それは伝説のアイドルグループの名。
そして、数十年の年月を超え、新しく生まれた変わった『新生B小町』
これはそんな少女たちの日常の物語。
休日の昼間。事務所で。
星野瑠美衣は次の企画を提案した。
「先輩。次の企画ぴえヨンホラーアクティブしよう」
「却下」
有馬かなはルビーの案を即否定した。冗談じゃない、と言わんばかりに黙々と勉強を続ける。
ぴえヨンとコラボして数日後。
B小町は思ったよりも反響が大きく、徐々にあるが登録数を伸ばしていた。
「でも、そろそろ次の企画考えないと、登録数止まっちゃうよ」
「次っていってもね。コラボしてまだそんな経ってないだから、当分は私たちのトークだけで充分でしょ。企画っていっても私たちだけじゃ、そんな大規模なことはできないし。今は定期に更新する方が大事」
「といっても、先輩は人並みに知られているから、今更話してもそんな受けないよ」
「……‥ご忠告ありがとう。それじゃ、次の企画はぴえ水泳にしましょう。ルビーもあんなに嬉しがっていたんだから次もできるわよね」
「意地悪だなぁ。ていか、溺れ死ぬよ‼」
有馬は学校の宿題がひと段落した後、ルビーの企画考案に付き合った。企画考案といっても、ミヤコに頼んで出来そうなのに絞ったので、数はほんの一握りだ。
「ねぇ、ルビー。これ本当にミヤコさんに頼んできそうなの」
「あ、それね。うん、できるよ。前に聞いたときに昔使った衣装が残っているから好きに使っていいよって」
有馬が注目した企画はコスプレパーティーである。事務所の衣装を使うので、費用がかからず、ユーチューブでも受けを狙える低コストの比較的実現可能な企画だ。
とはいえ、実際に見ないとわからない。どれほどの衣装は保管されているのか気になるし、全部がぬいぐるみ衣装だった話にならない。
なので、ミヤコに鍵を借りた後、有馬はルビーとも衣装部屋に向かった。
衣装部屋は綺麗に整理されており、わかりやすいようにジャンルごとに分けられている。その中でも一部の衣装が独創的で目を疑うが、着なければ問題ない。
でも、若干一名がその衣装に惹かれたようで。
「わぁ、凄い。これなんて先輩に似合うよ」
と、ルビーが渡してきたのは腰に尻尾がある衣装と、猫耳のカチューシャ。
そう、それはいわゆる猫耳衣装。
一体どこのバカがデザインしたのだろうか。
腹部をさらした際どい布地に、これものかと言わんばかりのモフモフの装飾。
「誰に似合っていたのかな。アレかな、流れに乗ればすんなり着ると思っているやつなのかな、ルビー」
「いやぁ、冗談だよ。でもさぁ、こんなの着る機会なんて滅多にないだから着て見ない。私も着るからさぁ」
冷静に考えてみると、ルビーがいうことも一概に間違ってはない。様々な衣装を着る機会なんてアイドルになっても滅多になく、指定された衣装を着るのがほとんどだ。
なので、自分が好きな衣装を着る機会は有馬にとっても嬉しいことだった。
「……‥いいわ」
「先輩、今なんかいった」
ルビーはわざと聞こえなかったふりをする。
わかってくせに、と思うも寸前の所で堪え、有馬は言い直した。
「衣装を着るっていっているの。その猫耳衣装は着ないけど」
「ふふっふ。やっぱり好きじゃん。ていうか先輩って、素直じゃないよね」
と、ルビーは微笑む。相変わらず、見てくれだけはホントに一級品だな、有馬は思うも、口出さずに好みの衣装を探す。
探して見ると、衣装は百種類くらいあり、主にアイドルやステージといった衣装がほとんどだ。そのうち一割くらいが先ほどの猫耳衣装のような可愛いさとエロさがあるコスプレ的な衣装だった。
「んー……‥着れたけど、胸元が」
