自分のことを工藤新一だと信じて疑わなかったヤツ(黒歴史)   作:はごろも282

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ふぉ〜!


巨匠による江藤新の記録

 最初は、弟子なんかとるつもりはなかった。

 いくらかつての団員に頼まれたからと言って簡単に頷くような人間じゃない。それでもアレを自分の弟子にしたのは、どうしてだったか。

 

 俺を恐れて逃げていった役者は数しれない。芝居ばかりで家庭を省みない俺に家族も愛想をつかして出ていった。俺の舞台を最後に芝居を辞めた天才女優もいた。

 それでもまだ演劇を続けているろくでなしが俺だった。こんなろくでなしは俺一人で十分だった。新たなろくでなしを作る必要はない。そう思っていたときだ。新しい光を見た。

 

*1……次郎吉?」

 

 最初にあったときの一言目はコレだった。まだ工藤新一だと思いこんでいたバカはそんな妄言を真剣に言っていた。無論母親にすぐさまシバかれていたが。

 

 印象的だったのはその時の目だった。なにかに取り憑かれたみたいなギラついた目、ソレは自分が工藤新一であると疑ってなかった証明だった。

 

 七生や亀のように自分から俺の下に来たわけじゃない。阿良也のように俺がスカウトしたわけじゃない。あのときのアレはただ親に連れられて渋々ついてきただけだった。

 正確には演劇を観るというよりも特別なイベントで事件が起きるかもと期待していただけだった。

 

 邪魔をしない代わりに見学をさせてくれという母親の要望を聞いたのは、アレがメソッド演技ではないかと心配する両親の顔に免じてだった。そうじゃなきゃガキなんざ置いとくわけもねぇ。

 

 そこが始まりだったんだ。俺とあの探偵気取りのクソガキとの関係は、そんな偶然からはじまった。

 

 

 

 当初のアイツは今よりもイカれてた。まだ10歳そこらだったアイツは工藤新一全盛期だった。

 

 ヤツは動くなといっても動き回って「ここの金具が外れて事件が起きるに決まってる!」とかいって器材の安全確認はするし装飾用かなんかの破片の粉を見つけたら必ず「コレは……青酸カリ!?」とかいって舐めていた。

 

 ハッキリいってクソガキだった。邪魔しないといいつつまったくもって邪魔だった。しかも質が悪いことに何かを壊すとかそういう決定的なことは起こさなかった。簡単に言えばいつも端の方でコソコソしてるだけだったから追い出すには決定打に欠けていた。

 

 そんな俺からすれば鬱陶しいクソガキでも団員からの評価は高かった。特に女連中の。アイツがいると芝居にメリハリがつくような連中が少なからずいたことも見学を認めていた理由の一つだ。

 

 当時からシンは無駄に賢かった。

 

*2うわー!おねーさんたちやさしー!!」

 

 と言いながら女団員から餌付けされてたのをよく見かけた。ヤツは狡猾だった。スリザリンにマイナス7億点。

 

 俺がアイツに演出家としての才能を見たのもそれからすぐだった。当時新人だった七生と亀の才に気がついていたからだ。

 

「うわっ、……園子?次郎吉に懐いてるし。えーでもパットしないよなぁ……。あ、メガネ外すよ。あーイケるな。よし!今日からアンタギリギリ園子ね!……年齢違うじゃん。アンタ留年すんのか……?」

 

「うーん、印象に残るタイプのモブキャラ。……*3ふなち?あれ?じゃあアンタもしかして女!?」

 

 アイツらと話すようになって直後の発言がコレだった。どう考えても役者を目指して入ってきたヤツに言う台詞じゃねーがソコは問題じゃなかった。シンは両方に引っ叩かれてたがソレも問題じゃなかった。

 

 どうせ自分の世界に当てはめてただけなんだろうアイツはピンポイントで亀の脇役としての才能があることや七生のことを見抜いてやがった。しっかりした理屈がなかったとしてもその直感が演出家にはなによりも必要だ。

 

 10歳そこらのガキが俺と同じ目線を持っていた。このときの衝撃は相当なものだった。

 

 

 

 それから2年ほどして、シンが来る機会が極端に減った。話を聞く限りでは工藤新一の闇から抜け出したらしい。

 

