分岐点   作:ES(イース)


オリジナル現代/日常
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色んな場面で逃げては後悔した主人公・田辺。
逃げの人生を送りつつ無事就職したはいいものの、半年で早くも限界を感じ始める。
今回も逃げるのか、それとも────。

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分岐点

 人生は選択の連続。そんな言葉がある。その言葉を知った頃はまだ幼かったから、「ふーん」としか思えなかった。その言葉がどういう意味なのかも、そして、選択の重要性も全く分かっていなかったし分かろうともしていなかった。

 

 

 ◆

 

 

「ナベ、おめーいつまで黄昏てんだ、昼休憩ももう終わんぞ?」

 

「おっふ、もうそんな時間か。今行く」

 

 昼休憩の終わり際、非常階段でボーッと景色を眺めていると同僚に呼ばれたので、彼と一緒に少し足早に作業場所に戻る。

 僕は田辺(たなべ)(よう)、20歳になったばかりの社会人。少し事情があって、19歳で高校を卒業して、ついこの間就職した。そう、新社会人だ。

 自分の名誉の為に言うが、決して留年や浪人したという訳じゃない。ちゃんとしているかは分からないが、理由なら一応ある。

 ちょっと長話……にはならないかもしれない。

 

「なぁナベ、最近よくボーッとしてね?大丈夫?」

 

「うん、まぁね。大丈夫だよ。……うん、大丈夫」

 

「自己暗示でもしてるように見えるんだが。まっ、仕事はちゃんとこなしてるみたいだし、ケガとかもしないなら別に何でもいいけどさ」

 

「先輩風吹かすなよ、同僚のクセにぃ〜」

 

「なはははっ」

 

 彼は同僚の川辺(かわべ)道彦(みちひこ)。同僚。僕と違って変な事情とかもないから、今年で19歳になる新社会人だ。

 つまり僕とは1歳違いな訳だけど、普通にお互いタメ口で喋っている。社会に出りゃ、1歳くらいの差なんて有って無いようなものだ。しかも、先輩や後輩の関係じゃなく同僚だから特にそう思う。

 

「そんじゃまた帰りな」

 

「うん。また」

 

 僕と道彦の作業場所は違うので、ヘルメット等を装備したら別々の方に向かう。

 僕が就職したのは所謂3K、即ち「キツイ、危険、汚い」が非常に充実している製造系の会社だ。

 ここに就職したのは、幼い頃から物作りが好きだったからという、ちょっと子供っぽい理由からだ。高校の面接練習の時に、先生から「その理由じゃあ浅いなぁ」と言われたけど、これ以上の理由が特に無いので練習は適当に流して本番はこれでいった。

 下手したら落ちるかもなとは思っていたが、人員不足の為か普通に受かった。一発合格。以降の高校生活は酷く手を抜いたと自分でも思う。特に目的も無いので、グータラと過ごしていた。

 

「……はぁ」

 

 道工具を準備しつつ、溜め息一つ。実を言うと、僕はこの会社に就職した事を後悔していた。ハッキリ言うと、仕事を辞めたい。

 というのも、体力がもたない。道工具はともかく配管、角材、鉄板といった資材が重すぎる。ホイストクレーンを使わなくてもいい程度の物は自分で持たされるのだが、僕は人並み以下の筋力しかない。だからキツイ。体力もそんなに多い訳ではない。

 そんなんだから社長からは「毎朝筋トレしろ」と言われて、自主トレという名の強制筋トレが始まった。因みにこの筋トレは社長の自己満だ。

 何故かって?先輩方や、筋トレが趣味の道彦が効率のいいやり方を社長に進言しているのに、社長はそれらに難癖つけて、非効率極まりない自分のやり方を俺に押し付けてくるからだ。

 その上、「やるかどうかはお前次第」と言うから

「筋トレは隔日がいい」という道彦の助言に従って1日休んだら、その日の夕方、帰り際に呼び出されて社長に雷を落とされた。「何故休んだのか?」と。そこで道彦の名前を出せば彼に火花が飛んでいくのは確実だったから、僕は「ネットで効率のいい筋トレのやり方を調べて、隔日が良いという結論に至ったからです」という旨を伝えると、社長は「そんな事よりお前はまず体力をつけろ。毎日やれ」って。

