感じるタイプのウマ娘
信号を待っていたらなんか突然衝突音とスキール音が聞こえたと思ったらなんか意識が途切れて気がついたらなんか息苦しくてなんか自分の口から出る泣き声をコントロールできなくてさらにはなんか視界が朧げで何一つ状況が掴めないのがなんかもうなんかすっごく恐ろしかったのだが、しばらくしてそのまま泣き疲れて眠ってしまった。
…というのがつい先日の僕の話だ。当時の混乱具合が非常に良く再現されている説明だ。何を言っているか分からないという方はそのままでいい。だって僕も何がどうなってるか分からなかったんだから。
さてさて、改めて簡潔に、馴染みの深い言葉で説明させてもらうと、僕の経験したこの奇天烈な出来事は『転生』なのだろう。今の僕はどうやら、産道を通り、しっかり産声を上げた健康ベイビーであるらしいからしてそう判断した。
さらにもうひとつ判断理由がある。これはなんともスピリチュアルな話になるのだが……今もひしひしと感じるのである。魂とかいうやつの存在を。
魂が、僕の胸の内側からそれはもう激しく存在を主張してくるのだ。現在進行形で行なっている数々の思考や記憶は脳によってではなく、その魂、的なものと深く結びついて保たれているのが理解できる。
というか、そうじゃないと僕は生後数日にして論理的に思考し、存在しない記憶を抱える訳分からんベイビー、ということになる。
軽く自己紹介すると、以前の僕はその辺のコンビニやらファストフード店を探したら1人はいるタイプの一般男子高校生であった。決してそういったスピリチュアルなものを感じるタイプの人ではなかった。
特技はペン回し。朝はパン派。しいて変わったところをあげるなら両親とは幼い頃に自動車事故で死別、叔父夫婦のもとで暮らしていたことくらい。はっきり思い出せる。
記憶が薄れる、というようなことは今のところ起こっていない。むしろ逆。忘れていた些細な出来事、何気ない日常の中で交わしたしょうもない会話の一語一句すら正確に思い出そうと思えば思い出せる。理由はいまいち分からないが、新品の脳に備わっているはずのない記憶を思い出せたりするのだから、おそらくは魂に刻まれている、とかそんなところだろう。
転生といえばチートと言っても過言ではない。むしろ転生=チートであると言える、多分。僕の場合「前世を正確に思い出せる」というのがチートにあたるだろうか。なるほど、たしかにとても便利だ。神様とコンタクトした覚えは無いが、これは神様から若くして亡くなった僕への贈り物かな?
とりあえず感謝しておこう。センキューゴッド…ジーザス…ブッダ…いや、古来より万物に神が宿ると信じてきた日本人として、やはり全てに感謝しておこう。センキュー八百万。センキュー、まだ目が発達してないので明暗くらいしか分からないから顔を知らない今世の両親。
と、いろいろ考えていたら眠気が……あっ、逆らえないこれ……
◆
ようやく五感が整ってきて周囲の状況がなんとなく把握できるようになった今日この頃、ママが来たわよ〜などと言ったのちすっと僕を抱いた今世の母を見てびっくり仰天。
ケモ耳生えちょる。ついでにフサフサしっぽも。
よく意識してみると僕にもついてるっぽいケモ耳&しっぽ。これは……馬のものかな?
すわ、つまりここは異世界か!?と、一瞬思ったものの、部屋の照明が蛍光灯だったり、母がバリバリ日本語を話すのでいよいよ分からなくなってきた。彼女の腕に抱かれながらいろいろ考えていると、ふと声が聞こえた。
「綺麗な青毛……あぁ、なんて可愛い。貴女ならきっと素敵な名前を頂けるわ」
____そのとき、僕に電流走る‼︎
いや、(おそらく)魂に刻まれた記憶をいろいろと結びつけて結論を導き出したので、ホントに電流走ったかは分からないけど。そんなことはどうでもいい。問題は今僕が生きている世界が何なのかが分かったことだ。
『ウマ娘』の世界だこれ。で、僕はウマ娘だ。
ウマ娘こと、ウマ娘プリティーダービー。アニメ、ゲームアプリ展開などがされた大人気作品。芝やダートの上を風の如く駆け抜けた名馬達の名と魂を受け継ぐ、ウマ耳としっぽの生えた美少女達が、史実の馬達のようにレース場を駆ける……そんな内容のものなわけだが、今僕はそのウマ娘の世界にいる可能性が非常に高い。
「立派なウマ娘に育ちますように……。いつか貴女の名前が、G1レースの掲示板の最上に載るのを見てみたいわ……」
はい、数え役満。ウマ娘て。言っちゃったよ。聞いちゃったよ。
ケモ耳&しっぽ。馬の毛色くらいにしか使わない青毛という呼称。「名前を頂く」とかいう概念。しまいにはモロ「ウマ娘」ときた。
すると、生後間もない頃から感じていた魂的なものはあれだろうか。ウマソウル。随分と高性能なソウルだなぁ。
しかし、ポックリくたばったと思ったらウマ娘でした、とな。
…さてどうしましょう、これ。
◆
自分のこと、世界のことがなんとなく分かってきた今日この頃。
どうしましょう、とは言ったものの、やりたい事は既に決まっている。
中央トレセン学園に入学する。
ウマ娘として生を受けたからには、走る。走ってレースに勝つ。
それが母さんにしてやれる最高の親孝行だろう。
だが、最大の理由がある。我ながらとんでもなく身勝手な理由だ。
推しに会いたい!!!
