元柳斎の養子(1900歳) 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
気が向いたのでチビチビ書いていた続きを投稿
気長に待って下さい……
視点:悠璃、??、逢花
字数:約一万一千
ではどうぞ
死神統学院に入学して二年が経過した。
今年で学生生活も三年目となる訳だが、俺の学年は三回生ではなく、六回生――学院でも最高学年だった。
成績優秀、かつ複数の講師にも認められる実力を有している者は少しでも早く死神護廷十三隊に入隊させる仕組みとして、この学院には『飛び級制度』というものがあり、光栄なことに俺はその対象として選ばれたのだ。
ちなみに、一応受けるかどうかの選択権はあるが、俺の場合、保護者が総隊長という事もあってか半ば受けるよう強制させられた印象を受けた。
ついでに言えば俺はこの二年間の座学、実技の成績はずっと二位だ。
つまり一位がいるわけで、その人も同じく『飛び級制度』が適用されている。
その一位というのは、やや理不尽な勝負で名前呼びを強制してきた貴族・
記憶喪失の俺の実年齢は不明だが、山爺曰く『恐らく現世出身だから十代前半』とのこと。そんな俺が付け焼刃で身に着けた知識、技術が何十年と生きた彼女に通用する筈もなく、未だ勝ちを取った事はない。
それは勿論、あの賭け事から通例になった鍛錬勝負でも同じだった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛くそっ、ぜんっぜん勝てん!」
休みを求めて喘ぐ体を地面に投げ、最後の元気を振り絞ってがなる。勝てるだけの材料がないのは百も承知だが、二年間ずっと負け続けていると流石に嫌気も差してくるというものだった。
今日もまた腹に痛烈な峰打ちを喰らい、一気に体勢を崩された。
逢花の特技なのか、あるいは山爺直伝の技なのかは不明だが、どうにも彼女の一撃を生身に受けるとこちらの霊力の流れが乱される。痛みを少しでも減らそうと防御に回した霊圧を崩し、その上で攻撃を通してくるという厄介さは俺が知る中でも特級だ。仮に席官級になる必須技術だとすると習得に苦労するだろうと思わせる技である。
二年間、ほぼ毎日刃を交えてきたが未だ真似すら出来ていない。
彼女に勝つにはまだ研鑽が足りていないようだと幾度目とも知れぬ感慨を抱く。
「ふふん、まだまだ悠璃に負ける気は無いよ」
そんな俺を見下ろして、ほんのわずかに汗を滲ませる紫紺の少女・逢花がにかっと笑う。
その笑みをぐぬぬ、と口元をひん曲げて見上げていると、ふと彼女の顔が感心したものに変わった。
「でも強くなってるのは確かだよ。霊圧も上がってるし、剣筋も鋭くなってる。たった二、三年でこれなら、あと五十年もしたら完全に追い抜かれちゃうかもね」
「それは"今の逢花"はだろ。その五十年で、もっと強くなるクセに……」
最初の頃は一滴の汗すら搔かせられなかったのだし、霊力量の上昇は実感できているから、逢花の言葉も嘘でないとは分かる。六十年を剣に捧げたとは以前聞いたので、彼女の言葉は言外に『自分以上の才能かも』という誉め言葉なのだろう。
しかしその五十年を無為に過ごす筈も無い。
同じ時を生き、その"時"で対峙する逢花に勝てるのは、もっともっと先の事になるに違いなかった。
その考えを読んだか、隣に腰を下ろした彼女はくすりと苦笑を漏らした。
「まぁね。というか、そう易々と若い子に負けちゃったら元柳斎先生に折檻されちゃうよ。あの人の折檻って恐ろしいんだよ、女の子にだって容赦しないんだから」
「あー……うん、だろうな」
