ゲームのエネミーキャラにガチ恋したのでイチャイチャするためにがんばります   作:どくはら

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人狼に捧ぐ小夜曲⑥

 後方から、戦いの音が聞こえてくる。

 それがだいぶ遠ざかったところで、俺は足を止めた。

 

 ……振り向きたくねー!

 後頭部にビシバシ刺さる視線に、冷や汗がだらだら流れるのがわかる。何しろ完全にあの夜の再現だ。何事かとばかりに俺を凝視するのも当然だろう。

 どういう顔で俺の後頭部を見ているのか。それを確認するのも怖い。

 

 だが、だからといってこのまま突っ立っていたらそれこそ本当にリプレイだ。

 アーサーたちが稼いでくれる時間だって無限じゃない。深呼吸をしたのち、俺は覚悟を決めて後ろを振り返った。

 

 幸いにも、朔の顔に失望の色は浮かんでいなかった。

 その代わり、俺の真意を測りかねている眼差しとぶつかった。

 

「……リョウ」

「後で必ず、一緒に戻る」

 

 そんな朔を安心させるべく、まずは前提を口にする。

 逃げるつもりも、逃がすつもりもない。必ず、二人で戦場に戻ると。

 まっすぐ目を見て言ったのが功を奏したらしい。さすがに完全に納得した様子ではなかったものの、怪訝さはだいぶ和らいだようだった。

 

 胸中で小さく安堵の息をつく。

 それから、手元で軽くコンソールを操作し、小窓で進行ミッションの一覧を見る。そこに二つのミッションタイトルが並んでいるのを確認してから、改めて朔に向き直った。

 ぱくぱくと、何度か唇が喘ぐ。

 それでも意を決して、俺は言葉を紡いだ。

 

「お前に、言わなきゃいけないことがあるから。アーサーたちに無理を言った」

「言わなければ、いけないこと?」

「……マーナガルムに襲われた夜。俺は……君に、酷いことを言ったから」

 

 目を逸らしそうになるのを必死に堪えつつ、朔を見上げたまま話を続ける。

 ゲームなのに、手のひらがじわりと汗ばむ。緊張で喉が乾く。相変わらず変なところの再現が凝っているなと、頭の片隅で他人事のように思った。

 

「朔は俺に、一緒に戦ってほしいって言ったのに。俺は君の言葉をないがしろにして、自分の都合ばかり押しつけて、それを察してもらえないことに身勝手に怒ってた。許してくれなんて言わないけど。……ただ、これだけは信じてほしい」

「……」

「俺は、君が足手まといだと思ったことなんて一度もない。そんなつもりで、君を戦いから遠ざけたかったわけじゃないんだ」

 

 ああ、くそ。これで言いたいことは伝わっただろうか。

 ちゃんと、伝えたいことを言えただろうか。

 自分の言葉に自信が持てずに、歯噛みしたい気持ちになる。

 

 本当なら、もっと時間に余裕が持てる時に言いたかった。時間に余裕があるからといってスマートな言葉を絞り出せるとは限らないが、少なくともタイムリミットを気にしながら言うよりは遥かにマシだっただろう。

 それでも俺は、今ここで朔に謝らないといけなかった。

 

『ヨシツネちゃんがやってるイベントさ、もう一つミッションあるでしょ』

 

 作戦会議中、四月一日に言われたことを思い出す。

 突然の指摘に思いきりきょどった俺にあえて追及はせず、きょとんとしているアーサーを後目に、奴は神妙な顔で言葉を続けた。

 

『ルー・ガルーを倒しました、入れ替わりました、マーナガルムを倒しました、はい終わり! じゃあ、物語としてあまりにも単調だからね。せっかく入れ替わりなんてしたんだから、他にも障害を用意するかなと思って』

『さすが四月一日。俺はそういうストーリー視点のメタ読み苦手だわ』

『……』

『ヨシツネの顔的にも、図星みたいだな』

『くふ。さて、本題なんだけど。ぼくとアーサーちゃんが、時間を作ってあげるよ。だからヨシツネちゃん、その間にもう一つのミッションをこなせるようにがんばってみない?』

『いや、わざわざ戦闘中にしなくても……』

『ぼくの予想通りなら、最後のミッションを達成した時点で朔くんは多分消えるよ』

『……は?』

 

 思わぬ言葉に、目が丸くなる。

 そんな俺に構わず、四月一日は自分の考察を口にした。

 

『朔のルー・ガルーは、幻日の(アルター)マーナガルムに力を奪われたんでしょ? なら、マーナガルムが倒された時点で力を奪われる前の姿に戻る可能性は十分にある。というより、元の姿に戻すことがこのイベントの主題なんじゃないかな。……朔くんがエネミーである以上、夜魔の眷属としての力を取り戻したら、退魔士(プレイヤー)と一緒にいる理由はないよね?』

