自分のことを工藤新一だと信じて疑わなかったヤツ(黒歴史)   作:はごろも282

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3000票を超えるアンケートへの投票、ありがとうございました。

うち1600票以上は決闘者の方々で、感想欄でもデュエルを申し込む輩が多数見受けられました。デュエルを申し込んだ時点で童貞と自白していると同然です。

よって3000票のうち2500票は童貞票でした。さすがハーメルンですね。


自分を工藤新一だと思い込んでいた人による8話

「それで、収穫はあったの?」

 

 千世子が作っておいてくれた料理を二人で食べていると、ふいにそう声をかけられた。

 

「まあ、それなりだな。だけど思ってたよりも掴めなかった。昔なら倍は効率良かった気がするんだけど……」

 

 思い出補正だろうか?昔ならできたって自分を美化することってよくあるよね。個人的には昔は髪もあってイケメンだったって言ってる奴はだいたい昔から髪もないし顔も残念だ。現実を見ろ。そう言ってるヤツは大概今も未婚のチェリーだ。

 というか若干千世子が不機嫌なのは何故だ。今回は怒らせるようなことした記憶もないけど?でも触れないほうが良さそうなのは確かだな。スルーしとこ。

 

「ふーん……にしても無茶するよね。一日あそこから動いてなかったわけでしょ?私も似たような感じの研究するけどそこまではいかないよ」

 

「いや、ここまでやるつもりは本当になかったんだって。でもブランクあるし、少しはやっとかないと。それに一日程度なら大丈夫大丈夫。酷いときは三日くらいやってたから」

 

「三日もやってたの!?バカだねぇ早死にしちゃうよ?一体何やってたらそんなことになるのさ」

 

 何だったっけなぁアレ……あっ。

 

「いいいいいや、覚えてねーな。うん心当たりないわ」

「嘘じゃん。声震えてるじゃん。心当たりしかないじゃん。なになに恥ずかしいこと〜?誰にも言わないから教えてよ?」

「…………お前に解けるか?この芸術が……!」

「芸術は爆発だっけ、顔からいってみようか?」

 

 いけない、あの顔は本気だ。こころなしか千世子の掌も光って見える。

 

 あれは、確かまだエドガー・コナンになる前、ジジイのトコで働かされてたときだ。千世子の芝居に違和感を覚えて原因捜索をしたことがあった。仮にも幼なじみだし心配もするだろう。人生最高レベルで集中したから記憶に残ってた。

 

 とにかく、本人に直接そんなことを伝えるのは嫌だ。それでからかわれようものなら憤死する自信がある。追及される前に別の話題をふろう。

 

「それより千世子はどうしてココに来たんだ?というか何で俺が研究してること知ってたんだ?」

 

 これは普通に疑問だ。何の用事もなくわざわざ俺の家まで来るような奴じゃない。さっきも知ってたような口ぶりだったし、一体何処で知ったと言うんだ?

 

「うん、さっきも言ったけどね?やっぱ覚えてないんだゴミ死ねよ。まあいいや、もっかい詳しく説明するよ。昨日夜凪さんの家で泊まったんだけど、そのときにアキラ君がいてさー。出演作品借りて家に帰ったって聞いたからやってんじゃないかなと思って」

 

 流れるように聞こえた罵倒はきっと気の所為だ。むしろじゃないと心が折れる。

 

 というかお前夜凪の家行ってたのか。ソレなら納得だな……?夜凪の家?

 

「え?何?お前夜凪の家行ってたの?なんで?」

 

 昨日ってアキラと阿良也も居たんじゃ……ハッ!?

 

「バーローなんでそんな魔境に飛び込むようなことした!?流石に未成年がそれはマズイって!」

「ちょ、なに!?近いって顔近い!!どしたの急に!?」

 

 涼しい顔してとんでもねー女だぜコイツ……。この俺がそこまで情報が揃ってるのに気づかないとでも思ったのか……?

 

「どうしたのってお前トップ女優がそんなことして……ッ!というか俺コレからどんな顔してお前と話せばいいか分かんねーよ!」

「友達の家に遊びに行くのってそんなヤバいことだっけ!?ちょっと落ち着きなよッ!」

 

 錯乱する俺を正気に戻すために軽く殴られた。体が浮いて壁に衝突した。全身が痛い。

 

 ……?おかげで少し冷静にはなった。その冷静さを以て考えると腰の入ってない拳でここまで威力出せるのはおかしくないか?もはや人間じゃあない。それにここまでやって心配する素振りも見せない。世界線が違いすぎる。

 

 俺は千世子が恐ろしくなった。コイツだけ世紀末に生きてるんじゃないのか?コイツだけ世紀末の鐘の音が鳴り止んでいないんじゃないか?取り残されてないかお前?

