さて、やっと本題に入れる。
「緑谷、さっき私がなにをしたのかを改めて説明していくぞ。」
基本的に合気道は、人間の自然な反射や力を使う武術だ。だから「なぜそうなるのか」を理解しなければ、完全な習得には至らない。
「まず最初。増田さんのタックルから始まったが、あれは実にいい選択だった。」
「あのタックルが?」
緑谷は不思議そうだ。
「そうだ。タックルは避けるも受けるも難しい。特に増強系がこれをすると、生半可な防御では簡単に押し倒されるだろう。」
そこで、と目を指差す。
「ここを狙う。接触したら指を持っていかれそうだから、触れずに、だが反射で目を瞑ってしまう位置で
「そして一瞬止まったところで、腕を極めた。もちろん力比べをしていたなら力負けして出来なかっただろう。だが目を瞑るという空白がそれを可能にしたんだ。そうすれば、いくら増強系といっても関節や重さはただの人間と変わりないから投げられる。……ここまではいいか?」
首をブンブンと勢いよく縦に振っている。……わかった、わかった。
「では次に。遠距離もちの張吾さんだがーーー」
「あー、悪い、橋華。それ大体俺が
「……何?」
え、そ、そうか。正直これが一番説明したかったんだが……。体の崩し方、意識を逸らすこと、手が届かない場所からの攻撃の対処と色々あったのにな。師匠もやってくれたものだ。
「えーと、じゃあ印鉄さん、あの「硬化」に近い『個性』の人と戦った時のことを話そう。何か聞きたいことはあるか?」
そう聞くと、緑谷は「じゃ、じゃあ……」と一つ質問してきた。
「あの人のパンチが全部当たらなかったのはどうやったの?」と。
実演するために緑谷を立たせて指示する。
「緑谷、そこに立ったまま私に向かって手を伸ばしてみろ。」
そういうと、少し躊躇ってから真っ直ぐ手を伸ばしてきた。限界まで伸ばし切っても、移動することでさらに手を伸ばさせる。緑谷の姿勢が崩れて、プルプル震えている。……ここだな。
「そこから、私に触れるか?」
「いやっ、どうやっても、無理ぃ!」
どんどん振動が大きくなっている。さてはかなり体幹が弱いな?
「そう、無理だ。人の攻撃範囲には必ず限界がある。それを見極めれば、絶対に当たらないことは容易い。特に殴る場合は手を伸ばした後に引かなければならないから、その範囲はさらに狭くなる。そしてーーー」
緑谷の腕を掴み、ふわりと一回転させて投げる。……相手を怪我させないというのは結構な高等技術なのだ。
目を見開いている緑谷に続ける。
「ーーー伸びた腕により重心はずれ、掴むことはより容易になる。すると投げるも押さえるも自在だ。」
緑谷はしばらく放心していたかと思うと、姿勢を正して問うてきた。
「火守さん、僕も……あなたみたいになれますか?」
「私になる必要はない。ただ、君の望むところへ辿り着くことはできるはずだ。心を保ち、技を磨き、体を鍛えれば。」
「なら……僕は、ヒーローになれますか?」
「なれるだろう。それは保証する。私がしたように、『個性』相手でも立ち回り次第で制圧可能だ。……まあ、私並みになれるかはわからないが。」
「なら…なら、僕を、ここで強くしてください!」
「分かった。……ただ、ここの師範は廻天さんでな。話はそちらで通してくれ。私もサポートするが。」
目一杯のお辞儀をする緑谷の肩を、優しく撫でながら頓珍漢なことを言う火守。その姿に、大也と組み手3人組は耳打ちしあう。
「師範……なんで火守さん、あのヒョロい子にあんな熱心なんですか?」
「親戚とか?」
「いや、俺も知らん。なんかクラスメイトらしいが……」
「まさか一目惚れ?」
「な、何ぃ⁉︎」
「落ち着け、お前ら。……だが察するに、あの
「あー。」
「火守さん、愛想ないですけど凄い優しいっすからね」
「俺も今日褒めてもらったし」