『それは……』

『ミッションを完遂できたら変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。なんにせよ、ヨシツネちゃんがアクションを起こさないことには何も変わらないと思うよ』

『……』

『せっかくなら、ハッピーエンドの方がいいでしょ?』

 

 そんな四月一日の言葉に、俺はどういう返事をしただろうか。

 半日も経っていないはずなのに、遠い過去のように思い出せない。ただ、はっきりとした肯定じゃなく、曖昧な返答をしただろうなということはわかった。

 

 何せ、もう一つのミッションは好感度MAXだ。

 今までどうやって達成すればいいか悩んでいたものを、ほんの数分で達成できるとは到底思えない。下がった好感度はイベントが進行可能になるまで上がっているようだが、達成に至らなかったことはミッション一覧画面が証明していた。

 

 さっきの言葉で、好感度を上げられるとは思っていない。

 というより、俺はここで【人狼と真の絆を育め】を達成する気はなかった。

 ただ、これが最後になる可能性があるのなら。

 お別れする前に、朔に抱かせてしまった寂しさをなんとかしたいと思ったのだ。

 

「……」

 

 朔は、しばらく反応を返さなかった。

 永遠を錯覚するような数分間が過ぎていく。

 耳を澄ませば、アーサーたちがマーナガルムと交戦する音がかすかに聞こえてくる。今すぐ駆けつけなければいけないほどの劣勢は感じられなかったが、悠長に時間を消費できるほど優勢でもないのはわかった。

 

「……よし! それじゃあ、あいつらがマーナガルムを倒しちまう前に戻るとするか! 俺のわがままに付き合わせて悪かったな、朔」

 

 あえて明るい口調を使いながら、朔から顔を背け、体の向きも変える。そして、戦線に戻るべく一歩を踏み出そうとした。

 その、直前。

 

「…………一つだけ」

「ん?」

「リョウ。一つだけ、貴方に聞きたいことがあるの」

 

 真剣な声音と眼差しが、俺の歩みを止めた。

 それを無視するという選択肢は、俺にはない。変えたばかりの体の向きを再び朔に戻すと、彼女の言葉を待った。

 

「リョウにとって私は、足手まといではない。それは、伝わったわ」

「……うん。よかった」

「でも、それなら。どうしてリョウは、私を戦いから遠ざけようとするの?」

「…………あー」

 

 当然の、しかし非常に答えづらい疑問をぶつけられ、思わず頬を掻いた。

 テンションが高い時なら湯水のように言えるが、素面でそれを言うのは難しい。というか恥ずかしい。だが、ここで変にごまかすのは最高にダサいのも事実だった。

 数十秒の沈黙を挟む。

 アーサーと四月一日に内心手を合わせながら、俺は回答を口にした。

 

「何度も言ってるけど……。俺は、朔のことが好きなんだよ」

「……すき」

 

 さすがに、面と向かって言うのはハードルが高い。

 きょとんとする朔から顔を背けつつ、言葉を続ける。

 

「君がここにいるだけで、俺って人間は幸せな気持ちになれる。だから君を殺したくなかったし……一度俺の手で殺してしまった君が、もう一度死ぬのを見るのだけは絶対に嫌だった。それが、朔を戦わせたくなかった理由だ」

 

 やばい。

 めちゃくちゃ恥ずかしい。

 勘弁してくれと思っていると、追い打ちみたいな質問が飛んできた。

 

「すき、とは。どういう意味?」

「人外特有の無知シチュ!!」

「……?」

「あ、今のはアンサーじゃないから! 違うから!」

 

 脊髄反射で叫んでしまった言葉を弁解しつつ、その勢いのまま、俺は叫んだ。

 

「朔のことが、この世で一番大事って意味!」

「――――」

 

 ……………………あー、死にてー!

 

 あまりにも勢いがすぎる告白に、思わず頭を抱えたまま俯いた。

 顔がめちゃくちゃ熱い。変なところで凝り性なRTNくんは、こんな生理反応もきっちり再現しているようだ。余計なお世話にもほどがある。

 

 というかノーリアクションなのが死ぬほど気まずい。

 さっきのでも意味が伝わらなかったら、後はもうセクハラすれすれの表現しかない。それはそれでめちゃくちゃ嫌だが、それでも伝わった上でノーリアクションよりは何千倍もマシだ。どっちだ、どっちなんだ朔。

 シュレディンガーの猫箱を開ける気分で、恐る恐る顔を上げる。

 そして、いつの間にか閉じていた瞼を、またも恐る恐る、持ち上げて。

 

「……………………えっ?」

「――――ぅ、ぁ」

 

 開いた目に、世界で一番大好きな()()()が顔を真っ赤にしている姿が映った。

 


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