当たり前だろ!推しが!同じ次元に!生きてる!そして!今の僕は彼女達と同じウマ娘、すなわちトレセン学園に入学可能!
だったらやるしかないだろ!何度でも言うぞ、センキュー八百万!
「せぇゅ〜!やぉよぉ〜!」
おっと、迸るパトスを抑えきれずに声が出てしまった。
「ふふっ。あらあら、随分元気ね」
ああ、あんまり暴れると母さんに迷惑をかけてしまう。自戒自戒。にしても、メッチャクチャ顔が良いな、マイマザー。ウマ娘は皆顔立ちが整っているが、その中でも群を抜いて美しい。まあ他の娘見たことないけど。確実に家族補正かかってるけど。
あ、撫でられた……気もちぃ……やば、ねむ……
◆
時の流れは早いというが、実際その通り。僕は現在3歳である。これが普通の子供だったらそうはいかないだろう。目に付くもの全てが新しく、無限の好奇心に身を任せて、無限に思える時を冒険して過ごすのが子供というものだ。
普通の子供でない僕は、既に見慣れたものばかり(ウマ娘用受話器はちょっと気になった)なので好奇心をそそられるはずもなく、実に手のかからない子供としてすくすく成長……しているわけでもない。
体がしっかりしてきたその日から、毎日アホほど走った。それも闇雲に走るのではなく、両親の目のないところでこっそり仕入れたトレーニングの知識を応用して走っている。ちなみに、例の記憶チートは今世の記憶にもバッチリ対応、つまり完全記憶チートである。おかげでより効率的にトレーニングを行えている。ウマソウルメモリー、優秀すぎるな。
まあそんなこんなで、魂とやらのおかげか、子供の成長率の高さからか、とにかく日々技能や体力の向上が実感できるのでとても楽しい。その上走るときの風を切る感覚、地を踏みしめて加速する感覚、それら自体が快感なので、トレーニングが捗る。捗りすぎてついこないだなどは母さんに、
「もっとママに甘えていいのよ……?」
と非常に心配そうな声色で言われた。ごめんなさい。
……うん、まだ3歳の娘があまり親に甘えず、他の物事にあまり興味を示さずにひたすら走り続けるとか、たしかに心配するよ。
そんなことがあって以来は、出来るだけ両親とコミュニケーションをとることを心掛けている。父さんは仕事でいない日の方が多いので、その分母さんと沢山交流することにした。
聞けば、かつて母さんは目立った業績こそ残せなかったものの、地元のトレセンではかなり有名だったのだとか。だから、トレーニングを指導してもらうことで親子の絆を深めていこうと思う。
…初めからこうしていれば良かった。やっぱりリアルタイムで教えてくれる人がいるとさらに上達が早くなる。あと、常に美しい顔面を見ながらトレーニングできるのが最高である。いや、マジで可愛いし美しいし…やっぱりウマ娘は最高だぜ!
