自分のことを工藤新一だと信じて疑わなかったヤツ(黒歴史)   作:はごろも282

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目指せ月1


銀河鉄道の夜 中編

 巌裕次郎の危篤、その知らせは瞬く間に広がった。観客はどよめき、もはや演劇を鑑賞するという次元ではない。現状は演者にとって最悪と言ってもいいほどに逆風だった。

 

 しかし、定刻とともに照明が落ちる。ソレは芝居の始まる合図。

 

「──ずっと一緒にいられると思っていた。カムパネルラは僕の側にいつもいてくれたから」

 

 開幕は、静かなもの。反してその声は混乱する客席を一瞬で支配する。

 その一言は、巌裕次郎の秘蔵っ子と言われる阿良也のレベルの高さを示すために十分すぎるものだった。

 

 そして舞台は進む。阿良也は観客の視線を集め、客席は舞台に引き込まれる。

 

 その並外れた技量に、星アキラは舞台袖で思わず息を呑む。心なしか体が固まってしまっている気もする。

 

「すごいだけじゃもたねぇのが演劇だぞ、アキラ」

 

 そこに声をかけるのは、もうじき舞台にむかう亀だった。アキラよりも先に出番が控えているというのに、その身体には過度な緊張はない。

 

「観客の集中を取り戻したのはいい。次はそれを持続させるんだ。演劇には俺達みたいな引き立て役が必要だって教えてやるよ」

 

 そう言って舞台へと向かう亀。

 

「ぃようジョバンニ!!」

 

 舞台に立つと意気揚々と阿良也の演じるジョバンニに声をかける亀ことザネリ。

 

「オイオイ、お祭りになんて来ている場合か?母ちゃんの面倒を見に早く帰ったほうがいい。らっこの上着も帰ってきてるんじゃないか?お前の父ちゃんのことだよ密漁してる」

 

 青田亀太郎はお世辞にもカッコいいとは言えない。彼の演じるザネリの出番はジョバンニが汽車に乗る前の冒頭だけ。汽車に乗ってからが本番の銀河鉄道の夜においては脇役も脇役。

 分かりやすくいじめっ子でそのくせマヌケ、川で溺れてカムパネルラを死なせるようなどうしようもなくダサい役。

 

 天地がひっくり返っても主役にはなれない。人気になる要素だってほとんどない。そんな嫌われ役なのに、彼は舞台の上で阿良也とだって張り合う。

 

 亀はダサい演技を自然体で演じることができる。ソレは間違いなく彼の才覚で、それを磨いた巌裕次郎はやはり凄いと実感させる。

 

 そうして、舞台を盛り上げて出番を終えた亀たちが戻ってくる。やりきった顔をして、満足げな顔をして。

 

「見たかイケメン、お前も教えてやれ観客に。巌裕次郎の舞台はここからが本番だってな!」

 

 そうやって、巌裕次郎の不在など問題ではないと自分たちを鼓舞するのだ。

 

 

 

 亀たちの出番が終わると同時に一度舞台は暗転する。

 

「どうして暗くなったの!?続きは?続き!」

 

「ルイ!しっ!」

 

「場面転換してるの。すぐに始まるよ」

 

 

「まだ夜凪ちゃん殆ど出てきてへんのに……!」

 

「ああ、すごいな劇団天球」

 

「演出家という芝居の大黒柱が突如欠けたというのに……流石だ……!」

 

 暗転で一度芝居が途切れたとしても客席の高揚は収まることはない。客席からは続きを待つ声、演者を称える声がそこらかしこで溢れている。

 

「すぐに崩れるわ」

 

「……?」

 

 しかして、それとは別に順調に見える劇に異を唱える人間も存在した。それは本業である夜凪の友人たちよりもさらに経験に富んだ人物であり、スターズ社長にして星アキラの母親である星アリサ。彼女の事務所の女優である百城千世子と劇を見に来ていた元大女優である彼女の眼には他の観客とは違う未来が鮮明に映っている。

 

「たった一箇所の小さな綻びが全壊につながる。それが演劇よ」

 

 吐き捨てるようにつぶやく彼女の脳裏に巌と交わした会話が過ぎる。

 

『何の因果だろうな。俺の最後の舞台にお前の息子が立つことになるとは』

 

「何が最後の舞台よ。それなら最後まで見届けるべきでしょう。こんな無念だけが残る舞台なんて、最初から始めなければよかったのよ。巌先生」

 

