憑依したらクレイマンだった件 (転スラネタバレ注意)   作:謎のコーラX

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16話 会議は終わり、赤は苛立つ

 

新星魔王『人形聖王』としての紹介も無事に終わり、宴《ワルプルギス》は最後の議題――というよりは、勢力図の更新に伴う事後処理に近い内容へと移っていた。

 

「さて、最後にやるべきことがあるな。領土問題だ」

 

ギィが傲然と顎をしゃくると、その目配せを受けた緑髪のメイド――ミザリーが、羊皮紙で作られた巨大な世界地図を恭しく運んでくる。

円卓の真ん中へと滑らかに広げされた地図には、世界の各大国の領地が緻密に描かれていた。

 

「そういえば、あなたの領地――傀儡国ジスターヴって、東の帝国のすぐ近くだったわね。アニス、防衛設備や戦力はちゃんとしているのかしら?」

 

「うおっ!?」

 

声のした方を振り向くと、いつの間にかフレイとカリオンの二人が、当然のような顔をしてアニスの席のすぐ隣に立って地図を覗き込んでいた。

 

すでに魔王を返上してアニスの配下になると宣言した二人だ。その距離感の詰め方の早さにアニスは内心で苦笑しつつも、前世の記憶(原作知識)を呼び起こす。

 

(東の帝国……。そう遠くない未来に、あの大軍勢がミリタリーパレードさながらに侵攻してくる超危険地帯だ。我が国がその最前線にあるとか、今考えてもゾッとするな)

 

だが、アニスはそんな焦りを表に出すことなく、優雅に肩をすくめて見せた。

 

「ええ、その辺りは抜かりありませんよ。すでに自律型の人形兵士(マリオネットソルジャー)をざっと三万は用意できたし、それに――」

 

アニスはそこで言葉を区切り、円卓の端で静かにワインを嗜んでいるゴシックドレスの少女――ルミナスをさりげなく盗み見た。

 

「我が領地の深部には、アダルマン率いるアンデッド軍団が控えています。生半可な戦力で攻め切ることはできないでしょうさ」

 

(本当は、アダルマンの元上司であるルミナスさんの前でこの名前を出すのは冷や冷やするんだけどね……。まぁ、今は何も言ってこないしセーフかな)

 

「ほう。その人形兵士とやらがどの程度のものかは知らないが、また今度、直接この目で見させてもらうとするか」

 

カリオンが獰猛な笑みを浮かべて腕を組む。

その言葉を聞いた瞬間、アニスの脳内に前世のサラリーマン時代に培った『内政・外交のアイデア』がピキーンと閃いた。

 

(待てよ? これって絶好の機会じゃないか?)

 

アニスは悪戯っぽく、しかし極めて打算的な笑みを浮かべて二人を見つめた。

 

「そうですね……それならいっそのこと、やっておくべきことが一つあります。カリオンさん、フレイさん。お互いの国で『外交官』を送り合いませんか?」

 

「外交官の相互派遣、か?」

 

「ほう? 詳しく聞かせてちょうだい」

 

二人が興味深そうに身を乗り出すと、アニスは人差し指を立てて、理路整然と語り始めた。

 

「目的としては大きく分けて二つです。一つは、支配者が変わったことによる相手方の民の動揺を抑え、信用と信頼を得ること。そしてもう一つは――」

 

アニスは地図のジスターヴ領をトントンと指で叩く。

 

「内部の人間では気づけない『防衛の穴』や、インフラの不足設備を、部外者ならではの客観的な視点で洗い出してもらうためです。お二人の経験に基づくアドバイスがあれば、我が国の内政はさらに強固になりますからね」

 

(現代ビジネスで言うところの、相互査察《クロス・インスペクション》と人事交流だ。これをやっておけば、内政効率が爆発的に上がるはず!)

 

「なるほどな! 身内の目じゃ見落とす死角を、他人の目で探すってわけか。その提案、二つ返事で乗せてもらうぜ!」

 

カリオンがポンと手を叩いて快諾する。

 

「そうね。私たちだけが貴方を信用していても、末端の民がついて来なければ意味がないわ。素晴らしい着眼点よ、アニス」

 

フレイも感心したように深く頷いた。アニスの背後に控えるアイリーンが、「流石はアニス様です」と言わんばかりに誇らしげに胸を張っている。

 

「おい! ならワタシも混ぜてくれなのだ!!」

 

突如、円卓の向こう側から勢いよく身を乗り出してきたのは、案の定ミリムだった。

目をキラキラと輝かせ、子供のようにブンブンと手を挙げている。

 