 

「少しは落ち着いた?何勘違いしてたか分かんないけど、ホントにただ遊びに行っただけだからね?アキラ君がいたのも偶然だし、そのアキラ君も私が来てすぐ帰ったから」

 

 ジャギ様は詳しく俺に説明してくれた。どうやら本当に何も無かったらしい。信じるぞ?信じていいんだな?

 

「というか何してたと思ってたのさ。尋常じゃない焦り方してたけど」

 

 これ多分言ったら殺されるよなぁ。言えるわけないよなぁ……。

 

「い、いや大したことじゃないから千世子さんが気にするようなコトじゃないというか……」

「大したことじゃないなら教えて?」

「……聞いても怒らない?」

「怒らない怒らない」

 

 なんだ。じゃあ安心だ。軽いジョークのノリで伝えればいいや。

 

「いやー、顔のいい四人が集まったってことだろ?ワンチャン乱交でもしてんじゃなァァァアア!?」

 

 腕が!俺の腕がマイノリティーを出そうとしている……ッ!?

 

「怒んないって……言ったじゃん……ッ!」

 

「バカでしょ。ソレで女の子にそんなこと言って怒られない訳なくない?幼なじみじゃなかったら訴えてるまであるよ?」

 

 だから言うの躊躇ったんじゃないか!お前が聞いてくるから仕方なく答えたのにッ!

 千世子っていつもそうですよね!俺の身体の事なんだと思ってるんですか!

 

 

 

 

 

「とりあえず、役作りの為に夜凪の家に偶然訪れたときに偶然居合わせたアキラから俺のことを聞いて心配になって見に来てくれたってこと?」

 

「べ、別に心配したとかじゃないけどね?」

 

 人の身体の関節を増やしかけた分際で千世子は何故か照れていた。

 握手を求めるファン相手に『私の名前を言ってみて?』とかやるような厚顔な女が何を照れているのか。

 

 というか別にお前がなんだかんだ優しいのは知ってるから隠さなくていいよ。そういうとこは素直に好感が持てるし。

 

「つーか役作りって次お前なにやるの?」

 

「人殺したこと隠して友達と遊ぶ女子高生役。前遊びに行ったときカバンに入ってたの気づいてたんじゃないの?」

「あー、アレね。そういう意味だったんだ。今思い出したわ」

 

 正直めちゃくちゃ怖かったぞアレ。だって最後まで触れねーんだもんお前。あの後帰ってからここ一ヶ月の行方不明者と不審死について調べたからね俺。怖いから言わないけど。

 

「それにしても驚いたよ。まさかまた演出やってるなんて。いつから戻ってきたの?いつか連れ戻そうと思ってたから丁度よかったけど」

 

 千世子が思い出したかのようにそう言った。どうやら自主的に手伝ってると勘違いしているようだ。そんなわけないだろ。

 

「ちげーよ。無理やりやらされてるんだ。これが終わればもう本当にオサラバだ。こんなのやってられねーよ」

「えー?じゃあエドガー・コナンはまだ復活しないの?」

「バーロー、ソイツはもう二度と復活しねーよ。だいたい著作権ギリギリだろあれ」

 

 

 ……?……!?

 

「なんでエドガー・コナンが俺だって……ッ!?」

 

「本気で隠せてると思ってたんだ。アレで分からないの毛利蘭くらいだよ。それかジン」

 

 一体いつバレたっていうんだ。職業は探偵かお前。

 

「なんで驚いてるのか理解できないけどまあソレはいいや。でもさ、丁度いいから伝えておくけど、私は認めてないからね?」

 

 千世子の雰囲気が少し真剣味を増した。認めてないって、エドガー・コナンが引退したことをか?