 それはおかしかった。そんな簡単にやめられるものならメソッド演技で壊れる役者なんて存在するはずがないからだ。

 いかにアイツがブッチギリでイカれた頭の持ち主だったとしても幼少期の人格形成期に工藤新一だったのならもはやアレは工藤新一本人になってるはずだ。

 

 ソレが起きてないということはつまりアレはメソッド演技ではなかったということになる。ただの思い込みでただの猿真似、ソレも一流の目を欺けるくらい高度な。

 

 それはもはやメソッド演技なんじゃなかろうか。

 

 よく分からなくなってきた俺はとりあえず才能がなかったということにした。ソレが一番丸く収まる気がしてきた。きっと探偵になりきってたから自分が偽物だという真実も見つけてしまったんだ。きっとそうだそうに違いねぇ。

 人生長い、そんなミラクルだってあるさ。

 

 俺はアイツを常識の範疇から除外した。今後メソッド演技で苦しむ人間が現れたとしてもアイツはなんの参考にもならないだろう。

 

 もし俺がその当人なら自分がヤバいときに『工藤新一になってた男がな……』なんて言われたらシバき倒す自信があった。

 

 結局メソッド演技問題が解決されて円満解決!とはならなかった。それと同時に新たな問題が浮上したらしい。

 

 どうやらあのクソガキは抜け殻になったようだ。シンの母親にして俺の劇団の元役者、江藤有希は一人でスタジオにやってくるとこう言った。

 

「最近金ローでやってた*4江戸川コナン失踪事件?だったかしら。うちの子ずっとあんな感じなんです」

 

 お前まで絶対に分からないコナンで例えだすのはやめろ。何よりも先にそう思った。

 

 なんでお前までコナンに侵食されてるんだ。お前ら親子二世代に渡って俺にコナンを布教するな。ちょっと詳しくなっちゃったじゃねぇかどうしてくれるんだバーロー。

 

 話を要約すると工藤新一に代わる新しい目的を作りたいから協力しろというモノだった。その為に役者デビューをさせるのも考えていたらしい。確かに悪くない案ではあったが俺としてはその頃にはアレに演出家としての道を見出していた。

 

 というよりあのイカレ探偵小僧モドキをうちに入れるのは抵抗が凄かった。その当時は阿良也を見つけた頃と重なっていたから新しい悩みのタネはゴメンだった。

 

 その旨を伝えてなんやかんやあって結局様子見に落ち着いた。色々話し合ったところでまだどれも現実味に欠けた内容だった。

 

 決め手となったのはその2年後だった。雑誌のシナリオコンクールの担当をさせられてた時だ。そこで俺はとんでもない奴を見つけた。

 

 そう、エドガー・コナンだ。

 

 頭が痛くなった。確かにコイツは他と比べても突出して優れていた。だがどうしてもバカの影がチラついた。

 

 ただ冷静に考えて本人の確率は著しく低かった。アイツは今こういうのに参加するような状態じゃないのは確認がとれている。それに俺が昔話した限りではアイツはシナリオライターに全く興味がなかった。

 

「将来?探偵だから。無理なら泥棒でもやるわ、最悪海賊だな」

 

 とか言ってた犯罪者予備軍を信じろ。どう考えても未来のフレ幅が大きすぎる。何と戦ってるんだろうかアレは。バイオリンスケボーサッカーなんでも出来るんだからそっちでやれよ。

 

 最終的にバカは頭から除外した。エドガー・コナンだってきっとただの野球の方のファンだそうに違いねぇ。俺はそう考えてその作品を入賞扱いにした。

 

 

 本人だったよバーロー畜生が。何してんだあのクソ坊主。それであのバカは劇団に入ることが確定した。同時にアレの両親が海外へ旅立った。

 

 あんなに極端な退路の断ち方ははじめて見た。ソレは俺にとってもシンにとっても神の一手に違いなかった。おのれ江藤優作、工藤優作みたいな頭の回転しやがってくたばっちまえ。

 

 そこでせめてもの抵抗として役者としてじゃなく演出家として育てることを敢行した俺の目は間違いなく正しかった。転換点は間違いなくここだ。

 

 

 

 いざ指導が始まるとアイツは凄い速度で技術を吸収していった。半年もすれば俺のアシスタントとして置いていても問題ないくらいには成長していたんだから驚いた。

 

 後はやる気があれば完璧だな、なんて思っていると唐突に監督をやると言い出しやがった。アイツはいつも想定の斜め上を爆走していく。常識の二文字が脳内にないようだった。

 

