自分のことを工藤新一だと信じて疑わなかったヤツ(黒歴史)   作:はごろも282

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ハッピーバレンタイン!
説明ばっかで重たいけど許してください。


正直この展開気に入らないんですよね。時間があれば書き直します


銀河鉄道の夜 前編

 舞台『銀河鉄道の夜』公演初日

 

 巨匠巌裕次郎による大作を期待するファン、出演者の関係者などが続々と押し寄せる開演前の会場、その舞台裏にて。

 

「──フゥー」

 

「緊張してんなアキラ、女でも来んのかよ?」

 

「えっ、いや……女と言えばまあ……女ではあるんですが」

 

「フーン……ところで俺ずっと思ってたんだけどさ、お前ってツラ良いし人気あるしで俺とキャラ被ってるよな?」

 

「……?」

 

「やめろその顔。何だコイツ頭おかしくね?もう死ねばいいのにこの童貞、みたいな顔すんな」

 

「そこまで思ってる顔に見えました?」

 

「いやそこまでは見えなかったけど。でも今うわコイツ面倒だな……って顔はしてる。ま、その調子でガンガン顔に出してけよ?どうせ俺たちはどれだけ取り繕ってもダセーんだから」

 

 舞台での経験が初となる新人の緊張をほぐす為か、そんな軽口のような助言で張り詰めた気を緩ませる先輩役者。

 

「──」

 

「もう3時間はああしてるよ。慣れないな阿良也のアレ」

 

「集中してんだって、絶対話しかけんなよマジで怖いから本番前のアイツ」

 

 一人鏡の前に座り虚空を見つめ集中を高めるカメレオン俳優。

 

 三者三様のルーチンのような何かが繰り広げられる舞台裏で、それでも看過することのできない異変があった。

 

「ねぇ……巌さんみなかった?いつも誰より早く小屋入りするのに」

 

 いち早くそれに気がついたのは三坂七生だった。小走りで団員のもとまで駆け寄り巌裕次郎の所在を尋ねる。走り回って探した後なのか、その額にはじんわりと汗が滲んでいる。

 

「あ?いないのか?とっくに来てて設備チェックでもしてるのかと──」

 

「おかしいよ……!景もまだ来てないし……それにシンだって──」

 

 焦りからか団員を責めるような口調でまくし立てる発言の途中だった。唐突に控室の扉が開かれた。

 扉を開けたのは話題に上がっていた人物、夜凪景だ。

 

「みんな、聞いて」

 

 入室と同時に視線を集める景。そんな彼女は、どこか悲しんでいるようで、それでいて覚悟を決めたような表情で、ソレは彼女が真剣である事を団員に理解させるには十分だった。

 

「今日、ココに巌さんは来れない」

 

 だからこそ、告げられたその言葉は団員の思考を停止させるに足る剣となる。

 

 

 

「……巌さんが来れない?どういう事、景……?」

 

 いち早く声を発したのは七生だった。景が来るよりも前から巌が見つからない状況を不審に思っていた彼女が、先陣を切るように景へと追求する。

 

「毎朝巌さんの家に寄って一緒に稽古に向かうのが最近の日課だったの。それで今日も巌さんの家に向かった。そしたら──」

 

 景は今朝の出来事を語った。巌の家に着いて景が最初に目にしたのは救急車と隊員と会話する黒山墨字だった。ソレが意味するところは即ち、巌裕次郎が危篤である、ということだった。

 

「巌さんが……危篤……?」

 

「うん。巌さんはずっと病気でお医者さんには公演まではもつって言われていたらしいの。でも、今朝意識がなくなっていて……」

 

「う、嘘つけよ……だって昨日までピンピンして──」

 

「ずっと隠してたの。モルヒネとか使いながら痛みを我慢して「景!冗談やめてってば!!」──隠していてごめん」

 

 状況が飲み込めない団員に冷静に答える景。景の言葉を認めたくない七生が大声で景の発言を遮ろうとするが、それにすら淡々と返答をする。ソレが逆に景の言葉が事実だと周囲に理解させる一手となり、遂に追求の声も止み、沈黙が空間を包む。

 

「……夜凪、巌さんは死ぬのか?」

 