最終的に有馬が着たのはメイド服だった。メイド服といっても、家事をするような作りのものではなく、受けを狙った可愛さ重視の衣装である。
とは言え、背丈や腰回りは程よくサイズがあったのだが、基準になった女性の胸が大きかったのか、胸元だけだるんだるんで合わなかった。
でも、胸囲を差し引いても、可愛さが損なわないので、着た分には充分満足できた。
当然、写真を撮りたいという衝動もあるので、早々にルビーを呼ぶ。
「まあまあ。先輩っていつも堂々しているからメイドって感じがしない。それともうちょっともじもじしてくれた方が可愛く見える」
と、呼んだのは良いが、思ったよりも辛辣だった。
とはいえ、文句を言いつつのもルビーは有馬を撮影する手を止めない。その態度に思うところもあるが、ルビーの衣装の方が気になったので有馬は寸前のところで堪える。
「……それで。あんたは何を着たの?」
「えぇと。カボチャの妖精ぱっきゅん」
有馬の問いかけに、ルビーは平然と答える。
「あんたって変な衣装好きよね。ぴえヨンとかの変な」
「もしかして、知らない。小中学生に話題の‼ キモ可愛系ユーチューバーのぱっきゅんを」
「……」
有馬は沈黙する。
ぴえヨンを見たときに思ったが、世の中ってやっぱり歪である。
一体、今の子供はどのような動画を見て成長していくのか心配になる。
ていか、まずはじめにインパクトが強すぎる。
ぴえヨンは覆面とガチ筋力が印象的であったが、ぱっきゅんはトラウマカボチャ覆面に全身オレンジタイツという異色のコラボである。
こいつらは一体どういう発想で生まれたのか本人に聞きたいが、聞けば墓穴を掘りそうなので胸奥にそっと閉じ込める。
「ねぇ。そのぱっきゅんって私たちよりも人気な感じ?」
「私たちの倍かな。ぴえヨンと比較するとぴえヨンの方が上だけど、それでも私たちにとっては月とスッポンかな」
有馬は思った。アイドルの時代は終わって、歪マスコットの時代が来たと。
「……先輩。顔に出てる」
「そんなこと言われても、ぱっと見、ゲテモノ系じゃん」
やっぱり納得できない。見た感じはゲテモノ系なのに、なぜ子供に受けるのか不思議でならない。もしかして最近の子供は変態人間を崇拝傾向にあるのだろうか。
「ぱっきゅんはゲテモノ系じゃなくて、キモ可愛。なんどいったらわかるかな」
「そもそも、キモ可愛って何。キモイのに可愛いって意味がわからないんだけど」
「それりゃぁ。不快感があるけど、見えているうちに愛しく見えてきた的な」
「不快感があるならキモイでいいいじゃん。なのにそこから可愛く見えてきた時点でその人の目はもういかれているのよ」
「うわー、辛辣。ていか、偏見だよ」
「ていか、なんであんたはそんな衣装選んだのよ。ほかにもこれよりマシな衣装あったでしょ」
「えぇと、おもしろそうだったから」
「……はぁ。写真撮ったらさっさと次の衣装に着替えましょう」
その言葉にルビーは不満そうであったが、借りられる時間が限られているので、ちんたらしてられないと思い直した。なので、有馬の指示に従って、次の衣装を探しにいく。
「うん、意外といける。男性ものだけど」
次に有馬が選んだ衣装は吸血鬼衣装。吸血鬼という単語からいかにもコスプレというイメージが湧いてしまうが、今着ているのは地味で装飾が少ない衣装だ。
布地の面積が多く、可愛さより気品さとカッコ良さを重視した一品である。つまり、この衣装は客受けを考慮したものではなく、吸血鬼というテーマを本格的に追究した一つの作品だ。男性ものなので背丈が合っていないが、着る分には気にならない程度である。