俺の記憶にある山爺はとても優しい姿ばかり。鍛錬の時も厳しくはあれど、声を張り上げるような事はなかった。
しかし剣八さんへの刺々しさを思うと、逢花の思い浮かべる姿もなんとなく予想が出来てしまった。『元流』の総師範でもあるらしいし、自ら志願して門下生となった人――しかも、死神として優秀な者には、それはもう容赦のない鍛錬を課したに違いない。
何れ自分もその対象になるのだと考えると、大人扱いされるようで楽しみもあるが、同時に恐れも浮かんだ。
「――女の子と言えばさ、悠璃ってぜんぜん背が伸びないよねぇ」
「ホント、人が気にしてる事をズケズケと……!」
丁度、胸中に浮かんだ恐れ――このまま成長せず、大人扱いされなかったらどうしようという悩み――を的確に突かれ、俺はまたぐぬぬ、と歯噛みする。
魂魄の成長、老化については個人差があるので不明なところが多いが、尸魂界出身の魂魄は概して百年前後で現世での成人くらいにはなるそうだ。そこから青年、中年、壮年と経るのに要する期間は本当に人それぞれで詳細不明。一説によれば霊力量の多さに比例して老化の進行は遅くなる、つまり寿命が長くなるとされる。
では現世で死に、尸魂界に来た魂魄はと言えば、基本的に成長しない。
鎖結、魄睡を有する魂魄の場合も殆ど変化が見られないらしい。とは言え、こちらも観察対象の少なさから断言までは出来ないそうだが。
つまり現世で死んだ魂魄と推定される俺は今後成長する可能性が絶望的。
尸魂界出身、しかもちょうど成長期にあたるためこの二年で三寸*1は背丈を伸ばした逢花を、俺は羨んで見る事になっていた。この華奢さ、小柄さ故か顔馴染みになった商店にすら揶揄われる状況はやや苦々しい俺にとって、『成長』というのは喉から手が出るほど欲しいものだ。
「この間の身体測定、逢花は五尺三寸*2だっけ? どんどん伸びていくな……」
「私は父親の血が濃いらしいからねぇ。だから、もうちょっと伸びるかも」
「その人の身長って……」
「六尺*3は超えてたね」
「たっか……」
誰もかれもが俺より背が高い上に、俺はそこらの子供体型の魂魄といい勝負が出来てしまう体格。
……泣けてくる。
「うー……俺の斬魄刀、変身出来るのになったりしないかなぁ」
そんな世迷言を口にしながら、俺は右手に握る抜き身の刀・浅打を見た。
如何に『飛び級制度』を適用された学院生とは言え、流石に斬魄刀の解放まで出来てはいない。二年間欠かさず刃禅を続けているが手ごたえは特になかった。むしろ流している霊力を感じ取っていたせいか、操作技術の精密度が上達したくらいだ。
なので俺の魂を写し取った形がどんなものになるかは手掛かりすらない。
逆に言えば、どんな形にもなり得るという事でもある訳で、俺はその可能性に一縷の望みを託す考えもあった。
斬魄刀の歴史は尸魂界のそれと同じくらい長く、古い。その歴史から系統分けもされているが、ひょっとしたら新たな系統として『憑依変身型』とか生まれるかもしれない。
そんな俺の考えに、逢花は苦笑に呆れを含ませた。
「そんな都合の良い能力になるわけないでしょ……大体いきなり背丈が変わったら間合いの管理とか体捌きとか物凄く大変そうだから、逆に弱体化すると思うけど」
「ぬぐ……ならもう、絶望的な自然成長に希望を委ねるしかないか……」
「私は今の悠璃もいいと思うけどね。かわいいし」
「最後の一言が余計なんだよなぁ……!」
誉め言葉なのだと分かっているが、だからと言って喜べるものでもない。男に対して可愛いの批評はむしろ逆効果だ。
それを分かった上で言ってくるのだから逢花も中々イイ性格をしていると思う。
