憑依したらクレイマンだった件 (転スラネタバレ注意)   作:謎のコーラX

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異聞異変狂想曲編
22話 大鬼族(オーガ)


謎の存在――ゲールとの死闘から、数百年という月日が流れた。

あの激動の日々が嘘だったかのように、我が領地ジスターヴは何事もなく平和で穏やかな時を刻み続けていた。

そして今日、私は自身の居城の応接間にて、一人静かに胸を躍らせていた。

 

(ついに……ついにこの時が来た!!)

 

そう、私が待ちに待った『転生したらスライムだった件』の物語が始まる時期、主人公であるスライム――リムル=テンペストがこの世界に降り立つであろう刻(とき)が訪れたのだ。

応接間のテーブルに置かれた水晶球を見つめ、バロールの権能を併用しながらジュラの大森林を注意深く観察する。

明らかに大森林全体の魔素の流れが変わり始めていた。この独特で密度の高い魔素の揺らぎ……間違いない。リムルが洞窟から解き放たれ、物語の歯車が動き出した証拠だ。

 

「ふふっ、長かったなぁ……」

 

これから始まるであろう怒涛の原作展開に思いを馳せ、私は柄にもなく少し浮足立っていた。

 

(そろそろオーガの里がオークの軍勢に襲われて、ベニマルたちが逃げてくる頃かな……?)

 

そんな期待を胸に、大森林の映像をさらに拡大して観察していた時のことだった。

 

「……ん?」

 

バロールの視界の端に、猛スピードで木々を押し切りながら走る『影』が捉えられた。

一角を生やした、鬼人(オーガ)の姿だ。

 

何かから必死に逃げているらしく、その表情には焦燥と悲壮感が滲み出ている。

 

(あ、やっぱり鬼人だ! ってことは、やっぱり裏でオークディザスターの軍勢が迫って――)

 

思考を巡らせかけた私は、追われる鬼人のすぐ後ろから迫る追手の姿を見て、言葉を失った。

 

(……は?)

 

追ってきた者。それは巨大な豚の怪物であるオークなどではなかった。

追われる者と同じ、角を生やした――同じ鬼人だったのだ。

 

「な、なんで鬼人が鬼人を追ってるんだ……!?」

 

思わず水晶球に顔を近づける。

よく見れば、逃げている鬼人の背中や腕には、鋭利な刃物……おそらく刀で突かれたと思われる凄惨な刺創が幾重にも刻まれており、痛々しく出血していた。

そして、それを追う鬼人の顔を注視して、私はぞっと冷や汗をかいた。

追う側の鬼人は、刀を持っておらず、切傷とは関係ないだろうが、瞳が赤く血走り、口から不気味な泡を撒き散らしながら、正気とは思えない狂乱の様相で鋭い爪を振り回していたのだ。まるで自我を失い、目の前の同族を殺すことだけに囚われているかのように。

 

(ゲールが出現した時点で、この世界の歴史が原作からズレ始めている覚悟はしていた……。でも、まさかオークじゃなくて鬼人同士が凄惨な殺し合いをしてるなんて……こんなの聞いてないぞ!?)

 

頭を抱えそうになるのを必死で抑え、冷静に思考を巡らせる。

目の前で起きている異常事態。今すぐにでも助けに入りたいところだが、魔王である私自身が直接ジュラの大森林に介入するのは、立場的にも政治的にも非常にマズい。

 

(私が直接動けば、他の魔王たちやギィに余計な勘繰りをされる……! ここは自分で行くんじゃなく、自由に動ける友に頼るのがベストだ!)

 

そう結論付けた私は、即座に意識を集中させ、信頼できる友へと向けて念話を飛ばした。

 

○

(姫様……若……どうか、ご無事で……!)

 

一人の大鬼族(オーガ)は、絶望の中で息を荒らげていた。

 

全身を苛む激痛と、刀傷から流れ続ける鮮血のせいで視界が霞む。

 

背後に迫る狂気の同族から必死に逃げていたが、不運にも足元の木根に足を取られ、派手に転倒してしまった。

 

「ガっ……クハッ……!」

 

立ち上がろうと腕に力を込めるが、既に限界を迎えた肉体は言うことを聞かない。

死を悟った彼は、最後の気力を振り絞って仰向けになり、迫り来る追っ手へと鋭い視線を向けた。

うめき声を上げながら追いすがってきた大鬼族(オーガ)の目は赤く血走り、口から泡を吹き散らしている。

 

そいつは完全に正気を失った顔で、容赦なく鋭い爪を振り上げた。

 

(ここまで、か……)

 

終わりを覚悟し、彼は静かに瞼を閉じた。

 

――ズドォォォォンッ!!!

 

数秒の静寂の後、耳を聾するような激しい打撃音が森林に響き渡った。

身を苛む衝撃は来ない。恐る恐る目を開くと、そこには――不気味な涙目が描かれた仮面をつけた少女が立っていた。

 

「やっほー! まだ生きてるよねー?」

 

緊迫した場にまるで不釣り合いな、軽薄で能天気な声。

困惑した大鬼族(オーガ)が掠れた声で問いかける。

 

「な、何者……だ……?」

 

「アタイ? アタイは涙目の道化(ティアドロップ)! アンタを助けた……っていうよりは、ちょっとアンタに聞きたいことがあって助けたんだよねー」

 

そう言いながら、ティアは吹き飛ばされた追っ手の大鬼族(オーガ)へと視線を向けた。

ティアの蹴りを喰らった追っ手は、首から上の頭部が完全に吹き飛んでいたのだが――その凄惨な断面から不気味な肉芽が蠢き、奇怪な音を立てて頭部を再生させ始めていた。

 

「ありゃ? 結構本気で蹴ったんだけどなー。大鬼族(オーガ)にしては異常に丈夫だねぇ」

 

頭部を異形な形で再生させ、再び咆哮を上げて襲いかかってくる追っ手を見つめ、ティアは小さく呟いた。

 

「うん……大当たりだね」

 

次の瞬間、追っ手の頭部が完全に再生しきったその刹那――ティアの姿が視界から消えた。

 

「ガ――!?」

 

目にも留まらない超高速の踏み込み。

すれ違いざま、ティアは小柄な身体からは想像もつかない凶悪な膂力で、追っ手の大鬼族(オーガ)の両腕と両足を、まるで腐った枝でも折るかのように一瞬で千切り取ってみせた。

 

「オオッ……グガァァッ!?」

 

四肢を失って地面に転がった追っ手が、再びおぞましい速度で肉体を再生させようとする。

だが、ティアはその動きを見逃さず、懐から取り出した特殊なお札のような術符を、再生しかけている手足の断面へと手際よく貼り付けた。

 

「はい、封印っと! これでおとなしくなるでしょ」

 

術符が貼られた途端、追っ手の異常な再生能力はピタリと停止した。

ティアは暴れる追っ手をひょいと持ち上げると、まるで米俵のように肩に担ぎ直す。

 

「それじゃあ、行こうか! ……あ、もしかしてアンタも運んであげたほうが良さそう?」

 

ティアは振り返り、地面に倒れたままの大鬼族(オーガ)に笑顔で問いかけた。

突如として現れた涙目の道化(ティアドロップ)という謎の存在。

そして、目の前で起きたあまりにも非現実的な戦闘。

満身創痍の大鬼族(オーガ)は思考が全く追いつかず、しかしどこか胸を撫で下ろすような安堵感に包まれ――そのまま静かに意識を手放したのだった。

 

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