 

「悪いが、お前がなんと言おうがもう戻るつもりはないからな。あんな面倒なこと、もうコリゴリだ」

 

 監督なんて売れないまま引退する奴もたくさんいる。話題になる作品作ったんだ。今でも名作として人気あるし。引退したって構わないだろう。

 

「駄目だよ。だってあの作品は、まだ未完成だからね」

 

 ……いや、あの、完成……してます。作者の自分が言いますけど、完結してます。

 

「あの作品は、私がモデルなんでしょ?じゃあ主演は私がやるべきだよ。それに私の物語は終わってない。コレからもっと私は輝く。羽ばたく。魅了する。だから君には意地でも付き合ってもらうし作品を完成させてもらうよ。嫌がったって絶対に逃さないから」

 

 かっけぇ……。流石は大女優の卵。普段の生活でも俺の心を掴み取るような場面を作るなんて。

 

 というか、知らない間にとんでもなく重い感情を芽生えさせてしまったみたいだ。ここまで強い意志を持った千世子を見るのははじめてだ。コレは本当にどうしようと逃してくれなそう。

 

「返事はまだしなくていいよ。というかしないで欲しいな。いつもみたいに流されてやるなんて言われても困るからね。ちゃんと自分の意志で選んでほしいんだ」

 

 俺の返事を待たずして千世子は話を進めていく。おいおい、話を聞かない女はモテないぜ?

 

「もし、君が辞めた理由に演出の仕事がつまらなかったっていうのが入ってるなら、もうそんなこと言わせないから。絶対に退屈させないから。だから私から、目を離さないでね?」

 

 百城千世子はからかうように笑みを浮かべ、コナン世界にいる人物のようなキザなセリフを大胆不敵に、そう宣言してみせた。

 

 

 

 

 千世子の啖呵からしばらく、俺達のいる部屋は静寂に包まれていた。親しい仲だからこそ存在する沈黙が少し心地良い。いやそんなわけあるか。あんなこと言われた直後にこの沈黙、俺じゃなきゃ耐えられねーよ。

 

「……アキラ君のこと、よろしくね」

 

 ふいに、千世子はポツリとそう呟いた。アキラに対して何か思うところがあるのだろうか?だがナイスだ。乗っかってやろう。

 

「あー、まあなんとかなるよ。アイツなら絶対大成するさ」

 

「それは、エドガー・コナンとしての言葉?」

 

 千世子は軽く笑いながらそう言った。その手には乗らないぜ。それにしてもバカだな千世子は。

 

「バーロー、ただの演出の手伝いとしての言葉に決まってんだろ。そんなの必要ないくらい確実に、アイツは大成する。間違いなく」

 

 なんたって、俺と俺が最も信頼する演出家が面倒みるんだ。成功以外に選択肢はない。

 

「それよりも、随分アキラにご執着されてるようで。なに?そんなに気になるのか?」

 

 きっと今の俺は嫌らしい笑みを浮かべているに違いない。だが仕方ないだろう、勝手に口角が上がっていくんだ。それにさっきは俺が大打撃を喰らったからな。今度は俺のターンだ。

 

 千世子は最初キョトンとした顔をしていたが、ニヤリと笑ってこう言った。

 

「そりゃもう、愛しの彼氏だからね」

 

 からかおうと思ったらとんでもないカウンターパンチが飛んできた。この衝撃は灰原の初登場のときと近いものがある。

 コナンと同じ幼児化でかつ正体を知っているあの緊張感はすごかった。最近は俗に染まって可愛さも増した。昔のミステリアスクールな感じも好みだけど今のちょいポンコツっぽい感じも推せる。近年は正体を知っているキャラや他の幼児化したババアも出てきたりしているが俺はずっと灰原が好きです。

 

「フフッなんてね。冗談だよ。同じ事務所の同僚として……シン君?」

 

 千世子の声が何か言っているがよく聞こえない。千世子と言えば昔から少し思っていたが最近は蘭より灰原の方が近い感じがする。わけわかんない身体能力は除いて。気質っていうのかな?初期の頃と最近のちょうど中間くらいのイメージだ。幼なじみ補正で蘭と認識していたが、今となっては夜凪の方が近い気がする。早とちりで蹴り飛ばしてくるわんぱくガールだし。まぁ結局どっちもアキラにお熱なんですけどね?

 

「おーいシンくーん?反応ないと恥ずかしいんだけど?」

 

 千世子に肩を叩かれてやっと気がついた。あまりに目を背けたい現実のせいでトリップしてしまっていたようだ。

 

「えーと、なんだったっけ?カレーライスかランドセルかだっけ?どっちも良いところがあるから甲乙つけがたいけど」

 

「うん落ち着いて?動揺だけは伝わってくるって。ソレだと甲乙つけられないよ?だってどっちとか選べる選択肢じゃないからね。というかどんな話してたらそうなるのさ?」

 

「何言ってんだ。幼女に似合うシチュエーションだろ?個人的にはじめてランドセルを背負って逆に背負われてるんじゃない?っていうのも好きだけど、普段済ましてる子がカレーライスの辛さで涙目になっててかつ口もとが汚れてるのとか──」

 

「凄いよ君。もし私が錯乱してても幼なじみとはいえ美少女の前でそんな性癖暴露したくないもん」

 

 おっとまたあらぬ方向へ行ってしまっていた。大人しく現実を見よう。確か千世子とアキラが付き合ってるって話だったか。

 そっか、悔しいがお似合いだ。美少女の夜凪と熱愛されても違和感のないアキラなら……?