まったく、と一つ大きく息を吐いた後、ぐっと足を持ち上げる。それから振り下ろし、勢いを利用して起き上がった。逢花もそれを見てゆるりと立ち上がる。
「さてと、それじゃそろそろ帰ろっか」
そう言って手を差し出してくる。
「……いつも言ってるけど、俺だけでも走れるから」
「でも途中でバテるじゃん」
「俺は瞬歩を会得したばかりなんだよ!」
「うん、だから私が引っ張っていこうっていう事なんだけど」
「それじゃ鍛錬にならないだろう……」
えーっ、と不満げに唇を尖らせる逢花に、俺はまた息を吐いた。
斬術の鍛錬を終えた後、走術――すなわち瞬歩の鍛錬がてら、学生寮まで走るのがいつもの締め括りなのだが、大抵霊力切れで俺がバテてしまう。問題は瞬歩のために足裏に回す霊力操作が杜撰なためだ。一度で移動する距離を伸ばそうとありったけの霊力を使い、無駄が生じて枯渇する。
そんな事をするのも、それくらいしないと逢花に追い付けないからだ。
逆に言うと自分の塩梅でなら枯渇する事無く学生寮まで帰れる。
それを伝えてからというもの、このやり取りが常となっている。引っ張ってもらえば確かに学生寮には易々と着くだろう。同行者の負荷を和らげるための霊力操作も、逢花は既に身に着けている。
だがそれでは俺の為にならない。本当に急いでいる時や限界の時を除いて、俺は出来る限り自分の足で帰るように決めていた。多分これは常識的な思考の筈だ。
――もちろん、引っ張ってもらう事で嬉しい事も無くはない。
別々で走れば間違いなく差が開くから見えない事も、引っ張ってもらえば見える事がある。鍛錬に行き詰った時は逢花の技術を見て学び、自分のものにする――それが俺なりの鍛錬法の一つになっていた。
この二年で強くなったと彼女は言ったが、それは彼女ありきでもある。
……正直、忸怩たるものは感じるが、一応それは割り切った。
山翁から逢花が剣を学んだように、統学院の学徒が教師から学ぶように、人から教わったり技術を学ぶ事は決して恥ではない。恥なのは、己の尊厳に固執した結果死んでしまう事だ。
――そうと分かっていても、固執してしまう自分がいるのだが。
「あと、俺はまだ鍛錬を続けるよ」
そう言って彼女の手を押しのけると、すかさずええっ、と驚きを露わにした声が上がった。
「でも悠璃、もうすぐ暗くなるよ? 日没後は虚が偶に出るって話だし……」
「いやぁ……この辺は出ないんじゃないかな」
主に逢花のとんでもない霊圧のせいで。
通常、虚は魂魄を食らうために現世に潜むが、ごくたまに尸魂界にも紛れ込む。そういった個体はあの世とこの世の境界に引っ掛からないほど弱く、死神を警戒するので霊圧の強い魂魄には近寄らない習性があるという。
そして俺は席官級、逢花はその俺以上の霊圧を持っている。
仮に潜んでいたとしても、ここに来るのはある意味自殺紛いの行動なのだ。
……まあ虚は本能のまま動くらしいから、そのまま突っ込んでくる可能性も無くはないのだが。
「もし出てきても斬魄刀があるから大丈夫だよ。本当に陽が落ちる前には帰るし」
「ん、んー……し、心配だなぁ。だったら悠璃が帰るまで私も一緒に……」
「今日は屋敷に帰るとか言ってなかったっけ? お姉さんが心配するからもう帰った方がいいと思うけど」
「ぐっ、そうだった……! あんまり遅いと家の人が探しに来るかも……」
あまり感じないが、逢花は貴族なので実家は瀞霊廷の内側の屋敷だ。そこに帰る予定なのに一向に帰ってこないとなれば人が探しに出てくるのは自明の理。
それはマズいと分かっているらしい逢花が、いやでも、と俺を見ながら悩み続ける。
