モブウマ娘が一矢報いようとけっぱるお話。
タイトルはエクセルのIF関数です。

1 / 1
=IF(HorseGirl“W”=URA Champ,Graduation,April-Junior)

 

 

 

 

 

 意味がわからない。

 訳がわからない。

 どういうこと?

 

 どうして私はトレセン学園に居るの???

 いや違う。冷静に冷静に。もっと現状に相応しい言葉がある。

 どうして私は過去のトレセン学園にいるの???

 違う違う違う。これも違う。

 ああもうっ! 落ち着け落ち着け落ち着け。

 大丈夫、考える時間はある。なんのためにこうして日記に書いている?

 忘れないように、考えをまとめるために、落ち着くために。

 

 よし、まずは自己認識から始めよう。

 大丈夫、私は私。ちゃんと書けるはず。

 

 私の名前は?

 →ワガハドウ

 

 年齢は?

 →18歳

 

 ウマ娘としての経歴は?

 →15歳の時にジュニアとしてトレセン学園に入学。トゥインクルシリーズを走り抜けて18戦2勝。勝利は未勝利戦とオープン戦。やだ、私の戦歴ショボすぎ。書いてて悲しくなるわ。

 

 私を私と認める身体的特徴は?

 →小さい時にストーブで手の甲を火傷した跡が薄らと残っている。記憶と位置も形も一緒。よって私は私の身体である。

 一方で、トレセン学園に入学してデビュー戦で負けた時にバッサリ切ったはずの髪が腰までしっかりある。それに身体がまったく仕上がってない。

 

 結論、私は私である。ただし、身体はトレセン学園入学当初の私である。

 なんで???

 私の三年間どこいったの???

 

 いや、そうじゃないでしょ私。

 本当はわかってるじゃない、認めたくないだけでしょ?

 でももう無理だって。スマホの日付だって、ウマッターのニュースだって、検索エンジンで「今日は何日?」って調べたって、全部結果は同じじゃない。

 書いちゃお? 認めちゃお? そしたら一歩前に進むじゃない。

 

 …………うん。

 

 今日はジュニア期4月。

 清々しいくらいの青空が広がる、トレセン学園入学初日です。

 

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期4月前半 晴れ>

 

 改めて現状を確認しましょう。

 私、ワガハドウはどういうわけかタイムスリップしたようです。

 ……タイムスリップって、過去の自分と未来の自分が同時に存在しなかったっけ? だとすると、タイムスリップじゃないよねぇ。

 うーん、時間が巻き戻った?

 あー……うー…………やめた。考えても私じゃわからないだろうし、定義とかどうでもいいや。

 重要なのは、そう、私は過去に来たということ。「なんで」とか「どうして」とかはもう、この際考えない。私の賢さじゃ分かりっこないし……。

 原因に困ったときは三女神様に丸投げ。

 そう、これはきっと三女神様のお導きってやつなんだと思う。そういうことにしておこう。

 

 さて、じゃあこれからどうしようか?

 未来に戻る? どうやって?

 そもそも戻る意味はあるの?

 ……ない気がする。だって戻ってもガテン系への就職が待ってるだけでしょ。ウマ娘ってだけで採用決まったし、別に今から3年後でもよくない?

 そうよね、せっかくやり直せるだもの。今度こそURAで優勝……出場…………G1優勝………………せ、せめてG1出場で勝負服を着るくらいはしたいなぁ。

 だ、大丈夫。多分できる、きっとできる。

 だって身体は全くダメだけど、経験は残ってる。18戦した経験のアドバンテージは大きいはず。

 それに、トレーニングも効果が無かったものや少なかったもの、向いてなかったものを省けるから、前回より効率よく行える。

 あれ、こうして書いてたらやれそうな気がしてきた。

 よーし、まずは、「目指せ、デビュー戦勝利!!」だ。

 ワガハドウの覇道はここから始まるのよ!!

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期 4月後半 晴れ>

 

 怪我しました。

 誰よ、ワガハドウの覇道はここから始まるとか書いたの。一歩目にして(つまず)いてるじゃない。

 いや、うん……原因はわかってる。

 シンプルに「身体が付いてこれなかった」だけ。

 ほら、私ってばシニア期までしっかり駆け抜けた記憶が、経験があるじゃない?

 そのせいで身体が仕上がってないのに、身体が仕上がった走りをしちゃったの。

 一歩目の踏み出しでは筋力不足で身体が前に進まず、二歩目では体幹がブレブレで身体が傾き、三歩目では足を前に持ってくスピードが足らず中途半端な位置に下ろした。

 結果、盛大にすっ転んだ。そして筋を痛めた。

 幸い全治二週間ですんだけど、しばらくは練習禁止となってしまった。

 ……勉強しましょうか。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期 5月前半 曇り>

 

 今日、練習していいとお許しが出た。

 ようやく走れるとウキウキしてコースに向かったのだけど、なんとそこには、あのテイエムオペラオーがいた。私は絡まれるのを恐れて、回れ右。

 今日も勉強しました。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期 5月後半 晴れ>

 

 今日はコースで軽く流した。

 この二週間、毎日テイエムオペラオーがコースで練習していたのでまったく走れなかったが、どうやら今日から彼女はプールでトレーニングをするらしい。

 彼女と専属トレーナーが話しているのを、たまたま耳にした。

 しかし、彼女のトレーナーもいい目をしている。なんたって、彼女はURAファイナルズ優勝ウマ娘だから。

 っと、彼女のことばっか書いてもしょうがない。

 

 今日、改めてコースで流して、自分の仕上がりを確認した。

 予想屋に言わせると、スピードF、スタミナG、パワーFってところだと思う。怪我で休んでいた分、仕上がりが悪くなるかと思ったけど、効率的にトレーニングを積めた結果、前回とどっこいどっこいと行った感じ。

 根性と賢さ? それはまあ、腐ってもトゥインクルシリーズを駆け抜けた心と記憶を持ってるから、最後の出走時に予想屋が出してた根性D+と賢さEかな。

 あと、適正が芝中距離なのも変わってない。相変わらずダートは足を取られてうまく走れなかった。

 今日でだいぶ今の身体に慣れてきたけど、やっぱりまだ違和感はある。しばらくはコースを流して身体を慣らそうかな。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期6月前半 雨>

 

 今日はテストがあった。学業の方の。

 3年間の予習を済ませた私には簡単……とはいかない。だって毎回赤点ギリギリ(アウト)だったもの。でも今回は平均点が取れた。2回目の学園生活で1番成長を感じる。

 ……でも、ちょっと、いや、かなり大きな失敗をした。

 前と同じ感覚で赤点仲間だったドミナントパワーを煽ったら、ドミちゃんに嫌われた。めっちゃ凹む。

 それが許される仲だったのだけれど、それは前の話。今の私はそこまで彼女と友情を深めていなかった。それなのに、それを忘れて煽って──嫌われた。

 明日、謝ろう。ドミちゃんが好きなお菓子持って、ごめんなさいって。

 許してくれるかなぁ……。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期6月後半 晴れ>

 

 ユウウツだ。

 ドミちゃんに「許すけど友達にはなれない」とはっきり言われてしまった。

 ぁぁ……つら。今こそ三女神様に祈って時間を巻き戻したい。

 というか祈った。ダメだった。

 これからの三年間、私の隣にドミちゃんが居ないことが確定した。

 

 ……気を紛らわそう。

 私の手元には週末に行われるデビュー戦の出走表が届いている。

 いったい私の相手は誰なんだろう。誰が相手でも負けるつもりはないけど、当たりたくない相手というのもいる。

 さて、開封開封っと。

 

 ・

 ・

 ・

 

 知ってた。

 これが運命というやつなんでしょ。大変迷惑だから丁重にお断りしたいわ。

 ……はぁ。

 …………テイエムオペラオーがいた。

 前もいた。当然負けた。当たり前というか順当だった。

 だって仕上がりが一人だけ違ったもん。パドックで見ただけで、素人が見たってわかったはず。

 一番人気だったし。

 けど、今回は違う。勝つのは私だ。

 仕上がりは及ばないけど、3年分の経験は重い。

 というか、シニア期にジュニア期の子と走る感覚だから、これで負けたらちょっと恥ずかしい。

 いや、ダメダメ。そんな気持ちじゃダメ。

 テイエムオペラオーって、野良だけどジュニア期にシニア期の先輩と走って勝ってたじゃない。

 もっと気合入れないと、簡単に置いていかれちゃう。

 よし、打倒テイエムオペラオー!! もうレースまで一週間切ってるけど、それでも対策はできるはず。

 明日、ちょっとテイエムオペラオーの練習を覗いて仕上がりを確認しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ジュニア期 デビュー戦当日】

 京都レース場 芝 2000m 曇り 良 右・内回り

 

 梅雨の時期に行われるメイクデビュー。時期的に雨が多くターフは不良、または稍重になりがちですが、ここ数日は曇りはしても雨が降らず、今日を迎えました。

 空は快晴とは言い難いものの、雲の隙間から時折青空が覗かせます。予報では、天気が崩れる心配はないそうです。

 改めまして、こんにちは。本日の実況は私、田中と大林にてお送りいたします。大林さん、よろしくお願いします。

 

『はい、よろしくお願いします』

 

 大林さん、早速ですが今回のレース、どのようなところが焦点になるでしょうか?

 

『そうですね、大きくは二つになります。一つは4月から今日までの2ヶ月間でどれだけ身体を仕上げることができたかです。特にメイクデビューというのは、コーナーが上手いとか息を入れるタイミングが上手いとか、そういう技術的な差はほぼないので、シンプルに仕上がり具合が着順になる傾向にあります』

 

 なるほど。では大林さんは、今回出走の九名の中で一番仕上がっていると思うウマ娘は誰だと思いますか?

 

『2番のテイエムオペラオーですね。彼女が頭一つ飛び抜けています』

 

 テイエムオペラオー、他に圧倒的に差をつけて一番人気ですね。

 

『とはいえ、飛び抜けているのは頭一つ分です。二つ分は出ていませんので、まだまだ他の子にも勝機はあります』

 

 というと、どのようなところでしょうか?

 

『これが焦点の二つ目になるのですが、メイクデビューというのは、ウマ娘たちにとってトゥインクルシリーズの初戦になります。大勢の人たちの前で走るということだけで上がってしまう子が多くいますから、どれだけ普段どおりに走れるか、自分の力を十全に出せるかというのが大きなポイントになります』

 

 たしかにそうですね。パドックで姿を見せたとき、大勢の人に驚いていた子も見受けられました。

 

『その点で言えば、私は9番のワガハドウに注目しています。身体の仕上がりはテイエムオペラオーに比べると見劣りしていますが、まるでシニア期のウマ娘のような落ち着きがありましたから』

 

 そのワガハドウは5番人気です────っと、今スターターが出てきました。まもなくファンファーレです。

 

 

 今、グリーンのターフの上をウマ娘達がゲートに向かいます。バ場は良で風もなく、多くのウマ娘にとっては好走を期待できる条件となりました。

 最初にゲートに入ったのは三番人気のポリヒムニア。レースが楽しみでしょうがないという表情。一方、二番人気のミュシャレディはやや表情が硬いか?

 

『スタートで出遅れることが無いといいですが、少し心配ですね』

 

 そして堂々たる歩みでゲートに入ったのは、テイエムオペラオー。気合充分といった感じでしょうか、不敵な笑みを浮かべております。

 大林さんが注目していると言った9番ワガハドウですが──落ち着いていますね。見ていて安心感があります。

 

『雰囲気はやはりシニア期のウマ娘のようですね』

 

 さて、いま全員がゲートに入りました。各員スタートの体勢を取り────スタートしました。

 

『おっと、3番のロングキャラバンと6番のジップライナーがやや出遅れましたね。好スタートを切ったウマ娘たちから一バ身ほど離されましたが、二人は差しのようなので十分取り戻せる範囲です』

 

 1番クレセントエースと5番ミュシャレディが先頭を争っている。この二人が逃げのようです。

 

『かなりハナを激しく争っていますね、のっけからハイペースで、後半持つかが心配です』

 

 二人から2バ身、いや3バ身ほど後ろに3番手テイエムオペラオー。すぐ横にポリヒムニア、二人のすぐ後ろに9番ワガハドウ。この三人は先行のようです。

 ここで先頭は1コーナーから2コーナーへと、おっとここで先頭が決まった。ハナに立ったのはクレセントエースだ。

 

『内枠の利が生きた形になりましたね。ですが、まだミュシャレディも諦めた様子はないので、コーナーを抜けた後、直線でまたハナを狙いに行くかもしれません』

 

 二人から3バ身離れてテイエムオペラオー、ポリヒムニア、ワガハドウ。ここは先と変わった様子はありません。そこから6、7バ身離れて7番ヤッピーラッキー、その外を4番レプリケーション、その内6番ジップライナー、その後方に3番ロングキャラバンが付いています。

 先頭からシンガリまでは12、13バ身といったところでしょうか。

 あ、今、ミュシャレディがハナを取りに行きました! クレセントエース、これを防ぐように内を並走しています!