 もちろんのこと承諾はしなかった。監督は本人の能力は勿論だが他にも必要なものがあるのは少し考えれば分かることだ。

 

 確かに俺の弟子なだけあってシンには能力はあった。だがそれを証明する実績はなかった。失敗したときに責任を取ることは出来なかった。その他諸々懇切丁寧に説明してやったっていうのにろくに話も聞きやがらねぇ。常にブチギレ一歩手前だった。

 

 当時のシンの言い分はこうだった。

 

「次郎吉だって小学生のコナンを正当に評価してたのにアンタはどうだこの脳筋ハゲ!俺がやるって言ったら成功以外ないだろバーロー!」

 

 とても苛ついた。中学生にもなって目上への敬語もできないようじゃ先が思いやられる、そう思った俺はシンで杖投げの精度を高めた。

 シンは「コイツッ!妻の旧姓絶対京極だ!子供の名前真だッ!」と言っていたから速度を上げた。一歩間違えば虐待だが当時の俺には関係なかった。

 

 結局の所課題を達成できたら考えると伝えて毎日くるウザいねだりは止めさせた。しつこすぎてノイローゼになりかけた。*5ストレスが溜まりすぎてハゲるかと思ったぜ。

 

 出した課題はよくある無理難題である。一ヶ月一人でスタジオの清掃とか含め事務関連こなせなんていう嫌がらせから3時間俺の肩を揉み続けて俺が満足するまで延長可能なんて意味わかんねぇことまでさせた。

 肩の骨がなくなるかと思った。意地の張り合いとはいえ9時間はキツかった。

 

 その中でも群を抜いて高難易度になる筈だった監督としてのスキル関連の課題の達成が最も早かったのは計算外だった。

 

 うちの団員全員の短所とそれを改善する練習法をまとめてこい、と言って3日で終わらせるやつがいるかボケ。そんな簡単に短所が見つかる指導してねぇんだよ俺も、とか調子乗ってたかもしれねぇ。悲しかった。

 

 ナメたまとめ方してたならなんとでもできた。ただ憎たらしいことにアイツはしっかりと分析してきやがった。しかもほぼ俺と同じ見解だった。

 ソレを否定すれば俺を否定するのと同義であるという屈辱によりシンは監督への道を手に入れた。

 

 

 

 そしてあまりにもサックリと人気作を作ったせいでシンは監督業へのやる気を完全になくしやがった。

 

 最悪だった。アイツなら簡単に成功して調子乗るパターンの可能性の方が高かったから許可したというのに。まかり間違ってもアレはレベルの低さに絶望した、なんて殊勝な考え方するような奴じゃない。

 

 アレは天性の調子乗りだ。間違いなく*6「ククク、ハッハッハ!俺やっぱすげー!!」くらいはやる。ニュースとか新聞で自分のこと探してニヤニヤする。なんならエドガー・コナンって知ってますか?って街頭で尋ねるくらいはする。

 

 だがアレは顔出しインタビューを断った。完全に顔出しNGのインタビューも断った。自分の露出をことごとく減らした。それはまるで天才監督と自分は同一人物ではないと思い込もうとするかのようで、率直に言えばキモかった。

 

 異常だった。あの顕示欲の塊が「安易な個人情報の漏洩は自分の首を絞めるから」なんて常人らしいこと言うわけがなかった。名が売れるとなれば聞かれずとも自分の事細かな業績、交友関係、好みのタイプまで自己アピールするのが江藤新だった。

 

 つまり、江藤新はエドガー・コナンとして活動することを忌避していた。それも映画撮影を終えてまもなく、だ。

 

 おおよその見当はつく。演出の仕事が思ったより楽しくなかったし労働に対する対価として釣り合ってない、とかだろう。

 間違ってはないはずだ。「なんで労働時間こんな長いのこの業界」とか「こんな頑張ってんだからもっとチヤホヤしろよ」なんて愚痴ってたのは忘れねぇ。なんなら俺も昔思ってた。

 

 だがコレでは理由の3割くらいだろう。多く見積もっても5割はない。このままヒットさせ続ければ有名になってプラマイゼロになる、アイツならそう考えるはずだ。

 

*7だから残りの大きな理由を見つけるべきなんだが……コレが全くわからねぇ。今の調子だと中学卒業と同時に天球に来ることも無くなるだろうからそれまでになんとかしなければならない、そう思って時間が経過した。