 星アリサは吐き捨てるようにつぶやいた。

 

「……、……!?」

 

 その隣で千世子はいちゃいけないのを見つけて咽た。

 

 

 

 暗転はすぐに戻り、舞台は再開される。そして先ほどまでと変わることなくつつがなく進行される。

 

「七生、あと頼んだぞ……七生?」

 

「七生さん?」

 

 自分の役目が終わった亀が出番の控える七生に話しかけたとき、小さなその異変は浮き彫りになった。

 

「……」

 

「!」

 

 仲間の声に答えることなく虚空を見つめる七生。その頬には涙が伝っていた。

 

「……大丈夫、すぐ止まるから」

 

 本来、巌裕次郎がこの場にいることは当たり前のこと。彼女は気合の入った仲間の演技をすごいと感じ、その場にいるはずの巌裕次郎に話しかけようとして彼の不在をより強く実感してしまったのだ。本番直前のこのタイミングで。誰が悪いでもなく、ただ間が悪かっただけ。しかし、ソレを強く意識してしまった以上誰よりも優しく繊細だと評される彼女にすぐに平静に戻るなんてできるはずもなく、静かにその場に座り込む。

 

「……七生さん」

 

 周囲が不安げ、心配げに七生を見つめる中で、状況は刻々と悪化をたどる。

 

「……ねぇ、ほんとに巌さんのとこ行かなくていいのかな……?」

 

 そう、七生の感情が他のメンバーに伝播しだしたのだ。誰もが見ないようにしていた感情が一気に出てこようとしている。このままでは控室が混乱に包まれる。

 

「……おい、シンはどこだ?」

 

 比較的冷静な亀が悪い流れを断ち切るかのようにそう切り込んだ。

 

「それが、さっきから見当たらなくって──」

 

「クソっ!……アキラ、七生の出番まであとどれくらいだ?」

 

「!……えと、僕と共演なのでもう一時間もないかと……」

 

「そうか……七生の代役の準備をしよう」

 

 それは、ある種冷酷な決断だった。芝居を進め、周囲に広がる不安を押しつぶすための苦渋の選択。

 

「な……何言ってるんですか!!それじゃ七生さんは──」

 

「もう後戻りはできない。俺たちは最後まで演じ切るって決めたんだ」

 

「だからって──」

 

「巌さんはもういない。阿良也は出ずっぱりだ。こういうのを決めるシンは見当たらない。なら俺が決めるしかねぇだろ……!」

 

「!!」

 

 今までの練習を思い出し亀の案に反発するアキラ。しかし、亀の歪んだ表情に口をつぐむ。それが彼の本意ではないと、理解してしまったから。

 

「七生、出番の10分前には俺が決める……いいな?」

 

「うん……大丈夫だから」

 

 それを最後に会話が途切れる。舞台裏には沈黙が走り、七生の回復を待つのみの時間が過ぎていく。

 

「……七生さんは誰よりも舞台の成功を望んでました。今更代役なんて……」

 

「分かってるよ。だけどもう後戻りはできねぇ。もうじき第二幕、ジョバンニも銀河鉄道に乗り込む。もうすぐ夜凪の出番もってうわっ!?」

 

 亀のセリフが驚きで途切れる。アキラと会話していると真後ろにここにいるはずのない夜凪が不意に現れたから。後ろに立つ夜凪は顔色一つ変えることなく座り込む七生を見つめている。しかし彼女の出番は目と鼻の先、早く袖に戻らなければ事故もあり得るため当然周りは慌てだす。

 

「夜凪何してんだもう出番だろ!早く袖に戻れ!」

 

 そう声を荒げた亀に一瞥することもなく夜凪は泣き崩れる七生に近づいていく。そしてゆっくりとその隣にしゃがみ込み──

 

「景……ごめん、大丈夫だから」

 

「七生さん。そんなんじゃ銀河鉄道には乗れないね」

 

 ──泣きじゃくる子供をあやすように頭に手を乗せ一言、そう告げた。

 

 シン……と静まり返る空間。それを一切気に留めることなく、彼女は立ち上がり背を向けて歩き出す。

 

「よ、夜凪くん……そんな言い方は──」

 

()()は、少しだけ先に巌さんと同じ景色を見てくるよ」

 

 そして、再度の場面転換の合図がくる。それは夜凪の登場場面であるということ。

 

