年の暮れ、ある日の誓い。
三人の思いは、きっと。
きっと、叶うから。

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やがて来る、その時に。
いつか来る、その日の為に。


雪はアオく舞い、そして

 冷たい風が、木々を揺らし。街はもう、冬の気配がすっかり立ち込めて。もうじき、今年も終わる。あまりにも色々有りすぎた年が、終わろうとしていた。クリスマスも近付く年の瀬に、俺は――。

「……俺、どうするんだろう」

 部屋の中で一人、考える。千夏先輩と同居して半年以上が経って。俺たちは、まがりなりにも「他人」ではなくなった。朝の体育館で顔を合わせるだけの先輩後輩から、同じ家に住み夢を追う同士に。そして、そして。少しではあるけども、そこから進むことも出来た。

 でも、それだけだ。

 千夏先輩は最近卒業後の進路が決まったそうで、部屋に籠る事が多くなった。詳しくは話してくれていない。きっと、事情があるんだろう。そう思うと、俺から聞くのも躊躇われた。

 とりあえず卒業まで猪股家にいてくれるのは確かだけれども、それがリミット。卒業してしまえば千夏先輩は去っていく、それは止めようがない。もともと、千夏先輩はインターハイ出場の夢を叶える為に猪股家に来たんだ。それが果たされ、先の事も見えてきたなら、留まる理由はないんだ。

 ……本音を言うなら。俺は、千夏先輩と離れたくない。千夏先輩と、ずっと一緒にいたい。千夏先輩が俺を理由にして残ってくれるなら、それが一番いい。でも、そんなのあり得るわけがない。千夏先輩には千夏先輩の人生があって、それを邪魔するような事は出来ない。

 でも。でも。でも。もし、言えたなら。

「先輩好きです、ずっと一緒にいてください――か」

 もし。もし。もし。そう、言えたなら。

 きっと。きっと。……きっと?

 「まさか、な」

 窓の外には、雪が舞っている。その一粒一粒が、残り時間を削るカウントダウンにさえ思えて。

 俺はカーテンを下ろし、ベッドに横たわった。これ以上考えても、どうにもならないから。

 

 明けて日曜日、この辺りにしては珍しくそこそこの積雪となっている中を一人、歩いていく。部活も学校もない、いつもの休日。鈍色の雲が空を閉ざし、まだ昼間なのにどこか陰って見える。例年繰り広げられるクリスマス商戦の飾り付けも、今年はなんだか冴えなく、妙にくすんだ感じがする。

 当ても無く何時間も歩きまわり、無駄に時間だけが過ぎていく。限りのある時間が、鑢にかけたように失われていく。止めようのない憂鬱さに、心が凍てついていく。

 今までこの次期に、こんな気持ちになった事はない。きっとこの気持ちは、曇天のせいなんかじゃない。

 気が晴れない。家にいると先輩を意識してしまうけど、外に出たって気持ちは変わらない。ああ、滅入る。

「ああ、大喜。何よシケた面してさ」

「……うっせぇ」

 寒いのに元気な雛の声が、なんとなく気に障った。俺の気持ちも知らずに、と思ってしまう。

 そして、すぐさまに後悔する。こんな言い方はよくない。

 でも正直、今は雛の相手をするほどの元気が出ない。とりあえず謝って、別の道を行こう。面倒は、嫌だ。

「あー…悪ぃ。俺ちょっと、今……」

「どうせ、先輩の事でしょ」

 見透かしたような声に、一瞬身体が強張る。そして、

「ちょっと来なさい」

 俺は雛に腕を掴まれ、賑わう町を引き摺られていった。

 

 ……で。俺は何故か。雛の部屋に連れ込まれていた。久し振りに入ったけど、だいぶ変わった気がする。前より大人っぽくなったというか、シンプルになったというか。雛も色々あった、って事なんだろうか。そして部屋の主は、俺を置いて部屋を出てしまっている。なんなんだ一体。

