緑谷視点
火守さんに連れられてやってきたのは……道場、かな?一昔前の家みたいな瓦葺きの建物に、木製の看板が掛けられていて流麗な筆致で「廻天合気道場」と書いてある。
途中で教えてくれたことだけど、ここで3歳からずっと合気道を学んできたらしい。それだけじゃなく空手も。ヒーローになるためと、後何か大きな目標があったからだそうだ。もう叶ったんだ、と言って笑っていたけどやっぱりかっこいいと思う。
それに比べて僕は……勉強はできる方だけど、「ヒーローになりたい」と思い続けるだけでそれを実現するための努力なんてしてこなかった。趣味のヒーロー観察も諦めている夢に縋り付いているだけのように思えて情けなくなってしまう。
そんなことを考え込んでいる僕をよそに火守さんは遠慮なくガラガラッと扉を開き、
「こっちだ、来てくれ。」
と声をかけてきた。慌てて入ると、独特な雰囲気に少し気後れしてしまい小さな声で失礼します、と言った。
中は外見から想像していたよりもずっと綺麗で、設備も整ってるみたいだ。型の稽古?をしてる柔道着みたいなものを着た人が十人くらいと、あと袴を付けた50才後半くらいの人が1人。「師範」とか呼ばれてそうな感じだ。身体もかなり鍛えられてるみたいだし、ひょっとして元プロヒーローなのかな?
「廻天さん、ちょっとここを見せたい人がいたから連れてきたが構わないか?」
火守さんがその師範っぽい人にかなり遠慮がない口調で話しかけたのでギョッとしてしまう。稽古していた人たちも止まってこちらを一斉に見てくるのでなんだか居心地が悪い。でもその人は気にした様子も見せずに返した。
「おう、橋華か!まさか男連れてくるなんて思わんかったぞ!」
「あー、違うぞ廻天さん。この子……緑谷って言うんだが、ちょっと「人」の強さを見せようと思ってな」
そういうと僕に向かって大きめの袋を投げてきた。慌ててキャッチすると、柔らかい感触だったがずっしりと重い。中を覗き込むと、入っていたのは道着だった。
「そこの準備室でこれに着替えてくれ。着付けとかがわからなければこちらで調節するから大丈夫だ。」
……え?
不恰好ながらなんとか道着を着た(不思議と丈はぴったりだった)僕がゴワゴワした感触に慣れないまま準備室から出ると、そこには道着と袴を付けた火守さんがいた。
……改めて見ると、姿勢が本当に綺麗だと思わせられる。かっこよさを感じるのは、体に軸が一本通っているみたいな姿のせいもあるのかもしれない。そう思った。
すると火守さんは僕をじっと見て、急に近づいてきた。慌てて距離を取ろうとすると、腰をがしっと掴まれた。う、動けない……。
「そういえばこういうものを着た機会は一度もないんだったか。悪いことをしたな。」
そう言ってしゃがみ込み、不恰好な帯の結び目をするすると解いて結び直してくれる。なんか子供扱いされてるみたいで恥ずかしいし、顔が近い……!
照れている僕とは対照的に何も気にしない様子で帯を直し終わった火守さんは、満足げにうんうんと頷いている。
……そもそも、なんでここに来たんだっけ?
そう尋ねると、こう返してきた。
「緑谷は今日、"無個性は弱い"と言ったな?確かにその通りだ。増強系の『個性』には力で勝つことはできないし、物を浮かせたり火を吹いたり、そういった特異なことは逆立ちしてもできる様にはならない。」
……自分で分かりきったことだけど、改めて言われると心が痛い。
「うん……だからヒーローには」
「でもヒーローにはなれる。」
え?
「力がないって話だったのにどうやってなれるっていうの?」
「まず一つ目の理由。力のみでヒーローになれるかどうかが決まる訳ではないだろう?例えば、戦闘に向かない『個性』でもヒーローをしている者はごまんといるはずだ。」
あっ。
言われてみれば確かにその通りだ。いわゆる補助向けと呼ばれる様な『個性』のヒーローは意外と多い。
「そして二つ目。『個性』は拡大され分岐した身体能力であり、またそれを使うのも人間だということだ。」
……どういうことだろう?