 そんな中で、確かめるようにそう質問したのは先程まで深い集中状態に入っていた明神阿良也だった。

 

「……いつ亡くなってもおかしくないって、舞台が終わるまでもつかどうかも分からない」

 

 景のその言葉に深く考え込むような仕草を見せた阿良也。そうして、再度沈黙が訪れるかと思われたとき、亀がこう切り出した。

 

「巌さんの元に行こう……!」

 

 或いは、コレは必定だったのかもしれない。亀のその発言に驚く周囲ではあったが、ソレはこの場にいるほとんどが心の底で思っていたことだったのだから。たまたま今回切り出したのが亀であっただけで、ソレは少し違えば他の誰かがそう言ってもおかしくない、そんな心の底からの願いだった。

 ただ、現状がソレをさせてくれないだけで。

 

「……そんなこと簡単に言わないで……!もうお客さん入ってるし、本番当日に中止なんて許されない……。巌さんの舞台に傷はつけられない……!」

 

 そう、今は舞台の控え時間。今から巌の元へ向かえば確実に舞台は中止となる。それはつまり巌裕次郎の舞台を傷つけたことと同義で、ソレこそが団員がこの場を動くことのできない理由だった。

 

「じゃあ!あの人の最後がッ!俺らの親父の最後が!!病院のベッドで一人きりって……許されるのかそんなこと!?いいだろ1日や2日の延期くらい!」

 

「……親の死に目に会えないのが役者だよ。そのくらいの覚悟、みんなしていたはずだ」

 

 ヒートアップしていた空気に待ったをかけたのは阿良也だった。阿良也は独り言のようにそう呟き、更に言葉を重ねる。

 

「俺たちはあの人のために芝居をしていたわけじゃない。あくまで自分のためだ。そうだろ?」

 

 流れるように話す阿良也。巌裕次郎の秘蔵で天球のエースである彼の言う役者としての在り方は、ここにいる誰もが理解しているモノ。真に優れた役者であればこんな時でも動じず、舞台に臨まなければならない。

 

「ああ、だけどそうだな──俺は知らなかったよ。あの人への感情が……思い出が……ここまで心を乱させるなんて、知らなかった……!」

 

 ただ、阿良也だって完璧ではない。コレはただ、それだけの話だ。

 

 

 

 もともと、今回の舞台を最後に舞台を辞する筈だった。だからこそ劇団の人間は、もっとコイツらと芝居がしたい、演劇が続けたい、そう思ってもらいたいという一心で稽古に励んできた。

 今の状況は、前提から大きく崩れ去ったようなもので、予め状況を理解していた人間でもない限り、普通の人であればどれだけ構えていても狼狽えてしまうのも仕方のないこと。

 

 だからこそ、この場の誰よりも先に気持ちを整理できていて、かつ巌裕次郎との関係も薄い景が行動することはおかしなことではない。そしてソレができる彼女だからこそ、巌裕次郎は彼女を演劇に加えたと言える。

 阿良也達が立ち止まったとき、自身の代わりに言葉を投げかけ、前を向かせる事が彼女に託された使命だった。無論、夜凪景はソレを知ることはないが。

 

 ここで、混沌とした空間で景が行動を起こし、ソレに触発された団員が劇に向かう、ソレこそがもしもを想定した巌の策略の一つだった。

 

「……何してんの?舞台もう始まるんだから着替えてくんない?」

 

 だが、巌裕次郎にはもう一つのプランがあった。それは彼ですらどう転ぶか分からない存在であり、信頼するには薄すぎる線。

 

 江藤新という自身の継承者と呼ぶべき人間。自身のもしものとき、この少年がどう動くのかは最後まで巌裕次郎には分からなかった。

 

「……え?シン……アンタどこに……」

 

「は?設備チェックとか照明の確認だけど?急に仕事が増えてやっと一段落したとこ。いやそんなことより本番始まるって!」

 

 巌はシンが自分や黒山のような人間でないことを理解していた。なんやかんやで昔のように人の内へズケズケと踏み込んでいくことを忌避しているのも理解していた。

 だから、シンが自分の病に気付けなかったとき、彼が今の団員のように狼狽えるかもしれないと予測していた。

 