 

『また一段とハイペースになりましたね。後続をどんどん離して行ってますよ』

 

 ここでテイエムオペラオー、先頭二人に離されまいと先行集団から飛び出した。それに続いてポリヒムニアもペースを上げる。ワガハドウも、いや、ワガハドウは追っていない。ペースを維持している。

 

『やはり冷静ですね。先頭二人のペースが掛かってのモノと分かってはいても、実際に離されていくと焦るものなのですが、落ち着いて自分のペースで走れています。彼女から後ろの差し集団も、彼女のペースを基準にしたようで、こちらもペースは変わってませんね』

 

 さあ先頭は3コーナーに入った。先頭変わらずクレセントエース。それをミュシャレディが外から抜こうとしているが少し苦しいか。

 その後ろ、一時は5バ身まで空いたのを3バ身まで詰めてきたテイエムオペラオー。後方にポリヒムニア。そこからさらに3バ身開いてワガハドウが続いております。

 

『ここで一息入れないとラストが厳しいですが、ペースが落ちてませんね。先頭二人が掛かりっぱなしです』

 

 いま先頭が4コーナーを進んで直線へと向かいました。ここがスパート地点、さあレースが動きます。

 先頭はクレセントエースとミュシャレディ、その差はごく僅か。その後方、テイエムオペラオーがぐんぐん上がってきた! 1バ身差までテイエムオペラオーが迫る!

 

 残り400、先頭二人は逃げ切れるか!?

 いや、もう躱した! 外から二人をかわし先頭に立ったのはテイエムオペラオー! 先頭を走っていた二人はどんどん落ちていっている、やはりスタミナが持たなかったか!?

 

 残り300、テイエムオペラオーに二番手ポリヒムニアが追いすがるがその差は少しずつ開いている!

 このまま行けるかテイエムオペラオー!? 一番の仕上がりを見せたその身体で先頭を走る!

 

 だが、しかし! ここで来たぞワガハドウ! 冷静に貯めていた足で、内から内から上がってきた!

 ポリヒムニアを抜き、テイエムオペラオーに迫る!

 

 栄光まで残り200! 伸びる伸びるワガハドウ! テイエムオペラオーとの差は1バ身、これは勝負がわからなくなってきた!

 テイエムオペラオーここで迫るワガハドウに気がついてさらに踏み込む! だが、逃げの二人を追ってスタミナを消費したか伸びが悪いぞ!

 

 残り100を切った! どうだ、どうだ、並んだか!? 並んでワガハドウ僅かに前に、いや、テイエムオペラオーの維持が光る!

 離されない、並んだまま、並んだままで今ゴールイン!!

 

『いやぁ、素晴しいレースでしたね』

 

 先に三着四着五着が電光掲示板に出ました。三着は後方から上がってきましたヤッピーラッキー、四着にレプリケーション。この二人はワガハドウに合わせてスパートをかけまして、それがしっかりと生きた形です。

 五着はポリヒムニア。一着は写真判定が行われています。それにしても大林さん、手に汗握るレースとなりましたね。

 

『そうですね、順当にいけばテイエムオペラオーが勝つと見込まれていたレースですが、序盤から掛かり気味の先頭二人に釣られてペースを上げてしまったので、最後の伸びが今ひとつになってしまいましたね。

 その点、ワガハドウはかなり冷静で釣られることなく、最後の直線で仕掛けに行って、地力で勝るテイエムオペラオーに食らいつきました。メイクデビューであそこまで冷静にレース運びができるウマ娘は、そうはいませんから、これからが楽しみです』

 

 私もそう思います。あ、結果が出ました! 一着はワガハドウ、二着がテイエムオペラオーです! その差は6センチ!

 素晴らしい大接戦です!!

 

『負けたテイエムオペラオーがワガハドウに何か言ってますね、ライバル宣言でしょうか?』

 

 ここからだとわかりませんね。しかし二人はこれから3年間、素晴らしいレースを見せてくれるでしょう。次に二人が競うのが何時になるか、今から楽しみです。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期7月前半 雨>

 

 という夢を見たのでした。ちゃんちゃん。

 …………はい、負けました。

 勝った夢を見たから、幸先いいやと思い。夢の通りに先頭二人が掛かったから、これこそ三女神様のお告げと思って。

 でもやっぱり現実は違ったわ。

 最後、テイエムオペラオーはしっかり伸びた。掛かった先頭を追ったにも関わらず、まだまだ力を残していた。

 なんだろう、普段よりめちゃくちゃ肌が綺麗だったし、たぶん絶好調だったのかもしれない。

 普段通りの彼女だったら、もしかしたら夢に見た通りに並べたかもしれないけれど。

 結果は、振り返ることすらなかった。ライバルなんてなれやしない。今回もテイエムオペラオーの瞳に私は映ってない。

 そうね、例えば今からテイエムオペラオーに会いに行ったら、きっとキザなセリフと共に「初めまして」って言うに決まってる。

 ……あーぁ、やっぱテイエムオペラオーはすごいわね。流石、未来のURA優勝ウマ娘。

 身体だけじゃなくて、調子も仕上げてくるんだもの。

 いったい、どういうトレーニングをしたらああなれるんだろう。私も専属トレーナーが付いたら、ああなれるのかしら?

 底辺ウマ娘をいっぱい抱えて、出走手続きをしてもらえるだけありがたいってわかってるんだけど、あれを見せられるとやっぱり無い物ねだりしちゃうわよね。

 ふって湧いたりしないかな、専属トレーナー。

 

 親方ぁ! 空から専属トレーナーがッ!!

 水35ℓ、炭素20㎏、アンモニア4ℓ、石灰1.5㎏……あとなんだっけ?

 

 ……気は紛れるけど、あほらしいわね。

 そんなことより、次の未勝利戦をいつにするかとかでも考えよっと。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期7月後半 晴れ>

 

 夏が本格的に始まった。()だるように暑い。

 おかげでプールは大人気、あと室内のジムルームも。予約がいっぱいで、全然取れやしない。

 一方不人気なのは体育館。空調が無いし風も抜けないしでサウナみたいになってる。その上できるトレーニングといえばスクワットみたいな筋トレくらいだから、誰も使ってない。

 訂正、私しか使っていない。

 いや私だってコースで走りたいけど、テイエムオペラオーが使ってるんだもの。じゃあ坂路でもと思ってダートコースにも行ったけど、そっちはドミちゃんが使ってて……あれから気まずくて一言も話してないのに、一緒に走るとか無理。

 というわけで、ひとり寂しく体育館で筋トレしたりダンスの練習したり、飽きたらボールで遊んだりして。最後に雑巾がけで落とした汗をきれいに掃除して、一日を終えるのでした。まる。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期8月前半 晴れ>

 

 夏休みに入って朝から晩まで練習できるのはすごく嬉しい。でもそれは、このトレセン学園の生徒全員が同じわけで。

 コースがめっちゃ混んでる。

 もちろん全員が四六時中練習しているわけじゃないから、空いているときというのはあるんだけど。それでも混んでいないというだけ。

 原因の一端は『優先権』だと思う。

 もちろん本当に優先権があるわけじゃない。プールとかと違ってコースを使うのに予約は必要ないから、誰でもいつでも使える。

 でも、さぁ。

 シンボリルドルフ会長が走ってる横で走る気になる? 恐れ多くてなれないでしょ。

 そう、結局はスターウマ娘たちが練習している横で底辺ウマ娘たちは練習する気になれないから、実質スターウマ娘たちが練習場の優先権を持っているわけ。

 そうするとしわ寄せが他の時間にやってきて、コースはこみこみと。

 なので今日はお出かけして、学園の外で練習できそうな所を探してきた。

 実は前回も同じようなことになって、それで公道を永遠走っていた。結果としてスタミナが付いたのはよかったけど、アスファルトを走る感覚に慣れすぎて、しばらく芝で走った時のタイムが悪くなった。

 今回はそうならないよう、よさげの場所を見つけてきた。

 走って30分ほどのところに山……山と丘の差ってなんだっけ? まあいいや、山があって、その上に神社がある。古びた神社で、誰も参拝客が居ない。

 この参道が、なかなか良い坂道をしていて、坂路の代わりに打ってつけだと思う。

 明日からしばらくは、あそこで練習しようかな。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期8月後半 晴れ>

 

 未勝利戦で勝った。

 やっぱりレース慣れしてるっていうのは、かなり武器になる。しっかり周りを見て自分の位置を把握して、仕掛けるところで仕掛けるだけで勝てた。

 ……だけって言ったけど、私ができるようになったのはシニア期だし、いまそれを求めるのは酷だと思う。うん、やっぱりとんでもなくズルだよね。

 ま、ズルしてもテイエムオペラオーに勝てないんですけど!

 ぐぬぬ…………いや、止めよう。今日くらい、勝った喜びに浸りましょ。

『未勝利戦勝利、目標達成!!』

 イエーイ!!

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期9月前半 晴れ>

 

 夏休み明け一発目でテストがあった。

 今回も平均点を取れた。ドミちゃんはどうやら赤点'ズみたい。

 私が居ない赤点'ズ。私が居なくても楽しそうで、あそこに私の居場所は無いのがつらい。

 居なくても良かったんだってわかるのがつらい。

 今日もひとり、屋上でもそもそ惣菜パンを食べた。まだまだ残暑が厳しくて、屋上は不人気みたいだから。

 もうしばらくは屋上で食べることにしよう。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期9月後半 曇り>

 

 そろそろ次のレースを決めないといけないと思う。

 目標のG1に出場するには、出走条件を満たさないといけない。言ってしまえば、レースの実績。

 年末にあるG1、ホープフルステークスに出るには最低でもオープン戦以上で一着。プレオープン戦なら一着を二回くらい必要で、それくらい実績がないと書類選考で落とされる。出たい子はいっぱいいるもん。

 レースで勝負勘を養う必要は無いから、出るならオープン戦一回でいいかな。

 ……あ、芙蓉(ふよう)ステークスの申し込み終わっちゃってる。

 となると、今から申し込めるのは……G3の京都ジュニアステークス? ハイ却下ー。テイエムオペラオーが出るって公言してるのに出るわけないでしょ。

 それ以外……中距離だと無いわね。プレオープン、二回にしますかぁ。

 取り敢えず、一個は京都ジュニアステークスの裏でやってる葉牡丹賞でしょ。テイエムオペラオーと当たらないし。

 エリカ賞は、うーん。

 11月後半葉牡丹賞、12月前半エリカ賞、12月後半ホープフルステークスと立て続けにレースは、ねぇ?

 絶対疲労で続かないと思う。

 …………決めた、10月前半の紫菊賞に出よう。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期10月前半 曇り>

 

 いよいよ明日は紫菊賞。

 出走表では目立った名前も無いし、多分行けると思う。油断は禁物だけど。

 余裕を持って京都には前日入りしたし、目覚ましもセットした。

 今日は後は寝るだけ。

 いい夢見れるといいな。←いい夢見て負けたんだから見ないほうがいいのでは?

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期10月後半 雨>

 

 ……負けた。

 レースの終盤、直線残り200で先頭に立ったのに、中段からジワジワ上がってきた乳袋もといメイショウドトウに差し切られた。

 あれは勝てないわ。

 私も結構ある方だと思ってたけど、あんなの反則でしょ。横に並ばれたとき思わず見ちゃったもの。

 絶対夏とか大変そう。こまめに下拭いておかないと汗疹出来ると思う。

 違う違う、話がそれた。

 誰よ、目立った名前が無いって書いたの! メイショウドトウってG1ウマ娘(予定)じゃない!

 そりゃぁテレビで見たときよりはキレが無かったけど、思いっきり片鱗出てるじゃない。

 さらばホープフルステークス、憧れのG1よ…………いや、エリカ賞の三連レースがワンチャン……体力持つかなぁ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期11月前半 晴れ>

 

 百日草特別に出た。

 勝った。

 レース連発は疲れた。

 寝る。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期11月後半 雨>

 

 結局、ホープフルステークスを諦めきれなかったので、11月前半の百日草特別と12月前半のエリカ賞を狙うことにした。

 百日草特別は前に書いたように、まあなんとか勝てた。でも疲労がやばい。

 私じゃレースは2連チャンが限度だと身にしみた。葉牡丹、エリカ、ホープフルSの3連チャンは絶対無理。

 百日草特別を思い出してよかった。じゃなきゃ無理して怪我してたかもしれない。

 今日もトレーニングは流す程度にして、しっかり休んでエリカ賞に備えるとしますか。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期12月前半 雨>

 

 ぎ、ぎりぎり勝ったぁ。

 もーむり、だめ。

 東京に帰るのはあしたにしょぅ。

 へ、ふへへ、これでほーぷふるでれる。

 やればできるじゃんわたしぃ。

 …ー…〜、でぃー

 ねる。

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期12月後半 晴れ>

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■、■■、■■■!!

