憑依したらクレイマンだった件 (転スラネタバレ注意) 作:謎のコーラX
「ほう、そなた、わらわのことを知っておるようだな」
漆黒のゴシックドレスを纏った少女――その正体である真なる吸血鬼の魔王ルミナス・ヴァレンタインは、傲然とアニスを見下ろした。
「えぇ、まぁ。本当の魔王ってことくらいですかね」
アニスが肩をすくめて平然と答えると、背後で肩を抉られて蹲っていたロイが、青理石の床に這いつくばったまま必死に声を絞り出す。
「る、ルミナス様! 余、いえ、私は……っ」
「黙れ。わらわは今、こやつと話しておるのだ。目障りじゃ、今日はもう帰れ」
「っ……!」
ルミナスの冷徹な一喝に、ロイは苦々しい表情を浮かべながらも抗うことはできず、開かれた扉からそそくさと逃げるように退場していった。
残されたルミナスは、ふん、と鼻を鳴らすと、アニスの顔を値踏みするようにじろじろと見つめながら、その周囲をゆっくりと回り始める。
「なるほどのぅ。素体がクレイマンというだけの別物であるな。あのロイをこれほど圧倒したのじゃ、これならば魔王を名乗っても何ら問題はあるまい。ギィよ、わらわはこやつを認めるが、そなたはどうじゃ?」
ルミナスに話を振られたギィは、退屈そうに頬杖を突いたまま、ニヤリと不敵に口角を上げた。
パチン、とギィが指を鳴らす。
瞬間、引き伸ばされていた空間が瞬時に元へと戻り、円卓の上には十人分のそれぞれの好みに合わせた飲み物が忽然と出現した。
ギィは自身のワイングラスを軽く掲げ、部屋全体に響き渡る声で告げる。
「良いだろう。アニス・クレイマン、貴様を正式な魔王として認めてやる。……文句のあるやつはいるか?」
円卓の魔王たちから異論の声は上がらない。全員がそれぞれの方法で賛成の意思を示すと、ギィはグラスをさらに高く掲げた。
「新しい強者である魔王に――乾杯!」
○
こうして、アニスの品定めを兼ねた宴は、用意された菓子を摘みつつ、和やかな(?)お茶会のような雰囲気で続いていった。
しばらくして、飲み物を片手にギィが再び議題を切り出す。
「さて、今回の
「あら。なら、私から提案……というより、一つお願いがあるのだけど」
おっとりと上品に手を挙げたのは、天帝フレイだった。
彼女はギィの視線を促されると、静かに立ち上がる。
(んー? なんだ……? あの流れ……)
アニスはマカロンを口に放り込み、紅茶で流し込みながらフレイの様子を窺っていた。
その切り出し方、その表情の作り方に、強烈なデジャブを感じていたのだ。
(確か、この先の展開って……いや、まさかな?)
「いいぜ? 言ってみろよ」
ギィが先を促すと、フレイは円卓を見回し、爆弾を投下した。
「今日この場を以て――私は魔王の地位を返上させてもらうわ。そして、アニスの配下に加わることを認めてもらいたいの」
ぶふぅぅぅッ!!!
アニスは口に含んでいた紅茶を豪快に吹き出した。
特別にこの場への同席を許され、アニスの斜め後ろに控えていたアイリーンも「ゴホッ、ゲホッ!」と激しく咳き込み、対照的にウルティマは「キャハハハ!」とお腹を抱えて大爆笑している。
「は? はぁぁぁ!? なんでそうなるんだよ!!」
驚きのあまり、アニスは上品な魔王の仮面を完全に忘れて声を荒らげた。
(待て待て待て! その台詞、本来なら百年後にミリムに対して使われるはずの展開だろ!? なんで百年も前倒しで、しかも私の方に飛んでくるんだよ!?)