 自分たちのようなロクでなしであれば、だからなんだと演劇を優先させられる。何処までも自分に正直で狂っているから、よりよい作品の為に人の道を踏み外すことを厭わない。

 だが、江藤新はそうじゃない。彼は自分たちのようなロクでなしではないから、縁深い人間の死に目に演劇を優先させることはできない。師であるからこそ、それを巌は理解していた。

 

「って!お前そんなことより!!巌さんが!!巌さんが「危篤なんだろ?知ってる」──は?」

 

「だから知ってるって。朝連絡を受けた。だから俺が代わりに色々やってんだから」

 

 だけど、もしも、もしも江藤新が気がついたのなら。巌裕次郎の思惑を知り、言葉を交わすことが出来たのなら。万が一のときも彼が自身の代わりとなることもまた、巌はよく理解できていた。

 

 そして、巌裕次郎は賭けに勝った。

 

「……なんで、じゃあなんでそんなに冷静でいられるの!?巌さんが死んじゃうんだよ!?それなのになんでっ!!」

 

「俺が演出家で、お前らが役者(プロ)だからだろ」

 

『ッ!』

 

 江藤新は巌裕次郎たちとは違う。彼等と違って演劇に狂えない。彼等と違ってロクでなしではない。

 そして、彼等と違って()()()()()()()

 

「何?もうじき死ぬから演技なんてしてられないって?舞台を延期してもいいって?演出家の遺作ナメてんの?」

 

 確かに江藤新は師たちのように演劇に狂うことはできない。ロクでなしではない。なら江藤新が常人か。

 

 いや、彼は彼でしっかりと狂っている。

 

「いや分かるよスゲー分かる。アンタらがこんな時に冷静でいられる程人間辞めてないのも分かってる。でもさ──」

 

 荒れていた空間がしんと静まる。目の前で話しているのが一人の監督として話していたから。彼に自分たちの親父を幻視したから。

 

「自覚持てよ、巌裕次郎の最後の作品なんだぞ。巌裕次郎は役者に何を教えた?」

 

『!』

 

 江藤新は工藤新一になっていたイカレ野郎だ。今は立派に黒歴史となり自分は江藤新だと公言する彼ではあるが、ソレでも彼は工藤新一だった。冷静に考えて少年期の人格形成に大切な時期のほとんどが工藤新一だった人間が急に工藤新一を切り離せるわけがない。というか本気で工藤新一だと思ってたことがまずヤバい。

 

 江藤新は嘘を許容できる。コレが良いと思えば容易く自分を偽れて、嘘なら嘘で固め尽くしてキレイにしてやろう、と考えられるタイプ。

 

 対して工藤新一は嘘を許容できない。自分にどこまでも正直で、危険だとしても真実が隠されているならどうしても暴きたくなるタイプ。

 

「巌裕次郎が命削って描いたんだ。グダグダしてても幕は上がるぞ。なあ夜凪……いや、カムパネルラ?」

 

「うん。私が巌さんなら……カムパネルラなら見ていたい。銀河鉄道の車窓から、みんなが星みたいに輝き続けるのを。ソレがきっと巌さんにとっての一番の幸いだから」

 

 既に夜凪景の装いはカムパネルラだった。彼女は既に心が決まっていて、彼女もまた、巌裕次郎の思いを汲む一人だった。

 

「……“役者を名乗る覚悟”か。そうだったね。こんなバカに言われるまで忘れてるなんて情けない」

 

「夜凪言われてるぞ」

 

「!?」

 

「いやお前だよ。……余計なことしてないよねシン?」

 

「もち。客席メッチャ荒れてるけど、何から何まで巌裕次郎の演出のまま。開演まであと少し、どうする秘蔵っ子?」

 

「聞くまでもないでしょ秘蔵っ子。弟子なんだから巌さんの演出の足引っ張んないでよ?」

 

「は〜?コンマのブレなく完璧に演出してやっからマジで見とけよこの野郎」

 

「バーカ。見てたら演技出来ないだろ」

 

 そんな軽口が叩けるまでに空気が緩み、控室には活気が戻る。気が抜けたわけじゃなく、むしろ舞台への意識はより洗練されている。キビキビと舞台メイクや衣装への着替えに移るため控室を後にする役者、少し経てば控室にポツリと残されたのは江藤新と準備を終えていた夜凪景の二人のみ。