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■、■■■■■!!

 ■■! ■■!! ■■■!!!

 ■■■■■■■■■■!!!!

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 ■■■■!!

 ■■■!!

 ■■!!

 

 ■■■■■■■■■っ!!!!!

 

 

 

 ……これを書いた私はどうかしていた。正直、今もまだ燻ってるけど、それでもようやく頭の血が降りてきたと思う。

 少なくとも、ここに書いたことが間違ってるとは思うくらいには冷静になった。とりあえず、黒塗りで消しておいた。

 消しゴムで消したくない。だって書いたことは本心だもん。

 でもお門違いってわかるから、だから黒塗り。

 

 トレーナーがホープフルステークスの出走手続きをしてくれなかった。

 ↑まだ恨み節。正しいのはトレーナー。

 

 トレーナーからドクターストップがかかった。ドクターじゃないけど。

 あれ? ウマ娘生体科学の博士号もってるって言ってたからドクターじゃん。間違ってるけど合ってるか。

 まあとにかく、身体が耐えられないから絶対ダメと言われてしまった。

 三連チャンでレースにならないよう間に休みを入れたけど、休息がまったく足りてないと。

 トレーナー曰く、

 

「ワガハドウ君の、まったく垂れを見せない根性は素晴らしい。だが、根性あるせいで限界以上に身体を酷使できてしまうのは頂けない。ホープフルステークスに出てその根性を発揮したら、身体が耐え切れずに再起不能になる。君のトレーナーとして断固として出走は認めない」

 

 と、まあそういうわけで。

 大喧嘩ですわ。

 だってG1を夢見てここまで頑張ってきたんだもん。はいそうですかって、諦められるわけないでしょ。

 大荒れも大荒れよ。

 かなりひどいこと言ったし、トレーナーさんの机が真っ二つになったし、この日記にも罵詈雑言あることないこと書きなぐった。

 ハゲは本当だけど。←そういうこと書かないの、昨日の私!

 けど、結局はトレーナーの言う通りにした。三年+αの付き合いだから、トレーナーの方が正しいってのはわかるし、私を思ってのことってのもわかる。

 納得はしてないけど。

 

 ……出たかったなぁ

 

 

 

 

<クラシック期1月前半 雪>

 

 あけましておめでとうございます。

 初詣はあのボロっちい神社でやってきた。大晦日に丸一日かけて掃除しておいたので、ボロっちくても汚くはない。

 けど、神主も巫女さんもいなければ、おみくじもお参り客もいない神社。閑古鳥と北風が鳴いていた。

 半日神社で参拝客を待ってみたけどホント、誰も来なかった。私が掃除したんだよって、ちょっと自慢したかったのに……。

 一方、ちょうど学園を挟んで反対側にある神社は盛況だったらしい。夕飯の時間におみくじを見せ合いっこしていた子たちがいた。

 おみくじって木に結んで帰るんじゃなかったっけ? 運気が伸びますように、あるいは凶を置いて帰るって感じで。

 まあいいか。私、神道じゃなくて浄土宗だし。

 自覚ないけど。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期1月後半 晴れ>

 

 ようやくレースに出るお許しが出た。

 疲労はしっかりと抜けて、体力全快って感じ。

 トレーナーにはホープフルステークスを回避する代わりに、4月にあるG1皐月賞には出走手続きをしてもらえる約束を取り付けた。でも皐月賞に出るには実績が足りない。

 プレオープンで二勝してるから、あと一勝あればいいんだけど、中距離は2月後半のOP(オープン)すみれステークス、3月前半のG2弥生賞、3月後半のOP若葉ステークスの三つしかない。若駒ステークスの締切はもう過ぎた。

 あと一日早ければ申し込みに間にあ……もしやトレーナー、わざと?

 ありえる。ぐぬぬ……策士め。

 

 はぁ、もういいわ。とにかくレースを決めないと。

 一番日程的に楽なすみれステークスは2200mなのよね。たかが200m、されど200m。2000mに慣れた身体だと、もうひと踏ん張りがなかなかキツイ。

 弥生賞はG2だから、そもそも勝てるか不安。場所もコースも距離も皐月賞と同じだから、皐月賞の前哨戦として有力ウマ娘が出走する。多分、テイエムオペラオーとメイショウドトウも出てくると思う。あと、ビワハヤヒデも。

 勝てなくても入着すれば皐月賞の出走条件満たせるかもしれないけど、全然確実じゃない。

 若葉ステークスは言わずもがな、レースが連チャンになって体力的に厳しい。

 うーん、悩む。

 …………トレーナーに相談、してみますかぁ。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期2月前半 晴れ>

 

 すみれステークスに出ることにした。

 トレーナーに「君なら+200くらい根性で走り切ると思うよ?」と言われてしまった。

 私、ベストマッチの2000mから少しでもズレると、ガクンと適正下がるんですけど……。

 けど、トレーナーの言うことだし、出てみますか。

 

 私の「レース経験が豊富」って武器は、みんなの経験が浅いことに付け込んでるだけだから、レース経験が豊富になるクラシック期の終わりには効かなくなる。

 多分、ちゃんと武器として通じるのは皐月賞までだから、それまでに勝利数を稼げるだけ稼いでおかなきゃ。

 

 でもそれはそれとして、皐月賞の対策、というよりもテイエムオペラオーの対策を立てなきゃいけない。

 同時にやらなきゃいけないのが、底辺ウマ娘の辛いところよね。ま、とっくに覚悟済みだけど。

 というわけで、今日はさっそく彼女が出走したレースの動画を集め、何度も何度も観返した。

 明日は彼女の練習を覗きに行こうっと。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期2月後半 雨>

 

 勝った!

 出走条件クリア!!

 さあ帰ってテイエムオペラオーの対策よ!!

 今度は文句言わせないぞ、あの■■ッ!!

 

 ↑テンション上がったからといっても、流石にそれはダメ。

  頭ダートくらいにしておきなさいよ、昨日の私。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期3月前半 曇り>

 

 画面の見過ぎでシパシパする目をこすりながら、弥生賞を見に行った。

 もちろんテイエムオペラオーが出るから。

 パドックで彼女が出てきたとき歓声が上がった。

 そしてレースでも歓声が上がった。

 もちろん、一番人気で一着。ウィニングライブも大盛況。

 他にも有力なウマ娘が出ていたのに、テイエムオペラオーの引き立て役にしかなってなかった。なれなかった。

 やっぱり彼女はすごい。テイエムオペラオーこそ、我が覇道を行くウマ娘だ。

 ……でも、レースを見て確信した。

 

 そんな彼女も、クラシック期のウマ娘だってこと。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期3月後半 晴れ>

 

 テイエムオペラオーのもっとも驚異なところは、最終コーナーでの加速力。

 一気に逃げウマ娘との差を縮めて前の方で競り合えるようにして、コーナーを抜けた直線200mで差し、残りの直線で千切るのが今の彼女のレース運び。

 けどその加速力がテイエムオペラオーの武器になったのは、ホープフルステークスからと日が浅い。

 それに加えて、弥生賞で彼女は新しい武器を見せた。それまで身体の仕上がりが他のウマ娘より良い事をあてにして先行集団の先頭走っていたのに、弥生賞では先行集団の2番手に付けるということをした。

 前を走るウマ娘の真後ろに入ることで風の影響を受けなくする、スリップストリームによる体力温存を覚えたみたい。そのおかげだと思う、あのレースでは最終直線で一人抜け出したあと、まったく垂れなかった。

 自分でも意外だったのか、ゴール後に驚いた顔をしていた。

 弥生賞でスリップストリームの有用性を理解したからには、絶対皐月賞でも使ってくる。体力が有り余った状態のテイエムオペラオーなんて抜くどころか追いつけもしない。

 

 だから、抜け出す前に叩く。

 

 今までのレースで、テイエムオペラオーは囲まれたことがなかった。

 だって彼女は、先行集団の先頭を走るスタイルだったから。

 逃げのウマ娘との距離だけを見て、レースを走っていた。

 そのテイエムオペラオーが、スリップストリームのために後ろに付く?

 

 全力でブロックでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【クラシック期 G1皐月賞】

 中山レース場 芝 2000m 晴れ 稍重 右・内回り

 

 クラシック三冠の初戦は天候に恵まれ、綺麗な青空が広がっています。しかし、ターフは昨日の雨の影響から抜け切れず稍重となりました。

 こんにちは、全国1億3000万人のウマ娘ファンの皆様。本日の実況は私、佐々木。解説は島野でお送りします。

 

『よろしくお願いします』

 

 クラシック三冠の初戦、皐月賞は18人のウマ娘で争われます。みな気合入った様子でゲートへと向かい始めました。

 3番人気は3番アイネスフウジン。悠々とゲートへと入ります。今回もこの子の逃げがレースを引っ張ることでしょう。

 2番人気は16番のアドマイヤベガ。

 

『後方からの追い上げが得意な子です。パドックで見る限る調子が良さそうでした。彼女がどこで仕掛けるのか、注目ですね』

 

 そして1番人気はテイエムオペラオー。クラシック三冠を制する覇王の伝説が始まるのか、注目の一戦です。

 

『抜群の仕上がりですね。前哨戦の弥生賞では2着と6バ身差となるレースを見せてくれました。この皐月賞も魅せるレースをしてくれるのか、期待しましょう』

 

 さあ全ウマ娘がゲートイン完了────スタートしました!

 最初に飛び出したのはやはりアイネスフウジン。続いて11番ローズブーケトス、5番スカンダ、7番ショファーリズム。好スタートを切ったアイネスフウジンが僅かに抜け出しているか? いや、ショファーリズムが外から抜いて先頭に立った。

 3,5,7,11番の4人が逃げ集団を形成して先頭を行く。そこから1バ身離れて13番チョークポイント、後方に2番テイエムオペラオー、その外18番モイストアイズ、少し後方に1番サンドコマンド、17番ワガハドウ、10番ビワハヤヒデ。ここまでが先行の集団。

 そこから1バ身は離れていないか? 8番ミニパンジー、12番ホットダンス、その後方は9番シンプトンダッシュ、14番ジュエルルビー、15番フリルドラムと続く。

 レースは2コーナーを回って直線に入ったところ。先頭からシンガリまで9バ身あるかないか、すこし詰まり気味か?

 

『ハナに立ったショファーリズムのペースが遅めですね。そのせいで間延びせず、詰まった形になりました。3,5,11番が先頭を取ろうとしないところを見ると、このままのペースが続きそうですね。溜めた足をどこで仕掛けるかが鍵となりそうです』

 

 おっとここでサンドコマンドが上がってきた。その後ろピタリと付いてワガハドウも上がっ、いや下がった。サンドコマンドがテイエムオペラオーの外に付くが、ワガハドウは一旦下がる。

 そして今度はビワハヤヒデの後ろに付いて、ビワハヤヒデが急かされるように前に行く。

 中段は目まぐるしく順位が入れ替わっているぞ。

 

『これは、ワガハドウがプレッシャーを与えて相手を移動させてますね。何か狙ってるようですが……』

 

 先頭は3コーナーに入った。先頭変わらず7番ショファーリズム。

 続いて3番5番11番。1バ身離れて先行集団6人、そのすぐ後ろには差しの5人に加えて16番のアドマイヤベガが少し上がってきたか。

 4番グリンタンニと6番オータムマウンテンが最後尾につけている。

 さあ4コーナーにさしかかった。1番人気のテイエムオペラオー、ここから直線での抜け出しに向けて好位置につけたいところだが──これは、囲まれていて抜け出せないか?

 突破口を探してるように見えるが、前も横も後ろもかなり詰まっている!

 

『先行集団の外を行くワガハドウが横から圧をかけて、コーナーで膨らまないよう集団をコントロールしてますね。テイエムオペラオー、ここから抜け出すのは至難の業ですよ』

 

 先頭は直線に入ってスパートが入る!

 アイネスフウジン、ショファーリズムの激しい先頭争い! 続くローズブーケトス、5番スカンダはややスパートが遅かったか?

 そして先行集団からはワガハドウが飛び出した! テイエムオペラオーも続こうとするが、やはり詰まっていて抜け出せない!

 先頭はアイネスフウジン! ショファーリズムも食らいつくがその差はじわじわと開いている!

 

 残り300! アイネスフウジン、ローズブーケトス、続くスカンダとショファーリズムと外から外からワガハドウ!

 いや抜いて三番手に付いたぞワガハドウ! ぐんぐん上がってくる! 中盤で目まぐるしく位置を変えていたが体力は持つのか?

 

 さあ残りは200を切ったぞ。アイネスフウジンこのまま逃げ切れるのか!? 迫るワガハドウはローズブーケトスも抜いて残り1バ身もない! 必死の逃げを見せるアイネスフウジンにワガハドウの影が迫る!

