ゲームのエネミーキャラにガチ恋したのでイチャイチャするためにがんばります   作:どくはら

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急襲する獣②

 得物はどうやら銃剣だったらしい。入道氏は刀身で爪や前脚を捌き、マーナガルムが少し距離をとったところで銃弾を撃ちこむという形で応戦している。

 バ火力アーサーと違って一発一発は重くなさそうだが、攻防揃ったスタイルが今はうまくはまっているようで、白狼は不快そうに唸り声を上げていた。その分攻撃の苛烈さが加速しており、後ろ姿だけでもきつそうなのが窺えた。

 

「そろそろ混ぜろよ!」

 

 言いながら、リキャストが済んだ【八艘跳び】を発動(インプット)

 入道氏と狼の間隙を縫うように、今度は脳天に跳び蹴りをお見舞いした。でかい狼が後ろに吹っ飛び、俺も同じように吹っ飛んだ。

 今度は反動も計算入れていたので、空中でコマのように回って勢いを殺し、着地する。

 うぇ、きもちわる……。

 

「学習能力ゼロか!?」

「あの勢いで斬りかかったら武器壊れそうだし!」

 

 半ギレの入道氏にそう返してから、鉈を持って【攻勢】の構え。入道氏も同じモーションスキルを持っているようで、彼も同じように武器を構え直した。

 小さく息を整えてから、口を開く。

 

「入道氏~。マーナガルムとやりあったことは?」

「TON骨入れたチームで一回だけだ。そっちは」

「店長込みパで同じく一回。ちなみにあれ、何形態に見える?」

「最終」

「奇遇~。俺にもそう見えるわ」

 

 口調は軽く、握りしめた鉈の柄には重い圧をかける。

 

 レイドエネミーは馬鹿高いHPと形態変化ないしパターン変化がお家芸なところがあるが、幻日の(アルター)マーナガルムもその例に違わない。奴には三つの形態があり、目の前にいるのはおそらく最後に相手取る【凶狼形態(ラグナロク)】だ。

 でかさに似合わない俊敏さで痛い攻撃を浴びせようとしてくる上、確定即死の【噛み砕き(フィンスターニス)】を使ってくるようになるこの形態は、最後の難関に相応しい厄介さを有している。だが、この形態ということはHPがそう多くない可能性を示唆していた。

 

 こっちは消耗者が多い。ほぼ無傷の朔は、主軸にするには抵抗がある。俺には切り札(ビースト・ハート)があるものの、SAN管理をミスった瞬間に戦犯となるし、何より今のステータスさえ持て余しているのに超高補正なんて乗せたら制御できない。

 とれる戦法は限られてくる。というか一つしかない。

 

「「速攻!!」」

 

 すなわち、こっちが倒れるより早く相手を倒す!

 

 入道氏とハモりながら、跳びかかってくるマーナガルムに突撃を仕掛ける。

 狙ってくださいと言わんばかりの雑な突撃を迎え撃たんと、白い狼は鋭い爪が生えた前脚を振るおうとするが。

 

「BはBIND(バタフライ)。八本脚のねぐらに哀れ捕らわれ、翅はバリバリ、胴はむしゃむしゃ!」

「影よ、我が従僕よ。我が眼に映るものを、黒き腕に抱け! 【影縛り】!」

 

 機を窺っていた四月一日とTON骨氏が、俺たちに合わせて素早く詠唱を行う。それに呼応するように狼の足元から伸びた黒い手が奴を捕らえ、身動きがとれなくなったところで感電でもしたように白い巨体は完全に動きを止めた。

 レイドエネミーであるマーナガルムにアンコモン以下の術式は効きが悪いが、レアなら十分足止めできることは実戦で把握済みだ。レアにランクアップした四月一日の束縛とTON骨氏が放った影使い(スタイル)固有の拘束は、でかい犬を見事大人しくさせた。

 

 つまり、今の奴はただの的!