「!!まずい場面転換だ!急げ夜凪!」

 

「……じゃあ、待ってるから」

 

 言うだけ言って、夜凪はステージへと向かっていく。その姿に、七生は巌裕次郎を幻視した。似ても似つかないはずの彼女から、大好きな巌と同じ匂いを感じとった。そうして三坂七生は理解した。なぜ夜凪景が突然舞台に抜擢されたのかを。

 

「……亀。どうして巌さんは自分の病気を景にしか明かさなかったんだと思う?」

 

 気が付けば、勝手に口が動いていた。思い起こされるのは夜凪との初対面の記憶。

 

「みんなの反対押し切って外部から連れてきて、どうして巌さんは景にだけ……」

 

 口に出すことで脳内が整理されていく。最初は自分も阿良也も彼女の参入に反対した。しかしそれはすぐに覆された。

 彼女のあまりに繊細で、異常なまでの没入をみせる芝居。阿良也をも唸らせる異常な成長速度。他の演者より深くまで潜って戻ってくる、人を映す鏡のような芝居。そのすべてによって。

 

 彼女の潜在能力を最初から巌さんは見抜いていたんだと考えれば考えるほど理解できた。

 

 次によみがえったのは、屋形船での記憶。珍しく饒舌に語っていた言葉。

 

『あれら一つ一つの輝きは人の営みが作ったもの。あんなにも美しいが俺たち乗客には二度と触れられない、死の景色だ』

 

 あの時は深くは理解できなかった。しかし、今ならば理解できる。点と点が結びつくように、思考がクリアになっていく。そしてゆっくりとステージへ姿を現したカムパネルラを見て、確信した。

 

「……巌さんは、私たちに銀河鉄道からの光景を見せるために景を選んだんだ」

 

 壇上を歩くカムパネルラはまだ喋ってすらいない。それでも、観客は、団員はソレに圧倒される。触れれば消えてしまいそうなほどのその儚さに。それはまるで本物の死者のようで。

 

「ジョバンニは生者、カムパネルラと同じところへはいけない。巌さんとは一緒に行けない俺たちのように」

 

「巌さんは最初から(カムパネルラ)を通して私達に最後の指導をするつもりだった。大切な人のいなくなった世界で、私達が一人でも生きていけるように」

 

 

 

「……ああ、カムパネルラ」

 

 壇上でジョバンニとカムパネルラが邂逅する。それだけで、空間は銀河鉄道の夜の世界に引きずりこまれる。

 

「皆はね、随分走ったけど乗り遅れたよ。ザネリも随分走ったけれど追いつかなかった」

 

「ザネリも来るの?」

 

「ザネリは帰ったよ。お父さんが迎えに来たんだ」

 

 ただ会話をしているだけ、それなのに凄まじい存在感。元の夜凪を知るものはその成長に驚きを隠すことはできない。

 

 時間の経過によってスモークが晴れていく。クリアになる視界の先にはポツリと椅子が置いてあるのみだった。銀河鉄道に乗りこんだとは思えないほどの簡素な舞台、そんな中カムパネルラの腕が宙を泳ぎ──

 

カシャン

 

 ──虚空より、そんな音が聞こえた気がした。おそらくそれは車窓の開く音。

 

「ごらんよジョバンニ。この汽車、銀河を走ってる」

 

 セットは簡素な椅子のみで、窓なんてどこにもなく鉄道なんて見る影もない。それでも客席には、それが視えた。まさしく阿良也と夜凪の表現力の高さを示すにふさわしい。

 

「見てカムパネルラ。あの河原は月夜かな?」

 

「月夜じゃないよ、銀河だから光るんだ」

 

「銀の空のすすきが風に揺れてる、海みたいだ」

 

「河原や海のように見えてるだけだよ、きれいだね」

 

「見てカムパネルラ。煙突から煙が出ていない。この汽車石炭を焚いてないね」

 

「うん、アルコールか電気だろう」

 

 ごとごとごとごと、空のすすきの風にひるがえるなかを走る汽車に揺られながら、少年たちの会話が続く。この瞬間間違いなく彼らを媒介にして観衆は銀河鉄道からの景色、死の景色を見ていた。

 それこそが巌裕次郎の狙いであり、ソレを為すために夜凪景はこの舞台に抜擢された。誰も見たことがない銀河鉄道を観客の心に作らせる、そんな突拍子のないことを実現させるために。

