憑依したらクレイマンだった件 (転スラネタバレ注意) 作:謎のコーラX
あの謎の存在――ゲールとの熾烈な戦いから、数日が経過した。
絶望的な魔素枯渇に見舞われていた私も、居城のフカフカなベッドで泥のように眠り、アイリーンたちの手厚い(少し過保護な)介護のおかげで、ようやく普段通り動けるまでに魔力を回復させることができた。
そして今、私の執務室には重苦しい緊張感が漂っている。
集まっているのは、私、ミリム、ウルティマ、アイリーンの四人。
部屋の中央に設置された水晶球が妖しく明滅し、遠く離れた《ある人物》との通信を繋ごうとしていた。
「……ねぇミリム。本当なら直接会いに行って話を聞きたかったんだけど、ダメだったのかな?」
私が尋ねると、ミリムは腕を組みながら真面目な顔で頷いた。
「うむ。ギィのいる場所は秘密なのだ。あやつは極北の地に城を構えておるのだが、理由なく他者を招き入れるような奴ではないからな。こうして通信に応じてくれただけでも珍しいのだぞ」
「なるほどね……さすがは最古の魔王、秘密主義ってわけか」
私が冷や汗を拭っていると、眩い赤光とともに通信が接続された。
水晶球の上に立体映像として浮かび上がったのは、燃えるような赤髪と黄金の瞳を持つ美貌の男
――
『やあ、アニス。魔素の枯渇からはもう立ち直れたみたいだな』
「っ……!?」
開口一番、ギィから発せられた言葉に私は絶句した。
(な、なんで私の魔素が枯渇していたことまで知ってる……!?)
ギィは優雅にワイングラスを傾けながら、不敵な笑みを深める。
『そう身構えるなよ。……まあ、お前たちがカリュブディス……いや、《ゲール》と名付けられたあの異形とやり合っていたことくらい、俺の耳に入らないわけがないだろう?』
「……末恐ろしい人だな、本当……」
私は思わず頬を伝う汗を拭った。
世界の裏も表もすべて見通しているかのような圧倒的な底知れなさに、心が不気味な圧迫感を覚える。
『くっくっ、褒め言葉として受け取っておこう。……さて、お前たちが俺に連絡してきた理由は分かっている。あの異形――ゲールの正体についてだろう?』
ギィの瞳から戯れの色が消え、絶対者の威厳に満ちた冷徹な光が宿る。
『ミリムから大体の話は聞いているだろうが……結論から言おう。あの存在は、世界のシステムから外れた理外のスキル――《偽神核(ギシンカク)》だ』
「偽神核……?」
私が聞き返すと、ギィは頷いた。
『そうだ。本来、自我を持つスキル……いわゆる
「持ち主のいないスキル……。だからあんな異質な力を持っていたんですか」
アイリーンが静かな声で問いかける。ギィは視線をアイリーンへと向け、話を続けた。
『遥か昔……まだ世界が始まって間もない頃にな。あのような歪んだ存在がいくつか生まれ、世界を破滅させようと暴れ回った。……故に、かつて星王竜ヴェルダナーヴァによって人格を破壊され、ただの意思を持たぬスキルとして世界の一部として還元されたはずだった』
ギィはワイングラスを置き、両手を組みながら私を真っ直ぐに見つめた。
『……だが、どういうわけか最近になって、その消えたはずの独特な気配が世界各地で復活し始めている。アニス、お前が引き当てたゲールはそのうちの一体に過ぎん』
「ちょっと待って……一言聞き捨てならないフレーズがあったんだけど」
私の背中に、嫌な汗が吹き出す。
「それって……ゲール以外にも、あの
『そういうことだ』
ギィは酷く冷徹に、そして確信を込めて警告を口にした。
『世界の法則を書き換え、あらゆるスキルを無力化する理外の脅威……
○
――何処でもない場所。
真っ暗な暗黒の塊のような空間でありながら、なぜか互いの姿だけはハッキリと認識できる不可思議な領域で、4人の人影が佇んでいた。
「
4人の中で最も凶悪で圧倒的な妖力を放つ、額に角を生やした青黒い髪の少年――ナイアが、退屈そうに口を開く。
「雑魚の肉体に入ってたのが悪いのよ。ホント運が無いわねぇ」
クスクスと不快な嘲笑を浮かべたのは、鮮血のような赤髪を揺らす少女だった。
身に纏う豪奢な赤いドレスには返り血がつき、その手にはまだ血が乾いていない巨大な大鎌が握られている。振り回される鎌の刃が、空間を切り裂くたびに生臭い鉄の匂いを撒き散らしていた。
少女は赤い舌を滑らせて唇を舐めると、ナイアへと甘だるい視線を向ける。
「それでナイアちゃん、アタクシっていつ大胆に動けるのー?」
「まだ早いな。気長に待て。それまでは、その辺のはぐれものなりを足がつかない程度に殺っていろ」
「はーい」
ナイアの素っ気ない返しに生返事をした少女は、ふと視線を横へと滑らせた。そこにいたのは、不機嫌そうに佇む金髪の少女だ。
「ところでぇ――そっちのお姉さんって悪魔なんでしょ? 死なないんだってね。……ねぇ、斬ってみてもいい?」
少女――クイーンの目が、暗い歓喜と殺意に細められる。
対する金髪の少女――カレラは、その挑発に鋭い眼光を向けた。
「あ? 貴様、私を舐めているのか?」
カレラの掌に、高密度の魔素が凝縮され、深淵の如き
「やる気? うふふ、やる気でいいのよね!?」
クイーンが大鎌を構え、互いの殺気が衝突して激突しようとしたその瞬間――
「クイーン、カレラ。やめろ」
ナイアの一言が落とされた。
短い言葉でありながら、空間そのものが氷結するような圧倒的な威圧。
「……ちぇーっ」
「チッ……」
クイーンはつまらなさそうに大鎌を引っ込め、カレラもまた掌の
「いやぁ、実に血気盛んですねぇ、ナイア様。この先が思いやられますよ」
その様子を眺めていた黒い神父服の初老の男性が、仮面のように薄っぺらな笑みを浮かべながらナイアへと声をかけた。
「仕方ないさ、神父。コレでも有能だからな」
ナイアは短く答えると、自身の胸元へとぬうっと手を伸ばした。
彼の皮膚はまるで底なしの液体のようになり、ズブズブと手が身体の中へと沈み込んでいく。そのまま胸の奥から静かに引き抜かれた手には、妖しく光る一つの水晶が握られていた。
ナイアが指先で撫でると、水晶の表面に映像が浮かび上がる。
そこに映し出されていたのは――アニスたちの拠点である、魔領ジスターヴの光景だった。
「もう少しだ……。もう少しだけ待とう」
映像の中のアニスを不気味な瞳で見つめながら、ナイアの口角が吊り上がる。
「その時こそ……オレたちの出番だからな」
ズズ……テケリ・リ……テケリ・リ……。
ナイアの身体の奥底から、理性を狂わせる不吉な異音が低く響き渡る。
それと同時に、暗闇の中に彼の薄く冷酷な笑みが浮かび上がっていった。