アニスの内心の戦慄を露知らず、フレイは動揺するアニスの様子に、満足そうな大人の微笑みを浮かべている。
「あら、そういえば事前に言ってなかったわね」
「いきなりだな。フレイ、理由はなんだ?」
ギィの至極尤もな問いかけに、フレイは真剣な面持ちで理由を述べ始めた。
「二度、私はアニスの戦いを見て、そして確信したの。私は魔王として、あまりに弱すぎるわ」
「いや、でもさ! フレイさんは空戦が得意なわけですし、そこまで卑下しなくても――」
焦るアニスが言葉を重ねるが、フレイは静かに首を横に振る。
その後の彼女の言葉もまた、アニスが前世の記憶(のちにダグリュールが語るはずの言葉)で知っているものと酷似していた。
「民を守れなかったときに、『空の戦いならば敗れなかった』では魔王は務まらないのよ。どうしようもない実力差のある相手の前には、策も有利な状況も無意味。……だから、ね? アニス。私は貴方の配下につくと決めたのよ」
フレイはしなやかな足取りでアニスの席へと歩み寄ってくる。
そのまま至近距離まで近づくと、自身の豊かな胸元がこれでもかとアニスの視界に飛び込むような角度で、深く腰を落とした。
上目遣いでアニスを見つめる彼女の瞳には、妖艶な光が宿っている。
アニスは慌てて両手で目を隠し、顔を真っ赤に染め上げてあわあわと取り乱した。
「どうかしら? この提案、受けてくれないかしら?」
「い、いやいや! 私なんかじゃなくて、ほら、ミリムとかでも良いでしょうに!」
「むっ!? なんでワタシに飛び火するのだ!?」
飛び散った火の粉にミリムが不満げに声を上げるが、フレイはアニスから視線を外さない。
「駄目よ。私も最初こそ、あの憎たらしいクレイマンのままだと思っていたけれど……アニス、貴方は信用できると判断したわ。それに――我が天敵であるカリュブディスを、なんとかしてくれるのでしょう?」
「むぐぐ……」
逃げ道を完全に塞がれ、目を隠したまま考え込むアニス。
フレイは楽しそうにさらに距離を詰めようとしたが――。
ピキィィィン、とアニスの背後から無表情のアイリーンが放った、殺気混じりの超高密度な
「ワタクシは、あの方を配下に引き入れるなど一切認めていませんけど?」
「あら。それは残念ね」
フレイとアイリーンがバチバチと火花を散らし、視線で殺し合いを始めていると、ようやく発言する隙ができたとばかりに、大きく息を吐いて席を立つ者がいた。
「ちょっと待ってくれや。その話なら、俺様も言いたいことがある」
獣王カリオンがニカッと豪快に笑いながら、アニスを指差す。
「アニスに完全に出し抜かれ、敗北した俺が魔王を名乗り続けるのはおこがましいってもんだ。だから、俺も魔王の地位を返上させてもらう」
「お前もかよ!? 別にあんなの、ちょっとした小競り合いでしょうに!」
「小競り合いでも、負けは負けだ。……ギィ、認めてくれるよな?」
カリオンの真剣な眼差しに、ギィは少しだけ目を細めた。
「本当に良いのか? お前なら、あと二百年ほど泳がせれば覚醒すると思って、それなりに期待していたんだがな」
「期待はありがたいが、身の振り方は自分で決めるさ。格上の下に就く、ただそれだけだ」
「……まぁ、良いだろう。たった今より、フレイとカリオンは魔王ではない。アニスに仕えたいと言うなら、あとは自分達でこいつを説き伏せるんだな」
ギィの許しを得た二人が、再び同時にアニスへと視線を向ける。
アニスは諦め半分に、最後の揺さぶりをかけた。
「本当に本気なのか? 私の配下になるということは、都合の良い道具のように扱われるかもしれないんだぞ?」
その言葉に、カリオンとフレイは揃って一笑に付した。
「ハッ! あの瑞々しい国を作った奴が、人を道具として使い捨てるような顔に見えるかよ」
「そうね。仮に道具として扱われるとしても、絶対に危険のなさそうな、過保護な使い方をされそうだわ」
「ぐぅ……」
的確すぎる指摘に二の句が継げないアニスに、フレイがさらに畳み掛ける。
「それに、今のジスターヴって圧倒的に人材不足なんでしょう? 私たちが加われば、領土の管理も防衛も一気に解決できる。いい案だと思うのだけど?」
「――あー! もう、わかった、わかったよ! 勝手にすればいい!」
アニスが半ばヤケクソ気味に両手を挙げると、二人は嬉しそうに顔を見合わせた。
「ありがとう、アニス」
「おう、これからよろしくな、ボス!」
二人はそれだけ言い残すと、今後の細かい領土運営や引き継ぎの話を進めるため、満足げに円卓の部屋から退出していった。
○
フレイとカリオンが去り、静寂が戻った円卓。
残された魔王は八人。アニスはある重大な事実に気づいていたが、あえて口を閉ざしていた。むしろ、このまま気づかれずに宴が終わって欲しいと願っていたのだが――。
「あ! これでちょうど八人になっちゃったねー?」
ウルティマが、頬に手を当てて何気なくそう口にした。
瞬間、ゴゴゴゴゴ……と円卓に雷が落ちたかのような衝撃が走り、その場の空気が一変した。
「十大魔王」という締まりの良い名前が使えなくなったことに気づき、ギィをはじめとする魔王たちが一斉に険しい顔で悩み始める。
「あ、ごっめーん☆」
ウルティマは全く悪びれる様子もなく、無駄に可愛い声と仕草でてへっと謝ってみせる。