…そんな日々を過ごす中、ふと思った。
……僕の体は生物学的には正真正銘のウマ娘、つまり女の子だ。まだ幼いので、耳としっぽを除けば男との身体的な相違はそこまではっきりしていないが、かつて例のモノがあった場所を見るとそれを実感する。正直言って……
最オブ高である。なぜなら僕はウマ娘、約束された美少女。でも心は男子。今も僕の恋愛対象は女性である。つまり、鏡を見るだけで興奮できる。こちとら元ウマ娘オタク男子高校生なのだ。たかがTS転生くらいでは僕の欲求は止まらないぞ。オタクを無礼るなよ。
……うん、僕の将来は安泰だ。多分。きっと。めいびー。
◆
特に何か大きなイベントを経験するでもなく成長し、いつの間にやら小学校に通いはじめたのは僕です。
晴れの日も曇りの日も雨の日も雪の日も走り続けて、父さんから「走りキチ」なる渾名を頂くほどにはトレーニングに励んだ。…例の静かな先頭狂さんと話が合いそうだ。
芝もダートも走りたかったので、両親に頼み込んで色々な場所に連れていってもらい、道路も河原も、山の中でもひたすら走り回った。そのため、同年代のウマ娘と比べて遥かに高い身体能力を身につけることができた。代償として、友人がいないという現実がそこにはあるが。まあこればかりは仕方ない。精神年齢は既に成人済みのやつが小学一年生の輪の中に混ざるのは難しい。一人称が「僕」で、性格も男っぽかったのもあるかも。
特に何も考えず…いや、ぶっちゃけ僕っ娘って萌えポイント高いんじゃね?…とかは考えたが、とにかく僕は家庭でも学校でも一人称は「僕」を使っていた。母さんは「父さんの影響かしら…まあ、可愛いからなんでもいいわね…」と言っていたので遺伝なのだろう、僕っ娘好き。
友人がいないことを母さんは気にかけたが、僕はそれに対して、今も、そしてきっとこれからもトレーニングが楽しいので、無理に話の合わない友人を作るよりもひたすら走っていたい、と伝えたのだが、母さんは黙って頷いた。すごい心配かけてるな僕。どうしよ、これ。早くトレセン学園に入ってしまって、母さんを安心させてあげたい。そう思って今まで以上にトレーニングに力を入れた結果、ますます心配させてしまったけども。ほんとにどうしよ、これ。まあなんとかなるだろう、知らんけど。
◆
ウマ娘にウマれてはや十二年。ひたすら走って走って走りまくって過ごし、来年にはトレセン学園に入学できる歳になったのは僕です。
十二年ともなれば、僕にも女の子としての自覚が芽生える……こともなく、むしろ前世より人と関わらず、ひとりでものを考える時間が長かったり、推しウマ娘達に早く会いたくてフラストレーションが溜まりに溜まっていたりするので、中身は未だに男寄りである。
人間関係についても、小学校高学年ともなれば話はそこそこ通じるが、やはり親しい友人と呼べる人はおらず、今の僕のクラス内でのポジションは「なんかすごいけど良く分からん奴」である。
そんな僕を心配した先生方も、僕の走りキチエピソードをおみまいしたところ、若干顔を青くして帰っていった。オチがまだなんだけどな、夜中に熊と出会った時の話。ちなみに、完璧に記憶しているため授業を受ける意味がないので、授業中はほとんどトレーニング教本を読んで過ごしていたのだが、先生がそれを咎めることはなかった。……義務教育で放任されるとは……さすが僕。
同級生にも何人かウマ娘はいるが、名前を知らないので多分モブウマ娘なのだろう。まあ、それでも超絶可愛いのだが。
彼女達の中には、中央を志望する娘はいないようだ。皆、そのまま中学校に進学し、それから地元のトレセンに通うらしい。
中央トレセン学園は文武両道。レースの能力だけでなく、学力もかなりのレベルを要求される。そのため、中央に通っている生徒のうち、かなりの数が名門の生まれだ。前世では競馬に詳しくはなかったので細かい部分は知らないが、ゲームやアニメに登場したウマ娘達は、ほとんどが実績も血統も素晴らしい馬の名を冠していたし、モブウマ娘達もきっとほとんど名門の出だったりするんだろう。
そんな中、「中央に行きたい」と言った僕を否定せず、後押ししてくれた両親には感謝しかない。聖人かな?
◆
暖かな太陽のもと、土の中から新たな命が顔を出し始め、夕暮れ時には去りゆく冬の残り香がうっすらと感じられる今日この頃、必死に何かに祈りを捧げるウマ娘、それ僕です。
先日、遂に僕の未来を決めることになる学園への入学願書を提出した。そして、今日はその結果が分かる日だ。早く結果を知りたいという思いと、落ちていたらどうしようという不安がせめぎ合って、ただいま僕のメンタルは大変なことになっている。
「頼む……!受かっててくれぇ……!」
「大丈夫だ…。ずっと頑張ってきただろ?努力は裏切らないんだよ」
あぁ父さん。努力は裏切らない。その通り。だから、足りなかった場合は確実に悪い結果を引き寄せてくれやがるのが努力ってやつなんだ。
たしかに僕は、生まれてからほぼ全ての時間をトレーニングに費やしたといっても過言ではない。しかし、中央のウマ娘は皆、才能も努力も、トップレベルの逸物だ。あと超可愛い。
僕に才能が無く、もっと努力する必要があったのだとしたら……考えれば考えるほど不安になってきた。
「貴女なら大丈夫よ。だって、私たちの自慢の娘なんだから」
あっそうだわ。僕この女神様の娘だったわ。勝ったなこれ。いやどうだろう。トレセン学園のウマ娘も負けず劣らず女神だし、やっぱり落ちてるかも…。
「ゔああ……怖い”ぃ……」
「…大丈夫よ。安心しなさい。受かってるから」
あぁ〜、全身に母さんの声が染み渡る。これがないとやってらんねぇよ…。凄い中毒性だ…。さすが女神。
「ふむ……なるほど……これは……」
「父さん?それ何?」
僕が女神様の言葉で昇天しかけていたところ、父さんが何やら書類を見ながら唸っていたので尋ねてみる。
「ん……ふふ、見たいかい?」
すると父さんは、なにやら笑いを堪えるような感じでそれを僕に手渡した……って、これ…。
「……ごうかく、つうち…?…合格…通知…?」
「さっきから言ってるだろ。大丈夫、って」
「あ……ぁ……」
あれ、もしやさっきまでの大丈夫って、そういう意味だったの…?いや、てか……僕、入学できるってこと…?