 

 阿良也たちの作る銀河鉄道の景色を見ていたのは観客だけではなかった。舞台裏からソレを見ていた団員もまた、心に死の景色を映し、そしてそこに巌裕次郎を感じとる。舞台の上に、自分たちの芝居の中に、巌の演出が生きているんだと、巌裕次郎は今も自分たちとともにあるとはっきりと認識する。

 

 だから、それは必然だった。

 

 おもむろに、七生はペットボトルの水を頭上からぶちまけた。

 

「!ちょ……七生さ……何して──」

 

「メイク、直してくる。泣き面のままじゃ不細工でしょ?」

 

「……はは、よかった。代役はいらなそうだ」

 

 そうして、崩れかけた舞台は持ち直しをみせる。じきに折り返しだ。

 

 

 

 

 

 

 子供のころの記憶だ。母さんはよく僕を現場に連れて行ってくれた。きっと、僕を事務所の跡継ぎにするため。だけどやっぱり僕が憧れたのは、かつての母さんの仕事だった。

 

「子供はみんなああいう見世物に憧れるの。あなたはもっと幸せになる仕事に就きなさい」

 

「……でも、母さんは昔役者だったでしょ」

 

「ええ、()()()辞めたのよ」

 

「幸せになれないから?」

 

「ええ」

 

「──じゃあスターズの役者さんも幸せになれない?」

 

 このときの会話は、やけに鮮明に覚えている。どうしても、役者に心がひかれたから。

 

 多くの仕事を受けるうち、最初は自分の努力と才能のおかげだと思った。しかしその自信はすぐに砕かれた。母さんから見るように言われて覗いた週刊誌やネットには、真実がこれでもかと書き連ねてあったから。

 

 悔しかった。言われ放題なことも、母さんがこれをわかっていたのに記事を勧めてきたことも。けれどなにより何より悔しかったのは、記事を読んで納得した自分がいることだった。

 

 だからだ。役者を諦めるように言う母さんの話を遮って"本物の役者"になると豪語したのは。それは別に覚悟が決まったからじゃない。今もその時も、いつだって僕が決意を口にするのは逃げ出してしまいそうな自分を無理やり繋ぎとめるためだった。

 

 本物になれないと辞めていく役者を見て苦しくなった。自分より後にデビューした人が羽ばたいていくのを見て嫉妬した。

 

 分かっていた。自分に才能がないことは。だから誰よりも努力しなきゃいけないと言い聞かせて、毎日毎日芝居のことだけを考えて生きてきた。

 

 そして今、僕はここに立っている。舞台裏で、自分の出番を前に壇上で繰り広げられる芝居を見ている。

 

「切符を拝見いたします」

 

「……切符?あ、えっと……これ?」

 

「!これはすごい、三次空間からお持ちになったのですか?」

 

「?」

 

「やあ、こいつは大したもんですよ!こいつはもう本当の天上にだって行ける切符だ!」

 

「天上どころじゃない、どこでも自由に歩ける通行券です」

 

 死にゆくものを乗せて走る銀河鉄道。ただ一人の生者であるジョバンニはそれに気がついていない。様々な乗客が彼の前に現れて消えていく。ジョバンニは傍らのカムパネルラの死にも気づいておらず、楽しいひと時がもうじき終わろうとしていることもまだ知らない。

 

 そんな設定であるが故にジョバンニとカムパネルラを中心に役者たちが入れ代わり立ち代わり訪れる。

 もともと皆巌裕次郎に見いだされた役者、一人一人のレベルが高かった。だけど今は、稽古の比じゃない。まるであの二人(阿良也と景)に引っ張られるように、真に迫る何かを感じる。

 

 全身に緊張が走る。自分の芝居がこの中で通用するのか、そんな不安に全身が包まれる。

 

 思考が悪い方向へ流れそうになった瞬間、不意に到来した体を叩かれる衝撃でそれは中断された。振り向くと、そこに立っていたのは七生さんだった。

 

「なに、緊張してんの?」

 

 そう軽快に話しかけてくる七生さんはさっきのことは完全に吹っ切れた様子で、僕の緊張をほぐそうとしてくれる。

 

「私達の何倍も現場慣れしてんでしょアンタ。大丈夫だよ」

 

「……はい」

 