「さっきも言ったけど、陽が落ちる前に帰るよ。それとも俺の事が信じられないか?」
そう言うと、逢花がくしゃりと顔を歪めた。
「そういう言い方はどうかと思うよ。そりゃ、君の実力は知ってるけどさ……心配するのと、信じるのは違うでしょ」
「……そうだな。ごめん」
言われて、確かにと納得した俺は素直に謝った。
父を殉死で喪っている彼女からすれば俺の言葉は受け入れられないものだとすぐに思い至ったからだ。その事を逢花自身が自覚しているかまでは分からないが、不謹慎だったとは思う。
「まったく……じゃあ、私は帰るよ。でも本当に陽が落ちる前に帰るように! 流魂街の外側だから治安も普通に悪いからね!」
「分かってる。また明日」
「……うん!」
俺の別れの挨拶に、それまでの険しい表情から一変して笑顔になった逢花は瞬歩でこの場を去った。耳朶を打った微かな音と地面に小さく舞う砂埃が無ければ幻だったと思いかねない速度。
分かっていた事だが、やはり霊力量はもちろん、操作技術も高い。
俺も刃禅と瞑想、加えて日常の何気ない動作に於いても常に緻密な霊力操作を行っているが、やはり年季という差は易々と超えられないものだった。
逢花は、山爺を開祖とする『元流』を習い始めて六十年余りだという。実年齢は多分そこにもう数十年を足したくらい。
自分の実年齢は不明だが、修行を始めた年月と比較すると、優に三十倍以上はある訳だ。
霊力量で劣っている以上、技量で越えようとあの手この手で精密操作技術を磨いているのだが……未だ、届いた試しはない。
「……遠いなぁ」
瀞霊廷――その中でも、教えられて場所だけは知っている宮條家のお屋敷がある方角を見ながら、溜息と共に呟く。
――貴族とは、世界の秩序を維持する役割を特に担う血族。
統学院の教本にも、貴族と定義したキッカケや要素に関しては殆ど記述されていない。しかし現実として、死神として不可欠な鎖結と魄睡を大抵有しており、各家から最低一人は死神、あるいは最高機関たる四十六室に名を連ねている。
ある意味、貴族は鍛えれば強くなることが保証されている。
その血族の生まれの逢花が鍛錬をすれば、強くなるのは自明の理。
「……それに引き換え、俺はなぁ……」
ゆっくりとその場に腰を下ろす。視線も、地面に向けていた。
拾われてから三年近くが経った今も記憶が戻る様子はない。手掛かりもまったくない。まぁ、山爺曰く現世で死んだ魂だろうと推測されているので、もうその辺はあまり気にしていないのだが。
どうしても引っ掛かる事があった。
貴族である者。
貴族でない者。
尸魂界の生まれの者。
現世の生まれの者。
なるべくしてなった死神。
そうでない死神。
――――俺は、どこまで強くなれるだろうか。
――――山爺のように、なれるだろうか。
落としていた視線を天へ向ける。徐々に日が没し始めている空は茜色に染まっていた。遠からず、周囲には夜の帳が訪れる。
まるで今の心境のようだと、そう思いながら、座禅を組んだ。
「――あァ?」
陽が稜線に沈み、夜闇に包まれ始めてから暫く。いつものように適当なあばら屋で夜を越そうと考えていた時の事だった。
日中にも感じていた感覚が未だ消えていない事に気づいたのは。
その感覚には心当たりがあった。かつて死闘を経た事で、それを発する者が何であるかは知っていた。
「行ってみるか」
記憶にあるそれよりは遥かに弱く、小さい。日中だけという事から雑魚だと気にも留めなかった。日中であれば手近な連中の相手をして気にならなかった。
だが――夜も、となれば話は別。
興味が湧いた。
「錆落としぐらいにはなってくれよ」
