10/18 8:30 追記
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――二十時二十五分。初うまぴょいまであと一時間。
――十二月二十四日。
いわゆる世に言うクリスマスイブって奴。
普段は素朴な商店街だって煌びやかなイルミネーションに飾られる、特別な季節。
モミの木の緑とリボンの赤をあしらったクリスマスカラーは、アタシのイヤーカフと同じ色で、街中に飾られているのをみると、なんだかちょっと恥ずかしい。
恥ずかしいとヘアオイルでもふもふにした短いツインテールで頬を隠したくなっちゃうのは、それなりに名が知られてきた今でも変わらない。
クリスマスってのは食べ物だって、本当は特別。
七面鳥やローストビーフ、とっておきのケーキが出され、商店街の皆は本当に気合い入りまくりだった。
庶民のアタシなんかは鶏肉屋のハナエさんがずっと気合い入ってるって言ってた、照り焼きもも肉で充分なんだけれど。
ハナエさんところの鶏もも肉は、いつもなら店先に出されないような筋肉質でおっきなもも肉をじっくり炙って、焼きたてそのまま脚の部分にアルミホイル巻いてあるような、すっごい良い感じのもも肉なんだよね。
こういう穴場の味、みたいなおいしさが意外と癖になるし、こういうのを知っているのはアタシだけって感じが、なおさら好きなのかもしれない。
「……うーん、うん、OKっと」
ちょっとばかり空気に当てられて浮かれ気分になっちゃうけれど、アタシにとって毎年この日は有馬記念を控えた大切な日。
トレセン学園に入って、もう四回目の有馬記念。
大切な一戦を前に、世に言うような特別感は、さっきのもも肉ぐらいなもので。
お気に入りのベージュのブラウスに、青のスカート。料理するからと部屋に置かせて貰ってるデニムのエプロンを着ければ、もはやいつもの格好だ。
そんな感じでアタシ……ナイスネイチャは、今日も今日とてトレーナーさんのお部屋にお邪魔していた。
「さって、そいじゃ仕上げですね」
ちゃちゃっとケチャップで炒めたケチャップライスの味を見て、手早く二つのお皿に盛り付ける。
良い感じに楕円に赤いケチャップライスを形作ったら、ささっと並列にあたためておいた別のフライパンに卵を二つ片手で放り込む。
フライパンの中で卵を軽く解いて、薄ーくフライパンの縁に沿わせるように伸したら、卵の感じを箸先で感じて、ふわっふわぎりぎりでフライパンから滑らせるようにケチャップライスのお皿に載せてみれば……アタシ特製オムライスのできあがりっと。
「味はまぁ、アタシにしちゃ上出来かなって。アタシにしちゃ、だからね。そこ重要」
「それがいいって奴なんだよなぁ」
「はいはい、ありがとねー」
でき上がったばっかりの一皿を手渡して、軽くキッチンペーパーで卵を炒めていたフライパンを拭いてから、自分の分の卵も炒めていく。
卵を片手で二個割って、生ゴミはゴミ袋へって身体の動きも、だいぶ手慣れてきた。
地味なジーンズ生地のエプロンも、身体にフィットしてる気がする。
そりゃまぁ、四年も一緒に過ごしてきて、何度も出入りしてればそうなるもんか。
最初は面倒だった外出届も、だいぶ書き慣れてきたし。
「あ、トレーナーさん、もも肉をさ、オーブントースターから取り出しといて」
「オッケー」
自分のオムライスもきっちり仕上げて、サラダと一緒にワンルームの食卓へ。