「全く、浮かれるなよ。……というか、なんだ今日の組み手は!いくら橋華が相手ったって、合気を使わないやつがいるか!」
「でもそれじゃ勝てないんですもん」
「中1に技で負けるな!」
「師範も勝てないのになんでそんな風に言えるんですか!」
……今日の道場はいつもより賑やかだった。
▽
さて、緑谷の前で彼を導く師匠の様な振る舞いをしたーーー言い換えればかっこいいところばかり見せ続けたーーー火守 橋華は、家に帰ってすぐ布団に飛び込み、声にならない声をあげてゴロゴロと転がっていた。彼女に心打たれた緑谷がみればちょっと冷静になりそうなレベルの醜態であった。
今日は
……後悔はしていない。だが、だが……ああ!何が「君はヒーローになれる」だ!オールマイトの言葉をそのまま使っただけじゃないか!一度気づいてしまうと恥ずかしい。特に私は
……まあ彼が中学卒業、そしてOFAを継承するまでに体を作ることができると思えばプラスだろうか。
一度彼に師匠面をしてしまったのだ、役目が終わるまでーーーオールマイトと出会うまでは彼の夢をサポートするのが筋というものだろう。彼は4年後には私なぞ飛び越えたヒーローになっているのだから。
となると、彼に最低限の身体を仕上げてもらうためのプランを考えないとな。
翌日、放課後近くの喫茶店に緑谷と訪れた。理由はもちろん、緑谷がヒーローになるための戦略を伝えるためだ。
「緑谷、君にはヒーローになる、そしてそのために必要なヒーロー科に合格するには圧倒的に足りていないものがある。何か分かるか?」
「やっぱり、技?」
「不正解だ。正しくは、その前段階の話だな。」
「えーっと、体力?」
「そうだ。……君は、どこのヒーロー科に行きたいと思っている?」
「あの、笑われるかもしれないけど……雄英、に。オールマイトの出身校なんだ。」
「誰が笑うか。いいか、世の中3年あれば大体のことはできる。とにかく、希望は大きく持っておけ。」
「あ、ありがとう。」
「で、その雄英には日本トップクラスのヒーロー科がある訳だがその受験生は『個性』だけで突破していくわけがないのは分かるな?」
「そう……だね。」
「故に体力だ。『個性』がない分、そちらだけを鍛えればいいのは利点だな。」
「そんなこと、考えもしなかった……」
そう。『個性』がない緑谷は体に絞って強化できる。成長期が始まる今みっちり鍛え込めば、技と併せて並の『個性』持ちに勝てるはずだ。
故に、緑谷改造プランを提示する。
「スタミナを上げるためのランニング……まず3kmからはじめて、徐々に上げていこう。加えて自重を使ったトレーニングに、体の柔軟性も向上させる。詳しくはこれを見てくれ。」
そう言って、紙の束を渡す。昨日まとめたもので、私の時の経験から立てた計画だ。
「これは……なかなかハードだね。でも……」
「でも?」
「僕がヒーローになれる道がこんな風に現実的に見れる日が来るなんて思わなくて。なんか……嬉しいんだ。」
その言葉に、一瞬胸が詰まる。……そうか、緑谷。君はこの若さで、まだ自分に夢をみてもいい幼さで、その夢を否定され続けていたんだ。
「気にするな。私は、したいようにしているだけだから」
だから、せめて力を貸してあげたいと思ってしまうのは当然だ。それがエゴだとしても。
「火守さん。どうして火守さんは……僕にこんなに親切にしてくれるの?」
そう思うのは当然だ。だが、私は知っているからだ。君が、『無個性』でありながら人を救けるために飛び出すことができる人間だということを。私よりよほどヒーローに相応しい人間だということを。
「緑谷のことが、気に入っているからだよ。」
人との会話内容を後で反省するタイプのクール系師匠、火守さん。
なお、OFA獲得チャートにおいて迫真のガバをしでかしましたが気づいていません。