 勝手に帰ってしまおうか。でも帰ったって、特に居場所があるわけでもない。他に行く先もない。

 何を考えてるか知らないけど、別にいいか。どうでも。天上を仰ぎながら、ぼんやりと思う。

 そして、しばらくすると雛は戻ってきた。

「ふぃー……」

 ……明らかに、ほっこほこになって。部屋に石鹸系の香りを漂わせ、上気した肌で。

 ……いくら寒いからってこのバカ、客を部屋に残して風呂入ってやがったのかよ。とっとと帰りゃよかった。人を引っ張り混んどいて、何寛いでんだよ。

 湯気まで漂うホカホカバカは、そのままちょこんと俺の横に腰かけた。なんなんだよ。

「あのさ、大喜。一つ、言います」

 雛は、珍しく緊張した顔で。

 俺を見詰めて。

「私は、大喜が、好きです」

 清々しい笑顔で、そう――言った。

 そして雛の身体が、俺に密着する。薄く感じる汗の気配、柔らかな膨らみの感触、熱い吐息。雛の全てが、俺に向けられている。俺の心臓は早鐘を打ち、胸から飛び出しそうだ。

「大喜、どうしたい? 私は、良いよ。何もかも、大喜にあげて構わない」

 ゆっくりと雛の服が滑り落ち、その身体が露になる。

 紅潮した肌と、交錯する視線。

「今は、自分のことだけ考えて良いよ。私の事は良いから。……大喜は、どうしたいの?」

 雛の目には、涙が浮かんでいる。その涙と、そして震える手が。雛の覚悟を告げている。

 からかってるわけじゃない。雛は本気だ。自分の全てを、賭けている。

 ――でも。俺は。

 だから、俺は。

「ごめん、雛……」

 雛の身体を押し退けるように、立ち上がる。

 俺は、最低だ。雛に、こんなことまでさせて。俺が、ウジウジしてるから。だから、雛は。

「ごめん。俺、千夏先輩が好きだ」

 雛よりも。誰よりも。全てを捨ててでも、あの人が好きなんだ。

 分かりきっていたのに、見ないふりをした。千夏先輩の為だから、なんて嘘だ。俺は、怖かっただけだ。雛には、それが全部分かってたんだ。だから、こんな――

「そっかー……、そっか。あーあ、フラれちゃったなぁ」

 雛は涙を溢しながら、笑っている。顔中涙でグシャグシャにして、それでも笑おうとしている。俺の為に。

「じゃあ大喜、ちゃんと真っ直ぐ帰って、ちゃんと言うんだよ。アンタは悩むような頭が無い、バカなんだから」

 心配してくれて、ありがとう。

 背中を押してくれて、ありがとう。

 好きになってくれて、ありがとう。俺の、大切な親友。

 感情が決壊し声を上げて泣き崩れる雛をそこに残し、俺は走り出した。

 

 既に冬の短い陽は落ちて、夕闇の中。雪に足を取られて何度も倒れ、打ち付けて切れてブチ当たって。あちこち血と泥にまみれ、それでも力の限り走った。怪我も汚れも、意識から振り払う。行かなければ。伝えなければ。俺の、思いを。

 玄関に駆け込み、靴を脱ぐのももどかしく。母さんの怒声を背中に受けながら、汚れたまま二階へかけ上がる。

 ――先輩は、いつものように、そこにいた。

「千夏、先っ輩、……」

 喉が裂けそうで。頭はフラついて。でも、言わないと。俺は。

「先輩、好きです!」

 声を調整するなんて、出来なかった。

 叩きつけるように、ただぶつける。

 自分勝手で、馬鹿げて、子供じみた、本心を、力の限りぶつける。

「俺、千夏先輩と離れたくないです! どこにも行かないでください!!」

 困惑しているであろう千夏先輩の顔は、もう見えない。

 満身創痍の全力疾走と絶叫のツケで、視界は歪み息も絶え絶えだ。

 身体が、もう動かない。意識を失い崩れ落ちる俺は、でも確かにその時聞いたのだ。

「私も、――」

 先輩が小さく、そう呟いたのを。

 

 そして、目を覚ますと。そこには、千夏先輩の泣き顔があった。俺を抱き抱えて、千夏先輩は泣いている。

 泣かないでください、俺なんかの為に。先輩を悲しませたくなんか、無いんだ。

 軋む身体をなんとか、痛みを堪えて動かそうとする。

 動け。

 動け。

 今動かないなら、こんな身体はいらない。死んでも動け。そう思いながら、どうにか腕を動かし、千夏先輩の顔に触れる。

 涙を、拭うために。千夏先輩をこれ以上、泣かせないために。

 「大喜、くん……っ、起きた、んだね……」

 千夏先輩の瞳からは、また大粒の涙がこぼれ落ちた。

 でも、それでも。千夏先輩は、俺を励ますように、笑ってくれた。

 

 そして俺たちは、今まで出来なかった――しなかった話をした。千夏先輩も俺も、離れたくなんか無い。

 でも俺たちはまだ20年も生きていない、ただの子供だ。大人相手では我が儘一つ通す事も出来ない、無力な子供だ。

 だから、言わなかった。言えなかった。それを言ってしまえば、何も出来ない無力感を相手にも味あわせるだけだと思ったから。

 だけど。二人でなら。

 俺と千夏先輩が、一緒に力を尽くしたなら。

 出来るかもしれない。

 丸くは収まらなくても、どうにかなるかもしれない。

 だって、俺たちだから。

 街の賑わいを窓の外に感じながら、俺たちは口付けを交わす。

 奇跡は、起こせるのだと。

 俺たちなら、起こせるのだと。

 もうじき聖誕祭を迎える神の子に、見せ付けるように。




実はR18にする予定でした。
まぁ、そうするとさすがに大喜くんがね……。


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