パソコンデスクにソファとテーブル、テレビに本棚……黄色を基調にした質素な男の人って感じのトレーナーさんの部屋で食事をする時はラグを敷いた床に座って食べる。
今夜の食卓は、オムライスにサラダ、もも肉と、色気があるんだかないんだか。
なけなしのクリスマス感は、ハナエさんところのもも肉と八百屋のおっちゃんからおまけして貰ってサラダに入れたルビートマトでちょっとでも稼ぐ感じ。
でも美味しさについては、そこそこ負けない自負はあるし、大一番は明日なんだから、アタシもトレーナーさんも、今のとこは文句ない……はず。
トレーナーさんに聞いたことないからわかんないけれどね。
「はー、お腹空いたー」
「ほい、もも肉もってきたよ」
「ありがとトレーナーさん」
オーブントースターでじゅわじゅわ皮の表面の油が鳴る、美味しそうなもも肉と……なにかを小脇に抱えたトレーナーさんが、にやっとしてアタシになにかを渡してくる。
「ネイチャ、これ、お願いできないか」
トレーナーさんの手に合ったのは、流線型のケチャップボトル。
なんだろう、と『ん?』と首をかしげて、すぐに意図を察した。
……なんというか、なんというかだねぇと呆れに眉が下がって、口がへにゃりと曲がってしまう。
「あー……ケチャップで文字ってこと? 好きだねぇそういうの。アタシはアキバのメイドさんじゃないんですけどーっ」
ついつい尖っちゃう唇でつく軽口とは裏腹に、こういうの、嫌いじゃない。
つんっとしたつもりで、すぐにクスクスっと笑い声が漏れてしまうから、トレーナーさんにはバレバレだろう。
アタシはケチャップボトルを受け取って、ほっかほかのオムライスを前に何を書くべきか、考える。
と……トレーナーさんがじっとアタシを見ているのを感じた。
「……? どったの、トレーナーさん」
「いや、なんて書いてくれるのかなーって」
「今考えてたとこ。あ、なんかリクエストある?」
「そうだなぁ……今の俺に向けて思いついたもの、とか」
「あのねぇ、そういうのが一番困るんだよ? 奥さんとか彼女さんとかにやったら、めっちゃひんしゅくだからね」
「ははぁ……彼女かぁ」
頬をかくトレーナーさんの反応に、アタシの意外に鋭い勘が働いちゃう。
……ははーん、これは居るな? 彼女さん的サムシング。
確かになんか最近、トレーナーさん浮き足立ってたんだよね。
『ネイチャだったらどんな宝石が好き?』だとか『ネイチャのリングサイズって何?』とか聞いてきてたし。
四年も一緒にいればそういうのが雑談だってわかるから、『まぁ小さくてもダイヤモンドってのは綺麗だよねぇ』だとか『アタシ手がおっきいから九号かな』とか適当に答えたんだよね。
ああ……そういえば商店街のキミコさんが、確かトレーナーさんが宝石屋さんから出てきたところ見たよ、なんて言ってたっけ。
『ネイちゃんのために選んでたんじゃないの?』なんて冷やかすもんだから、そんなまっさかって答えて置いたけれど、ここ最近のトレーナーさんの様子を見てればそういう人ができたんだろうなというのはアタシでなくてもわかるかも。
トレーニングの追い込みで気にしてらんなかったけれど、実際の処、誰なんだろ? ……あの、なんだっけ、桐生院さん、だったっけかな。
それとも……最近戻ってきた樫本理事長代理さんかな? あの人、見た目と裏腹になんかほっとけないかわいさあるってのが、最近のウマ娘噂ネットワークの話題だし。
……あ、もしかして、たづなさん? 朝帰りで眠い、とか言ってたときあったよね?
