憑依したらクレイマンだった件 (転スラネタバレ注意)   作:謎のコーラX

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18話カリュブディスの前準備

 

「……こりゃあ、またえらい変わりようやなぁ。クレイマン……いや、アニスやったか」

 

ジスターヴ城の豪奢な客間。

 

そこに、ラプラス率いる中庸道化連の面々が集まっていた。

 

部屋の右端では、元リザードマンの新生ドラゴニュートであるアインが、「私は外交で喧嘩を売ってきてしまいました」とデカデカと書かれた木板を首から下げて神妙に正座している。

 

そして左端には、どこか不気味なマネキンのような等身大の人形が、ぽつんと不自然に佇んでいた。

 

そんな奇妙な光景の中心に座るアニスを、ラプラスたちは警戒混じりの、しかし明らかな驚愕の目で見つめていた。

 

「うっわー、本当に可愛くなっちゃって! これが覚醒魔王になった影響なの?」

 

ティアが驚きに目を輝かせながらアニスに駆け寄り、その滑らかな肌や髪、変化した身体をベタベタと執拗に触って確かめる。

 

「明らかに異常なほどの魔素量が吹き出していますね。まぁ、あの内に秘めていた魔素の質を考えれば、いつかはこうなると予想はしていましたが……」

 

フットマンがふんふんと巨体を揺らし、アニスから放たれる、かつてのクレイマンを遥かに凌駕する濃密な魔素に、畏怖を込めて感心のため息を漏らした。

 

「で? ワイらをわざわざ呼び出した理由を聞かせてもらえるか?」

 

ラプラスの問いかけに、アニスはふっと妖艶な笑みを浮かべた。

 

「ええ、またあなた方に一つ、お仕事を依頼したくてね」

 

「内容は?」

 

「はい。フレイからカリュブディス(暴風大妖渦)の対処を任されましてね。それをここまで誘導していただきたいのです。ああ、依代は『とっくに』準備できていますから、ご安心を」

 

「カリュブディス」の名が出た瞬間、ティアの動きがピタリと止まり、慌ててラプラスの背後へと身を引いた。

 

ラプラスとフットマンの表情からも、一気に余裕が消え失せる。

 

魔王に匹敵する災厄の化け物を連れてこいという、あまりに無茶な依頼。とても二つ返事で受けられる内容ではない。

 

「いやいやいや、流石にキツいわ! そんなの、いくらワイらでも簡単に――」

 

「『クレイマン』が復活するなら、どうかな?」

 

「――何やて?」

 

ラプラスの声が、地を這うような低い声音へと変わった。

 

以前、彼らと交わした「クレイマン復活」の約束。その言葉の重みを、ラプラスは忘れていなかった。

 

「目処がついたんだ。クレイマン復活のね。何なら、前報酬……いや、依頼を受けるか受けないかの判断は、彼を復活させた後で決めてくれても構わないよ」

 

「ほ、本当にそんなことが……で? どんな手段で復活させるって言うんや?」

 

「案外簡単だよ。今の私にとってはね」

 

アニスはソファーからしなやかに立ち上がると、傍らに置かれていた不気味な人形の胸へと静かに手を添えた。

 

「一体、何を――」

 

――〘問います。個別スキル『魔眼之王(バロール)』の権能『精神投影(スピリチュアルトレース)』を使用しますか?〙

 

頭脳に響く、冷徹なシステム音声。

 

「ああ、使ってくれ」

 

アニスが静かに了承した瞬間、ラプラスたちの目の前で、人形に莫大な魔素が流れ込み始めた。

 

それは濁流となって人形の表面を覆い、物質としての境界を曖昧に溶かしながら、急速にある一つの肉体を形成していく。

 

「――ぐっ、ここは……外、か……?」

 

光が収まったそこには、ラプラスたちが嫌というほど知っている男が立っていた。

 

神経質そうな細い目、綺麗に整えられたオールバックの髪。

 

一糸まとわぬ全裸の姿ではあったが、紛れもなく、彼らがかつて「仲間」と呼んだクレイマンその人だった。

 

頭を押さえながら立ち上がったクレイマンは、目の前にいるアニスを視認した瞬間、即座に怒りの形相を露わにして喚き散らした。

 

