憑依したらクレイマンだった件 (転スラネタバレ注意) 作:謎のコーラX
こうして、ウルティマとアイリーンが魔王達のいる応接室へと入室した。
アニスは二人を強引にソファへ座らせると、お茶の準備をするために立ち上がる。
しかし、その場に残されたカリオンとフレイは生きた心地がしていなかった。
二人の間に挟まれるような席位置で、ウルティマとアイリーンの二人から放たれる無言の重圧《プレッシャー》に、ただただ冷や汗を流して耐え続ける。
「これでゆっくりお話ができますね。皆さん、お飲み物は何にしましょうか?」
アニスが穏やかに問いかけると、
「甘いやつなら何でもいいぞ!」
アイリーンの隣にちょこんと腰掛けたミリムが、真っ先に身を乗り出して声を上げた。
「何でも良いんですね? ではオレンジジュースにでもしましょうか」
「アニス様、このような雑用、ワタクシがやるべきでは……?」
すかさず立ち上がろうとするアイリーンを、アニスは手のひらで優しく制する。
「いいんですよ。遠路はるばるお疲れの様子なんですし、ここは私に任せてください。アイリーン、飲み物はいつもの紅茶でいいですか?」
「……すみません。お言葉に甘えて、あ、甘いやつでお願いします」
「じゃあボクはワイン!」
ウルティマが挙手して無邪気におねだりするが、アニスは即座に却下した。
「はは。昼から飲むなバカ。お前はグレープジュースね」
「むー……」
ウルティマは不満げに頬を膨らませてはいるが、それ以上は文句を言わずに引き下がった。
「カリオンさんとフレイさんはどうしますか?」
「あ、あぁ、俺はそうだな……お前に任せる」
「私も、まぁ……何でもいいわ」
アイリーンとウルティマから放たれる、刺すような視線に萎縮しているのだろう。
獣王と天帝という強者でありながら、どこか歯切れの悪い返答が返ってくる。
二人の態度に、アニスは呆れたように大きなため息を吐いた。
「はぁ……」
アニスが両手を前に差し出すと、その手の先と、アイリーンとウルティマの頭上の空間に、小さな『影の門《シャドウ・ポータル》』が同時に開く。
そこにアニスが遠慮なく思いっきり拳を突き入れると――
ゴツンッ!
と、実に見事な鈍い音が響き渡った。
「あぅ……!」
「うぅっ……!」
頭を押さえて、ほんのりと涙目になる二人。
「お前ら、客人に余計な
「はーい……」
「すみません、アニス様……」
しゅんとする二人に、アニスは「まった……く」と言いかけ、ふと違和感を覚えて言葉を止めた。
(……ん? なんかウルティマの気配、おかしくないか?)
アニスはさりげなくウルティマへと視線を向け、自身の
〘お伝えします。個体名:ウルティマはデーモンロードから、
(え? ちょっと待て、なんで!? 最近進化したばっかりなのに、もう次の段階に行ってるの!? ていうか、プルガトリウムデーモンってなんだそれ……聞いたことないぞ)
すかさず脳内の「声」が解説を差し込んでくる。
〘お伝えします。プルガトリウムデーモンとは、
(はー、なるほどね。……って、それより究極能力《アルティメットスキル》まで獲得しちゃったの!? いや、味方が強くなるのは大歓迎だし、嬉しいことなんだけどさ……)
思わず内心で頭を抱えそうになるアニス。
そんなアニスの内心を見透かしたように、ウルティマがニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。
「ねー、さっきから何ジロジロ見てるのぉ? もしかして、アニス様ってば変態なの?」
自分が鑑定されているのを完全に理解した上で、からかって楽しんでいるのだ。
アニスは表情を崩さず、ぴしゃりと言い放つ。
「やかましい。お前だけジュース抜きにするぞ」
「ちぇー、つれないなー」
そう言って肩をすくめるウルティマ。
*
全員分の飲み物が配られ、それぞれがグラスを片手に落ち着いたところで、アニスは本題を切り出した。
「んで、今日はどういう理由でうちに来たんですか?」
「おぉ! まず一つ目はお前の国の視察だな! で、もう一つはお前自身の変化を見に来たわけだが……それよりも面白そうなやつがいたのだ!」