「……ホント、まぁ、アタシはやってあげるけれど、ね」
トレーナーさんの『そういう人』に思いをはせたら、胸にチクッと刺さる痛みがあった。
……らしくないから、誤魔化すようにアタシはトレーナーさんにパチンとウィンクして、文字を書きやすいようにケチャップをボトルの先端の方に擦って移動させていく。
しかし、なんて書いてあげようか。
ずっと一緒に居て、相手が誰だかわかんないぐらい、きちんとトレーナーさんはトレーナーしてくれてるんだなって思いと。
それにしても毎年毎年、クリスマスイブはこうしてアタシとつきっきりだものねぇ……トレーナーさんも大変だぁという哀れみと。
まぁ、だからといって、この時間を簡単に譲るつもりはないって、どうしたって沸いちゃう独占欲と。
……ない交ぜになって面倒くさい気持ちを文字にしてやろう、とアタシはオムライスの上でケチャップを躍らせた。
「……って感じかな」
「……Best Friend、か」
アタシが書いた文字を眺めて、トレーナーが呟く声からは、なんだか感情が感じられなかった。
あれ、もしかして不満? と覗き込もうとした表情がぱっと上がって、いつもみたいに、朗らかにトレーナーさんは笑ってくれた。
「ありがとうネイチャ。なんか特別感あっていいなぁ」
オムライスに文字書いただけで喜んでくれるなんて、やっすいなぁとは思いつつ、そういうトレーナーさんに嬉しくなるアタシだって大概チョロい。
……トレーナーさんにホントに彼女ができたなら、アタシはきっと応援しないといけないんだ。
だったら、まだ確定してないこの時間は、ますますアタシにとっても特別……と思い至って、アタシはぴんと思いつきのまま、トレーナーさんにケチャップボトルを押し返してあげた。
「特別感、っていうのなら、アタシばっかり書くのは不公平って奴でしょ。ほらトレーナーさんも書いてみ書いてみ」
「え、俺も?」
「そうそう。アタシのことを思って書いてみてくれたまえ」
びっくりしたみたいに目を丸くするトレーナーさん。
へへん、ロハでネイチャさんにメイドさんみたいなことさせるからですよーっと内心で舌を出して見せた。
「……そしたら」
トレーナーさんは、ちょっとだけ悩んだように目を伏せてから、パパッとケチャップで文字を書いていく。
やけに繊細な線で、達筆な四文字を描いた。
「わお、えらく達筆って……これ筆記体? えーっと……Love?」
「そう。ありったけの想いを込めてみた」
ふふん、と鼻高々なトレーナーさんに、ちょっとから笑いが漏れちゃう。
トレーナーさんは、こういうとこあって、なんだか陳ねちゃったアタシとは全然違うのが、よくわかる。
基本的に真っ直ぐで、こざっぱりしてる。
ちょっと強引なところがあるぐらい、ぐいぐい引っ張ってもくれる。
そういうトレーナーさんだったから、モブなアタシだってここまでこれた。
そして、相手がトレーナーだという立場を超えたような思いを、アタシもいだくことになったんだろうけれどね。
「あーはいはい、ありがたいですよーっと。ま、冷めないうちに召し上がれー」
ふわっと沸きそうになった独占欲と、もやもやした気持ちを誤魔化すためという三分の一。
せっかくわりと上出来なオムライスが冷めていくのがもったいないの三分の一。
特製もも肉が冷めるのがもったいなさ過ぎるのが三分の一の気持ちを込めて、アタシは目の前の食卓に手を合わせる。
「はい、それじゃ」
「「いただきます」」
いただきますを重ね合わせる。
イルミネーションも飾り付けもないけれど、アタシたちのクリスマスはいつも通りに過ぎていく。
――二十時四〇分。初うまぴょいまであと四五分。
「「あーウマー」」
我ながら上出来だったオムライスの端をスプーンですくって口にした途端、出てきた言葉がトレーナーさんとハモる。
なんとなくトレーナーさんが書いてくれた文字は消せないまま、ハモった面白さにアタシは呟いた。
「ふふっ、ハモったわ」
笑ってから次はどこから食べたら、LOVEの文字が消えないだろうと思って見てふと、トレーナーさんのスプーンが止まっていると気がついた。
「……ん? どったの」
難しい顔をしてるトレーナーさん。トレーナーさんのオムライスは、アタシがせっかく書いてあげたFRIENDの、ENDの部分がすくって削られていた。
「……なんか、不思議な感じして。ネイチャと一緒に走ってきて、いよいよ四年目の有馬記念……感慨深くてさ」
「なぁに、それ。どうしたのさー急に」