 絞り出すようになんとかそう発するのがやっとだった。これから同じ舞台へ向かうというのに余計な心労を負わせるわけにはいかない。それでも、背筋を言いようのない焦りが駆け巡る。

 

 この人たちにあって僕にないもの、それは巌さんとのつながり。

 

 もう一度舞台に目をやると、そこには明神阿良也と肩を並べる夜凪くんの姿。僕と同じように急遽舞台に抜擢された存在で、役者歴もほとんどない新人。そうにもかかわらず僕と彼女の間には隔絶した差がある。

 

 彼女と初めて会ったとき、彼女の芝居を初めて見たとき。僕にはソレの良し悪しがわからなかった。『悲しみの演技』という課題を前にただ立ち尽くす彼女に、やる気がないのだと早合点した。彼女の才能を理解できたのはもっと後になってから。

 

 母さんが僕を役者の道に進ませたくなかったのも今となっては理解できる。

 

 僕の不幸は、この景色(星アキラに映る世界)に虚しさを覚えてしまうこと。

 僕の不幸は、キミ(才能の塊)に手が届かないと気がついていること。

 

 子供のころから偉大な母という高すぎる壁が身近にあり続ければ嫌でも気がつく。僕は本物に届かないこと。

 

 それでも、憧れたんだ。かっこいいと思った。芝居をする人をみて、ああなりたいと願ってしまった。才能がないと自覚していても止まることなんてできなかった。

 

「出番だ、行こう」

 

「はい」

 

 母さん、僕の不幸は、僕の本当の不幸は、才能のなさを自覚していることでも実力以上の評価を得てる自覚があることでも昔のあなたに憧れたことでもない。あなたの子供として生まれてきたことでもあなたの思う道を選ばなかったことでもない。

 

 僕の本当の不幸はきっと、今ここにいる自分を後悔していないことだ。

 

 

 

「……あら、ここはどこかしら。……!綺麗な景色」

 

「この汽車、銀河を走っているんです」

 

「へぇ、素敵ね。ここ、座っても?」

 

「どうぞ」

 

 先に七生さんだけが舞台に出ていく。七生さんの演じる女の子がカムパネルラを演じる夜凪くんたちと会話を交わし自然な流れで相席する。

 

「あれ?髪が濡れている……どうしたの?」

 

「……ああ、これ。私たちの乗っていた船が沈んでしまったの」

 

 先ほどまでの柔らかな雰囲気とは一変した暗い声色。ソレによって周囲の空気が一瞬で重たくなる。タイタニック号の犠牲者と思われる女の子と青年、それが僕たちの役だ。僕らの登場によってジョバンニと観客は乗客たちが死者であることに気がつき始める。

 

「……船?そ……それってどういう──」

 

「先生も一緒なの。ねぇ、先生はやく」

 

 ジョバンニの声を遮るようにそう言う女の子の声が合図。ここで僕の出番がやってくる。ゆっくりと、確固とした足取りで壇上へ出ていく。

 

「私達は天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もう何も怖いことありません。私達は神さまに召されているのです」

 

 ここでは台詞の抑揚を意識すべきだ、2歩前に出て天を仰ぐようにするとより効果的になるはず。次は教え子の女の子を元気づける台詞、自分の不安を押し殺しながらも彼女を慮るような演技を……なんてように次のことを考えつつ、一つ一つ丁寧に正しい感情を正しく表現していく。

 

 そう、正しい感情を、正しく──あれ?

 

 客席が、やけに視界に入る。

 

「さあ、ごらんなさい」

 

 自身に違和感を覚えつつも舞台の流れはとまらない。なんとか台詞を紡ぎつつも、全身を覆うような気持ち悪さは剥がれることはなく、集中力がそがれていく。

 

 ……なんだ?この感覚は──この、自分だけ服を着ているかのような情けなさは。

 なにが「ごらんなさい」だ。僕には彼女たちと同じ景色は視えていないじゃないか。

 

 落ち着け、何冊も書いただろう演技プランを、役の細かな経歴だって作って読み込んだだろう。実際稽古までは皆に何とかついていけていた、そう思っていた!!

 

 集中しなければいけない。落ち着いて、焦った感情を整えなければ、そんなことは当然分かっている。なのにどうして──

 

 どうしてこうも余計なものが目に入る?

 

 いまだ思考はまとまらず、どうしようもなく焦っているという事実のみを如実に突き付けてくる。

 

 正しさってなんだ、すべきってなんだ?ここから、僕はどう行動したらいい?