「き、貴様ぁ! 私の身体を乗っ取るだけでは飽き足らず、勝手にこんな姿に変えおって! 返せ! それは私がカザリーム様のために、命を賭して使うべき身体だったのだぞ!」

 

耳を塞ぎたくなるような大声。

 

アニスは「はいはい、わかったわかった」と、うるさい猟犬に吠えられたかのように手をパタパタと振ってあしらう。

 

「クレイマン……お前、本当にあの、クレイマンなんか……?」

 

ラプラスが呆然と呟く。

 

「ん? あ……ラプラス! す、すまなかった、こんな無様なことになってしまい……。せっかくカザリーム様から授かった魔王の座だったというのに、私は何一つ成し遂げられず……」

 

「「「クレイマン!!」」」

 

言葉が終わるより早く、中庸道化連の三人がクレイマンに飛びつき、その体を押し潰さんばかりに強く抱きしめた。

 

「もう二度と帰ってこないと思っていた」「よく戻ってきてくれた」と、涙ながらにむせび泣く三人。

 

当のクレイマンは何が起きたのか分からず、抱きつかれながらも、アニスを鋭い眼光で睨みつけ続けていた。

 

数分後、ようやく落ち着きを取り戻したクレイマンは、用意されていた予備の紳士服を身に纏い、四人でソファーに腰掛けた。

 

「さて。前報酬としては十分だと思うけれど、どうかな?」

 

アニスが尋ねると、ラプラスは涙の跡を拭いながら、どこか照れくさそうに笑った。

 

「あぁ、ええやろ。若干、マッチポンプな気がせんでもないが……その依頼、受けたるわ。それで、前報酬がこれっちゅうことは、完了後の本報酬は何なんや?」

 

アニスの口元が、さらに深く歪む。

 

「……カザリームの復活だよ」

 

「なっ!?」

 

「何だって!?」

 

ラプラスが声を上げるより早く、クレイマンが立ち上がった。

 

その顔には、狂喜と不信感が混ざり合った、歪な表情が浮かんでいる。

 

「貴様、嘘を言うな! カザリーム様をどうやって――」

 

「可能だよ。私の『精神投影(スピリチュアルトレース)』ならね。魔王としての本物の肉体に耐えられるだけの依代(人形)を用意できるかは分からないけれど、魂さえ見つけ出せば、カザリームを復活させられる」

 

『精神投影(スピリチュアルトレース)』。

 

魔眼之王(バロール)に備わったその権能は、他者の精神を投影・植え付けるだけでなく、精神の交換、さらには今回のクレイマンのように、魂の記憶を元に本物に近い生体肉体を構成することすら可能にする、極めて規格外の技術だった。

 

なぜ『魔眼』を冠するバロールにこれほど高度な精神技術が備わっているのかは、アニス自身にも不明だったが、使わない手はなかった。

 

「ほ、本当にそんなことが……!」

 

「疑い深いね。ラプラスたちは今、私の技術の精度をこの目で確かめたはずだけど?」

 

「……分かった、信じてやるわ。そんな報酬をくれるっちゅうなら、カリュブディスの誘導くらい軽いもんや」

 

ラプラスは自信たっぷりに言ったが、フットマンが少し不安そうに首を傾げた。

 

「しかし、その肝心の魂は一体どこにあるのですか? 私たちも血眼になって探し回りましたが、未だに手がかりすらなくて……」

 

フットマンの指摘に、アニスは少し苦々しい表情を浮かべた。

 

「そう、そこなんだよね。正直『90年以内』には見つけたいけれど、目星がついていないから、このままでは報酬を支払えない。だからこそ、クレイマン。あなたに手伝ってほしいんだ」

 

「ほう? 私に何を頼むというのだ?」

 

「私の代わりに、魔王としての『影武者』をやってくれないかな?」

 

「は?」

 

クレイマンは一瞬、耳を疑って硬直した。

 

しかし、すぐにその意図を理解すると、傲慢な笑みを浮かべて高らかに笑い出した。

 

「はははは! それは素晴らしい! 元より私は魔王! 私以外の誰がその席に座るというのだ!」

 

「ああ、それと同時に……あなたは私の眷属である『妖死人形(デスドール)』として再構築されているんだけどね」

 

「ははは――……は?」

 

凍りつくクレイマン。

 