 ワガハドウだけじゃない! 後方から後方からアドマイヤベガが上がってきた! 凄まじい末脚! 前にいた集団をなで斬りにして、すでに三番手につけている!

 ワガハドウ、ワガハドウがいまアイネスフウジンを抜いた! アイネスフウジン、歯を食いしばって追いすがるが苦しい!

 

 残り100! アドマイヤベガ、アドマイヤベガがアイネスフウジンを切った! 後はワガハドウだけだが間に合うか!?

 逃げ切るかワガハドウ!? 根性で、根性で先頭を突き進む! 

 ゴールは目と鼻の先だがすぐ横にはアドマイヤベガ!

 どっちだ!? どっちだ!?

 今二人揃ってゴールイン!! 続いてアイネスフウジン!

 

 勝ったのは、勝ったのはどっちだ? 

 ──出ました! ハナ差、ハナ差で勝ったのは17番ワガハドウ!!

 まさかまさかの下克上! 大方の予想を破って、13番人気のワガハドウが、クラシックの冠を戴きました!!

 

 

 

 

 

 

 

 

<クラシック期4月後半 雨>

 

 って、なればよかったんだけどね。

 どうせならウィニングライブもしてから覚めたかった。

 ……ええ、夢でしたよ。

 現実は、そうね。テイエムオペラオーを囲むところまではよかったわ。

 周りのウマ娘たちを経験が浅いことに突いてプレッシャーで動かして。

 煽ったら素直に前に行く今だからできることよね。シニアじゃ絶対通じない。

 そうやって実質5人でテイエムオペラオーをマークする形を作って抜け出せないようにして。自分は大外から抜け出した。

 最終コーナーでは間違いなくテイエムオペラオーをバ群に沈めた。差し集団にも飲まれて、あそこから抜け出すなんてありえないってくらいだった。

 

 なのに、なのに。

 残り100。

 私はテイエムオペラオーの背中を見た。

 アドマイヤベガの背中を見た。

 ビワハヤヒデの背中を見た。

 

 あとでレースを見返して、わかった。

 コーナーを抜け切った400過ぎで僅かに、ほんの僅かに前を走るチョークポイントがヨレた。その隙間をテイエムオペラオーがぶち抜いて、それにビワハヤヒデが続いた。テイエムオペラオーをマークしてたアドマイヤベガは、夢とは違って遅れず出てきた。

 とんでもない抜け出し。あれこそ天性の才。

 有記念で見せるはずの、覇王最大の武器。

 

 どーして今、覚醒しちゃうのかなぁ。年末まで待って欲しかった。

 

 目標のG1出走どころか、G1勝利まで手がかかってたのに。

 ……ッ。

 どうして、

 いま、なのよ……ッ!

 

『G1出走達成!!』

 

 ッ、喜べるわけないじゃないッ!!

 

 ぅぁ─~…~~ッ

 

 

 

 

 

 

<クラシック期5月前半 曇り>

 

 ……書きにくい。

 涙でページがしわくちゃになってて書きにくい。

 それが、かなり……惨めになる。

 四年もトゥインクルシリーズに出ていながら、一年のテイエムオペラオーに惨敗。

 経験も根性も、才能の前には紙くず同然ってわけ?

 いやになる。

 嫌になる。

 ホント、嫌になる。

 掲示板を外さないことがなんになるっていうのよ。

 そんなことよりも私は、一着が欲しい。

 ううん、違う。私が欲しいのは一着じゃない。

 テイエムオペラオーに勝ちたい。

 たった一度でいい。G1じゃなくたっていい。野良レースだって構わ……それは記録に残らないからダメ。公式のレースならなんでもいい。

 たった一度、黒星を付けたい。

 私の名に掛けて、彼女の覇道を阻む。

 

 それが私の────プライドよ。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期5月後半 晴れ>

 

 なーにが「プライド」よ!

 深夜に書くものじゃないわね、恥ずかしくてしょうがない。

 第一、これからのテイエムオペラオーはもう、G1以外出てこない。公式レースで黒星付けたかったら、まず私もG1に出れるようにならないといけないのよ?

 皐月賞までは出走条件が緩いから出れたけど、ここから先のG1の出走条件はめちゃくちゃハードル高いのよ?

 土俵にも立ってないじゃない、私。

 

 日本ダービー?

 (ヾノ・∀・`)ムリムリ。ゲートが間違って1m後ろにずれたら長距離になるのよ? 走りきれるわけないじゃない。

 ……自分で書いててなんだけど、この顔文字ムカつくわね。

 

 なんにせよ、当面の目標は『G1出走条件の達成』ね。

 オープンだけだと10勝くらいいるのよね……。全勝なんて土台無理な話だし、その倍は……倍はいらないかも。でも、かなり計画的にレースを組まなくちゃ。

 

 よーし、目指せ『G1出走条件の達成』っ!!

 

 

 

 

 

 

<クラシック期6月前半 晴れ>

 

 スレイプニルステークスに出ることにした。

 G3の鳴尾記念とマーメイドステークスもあるけど、そっちはシニア級がガンガン出るからやめた。レース運びじゃ負けてないと思うけど、仕上がりが間違いなく負けてる。ともすれば、テイエムオペラオーと競うよりも厳しい。

 それだけ一年の差は大きい。

 だから重賞と比べてまだシニアが少ないOPのスレイプニルステークスに出る。

 少しずつ、少しずつ、確実に。出走条件を満たすために。

 

 ところで、スレイプニルってなんだっけ?

 どこかの神話のウマ娘だった気がするけど……うーん。

 ・

 ・

 ・

 スレイプニルステークスってダートじゃん。

 あっぶなー。トレーナーに指摘されなかったら勘違いしたままだったわ。

 走る気満々で調整してたから、出ないのもなんだしマーメイドステークスに変更してもらった。勝てないだろうけど良い経験になるし、G1の出走条件満たすにもなるしね。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期6月後半 雨>

 

 マーメイドでドミちゃんと当たった。

 案の定、ドミちゃんは最下位だった。

 私は、うん、4着。シニア級混じる中でも掲示板を取れたのはかなり良いと思う。

 でも、またドミちゃんと喧嘩になっちゃった。

 私が悪い。「なんでここにいるの?」はないわよね。すぐ訂正しようと思ったけど、ドミちゃんは泣きながら走り去っちゃって。

 ……あとを追えなかった。ドミちゃんにあんな目で見られたのは、初めてだった。

 

 言い訳させてもらうなら、悪気は無かった。

 ドミちゃんの適性は、圧倒的に短距離。中距離のレースに出てることが変で、だから「なんで?」って聞きたかっただけ……だったんだけど。

 

 喧嘩って書いたけど、喧嘩ですらないわね。

 多分、もう、ドミちゃんとは顔を合わせない方がいい。

 会うたび傷つけてるんだもの。友人失格。

 適正のことは、そうね、ドミちゃんのチームのトレーナーに言っておこう。 

 

 ……私のバカ。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期7月前半 曇り>

 

 マーメイドステークスの時に出ていた予想屋の評価を集めた。

 三人の予想屋と、トレーナーの評価、それから自己評価を合わせると、今の私はこんな感じ。

 

 スピード E+

 スタミナ F+

 パワー  E

 根性   C

 賢さ   D

 

 前回より間違いなく仕上がりが良い。効率的にトレーニングを詰めてるおかげね。

 でもこれじゃテイエムオペラオーに届かない。

 一番のネックはスピードが足りないこと。スタミナは根性で、パワーはレース運びでカバーできるけど、スピードはどうしようもない。

 このままだとどう頑張ってもテイエムオペラオーにちぎられる。これからはスピードを重点的に鍛えることにしよう。

 

 

 

 

<クラシック期7月後半 晴れ>

 

 あっつい。

 先日梅雨明けの発表があった。今年は例年並みの梅雨明けらしい。

 外で練習できるようになったのは嬉しいけど、暑くて暑くて。

 プールは激混みだし、ジムルームも激混みだし。今年、体育館に冷房が付いたお陰か体育館も混んでいる。

 結局、暑い中外で走って、バテたら図書館で涼みながら勉強するってルーティンを組むしかない。

 あーあー、私も海行きたいなー。

 2ヶ月海で合宿ってなによ、贅沢すぎない? 人気と実力があるって、いいわよねー。

 

 ……行こうかしら、海。

 トレセン学園から一番近い海水浴場は────約60km、走っていく距離じゃないわね。

 公共交通機関は……う、結構高い。ぎりぎり、足りない? いや、来月のお小遣いが入れば足りる!

 行こう、海!

 遊びに!

 

 

 

 

 

 

<クラシック期8月前半 晴れ>

 

 海の家で焼きそば買ったら帰りのバス代が微妙に足りなくなって、10kmくらい走って帰ってきた。

 ……嘘。

 足りなくなった原因はしらす丼。だってすぐそばのしらす工場から直販なんだもん。

 大変おいしゅうございました。

 でも門限ぶっちぎって、めちゃくちゃ怒られた。

 初犯なのでお叱りだけでお許し頂いたけど、次は無いって言われた。

 大丈夫です、もうしませんから。

 

 海は気分転換になった。

 広くて大きな海を見てると、自分の悩みがなんてちっぽけな……という感じではなく、遊んで食べて遊んだらスッキリした。

 でも友達がいないのは、ちょっとどうにかした方がいいかもしれない。

 どうにかした方がいいからって、どうにかできるものでもないけど。

 前回と違ってかなりストイックにこれまで来たせいだし。多分、これからもそうだし。

 

 孤独のグルメ(ぼっちめし)

 

 ……書いてて虚しい。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期8月後半 晴れ>

 

 今日は神社で夏祭りがあるとかで、多くの生徒が外出届けを出していた。

 私ももちろん出した。

 けど行くのは夏祭りをやってない方の神社。あの寂れた神社。

 ちょっと前から、DIYで少しずつ神社を直し始めた。傷んだ板を張り替えて、襖に障子を貼って。

 お小遣いは大体これの材料に飛んでいる。

 お世話になってるところがみすぼらしいのがモヤモヤしていたのと、そういえば未来の就職先は建築、もっと言えば家大工だったのを思い出して、勉強がてら手を出したというわけ。

 やってみると、これがまた難しい。釘一本真っ直ぐに打てない。

 腐った板を引っぺがすのはウマ娘パワーで楽勝なんだけどなぁ。

 

 まあそんな甲斐があって、ボロボロの神社はだいぶ見栄えが良くなった。スクラップからパッチワークくらいには変わった。

 でも相変わらず閑古鳥が鳴いている。最近はもう気にしていない。

 それどころかなんだか秘密基地っぽくて、これはこれでありかなって。

 

 で、本題の外出届けを出した理由だけど、神社で花火をしてきた。

 ゴルシ先輩から「これ打ち上げといてくれ」と投げ渡された大砲のようなやつ。

 いや、私も「どうなのこれ?」とは思った。でも、やけに丁寧に書かれた手書きの取説と、「20時18分15秒に火を点けろ」のメモを見て、「誰かの誕生日花火、それもサプライズ的な?」と思ったわけ。

 なら協力は(やぶさ)かじゃない。そういうの嫌いじゃないし。

 それにあの先輩に借りを作っておくのも悪くないじゃない?

 

 で、いつもの神社で打ち上げた。

 大変立派な昇り曲導付き八重芯変化菊だった。

 速攻で撤収してトレセン学園に逃げ帰り、大砲はゴルシ先輩の部屋に放り込んでおいた。

 

 十号玉なんて聞いてないッ!

 どう考えても法律違反じゃないッ!!

 

 

 

 

 

 

<クラシック期9月前半 晴れ>

 

 あれから今日まで、トレセン学園から出ていない。

 警察が怖くて。

 

 調べたら火薬類取締法とかいうのにバッチリ引っかかってた。

 真っ黒だった。

 恨むわよ、ゴルシ先輩ッ!

 

 

 

 

 

 

<クラシック期9月後半 雨>

 

 秋雨前線の影響で、最近は天気が悪い。

 おかげで室内の練習場は予約でいっぱい。溢れた子が空き教室で体幹みたいな小スペースでできる練習をしているのを見かけた。

 私は不良バ場の練習と称して雨の中走ってる。

 いつもは大抵誰かが走ってるからそれを避けたり、あるいは自分が邪魔にならないよう避けたりしないといけないんだけど、雨の日はだれもいないから気兼ねなく走れて気持ちがいい。

 内ラチギリギリを一周駆け抜けたり、想定最終コーナーで外に膨らんで走ったり。

 自分の自由に走れる。

 そうやって雨の日こそ練習コースで走っていたお陰か、最近不良バ場と良バ場とのタイム差が無くなった。

 思わず二度見しちゃった。

 不良バ場よ? 3、4秒落ちるはずでしょ? なんなら6秒くらい落ちてたでしょ?

 なんで??