 

 思い起こすのは、巌裕次郎の姿。僕はあの人の美しい舞台の一員になるためにここにいるんだ。決してこんな芝居をするためにここにいるんじゃない。そうだろ?なら今、僕はどうすべき──

 

『公演は数十日に及ぶ、進化し続ける芝居こそ演劇だ』

 

 不意に、そんな言葉が脳をよぎった。それは、本番前日に巌さんから演者に向けた台詞。

 

 ……そうだ、なにも舞台は今日だけじゃない。今日はこのままやり過ごせばいいじゃないか。幸いもう夜凪くん達との絡みも終わった。残るは僕の独白のみ。

 

『でも、きっと皆さんに認められる芝居をするつもりです』

 

 いつか言われて奮起した激励も、みんなの前で誓った決意も、今は置いておいて。

 

 今日の失敗を明日に活かそう。

 

 だってもうそうすべきだから──

 それが一番正しいはずだから──

 

 そんな思いに突き動かされる中で、依然としてよく客席が映る僕に視界が、見知った姿をとらえた。

 

 それは、そこにいるはずのない人、本来なら監督の代わりに裏で走り回ってなきゃいけないはずで。ああそっか、亀さんも姿が見えないって言ってたっけ。なんにせよ、あとで絶対みんなからいろいろ言われるだろうなぁ。

 なんて場にそぐわない感想が浮かんできて、サッと血の気が引いた。

 

 練習中に僕の演技を最も見ていたのは彼だ。あくまで巌裕次郎の舞台であるというスタンスを崩すことはなかったけれど。

 

 思い起こすのは、船での出来事。僕の何が彼に刺さったのかはわからない。千世子くんや夜凪くん、劇団のみんなという面々と面識を持っているのに、彼自身も才覚溢れる人種であるのに、わざわざ協力してくれると言われたあの日。見る目にも恵まれなかった僕ではあるが、あの時の彼の眼は同情とかそういうものではなかったように見えた。

 

 あのとき、確かにうれしかったんだ。間違いなく天才である人に、僕の努力が認められたようで。報われる思いだった。

 

 そして今、その当人は何かを見極めるように舞台を見つめている。そんな彼の前で、やり過ごすような演技をすることに間違いなく僕は躊躇していた。

 

 そして、その一瞬が命取りとなった。

 

「あの。具合がよくないようですけど、大丈夫ですか」

 

「!?」

 

 しまった、と思ったときには遅かった。僕に襲い掛かってきたのは夜凪くんのアドリブ。なぜこのタイミングで、どうして僕に!?まずい、早く返事を──

 

「……?どうぞかけてください」

 

「ほんとだ、掛けて休んでください」

 

「大丈夫……?」

 

 みんなまで間髪入れずに……!ついていけていないのは……僕だけ!

 

「「?」」

 

「ほら、座って先生」

 

 ……怖い。公演本番での即興劇……決まった台詞がないことがこんなに怖いなんて。

 

「きっと体が冷えたんですね。船が海に沈んだって……」

 

「はい……」

 

 とりあえず、なんとかして台詞を台本に戻そう。

 

「しかし救命ボートの数は限られていて、この子を助けるためには皆を押しのける必要がありました」

 

 何とか言葉を紡ぐ僕を見る夜凪くんが何を考えているかなんて、分かるはずもなくて。

 

「皆を押しのけこの子だけを救うよりも、皆と一緒に天上へ向かう方がこの子の本当の幸せとも思いました」

 

 色々なことから目を背けて、ただ舞台を無事に終えるという一点のみに集中させようと必死で。

 

「だから私たちはこうしてこの汽車に──」

 

「──今はどういう気持ちですか」

 

「!!」

 

 だからこそ、こうも簡単にかき乱される。

 

「もしその時皆を押しのけていればあなた達は今ここに居ずに済んだかもしれません」

 

 その言葉は、とても演技のようには思えなくて。

 

「残された家族も悲しい想いをしないで済んだかもしれません。それでも──」

 

 その言葉が、先生ではない別の誰かにあてたモノに思えてならず。

 

「それでも自分は正しかったと思いますか」

 

 俯いていた夜凪くんの顔が上がり、迷子の子供のような今にも泣きそうな顔が目に入って。

 

「教えてください、僕達は本当に正しかったのですか──?」

 

 静かな慟哭が、僕の身体を貫いた。

 

 

 

 ずっと”正しい答え”を探していた。

 

 明確で誰からも非難されない”正しい答え”が、図書館や教科書や偉い人や世間や台本の中にあるはずだと信じていた。

 ソレを探すことを努力というのだとすら思っていた。

 

 彼女は……いや……()()”正しい答え”がこの世にないから苦しんでいるというのに。

 

 何が”正しい答え”だ、何が”どうすべき”だ。

 

()には、僕の言葉で答えないとダメだ!