 筋トレを謳っておきながら、効率のいいやり方はやらせない。ね?ただの自己満でしょ。

 けど、僕の体力不足が原因で僕の作業が遅れた事もあるにはあるから、社長の言い分も尤もだな、と認めざるを得ない部分もあるのが腹立たしい。

 辞めたい理由ならまだある。精神的にもたない。

 就職を機に実家を出て社宅に引っ越して、憧れでもあった一人暮らしを始めた。でも現実はそんなに甘くなかった。

 ただひたすらに辛い。家事や料理なら人並みにはできるし、その面で苦労はしていないし、辛くもない。何が辛いかと言うと、話し相手が居ない事だ。

 加えて、社宅なので猫などは厳禁。ペットを買うなら水槽なんかで飼える系統の動物のみ。野良猫を抱き上げ愛でたくなるくらい猫好きの僕には辛い。デリヘルは呼んでもいいらしいが呼べる程の金が無い。

 お盆休みには実家に帰省して、たっぷりグータラ過ごした。その間、家族と話して非常に心が満たされた。その休み帰りに、車を運転して社宅が見えてきた頃、僕は運転しながら泣いた。

 家族が、実家が恋しくて泣いた。今すぐ帰りたくて泣いた。これがホームシックなのかなと思った。胸にポッカリ穴が空いたようと言うとベタだけど、まさにそんな感じだった。

 ワサビでも食べたかのように鼻はツンと痛むし、心疾患を疑いたくなるくらい胸はキシキシ痛んだ。拭いても拭いても涙は溢れ、目尻も目頭も目の下も瞼もスッカリ赤くなった。

 その頃にはもう家族は寝ている時間だったから、よく話す友達に電話して、少しの間話し相手になってもらった。そうしてやっと心が落ち着いて、次の日も何とか出社できたくらいだ。

 最後の理由として、やりたい事と違うという事が挙げられる。物作りが好きだからここを選んだ僕だけど、ここに入社してから気付いた。僕が好きなのは物作りだけど、物作りは物作りでも「自分の好きに作る」のが好きなんだ。

 そう、僕はクリエイターを目指すべきだった。

 就職する際、親からは「あんたには合ってないんじゃない?」と言われたけど、僕は「ここしかないから」と突っぱねた。今思えば馬鹿な事をしたなと思う。タイムマシンがあればこの時の自分を殴り飛ばしに過去に行くだろう。

 

「あー、帰りてぇ」

 

「どったの田辺くん、元気ないね」

 

「……奈堂さん……」

 

 コンガリ日に焼けた細目のチョビ髭ダンディーな先輩が、俺の呟きを耳聰く聞きつけやってくる。

 この奈堂さんは3児のパパなだけあって、子供に優しく、新入社員の僕も非常に世話になっている。教えるのが上手いし、褒めて伸ばすタイプらしく、褒められて伸びるタイプの僕と非常に相性がいい。

 

「いやぁ、早く帰りたいなぁって思ったんですよ。なんか、疲れちゃって」

 

「はは、そういう時もあるよね。大丈夫だよ、あと2時間しないで帰れるんだから。ねっ!」

 

「……ええ、そうっすね」

 

 僕が言っているのは「実家に」だけど、奈堂さんは当然それを知らないから、そう答えた。それでも何も言われなかったり、仕事に集中しろ、と言われるよりもずっと心が楽になった気がした。

 やっぱり僕は、話し相手が欲しいんだろう。

 奈堂さんが離れるのを見送り作業に取り掛かる。今日は棚の色塗りだ。かったるいが、少しは楽だ。

 

「あ゙ー……だっる」

 

 辞めたいと思うようになってから、僕の独り言は愚痴しか出てこない。無音恐怖症なのか、無音をどこか避けがちな僕は独り言が多い。家では、テレビが無いので常に適当な動画や音楽を流しているくらいだ。

 こんな僕では、職場で1人作業の時は愚痴垂れ流し放題なのも、無理はない。

 優しい先輩ばかりだが、自己満足ばかり押し付ける社長、社長からの飲みの誘いは断れない風潮など、社長に問題が多すぎるような気がしてならない。

 これは噂程度の話だが、今の社長になってから、専務含め4人も辞めたらしい。専務すら辞めるなんて考えられないが、この社長なら少し喧嘩したくらいで会社を追い出しそうでもあるので謎に信憑性のある噂だ。

 そして、社員のロッカーには大体上から下まで名前のテープが貼ってあるのに、不規則に空白があるのが、辞めた社員がいるという明確な証拠だった。

 この空白の分だけ離職者がいる。恐ろしい事だ。いずれは僕のロッカーの名前テープも剥がされて、空白になって予備扱いになるのだろうか。

 辞める勇気が僕にあれば、だが。

 

「田辺くん、片付けだよー」

 

「うぃっす、了解です」

 