 なんで普段どおりに走ってるだけでこんなにタイムが────それだッ!!

 不良バ場でも普段通り走れてるからよ!

 そっかー、ふふっ、そっかー。

 ようやく武器らしい武器をゲットね。レースの前日はズーボルテルテを吊るすようにしなきゃ。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期10月前半 晴れ>

 

 OPのオクトーバーステークスに出た。

 奇しくも天候に恵まれて良バ場、手に入れたばかりの武器を試すというわけには行かなかったのが残念だけど、結果は4着とまずまず。

 半数近くがシニア級の中でこの結果は悪くないと思う。

 あと最近練習し始めた対テイエムオペラオーの作戦を試してみたけど、まったく役に立たなかったわ。

 ハッキリ言って練度が足りなすぎる。

 もっと練習と経験を積まないと、今のままじゃ普通にマークしてるだけね。

 でも課題はちゃんと見えたから一歩前進ってとこかしら。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期10月後半 曇り>

 

 学園の裏手にでっかい倉庫がある。

 理事長が思いつきで導入したよくわかんない装置の数々が安置されている場所で、去年導入された耕し君3号もここで眠っている。いや、封印されてるの間違いね。

 可愛い顔して生徒をミンチにしかけたんだから当然か。

 その反省か、犬っぽい顔の耕し君Ⅳ世はおじいちゃんみたいな速度しか出ないようになって、遅すぎて使えないと3号の隣で余生をおくってる。

 5代目はどんな顔になるんだろう?

 

 話がそれた。

 昨日その倉庫に行く機会があって──駿川さんにお願いされて変な機械を仕舞いに行った──面白いものを見つけた。

 メジャーリーグ御用達のバッティングマシーン。なんと150マイル(約241km/h)も出る優れモノ。

 なんでも動体視力のトレーニングに使えないかと導入したらしいけど、ここはトレセン学園よ? 野球がやりたい子は別の学園に行ってるでしょ。

 でも大砲みたいな見た目がカッコいいし面白そうだったので、外に出して誰もいない場所に持っていき、最速でボールを飛ばしてみた。

 ……御蔵入りするわけね、デッドボールが文字通りになるもの。

 

 けど、取り扱い説明書に載っていた別の使い方を見て、面白い使い方を思いついた。

 射角を上げることでフライを上げれるので、ボールを発射させた後そのフライをキャッチしに走るって遊び。球種と球速をランダムにすれば余裕だったりギリギリだったりと、かなり楽しい。

 気分はとってこーいとボールを投げられるワンコ。

 

 150マイルが出て遥か彼方に消えてったときは頭抱えたけど。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期11月前半 晴れ>

 

 今日は校内一斉清掃があった。

 私の担当は学園の裏門の落葉を集めてゴミ袋に詰めて、それを指定の場所に山積みしていくこと。

 何袋落葉を掃除できるか競争しているのを尻目に、ほどほどに掃除した。

 途中、私の担当区域も競争に巻き込まれてやることが無くなってしまったので、集めた落葉で焚き火したら何人前の焼き芋ができるかを考えてた。

 ……流石に落葉が無くなったからといって、木を蹴って落とすのはどうかと思う。葉が落ちる頃に寿命が尽きる子がいたらどうするんだろう。もちろんそんな子いないけど。

 ともかく木にドロップキックをカマしている人たちの関係者に思われたくないし、嫌な予感がしたのでそっと離れたら、案の定一本蹴り倒して副会長に怒られていた。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期11月後半 曇り>

 

 アンドロメダステークスの出走届けを出してきた。

 誰でも出れる中距離レースとしては今年最後とあって、毎年出走届けが多く出され抽選になっている。当たれば御の字とでも思っておきましょ。

 

 それはそれとして、この間ドミちゃんがOPオーロカップで一着になったと風の噂で聞いた。

 シニア級を抑えて一着はすごい。5年目の私ですら──比較になるほど優秀じゃないけど──できていないのに。

 短距離1400m、芝の左回りはまさにドミちゃん向きのレースだから、きっと十二分に力を発揮できたんだろうな。

 よし、私もがんばるぞー!

 

 

 

 

 

 

<クラシック期12月前半 晴れ>

 

 アンドロメダは非当選だった。こればっかりは、運だから仕方がないわよね。

 運も実力の内とは言うけれど、それはすべてをやりきった上で最後の競り合いに勝利したときだけ。勝負の土俵にも上がれてないんだから、ただの不運。

 でも不運っていうと大阪のオバチャンみたいな衣装来たフルアーマーなんちゃらが来て開運アイテム押し売りされそうだから、そうね…………星の廻り合わせが悪かった、は占い感強いわね。

 シニア級に譲った、わけでもないし。譲ったって、すごい上から目線よね。

 うーん、いい言葉が思いつかないわね。

 

 

 

 

 

 

<クラシック期12月後半 雪>

 

 もうすぐ有記念がある。

 出走するウマ娘は人気投票によって選ばれるから、もちろん私は出走できない。

 大人しく観客席からテイエムオペラオーを見るつもり。

 この一年でどれだけ仕上げてきたのか、これからどこまで仕上がるのか。三年かけても治らなかった癖は、今回も癖になってるのか。

 その辺を見極められたらいいなって思う。

 見極めるっていうか、前回と今回の誤差を修正するって感じ?

 大きくはズレてないけど、皐月賞のときにはすでに上方修正入ったし。 

 

 ところで今朝、頭に星を乗っけて走ってる子がいたけど、なんだったんだろう?

 衣装も相まってクリスマスツリーみたいだったわ。

 

 クリスマスといえば、ハッピーミークのトレーナーがテイエムオペラオーのトレーナーにイブの日の予定を聞いていた。思わず茂みに隠れて聞き耳を立てちゃった。

 もし空いていたら、やっぱりそういうことだったのかしら?

 生憎というか当然というか、有記念に向けた最終調整で予定は埋まってたけど。

 頑張ってミークのトレーナー。来年こそはチャンスが……来年の有記念はイブじゃん。

 

 

 

 

 

 

<シニア期1月前半 雪>

 

 謹賀新年。

 今年の目標は、打倒テイエムオペラオー!!

 

 

 さて、新年早々とってもいいことがあったわ。なんとあの寂れた神社に参拝客が来たの。

 おじいちゃん一人だけど、0と1は大きな違いよね。賽銭箱も直したからちゃんとお賽銭を入れられるし。取り出し口が無い欠陥品だけど。

 この調子で参拝者が増えたら嬉しい。

 嬉しい、けど……神社があるのを思い出したきっかけが夏の花火だったことは、ちょっといただけないというか、触れないで欲しいというか。

 間違ってもゴルシ先輩に感謝なんかしませんことよっ!!

 

 そういえば、参拝のおじいちゃんが来たことで一つ大きな問題、というか疑問が生まれた。生まれたっていうか気づいたというか。

 あの神社って、なに神社? なに祭ってるの?

 ちょっとネットで調べてみたけど、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)の稲荷神社か応神(おうじん)天皇の八幡神社か、あるいは天照大神(あまてらすおおみかみ)の明神神社か、はたまた菅原道真(すがわらのみちざね)公の天満宮。

 この四柱あたりが本命っぽい。とにかく数多いし。この四柱で日本の神社の七割くらい行くらしい。

 ……そういえば、お稲荷さまっぽいアイテムは見たこと無いわね。稲荷神社は今回対抗くらいかも。

 で、穴はこの辺で信仰されてる普都主神(ふつのおおみかみ)を祭る楯縫(たてぬい)神社。大穴は、そうねぇ……湖が近いから航海安全の宗像三女神(むなかたさんじょしん)を祭る厳島(いつくしま)神社とか? 海じゃないけど。

 

 今度おじいちゃんが参拝に来るまでに調べとこっと。社のどこかに祭神の名前があるでしょ。

 ……修理の時に引っぺがして捨ててはいないとは思う。多分、きっと、おそらく。

 

 

 

 

 

 

<シニア期1月後半 雪>

 

 特賞ってちゃんとガラガラに入ってるものなのね。

 ……商店街の福引だもの、入ってるか。テキヤじゃあるまいし。

 でも温泉ねぇ……そういえばトレーナーの誕生日が近いわね。今年で6年もお世話になってるのに一度も誕プレあげたことないし、ちょうどいいからこれあげちゃいましょ。

 ペアチケットだから奥さんも一緒に行けるし。

 私は別に温泉に興味ない……ないわけじゃないわね。でも別に温泉のために別府や草津まで行かなくてもって思っちゃう。関東平野ってどこ掘っても温泉が出るから、割とその辺に温泉宿とかあるのよね。

 

 そうだ。渡すついでに、白富士ステークスの出走届けも出しておこう。

 六月までの半年間はシニア級だけのレースになるから、ここで白星上げときたいわね。

 もちろん私の目標は打倒テイエムオペラオーだけど、ほら、よく言うじゃない。

 

 本当に怖いのは下から来るって。

 

 

 

<シニア期2月前半 晴れ>

 

 イエーイ!

 白富士ステークス1着!!

 あー、久しぶりのセンター、さいっっっこうね!

 うんうん。

 それに対テイエムオペラオーの武器が思ってたよりも仕上がってたし、あと数回試せれば完成しそう。

 欲を言えばテイエムオペラオー並の相手に一回試せれば、文句なしね。

 テイエムオペラオー並……って、どう考えても並のウマ娘じゃないわよね。

 ドリーム走ってる先輩くらいしか……でもそれだとレースじゃ当たらないし。野良で頼もうにもコネないし。

 

 ……コネ?

 …………あるじゃん。

 

 

 

 

 

 

<シニア期2月後半 晴れ>

 

 ええ、ええ。

 たしかに。

 確かに私はゴルシ先輩に貸しを返してもらうよう言いました。打倒テイエムオペラオーのため、仮想テイエムオペラオーに成れるくらいの人を紹介してくれと言いました。

 でもそれはメジロマックイーンさんを紹介してくれないかなって期待を込めて言ったのであって────

 

 

 シンボリルドルフ会長が来るなんて予想できるかッ!!

 

 

 効果? ありましたとも!

 私のやりたいことを瞬時に理解した会長に手取り足取り指導を受けたんだから、無かったら嘘でしょ。

 それどころかコーナーの走り方とレース中盤での息の入れるタイミングまで教えてくれて、花火事件は完全にチャラ、どころかお釣りを出さなきゃいけないくらいだったわ。

 

 でも会長も暇じゃないでしょうに。あのゴルシ先輩に押し付けられたとはいえ、どうして併走してくれるのかと聞いてみたら、打算あってのことと返された。

 会長もテイエムオペラオーのあの(・・)無意識の悪癖には気づいていたらしい。あれを治させるには無意識を意識させなくてはいけない。その無意識を突いて勝利を横から奪い取らなければ、あのままテイエムオペラオーはドリームトロフィーリーグに上がってくる。

 それがもったいないと。それじゃつまらないと。

 つまり私は会長にとって、テイエムオペラオーへ贈る塩になりうる存在で、だから手を貸している。

 

 ……上等よ。

 最高級のトリュフソルトには土台無理だけど、伯方の塩くらいにはなってみせようじゃないの!

 待ってなさいよ、武田信玄(テイエムオペラオー)!!

 

 

 

 

 

 

 

<シニア期3月前半 晴れ>

 

 重大なことを知ってしまった。

 神社の建築は鉄釘を使わないらしい。

 ……思いっきり使っちゃったわ。つまり、やりなおし? 一年の苦労が水の泡?

 マジか、マジかぁ……。

 

 い、いえ、プラスに考えましょう。床と賽銭箱だけで済んだと。

 社にまで手を出す前で良かったと。

 だって、宮大工っていう人が解説してるパカチューブがあったのだけど、なにあの木組みとかいうの。まんまパズルじゃない。

 あんな複雑なものをノミで削れって? 無理無理、どう考えても社の修繕が卒業までに間に合わない。

 できて賽銭箱まで。それならギリ部屋の中でも作れるから時間を掛けて、うん、秋までには完成できればいいな。

 床は……鉄釘引っこ抜いて梁の上に置くだけにするしかないか。

 

 釘、まっすぐ打てるようになったのになぁ。

 

 

 

 

<シニア期3月後半 曇り>

 

 最近おじいちゃんと囲碁を打ってる。

 ん? この書き方だと私の祖父って読めるわね。

 んーと、最近、参拝に来るようになったおじいちゃんと囲碁を打ってる。トレーニングの合間の休憩時間に九路盤(9×9マス)でパチパチと。

 ルール? 漫画で覚えたわ。

 対局する代わりにストップウォッチ係になってくれるから私としてはいいけど、へっぽこな私とやって楽しいのかしら? もう10局以上打ってるけど、一度も勝ててないわよ。

 丁寧に検討してくれるからぐんぐん腕が上がってる……とは思うけど、おじいちゃんとしか打ってないし勝てないしで実感はない。

 

 ……1勝くらいはしたいわよね。図書室で囲碁の本とか置いてないかしら。

 将棋の本はあったから探せばあるかも。

 

 

 

 

 

 

<シニア期4月前半 晴れ>

 

 福島民報杯に出走してきた。

 ふっふっふ、またまた1着! 来てるわね、私の時代が。

 会長に教わったおかげでコーナーはスムーズに走れるし、中盤で息を入れられるから終盤が楽だし。なにより、対テイエムオペラオー走法が前回のレースに比べてダンチで仕上がってる。

 これなら宝塚記念でテイエムオペラオーを差せるかも。

 

 あ、そうそう。これ書いとかなきゃ。

 福島民報杯におじいちゃんが来てた。出るとは言ったけどまさか現地に見に来るなんて思ってなかったからすごく驚いた。

 しかもその手には私色のサイリウム。

 やばい、超嬉しい。今までステージの向こう側だったから知らなかったけど、ファンが付くってこんなに嬉しいんだ……。

 

 一着記念にご飯を奢ってもらい、ほくほくで帰ってきた。

 ……私、普通のウマ娘でよかった。一万円で済んだもん。

 これがスペ先輩みたいな胃袋カービィだったら、絶対財布空っぽにしてたわね。

 笑って許してくれそうだけど。

 

 

 

 

 

 

<シニア期4月後半 晴れ>

 

 私の時代が、なんだって?