「なんだろうな。明日だからって、緊張してるのかな」
「緊張? アハハッなにそれ、トレーナーさんが走るわけじゃないでしょ? 走るのはアタシだって」
「まったくだ」
ハハッと笑うトレーナーさんはどこか張り詰めていて、なんだかいつもみたいな軽さがない。
でも、なにかあったのか、なんていう野暮なことは聞かない。
もしかすると、アタシのことを考えてくれているかも知れないから。
有馬記念といえば、ずっとブロンズコレクターと言われてきた、アタシにとっての大一番だ。
去年は怪我から復活したトウカイテイオーに負けて、ビワハヤヒデにも負けて、三着。
トレセン学園入ってデビューして、ありがたいことに三年連続で有馬に選出されてずっと三着だともう、なんか笑えちゃう。
去年は三度目の正直を迎えて、結局三着だったその夜はさすがに大泣きしたけれど。
その涙を受けとめてくれたからこそ明日、アタシがどれだけ勝ちたいのかを一番知ってるのはトレーナーさんだ。
自分の事みたいに、いつだってアタシのことを考えてくれているのがトレーナーさんだってことぐらいはアタシだって信じられるようになった。
ひねちゃったアタシでも、信頼ってものがあるんだと思わせるんだから、トレーナーさんてのはよっぽどの物好きの変人なんだと思う。
「うん。うまい。ネイチャのオムライスはホントに旨い」
「感慨深いと褒めたがりにでもなるの? でも、えへへっ、ありがとうね」
パクパクとオムライスを食べ進めながら、口元にケチャップをつけながら呟かれたトレーナーさんの軽口に、返す言葉も上ずってしまう。
ああ、ホントにちょろいな、アタシ。
アタシのことで一杯になってるトレーナーさんを見てるだけで、すんごい満足しちゃってる。
……彼女さんには悪いけれど、この場所は……もうちょっとだけ譲りたくない。
「「………」」
もぐもぐっと一杯食べるアタシたちの間には温かな沈黙が流れるけれど、気持ちは悪くない。
オムライスは美味しいし、もも肉は格別に美味しい。サラダだって良い感じ。
この時間をアタシとトレーナーさんで過ごせてるのは幸せで。
ホントちょろいアタシに、内心、嗤っちゃってしかたない。
―――二十一時一〇分 初うまぴょいまであと一五分。
「……あのさ、ネイチャ」
「んー?」
ふと、トレーナーさんが、オムライスを食べきって、アタシを呼んだ。
美味しい、美味しいとトレーナーさんはパクパク食べていったけれどアタシはオムライスを食べることができていなかった。
トレーナーさんからのLOVEの文字がなんだかもったいなかったんだ。
たかだかオムライスに遊びで書いた文字なのに、アタシってば考えすぎだと、いよいよ諦めてLOVEの文字を崩そうとした、その直前のことだった。
「……また来年も、このオムライス、作ってくれないか?」
「え、そんなに気に入った? いいよ」
美味しい、と言われてまた作って、と言われることほど、作りがいのあることはない。
アタシは二つ返事で答えて、ふと、今日がクリスマスイブってことを思い出す。
「って、来年もってせっかくのクリスマスイブに、オムライスでいいの?」
「……いや、そういう意味じゃなくて」
「ん? どういうこと?」
「……その……だな……」
いつもより格段に歯切れが悪いトレーナーさん。
ごくっと何かを飲み込んだ喉仏がごりっと動くのを見て、ああ、男の人なんだなぁなんてよくわからない気持ちが湧く。
……ううん、違う。これはいつものひねたネイチャさんの防衛本能。
少女漫画で見たことあるもの。そんな、漫画みたいな張り詰めた空気の感覚への予防線。
「明日勝っても……いや、どんな結果でも……俺は、まだ、ずっとネイチャのトレーナーでいたいんだ」
「……つまり?」
「だからその……明日に向けて、事前の喝というか、勝利前の大一番ということで……これ」
こほん、小さな咳払いとよくわかんない言葉とともに、トレーナーさんが小さな包みをテーブルに乗せた。
アタシの食べかけのオムライス皿と、空になったトレーナーさんのお皿の間に置かれた、上品な濃紺の……リングケース。
ぱかっと開いたケースの中にはキラッと小さくダイヤが輝く、リングがあった。
「……はっ? えっと、なにこれトレーナーさん」
スプーンをお皿に置いて、トレーナーさんに問いかける。
視線がトレーナーさんの顔と、煌めくダイヤの輝きを、なんども往復してしまう。
「あの、生涯ネイチャのトレーナー宣言というか……むしろパートナー宣言というか」