「おめでとう、本当に…。本当に自慢の娘よ、貴女は」
「受かった…?僕、中央に…?」
というか、最初から分かっていらしたのか、この方々。それでちょいと茶目っ気を出して僕をからかったわけだ。
「……てか、いつ届いてたのさ……」
「さっきお前がトイレに行ってた間だな」
「ふふ…こういう時くらい、驚いた顔が見たくて…。ごめんなさいね…ふふっ」
発案したの母さんか。可愛いな。見た目も中身も可愛い母のもとに生まれて、中央にも受かって、僕は幸せもんだぁ……。
「うぇ……うぇへへ……」
受かったんだ。そう思うと、喜びがふつふつと湧き上がってくる。あぁ、ニヤニヤが止まらない。
「おや、そんなに顔を蕩けさせちゃって…。でも、僕もそれくらい嬉しいよ。娘が中央に通えるなんて!…じゃ、今夜はお祝いだ!」
「あら……嬉しすぎて聞こえてないみたいね」
へへへ……中央トレセン……へへへ……推しと……会える……。
◆
草木が鮮やかに彩られ始め、爽やかな春の風が感じられる今日は、学園の入学式の日である。
…そんな日に僕ごときのウマ娘生を振り返るのは面白くないな。これから始まる未来、すなわち推し達のことを考えよう。
ニュースなどを見て調べたところ、僕はゲーム、アニメに登場したウマ娘達と同世代に生まれることのできた幸せ者だということが分かっている。
つまり、会える…!会えるんだ。僕の最推しにも…会える!
僕の最推し。
それは好きなことに一生懸命で、他人を気遣うことが出来、それでいて謙虚で可愛くてカッコいいあの娘である。
僕が芝とダートの両方を走ろうと思ったのも、その娘が両方を走るオールラウンダーなウマ娘だからだ。
名を、アグネスデジタル。
世のウマ娘プレイヤー達からは「デジたん」「アグネスのヤベー方」「変態」「俺ら」なんて呼ばれていたウマ娘オタクのウマ娘である。ウマ娘を間近で見たいがために中央トレセンに入学し「ウマ娘に生まれて良かったーー!」と言ってのけるような娘である。僕かな?僕も例の大樹のうろでやる予定だよそれ。「俺ら」と呼んだウマ娘ユーザーは正しかった。
…僕の目的は、彼女に「自分が尊い存在であることを自覚させる」ことである。
ウマ娘は皆美少女であり、彼女も御多分に漏れずルックスは完璧である。
しかし彼女は生粋のウマ娘オタク。あくまで自分は一ファンであり、推される側ではなく推す側だ、というようなことを何度も言うのだ。
そんなアグネスデジタルことデジたんが最推しであった前世の僕は、そのセリフを聞いた瞬間こう思った。
「お前も尊いんだよ!!」と。
今、僕とデジたんは確かに同じ次元に存在している。つまり、言ってやれるのだ。前世からの念願であるその言葉を!
最終確認。僕の任務は、絶対にG1レースに勝利し、母さんに恩返しすること。そして、デジたんに自分が尊いことを自覚させることだ!
…よし、ブリーフィング終了。気合も十分。
そう覚悟を決めた僕は、先日父さんが買ってくれた新品の靴で床を踏み鳴らし、ドアノブに手をかけた。
「…じゃ、行ってきます」
「…行ってらっしゃい」
これからは寮生活。行ってらっしゃい。という母の声を聞くのは、もうしばらくなくなるだろう。だから、しっかり記憶に焼き付ける。
僕は振り返らずに最寄りの駅へ駆け足で向かった。
…推しのことを考えすぎて、我ながら非常に気持ち悪いニヤケ笑いが止められなかったのを見られないように。
あまりにも軽率なTS。そして名前しか出なかったアグネスのヤベーやつ(小さい方)