ゲームのエネミーキャラにガチ恋したのでイチャイチャするためにがんばります   作:どくはら

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楽しい蜘蛛退治

[攻略フェイズ【朔のルー・ガルー】がセーフティーゾーンからフィールドへ移動]

[【朔のルー・ガルー】の好感度を確認――――確認完了]

[イベント【急襲する獣】発生条件のフラグが確立]

[イベント【急襲する獣】を開始します]

 

《リバーストーキョー・ナイトメア》のマザーコンピューターが、虚構の夜で起きた事象を目まぐるしく計算し、その結果をもとに命令(コマンド)を入力する。

 

 その命令(コマンド)は、夜を生きる魔性(エネミー)にとっては天啓の囁きにして直感の発露

 ゆえに、巣にこもっていた獣はゆるりと面を上げた。

 

『グルゥ』

 

 短く唸りながら鼻をひくつかせ、においを嗅ぐ。

 鋭い嗅覚をくすぐるのは、彼の支配下から逃れてしまった甘美な芳香。それを嗅ぎ取るや否や、狼は半端者(プレイヤー)たちとの交戦で消耗している体をゆっくりと起こした。

 

『……グルルッ』

 

 そして、期待に喉を鳴らしながら、獣は月が半分欠けた空を仰ぎ。

 

 ――――ウォォォォォォォォォォン……

 

 咆哮を、高らかに響かせた。

 

 

 

 遠吠えのようなものが、聞こえた気がした。

 

「……ん?」

 

 チヨダエリアにある廃ビルの中で、俺は思わずそちらの方を見る。

 反射的な行動は、目の前にいる敵対者には絶好の隙となる。それを失念して慢心を晒した俺に、目の前にいた半裸の痴女はチャンスだとばかりに口から糸を吐いた。

 

「うおっと!?」

 

 首を傾け、ギリギリのところで攻撃(いと)をかわす。後ろでべちゃりという音が聞こえるのに背筋を震わせながら、次弾をためている(リキャスト中の)顔を思いきり蹴りつけた。

 

 口から糸を吐く痴女とは言え、やりすぎじゃないかと思った諸兄。

 安心してほしい。白雪姫に出てくる小人のようなサイズの痴女さんは、ヘソの下から大型犬サイズの蜘蛛の体を生やしたごりっごりの化け物(エネミー)だ。

 

『シャア!』

 

 甲高い声を上げながら、痴女もとい蜘蛛女(アラクネ)が飛びかかってくる。その動きはなかなかに俊敏だったが、その程度の速さでは規格外(EX)のAGIとなった俺の敵じゃない。

 身軽すぎて慣れない体をよじり、突撃をかわす。

 そしてすれ違いざま、手に持っていた二振りの鉈で首を掻っ切った。

 

『ガ、ァ』

 

 断末魔(SE)とともに、黒い血霧(ダメージエフェクト)が迸る。それも数秒後には霧散し、蜘蛛女の痕跡は消えた。

 特に何も落ちない(ドロップしない)

 

「やっぱ泥率悪いな……」

『ギャッ』

 

 舌打ち混じりに呟いたところで、似たような断末魔(SE)が聞こえてきた。

 つられて声がした方を見れば、刀の切っ先に喉を貫かれた蜘蛛女と、それを無感情に見上げている長身の男というやばい光景が展開されていた。ダメージエフェクトが肝心な場所は隠していたが、構図がえげつない。

 

「ひえ……」

 

 顔をひきつらせていると、長身の男――朔が無造作に腕を振るった。

 遠心力で切っ先からすっぽ抜けた蜘蛛女が、壁に叩きつけられる。がくがくと痙攣した後に力なくうなだれたエネミーは、仲間と同じように黒い霧となって霧散した。

 

 ぽとりと。少し遅れて、蜘蛛女がいたところに白い糸玉が落ちた。

 それを見て、朔は無表情に近かった顔を嬉しそうにほころばせる。そして糸玉を拾い上げると、獲物をとってきた犬のように俺に向かって掲げてみせた。

 

 微笑ましい姿ではある。

 ついさっき展開された残虐風景と、入り口のところで恐れをなすようにこっちを窺っている蜘蛛女の群れがなければの話だが。

 いやまあ、昨日までの蜘蛛女ラッシュを考えればだいぶ楽ではあるんだけど。

 なんとも言い難い心境を抱きつつ、手に持った鉈のデータを確認する。

 

 軟そうな見た目に反してなかなか硬い蜘蛛女をかれこれ三十体は屠った二振りの鉈は、どちらもイエローゾーンに突入している。雷光の角(アステリオス)の試作品である二振りの鉈は手に馴染むが、試作品というだけあって防御性能は完成品に及ばないのが残念だ。