そう言うや否や、ミリムは隣に座るアイリーンの肩にガシッと手を回し、満面の笑みを浮かべた。
「あの……何故かこのお方がワタクシをひどく気に入ってしまったようなのですが、どうしましょうか、アニス様」
アイリーンが困り果てた目でアニスを見つめる。
「ふはは! そりゃあそうだろう! 何せワタシと
「ふむ……確かアイリーンの能力は
「ミリムと呼んでいいぞ!」
「……じゃあ、ミリム。ミリムも同じような効果の能力を持っているんですか?」
「あぁ! ワタシのは『怒り』を糧にするものだからアイリーンよりは扱いづらいがな。だが、一瞬見た感じ、魔素の増える速度ならワタシの『竜魔之王《サタナエル》』の方が上だな!」
その恐ろしい事実をさらりと告げられ、アイリーンは手元の甘い紅茶を上品に飲みきると、次の瞬間にはアニスの背後にスッと移動し、避難するように身を隠した。
「アニス様、ワタクシあの方、少し苦手です……」
「我慢してくれ。あれを怒らせてこの城、ひいては国が崩壊したら洒落にならん」
ヒソヒソと囁き合う二人に、ミリムがジト目を向ける。
「聴こえておるぞー!」
「あはは、そうでしょうね。……それで、他に来た理由というのは?」
アニスが苦笑交じりに話題を変えると、ミリムは表情を引き締めた。
「あぁ、それで最後の理由だな。というか最近急に決定したのだが……七日後に
「ほー、ワルプルギスですか。主催はどなたで?」
「ギィだぞ」
その名を聞いた瞬間、アニスは口に含んでいたオレンジジュースを激しく吹き出しそうになった。
「ゲホッ、ゴホッ……! ま、マジですか……? なんでまたそんな大物がワルプルギスを……」
ギィ・クリムゾン。
最古にして最強の魔王。ウルティマと同じ悪魔系統の頂点に立つ『原初の赤《ルージュ》』。
まさかそんな世界の頂点に立つような存在から直々に目をつけられるとは。
「お前が覚醒魔王、というより、中身が別人――もとい別魔人になったからな。その品定めをしたいのだそうだぞ。ちなみに、お前以外の魔王全員分の賛成は既にもらっている!」
「うっわ……めちゃくちゃ警戒されてるっていうか、期待されてるっていうか……。私の実力がその期待に見合うのかどうかは、私自身が一番よく知らないんだけどね」
アニスは遠い目をしながら、自分の肩書きの重さに頭を抱える。
「ワタシの感想を言うなら、お前の実力は予想以上だったぞ! 国も、出された食べ物も美味いし、街並みも綺麗だ。何より、お前の部下にこんなに強いやつがいるしな!」
ミリムはそう言いながら、アニスの影からこちらを窺うアイリーンを再びまじまじと見つめた。
アイリーンは完全に引き気味で、さらにアニスの背後へと深く隠れてしまう。
「むぅ。もしかしてワタシ、嫌われているのか……?」
「ミリム、あまりにもグイグイ行き過ぎよ」
「そうね。そういう強引なのが苦手な人だっているのよ?」
アイリーンとウルティマの妖気で蛇に睨まれた蛙のように怯えていたカリオンとフレイが、ようやく落ち着きを取り戻して会話に加わった。
ミリムは少し不満そうに口を尖らせたが、その場所からアイリーンに向かって大きく手を振る。
「まぁよい! アイリーンよ、ワタシがお前を気に入ったのは本当だからな! もし何か困ったことがあったらワタシを呼ぶといい。どこからでも飛んで駆けつけてやるぞ!」
「あ、はい……。気が向いたらそうしますね」
アイリーンの実につれない、社交辞令極まりない素っ気ない返答に、ミリムの頭の上に『ガーン!』という効果音が見えるかのような、ショックを受けた表情が浮かんだ。
○
その後、用意したお菓子も底を突き、一通りの雑談を終えた三人の魔王は、帰るために立ち上がった。
「それじゃあな、アニス。今度会うときはワルプルギスだ!」
「アイリーン、またなー!」
カリオンが別れの挨拶をし、ミリムも最後までアイリーンに未練を残しながら、二人は応接室を後にした。
最後に残ったフレイも後に続こうとしたが、それをアニスが呼び止める。
「フレイ、少し待ってほしい」
「ん? 何かしら?」
フレイは足を止めると、ゆっくりとアニスの方へ振り返った。