なぜこんな衣装を着ようと思ったか。それは先ほどルビーにさんざん文句を言われたので、今度は可愛いではなく、かっこいいを重視しようと思ったからだ。
有馬はひと段落つくと、ルビーを呼ぶ。
次は一体どんな衣装でくるのだろう。さすがに連チャンでぶっ飛んだ衣装でないことを願うが、ルビーならやりそうなので油断はできない。
「ほぉおー、先輩かっこいい。先輩が着ると、目つきが相まって、吸血鬼らしさがより際立つ」
ルビーの言葉に、有馬は若干イラっとくる。
「……‥どうも、褒めるか貶すかのどっちかにして欲しいけど。それであんたは一体何をチョイスしたの」
「魚かな」
「うん、そうよね。魚よね」
ルビーの衣装は人魚ではなく、全身を覆った一つの魚の衣装。
可愛さもカッコ良さもなく、一体なんのために作られたのか疑問に思うぐらい需要がない一品だ。
せめて、コメントが言えるぐらいのものを用意してくれるとありがたかった。
これでは魚としか感想が言えない。
「あらかじめ、言っとくけどユーチューバーの衣装ですっていうのは無しね。もう飽きたから」
「そのくらい私もわかるよ。でね。この衣装鮪をモチーフにしたもので、意外とかわいいなと思ったから着て見たの、どうぉ先輩」
有馬は悩む。
どうって聞かれても、答えなど一つしかない。
魚。より具体的いうなら鮪。
「率直にキモイ。どこを見たら可愛く見えるのか逆に教えてほしいわ」
「ひどい。この潤んだ瞳が涙腺を誘って可愛いじゃん‼」
有馬はコホンと咳払いを一つ。
「……どこが」
今まで触れてこなかったが、ルビーもルビーで可笑しい。
ぴえヨンのときは知らなかったので気にしなかったが、毎日どんな動画を見て過ごしているのか心配になる。
「もういいよ。先輩にいってもこの可愛いさが理解されないから」
ルビーは有馬に見切りをつけ、話題を終わらせる。
「んで、話変わるけど、企画の衣装どうするの?」
「やっぱり始めは統一した方がいいよね。ならさぁ、一緒に魚衣装着ない?」
「いやよ。ていか、誰得」
「いいじゃん。魚コスパーティー」
「略すな。それと私たちは顔で喰っているんだから、被り物したら効果がない」
「なら、覆面なしで行こう」
「覆面なしでもダメだから。ていか、私たちは昔のアイドル衣装を着ればいいじゃない」
「嫌。アイドル衣装は着て見たいけど、着るなら舞台の上だって決めてる」
有馬は溜息を溢す。ルビーはアイドルに関して頑なに意思が強い。アイドルにそこまで執着しない有馬でも目に分かる程度に熱意をわかってしまう。
「それじゃ、さっきのメイド衣装とかになるけど」
「うん、それでいい。それで行こう。私もメイド服着て見たい」
有馬はもう一度溜息を溢し、ルビーの微笑みを見て満足する自分に呆れた。
意識していても、ルビーの笑みは不思議と人を惹きつける。それが計算ではなく、無意識でやっていることに心から恐怖する。
ああ、これがアイドルか。
「どうしたの?」
「いいえ」
有馬は曖昧に濁すも、気を抜いていたせいで、吸血鬼マントの楚々を踏み、バランスを崩す。
何とか持ち直そうとするも、有馬では物理法則には叶わず、ルビーと一緒に倒れ込む。
「「き、きゃぁああ」」
そして、二人の悲鳴が事務所に響き渡るのだった。
ミヤコが二人の悲鳴を聞いて駆けつけた時には、すでに終わっていた。
衣装室は倒れた反動で陳列された衣装も、ぐちゃぐちゃになり、悲惨な状況である。その現場を見て、ミヤコは苦笑し、その片付けに要する予算にミヤコは深い溜息を洩らした。
そんなわけでコスプレ企画はミヤコの反感を買ったことで没になり、二人だけが知る秘密として闇の中へ葬りされるのだった。