憑依したらクレイマンだった件 (転スラネタバレ注意) 作:謎のコーラX
カリュブディスがその巨大な単眼を激しく狂わせ、大気を震わせる咆哮を上げながら姿を見せる。何かを探すように周囲をねめ回しているが、その標的がクレイマンであることはアニスたちにも分かっていた。だが、肝心のクレイマンは精神投影の負荷により現在気絶中。無理に起こそうとすれば依代である人形の身体が崩壊する危険性があったため、アニスは予定外ではあるものの、クレイマン無しで三龍たちに戦ってもらうことにした。
「それにしてもよ。あの三人で本当に倒せるのかよ?」
カリオンは用意された最高級の紅茶を優雅にすすりながらも、その鋭い視線は遠方の怪物を見据えたままアニスに問うた。アニスは何の心配もなさそうな余裕の笑みを浮かべ、前線へ赴く三龍の背中を見ながら答える。
「大丈夫ですよ。あれでもアイリーンの地獄の訓練相手をこなせる程度には強いんですから。それに、彼、彼女らの真価は――おっと、始まったようです」
その言葉を合図に、三龍の身体が眩い光を放ち始めた。大気を激しく明滅させながら空へと飛翔すると、各々が秘められた魔素を爆発させ、圧倒的な威容を誇る『輝龍化(きりゅうか)』を果たした。
「さて、アイン、アタシの足を引っ張らないことね」
ツヴァイが光の刃を構え、不敵に笑う。
「心配するなよツヴァイ! 外交ではちょっとやらかしたけどさ、ま、まぁ戦闘ならお前も知ってる通り一流だぞ!」
アインが拳を握り締め、負けじと言い返す。
「しゃ、喋ってないでさ――」
二人が言い合っている間にも、カリュブディスからは無数の鋭利な鱗弾が豪雨の如く降り注いでいた。ドライは冷静に魔力を練り上げ、荒れ狂う風の防壁を展開。迫り来る鱗を一つ残らず鋭い突風で吹き飛ばしていく。
「今まさに攻撃はじまっているよ?」
「ん?あぁそうだったな。ツヴァイ、やるぞ」
「少しでも遅れないことね」
三龍は三叉の槍の如き一糸乱れぬ超高速の陣形でカリュブディスへと肉薄した。カリュブディスが咆哮し、周囲を護衛するメガロドンたちが牙を剥いて襲いかかるが、三龍の勢いは止まらない。アインの放つ一撃がメガロドンの巨体を粉砕し、ツヴァイの閃光がカリュブディスの強固な皮膜を切り裂く。ドライは完璧な風の制御で二人の死角を補い、的確に敵の動きを封じていく。
「おー、やっぱ凄いなあいつら」
特等席でお茶を飲みながら、アニスが感心したように目を細める。彼女が特に目をみはるのは、その卓越したチームワークだ。一人が攻めれば一人が即座に死角を埋め、もう一人が敵の反撃を完全に阻害する。激動の空中戦が始まって三十分ほど経っても、三龍はかすり傷一つ負うことなく一方的に攻撃を継続しており、無敵を誇るはずのカリュブディスも徐々にその足元をよろめかせ始めた。
「ねぇ、なんで手っ取り早く支配しないのかしら?貴方の今の実力なら簡単だと思うんだけど
」
フレイの素朴な質問に、アニスは少し頬をかいて何とも言いづらそうに答える。
「んー、そうだね。確かにできるけど、奴の周囲の魔力妨害や鱗が少し邪魔でね。それに、今の三龍に丁度いい手頃な実戦相手がいなくて困っていたところなんだ。強すぎず弱すぎずの相手がいたから、修行に使おうって思ったわけ。フレイさんには待たせて申し訳ないね」
「いいわよ。それに確実に倒せるのでしょう?」
「抜かりなくね」
アニスが自信満々にフレイに言っているその最中、戦場から逸れた二体のメガロドンが、アニスたちのいる見物席を目掛けて猛スピードで突撃してきた。大口を開け、全てを噛み砕かんとする怪物の影。
しかし、その二体は突如として空中で完全に静止した。
よく見れば、何もない空間から高密度の糸が伸び、メガロドンたちの巨体をがんじがらめに拘束していた。
「大人しくあっちで倒されてればいいものを。ほい」
アニスが楽しげに小指を立て、それをくいと曲げる。
その途端、空間そのものが細切れになるかのような鋭い音が響き、メガロドンの身体がズタズタに引き裂かれて肉塊へと変わった。
「やっぱつえぇな。アニス」
カリオンはその底知れない力に驚嘆する。アニスはその言葉に嬉しそうに鼻を鳴らし、身を仰け反らせた。
「そうでしょう?あ、さっきのは『多重次元連結』っていうスキルで、自分と繋がったワームホール的なやつから魔糸を瞬間配置した感じで――」
アニスが自慢している間にも、上空の戦いは終わりへと向かっていた。
「『
ツヴァイの掲げた光の刃が一閃し、カリュブディスの片翼を根元から切り落とす。
「おらぁ!『
アインの闘気を纏った拳が空間を爆裂させ、カリュブディスの鱗を木っ端微塵に破壊する。
「ぶ、『
ドライの放った風槍が、無防備になった肉体に深く突き刺さり、内側から穿った。
三龍各々のアーツと魔法、そしてスキルを合わせた奥義ではあるが、これだけの致命傷を与えてもなお、カリュブディスは凄まじい速度で肉細胞の再生を始めていく。
「埒が明かないってやつね。アイン、ドライ。あれでいくわよ!」
「お?でもあれって未完成のやつだった気がするんだが!」