 

 

 

 なんの成果も得られずシンは天球に来なくなった。

 

 仕方なかった。シンと同様に阿良也も視ていては時間が圧倒的に足りなかったのだから。そのまま俺の悪性腫瘍が見つかった。詰みだった。

 

 びっくりするくらい面倒なことが重なってそこまで行くと一周回って冷静になる。そうなれば天啓も浮かんだ。

 

 

 遺言にすればアイツも観念するだろ

 

 

 コレだ、と思った。いくらシンでも世話になった恩師の遺言ともなればやるに違いない。

 

 そうと決めれば後は簡単だった。最後の舞台を整えてシンを呼び戻す、そのまま演出がつまらねぇという部分だけ解消して死ぬ、コレだけで任務完了だ。流石探偵志望の師、頭が冴え渡りすぎだ。

 

 

 

 そして現在へ至る。

 

「アキラァ!いつまでカッコつけてんだテメェ!その芝居やめろっつってんだろ!!」

 

「つけてません格好なんて!!」

 

「落ち着けってアキラバカ。爺さんもコイツは俺が見てるから」

 

「ろくに指導も出来てねーから言ってんだろ探偵気取りが!!老いぼれに劣る三流は口挟むんじゃねぇ!!」

 

「あぁ!?探偵じゃねーしアンタの言ってること全部俺がもう言ってるから!アキラができてないだけでな!!」

 

「なっ、僕のせいにする気か!?君にももっと具体的に説明する義務はある筈だぞ!」

 

 今日も俺とアキラとシンの三つ巴の論争がはじまる。場当たりが始まってから連日ずっとこの調子だ。

 アキラは着実によくなってる。間違いなくシンの指導の賜物だし俺が望む方向に成長させていってるのは流石俺の弟子といったところだろう。

 でもまだ伸びるはずだ。そう思ってつい口を挟んでしまうのは老いたからか奴らを見込んでのものか。

 

「また始まったよあの喧嘩。アキラも結構やり合うよね」

 

「アキラのくせにな」

 

「テメェもだぞ亀!集中にムラがありすぎる!場当たりだぞ本番だと思え!!」

 

「うぇ!?あ、うぃす!!」

 

 後ろで呑気に喋ってるうちの団員にも指導は忘れない。お前たちもまだできるはずだ。今のでシンとアキラにも気合が入ったようだしアイツらはほっといても問題ないだろう。

 

「七生は芝居が分かりやすすぎる!客バカにしてんのか!」

 

「わ、分かってる!」

 

「分かってねぇから言ってるんだバカが!」

 

「じゃあもっかいやるから見ててよ!!」

 

「たりめぇださっさとやれ!!」

 

 コイツらがいるからどんな激痛でも耐えられる。痛み止めなんかよりも強い薬だ。団員は当然としてバカ弟子もなんだかんだ真剣にやってる。何があったのかは知らねぇがいい傾向だ。アレがやってるのを見ると俺もより身が入る。

 

「巌さん、少し休んだほうが……」

 

 唯一事情を把握している夜凪がそう声をかけてくる。最初俺の事情を知ったときは動揺していたが突然吹っ切れたのは幸いだった。家に来て俺から死者を知ろうと真剣にやるようになった。

 

「人の心配してる場合か?お前のカムパネルラは生者のままだぞ、本番まであと5日をきってる。いつ死者になるんだ」

 

 思えば黒山がコイツを紹介してくれたのはタイミングが良かった。夜凪の存在は俺のやりたいことを最大限演出するキーカードとなった。コイツのおかげでシンだけじゃなく阿良也たちにもまとめて最後の指導ができる。

 

『星アリサの再来だ、きっとアンタの最後の舞台にふさわしい女優になる。名前は夜凪景』

 あぁ、お前の言うとおりだ黒山。夜凪は間違いなく俺の舞台にふさわしい女優になるだろうよ。過去最高の舞台になるに違いねぇ。

 

 演劇一筋の短いようで永い人生だった。

 

 俺を恐れて逃げていった役者は数しれない。芝居ばかりで家庭を省みない俺に家族も愛想をつかして出ていった。俺の舞台を最後に芝居を辞めた天才女優もいた。

 