 

 アキラって夜凪と熱愛報道されてなかった?

 

「ごめん千世子。ちょっと用事できたから出るわ」

「え?いいけど、どしたの?」

「ああ、ちょっとアキラ殺してくる」

「ふーん……いってらっしゃいはしちゃ駄目だねステイステイ」

 

 背後から千世子にしがみつかれて進行を阻害される。相変わらずとんでもない力だ。もうすぐ背骨が折れそうだから少し力を抜いてほしい。

 

「離せ!あの野郎ここまで完璧な彼女いるのに夜凪と熱愛報道なんかされやがって!そんな奴に千世子は任せられるか!このままじゃお前は不幸になるかも知れないッ!」

 

「嬉しいけど!そんなに褒めてくれるのと心配してくれるのは正直嬉しいけど落ち着いて!ウソウソ!嘘だから!付き合ってないから!!」

 

「あと単純に羨ましい、羨ましいぞ星アキラァ!芸能人同士ならファンも怒らないだろうしこの際夜凪がマジでも大人しく祝福してやろうと思ったがもう無理だッ!なんでお前だけそんなモテるんだ少し分けてくれよ!」

 

「ねぇ話聞いてよっ!?クソっちょっと嫉妬してくれるかと思ってやっただけなのに!ここまで怨嗟が溜まってると思わなかった!!てかそれなら私に告ればいいじゃんコイツ!!」

 

 星アキラッ!次に会ったらぶん殴った後弟子にしてもらうからな!!

 

 

 

 

 あれからしばらく経った。結局付き合っているというのは冗談だったらしい。千世子が俺を再起不能にした後詳しく説明してくれた。再起不能にする必要はなかったのでは?

 

 そして立ち稽古に入って20日、本番までは残すところ30日を切っていた。

 

 今、目の前では阿良也と夜凪の芝居が行われている。夜凪の進歩は本当に早い。気がつけば想像しているよりも先のラインに足を踏み入れようとしている。これが天才ってヤツなんだろう。

 見れば今も阿良也と張り合ってる。少し前じゃ信じられなかった光景だろう。

 

「……あれ本当に景?阿良也と渡り合ってる……」

 

「本番一ヶ月前でこのレベル凄いよ……!」

 

 全体的なレベルの高さは他と比べても群を抜いているこの劇団でもこの評価。やはり夜凪の才能は凄まじい。

 

「おい、爺さん。どうするつもりだ?夜凪の中で既に役が固まりつつあるぞ。手を加えるなら今しかない」

 

「分かってる。だがアイツらはまだ化けられる。前も言った通り夜凪達については任せてくれていい。お前はお前の仕事をこなせ。アキラをどうにかしたいんだろ?」

 

 他の連中なんてまだ芝居してないだろ今は。今この瞬間手持ち無沙汰だから聞いてるんだ。

 

「その夜凪への指導は俺には教えられないものか?アンタ俺になにか伝えるつもりなら俺にもソレを伝えるべきだと思うけど?」

 

「コレはお前にはまだ早い」

 

 勝手すぎない?急に呼びつけて秘密主義とか舐めてんのか。

 

「あっ、オイ!シン。どこ行くんだよ?」

 

「仕事。そのうち戻るから大丈夫」

 

 このままじゃ指導にも悪影響だ。一旦他の作業をして頭を冷やすべきだろう。

 

 俺はどうにか苛立ちを抑えながら外へ向かった。

 

 

 

「なぁ巌さん。いいんスか?ここ最近シンのヤツ妙にピリついてますよ。多分みんなもなんとなく感じとってます」

 

 亀のヤツがそう俺に聞いてくる。言われなくとも分かっている。夜凪が変わりはじめた辺りから、シンの野郎も変わった。最初は夜凪に触発されてかと思っていたが、どうにもそうじゃねぇ。

 今までの俺たちやアキラの作品を見て研究しようとしていたのは知っていたが、それが理由じゃねぇのは確かだ。

 

