぁ、という感想だった。
山本悠璃。
その名を知らない学院生はおそらく居ない。学年主席こそ自分が取っているが、他の並みいる貴族の子息を押しのけて次席の座に就いた彼は、色々な意味で有名だったからだ。
美少女の見た目ながら男子である事はもちろん、その出自――彼が、総隊長の子供であるという事にも起因する。総隊長は結婚していないので養子である事は明白なのだが、彼が引き取られた経緯が謎に包まれているので、噂話は去年から広まっていた。その張本人が入学してきたのだから有名になるのは当然だ。
人当たりは良く、成績もいい。見たところ霊力操作も悪くない。それどころか霊力量も学友たちの中で上位に入る。
これで貴族出身でないというのがちょっと信じられなかった。
しかも、聞くところによれば過去の記憶が無いらしい。拾われてから一年弱で知識と技術を叩き込まれて入学したという彼は、その経歴の謎さ、また立ち位置の微妙な部分からか、学友たちから敬遠されていた。
それに気付いてはいる筈だが、本人は敬遠されている状況に然して反応せず図書室や自室で本を読んだり、鍛錬場でひとり鍛錬しているため、どう接すればいいか分からず学友たちも困惑していた。
そんな彼らを置いて声を掛けられたのは、偏に生きた年月や経験の差というものだろう。
ボクが習った剣術流派は『元流』。その開祖は総隊長。あの人の威圧に慣れてしまえば大抵の状況に狼狽える事はない。
「とは言え……ボクを相手に、四半刻も持ち堪えるなんてね」
そんなボクでも、流石にそれは予想外だった。純粋な斬術勝負で年下の子にああも耐えられるとは思ってもみなかったのだ。
これは自分も鈍ってしまっているかもしれない。
「流石は元柳斎先生の子……というよりは、彼自身の努力の賜物か」
誰かの子、というのは侮辱に当たるかもしれない。そう考え、評価を改める。
「ふふ……明日は、素直に鍛錬に誘ってみよっかな」
部屋の窓から空を見る。
夜空にはまん丸の月が輝いていた。
例えるなら、養成校に入った若き朽木白哉とモブ死神みたいな構図(尚年齢差は桃と日番谷並み)
・宮條木綿季
オリ貴族キャラ
上流貴族《宮條家》の若き現当主。まだ百年も生きていないが、先代当主が亡くなり、姉は体が弱いので繰り上がりで当主になった。そのため死神の養成校に入学
『元流』の門下生の一人で斬術に関しては免許皆伝を貰っている
だが、山爺と真っ向勝負すると経験の差で負ける
現時点で既に霊圧は上位席官~隊長格
師範の山爺のうわさで悠璃の存在は知っていた。だが師範がもう一人いて、それが剣八である事まではまだ知らない
・山本悠璃
大海を知った蛙
斬術の師が剣八だったらまだいい勝負が出来たかもしれない
結構地道に努力していた方だが、師範が凄すぎてちょっと天狗になっていた。他の子より色々出来るが上には上がいると思い知った
貴族の起源に関する情報があまりにも無さ過ぎて『これは下手に探るとヤベェ奴か』と察して探るのをやめた。貴族の起源とか、ビミョーに一般死神がスルーするところに目がいき、身の危険を察知する辺り勘はいい
色んな理由で敬遠されているが、嫌われている訳ではない