 だが、こうして親子よりも離れた奴が集まって演技して、俺が口出して、才気溢れる俺の後継みたいな奴もいて。どいつもこいつもこんなろくでなしのことをバカみてぇに慕ってやがるときた。

 

「僕のお母さんがほんとうに幸になるならどんなことでもする。でも本当の幸いってなんだろう、なにがしあわせか分からないんです」

 

 ろくでなしの癖に弟子なんかとって、懲りずに若い才能にがめつく食いつき、俺は「ほんとうの幸い」からは程遠い人間だと思っていた。

 

 ああ、それでも──

 

「──これが幸せか」

 

 俺が育てたこの先を作る奴らといる何気ないこんな風景がしあわせなんだと、死に際になって漸く気がついた。

 

「ん?巌さんなんか言った?今なんか言ったっしょ?」

 

「……?いや?──まぁいい。聞け!」

 

 稽古も休憩になり集まっている今がちょうどいいだろう。

 

「お前たちの芝居は日に日に良くなっているよ。そして明日からの公演は数十日にも及ぶ」

 

 公演が始まっちまえば俺たち演出家にできることは大してない。だからこそ今伝える必要があり、演者へ俺ができる仕掛けは終わる。

 

「進化し続ける芝居こそが演劇だ。ここからは俺の想像を超える芝居をし続けろ。明日からは思う存分演じるんだ、いいな?」

 

「「「……はい!」」」

 

 そして、その日の最後に──。

 

「爺さん、少し話せるか?」

 

 だいぶ時間がかかったようだが、推理の拝見といこうか。

 

 

 

 

 

 

「で?随分時間がかかったようだが漸く答え合わせか?」

 

 まるで呼び止められるのが分かってたかのような発言である。控えめに言って出鼻をくじかれました。どうしてくれるんですか?

 

「いやー、いよいよ明日本番なのに教えてくれないんだから。そりゃこっちも強行突破しかないだろ」

 

 ぶっちゃけ途中からあ、本気で何も話すつもり無いんだって感じてたからいいけど。赤井秀一だってもうちょい説明するよ多分。

 

「えーと、なんだっけ?とりあえず俺を演出家に戻そうとしてるのは間違いないよな?」

 

「ま、そうだな。お前の疑問は『何故今なのか』、『引退間際に何を教えようとしてるのか』ってとこだった」

 

 そう、そんな感じだった。そのまま色んなことが重なったから一旦保留ってことになってたが、実際はあれからもある程度探っていた。

 

「まず状況整理だな。アンタは俺が天球に来なくなってから今まで俺を呼び戻そうとはしなかった。なのに今になって急に呼び戻した。夜凪景を引っ連れて」

 

「そうだな」

 

 正直ここら辺の推理があってようが間違ってようがどうだっていい。大事なのは最後の部分だ。

 

「俺はアンタじゃないからアンタの思考が何から何まで理解できるわけじゃない。だけど俺に関することならそれなりには予測できる」

 

 少し前に内心を誇張しまくった黒山サンとの対談でプロから見た俺の評価も知ったし。それらをもとに推理すると──

 

「ぶっちゃけさ、アンタ俺が演出家の才能があると思ってる?自分や黒山サンと同じような人間だと本気で思えてたか?」

 

「……」

 

 俺の予想なら多分アンタはそうは感じてない。

 

「アンタ俺を呼び戻した直後に話したとき御大層なこと言ってたよな。『演劇なんて嘘の塊で、そこに真実なんて存在しない。演出家の役目は嘘と現実の境界を限りなく寄せること』だったか?」

 

 長ったらしくそんなようなこと言ってたぜ。

 

「『ありえないことをありえると錯覚させられる奴は演出家としては天才だ』コレは理解できる。納得もできる。でもその前のは明らかにおかしい。アンタが役者に求めんのは正直者であることだろ。だいたいアンタの言ったことが事実なら演出家は嘘つきとかペテン師ばっかだぜ」

 

 いや、言わんとすることは大いに理解できる。それほど観客を引き込めるような演出がってことだろ多分。俺は分かる。多分千世子も納得する。でもアンタや夜凪は違う。

 

「そもそもな、それがプロの条件ならアンタも黒山さんももっとうまく立ち回ってんだよ。嘘と現実の境界をなくせる奴は『分かる奴が分かればいい』なんて言わないし、芝居に熱中して妻子に逃げられねー。俺の知ってる一流のプロってのは、どいつもこいつも自分に馬鹿正直な奴なんだよ」