指先を絡めながら、すり足でアニスの至近距離まで歩み寄ってくる。
その瞬間、背後に控えていたアイリーンの表情がみるみる般若のように強張り、対照的にウルティマは「何か面白いことが起きるぞ」と言わんばかりに口角をニヤリと吊り上げた。
「え、ちょ、フレイ、近いんですけど……!」
フレイの服は非常に露出度が高く、大人の女性としての色香がこれでもかと漂っている。
その豊満な肢体がすぐ目の前に迫ったことで、アニスの中に眠る『リョウマ』という一人の男の「童貞部分」が急激に自己主張を始めた。
アニスは耳まで真っ赤に染め上げ、慌ててフレイから視線をそらす。
「あら。意外と可愛い反応をするのね。それで? 改まって何のお話かしら?」
アニスのウブな反応がツボに入ったのか、フレイはクスクスと悪戯っぽく笑いながら、さらに距離を詰める。
あわよくば自身の豊かな胸元をアニスに押し当てようと、一歩踏み込んだその瞬間。
ピキィィィン、と応接室の空気が氷点下まで凍りついた。
これまで浴びたこともないような、密度の濃い凶悪な
「おい。自分の行動は慎重に選べよ?」
背後から放たれたのは、これまでアイリーンが一度も見せたことのない、地獄の底から響くようなドスの利いた低い声だった。
フレイはすぐさまアニスから距離を置き、アニスとウルティマも、アイリーンの豹変ぶりに若干引き気味で固まっている。
「ごめんなさいね。あまりにアニスの反応が可愛くて、ついからかいたくなってしまって」
フレイが苦笑いで釈明するが、アイリーンの冷徹な双眸は光を失ったままだ。
「次やったら、その無駄に露出している肉の塊を引きちぎってあげるから」
「あらあら……それは怖いわね」
アイリーンの殺気が「嫉妬」から来るものだと察したフレイは、肩をすくめて軽く受け流した。
アニスは深く呼吸を整え、コホンと咳払いをしてから本題に入った。
「ふぅ……。で、話というのは、フレイ、あなた自身が何か今、困っていることはありませんか?」
「困っていること? 特には無いけれど……強いて言えば、やっぱり
その名前を聞いた瞬間、アニスの脳裏に前世の記憶がよぎる。
そう、アニスはこの世界の原作知識を持っている。現時点で自分の知らない出来事が多いとはいえ、カリュブディスに関する情報はしっかりと頭に入っていた。
端的に言えば、大量の鱗をばら撒き、手下の空飛ぶサメ(メガロドン)を召喚して大暴れする、厄介な超巨大怪獣だ。
おまけに、周囲の魔力を強烈に妨害する性質を持っており、魔法や飛行を主軸とするフレイたち有翼族にとって、これ以上ない天敵だった。
「なら、私がそのカリュブディスを制御し、あなたに害が及ばないようにしてみせましょうか?」
「……なんですって?」
フレイは最初、冗談かと思ってアニスの顔を見つめた。しかし、アニスの双眸に宿る確固たる自信を見て、それが嘘偽りのない本気の発言だと理解する。
本当にそんな天災規模の魔獣をコントロールできるのかという驚愕と同時に、それを引き受ける代わりに一体どれほどの代償を要求されるのかと、フレイは内心で身構えた。
「まぁ、さすがにタダで引き受けるわけにはいきません。それで、その報酬なのですが――」
(お金かしら? それとも、私を自分の手駒にするための貸しを作る気? どちらにしても、警戒して交渉しなければ……)
フレイがそんな冷徹な計算を巡らせていると、アニスは真剣な顔で言った。
「あなたの翼、触らせてほしいです」
「……は?」
あまりに予想の斜め上すぎる要求に、フレイは完全に呆然とした。
数秒の静寂の後、ようやく状況を理解した彼女から、耐えかねたような笑い声が吹き出す。
「あはははは! 何それ、全然釣り合ってないわよ! そんなことでいいのなら、いつでも、いくらでも構わないわ!」
「え、本当ですか? まあ、私が要求できるのってそれくらいなんですよね。お金はあるし、部下はみんな優秀だから、フレイを駒にする必要もないですし」
「……随分と羨ましい悩みね。いいわ、ほら、気の済むまで触りなさいな」
「おっ? では、お言葉に甘えて遠慮なく!」
アニスが目を輝かせて、フレイの美しく艶やかな黒い翼に手を伸ばそうとした、その時。
バサッ!