「アイツについては気にしなくていい。どっちにしろやる気は以前と桁違いだ。現場にマイナスにはならないだろう」

 

 間違いなくやる気だけは上がっている。少し前までは渋々従っていたのが嘘みてぇに技術を盗もうとしてきやがる。ともすれば中学の頃よりも真剣に。

 

「いや、そうなんスけど、アイツ、生意気だけど俺らの弟みたいなもんなんで。心配っていうかなんていうか……」

「分かってる。コッチで対応しておくから安心しろ。それより亀、テメェ人のこと心配してる暇があるのか?」

「何でもないです!!ちょっと台本読み直してきます!!」

 

 亀が走って出ていく。それにしても、アイツも周りをよく見ている。みんな、なんて言ってたが気がついているのは少数だろう。シンは演技の中でも偽るような芝居に関してはかなりレベルが高い。亀が気づけたのはアイツが団員の中でもシンとの距離が近いからってのと……。

 

「あー、面倒なことになった。時間もねぇってのに」

 

 あのバカのことだから周りのやる気に当てられてモチベーションも上げるだろうと思っていたが、上げ過ぎだ。一体どこのどいつに誑かされればああなるんだ。あんなアイツ見たことねぇぞ。

 今回の劇は良くてもこのままじゃ近いうちに潰れる。そうなりゃ俺にはどうしょうもない。

 

 夜凪たちも、アキラのやつも、バカ弟子も。

 

 全員を正しく導く。ここからが俺の仕事だ。

 

 

 

「はぁ?食事会?俺はいいや。まだ作業が残ってる」

「強制参加だ。ただの会食じゃあねぇ。芝居の上で必要になる。勿論、お前にも益はある」

 

 そんなやり取りもあって渋々参加したが、本当に意味があるんだろうか。今は時間が惜しい。業界に戻るかは別として、あんな啖呵を切られたんだ。アイツを満足させる能力くらいは持っとかないと。意図せずアイツを焚き付けてしまっていた俺の義務だ。

 

「なにシケた面してんだよシーン?もっと楽しめよっ!」

「アンタはテンション高すぎだろチェリーマン。会食なんて今更だろ」

「アンタそれ諸刃の剣だよ分かってんの?」

 

 まだ17だからセーフなんだよ。ソレに俺は未成年だからチェリーボーイだ。チェリーマンなんて残念な野郎と一緒にするな。

 

「違うよシン。このバカはアンタと景、あとアキラがいるから楽しみなの。少しは察してあげな」

「バッカ七生お前ちげーよ!そんなんじゃないから!」

 

 へー?なにアンタそんなこと考えてたの?カワイイとこあんじゃーん?

 

 仕方ない。いい歳して恥ずかしいセンパイのために今日は楽しもう。

 

「センパ〜イ?そんなに俺と飲みたかったんスか〜?仕方ないなーもう。ほら、早くお茶注げよ」

「なにお前急に態度でかいな!?あとお茶注ぐの俺じゃなくてお前!年功序列って知ってる!?」

「亀、アンタ年功序列なんて意識してんの?じゃあさっさと私の酒注ぎなよ」

「畜生七生てめぇ早生まれが!泡ゼロで注いでやるから覚悟しろよ!?」

 

 

 

 

 

「えー、乾杯」

 

「「「「…………」」」」

 

「え?そんだけ?もっとなんかあるでしょ」

「仕方ないよ。巌さんこういうの苦手……何であんたもう食べてんのシン」

「……うぇ?らっふぇもうふぁんふぁいひははろ?」

「ごめん。聞いた私が悪かったね。食べ終わってから話しな?」

 

 乾杯したならもう食べ始めてもいいのではなかろうか?

 

「……ぅン、乾杯したんだから食べはじめてもいいだろ?こっから先はどうせ年寄りのろくでもない長ったらしい話が続くだけだぜ?痴呆だから同じ話5回はするぜ多分」

「おうシン、テメェそこに直れや」

 

 おっといけない。

 

「さっき亀さんがそう言ってました。本当です。俺は知らないけどいつもそうだって彼が言ってました」

「言ってない!?お前シンやりやがったな!?」

 

 悪いが俺の食事の邪魔はさせねーぞ。可愛い後輩のために犠牲になってくれや亀さん。

 ……?やめろ!コッチ来んなジジイ!亀さんだけで満足しておけ!来るんじゃねぇ!!