 宝塚記念で差せる?

 笑わせてくれるわね、私。

 

 春の天皇賞を見て、もう一度書いてご覧なさい。

 テイエムオペラオーの、あの仕上がりを見て、あのレースを見て、それでももう一度書けるなら。

 それは無謀というやつよ。

 

 

 なぁにあれぇ、反則じゃん。

 有記念を見て立てた予想の二周り上の仕上がりなんですけど。どんなトレーニング積んだらああなるの? 精神と時の部屋にでも入った?

 私自身が想定の一回り上の仕上がりだったからこそ、宝塚記念で行けるかもって思ったのに、それを悠々と超えてくるのは納得いかない。

 お告げでドーピングは卑怯ですよ三女神様。私にも覚醒イベント下さい。具体的には……具体的には…………思いつかないわね。

 

 はぁ。

 ダメね、予定の練り直しが必要だわ。

 今のまま勝負しても、仕上がりの差だけで勝負が決まっちゃう。もっと身体が仕上げて、レースで勝負を決めれるようにしないと。

 勝負は秋。天皇賞のインタビューで秋も獲ると宣言したんだから、間違いなく秋の天皇賞に出てくる。

 多分、もう一段くらい化けてくるだろうけど、RPGゲームと一緒。強くなればなるほど、次のレベルへ上がるのには時間がかかる。

 なら、同じ時間の間で、私は二段化けるだけ。そうしてようやく、テイエムオペラオーに並び立てる。

 

 ……ちょっと言いすぎた。

 背中に手が届く、くらいにしておこ。

 

 

 

 

 

 

<シニア期5月前半 雨>

 

 ゴールデンウィーク。

 ゴールデンウィークよね?

 ゴールデンウィークのはずよ。

 ゴールデンウィークに間違いない!

 

 

 ゴルシウィークって、なに?

 

  

 

 

 

 

<シニア期5月後半 曇り>

 

 前に調べようと思ってた神社の祭神の件、結局なんだかわからなかった。

 御神体を見ればわかるかもって思ったけど、拝殿内で祀られていたのは小さな箱。一辺が手を広げたくらいの正方形。

 見た感じ、あの木組みってやつで組んであって、知恵の輪みたいに正しい手順じゃないと開かない、というか分解できないようになってるんだと思う。

 30分くらいチャレンジしたけどダメだったから諦めたわ。

 そっと箱を戻して、拝殿内を軽く掃き掃除してから拝殿を閉じたのだけど。

 やっぱり罰当たりだったのか、帰りに鳩に糞を落とされた。

 

 

 

 

 

 

<シニア期6月前半 雨>

 

 G3マーメイドステークスの直線残り100m地点。

 前に誰もいない、後ろは1.5バ身も離した。

 勝ったと思った。初めての重賞勝利と思った。

 

 けれど、けれどそこで、視線を感じた。目だけで横を見た。

 大外。私から大きく離れて、彼女がいた。

 目が合った。ニンマリと浮かんだ笑みは、ゴールしてないのに勝利を考えた私を嘲笑ったんだと思う。

 そのまま彼女は私を抜き去り、1着でゴールした後も私をニヤニヤと見つめていた。

 

 ゴールしてないのに勝利を考えた、その油断を突く。

 私がやりたかったこと、やろうとしていたことを、クラシック級のウマ娘が完璧にやってみせた。

 同時に、私にもその油断があるのだと教えてくれた。

 

 感謝するわ、アグネスデジタル。

 私はこの経験をもって、もう一段上に行ける。

 

 

 

 ……でもクラシック級に負けたのは正直凹む。

 やっぱりまだまだなのね、私。

 

 

 

 

 

 

<シニア期6月後半 晴れ>

 

 宝塚記念を観戦した。

 やっぱりこうなったかというのが正直な感想。もちろん、二つの意味で。

 

 テイエムオペラオーは敵を作りすぎた。

 ただ強いだけなら、あれほど敵を作ることもない。あれほど殺気の込められた目で睨まれることもない。

 あれほど、すべてのウマ娘にマークされることもない。

 

 序盤からずっとテイエムオペラオーは包囲された。中盤もずっと包囲された。

 終盤まで、包囲されるはずだった。少なくとも、前回はそうだった。

 きっかけは、多分、皐月賞。私が作った包囲網を突破した経験が、ここで生きた。

 最終コーナーで包囲網が僅かに膨らんだ隙をついて、テイエムオペラオーはするりと抜け出した。そこからはもう彼女の独壇場……ではなかったわね。

 先に集団から抜け出していたメイショウドトウとの一騎打ちだった。

 結果? あのテイエムオペラオーが負けるわけないじゃない。

 一騎打ちによる勝利の演出こそ、彼女がもっとも得意とするレース展開だもの。

 

 レースを見て、うん、改めて思った。

 

 

 やっぱり私、テイエムオペラオー嫌いだわ。

 倶に天を戴かずってやつね。

 

 

 

 

 

 

 

<シニア期7月前半 晴れ>

 

 あっつ……梅雨明け早いわよ……。

 今年は水不足になるんじゃない? 早くもダムの貯水量がやばいって今朝のニュースでやってたし。

 この辺はあんまり関係ないけど。近くにデカイ湖があるから、そうそう滅多なことで水不足になったりしない。

 

 もう早くもプールは大人気だ。

 毎年のことなんだから、そろそろ増設してくれないかしら。増える耕し君七代目より有用だと思うんだけど。

 まあ、買い切りの耕し君と違って維持費がかかるから、理事長もポケットマネーでほいってわけには行かないんだろうなぁ。

 理事長と言えば、最近出回り始めた理事長肝煎りのトレセン印ニンジンがけっこう美味しかった。普通のニンジンより糖度が高くて、後味もさっぱりしてる。これなら確かに名物にはなる……なるかな?

 ニンジンってだけじゃ弱くない? ニンジンハンバーグみたいに料理してこそって私は思うけどなぁ。

 マルカジリスキーも多いから、あくまで私は、ね。

 でも料理か。そうね……ニンジンジェラート、縮めてニンジェラとか?

 今日みたいな暑い日なんかに、ニンジェラ片手にレース観戦とかどうよ?

 

 ……ダメか。

 URAファイナルズって1月から3月に掛けてやるし、冬にジェラートは無いか。

 ニンジンポタージュの方が売れそう。

 

 

 

 

 

 

<シニア期7月後半 晴れ>

 

 安心沢 刺々美

 ええ、ええ、しっかりと覚えたわよ、その名前。

 

 

 次会ったらギタラクルにしてやるわッ!!

 

 

 

 

 

 

<シニア期8月前半 曇り>

 

 まさかホントにニンジェラを作ることになるなんて……。

 

 たまたま理事長のニンジン菜園の近くを通ったら理事長が畑仕事してて──ニンジンに向かって褒め言葉を掛けるのって畑仕事って言っていいのかしら?

 そんな風に首をかしげてたら理事長に見つかって、君も声を掛けてくれと言われてしまった。

 理事長に、だ。トレセン学園最高権力者に、だ。

 断れるわけないじゃない。

 ニンジンなんてどう褒めていいのかわからなかったから、この間見たボディービルの掛け声集をパクアレンジして何回かやった。

 そのときに最高のニンジェラになれるよみないなこと言って──疑問、ニンジェラってなに? 把握、ニンジンジェラート。うむ、採用。

 みたいな感じで、あっさり決まってしまった。

 そしてレシピ開発のお鉢が回ってきた。どうもトレセン学園の生徒考案って肩書きが欲しいみたい。

 

 私、別に料理得意じゃないんですけど。

 苦手でもないけど。

 

 取り敢えず家庭科調理室で一回適当に作った。レシピはネットに転がってたやつ。

 美味しいけど、舌触りが悪かった。

 多分ニンジンは一回茹でた後に、ポテトの裏ごしみたいなことしないといけないんじゃないかな。

 ともかく、牛乳と生クリームと砂糖と塩とニンジンとレモンとバニラエッセンスというベースレシピはできたから、あとはうまいことやってくださいと食堂のおばちゃんにお鉢を回した。

 どう考えても、あっちの方が適材でしょ。

 

 

 

 

 

 

<シニア期8月後半 晴れ>

 

 暑いなら涼しいところに行けばいいじゃない。

 ……というのが、建前。

 重賞ひとつ取れないウマ娘がG1五冠のテイエムオペラオーに勝てるわけがない。

 ……それが本音。

 

 だから、札幌まで取りに来た。

 G2札幌記念、芝2000m右回り。出バ表を見る限り、決して楽なレースにはならない。それが当たり前。

 経験で優ってたジュニア期は、正直ズルかったと思う。

 まあでも、勝てないレースじゃない。勝つ目は十分にある。

 それに、ここで勝てないなら……勝てないなら……止めよう。負けたときのことは、負けた時に考えればいい。

 なぁに、どうせ明日含めてあと二回だけ。

 それなら持つでしょ。

 

 

 

 

 

 

<シニア期9月前半 曇り>

 

 きっつ。

 反動きっつ。

 アカンわこれ。

 ウィニングライブが終わるまではアドレナリンどばどば出てたから気付かなかったけど、寮に帰ったころくらいから全身がギシギシいいだして。

 今じゃ全身がブリキの木こりみたいだわ。走るなんて以ての外、ギリギリ日常生活をおくれるレベル。

 とにかく寝て食べてストレッチして、身体を癒すしかない。

 

 これ、次やったら身体壊すわね。

 次で最後で良かったわ。

 

 

 

 

 

<シニア期9月後半 曇り>

 

 ようやく身体が動かせるようになってきた。

 でもまだまだ全快とは言えない。軽めの運動とストレッチがメイン。ストレッチは別にどこでもできるのから、最近はいつもの神社でおじいちゃんと囲碁を打ちながらやってる。

 だって黙々とストレッチするのつまんないんだもん。

 相変わらず九路盤でぱちぱちしてるけど、一回も勝ててない。まあ「囲碁歴何年?」って聞いたら「人生」って答えるような人に、半年やそこらで勝てるようになるとは思わないけどさぁ。

 でも流石に100連敗はないわよね、大人げない。普通の人ならとっくに匙投げてるわよ。

 どうせ同じ調子で子供や孫と打って「勝てないからやらない」とか言われたんでしょ。

 まったく。

 

 ああ、そういえば。

 私が天皇賞に出るって言ったら、後日おじいちゃんが扇子をくれた。

 開くと達筆な字で何か書いてあって、すごくかっこいい。達筆すぎて何書いてあるか読めないけど。

 ・

 ・

 ・

 普段使いしてたら理事長に驚かれた。

 そんなに良い扇子なのかしら?