「あ、相手が目の前にいるのに……使わない手はないかと!」
「よっし!」
三龍はカリュブディスを包囲するように正三角形の配置につき、それぞれの武器を突き出した。その瞬間、三人の間に巨大な三角形状の光の結界が現れ、逃げ場を完全に遮断する。
「「「
そう三龍が叫ぶと同時に赤雷、蒼氷、緑風が結界の内部へと一斉に放射された。三つの属性は結界内で激しく衝突して混ざり合い、万物を分解する
結界が消える頃には、あの巨大だったカリュブディスは地面に力なく落下し、ピクピクと痙攣するだけとなっていた。
「成功したみたいですね。アニス様!終わりました!」
「うん、それは見ればわかってる」
いつの間にやらアニスはカリュブディスの肉体の上に立ち、その脈打つ肉体に触れていた。
「さてさて、いけるかなっと。『操魔王支配(デモン・マリオネット)』」
クレイマンの数倍の出力を誇るその呪法が発動され、カリュブディスに数千の黒い糸状のエネルギーが纏わりつく。抵抗して暴れていたカリュブディスも大人しくなり、アニスの支配はこれで完了するかと思われたが――
〘告げます。カリュブディスの魔素量の低下を確認、このままでは消滅の可能性アリ。措置として名付けを推奨します〙
『
「ふーむ、ま、強いほうが私もいいし、やるか。んーと……名前、名前か……テンペストもあれだし、かなり落として強風とか?強風って確か……よし、カリュブディス、お前の名前はゲールだ!」
――しかし、アニスはその選択を後悔することになった。
どうせウルティマくらいだと思っていた名付け。だが、その瞬間に引きずり出された魔素の消費量は、アニスが立っていられなくなるほどの破滅的なものだった。
「ぬぉぉぉぉ!?」
明らかに多すぎる。止めようにも名付けの時点でそれは叶わず、カリュブディスから凄まじい風が巻き起こり、アニスは竜巻となった強風に身体を持っていかれ、宙を舞う。
「アニス様!」
アイリーンがすかさず救出し、元の位置まで戻ってくる。
「ちょっと!貴方何をしたのよ!」
フレイが声を荒げる。カリオンもカリュブディスの異常なほどの魔素量の上昇に釘付けになっている。ウルティマさえも驚きの表情を浮かべており、ラプラス達もあたふたとしている。
「ほんと、私の名付けって何かおかしなことがよく起こるな」
アニスは椅子に座り、冷や汗を流しながら苦笑する。
――確認しました。個体名『
「ん?ね、ねぇ、今の聞こえましたか?」
「え?何の話?」
明らかに世界の声のそれを、どうやらアニス以外に聞いていない様子だった。
その声が聞こえた直後、吹き荒ぶ竜巻がピタリと止み、そこにいたのは――異形。
「な、なに?」
なにか、不気味な影が立っているのだ。それを確認できたのは、今の所バロールを持つアニス、近くにいる三龍、そして圧倒的な実力を持つもう一人だけ……。
そこに佇んでいたのは、鮮やかな黄衣をまとった異形の存在だった。しかし、その衣の隙間から覗く姿は、背中から禍々しい蝙蝠の羽が生え伸び、全身は凶悪なリザードマンの如き黒い鱗に覆われている。さらに、その肉体からは太い触手が大量に生え出ており、周囲の空間を威嚇するように不気味に蠢いていた。
「……フム。器……弱イ。だが……良シ。コウシテ……知恵ヲ使い……喋リ、思考スル……喜び……久シブリ、だ」
その声はひどく途切れ途切れのカタコトでありながら、妙に頭に響く不気味さを持っていた。
上空からアインはまくし立てるように怒声を張り上げた。
「おい!テメェはなにもんなんだ!」
質問すると、その黄衣の異形――ゲールはアインのほうに顔を向けた。そして、大量の触手を揺らしながら、細い指をアニスの方へと指し示す。
「聞く……必要……アルカ? ゲール……吾輩、そう……あの……アニス様より……名ヲ……頂いた……」
感情が読み取れないカタコトの声。三龍は瞬時に目配せをしあい、再び、そのゲールという異質に向けて、最大奥義
例え精神体や異形の存在でも無事では済まない――はずだったが、ゲールが身に纏う黄衣を翻すと、その衣服が生き物のように膨れ上がり、彼を包み込む完全な球体の防護壁として威力を防ぎきった。
「ナルホド……アヤツの……残滓……カ。
ゲールが呟いた瞬間、その黄衣が三方向へと爆発的に触手のように伸びた。それは生き物のような意志を持ってアイン、ツヴァイ、ドライの三人を容赦なく鷲掴みにすると、抗う間も与えずに地面へと勢いよく落下させた。
「生キテイル……ハズ、だが……どうでもいい……こと」
ゲールはアニスの持つ『バロール』の眼でさえも見切れないほどの超高速で空間を転移し、一瞬にしてアニスの前まで現れた。
「な、なんだお前!」
「アニス様!お逃げください」
ウルティマとアイリーンは臨戦態勢をとるが、ゲールはそれをまるで見ずに、アニスに触れようとした瞬間――
空からまるで巨大な流星が落ちてきたかのような、圧倒的な衝撃がこの場の全員を吹き飛ばして炸裂した。
激しい光の中に、プラチナピンクのツインテールの髪を揺らして傲然と現れた者がいた。
『