アニスが留守にする間、自分が魔王としてジスターヴを支配し、その隙に再び権力を掌握しようと目論んでいたクレイマンだったが、その一言で夢は脆くも崩れ去った。

 

「下手な真似はしないことだね。その依代の人形には、お前の行動を逐一私に報告する機能が組み込まれている。無理にそれを取り除こうとすれば、再び肉体が崩壊してただの『魂』に逆戻りするから……気をつけてね?」

 

口をあんぐりと開けたクレイマンは、魂の抜けたような音を立ててソファーに深く沈み込み、頭を抱えた。

 

「まぁ、そうなるわな」といった様子で、フットマンとティアが哀れむようにクレイマンの肩を叩く。

 

それを横目に、ラプラスが話を本題に戻した。

 

「依頼は引き受けるが、本当に大丈夫なんか? カリュブディスなんて連れてきたら、ジスターヴが崩壊するかもしれんのやろ?」

 

「その心配はしていないよ。むしろ、私が全力で相手をして、数分で消し飛ばしてしまわないかヒヤヒヤしているくらいさ。今回の狙いはあくまで『カリュブディスの支配』だからね」

 

「言うてくれるなぁ。ま、ワイらは指定の位置まで誘導すれば任務完了っちゅうことでええな。それで、今回の依代(生け贄)は誰なんや? 半端な奴では不完全な依代になって、制御もクソもなくなるで」

 

「一応、器になりそうなやつを地下牢に拘束しているからね。彼なら十分足りるはずだよ」

 

「あぁ、あの魔人はんか。あいつなら、ちょっと唆せば疑いもせずに指定の洞窟へ行くだろうな」

 

「うん、危険だと判断したら、あなたたちはすぐに退避してくれて構わないよ」

 

「はは、了解や。気楽にやらせてもらうわ」

 

「……あの、なぁ」

 

クレイマンがおずおずと、何かを探すように部屋の壁を見渡しながら、消え入りそうな声で言った。

 

「ここにあったはずの、私の大切な絵画コレクションはどこへやったのだ?」

 

「売った」

 

「は?」

 

「維持費のために、高く売却しました」

 

アニスから淡々と告げられた冷酷な事実に、クレイマンは白目を剥き、生きた人形のまま泡を吹いてソファーに突っ伏した。

 

---

 

「はぁ、はぁ……た、助かった、恩に着るぞ、ラプラス……!」

 

ボロボロの衣装を身に纏い、息を切らせながら魔人は走っていた。

 

中庸道化連の三人に連れられ、ジスターヴの地下牢から脱出した彼は、フットマンとティアが外で警戒する中、ある薄暗い洞窟の奥深くへと逃げ延びていた。

 

「ええってことよ。それにしても、クレイマン様は酷いお方やなぁ。あんたのような、優秀な部下をあっさりと切り捨てるなんて……」

 

ラプラスの白々しいお世辞に、魔人は全く気づく様子もなく、怒りに震えながら深く頷いた。

 

「そうだ……! 俺はもっと上に立てる存在なのだ! クレイマンめ、あの野郎……! 早いところ力を手に入れ、奴をこの手で八つ裂きにしてやる!」

 

魔人は知らない。

 

あの冷酷だった「クレイマン」が、すでに「アニス」という覚醒魔王にすり替わっていることも。

 

そして自分を助け出したラプラスたちが、アニスの手のひらの上で踊っているだけだということも。

 

見当違いな怒りを燃やす魔人に対し、ラプラスは仮面の下で「アホやなぁ」と、少しばかり同情の念を抱いていた。

 

「ほんなら、すぐにクレイマンを凌駕する強さを手に入れられる方法があるで? まぁ、ちょっと人型ではなくなってまうが……」

 

「何!? おい、それを教えろ! 背に腹は代えられん!」

 

ラプラスは仮面の下で不敵な笑みを深く刻み、囁くように語りかけた。

 

「『暴風大妖渦(カリュブディス)』っちゅう、魔王級の力を持つ災厄の魔獣がおる。その依代になれば、あんさんはクレイマンを容易く捻り潰せる力を手に入れられる。……この洞窟こそが、そいつが封印されている場所や」

 

「カリュブディス……! いいだろう、強くなれるのなら、あのクレイマンを殺せるのなら、悪魔に魂を売ってでも何だってやってやる!」

 