 奈堂さんに呼び掛けられ、グルグルした暗い感情の渦から現実に引っ張り出される。

 帰りは、唯一の同僚の道彦と帰る。親交を深める為でもあるし、互いに話し相手が欲しいからというのもある。

 

「いや〜、今日の作業は辛かったわー!」

 

「そんなに?ナベは何やってたん?」

 

「色塗りなんだけど、疲れが溜まっててさ。今すぐ叫びたいくらいだよ。ストレス溜まるわー」

 

「ははは……俺もストレス溜まってっかもな……少し疲れてる」

 

「道彦も?へー、お前はそういうのは全く溜めないタイプに見えた」

 

「基本的にはそうだけどな。でもほら、社長からの叱責とかさぁ」

 

「あーね」

 

「ナベも結構社長に呼ばれたりしてんじゃん?でも俺も結構呼ばれててさ、ちょっとした事でキレられるからガチで疲れる……」

 

「キレ症なんだ、仕方ない」

 

「ぶはっ!キレ症か、成程!お前の筋トレとかさ、色々進言してんだけどなー、否定ばっかだあの人。しかもキレるしな」

 

「思い通りに行かなきゃキレる……俺がB型の人間が苦手な理由の1つだよ」

 

「おいそれブラハラだぞ」

 

「だって典型的じゃんかうちの社長」

 

「まーねぇ、確かに定型に当てはまってはいるかもしれないけど。ま、他所で言うなよって感じかね、俺の前だからまだいいけど」

 

「ああ、その点は気を付けてる。……んじゃまた」

 

「おーう」

 

 詰所から駐車場までの少し長めの道のりを2人で歩き、そこからはそれぞれの車に乗り帰宅する。ほんの僅かな時間だが、こうやって話すのもストレス発散の一環なので、できるだけ外したくないイベントだ。

 

 

 ◆

 

 

「……あ、もしもし、母さん?」

 

『どうしたの?陽から電話なんて珍しい』

 

「うん……ちょっと相談があって」

 

『あっそう、じゃあ手短にね、これからあの子塾に送って行く都合もあるから』

 

「分かった」

 

 6歳下の弟は隣町の塾に通っていて、自転車も無く、そもそも乗れもしないので親が送迎している。電車もバスもないので仕方ない。

 

「……仕事、辞めたくてさ」

 

『はー?なんで?』

 

「なんか……色々あるけど、合ってない気がしてさ。情けないと思うけど、もう、耐えられなくってさ。肉体的にも精神的にも、もう限界近いかも。好きでもないことを仕事にしてる……のは、僕だけじゃないし何なら世間一般的に見てもそっちの方が多いけど、僕の場合……合ってなさすぎる気がする」

 

『だから就活中に言ったよね?合ってないってさ。それでそこを選んだのあんたです。それで辞めたいなんて、馬鹿じゃない?』

 

「見通しが甘かった。耐えられると思ってたんだ。でも無理。定年までこんな環境で働くなんて無理。転職するなら今だ、今がいい」

 

『……その会社、福利厚生とかはこっちの企業よりもしっかりしてるんだけどね……』

 

「キツイからね、仕事内容」

 

『こっちに帰ってきて、すぐ就職ですとも行かないでしょ。見つけられるまで無職?迷惑なんだけど』

 

「バイトする。コンビニバイトなら常に募集してるじゃない、うちの地元はさ」

 

『そうだけど……コンビニバイトなんて、国保とかも無駄に高いだけでしょ』

 

「就職先を本決めするまでの繋ぎだよ」

 

『……辞めるにしても、社長とはしっかり話しなさいよ。くれぐれも、こっちに迷惑をかける事の無いように。もう、大人でしょ』

 

「…………うん。ごめん」

 

『私だって何回か転職したし、遅かれ早かれこうなると思ってたよ。あんたは自分の好きな物をトコトン追求するのが合ってるんじゃないの?研究者気質っていうか。あのまま(・・・・)、多少無理してでもそっちの道に進めばよかったのに』

 

「……そだね。本当に、今となってはそう思うよ」

 

『じゃ……そろそろ切るよ、また何かあったら掛けてきなさい』

 

「はい。またね」

 

『はいはーい』

 

 僕は元から理科や科学が好きだったので、理系の学校に通っていた。だけどそこでの勉強があまりにキツすぎて、逃げるように辞めた。それから、手に職をつける為に工業高校に入り直した。