頬をかきながら言うトレーナーさんは気恥ずかしそうだったけれど……そんなものを差し向けられたアタシは、とんでもない爆弾をぶつけられたのとおんなじだった。
「い、いや……その……いやいやトレーナーさん! こ、こんなところでいうのもなんだけれど! こういうものはさ、普通、もっと好意を知らせてから段階的にさぁ!」
「そ、そうなんか。でもネイチャだったら受け取ってくれるかなって」
「アタシだったらって! い、いやそもそも彼女さんいたんじゃ!?」
「は? いるわけないじゃん」
「え、だって……なんか最近浮き足だってたのはなんなのさ」
「あーそれ、これ買ったから。やっぱ三ヶ月分ってめっちゃ緊張するよな」
「それだったらますますアタシにもうちょっと段階的にさぁ!!」
「いや言ったらそれはトレーニングに影響するかと思って」
「真面目かっ! ……ああ、もう、なんかアタシ、タマモ先輩みたいじゃん……はぁ……」
丁々発止とばかり互いの口から言葉が出るけれど、トレーナーさんの前で、アタシの顔中が真っ赤になってるのはもう隠せてない。
あーもう、目頭が熱い。頬かしらが熱い。
しかめっつらしたいのに、頬がにやついて仕方ない。
なにより、何? 【ネイチャなら受け取ってくれる】って?
うわなにそれ。なにそれなにそれ。
そんなにちょろいと思われてたの?
でもそうよ。そりゃそうよ。すっごい嬉しいよ。あああ、もう、何これ何これ。
ああ、もうツインテールもふもふガードだって間に合わない。
耳の中まで、頭ん中沸騰しそうなぐらい、嬉しい。
「……なんかなぁ……こういうとこなんだよなぁ」
「何が?」
アタシを絶賛最高潮に困らせてるトレーナーさんは、ツインテールもふもふで顔を隠さずにいられないアタシを前にとぼけたように小首をかしげていらっしゃって。
……もう、なにこれ……予防線も建前も、全部いっっつもぶっ壊してくれちゃって。
「……あのさ、本気? これ」
「当たり前だ」
四年経っても、予防線張る癖が抜けないアタシにいつも自信満々で。
「……ありがたく受け取るし、いま、めちゃくちゃ嬉しいし……あーもうなんかすんごい、いっぱいいっぱいなんですけど!」
「うん、それはごめん」
でもそんなトレーナーさんに、選ばれたことで一番嬉しくて堪らないちょろいアタシは、トレーナーさんがいないとありえなかった訳で。
「ご存じとは思うけれど! アタシさ、明日大一番なんだよ? 今すぐ指輪なんてつけられないじゃん!」
「でも、俺も大一番、なんだよ」
「……ったく……変なとこ強引なんだよなぁ……」
「ネイチャならよく知ってるだろう?」
そう。
ずっとモブキャラだったアタシを、強引にトレーナーさんが、舞台に引き上げてくれた。
舞台に上がって、アタシだって主役だって、一番だって誇れるようになった。
「はいはい。そりゃ……トレーナーさんと一番近くに居たのは、アタシだもの」
負けても、負けても、次に勝つんだってこの気持ちを、トレーナーさんが大切にしてくれたんだ。
だから、例えトレーナーさんが別の相手を選んでても、アタシは諦めきれなかっただろうけれど。
トレーナーさん、アタシを選んでくれようとしてるんだ。
こんなの、観念する以外にないことは分かってる。
ひねたアタシでも……選んでくれるんだもの。
――二十一時二十分 初うまぴょいまであと五分。
でもさ、アタシってのは随分素直じゃない。
言われっぱなし、されっぱなし、ってのはイヤだし。
アタシなりに伝える言葉や、やりようってもんがある。
「……しっかしねぇ、せっかくのプロポーズなら、口元にケチャップなんてつけないで言って欲しかったんですけどー」
「えっ、あ、す、すまん」
アタシの言葉に、トレーナーさんがちょこっと口元を触り始める。
剃り切れてない無精ひげがちょこっと残った顎のライン。
気づいてた? トレセン学園に出るときはきちっとしてるけれど、アタシのトレーニングだけの時はいつもちょっとそんな感じなの。
そういう少し油断したトレーナーさんを、独占できてるのが嬉しいみたいな、面倒くさい女なんだ、アタシは。
「はぁ……仕方ないなぁ……とってあげるから、ほら、こっち顔よこして」
「すまん……」
食卓を挟んで、くいっと人差し指で呼び寄せてやるとトレーナーさんってば無防備に顔を差し向けてくる。
テーブルに手をついて、瞳だって閉じたトレーナーさんは本当に、アタシにゆるゆるだった。
そんな風に油断しきってるからアタシみたいな、面倒くさくて、悪い女に引っかかっちゃうんだよ?