クッ、と喉の奥で笑う。
刃毀れした刀を肩に担いで俺は外へ向かった。
どれほど時間が経ったか。
座禅を組み、霊力操作に集中することで煩雑とした内心を整えていた俺は、時間間隔を一時的に失っていた。気付けばとっぷりとした夜。
完全に門限を破っていた。
――そんなことも、今の俺は気にしていなかった。
意識が現実に浮上したのは偶々などではない。何か物凄く大きなモノが、凄まじい速度でこちらに近付いている事に気付いたからだ。
そして、俺が立ち上がって腰の斬魄刀に手を掛けるのと、ソレが姿を現すのは同時だった。
「――テメェか」
「――お前は……」
互いに、返答を期待していない誰何だった。
おそらく互いに互いの存在を感知していた。その相手の姿を見て、納得するための一言。だから無反応でも気にしない。
いま気にしているのは――眼前の相手の、強さだけ。
そうして俺は、息を呑んだ。
――――あまりに大きい。
存在感も、体格も、肩に担いだ刀も。何よりその身から発せられる暴力的な霊圧がそう思わせた。他の魂魄のために抑えているような、そんな自重性は見て取れない。そんな性格とも思えない。
これがこの男の素。
そして、おそらくここから更に"上"を持っている。
彼我の差は絶対的と言ってよかった。
「お前、死神か?」
「……いや、違う」
「そうか」
初めての問い。それに静かに否を返すと、巨漢は静かに頷いた。
――直後、担いでいた刀が振り下ろさる。
「――――ッ?!」
反応できたのは奇跡と言ってよかった。
剣呑な空気は察していた。霊圧を垂れ流している点から、暴力的な性格だとも思っていた。何より、いつ斬りかかってくるか警戒していたから、俺は咄嗟に刀を抜けた。
真新しい斬魄刀と、古びて刃毀れの酷い刀が衝突した。
「ぐ――っ!」
手が、腕が痺れるほどの衝撃を受け、俺は咄嗟に後ろへ飛んだ。衝撃を幾らか流しながらの後退を、巨漢はしかし追ってこなかった。
振り下ろし、地面に叩きつけて止まった長刀を担ぎ直し、笑っていた。
「いい反応だ。刀が折れてないのもいい……――――お前なら、いい錆落としになりそうだ!」
眼を剥き、大口を開けて巨漢が笑う。
それに呼応するようにその身から膨大な霊圧が発生した。さっきまでよりも更に膨れ上がったそれは、見慣れた青ではなく、巨漢の魂を映したような黄金色をしていた。
――それを背景に浮かび上がるのは、髑髏。
役割ではなく、正真正銘の死神を思わせる霊圧だ。
思わず足が、手が、刀が震えた。
「……はっ、冗談抜かせ」
恐怖を感じ、逃げたい衝動に駆られていた己を、鼓舞する事で抑え込む。
背中を見せた時、ヤツがどんな反応をするか確信が持てなかった。詰まらなそうにして追ってこないか、あるいは防げたのは事実だからと嬉々として追撃してくるか。
後者の可能性を拭えない以上、ここで迎え撃つことが得策だ。
――それ以上に、確信している事があった。
ここで逃げれば、きっと俺は逃げ続ける事になる――――その、イヤな確信があった。
「お前が、俺の砥石になるんだよ」
そこで、俺も応じるように霊圧を解放した。普段は同輩や流魂街の魂魄たちを傷つけないよう抑えているモノ――"楔"と呼ぶ自主的な封印――を外した、正真正銘の全力だ。
それでも目の前の巨漢や逢花の全力と比べれば、何分の、何十分の一くらいでしかない。
霊圧が彼我の差である以上、その差は絶対的で、絶望的だ。こちらの攻撃は自然と垂れ流された霊圧の前で止められ、代わりにこちらの防御をあちらの攻撃は突き破ってくる。
まさに打つ手なしな状況だった。
「――"霊刃"」