 

 

 

 

 

 

<シニア期10月前半 晴れ>

 

 今日、秋の天皇賞の出走届けを出してきた。

 トレーナーには渋い顔されたけど、前みたいにダメとは言わなかった。ダメと言われないよう体調はしっかり戻して置いたから。でも、渋い顔されたのは、多分見透かされているから。

 ホント、見てないようでしっかり見てるんだから。

 

 でも、これでいい。

 普通の人の二倍レースに出れたんだもの。十分すぎるわよ。

 

 

 

 (ハナ)をとって有終の美を飾ろうじゃないの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【シニア期 G1天皇賞(秋)】

東京レース場 芝 2000m 雨 重 左回り

 

 

 憧れのG1勝負服。

 これに袖を通すのは二回目だ。緑の字に黒のラインが入った、学園支給の勝負服。

 レオタードと同じようなぴっちりとしたスーツと短パン。胸がぎゅっと押さえつけられて少し窮屈だけど、しっかり固定される分、私にとってはこっちの方が走りやすい。

 尻尾に結んだ大きな黒いリボンが、ワンポイントとして後ろを飾る。

 

『2番、テイエムオペラオー』

 

 名を呼ばれ、テイエムオペラオーは堂々と連絡通路を進みパドックへと姿を現す。爆発的な歓声が上がった。雨でも現地でみたいと押し寄せた彼女のファンたちの声だ。

 多分、ここに来た人の半分……もしかしたら七割は彼女のファンかも知れない。

 なにせホープフルS、皐月賞、日本ダービー、天皇賞(春)、宝塚記念の五冠ウマ娘であり、この天皇賞(秋)とジャパンC、そして有記念を取って史上初の八冠になると豪語しているのだから。

 そしてそれが決して夢物語ではなく、十分な実力を兼ね備えたウマ娘なのだから。

  

「……チッ」

 

 パドック入りを待つウマ娘の中から舌打ちが聞こえた。

 誰かは分からない。それを(とが)める声もしない。

 当たり前だ。世間一般の評判とは反対に、ウマ娘からのテイエムオペラオーの評判はすごぶる悪い。

 今も何人ものウマ娘が、彼女の背中を憎々しげに睨んでいる。

 

「…………」

 

 そんな彼女達からは少し離れた最後尾で、私は壁に背中を預けて目を瞑る。

 私の番号は13番。出走回避が多く出たこともあり13番でも得意の大外で、パドックへのお披露目も一番最後。

 だから最後尾に居るのも不思議じゃないし、精神統一のために目を瞑るのもレース前のウマ娘によく見られること。ただ、この空気でしているというのが少し異様だっただけ。

 

「ねえ、そこの……ワガハドウ、だっけ?」

「…………」

「ちょっと、聞こえてる?」

「……何よ?」

 

 最初は聞こえないフリでもしようかと思ったけど、流石にわざわざ目の前にまで来て声をかけられては無視できない。

 ちらりと片目を開けて返事を返す。

 

「アンタ、控え室にぎりぎりで来たじゃん。だから話せてなくってさ。アンタもこっち側か、確認しに来たってわけ」

「……YESかNOで言うならYESよ」

「オッケー、それだけわかれば十分よ」

 

 そう言うと彼女は仲間の元へと戻っていった。

 それを見送って、小さく溜息を吐く。

 テイエムオペラオーの『敵』か『味方』か、なんて聞かれても、『敵』以外の答えなんてない。レースなのだからすべてが『敵』に決まってるのに。

 無論、彼女たちもそれはわかってる。わかった上で、なお、テイエムオペラオーには勝たせたくないと思ってるんだろう。

 

『6番、メイショウドトウ』

 

 テイエムオペラオーは敵を作りすぎた。それは正しく覇道を突き進んだ証拠。

 すべてのレースは自分のための舞台であり、自分と自分の定めた敵役以外は草木に過ぎないと。

 ウマ娘の誰もが幸福になれる時代を目指して王道を行くシンボリルドルフとは真逆に、自分が幸福であればそれでいいと覇道を進むテイエムオペラオーに、敵が出来ないはずがないのだ。

 だから結託して、テイエムオペラオーを徹底的にマークする。

 勝利に貪欲なウマ娘が、勝利を放棄するほどに。卑怯と罵られようとも。

 

 それでも。

 それでもレースで負かそうとする辺り、まだプライドが残っているとは思うけど。

 

『10番、アグネスデジタル』

 

 そろそろかと、背を預けていた壁から離れ、パドックの方へと向く。

 外は雨足は弱いものの、しっかりと雨は降り注いでいた。

 前の子が雨に濡れるのを少し嫌そうにしながら、パドックへと出て行く。

 十月の末だ。レースが終わった後はしっかりシャワーで身体を温めないと、風邪を引いてしまうかもしれない。

 そんなことをふっと考えた自分自身が少し可笑しくて、くすりと笑った。

 レースの後のことを考えるなんて、ね。

 

『13番、ワガハドウ』

 

 名を呼ばれ、パドックへと踏み出す。

 すぐに雨粒が身体にかかり、じわじわと衣装と髪を重くなる。

 

『ここまで11戦6勝ですが全レースとも掲示板に入っており、非常に安定感のあるウマ娘です。皐月賞以来のG1になりますが、緊張しているようには見えません。仕上がりも上々といった感じですので、好走が期待できますね。7番人気です』

 

 パドックの人垣の奥にトレーナーと囲碁のおじいちゃんを見つけ、軽く手を振った。

 トレーナーはまだしも、おじいちゃんは雨の中よく来たものだと苦笑する。

 ──もちろん嬉しいとも。

 いつものようにお披露目を終え、コースへと入る。

 

『最後のウマ娘がゲート前に向かいました。まもなくファンファーレです』

 

 ゲート前まで軽く走って向かい、芝の感覚を確かめる。不良の一歩手前といったところ。

 晴れの日はゲート前で座り込んでストレッチしているウマ娘も見られるが、今日のように雨だと流石にそれはいないようだ。別に泥だらけになるのが早いか遅いかの違いでしかないけれど、だからといってわざわざお尻を冷たくする必要もない。

 というか、普通に嫌だ。

 ちらりとスターター台の方を見れば、雨のなか真っ白なスーツに身を包んだ人が悠々と歩いて来ていた。

 雨を嫌がる素振りはちらりとも見せない。陛下の御前という場でみっともない姿を見せられないというプロ根性だろうか。

 であるなら、私はどうだろう? ぎりぎり合格、つまりは及第点か?

 

 旗が上がる。

 場内に響き渡るファンファーレに合わせ、ファンたちが(あい)の手を叫ぶ。

 大合唱となったそれが空気を盛大に震わせ、スタンドからは少し離れているのにも関わらず、その熱気はビリビリと伝わって来た。流石G1だ。

 テイエムオペラオーは……何やらメイショウドトウと話している。話しているというには随分一方的に見えるけど。

 

 ファンファーレが終われば、いよいよゲートインだ。

 笑っても泣いても、これが最後。

 

『三番人気はステイシャーリーン、左回りが得意なウマ娘です。長距離を得意とするそのスタミナと自慢の外内関係なく差し込める足を光らせることはできるのか。

 二番人気のメイショウドトウ。宝塚記念でひと皮剥けて自信なさげの雰囲気はどこかへ消えました。今日こそライバルのテイエムオペラオーを下すことができるのか。

 そしてここまで圧倒的な強さを見せつけてきた一番人気のテイエムオペラオー。今日も覇王として君臨し、前人未到の八冠に向けてコマを進めるのか』

 

 全員がゲートイン完了し、ガシャリと後ろで扉が閉じる音がした。

 大きく息を吸って、大きく吐いて。

 ──息を止める。

 身体を沈ませ、前だけを見る。

 ゲートに打ち付ける雨の音、時折大きく木々を揺らす風の音。そういう余計なものは全部カットして、ただ前だけを見る。

 

 

『──スタートしました! 好スタートを切ったのは1番ロングキャラバン。その外並んでテイエムオペラオーも好ダッシュ。5番のシャープアトラクトは最後方です』

 

 ゲートが開いたのを認識するより先に、身体が前に進んだ。ゲートから出た瞬間に雨粒が顔に打ち付け、耳元では風が轟音を立てる。

 スタートから最初のコーナーに入るまでの約200m、ここで狙いの位置につけなくちゃいけない。

 邪魔する人のいない大外からぐいぐい上げて、そこからコーナーに合わせて内に寄せる。

 

『メイショウドトウ、飛ばして飛ばしてハナに立った。続いてテイエムオペラオー2番手。3番手は内からジュエルルビー。一番人気、二番人気が前を行く展開。三番人気のステイシャーリーンは中段に付けている』

 

 逃げがいないこのレース。先行の中から誰が集団を引っ張ることになるのかと思っていたけど、意外にもメイショウドトウがハナに立った。

 引っ込み思案で前に立つのが苦手かと思っていたけど、いつの間にか解消したらしい。

 コーナー抜けて直線に入る頃には全体のポジションがおおよそ決まった。

 

『先頭メイショウドトウ。続いてテイエムオペラオー、内にはジュエルルビー。テイエムオペラオーの後方にワガハドウが続いて──ここで後方集団が一気に差を詰めた。差を詰めてひと塊の集団になって向こう直線を駆けていきます』

 

 ちょうど楕円の中央を超える。

 残り1300m。

 テイエムオペラオーの蹴り上げた泥が、まるで銃弾のような勢いで身体に当たる。もし目に入ったら失明してしまうかもしれない。

 恐怖はある。離れたい。でも、離れない。離れたら、それで終わりだから。

 もし目に入ったら、そのときはそのときだ。どうせ、残り一分ちょっとの間だけ我慢すればいい。

 

『さあいま先頭は3コーナーに差し掛かって、ここで1000mを通過。通過タイムはおよそ1分2秒くらいか。スローペースでレースが進んでおります。ここで集団から向こう正面に脱っしてアグネスデジタルが、アグネスデジタルが外から追い上げてくる。ぐんぐん上がっていって、先頭を捕らえる位置に付ける』

 

 やっぱり上がってきた。アグネスデジタル。

 私の外目少し後方で、前の二人に並ぶタイミングを伺っている。

 反面、レース前に私に声をかけてきた子は、中段からまだ出てきてない。4コーナーで囲いに行くのだろうか。

 二度目にして通じなかったのに、三度目なんて意味ないのに。でも囲むなら早めに仕掛けるはず。

 テイエムオペラオーと同時に仕掛けたら絶対に追いつけない────来た。

 

『大ケヤキを超えて4コーナーに差し掛かる。ここで中段の集団がさらに詰めてきた。団子、団子状態で4コーナーを進むが、先頭は変わらずメイショウドトウ。テイエムオペラオーは、テイエムオペラオーは少し下がったか、内を行くジュエルルビーが2番手。4番手、ワガハドウとアグネスデジタルが並んで4番手、いやその二人の間を抜けて8番イミディエイトが4番手に付けたか?』

 

 

 先行も差しもまとめて上がってきた。集団に飲まれるのを嫌がったのか、アグネスデジタルはさらに外に逃げて、代わりにテイエムオペラオーの前を抑えようと、先行二人が上がってくる。

 けれど、テイエムオペラオーは囲まれる気配を素早く感じ取り、コーナーにも関わらずに一段加速して、半バ身離れていたメイショウドトウの後方にピタリと付けた。

 ああ、それは正しい。だって、メイショウドトウはあちら側じゃないから。

 本気でレースをして、テイエムオペラオーに勝ちたいと思ってるこちら側だから。

 だから、コーナー抜けた直線、加速する。

 勝つために。

 テイエムオペラオーの頭を抑えるなど考えない。

 

『残り600を超えて直線に入った! 激戦だ、大激戦になっているが、最初に集団から飛び出した、先頭はメイショウドトウ。高低差2mの坂を諸共せずに加速していく! 続くテイエムオペラオーはメイショウドトウの外にでて差しにかかる! 内には内にはジュエルルビー! テイエムオペラオーの後方にワガハドウ!』

 

 テイエムオペラオーが右足で芝を踏む。私も寸分たがわず右足で芝を踏む。

 テイエムオペラオーが左足を前に出す。私も寸分たがわず左足を前に出す。

 テイエムオペラオーの蹴り上げた足先が、前屈姿勢の私の鼻先を掠める。

 それでもピタリと彼女の後ろに付いて、坂を駆け上がる。

 

 今日が雨でよかった。雨粒が顔に打ち付けるせいで周りが見難くなるから。

 今日は風があってよかった。耳を過ぎる轟音に、些細な足音の変化に気づき難くなるから。

 今日が重バ場でよかった。わずかにテイエムオペラオーの速度が下がり、ほんの少しだけ楽に彼女の真後ろに付けれるから。

 

 後方から上がってきた子を置き去りにするとき、彼女に睨まれた。

 ごめんね。確かに私はテイエムオペラオーの敵と言ったけど、私はあなた達の味方でもないの。

 私も、テイエムオペラオーと同じく。

 

 全部が敵だから。

 

『テイエムオペラオーが、テイエムオペラオーが追い込んで来る! 逃げ切るかメイショウドトウ! 内ラチにはジュエルルビー! 

 坂を登りきった! 大外からはアグネスデジタルの追い込み!