トレーナーさんの頬に、片手を寄せる。
ぞりっと手の平に感じる、男の人らしい無精ひげの感覚。
アタシとは違う、ちょっと固めの肌に、もう片手を沿わせて。
トレーナーさんの瞳が、疑問に開くよりも前に、アタシはペロリとなめたケチャップ味の唇を彼の柔らかい処へ重ね合わせた。
「んっ……? !」
驚きにびくつくトレーナーさんの顔を固定するようにぐっと力を込める。
トレーナーさんのおかげで鍛えましたもの、そう簡単に、逃がしませんとも
「……ケチャップ味、も、悪くないでしょ」
たっぷり五秒ぐらい合わせて上げたアタシはやり返しとばかり、もう一度、ぺろっと自分の唇を舐めた。
トレーナーさんが、自分の唇を押さえて、顔が真っ赤になってるのを見て、内心でガッツポーズしてやった。
でも、アタシだって無傷なんかじゃない。
悪くない、どころじゃない。
頭の中、まっしろになりそうなぐらい、ケチャップ好きになりそうなのはアタシの方だ。
「ネイチャ……」
ごくっとトレーナーさんのケチャップ味を飲み込んだアタシの肩に、トレーナーさんの手ががっしりと掛かる。
おっと、やっぱりちょっと強引なところあるトレーナーさん、こりゃ火をつけちゃったかな?
「あ、す、ストップ……お、おかわりはいいんだけれど、その……場所を、ね」
このままだとまた食卓を囲んで、アタシの唇を食べられちゃう思って、ちらっと部屋の隅のベッドに目線が行った。
……いや、もうちょっと場所があっただろ、ってひねたもう一人のアタシはいうけれど、言ってる言葉は聞こえない。
アタシはアタシで、嬉しさと恥ずかしさと嬉しさと嬉しさで、いっぱいいっぱいだったんだから。
「……えっと……それは、でも、いい、のか」
「……じゃぁダメって言ったら止めちゃう?」
「……いや、無理だわ」
「でしょ? さすがに、アタシだってわかってますってば。トレーナーさんのこと」
たははっといつもの軽口みたいに言ったつもりなのに、トレーナーさんの手は、アタシの肩を掴んだまま。
「……まぁ、俺もだいぶネイチャのこと分かってると思うし」
「ほほう、いうねぇ」
するりと食卓を迂回して、トレーナーさんがアタシににじり寄って、もう、アタシとトレーナーさんの間には空気しかなくなる。
「だって……ネイチャだったらダメ、じゃなくてイヤっていうだろうし」
「……あはは……お互いよくご存じで……それじゃアタシがして欲しいのって、もうわかってたり?」
「……それは……」
一瞬、トレーナーさんの手が、肩から浮いた。
代わりにアタシの身体の隣に自分の身体を滑り込ませて、アタシの肩を、アタシの腰をぐっと一気に持ち上げるようにして、抱き上げてくれた。
落ちないように、と咄嗟にトレーナーさんのがっしりした首に腕を回してみれば、アタシはまるでトレーナーさんのお姫様にでもなったように、抱きかかえられていた。
「こんなところ、かな」
うっすら汗を浮かべながら、トレーナーさんが微笑む。
自信満々で、ちょっと強引なアタシの……パートナー。
「……はずかしいなぁ、もう」
ひねたオンナを選んだ王子様に、アタシは今夜、お姫様にしてもらえるらしい。
「……電気は、消してね」
