性癖に問題がある以外には、非の打ちどころのないとても可愛い妹、だが………?
マルチ投稿です。
どうやら『おれ』は『桐ケ谷和人』ではないらしい―――。
そんなことを知ったのは十才の時のことだ。……転生?憑依?なんのことか知らないけど、そんなオカルトみたいな話ある訳ないだろう。単純に、俺が生を受けた時、苗字が桐ケ谷の姓じゃなかったってだけだ。産みの両親が俺が生まれてすぐに亡くなり、実母の妹夫妻が俺を引き取ってくれたらしい。
育ての親の仕事のため俺の周りには物心つく前からPC関連のものが身近に溢れ、その影響で『ぴーしーはかせ』になった俺は、子供の柔軟な頭が無駄に集中力を働かせると時に大人を凌駕してしまう一例(番号順でポ○モン全種類言えてしまうようなアレだ)で家にあったジャンクパーツから自作PCを組んでネットで遊んでいた。正直いつからなんて覚えてないほどガキのころからだ。
それ相応にガキの遊びだけやっていればいいものを――――ワールドワイドなネット上に自分の名前があることが嬉しいというアホな感情から住基ネットにアクセスし、俺は自分が養子であることを知った。
『育ての親』に問い詰めて事実を確認した俺は当然のようにショックを受けた。自分をとりまく世界が、全て嘘だったように見えて。俺が養子だったという事実一つで、すべてがあやふやに思えて。自分が自分であると確かに言えず。
――――あなたはだれ?
――――あなたは、ほんとうにあなたですか?
――――おれは、だれだ。
そんな今思えば呻いてその場で転げ回りたくなる早めの中二病を卒業させてくれたのは、暖かく全て受け止めてくれた両親………ではなく、妹の直葉だった。
罰あたりな気もするが、妹、血縁上は従妹、…………………性癖上はブラコンの、桐ケ谷直葉だった。
ソードアート・『オフライン<回線切断>』
「ただいまーー!」
このところ寝に行っているだけの中学から大急ぎで下校し、自宅の階段を登る。俺の部屋にかけこむと、学校指定の制服からラフな格好にすぐ着替えた。走って帰ったので息が上がっているが、それが整うのを待つのももどかしい。ベッドの上に投げ捨てたカバンを床に下ろし、代わりに隣の『それ』の電源を起動――――、
「おかえりお兄ちゃ―――、もう。今日も?」
「う。……あ、あはは………。」
帰るなり引きこもり体勢に入りかけた俺の部屋を覗いた直葉の呆れた視線と目が合ってしまった。言い訳のしようもない廃人の姿を兄に見てしまった妹はため息をつきながらも、俺が脱ぎ散らかした制服やカバンをたたみ、あるいは片づけていく。その途中で机の上に飾るようにおいてある『ソフトの箱』をちらりと見ると、憂鬱そうに目を伏せた。
――――SAO、ソードアート・オンライン。そのβ版。
史上初のフルダイブVRMMO。ナーヴギアと呼ばれるヘルメット型端末を通して、脳に信号を送り込み自分がまるでゲームの世界に本当に入り込んでいるかのように体感することのできるゲーム。その先行プレイヤーの権利を抽選で得られた俺は、当然のようにその圧倒的な電脳世界に魅せられ、ここのところずっと暇さえあれば常にログインしていた。
「…………お兄ちゃんが本当に好きなものなんだから、止めないけどね。でも、晩ご飯の時間にはちゃんと一度起きて、いっしょに食べてよ?」
「ああ。なんかごめんな、いつもありがとう。」
だが、兄の贔屓目なしで可愛らしい妹の表情に、呆れと隠れた寂しさを見てとって、それでもなお健気な直葉の科白にかなり罪悪感を覚える。
SAOログイン中は『眠って』いて、外との接触は絶たれてしまう。両親は仕事が忙しく家をあけがちなので、傍から見たら妹が道場さえある庭付き二階建てのこの家の家事を全部こなしている中引きこもって寝て食ってゲームしている兄貴の構図なのだ。それに、一度メシを食うのも忘れて深夜までログアウトしなかった俺を待って、夕食を作り直してくれたことまであったり。
…………ほんとにダメ兄貴だなオイ。
「んーん、大丈夫だよ、お兄ちゃんのためだもん。………はぁはぁ。」
なのに俺が頭に手をおいてなでなですると、恍惚したように頬を赤らめほにゃっと笑う。息が多少荒い気もするが気のせいだ。あるいは愛嬌の範囲だろう。
いつもなら俺につきあって直葉もゲームを一緒に楽しむこともできるけど、βテスターの権利は二つもない。製品版だって全世界が注目しているゲームだ、俺がβからの優先購入権を持っている一方直葉のぶんが早く入手できる可能性はかなり低い。その間少し寂しい思いをさせることになるだろう。
(埋め合わせ、しないとな。)
「なあ直葉。」
「なあに、お兄ちゃん?」
「なにか俺にして欲しいことないか?なんでもいいぞ。」
「え……じゃあけっk――――けふん。」
「おい。」