と、勢いよくアイリーンの背中から禍々しくも美しい悪魔の翼が生えた。
「私の翼じゃダメなんですか?」と言わんばかりの、すねた表情でアニスを見つめるアイリーン。しかし、アニスは彼女の不満そうな視線に気づくことなく、フレイの翼に一心不乱に触り始めた。
「ほほう、なるほど……この羽毛の質感、さらに骨格の柔軟な構造。実に素晴らしい……」
それから、なんと一時間近くも念入りに触りまくった。
アニスがようやく満足げに手を離したときには、当のフレイは少し頬を赤らめ、かすかに息を荒くしていた。
「ず、随分と熱心に触ったわね……。あなた、そんなに私の翼が気に入ったのかしら?」
「いや。ただ、私が作っている自律式の人形に、実用的な翼を付けようと思っておきまして。飛行能力があれば、犯罪者を空から追跡して捕まえやすくなりますし、そのための構造の参考にさせてもらいました」
「な、なるほどね。単なる趣味ではなく、実用的な観察だったわけ……」
フレイは自分のうろたえ具合が少し恥ずかしくなり、そそくさと身だしなみを整えた。
「それじゃあ、本当に私は帰るわね。……またワルプルギスで会いましょう」
フレイが部屋を出ていき、静寂が戻った応接室で、アニスはどっと押し寄せた疲労感に大きな息を吐いた。
「さて、ギィ・クリムゾンかぁ……。とにかく、怒らせて目をつけられないようにだけはしないとな。あとは、その場で臨機応変に立ち回るしかないか」
「……アニス様」
思考を巡らせるアニスの耳元に、どこか冷ややかで、しかしひどく不満げな声が届いた。
隣を見れば、アイリーンが両頬をぷくりと膨らませ、不機嫌そうな視線をアニスに向けている。
「な、何かな、アイリーン?」
「アニス様は……やっぱり、あのように『お胸が大きい方』が好み、なのですか?」
「えっ!? いや、それはその……」
唐突なストレートすぎる質問に、アニスは激しく動揺した。
必死に頭の中で「大人の魔王としての威厳ある回答」を模索し、一分近く考え込んだ。しかし、結局は嘘を吐くこともできず、気まずそうにそっぽを向く。
「……はい。まあ、一応男ですし、大きい方が、その……惹かれる部分はあるというか……」
蚊の鳴くような声で、耳まで真っ赤にして白状するアニス。
「ふーん。やっぱり変態じゃん」
その様子を見ていたウルティマが、口元を片手で隠しながら、クスクスと意地の悪い笑みを浮かべて呟く。
「いいからかいネタを手に入れた」とばかりに、彼女は軽快にスキップをしながら応接室を後にした。
こうしてその日以降、アイリーンが自身の部屋で、人目を忍んで必死に胸のマッサージを繰り返している姿を、ウルティマによって度々目撃されることになるのだが――それはまた、別のお話である。
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