「あぁ、ミリムか。……そうですね、ミリムの領土も加えておかないと有事の際の進軍経路《ルート》が面倒なことになりますし。いっそのこと、私と『同盟』を結びませんか?」

 

「いいぞ!!」

 

一瞬の迷いもない、あまりの即答ぶりにアニスは逆に毒気を抜かれて目を丸くした。

 

(えぇ……即決ですか。いや、嬉しいけどさ! 一国のトップがそんなに簡単に同盟組んじゃっていいの!? ギィさん、なんか言ってやってくださいよ)

 

助けを求めるように最奥の赤髪の魔王へ視線を向けると、ギィはただ楽しそうにニヤリと笑った。

 

「好きにしろ。ククク、面白くなってきたじゃないか」

 

「即決ですか。まぁそのほうが話が早いんですが……。ミリム、あなたのところにも後で優秀な外交官を一人送らせますから、ちゃんともてなしてくださいよ?」

 

「うむ! 美味しいお菓子を持ってくる奴なら大歓迎なのだ!」

 

ミリムが満足そうに席に座り直すのを見届け、アニスはふぅと息を吐いた。

 

「さて、これで領土問題は終わりか?」

 

ギィが宴の締めくくりに入ろうとしたところで、アニスは「いや」と手を挙げた。

 

「最後に一つ、国の名前について私から宣言させてください」

 

「なんだ、アニス。また他の奴らから名前を決めてほしいのか?」

 

ディーノが眠そうに目をこすりながら尋ねると、アニスはきっぱりと首を横に振った。

 

「いや、もう決まってますよ。最初からあの『傀儡国』っていう響きが、誰かに操られているようでひどく気に入らなかったですからね。――これより我が国の名は、人形国家ジスターヴにします。……まぁ、それだけです」

 

前世のクレイマンが遺した「誰かに操られる傀儡」の歴史は、今日この瞬間を以て完全に終わりを告げた。

新たな名と共に、己の足で未来へと歩み出す意思を示したアニスの双眸は、魔王たちをも黙らせるほどの確固たる光を宿していた。

 

 

アニスたちが扉の向こうへと去り、再び静寂が戻った円卓。

しかし、先ほどまでとは明らかに部屋の空気の「色」が変わっていた。

 

残された八人の魔王たちは、しばしの沈黙の後、それぞれが新星魔王『人形聖王』に対する所感を口にし始める。

 

「いやー! それにしてもあのアニスって子、本当に最高じゃない! 持ってきてくれたお菓子もすっごく美味しかったし、あたしは大歓迎よ!」

 

沈黙を破ったのは、やはりラミリスだった。

未だにクッキーのクズを口元につけたまま、空中を浮遊して満足げに声を弾ませる。

 

「うむ! ワタシの目に狂いはなかったのだ! アニスは面白いし、美味しいものもいっぱい知っている。これからはいつでもジスターヴに遊びに行けるからな!」

 

ミリムも我が事のように誇らしげに胸を張り、破顔した。

 

「ふわぁ……。まぁ、俺もあいつは好きかなぁ。なんか、一緒にいて一番疲れなさそうだしさ。美味しいお茶とお菓子さえあれば、いくらでも引きこもらせてくれそうだし……」

 

ディーノは円卓に頬を付けたまま、トロンとした目で歓迎の意を示す。

この三人にとっては、アニスの実力もさることながら、その「害のない、むしろ居心地の良さそうな人柄」が完全にツボに入ったようだった。

 

その賑やかな様子を、腕を組んだまま静かに見つめていた巨人の魔王が、重々しく口を開く。

 

「……ミリムやラミリスが好くのも分からんでもない。だが、クレイマンの時とは比べ物にならんほど、あの男の底が見えん。フレイとカリオンを瞬時に懐柔したあの手腕……。余としては、しばらくは遠巻きに様子を見させてもらうとするか」

 

ダグリュールは顎を撫でながら、慎重な姿勢を崩さない。

一国を統べる王として、アニスの急激な変化と全容の掴めなさを警戒しているのだ。

 

「ふん。どのように変わろうが、私には関係のないことだ。私に仇なさず、私の目的の邪魔をしないのであれば、あのような子供が何をしようと興味はない」

 

レオンは退屈そうに冷たく言い放つと、最初から関心などなかったとばかりに、スッと視線を外した。

 

そんな中、円卓の端で紅茶のカップを静かに置いたルミナスだけは、その美貌に冷徹な影を落としていた。

 

「……そなたら、少し浮かれすぎではないか?」

 

「ん? ルミナス、何か不満でもあるのか?」

 