「ごめん、ちょっとよくわからない……」
「ああ、そうなると思っていた。」
だから見せるためにここへ連れてきたんだ、と言って笑った。
▽
「稽古の途中に申し訳ないが、『個性』使用有りの実践的な組み手をしたい者はいないか?」
そう火守さんが言うと、そこにいた門下生の人たちはおお、と声を上げて盛り上がっていた。
それはそうか。見たところ異形型の『個性』の持ち主はいないみたいだし、自由に使っていいところは著しく限られるんだ。例えば、元プロヒーローが監督する道場とかを除けば。とは言っても怪我してしまった場合監督責任になるからそう簡単にはできないし。
「相手は私だ」
それを聞いた途端、盛り上がっていた声が一気に小さくなった。……え、火守さんってそんなに恐れられてるの⁉︎
「とはいっても私は『個性』を使わないから安心してほしい。」
あ、落ち込んでた空気がちょっとだけ戻った。って、『個性』なし⁈そんなの無茶だ!
そう思って見回すと誰も火守さんの心配をしていない。……これはどうすればいいんだろう?
ひそひそと話し合っていた人たちの中から、頷きあって3人出てきた。
うわ、みんな身長が僕より頭2つ分くらい大きい⁈火守さんは僕より背が高いけど、さすがにこの人たちと比べると小さく見える。やっぱり、無茶じゃないか!
決心して飛び出そうとしたけど、その瞬間に肩をがっちりと抑えられた。足に力が入らなくなって、ストンと座ってしまう。見上げると、さっき廻天さんと呼ばれていた人だった。
「まあ落ち着いてくれ、
「で、でも……」
「あいつらでどうにかなってたら、俺はあと3年くらいはあいつの師匠をできただろうよ。」
「え?」
そう言われて、思わず聞き返す。この人、火守さんの師匠じゃなかったの?
「まあ見とけ、あれが技ってもんだ。」
慌てて見ると、もう組手ははじまっていた。
って、一人がいきなりタックルを仕掛けた!足を踏み出すたびに床が破裂する様な音を立ててる。ひょっとして増強系?
組み手って普通、技と技で勝負を決めるものじゃないのか?と思ってしまう。いくら技があっても、あんな身体能力任せにこられたらどうしようもないはずだ。
そう思っていたけど、火守さんの動きは僕の予想を超えていた。
低い姿勢でタックルを仕掛ける人の顔面、というより目のスレスレを手で払い、反射的に立ち止まったところで肩に手を入れて……
180センチを超える屈強な、しかも『個性』持ちの男性が
ひっくり返った。
次に仕掛けたのは2人同時。腕からゴムの様なものを伸ばす人がそれを振るい、あれは……「硬化」とかかな?肌が岩の様になっている人がガードを固めたままジリジリと近寄っている。
これはさすがに攻められないんじゃないか。そう思っていたけど、決着がつくのはあっという間だった。
腕から伸ばしたゴムを鞭の様に振るったけど、その軌道を読まれ回避されてしまう。しかもそれを引っ張られてバランスを崩した。慌ててもう片方の手からもゴムを出し、体を支えたけど火守さんがいなくなっていることに気づかず、後ろから首に手をかけられて敗北。
疑問に思ったので思わず聞いてしまう。
「あの、廻天、さん?」
「どうした、
「あの人……なんで火守さんが後ろに回ったことに気付いてなかったんですか?」
さっき、ゴムを引っ張った直後に火守さんはあの人の後ろに回りはじめていた。でも別に追えない速さでもなんでもなく、しかも目の前にいた人が移動したら気づかないはずがない。
そう聞くと、廻天さんはそりゃそうか、と呟いてから教えてくれた。
「それはな、人の意識が一つしかないからだ。」