 

 そうなるとあの発言は何だったのか。それを考えるためのピースは揃ってた。決定打はアキラだった。

 

「阿良也がアキラを入れたばっかの時いろいろ言ってたな。俺も少しひっかかった。俺の知ってるアンタはあんなことしないからな。まあ俺は長らく離れてたからあれだけど。でもアキラについて調べてて分かったよ」

 

「へぇ、何が分かったって?」

 

「アンタ前メソッド演技の役者ぶっ壊したって言ってたよな、俺の母親がいた時期に。俺さ、昔から幼なじみと母親の作品見たりしてたからある程度アンタの過去作は観てるんだけど、星アリサも出演してたよな確か」

 

 千世子がマジでうるさかったから覚えてる。目キラッキラだった。キモかった。

 

「それでさ、星アリサって調べたらあの舞台が最後なんだよな、女優活動。──アンタがつぶした女優ってこの人だろ?」

 

 それなら急なアキラの参入も理解できる。そんな罪悪感だけとは言わせねーけど、それがあったのは間違いないだろう。

 

「……正しいな。続けろ」

 

 さっきからちょっと上からなのやめろムカつくから。もっと犯人みたいに狼狽えてくれてもいいじゃん。

 

「ここでの焦点は役者ひとりつぶしたってとこだと思う。結局ソレを気にしてたアンタはそこで俺と会った。それでようやく最初の質問につながる」

 

 こうして過程をうめていけばおのずと結果は見えてくる。推理ってのは繋がってるものだからな。

 

「アンタは俺が自分たちみたいに芝居に命を懸けられる人間じゃないと理解していた、自分たちとは違う人種だと。アンタが俺を弟子にしたのは俺がそれなりの眼を持ってて、それでいてアンタらみたいなぶっちぎりの才能がなかったからだ」

 

 芝居一つに熱中することがないから役者を潰したりしない、でもセンスはあるから優れた演出はできる、そんなところだろうか。よく言えばハイブリッドだ、夢がある話だぜ。

 

「……なかなかやるじゃねーか、限られた情報でよくそこまで導いたな」

 

 爺さんからのお墨付きももらえた、これは勝ったなガハハ。まあ肝心の『なぜ呼び出したか』とかは全く触れてないんですけどね?

 

「だが、70点ってとこだな。致命的な間違いがある。だから俺が『何を教えたいか』もいまいちピンと来てない」 

 

 70点!?700点じゃなくて!?おいおい、負け惜しみかよ嘘ついてんじゃねーぞコラ!!

 

「顔凄いことなってるぞ。そんなに推理が違ったのが悔しいか?」

 

 うるせーバーロー!さっさと答えてみろ真実をよぉ!

 

「致命的な間違いっつーのはお前に才能がないってとこだ」

 

 ……は?

 

「お前は俺が正直者だといったな。ならわざわざお前に『才能がある』なんて嘘つかねぇだろ」

 

 ……確かに。いや、でも……え?

 

「そもそも俺はお前が思ってるほどできた人間じゃねぇ」

「そんな人格者だとはもともと思ってないぞ」

「殺すぞ」

 

 自分で言ったのに……。そういうとこだぞ!?

 

「お前の演出家としての力はお前が工藤新一だったころから目をつけていた。星アリサの件を省みずにな。俺はそういうろくでなしなんだよ」

 

 工藤新一の時って……え?まだ10歳そこらなんだが?てか目節穴だろ工藤新一やってんだぜソイツ。

 

「お前が俺たちとは違うと分かったのは正式に弟子にしてからだ。だがそれが逆に好都合だった。俺みたいなろくでなしになることがないと理解できたからな。それからはお前が人の道を外すことなく俺が見たことのないところまで進んでくのを想像した」

 

 ???スケールがでかくない?まだ基礎教えられてる時期じゃないかそこ?期待が大きすぎないか当時の。

 

「覚えているか?映画撮影のときに話したことを」

「ぜんぜん」

「少しは申し訳なく思えカス」

 

 いやまったく覚えてない。多分やっと許可したなクソジジイとか考えてた。

 

「俺はハナから成功はすると思ってたんだよ。問題はそのあとのお前だ。゛「簡単すぎてつまんねー」なんて調子に乗るな゛って話したんだよ。そしたらお前、つまらねーから辞めたってお前、一番面倒な方向へ進みやがって」