 ちらりと上の方を一瞥すれば、ビルに張りついた朔と目が合う。

 

「朔! ここに合わせろ!」

 

 俺の声に、朔は力強く頷きながら体勢を変える。それを確認してから、柄に力をこめた。

 

「前脚ぃ!」

「おう! 痛苦なく汝を斬らん【神速の太刀】!」

 

 狙うところを示し合わせて、お互いに得物を振るう。

 最優先で殺ぐのは機動力と武器。かすっただけでこっちにでかいダメージを与えてくる前脚をぶった切ってやろうと、EXランクのSTRで試作・雷光の角(アステリオス)を振るう。

 

 ――――にやり、と。

 白い狼はその時、人間臭い笑みを浮かべた。

 

「?」

 

 それを怪訝に思うと同時に、前脚狙いの鉈が大きく空振り。

 

「ぐぁっ!?」

「うぐっ!」

 

 上から石のように硬い肉球を叩きつけられ、潰された蛙のような声が上がった。

 ご丁寧に体重をかけられる。象相当の重みに圧し潰され、並大抵の防具より硬い今の体でもHPが大幅に削られるのがわかった。

 

「リョウちゃんっ!」

「入道!?」

 

 俺たちを案じる声が、遠くに聞こえる。

 それに応えるには、頭の中に疑問符が浮かびすぎていた。

 

(振り払われた? デバフの持続が短かった? いや、どっちも違う、これは――)

 

 タイミングが良すぎる回避に迎撃、直前に見た人間臭い笑い。

 それらを総合し、一つの結論が脳裏によぎる。

 

(こいつ、捕まったふりを……!?)

 

 デバフにかかったふりをして、俺たちが近づくのを待っていたのだ、こいつは。

 

「なん、でっ、デバフをかけるって」

 

 俺と似た結論に至ったのか、隣から疑問の声が上がる。

 だが、その答えにも察しがついた。

 

 RTNのMobに搭載されたAIは有能だ。特にNPCは人間(プレイヤー)と錯覚するような会話ができるだけの対応力はあり、ある程度はこっちの機微も察してくれる。

 そしてそれは、エネミーMobであった朔にも備わっていた。

 なら、他のエネミーMobにも同じようなAIが搭載されていても不思議じゃない。それこそ、こっちの言葉は理解できないだろうと、奴の目の前でやりとりしてしまった作戦を把握するだけのAIが。

 

「っ、ぁ」

 

 ここでやっと、体重をかけられた理由に気づく。

 あれは、追い打ちの一撃なんかじゃ断じてない。

 マーナガルムはただ、ジャンプするために足裏に力を入れただけだ。

 

 なぜか? そんなもの、次の標的へ攻撃するために決まっている――!

 

「――――朔ッッッ!! 逃げろぉ!!」

 

 ひび割れたアスファルトから顔を上げながら、あらん限りの声で叫ぶ。

 しかし、その警告は遅かった。

 

「朔くんっ!」

 

 四月一日の悲鳴に被さるように。

 

 ぐじゅ、べきっ。

 骨付き肉を骨髄ごと咀嚼したような嫌な音が、不気味な夜空から降ってきた。

 

「――――」

 

 頭の中が、真っ白になった。

 そんな俺の前に、ひらりと一枚の紙きれが落ちてくる。まるで犬のおもちゃにされたようにぐしゃぐしゃになった人形(ひとがた)の近くには、アイテムの離脱機能によって(エネミー)から強制的に距離をとらされた朔が立っていた。

 

「……は?」

「――――ッ!」

 

 状況についていけない入道氏が、怪訝な声を零す。

 それが俺の引き金になった。

 

「あっ、おいっ!」

「はぁ!?」

 

 入道氏とTON骨氏の声を背に、朔の腕をひっつかんだ俺はその場から走り去る。

 解説も釈明も、唯一の武器を拾い上げる余裕すらもない。今はただ、残機を失ってしまった朔をマーナガルムの前から引き離すことだけが俺の頭にあった。

 

「まったく、仕方がないなあ……!」

 

 呆れたような四月一日の言葉を最後に、俺たちは戦線を後にする。

 そのまま安全地帯である『フェルリエラ』に向かおうとしたところで、腕を掴んだ手が強引に振り払われた。

 

「リョウっ、どうして逃げるの!」

「どうしてもこうしてもない! 今のお前を戦わせられるわけないだろ!?」

 

 身代わりになってくれた形代はもうない。もう一度あの即死攻撃を食らえば、リスポーンもできない朔に待つのは完全な消滅だ。

 それがわからないわけがないだろうに、朔は駄々をこねるように不服を露わにした。

 

「私が戦わなければ意味がないでしょう!」

「死んだらもっと意味ないだろ!」

「どうしてっ、なんでっ、そう決めつけるの!」

 

 俺につられているのか、それとも彼女の中でフラグが立ったのか。今まで聞いたこともないような感情的な声で食ってかかる。まるで喧嘩でもするかのように朔の手が胸倉を掴み、そのまま俺の体を引き寄せた。

 そして俺は、そんな態度にカッとなった。

 

「NPCなんだから言うこと聞けよっっっ!!」

 

 静かな夜道に、一番言ってはいけない言葉が響き渡った。

 