どういうことだろう。僕が内心で首を捻っているのを察したのか、そのまま続けた。
「あの瞬間、張五ーーー手からなんか出したあいつなーーーの意識は「自分が引っ張られ、体勢を崩したこと」と「それに気づいて立て直すこと」にのみ向けられた。だから気づけない。
……なるほど。言われてみればもっともな理屈に思える。
そう納得して「硬化」の人に視線を戻すと、ボクシングに近い動きをしていたけど、全く当たる様子がない。パンチが全部火守さんの顔スレスレで止まっている。そして右の大振りな一発を回転して避けられていた。そのまま内側に入り込まれ、綺麗に投げられる。
倒された3人は立ち上がって、「ありがとうございました!」と礼をしている。
結果、火守さんは無傷で『個性』を使った3人に勝った。
すごい。そう思ったけど、つい嫌な考えが頭をよぎってしまう。ーーー火守さんは、こっそり『個性』を使っていたのではないか?と。
我慢できず、廻天さんに再び聞いた。
「廻天さん、あの、確かに凄かったですけど……火守さん、本当に『個性』使ってないんですか?」
その瞬間、廻天さんの目が一気に鋭くなった。でも、すぐに元に戻る。
「ああ……皆んな最初はそう言うんだ。でも違う。なぜかわかるか、
簡単だーーーあいつが『個性』を使ったら、一歩も動くことなくあれと同じことができるからだ。」
そんなに凄い『個性』なのか。そう思った僕に、廻天さんは続ける。
「それと……俺は人がその意志により習得したものを簡単に「ずる」だと思って理解しようとしない奴はあんまり好きじゃねえ。」
その言葉にハッとする。そうか、僕は火守さんの努力を、磨いてきたものを、勝手に手の届かないものだと思い込んで羨んでしまったんだ。そう気づくと、自分の情けなさに涙が溢れてくる。すぐ泣いてしまう、僕の悪い癖。
「すっ、すみませっ、僕っ、自分が『無個性』でっ、僕に出来ないからきっと『個性』なんだって、ひっ、火守さんの努力も知らずっ、」
廻天さんがおろおろしているのが目に映る。ああ、この人良い人なんだ。そう思っていると、
「廻天さん、なぜ緑谷が泣いている?」
という、不機嫌そうな火守さんの声が聞こえた。
火守視点
緑谷に見せるための組み手を終えて戻ると、何故か師匠が緑谷を泣かせていた。師匠の顔が怖いからかなと思っていたが、違うようだ。
事情を聞いた。なるほど、確かに『個性』持ちにそれ抜きで勝てるとは思わないだろう。『個性』を特別視している緑谷なら尚更だ。
それはともかく、2人にそれぞれ言うべきことがあるな。2人に座ってくださいと言い、続ける。
「まず緑谷。確かに『個性』持ちを圧倒できることが当たり前でないという認識は最もだ。ただ、私が先程言った様に『個性』はあくまで身体能力の一環だ。だから増強系でもよほど飛び抜けた強化倍率でない限り関節を極めれば拘束できるし、重心がずれれば転ぶ。飛び道具持ちもそれを操るのは人間ということを理解していれば対策もできる。これは『無個性』だからできる戦い方なんだ。それをわかってほしい。」
「そして廻天さん。私のことを思ってくれるのは嬉しいが、理屈をわかっていないなら『個性』だと考えるのもしょうがないと思う。」
「いや……橋華が連れてきた奴が橋華の努力を無視してると思ったら、つい……」
「だってもへちまもない。……2人の気持ちは理解しているんだ、双方謝って手打ちにしてくれ。」
そう言うと2人は、
「……強く言いすぎたな。すまん。」
「いえ!元はといえば僕が悪かったんです!」
と謝りあった。
緑谷に『無個性』でも戦えるということを見せるだけのはずがまさかこんなことになるとは。そう思ってため息をついた。