各々が「新たな名称はどうする」「いや、八じゃ締まりが悪い」などと意見を飛び交わせ、一向にまとまりそうにない。
アニスはこの混沌をチャンスと捉え、話を切り上げようと試みる。
「あの、名前なんて後回しでいいじゃないですか。ここはもう切り上げて、領土問題の――」
「そういえば、名前を決めるのなら、アニス様がいつも素晴らしいセンスで付けていらっしゃいましたよね?」
今度はアイリーンが、満面の無垢な笑顔でアニスを見つめた。
「お前もかぁぁぁ!!」
アニスは内心で頭を抱えた。
アイリーンの方はウルティマと違い、ガチでアニスを称賛したいがための純粋な悪気のない発言だったらしいが、その言葉を、最悪の男が見逃すはずがなかった。
ギィが、見たこともないような「優しい(肉食獣の)笑顔」でアニスを見つめてくる。
「今日の主役としてここに立つ魔王、アニスよ。君に、素晴らしい特権を与えようではないか」
「あ、いりません。辞退します。結構です」
「……つれないことを言うなよ」
ギィが再び指を鳴らした。
刹那、アニスの身体が空間ごと転移させられ、気づいた時にはギィの膝の上へと収まっていた。逃げられないよう、背後から強靭な腕でガッチリと抱きしめられる。
「これは大変名誉なことなんだよ? それにさぁ……お前が配下を二人も引き抜いて、人数を減らしたのが原因なんだから、責任を取って最高の名前をつけろよ?」
至近距離で耳元を甘噛みされ、半ば脅迫に近いギィの熱い吐息にアニスの身体が身震いする。
全力で脱出しようとするが、世界最強の腕力はビクともしない。
「――ギィ・クリムゾン。アニス様からその汚い手を離しなさい」
一瞬で距離を詰めたアイリーンが、般若のような形相でギィの手を強引に引き剥がし、アニスの身体を勢いよく掻っ攫うようにして救出した。
「た、助かった……。……はぁ、ギィ、その件、どうせ断るの無理なんでしょうから受けますよ。まぁ、名前ならもう決めてありますし」
アイリーンの背後に隠れながら、アニスは一つ呼吸を置いて諦めたように告げる。
「おぉ、そうかそうか! で? なんて名前なんだ?」
ギィの催促に、アニスは前世の記憶から、本来なら生まれるはずの「パクリそのもの」の名前を告げた。
「
(ごめん、リムルさん……! 本来あなたが付けるはずの名前、完全に横取りしちゃった……!)
内心でまだ見ぬスライムに深い罪悪感を覚えるアニス。しかし、自分の貧困なネーミングセンスではこれ以上の名前は逆立ちしても思いつかないため、今は平謝りしながらこれで押し通すしかない。
魔王たちの反応はといえば、「ほう……」「悪くないな」と、予想以上に好評のようで、アニスはホッと胸をなでおろした。
ギィは満足げに笑い、再び席に座り直す。
「良いだろう! これより我らは、
○
「それでは、これより
進行役の緑髪の悪魔(ミザリー)が厳かに口を開きかけたが、アニスがそれを手で制した。
「ちょっと待ってほしい。今更言うのもなんですけど、今の私に『
「あー、確かに。人を裏から操るってイメージじゃねぇよな、今のお前は」
ギィの同意に続いて、他の魔王たちからも「今のクレイマン(アニス)には合っていない」という意見がパラパラと出始める。
「じゃあ、あたしが新しいのをつけてあげるわ!」
ラミリスが勢いよく挙手した。
「はは。一応、聞くだけは聞いてあげます」
「そうねぇ……『菓子王』なんてどう!?」
「誰がパティシエだ。却下です」
「だめかぁ」
ラミリスは菓子を頬張りながら、残念そうに空中であぐらをかき直した。
「じゃあ、次は俺の番ね」
「はいはい、ディーノくんどうぞ」
期待を全く込めずにアニスが促すと、ディーノは自信満々の表情で自身の考えた二つ名を口にする。
「ふっふっふ。傀儡国ジスターヴの王にちなんで、そのまま『
「なるほど、読みが『
「えー! そりゃ無いぜー!」
「ぷーっ! そんな単純なのが採用されるわけないじゃないのさ!」
「あぁん!? お前だって不採用だったろ!」
不採用組のディーノとラミリスが小競り合いを始め、アニスは他の魔王たちの意見を聞こうと視線を巡らせる。しかし、他の面々は急に話を振られても良い案が思いつかないのか、だんまりを決め込んでいた。
そんな終わりが見えない状況の中、アニスの隣で控えていたアイリーンが、そっと手を挙げて意見を投じる。
「あの……では、ワタクシから一つ思いついたのですが、よろしいでしょうか?」
「おっ? どうしたの、話していいですよ。二つ名の決定権は魔王だけのものってわけじゃないですしね」
アニスが優しく微笑むと、アイリーンは居住まいを正し、凛とした声でその名を響かせた。
「では……王としての尊称を込めまして、『
「へぇ……! いいですね、それ。すごく格好いい」
アニスが目を輝かせて大賛成の意を示すと、アイリーンは嬉しそうにパッと表情を破顔させた。
ギィをはじめとする他の魔王たちも、「響きが良いな」「あの人形の腕に相応しい」と納得の様子で頷いている。
「それでは……改めて、ご紹介へと参ります」
今度こそ邪魔が入らないことを確認し、青髪の悪魔(レイン)が、新しく生まれ変わった魔王たちの名を、厳かに響かせ始めるのであった。
とりあえずここまで、次から途中から新規で執筆しないといけないので遅れるかも