「いやいや。あ、………そだ。一日付き合って欲しいの。ライブに。」
「ライブ?」
「うん、『がじぇっと』のツアーファイナル。さいたまスーパーアリーナだよ!」
直葉はちょっと変わっていてヴィジュアル系ロックと呼ばれるジャンルの音楽を好んで聴いている。これがなかなかコアなファンが熱狂的で、流石に贔屓のバンドの全国ツアーにキャリーケース持ってホテルに泊まりながら全てのステージを見に行くような真似はしないまでも、直葉は俺を連れて何度かライブに行ったことがある。今回もそうだろう。
「うん、わかった。チケット代も二人分俺が出すよ。」
「わ、やった!ありがとう、デートだね、お兄ちゃんっ!!」
「っ、とと。」
ぎゅ、と喜色満面に抱きついてくる直葉を受け止める。こんな兄貴に本当に懐いてくれる可愛い妹。将来の夢はいまだに『お兄ちゃんのお嫁さん』らしい。
――――俺が自分が養子であることに悩んでいたころ、直葉の担任が家庭訪問に来たことがあった。その話の中で、なんでも学校で兄妹は結婚できないことを言われたらしいが、頑として聞かなかった、ということがあったという。
『きょうだいはけっこんできないんだよ?』
『うん、でもわたしはおにいちゃんのおよめさんになるの。』
『いや、だからおにいちゃんとはけっこんできないって。』
『しってるよ、でもおにいちゃんはわたしとけっこんするの』
何度訂正しても意見を変えなかった、と母さんにこぼす担任の話を、俺の腕に抱きつきごろごろと喉を鳴らしながら笑顔で聞いていた直葉。俺と従兄妹の関係だと知ったら逆に年齢的な意味で受理されない婚姻届を取り出してきそうな、あるいはすでに自分が俺と結婚できる関係なのを知ってるんじゃないかと疑いたくなるような直葉の笑顔に、正直、救われた。
養子だなんだと悩む自分が馬鹿みたいで。直葉の性癖はアレなのかもしれないが、その想いは強く純真だったから。
「うん、楽しみにしてるな。」
直葉のサラサラのショートヘアを撫でる俺の手をそっと受け入れて、今も彼女は幸せそうに笑っていた。
……………。
(ちょっと運が悪かったかな。)
奇しくもライブの日は製品版SAOの公式サービス開始日に被ってしまっていた。とはいえ、さすがにあれだけSAOにはまった俺も今日の約束を反故にするつもりはない。地味にチケット代も財布に痛かったことだし。
ゲーム開始と同時のスタートダッシュが切れないのは残念だが、その分今日のライブを楽しもう、という直葉の言葉に同意した。重低音や過激な歌詞、全力のシャウトに最初は圧倒されたが、あの燃え尽きるまで拳を振り上げ、叫び、飛び跳ね、ヘドバン(頭を思い切り振る)するあの感じ。気づいたら隣に座っていた初対面の異性とすら何も考えずに肩を組んでいるあの会場の一体感は嫌いじゃない。首や肩にダメージがきて翌日まで響くから、帰って即SAOにアクセスするのも無理になるだろうけど。
「あははははっ!!最高だったよね、お兄ちゃん!」
「同意するけど、あまり声張り上げるなよ。喉が嗄れかけてるんだから、痛いだろ。」
「えへへ……。」
ライブは期待通りの盛況で、心地よい疲労を抱えながら二人家路についていた。あのボーカルのMCがうまいとか、ベースとドラムのセッションが凄いとか、興奮の残滓のままに叫び過ぎた喉が痛いと言いつつ話は止まらない。
「そういえば、バンギャ?直葉はああいうメイクとか、コスプレ?みたいのはしないのか?」
「うーん。CDやチケット代でいっぱいいっぱいのわたしにはちょっとあれかな。それにお兄ちゃんに可愛いって思ってもらうのが第一だし、カラーで染めたら髪も傷むから。………なでなでしてくれなくなったらやだもん。」
「こいつっ!」
「きゃー♪も、もうだめだよお兄ちゃんー、今汗くさいからっ。」
そんなじゃれあいをしつつ、そろそろ家に着こうかといったあたりで直葉がふと気付いた。
「あ、携帯の電源切りっぱなしだった。」
「そういえば、俺もだ。……………………って、母さん!?」
ライブ中のマナーとして切っていた携帯端末の電源を入れると、不在着信が二桁単位で溜まっていた。全て母の番号からだ。
「わ、すごい。何か緊急かな?」
「……かな。でも、もう家に着いちゃったし、電気点いてるから母さんも帰ってるみたいだから、直接訊けばいいだろ。――――――ただいまーー!!」
「ただいまー!」
玄関を開けたのを感知した照明が自動で灯ると、リビングでどたどたと走る音が聴こえる。その主である母さんが顔を出し、俺の姿を確認すると切羽詰まった声で叫び、
「――――――和人っっっっ!!!」
「えっ、母さん……っ!?」
「ちょ、ちょっとどうしたの!?」
俺を抱きしめる。まるですがりつくように強く、凍えて温もりを求めるように震える腕で。
泣いてる?