 先頭は、先頭はテイエムオペラオーが抜けた! 残り200mを切って先頭に立ったのはテイエムオペラオー! 坂を抜けてからの末脚が光る!』

 

 テイエムオペラオーがメイショウドトウを差した。悔しげに、けれど諦めずにメイショウドトウも食い下がるが、少しずつ差は開いていく。

 テイエムオペラオーの前にはもう誰もいない。

 競り合う者が、誰もいない。

 

 ああ、テイエムオペラオー。

 

 

 

 この瞬間を、待っていたのよ。

 

 

 

『ここで動いたワガハドウ! テイエムオペラオーの外から差しにかかるが間に合うか!? 大外からはアグネスデジタルも追い込んでくる! 残り100を切ったが先頭はテイエムオペラオー、二番手はワガハドウかアグネスデジタルか!?』

 

 テイエムオペラオーと同じペースで走る。それだけで限界を迎えていた身体に、最後の仕事だとムチを打つ。意思でリミッターを外す。

 テイエムオペラオーよりも先に右足で地面を蹴るために筋繊維がぶちぶちと切れ、テイエムオペラオーよりも先に左足を前に出すために関節が悲鳴をあげる。

 先程まではテイエムオペラオーとメイショウドトウの足音しか聞こえなかった。そこに突然、私の足音が現れる。

 ぎょっとした様子でテイエムオペラオーが横を向いて、まるで幽霊にでも会ったかのように私を見た。

 

 ああ、そうでしょうね。だって、ずっと気配を殺してたもの。

 背中に目でも付けなきゃ気づけないように、真後ろの死角に付いて。足音に気づけないよう、まったく同じタイミングで芝を蹴って。

 

 この舞台へ上がるのに、五年かかった。

 

 この一瞬のために、一年かけた。

 

 

 

 そして、一勝のために、一生をかける。

 

 

 

『並んだ! 並んだ! ワガハドウと大外アグネスデジタルが! テイエムオペラオーを捕らえた!!』

 

 テイエムオペラオーの悪癖。

 競う者がいなくなったとき、テイエムオペラオーはそこまでの力しか出さなくなる。

 レースという舞台を演出するからこそ、彼女に圧勝はない。

 

 テイエムオペラオーが慌てて足に力を込める。

 だがゴール盤はすぐそこで、それで踏み出せるのはたったの一歩。

 二歩あればもしかしたら、三歩あれば確実に。テイエムオペラオーは差し換えせたと思う。

 

 最後の一歩が踏み出される。

 先に芝を蹴ったのは────私だ。

 

『テイエムオペラオーを捕らえてワガハドウとアグネスデジタルがゴールイン!! 1着は……1着は、出ました!! ワガハドウ、ワガハドウが1着!! 五冠の覇王の前に立ちふさがったのは、覇道の名を持つワガハドウだ!』

 

 走って、走って、走り抜けて。

 

 ゆっくりとスピードを落として。

 

 歩く速度になって。

 

 芝に倒れ込んだ。

 

 ごろりと仰向けになって天を仰ぐ。

 

 身体が熱い。心臓が破裂しそう。

 息がうまく吸えない。足の感覚なんかとうに無い。

 目なんか開けてられない。音なんて聞こえちゃいない。

 

 でも、そうだ。

 

 倒れる前にちらりと目に入った掲示板。

 そこに確かにあった、13番。

 

 だから、腕だけは、しっかり持ち上げて。

 

 

 

 

 

 

 天に向かって指一本、突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<シニア期11月前半   >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<シニア期11月後半   >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<シニア期12月前半   >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<シニア期12月後半   >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<シニア期2年1月前半   >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<シニア期2年1月後半   >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<シニア期2年2月前半   >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<シニア期2年2月後半   >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<シニア期2年3月前半 曇り>

 

 流石に病室に日記を持ってきてとは言えなかったわ。中を見られたら恥ずかしいし。

 これを書くのも随分と間が空いてしまったわね。この四ヶ月、色々なことが……色々あったかしら?

 イベントらしいイベントがあったのって3回くらいよね。

 

 うんまあ、順を追って、時系列順に書きましょか。

 

 

 

 気がついたらベッドの上だった。

 ……ああ、なるほど。二度あることは三度ある。

 天皇賞(秋)に勝ったのも夢だったのかと溜息を吐きながら起きようとして────起きれなかった。

 足が動かなかった。

 おお、これが金縛りってやつか。脳だけ起きちゃうことで起きる現象で……なんてとこまで考えたところで、ようやく自分の部屋じゃないことに気がついた。

 我ながら随分と間抜けな声が出たわよ。

 文字にすると、そうね。

 

 ……ほえ?

 

 って感じかしら。

 いや違うわね、もっとマヌケな感じ。

 

 右見て、左見て、上を見て。どこ見ても知らない部屋。

 そして自分の身体が見て。ガッチガチに固定された下半身。

 え、なに、どういうこと? 理解が追いつかない。

 2、3分くらいあたふたして、ようやく腕の点滴に気がついて。「あ、もしかしてここ、病院?」って思い当たった。

 で、枕元を確認したらやっぱりナースコールがあって、取り敢えずポチッと押して看護師さん呼んで。呼んだ看護師さんが担当医の先生を召喚して。

 私が天皇賞でぶっ倒れて病院に運ばれたことを教えてくれた。

 

 いやもう、全然実感なかったわ。

 ああはいはい、いつもの夢オチね──って思ってたから。一着おめでとうございますって看護師さんに言われても。

 はぁ……ありがとう、ございます?

 みたいな。

 

 診察終わって2時間後くらいかしら。ベッドをリクライニングさせてテレビ見てたらトレーナーが面会にやってきた。

 

 

 

 

………………

 

 

 コンコンコンと、病室の扉がノックされた。

 礼儀正しい、優しいノック音。

 

「……? どうぞー」

 

 そのまま入ってくるかと思ったが、なにもなく。声をかけたらようやく扉が開いた。

 

「なんだトレーナーか。ノックしたらすぐ入ってくればいいのに」

「いやいや、そうもいかないだろう。ワガハドウ君は女の子なんだから」

 

 入ってきたのは大きな紙袋を持ったトレーナーだった。

 なにやら丁重にそれを運びながら、私のベッドの横まで歩いてくる。

 

「君なのに?」

「おや、一本取られたな」

 

 はははっと笑い、ぴしゃりと光る頭を叩く。

 

「いや、思ったより元気そうで良かったよ」

「元気っていうか、実感がない? だからいつもどおり、的な」

「ふむ…………なら、最初にこれを渡すとしようか」

 

 そう言うとトレーナーは、急に身だしなみを整えだした。ネクタイを直し、真っ白な手袋を付ける。

 そういえば服装も、なんか妙に気合の入った外行きのスーツ姿だ。

 ぱりっとノリが効いているのは奥さんの手腕だろうか。

 

 トレーナーが、持ってきた大きな紙袋から、これまた大きな真っ白の箱を重そうに取り出す。厚さはそれほどでもないが、とにかく縦横に大きい。

 それを静かに丁寧に、備え付けのテーブルに置くと、コホンっと小さく咳払いをして。

 

 箱を開けた。

 

「……へ?」

 

 そこに入っていたのは、大きな大きな、盾。

 

「──ワガハドウ君。秋の天皇賞、一着、おめでとう」

 

 大きくて大きくて、重くて重いそれを、トレーナーは私に差し出す。

 なんでそれがそこにあるのか理解できず、盾を見てトレーナーを見て、トレーナーを見て盾を見て、何度も何度も視線が行き来する。

 

「……受け取れるかい?」

「────え? あ、はい」

 

 慌てて手を伸ばし、盾を受け取る。

 ……大きい。上半身がすっぽりと影に隠れてしまう。

 木枠の部分はとても深い茶色をしていて。ニスなのかな? 顔が映るほどに磨かれている。

 盾の中央には装飾が施された金属盤がはめ込まれていて……そこには、そこ、には────

 

「トレ、ナー……返す」

 

 持って、られない、から。

 

「……ああ」

 

 私の手から滑り落ちそうだった盾を、トレーナーが受け取る。

 私は自由になった手で。

 両の手で。

 

 何度も何度も。

 

 溢れる涙を拭った。

 

 

 

…………………

 

 

 とまあ、そんな風にして私は秋の天皇賞一着の栄誉を戴いた。

 トレーナーが盾を病室に置いていくもんだから机を一脚占領しちゃって、ちょっと不便だったけど、同時に誇らしかった。

 

 それからトレーナーにはめちゃくちゃ叱られて、めちゃくちゃ謝られて。それでもまだまだ不十分だからまた後日と言い残してトレーナーが帰ったら、間を置かずに両親が見舞いに来た。

 父さんにも「無事之名バ」と叱られて、母さんにはよく勝った、自慢の娘だと言われた。

 

 で、ひとしきり話したら、担当医の先生を交えて容態の説明を受けた。

 まあ、ひどいひどい。骨折、筋断裂、関節脱臼、内出血、エトセトラ……二ヶ月の絶対安静、リハビリ二ヶ月の計四ヶ月入院。それでようやく杖ついての日常生活に戻れて、全治は一年、完治はしませんときた。

 そうだろうなってのが率直な感想。だってそれだけ無茶したもん。

 終わってみれば、正気の沙汰じゃないと思う。

 例えば目の前に岩があって、それを全力で殴れる人がどれだけいると思う?

 全力よ? 一切の躊躇ない、間違いなく手がぐちゃぐちゃになるほどの全力。

 それをやったわけ。無事で済むわけないわよ。

 

 後悔?

 あるに決まってるじゃない。テレビで有記念とかの中継見たら私も走りたいなって思うもん。あとせっかくG1で勝ったのにウィニングライブ出来なかったこととか。

 でも後悔以上にずっとずっと、満足の方が大きいから。

 だから笑って卒業する。

 

 まあ前回と違って就活できてないから、卒業と同時にプーなんですけど。

 

 

 

 

 あともう一個、何書こうと思ったんだっけ?

 ……ああ、そうそう。入院して一週間くらい経った頃だったかしら。

 テイエムオペラオーがお見舞いに来た。ナースコールして速攻追い出した。

 置き去りにされたメロンは看護師に上げた。だって私、メロン苦手なんだもん。きゅうりにハチミツかけたような味がどうにも。

 

 次の日もテイエムオペラオーがお見舞いに来た。ナースコールして速攻追い出した。

 置き去りにされたテイエムオペラオーハンドタオルは彼女のファンだという担当医に上げた。あの手のものって吸水性悪いからあんまり好きじゃないよね。

 

 その次の日もテイエムオペラオーが見舞いに来た。ナースコールして速攻追い出そうとしたけど、押す前にナースコールを取られてしまい、ついに私はテイエムオペラオーと面と向かって話さなくてはいけなくなった。

 

 ──ホントまあ、よく喋る子だった。

 こっちは相槌程度、なんなら途中からめんどくさくなって相槌すらしなくなったのに、勝手に解釈して喋る。面会時間が終了して強制退場させられるまで永遠喋ってた。

 おかげでテイエムオペラオーに抱いていた変な幻想はどっか行ってしまい、何とも言えない感情だけが残ってしまった。

 

 私はテイエムオペラオーが嫌いだった。

 私が行くと決めて、けれど挫折した道を当然とばかりに進んだから。

 

 私はテイエムオペラオーが嫌いだった。

 今度こそはと目指した先で私を打ち負かし、当然とばかりに進んでるから。

 

 私はテイエムオペラオーが嫌いだった。

 見えているのに遥か遠く、手を伸ばしても決して届かない星だったから。

 

 

 今は────わからない。

 あれから随分立つけれど、やっぱりこの感情をうまく言葉にできない。

 

 

 

 でも、そんなもやもやした中でも一つだけ確かなことがあって。

 だから、病室を追い出されるテイエムオペラオーの背中に、言ったやったの。

 

「──全部勝って」

 

 そしたら彼女は振り返って、不敵に笑って。

 

「──当然さ」

 

 そう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これにて、私、ワガハドウのトゥインクルシリーズはおしまい。 

 今日という日、卒業式を持って、トレセン学園ともさようなら。

 この日記はタンスの奥底にでも仕舞われて、10年後か20年後か、懐かしいと思えるようになった頃にもう一度開かれるんでしょうね。

 

 うん、そうね。多分そうなる。

 それなら、未来の私に一言。

 

 

 

 

 

 大満足なトゥインクルシリーズだったわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ジュニア期4月前半 晴れ>

 

 ……勘弁してよ。

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 

本作はこれにて完結です。最後まで読了頂きありがとうございました。
n週目でシンボリルドルフと同期になって蹂躙されるとか、n+1週目でチームリギルに蹂躙されるとか、n+2週目でアオハル杯でファーストに蹂躙されるとか。
そんなものはありません。
無いったら無いのです。


因みにタイトルのIF関数ですが、「=IF(A=B,X,Y)」と書かれていた場合、「A=Bが正しいならXになります。A=Bが間違ってるならYになります」というものです。
もう、お分かりですね?


最後になりますが、本作へのご意見ご評価をお気軽にお寄せいただければと思います。今後のご参考にさせて戴きます。
いゃぁ、色々あると思うんですよ。私が軽く思い付くだけでも、タイトルが見切れてて意味不明になってるとか、なげーよ分割しろとか、「馬」の字が時折混じってて萎えたとか。(誤字報告めっちゃ来た。多機能フォームによる特殊文字化までしてくれた。ありがとうございます)


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