 そんな試作を振るう俺も、いい加減疲れてきた。HPやSANといったデータ面では余裕だが、操作するプレイヤーに疲労が蓄積している。

 

「……」

 

 ちらりと朔を見る。

 無表情だからわかりづらいが、彼女も慣れない体での戦闘に疲れてきていると思われる。確信はないが、横顔を見ているとなんとなくそんな気がする。

 

 ……って。

 

「朔! 腕!」

 

 反対側の腕が赤く滲んでいる。それに気づき、思わず声を荒げた。

 

「ん。……ああ、かすり傷だから。問題ないよ」

「問題大ありだっつーの!」

 

 見づらい位置にある傷に気づけたのは、ひとえに白い学ランのおかげだろう。自分の服が白いことを感謝しつつ、天井に向かって声を張り上げた。

 

「四月一日ー! 撤退!」

 

 しばらく経った後、壊れた窓から黒いスーツ姿の眼帯女が入ってきた。

 

「さすがは熟練の退魔士殿に夜の頂に立つ獣だ。息災そうだね」

「おう。そっちこそ余裕綽々なようで」

 

 眼帯女(わたぬき)は動きづらそうなスーツにそぐわない身軽さで着地した後、ロールプレイモードで声をかけてくる。ずっと素の四月一日と接してきた朔が怪訝そうな顔をするのを横目に、俺は片手を上げて応じた。

 

尽きずの(フラッド)アラクネと戯れるのは慣れているからね。後れをとりなどはしないさ」

 

 俺の言葉に、四月一日はどこか艶めかしい笑みを浮かべてみせる。

 演技(ロールプレイ)とは思えない自然な微笑みだが、「誰……?」と言わんばかりに朔がどんどん訝しげになっていくのが面白すぎて噴き出しそうだった。両方の反応に気づいている四月一日は、こほんと軽く咳払いをしてから口を開く。

 

「撤退の理由は……ああ、獣殿が負傷したのか」

「アラクネの猛毒にやられたら困るし、いったん退きたい」

「やれやれ。何とも心配性じゃあないか。ねえ、獣殿」

「ん。まだ余裕はある」

 

 話を振られれば、朔は少し不服そうな様子で同意を示す。

 しかし、俺もここは譲れない。

 

「いいから」

「……わかった」

 

 押し切るように言えば、こくりと首が縦に振られた。

 そんなやりとりに軽く肩をすくめた後、四月一日が改めて俺に顔を向ける。

 

「退魔士殿。【運命の糸(フェイト)】はどれだけ集まったかい?」

「ちょうど十個」

「おや。昨日までとは打って変わった成果なのだね」

「この体、LUC最低値だからな……」

 

 遠い目をしながら答える。

 バイト兼体慣らしとして、『フェルリエラ』の在庫補充に付き合うことはや五日。レアでもないドロップアイテムが落ちて一つ二つの日々を振り返ると胃が痛くなってくる。LUCでドロップ率に差が出るとはよく言われるが、それを実体験するとは思わなかった。

 

 そんな俺を見て若干気まずそうに笑ってから、四月一日はコンソールを開いた。

 虚空(インベントリ)から取り出されたのは、黒い拡声器(メガホン)

 中二病チックなカラーリングを除けばどこにでもありそうなそれを、まるで長年連れ添った武器のように構える。

 そして、キィンというハウリングとともに四月一日は息を吸い。

 

「SはSTUN(ストーン)。蛇に睨まれかちんこちん」

 

 マザーグースめいた韻を踏んだ詠唱が、散らかった廃墟の一室に響いた。

 途端、頂点(さく)に恐れを抱きながらも襲撃の機を窺っていた蜘蛛女たちが、凍りついたようにその動きを止める。建物の全体を見渡せる目は持っていないが、それでも拡声器(ぶき)によって射程と対象が上昇した術式がこの建物に巣食うシンボルエネミー・尽きずの(フラッド)アラクネを丸ごと硬直(スタン)させたのはわかった。

 

 状態異常にかかった魔性(エネミー)を一瞥した後、四月一日はくるりと背を向けて窓に向かう。不思議そうにしている朔に手招きをしつつ、俺もその後に続いた。

 

「相変わらずえげつない威力だな、裁定者(ルール・トーカー)状態異常(デバフ)

「お褒めに預かり恐悦至極だよ、退魔士殿」

 

 遠回しな褒め言葉は正しく受け取られ、四月一日は嬉しそうに頬をほころばせた。

 素に近い表情がようやく浮かんだためか、朔が露骨にホッとしたような表情を浮かべる。それにとうとう耐え切れず噴き出し、危うく窓から落ちかけた。

 

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