「ニュ、ニュースで……………、SAOが、ログアウト不可って、……あの中で死んだら現実でも死んじゃうって言ってたから、よかった…………よかった………っ!」
「ちょっと待て、どういうことだよ母さん……?」
最初は意味が判らなかった。だが母さんをなだめ落ち着かせ、リビングのテレビでどのチャンネルに切り替えてもやっているニュースに呆然とする。
『ソードアート・オンライン、デスゲーム化』
アーガス社からSAO総開発責任者茅場晶彦が声明を出し、『俺を除いた』9999人のファーストロットプレイヤーが仮想世界に閉じ込められたと。ゲームクリアまで命がけの戦いを強いられることになったと。外部からの干渉も出来ず、運の悪い何人かが家族が回線を無理に切断したせいですでに死んでいると。
「なんだよ、それ……っ!?」
もし直葉に付き合わず、SAOに今日ログインしていれば、俺もそのうちの一人だったと。
震えがわき起こる。恐怖だ。楽しい筈の世界が、ゲームが、死神の檻と牙に変わる。俺も中毒のようにハマりこんでしまっていた、あの世界が。
「お兄ちゃん!」
「…………直葉!」
母さんと同じように抱きついてくる直葉を懐に掻き抱く。その温もりを確かめたくて。今自分は、生きているんだと。
「危なかった、ね―――――――― お 兄 ち ゃ ん ……… 。」
懐のなかで、彼女は――――――――――――幸せそうにワラっていた。
<リバース/反転、若しくは再誕>
「よしよし。………やっぱりショックだったよね。」
家族全員でほっとして、寝静まった桐ケ谷家の、和人の部屋で彼女はベッドに眠る『兄』を見つめる。その寝顔は安らかとは言えない。無理もないだろう。『兄』はSAOが本当に好きだったから、直接巻き込まれずに済んだとはいえそのデスゲーム化の衝撃も生半ではないだろう。
だが、下手を打てば『兄』は最低でも二年は帰ってこないどころか、二度と覚めない眠りについていた可能性さえあった。『兄』無しでSAOがクリアできるとはどうしても思えないから、9999人の命を見捨てたも同然だが、それでも彼女は『兄』をなんとかデスゲームへの参加自体から回避させたかった。そこにはクリアして帰ってきたとしても『兄』は伴侶を仮想世界のなかで見つける可能性が高いことに対する女の感情も混ざっていた。
だから、彼女はいろいろなことを試した。鈍感でため込みやすい『兄』には好意をこれでもかと伝えたし、できればVRゲームへの傾倒も防ごうとした。製品版SAOに初日にログインしないようにする作戦のために、特に興味もなかったヴィジュアル系ロックの音楽も聴きこんだ(もちろん長いこと聴いているし、『兄』も気に入っているから今は愛着はあるが)。V系を選んだのはあまり詳しくない人からはどれがどのバンドだか区別がつきづらいことから、聞いたこともないバンドのライブに連れていってもあまり不自然に思われないことと、普通のJ-POPやアイドルのメジャーなグループだとチケットが取れない可能性が上がるため。
日程の合う日にライブがあり、『例え何かと被ったとしてもどうしてもその日でなければならない日』にそこに『兄』を誘うのが作戦だったが、成功してよかった。最悪、『兄』が正式なSAOのプレイを開始しようとしたら、睡眠薬を盛るなりナーブギアを隠すか故障させるなりも辞さない覚悟だったから。
「ふふ………。」
彼女は『兄』の頬を起こさないようにそっと撫でる。嬉しい。彼がここに生きて触れられるという幸福。それを噛みしめながら、彼女は布団の中に潜り込み、『兄』の胸へとやさしく覆い被さった。
「大丈夫だよ。―――――――――――『キリトくん』は、私が護るから。」
かつて絶対の筈の電脳の枷を破り、しかし愛する人を庇って命を落とした少女。
死して、時を越えて愛する人の義妹にその魂を宿した数奇な少女。
一途に己の愛に殉ずる少女―――――――彼女<Asuna>は幸せそうに微笑っていた。
叙述トリックっていうのかなこれ………?