 

 嘘だろそんなこと言ってたのか?いや言ってた気もする。後辞めた理由の6割はエドガー・コナンだ。それがなかったら他の苦痛は耐えられたから。つまりはアンタが悪い。

 

「張り合いのない達成は大して魂を潤さない。若くして突出した人間は必ず経験する。お前は工藤新一なんていう極上のモン先に味わったせいで顕著だがな」

 

「黒歴史を極上扱いしないでくれない?」

 

「黙れ。ソレのせいで俺がどれほど苦心したと思ってる?漸くといったところで映画作るなんて言い出される身になれ」

 

 マジな目だった。思い出して軽くキレてる目だった。こわい。

 

「だからこそ今回が最後の教えなんだ。明日からの講演を目に焼き付けておけ」

 

 ……。

 

「いつだ?」

 

「何がだ」

 

「あと何か月だって聞いてんだよ」

 

「……二か月から半年だ。知ってたのか」

 

「なめんな。あんだけ夜凪とこそこそやってりゃ嫌でも気づく」

 

 まぁ確信したの最近だけど。その頃にはどう考えても手遅れだった。第一何を言ったところで無意味なのは分かりきったことだった。

 

「場所は?」

 

「膵臓、見つかったのは半年前だ」

 

 末期じゃねーか。よく今まで平気な顔してたなアンタ。そりゃ俺とはちげーや。

 

「少し意外だったぞ。お前は気がついても認めないし踏み込まないと思ってた」

 

「……認めるしかないだろ、それが真実なら。*8ありとあらゆる可能性を必死に探しまわった後ならなおさら」

 

 実際今この瞬間まで間違いなことに縋ってた。全部俺の深読みで、いい年だから辞めるだけなんだと。俺を呼び戻したのもいいタイミングだったからだと。

 

 

「『演出家にとっての成功とはなんだと思う?』」

 

「あ?」

 

「昔アンタが俺に聞いたんだ。弟子入りさせられるときに」

 

 何もしらない14とかの俺は「売れる事」とか答えた気がする。

 

「ここで伝えておく。俺にとって成功は──」

 

 ジジイの顔が固まった。いい気味だ。推理中も何食わぬ顔してたからな、茫然とさせてやったわ!

 

「ハっ!いいじゃねーか、いい答えだ。ソレを捨てずに俺を超えてみせろ」

 

 それが俺と巌裕次郎の、演出の師との最後の会話となった。

 

 

 

 翌日、俺は巌裕次郎が自宅で倒れていると知らされることとなる。

 

*1
コナンの登場人物。鈴木財閥の偉い人。髭の生えたハゲ

*2
コナン特有の猫かぶり。ぶっちゃけ慣れた手法

*3
乙女ゲームオタクの女子大生。22歳。第797話「夢みる乙女の迷推理」にゲスト出演して、強烈なインパクトを残していった。作中で死亡フラグとか言っちゃってた。ナチュラルに不法侵入しちゃう子。かわいい。悠木碧

*4
2014年12月26日に金曜ロードSHOW!にて放送された、アニメ『名探偵コナン』のテレビスペシャル。アニメオリジナルストーリー。コナン君シューズの故障で記憶喪失になります。欠陥シューズがよぉ……

*5
自分をハゲだと認めないハゲの鑑

*6
だいたい原作コナン一話参照。アイツ初期だいぶおかしい

*7
原因がエドガー・コナンだとは夢にも思ってない。なんなら自分で提出した名前のため順当

*8
「カッコよくなんかねーさ!きっとその時は、疲れてボロボロになってるよ……。その人が犯人じゃない、ありとあらゆる可能性を必死に探しまわった後だろーからな……」

 初期の新一が知り合いが犯人だったとき真実を話すのかと尋ねられた時の台詞。蘭にカッコつけてクールに決めるのね、と言われた後にこのセリフが出てくる。コナン史上トップクラスで好き




なお、遊び>執筆>受験勉強という優先順位のため次も遅くなります。アクタージュは読み直しから始まるから時間かかるし…。

生存確認したい人はマイページかなんかにtwitterのURL貼っとくんで勝手に飛んでください。前回わざわざ教えてくれた人がいたのでやってみました。

銀河鉄道終わったあとちょっと挟みたいんですけど!!

  • 羅刹女ごー!(修羅の道)
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