だから俺は霊力の流れを操り、特に斬魄刀に込めるよう操作した。
斬られれば俺は容易く死ぬだろう。だがこうしなければ、俺の刃は奴の霊圧の前に防がれ、無意味に終わる。そうならないための手段。
それが"霊刃"。
逢花、山爺や"剣八"といった膨大な霊圧を持つ実力者に有効打を与えるための、苦肉の策。俺ももっと霊力を持てば自然と成るだろうそれを、少ない霊力量でも為せるようにと編み出した小手先の技だ。
いつか、霊力の増加が頭打ちになった時のためのとっておき。
でも、それは諦観によるものではない。霊圧で劣っていようと一矢報い、勝利を奪い取ってやるという反骨の気概によるものだ。それと霊力操作技術とが合わさった結果の技だ。
――それを見て、漢はニィ、と凶暴な笑みをさらに深めた。
嘲笑いもしないそれは、強者の威風。
つられ、俺も笑った。
この時、既に手足の震えは無く。刀の震えも、霊圧のぶつかり合いで響くものに変わっていた。
――――踏み込みは同時。
顔を合わせてから二合目の交錯は、どちらも退かず、拮抗した。
――ゾクリと、全身を襲う感覚を知覚する。
もうとっくに日は沈み、あたりは夜闇に包まれている。とっぷりとした夜。
そんな時間なのに、遥か遠くの地でせめぎ合う霊圧を知覚した。
どちらも知っている。
片や、獣と言われる凶暴な男のそれ。
片や、友と言うべき直向きな少年のそれ――
「あれほど帰るよう言い含めたのに――!」
夕食、入浴を済ませ、もう一刻ほどしてから寝ようかと思ってとっくに着替えていた寝巻を、手早く脱ぎ捨てる。新たに身を包むのは統学院の制服だ。上が白、下が紅のそれに身を包み、手近に掛けていた斬魄刀を腰に帯びる。
「あら、逢花。この時間にどこへ行くの?」
それから廊下に出ると姉と鉢合わせた。
まるで図ったかのようだが、実際そうなのだろう。生まれつき体が弱いから霊力は少なく、死神にもなっていないだけで、その才覚は自分以上だと知っている。霊圧感知や霊力操作の観点で言えば自分以上なのだ。
霊圧の衝突で気付いた自分よりも先に、彼女は気付いた。
――その片方が、最近自分と親しい相手である事にも。
だから彼女は止めようとしている。
あの少年との関係に、彼女はあまり好感を抱いていないから。
「――腹の探り合いはお互い無しにしよう、姉さん。不毛だよ」
開口一番に言い放つ。
それはここ数年のやり取りを経た結論でもあった。
元々《貴族》なんて立場を自分は好んでいない。近づいてくる者達の裏を、敵視する者達の前提にはいつもこの立場があったから好きになれる筈も無かった。貴族の誇りや建前に――非常に悪く言えば――価値を見出せないと言ってもいい。
そんな自分に《貴族》としての振る舞いを説かれても、何も響くものは無い。
それを言外に含んだ結論だった。
「そうね。確かに、不毛だわ」
こちらの言葉を聞いて、それに含まれたものも恐らく察したのだろう姉は、何とも無いように頷いた。
――月光に照らされた姉の姿に、奇妙な圧力を覚える。
病弱故か、自分より五寸*4ほど小さな彼女は、しかし《貴族》として真っ当に生きてきた人物。伏魔殿と言える社交界を生きる人物なのだ。
「だから、単刀直入に言うわ。あの子との縁を切りなさい。あなたはあの少年に、あまりに入れ込み過ぎている」
「……貴族の結婚相手は、同じ貴族でなければならない。そういう意味で言ってる?」
暗黙の了解のようなそれは、つまり明文化されたものではない。ただ貴族の格を保つためだけの不文律だった。