 ジャンルが全く違うので、編入なんかはできないらしかった。だから、そこで1年ズレた結果として19歳の新入社員になったのだ。

 あの時の僕は、学校を辞めるという決断をした。留年してでも耐えるという覚悟が無かったからだ。でも、あの選択は本当に正しかったのだろうか。

 僕は、分岐点に立たされると楽な方に楽な方にと向かっていくクセがあるのかもしれない。だから、本当は会社も辞めない方がいいのかもしれない。

 だけど……心を壊しては元も子もない。身体よりも心が辛いから辞める。ここまで追い込まれたのは、僕の短い人生で初めてだ。ここで半年働けたなら、他の職場でもやっていけるだろう。

 だから、今回の選択こそは間違えてない。僕は、そう信じている。

 

 

 ◆

 

 

「……契約書にある通りだが、勤続年数1年未満は、退職金も出ないぞ。お前はまだ半年……そこは、勿論分かってるな?」

 

「承知の上です」

 

「……」

 

「退職金なんて要らないです。仕事を辞めて、僕は地元に帰りたいだけなんです」

 

「…………そうか。なら、次の給料日がお前の最後の出社日だ。それまではこれまで通り頼む」

 

 下請けだから、上にも書類を通す為に少し猶予が欲しいとのことだった。下請けとはいえあくまでこの会社の社員なので、そんな必要は無いはず。どうせ給料を計算するのがダルいんだろう。

 でも、辞められるなら問題は無い。残り数日を、頑張るだけだ。

 辞められると決まっただけで、心が軽くなった。残り数日くらい、僕なら頑張れる。

 そして、運命の最終日。帰りのミーティングにて本日で辞める旨を社員全員に伝え、別れの言葉を貰った後、またまた社長室へ。

 

「今日が最後だな」

 

「短い期間でしたが、精神(こころ)肉体(からだ)も弱い僕を雇って下さって、本当にありがとうございました」

 

「達者でな」

 

「ええ。社長も、お身体には気を付けて」

 

「お前に言われたくはねえよ」

 

「はは、すみません。……では、失礼しました」

 

 社宅にある荷物は昨日の夜の内に宅配で送った。僕は最後の荷物を持って、会社帰りのまま、実家に直行するつもりだ。家族には話してあるし、問題は無い。

 

「陽」

 

「道彦……」

 

「案外すんなり終わったな、社長との話」

 

「みたいだね。待たせた?遅くなるかもだから先に帰ってて良いって言ったのに」

 

「ああ、普段なら帰ってたわな。でも最終日だから待ってたんだろ」

 

「……ごめん。もう僕、耐えられそうにないんだ」

 

「仕方ない、許容量は何でも人によるから。お酒も食える量も何でも、人による。ナベは俺よりは少し許容量が少なめってだけだ。俺も、3年経つ頃には辞めてるかもだしな。もう少し耐えてみるよ」

 

「耐えてみる、か。言ってみたいセリフだよ。別に我慢が苦手って訳じゃない……だろうけどさ、僕には少し難しいかな」

 

「……。帰り、どうすんだ?もう実家に帰るのか?」

 

「そうするつもり。荷物は昨日、送ったからね」

 

「言ってたな。じゃあ……ここでお別れかな」

 

「LINEで繋がってるからそんな気しないけどね」

 

「それを言ったら終わりだろ」

 

「はははっ!それもそっか」

 

「……また連絡する」

 

「オッケー。あー、あと、色々ありがとな。道彦と喋ったりして、楽になった事もあった。俺はここでリタイアするけど、道彦はこれからも頑張ってな。安全にも社長にも、メンタルにも気を付けて」

 

「ああ、勿論。……またな」

 

「うん、また!」

 

 道彦が見送る中、車を発進させる。窓から手を出し彼に手を振ると、まるで子供のように大きく手を振り返してくれる。

 もう、声には出さなかった。僕達の間に、これ以上の何かは不要だから。

 

「じゃあな、道彦。本当に、本当に世話になった」

 

 ミラーで最後に彼の姿を見て呟く。気分がまた落ち込んできたので、好きな音楽を迷惑な程にガンガン鳴らして車を走らせる。

 高速道路を、法定速度以上に飛ばしても3時間はかかる道を、これから走る。でもこれから歩む事になる人生に比べれば、3、4時間なんて数秒みたいなものだ。

 きっと僕はまた楽な道を選んだのだろう。耐えるという事から逃げ続けた僕の選択は、自然とこっちばかり選ぶようになってしまったのかもしれない。自己肯定して、僕は間違ってない、間違ってないと言い聞かせ、またもや楽な方に逃げたに違いない。

 しかしそれでも、幾ら中途半端でも、なぁなぁになっているとしても、僕は僕の人生を歩む。選択を間違え続けても、また酷く後悔する事になっても、逃げ続けたとしても、死ぬまでずっと選び続ける。

 人生は、選択の連続だから。


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