ミリムが不思議そうに首を傾げると、ルミナスはオッドアイの双眸を鋭く光らせ、最奥のギィへと視線を向けた。

 

「実力や菓子など、どうでもいい。問題は、あやつが連れていたあの女悪魔じゃ。ギィ、そなたも気づいておったのじゃろう? あれは――あの悍ましき『原初の紫《ヴィオレ》』じゃ。あのような気まぐれの権化のような災厄を、何故あの小童が易々と従えておる?」

 

ルミナスの言葉に、円卓の空気がピキリと張り詰める。

 

「原初の悪魔など、一歩間違えれば世界を滅ぼしかねん劇薬。それをあやつ自身がどこまで理解して使っておるのか……。わらわはあのアニスという男、底が知れなさすぎて少々危険視せざるを得んのぅ」

 

吸血鬼の女王としての冷徹な分析。

支配領域をめぐって幾度も争ったことのある、ウルティマという存在の危うさを正しく認識しているからこその、もっともな危惧だった。

 

しかし、そんなルミナスの刺すような視線を受け止めてもなお、ギィ・クリムゾンは楽しげに口角を吊り上げたままだった。

 

「ククク……。良いじゃないか、ルミナス。あのひねくれたヴィオレが、あそこまで大人しく誰かの後ろに控えているんだ。それだけでも、アニスにはそれだけの『器』があるって証拠だろ」

 

ギィは手元のワイングラスを妖しく揺らし、妖艶な赤髪をかき上げる。

 

「何より、これほど俺を退屈させない新入りは久しぶりだ。あの男がこれからこの世界をどう引っかき回してくれるのか……俺は、これからのアニスに大いに期待しているぜ?」

 

絶対強者であるギィのその言葉が、実質的な宴の終了の合図だった。

 

「さて、名前も決まったことだし、今日のところは解散とするか」

 

ギィがそう告げると、魔王たちはそれぞれの方法で空間の門を開き、一人、また一人と円卓の部屋から立ち去っていった。

ルミナスは最後まで不機嫌そうに鼻を鳴らし、ラミリスとミリムは次の遊びの計画を立てながら、賑やかに消えていく。

 

 

やがて、完全に誰もいなくなった広大な円卓の部屋。

微かに残る菓子の甘い香りと、魔王たちの残香だけが漂う静寂の中、ギィはぽつりと一人、椅子に深く腰掛けたまま動かなかった。

 

グラスに残った最後のワインを煽り、喉を鳴らす。

その直後、ギィの顔から先ほどまでの楽しげな笑みが、完全に消え失せた。

 

「……チッ」

 

ギィは不機嫌そうに、鋭い舌打ちを部屋の天井へと響かせる。

その瞳に宿るのは、絶対強者としての鋭利な光と――微かな、しかし確固たる『不快感』だった。

 

ギィは自身の大きな手のひらを見つめ、それをゆっくりと握り込む。

 

「狂っているな……」

 

独り言のようにつぶやかれたその言葉は、アニスに向けられたものではなかった。

この『世界そのもの』に向けられたものだ。

 

世界の理(システム)が、微かに歪み始めてやがる。誰かが干渉してきてるな」

 

ギィの脳裏に、先ほどのアニスの姿が浮かぶ。

アニスの存在そのものが、その違和感の中心にあることは間違いない。だが、ギィが感じている不穏な気配の正体は、決してアニス一人から発せられているものではなかった。

 

ギィは立ち上がり、世界の果てを見通すかのように、虚空へと鋭い眼光を向けた。

 

「アニスの変化だけじゃない。……この世界の影に、本来ならそこにいるはずのない()()()()の気配が混じっていやがる」

 

歴史の表舞台に現れるはずのない、あるいは、とっくの昔に淘汰されて消え去っているはずの、忌まわしき存在たちの足音。

それらが、まるで闇の中からじっと機会を窺うように、この世界の至る所で蠢き始めているのを、世界の調停者であるギィの感覚は敏感に捉えていた。

 

「フッ……。まぁいいさ。どんな裏工作が動いていようが、俺の前に現れるならすべて力で叩き潰すだけだ」

 

ギィは再び、好戦的で傲然とした笑みをその美しい顔に浮かべる。

 

「だが……面白くなってきたのは確かだな。なぁ、アニス・クレイマン――」

 

そう呟いたギィの身体が、紅蓮の炎に包まれるようにして、静かに空間の彼方へと消え去っていった。

 

後に残されたのは、誰もいない冷厳な円卓と、これから始まる世界の激動を予感させる、重苦しい静寂だけだった。




はい、完全に新規オリキャラは消えました、あの頃は・・・若かった()
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