最後のワガママを告げた唇に、トレーナーさんが返す言葉はぬくもりだった。
……もう、そんなことされたら、ひねた言葉だって店じまいってものじゃない。
――二十一時二十五分 初うまぴょいまであと零分。
****
――深夜二時五分
チーンとレンジの音が鳴る。
シャワー室から漏れた光と、レンジの中の赤色灯が、覗き込んでたアタシたちを照らしていた。
「……いやぁ、なんというか……面目ないというか……お腹空いて寝れなくて……」
「いや、俺もなんか……いろいろしたし……」
「あーそれ、今言わないで……わりとまだ、記憶鮮明だから」
シャワーを浴び終えてほっかほかの身体に、トレーナーさんのぶかぶかTシャツを借りて、アタシは食べかけだったオムライスをレンジでチンしていた。
すっかり時間が経って、筆跡がぼやけてしまったオムライスの表面が、レンジの中で再び熱を取り戻して、ふわっとケチャップのいい匂いがする。
部屋の電気は付けないまま、分厚い方のカーテンだけを開けた部屋は、足下で躓くことはない程度に、薄明るい。
そんな部屋に同じようにシャツを羽織ったトレーナーさんがレンジから取り出したお皿を食卓に運んでいくのについてって、アタシは冷蔵庫のお茶をそっと二つ分注いで持って行く。
だいぶ喉はカラカラ。お腹が空いてぐうぐぅいって、なんとも艶っぽさはないんだけれど、部屋の中はケチャップと【なんともいえない】匂いがしていた。
「……ほい。お茶」
「ありがと。……やっぱオムライスの匂いがするとお腹空いたかも」
「まぁ……ちょっと頑張ってたもんね、汗すごかったし」
「……どうも」
「え、なに、もしかして恥ずかしいの?」
「……いや、俺もネイチャが可愛かったのを思い出してて」
「……っとに、今のはアタシが悪かったね」
何をいっても、微妙になっちゃう空気に、アタシは温めたオムライスにスプーンを入れる。
トレーナーさんのLOVEの文字を崩したスプーンでオムライスをすくって、自分の口に運ぼうとして、ふと、すくったオムライスを差し向けた。
「ん」
「えっ、いいの?」
「全部はだめだよ。アタシ、お腹空いてるし。でも、トレーナーさんも、お腹空いてるんでしょ」
「……ありがと」
「ほら、あーん」
「えっ……あーん」
ぱくっとトレーナーさんに餌付けしたみたいにしてあげて、アタシはスプーンの柄を今度はトレーナーさんに向けた。
もぐもぐ食べながら、トレーナーさんの目許が「こいつっ」って感じに柔らかくシワを刻む。
トレーナーさんがスプーンを手に取って、オムライスをすくって、アタシに向けてくれる。
あーんとばかりむいたそれをアタシも餌付けされるみたいにパクッと食べて、咀嚼した。
やがて。
「「あーウマー……んふふっ、ふふっ……」」
重なった声に、二人して笑いながら、アタシたちはLOVEの文字を崩しながら、オムライスを食べさせ合った。
二人分のLOVEになったオムライスは、クリスマスにふさわしい、特別な味がした。
****
……まぁそんなもんだから
……翌日の有馬、負けるわけもなくてさ。
そんなわけで、勝って見せましたよ。トレーナーさん。
……アタシが、貴方の一番です。
ちょろかわーってナイスネイチャに一番いいたい