 

 

 

 

 

 

 バカな童貞二名がダウンしたのを境に宴会は始まった。

 ガヤガヤとした陽気な空気が会場を包み込んでいる。

 

「アキラ君」

 

 バッチィィ!!

 

 夜凪は渾身のウィンクをアキラに披露する。実は夜凪、喜怒哀楽の表現課題の時から密かにアキラのウィンクに憧れていた!

 

「どう?」

「……大丈夫?目に虫でも入った?」

 

 しかし無念。一向に伝わらない。確かに傍から見れば強めの瞬きにしか見えなかった。控えめに言ってセンスゼロだった。

 

「ねぇアキラぁ……わたし眠くなってきちゃったよ……肩貸して……?」

 

 そんな夜凪を差し置いてアキラに忍び寄る影。七生だ。この女、メガネを外すと分かりやすく豹変する。そして酒癖がかなり悪い。今もアキラへのボディタッチがとても激しい。

 

「えっ?はっ、はじめまして……?……誰?」

「ちょっと待った七生さん!肩なら俺が貸します!何なら全身貸します!何でもしていいですよ!おい離せジジイ!今しかねーんだ!あんなエロい七生さんとイチャつけるのは今しかねーんだよッ!!」

 

 イケメンの役得展開を察して気力で復活した戦士が1名。しかし残念、待っていたのはハゲジジイのアイアンクローだった。ハゲの癖に調子のんな。そう言ってシンは再び眠りについた。

 

「はい七生の勝ちー。色気のない役者はダメだよ老若男女問わずね」

「じゃ次阿良也君が手本見せてよ」

 

 目の前の惨劇はあえてスルーして会話する夜凪と阿良也。間違いなくこの場での勝者は彼らだろう。

 

「ヤダこの子身体めっちゃ鍛えてるヤラシイ」

「誰!?やめてもらえます!?えっホント誰なんスか!?」

「なんて羨まじゃなかった破廉恥な展開だ。仕方ない。ここは俺がR18指定が入る前に未成年のアキラと代わコパッ!?」

「何回起き上がってくるんだゾンビかテメェは。というかお前らも勝手に出来上がってんじゃねーよ」

 

 元凶であるシンに今度こそトドメをさして巌裕次郎は完全におかしくなっていた空間を仕切り直した。

 

「落ち着けお前ら。景色を楽しむのが屋形船だ。外を見てみろ」

 

 そう言われて面々は外の景色を見る。

 

「流れる夜景はさながら銀河に輝く星空。見覚えあるだろ?お前たちの頭の中で。銀河鉄道の車窓だ」

 

 ソコから見えるのは美しい夜景。暗闇の中で明るく光るビル等の灯り。ソレらは水面で反射して幻想的だ。

 それは確かに銀河鉄道からの眺めだと言われても納得できるくらいの神秘を備えていた。

 

「よく刻んでおけよ。あれら一つ一つの輝きは人の営みが作ったもの。あんなにも美しいが俺たち乗客には二度と触れられない、死の景色だ」

 

 そう言った巌の言葉にはどこか重みがあった。

 

「気味が悪いな巌さん。今日はやけに饒舌だ」

「年寄りだからな。そういう日もある。なぁバカ弟子?」

 

 阿良也の言葉を軽く流して自称年寄りのハゲは自身がトドメをさした筈のシンに話しかける。

 

「イッテテ……気づいてたのかよ。容赦ないな全く」

「うるせぇ。どうだ、わざわざ来た甲斐があっただろ?」

「そんなコト聞くために起こしたのかよ……。綺麗だよ。アンタが連れてきた理由も分かったさ」

 

 本当に認めざるを得ないほど美しい光景だった。コレのためなら時間を割いても仕方ないと納得できる程の。

 

「お前がなにを焦ってるのか分からねぇが、少し落ち着け。お前は若い。ゆっくりと選んで進んでいけばいい。切羽詰まって迷いながら進んでるようじゃ、どれだけ技能があっても良いもんは作れねぇよ」

「……なんだよバレてたのか。怖いねー。年寄りの慧眼ってやつか?」

「抜かせ。これはお前の師匠だからだよ。お前が思ってるより俺はお前をよく見てる。だから安心して試して失敗しろ。危なければいつでも止めてやる」

 

 それは久しぶりに聞く演出の師としての言葉だった。信頼し尊敬する人物のその言葉に、シンの肩の力が抜けた。

 

 船の上での食事会はまだ、始まったばかりだ。




今後は作中で童貞への煽りがあったとしてもソレは読者へ向けたモノではありません。本当です。僕嘘つきません。
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