瀞霊廷が和を以て構築された時、それを為した中心人物が四十六室に名を連ねる者達。その配下が今の貴族。そうして瀞霊廷成立に関わらなかった魂魄達を内に入れる事を厭った末が、この決まり事だ。
自分は瀞霊廷成立後に生まれた身なので、当時どういう経緯があったのかを詳しく知らない。それを知るだろう母も父も既におらず、それを知る者に尋ねても教えてくれないだろう、知る者達からすれば成立後に生まれた自分達は同じ"厭う存在"だからだ。
故に、教本に当時の経緯は記されず、それを記した歴史書は禁書扱いで厳重にどこかに保管されている。
――なら貴族の建前を守る義理が無いのではないか。
彼らの建前は、瀞霊廷構築の経緯を知っている者にのみ通用する。そして同じ貴族でも知らない相手には教えようとしない。一当主相手にすらそういう対応なのだ。
なら守る義理はないというのが自分の本音。
だからこれまである程度守ってきた建前を捨て、あの少年をはじめ、色々と絡むようになったのだ。
父の勧めで『元流』の門下生になっていなければ、きっと鬱屈とした気持ちのまま、唯々諾々と貴族子女として生きていただろうけど。
「建前はそれね。本音は、一人の姉としての想いよ」
それを知っている筈の姉は、やはり別の理由も用意していた。
遠くで激化する衝突を気にしつつも、彼女の言葉を聞き逃さないよう、意識を集中させる。
「あの子は……と言うより、その周囲が危険なのよ。かの凶悪犯罪者"剣八"の指導も受けていたと聞くわ。そんな話を耳にすれば心配するのは当然でしょう」
「彼が、"剣八"のようになると言いたいの?」
「可能性は零ではないでしょう。たとえ、剣の指導は受けていなくとも」
言わんとする事は察せた。
彼が元柳斎先生から斬術と白打を学び、今では元となる"剣八"から走術と鬼道、そして回道を学んでいた事も入学前から知っている。彼女は、その関係性を危惧しているのだ。
それは一人の貴族として、痛くない腹を探られる事に関してか。
あるいは一人の子女として、危険な男と会わせたくないからか。
――どちらでも、同じ事。
そんなこと、自分とて予想は出来ていた。
その上で交流を始めたのだ。
「――悠璃は、"剣八"にはならないよ」
そして、その確信を得たから、交流を続けている。
悠璃という少年は、どこまでも純粋だ。
強さを追い求めている点で言えば"剣八"を想うのも仕方ないだろう。
しかしその根底はあまりに違う。
「彼はさ、ただただ大きな背中を追ってる子供だよ。昔の私や
「……」
当主を継いでから久しい呼び方を口にした。
母はおらず、父を失った自分達は、否応でも自立しなければならなかった。他の大人からすればまだまだろうが――それでも、自立しようとした。
だから姉は、貴族としての立ち振る舞いを重視する。
当主である自分以上に。
あるいは、当主なのに建前を守ろうとしないからこそ、か。
「彼が目指しているのは元柳斎先生だ。あの人を目標にしている限り、"剣八"になんて絶対ならないよ」
「……でも、総隊長はその"剣八"を殺さず、引き入れた。共感する部分があったからでしょう?」
そこで、姉が何を心配しているのかを朧気に察した。
彼女は、自分が"剣八"のように殺しに魅入られる事を危惧しているのだ。恐れていると言ってもいい。唯一残った肉親が堕ちるのを見たくないから。
――"剣八"が手に掛けた者達が、揃いも揃って強者であった事は周知の事実だ。
その"剣八"を長に据えていた十一番隊が彼女に従っていたのも、畏怖故というのも周知されている。殺される恐怖はあるが、なによりもその強さに彼らは魅入られていた。
悠璃がそうなっている可能性も無くはない。