(チョロすぎるわ、ホンマに)

 

心の内でそう毒づきながら、ラプラスはアニスから指示されていた封印の核心部へと魔人を案内した。

 

「じゃ、ワイは外で待っとるから、頑張ってなー!」と言い残し、ラプラスは素早く洞窟を後にする。

 

洞窟の外へ出ると、すでに暇を持て余したティアとフットマンが、アニスから貰ったトランプで呑気にババ抜きをしていた。

 

「ほほ、また私の勝ちですね!」

 

「あー! もう、また負けたー!」

 

ティアが悔しそうにジョーカーのカードを投げ捨てた。

 

それをラプラスが空中で器用に受け止める。

 

「楽しそうやな。けど、そろそろ誘導(仕事)の時間や。準備はええか?」

 

フットマンが手際よくトランプを片付け、ティアも「いつでもいけるよ!」と身体を軽くほぐす。

 

その直後――洞窟の奥から、大地を揺るがすような禍々しい咆哮が響き渡った。

 

バリバリと音を立てて洞窟の岩盤が突き破られ、ついに『暴風大妖渦(カリュブディス)』がその巨体を現す。

 

全長は優に五十メートルを超える。鮫に酷似した凶悪なフォルム。

 

岩をも貫きそうな鋭い角の下には、巨大な単眼が血走ったように辺りを見回している。

 

退化した手足は飾り程度だが、その背にはヴェルドラの魔素から生み出された証たる、二対の立派な竜の翼が広がっていた。

 

さらにカリュブディスの周囲の空間が歪み、その魔素に引き寄せられた『空泳巨大鮫(メガロドン)』が、十三匹ほど虚空を泳ぎながら追随する。

 

あらゆる攻撃を弾き返す強固な竜鱗に覆われたその一ツ目の怪物たちは、主の周りを不気味に旋回していた。

 

「さて、仕事や! ――おーい! クレイマンはこっちやでぇーー!!」

 

『クレ……イ……マァァァン……!? ク、ク、クレイマァァァァァッ!!』

 

魔人の怨念が混ざったカリュブディスの咆哮が響き渡る。

 

ラプラスたちの全力の疾走に合わせ、巨体が風を切って猛追してくる。

 

追随するメガロドンたちも一斉に牙を剥いて襲いかかってきた。

 

「ちょっ、本気で殺しにかかってきとるやんけチクショウ!」

 

命がけの鬼ごっこが、荒れ地に向かって幕を開けた。

 

---

 

クレイマン(の名前)を囮にしたカリュブディスの誘導計画は、完璧に成功した。

 

砂塵を巻き上げて荒れ地に滑り込んできたラプラスたちの姿を見て、アニスは満足そうに頷いた。

 

「お疲れ様。もう休んでいいよ。飲み物はある?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……お、おう、もらうわ……!」

 

服のあちこをメガロドンの牙で引き裂かれながらも、無傷で生還した三人は、アニスから受け取った冷たい飲み物を一気に喉へ流し込み、大きく息を吐き出した。

 

「ふぅ……。じゃあ、ワイらはここらで特等席の観戦とさせてもらうわ。それで、誰が相手するんや?」

 

「『三龍』だよ。チームワークと実力を鍛え上げるには、これ以上の機会はないからね。さぁ、アイン。特にお前は、その看板の汚れを払うために、死ぬ気で頑張ってもらおうか」

 

首から「反省看板」を下げたままのアインは、ツヴァイとドライが必死に笑いを堪えている姿に顔を真っ赤にしながら、三人揃って前に出た。

 

「はは……大将、マジで汚名返上してみせるから、しっかり見ててくれよな!」

 

アインは少し緊張の混じった声を上げながらも、その瞳にはドラゴニュートとしての、そしてアニスの配下としての強い闘志を宿していた。

 

後方では、強い日差しを遮るパラソル付きのテーブルが用意され、アニス、アイリーン、ウルティマ、そしてカリオンとフレイが、優雅にお茶と菓子を嗜みながら彼らの背中を見守っている。

 

数分後、地平線の彼方から、天を覆うほどの魔素を撒き散らしながらカリュブディスが姿を現した。

 

――特訓の成果を示す、戦いの火蓋が切られようとしていた。




ヤムザはもしかしたらこっちでは出せるかもなので魔人というモブになりました
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