 

「……先輩、知ってたのね。巌さんの病気のこと」

 

「昨日聞いた。でも今日倒れるのは想定外だわ。おかげで朝からドタバタしててさー」

 

「……あの、ごめんなさい。言うなって言われてて」

 

「ん?ああ、気にすんなよ。別にお前は悪くないだろ。そんなことよりお前、カムパネルラ頑張れよ」

 

「……うん」

 

 二人きりになった夜凪とシンはポツポツと会話を始める。

 

「朝は爺さんに会ったか?」

 

「ううん。顔は見てない。黒山さんが手続きみたいなことをしてるのを見ただけ」

 

「へえ、俺もあの人から連絡貰ってさ。そのままここまで直行して代わりにチェックして。音響とかも混乱してたから時間掛かってさ、お前が先に話してくれてて助かったわ」

 

 会話の内容は今朝のこと。それは事情を知っていた二人だから起こる会話で、そこから僅かな時間とはいえ話題は膨らんでいく。巌裕次郎とのこと、今までのレッスンでのこと、色んな話をしているうちに時間は刻一刻と迫ってくる。

 

「──うし、お前もそろそろみんなと合流してろ。最高の演劇を観せてくれよな」

 

「うん、行ってきます。ちゃんとサポートしてね?」

 

 そんな会話を最後に、夜凪は控室を出ていく。そうして残されたのはシン一人。大きな控室に一人残ったシンは、そこで大きく息を吐いて座り込んだ。

 

「……あー疲れた。ホントにもう、コレが最初で最後だからなジジイ」

 

 コレはあくまでも巌裕次郎の作品であり、江藤新はただの補佐。

 

 もしもこれが自分の作品であるのなら、江藤新は舞台を延期にしていたかもしれない。わからないが、恐らく今回のように役者に発破をかけたりはしないだろう。

 もし、巌裕次郎の容態に気がつかずに今日知らせを聞いていたら、恐らくは阿良也たちのように狼狽えていただろう。自分は巌裕次郎たちのような人種ではないから。

 シンは自身のことをそう認識していた。

 

 それでも彼が今、こうしてこの場にいるのは前日の巌との会話があったからだった。

 

 前日の会話で、江藤新の工藤新一である部分が巌の願う事を把握した。してしまった。

 

 そして、巌の望みを理解してしまった彼は代わりに公演を成功させた方が良いと考えた。なぜなら今回の公演は巌裕次郎の作品だから。彼が命を賭け、自身に何かを伝えようとしていたから。

 

 本当なら自分の目で見届けたかったに違いない。いや、実際はシンには巌が何を思ってるのかは分からない。シンと巌は違うから。あるいは黒山墨字なら分かるのかも知れない。いや、きっと彼にも分からない。巌裕次郎が何を考えているかは巌裕次郎にしか分からない。

 

 ソレでも、言葉を交えた前日の事を、目の前であることを宣言した自分に笑みを溢した巌裕次郎の顔をシンは覚えていた。

 その笑みは本当に嬉しそうで、安心したようで、だからこそ、何度も言っていた最後の教えが気になった。

 それを知るために、ソレが巌の願いであると理解するが故に、江藤新は芝居を優先させる道を選択した。亀たちのように巌の元へ向かいたい気持ちはあれど、巌裕次郎らしい選択をした。

 

 江藤新は彼等と違う価値観の人間ではあるが、自分を容易く偽って彼等と同じ選択をできる人間でもあった。

 

 巌裕次郎がシンに自分のようなロクでなしにならないことを願っているのは聞いた。だからこその最初で最後。

 

 あくまで今回は巌裕次郎の作品で、動けない巌裕次郎の代わりに、仕事として動いただけ。

 此処から先はシンは観客であり、最後の教えとやらを拝見するだけ。そして終わったら言ってやるのだ。

 

「スゲー作品だけど、すぐ追い抜いてやる」と。

 

 




後編はサクッと終わらせます。主人公君あくまでコレは巌裕次郎の作品ってスタイルだから。

銀河鉄道終わったあとちょっと挟みたいんですけど!!

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