そして、つられるように自分も――という危惧が、彼女の内心にあるのだ。
なるほど、と納得する。
続いて、しょうがないなぁ、と苦笑が浮かんだ。
「……なによ、いきなり笑って」
「いや、ね。心配し過ぎだなって」
「し過ぎって……"剣八"に関しては、し過ぎる事は――」
「私なら大丈夫だよ」
「――――」
割り込んで言った言葉に、姉の言葉が止まった。今度こそ驚愕を露に固まる。
その姉を、ぎゅっと抱きしめる。
病弱で、やせ細っている華奢な体だ。守らなきゃ、と思うと同時、だからこそ自分を拠り所にするのだとも思った。再認識したと言ってもいい。
「姉ちゃんがいるなら、私が魅入られる事は無いよ。だから安心して彼と交流できるんだ」
「……ばか」
互いの顔を見合いながら、彼女は罵倒してきた。小さく弱弱しい罵倒だった。
――それが、最後の抵抗。
自分を引き留めるための――けれど、無理だと悟った諦観の罵倒だった。
姉不孝だなぁと思いながら、それでも私は、彼女を抱く腕を解いた。そうして体を向けたのは未だ衝突を続ける北の方角。
「……あなたが帰ってくるまで、起きていますから」
発とうとする隣で姉が言う。横目で見れば、隠すつもりもない呆れ顔で自分を見ていた。
その口元には、やはり呆れの笑み。
「だから……さっさと帰ってきなさい」
「了解!」
彼女に笑みを向けて頷く。
そして、全力の瞬歩で北を目指した。
・死神の区別
尸魂界貴族生まれの魂魄(宮條家、原作朽木家など)
尸魂界流魂街生まれの魂魄(更木剣八、ルキア、恋次など)
現世生まれで死んだ魂魄(たぶん本作悠璃)
上の方が一番強く、下の方が弱い
ぶっちゃけ『血統』が初期ステ、成長率に大きく響いている。そういう意味で原作一護のハイブリッドさがヤバい
響くだけで頑張れば原作日番谷や恋次のように大成出来る。晩成なだけで
上と下の友好がぶっ壊れそうな曇り要素
・《貴族》とは
原作だと霊王周りで色々あるらしい
詳細は知らんので本作では『瀞霊廷成立に携わった者達の血族』と定義。その成立経緯の中で霊王関係があって、知られたらマズイので歴史から消し去ったという感じ
なので知らない相手には教えようとしない
原作四十六室がかなりアレで高圧的なのって、知られたらマズイ事に口出しされないよう先手を取っているのではないかと筆者は思っている
……それ抜きにしても色々アレですが()
・山本悠璃
三年分飛び級した現六回生の次席
この時代、しかも貴族でない点を含めると極めて優秀。ただし総隊長と剣八の指導があってのものなので結構微妙なライン
後に一年で卒業する市丸ギンのヤバさがよく分かる
二年間、ずっと鍛錬で逢花に勝てず、出身や身長の頭打ちも含めて鬱屈としている
・宮條逢花
三年分飛び級した現六回生の首席
宮條家の現当主だが、《貴族》という立場を好ましく思っていない。原因は《貴族》という立場を作る事になったであろう”消された歴史”を誰も教えてくれず、《貴族》と自分で思っていないから
悠璃の実情はある程度把握した上で交流を始め、その人柄で交流を続けている
・宮條??
逢花の姉
宮條家当主、逢花とは双子の姉。生まれつき病弱なので当主の座を妹に譲った。そのためか貴族としての立ち振る舞いを説くようになる
実際は妹の今後を慮ってのこと。つまりはシスコン
悠璃との交流はあまりよく思っていない。本人に対しては不明
・????
悠璃を襲った巨漢
刃毀れした長刀を片手に北流魂街七十番地区に住む男。宮條家の情報網でも把握される程度には、きわめて危険な存在と認識されている
朧気に髑髏が見える金色の霊圧を放つ
イッタイダレナンダロウナー