 

「ぼっ……ぼくは──ッ!」

 

 絞り出した声は、いっそ情けないほど震えていた。

 

 

 

 

≪これより15分間の休憩になります≫

 

 巌裕次郎不在の中始まった芝居は、それを感じさせないほどの勢いで前半を駆け抜けた。

 食い入るように見ていた観客も感想を口にしはじめ、客席は一息にざわつきに包まれる。中でも話題の中心は直前まで芝居をしていたアキラだった。

 

「甘く見ていた。星アキラ、アイツ()()()()()できたんスね」

 

 舞台を見に来ていた役者はその芝居をそう評した。

 

「いやあ、あれはなしでしょう」

 

「ええ、舞台の演技じゃないですよ」

 

「何より星アキラにあんな役柄需要あります?」

 

 そう評を下す人もいた。

 

 そして、口を閉ざし物思いにふける人もいた。

 

 そんな中、ひとりで席を立ち音響回りのもとへ向かう俺に制止がかかった。

 

「ねぇ、なにしたのさ?」

 

 主語とかいろいろ吹っ飛んだ一言。痛々しいヤツめ。カッコつけてこっちに視線よこさず言うもんだから隣の通行人びっくりしてるじゃねーか。

 このまま何も言わずに立ち去って千世子が恥ずかしい思いをするのも一興だろう。しかしソレをしたら次会うときグーパンは覚悟しなきゃならない。

 先が考えられる賢い俺はここは素直に返事をすることにした。

 

「なんかしたのはカムパネルラだろ。途中どう考えてもアドリブだったし」

 

「引き金はそうだね。でもさ、それだとまだ足りないよ」

 

「…………」

 

「弾はアキラ君、引き金を引いたのはカムパネルラ。じゃあ、肝心の銃はどこ?」

 

 ……どうしてコイツこんなにポエムチックなんだろう。なに?もしかしてテンション上がってんの?いい歳して恥ずかしいぞバーロー。

 まあいいや、長話してるわけにもいかないしな。

 

「パーツはもともとあったんだ。綺麗に磨かれたヤツがあって、俺はソレを組み立てただけだ」

 

 しかも爺さんが見つけてきたのを。誰でもできるっつの。

 

「イケメンで大女優の息子、加えて勤勉で人当たりもいい。おまけに所属事務所の方針は主演俳優の育成ときた。誰だって主演に据えたがるさ」

 

 なんなら本人もそのつもりだったし。

 

「でも、そんな苦しみも喜びも、アイツが進んだ人生全部が武器にできる」

 

 理想になろうと必死で、他人ばかりに目をやって、自分のことを見やしねー。だから今まで表出しなかった。

 

「客席から背を向けてても、発声がデタラメでも、イメージが書き換わるくらいダサくてもいいんだ」

 

 公演中、アキラが台詞を吐けば吐くほど、観客の意識は夜凪たちに向かっていった。それはまるで、光と闇のように。

 

「偉大な演出家が言ってるだろうぜ。()()()()()()()()()()()()()ってな」

 

 影から他人を輝かせる美しい脇役に。

 

 

 

「にしても、親バカってめんどくせーよな」

 

「……どしたの急に?」

 

「聞く話じゃあの人アキラに随分冷たいらしいじゃん?」

 

「うーん、まあ……」

 

()()()()ぜ、さっき」

 

「──ホント?」

 

 

 

 




――コナンなら後編で締めたぞ?


おまけ 最後の部分

「というか、もうすぐ続き始まるけどどこ行くのさ?」

「ん?スタッフ控えっていうか、音響とかのとこ」

「えー、なんで今更?」

「いや、何も言わずに出てきたから連絡が鬼のように……震えとまんねーぜバーロー」

「えぇ……」

こんな会話があったりなかったり。

銀河鉄道終わったあとちょっと挟みたいんですけど!!

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