「……ぁ、ごめ」

 

 叫んだ言葉が耳に入った瞬間、俺は一気に我に返る。

 情けないほど弱々しい声で謝るが、瞠目した朔から反応(リアクション)は返らない。それだけでもうどうすればいいかわからなくなり、俺は顔をひきつらせたまま彼女からのアクションを待った。

 

 永遠のように感じられる数十秒が過ぎた後、胸倉を掴んでいた手が離れる。

 そのまま、朔は体ごと俺から離れようとした。

 

「待って、ち、ちが」

 

 情けない声のまま、俺は彼女に追い縋ろうと手を伸ばす。

 その手が、彼女に届く直前。

 

「【()()()】」

 

 聞き覚えのある言葉とともに、胸に衝撃が走った。

 

「…………ぁ?」

 

 一拍遅れて、赤い霧のようなものが視界を曇らせる。立ち上ってくるそれの出所を確かめようと下を向いたところで、左胸に突き刺さった鈍い刀身が目に映った。

 

 痛みはない。この世界は虚構(ゲーム)だから。

 でも。

 

「……わかった。なら、貴方とはここで終わりにしましょう」

 

 淡々とそう告げる彼女の顔を見て、死んでしまいそうなほど胸が苦しくなった。

 

「私は独りで、幻日の狼を倒す。貴方の助けは、いらない。私独りで、成してみせる」

 

 まるで自分が心臓を刺されたような顔のまま、朔は言葉を続ける。

 

「さ、く」

「何も変わらない。私は元より――独りだったんだから」

 

 即死攻撃を受けた俺の意識は、瞬く間に暗転していく。

 朔に何かを言い返すことも、何かを言ってやることもできない。伸ばした手が力なく落ちていくのを最後の感覚に、俺の意識は世界(ゲーム)から断絶された。

 

(――――ああ)

 

 (ヨシツネ)だけは、あいつにあんな顔をさせたらいけないはずなのに。

 黒に染まった意識の中、(だれか)が俺を責め立てた。

 

『ブロークンハート発生。【朔のルー・ガルー】の好感度が基準値以下になりました』

『夜ノ恋ノ(モノガタリ)【人狼に捧ぐ小夜曲(セレナーデ)】が一時進行不可となります』

『プレイヤー・ヨシツネは自由に進行中のストーリーを破却することができます』

『夜ノ恋ノ(モノガタリ)【人狼に捧ぐ小夜曲(セレナーデ)】を破却しますか?

 はい

 いいえ』

 

 

     ■■■

 

 

 目を開けると、そこには見覚えのある天井が広がっていた。

 ほの明るくもなければ、甘い香りが漂ってもいない。小学四年生の時に与えられた自室の天井が、俺の視界に映りこんだ。

 

「…………えっ!?」

 

 しばらく呆けた後、俺は慌てて体を起こした。

 ログアウトした記憶はない。だから俺がリスポーンすべきは、『フェルリエラ』の休憩室であるはずだ。決して自室のベッドの上ではない。

 

「おはよう、弟くん」

 

 そんな俺の疑問を氷解させるように、聞き慣れた声がすぐ近くから聞こえた。

 そっちに顔を向ければ、姉さんがベッドの脇で仁王立ちしている。その手に握られたヘッドセットを見て、彼女が強制終了(ログアウト)させたことを察した。

 

「何すんだよ!」

「当然の処置です」

 

 ヘッドセットを取り返そうとするが、あっさりかわされる。ならばとベッドを下りて距離を詰めようとしたところで、姉さんの顔が真剣そのものなのに気づいた。

 

「弟くん」

 

 姉さんが、嗜めるように口を開く。

 

「虚構に感情移入するのは構いません。ですが、そのせいで現実(リアル)をおろそかにしてはいけませんし、声を上げてうなされるほど傾倒するなんてもってのほか。父さんや母さんの代わりに弟君の保護者を務める身としては、見過ごすことはできません」

「え……?」

「カレー、あまりおいしくなかったですよ。得意料理でしょうに」

 

 驚く俺に、姉さんは肩をすくめてみせる。

 どちらも自覚はなかったが、こういうことで姉さんが嘘をつかないのも知っている。何も言い返せないでいると、姉さんが俺の鼻先に指を突きつけてきた。

 

「しばらくゲーム禁止です。仮想の世界から少し離れて、来月の進級に備えてください」

「…………」

 

 被保護者(みせいねん)の俺に、それに抗う術はない。

 首を縦に振れば、姉さんが安心したように力を抜くのがわかった。それを見ると、余計に文句なんてつけようがなかった。

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