「すみませんでしたァァッッ!!」
朝食を食べるウマ娘達で賑わう食堂にこだまする、迫真の謝罪。出どころは僕。
「…ハッ、ハイッ…?」
それを聞いて首を傾げるデジたん。可愛い。
「昨夜は本当にすみませんでしたッ!なんとお詫びを申し上げたらよいかッ…!」
「昨夜…ああっ、よく本で見かけゲフンッ!…押し倒されたことなら別に気にしてませんし、…正直良かゲフンッ!ハイッ、気にしてませんから大丈夫ですよ!」
「…ホント?」
「ホントですともッ!」
ああ、女神は僕を赦し給うた!
ただ、赦されたとはいえこのままでは僕の気が済まないというか。
実は、先日から日頃の感謝を込めてあるものを制作しデジたんにあげようと考えていたのだ。ちょうど今そのブツは僕の手元にある。
「じゃあお詫びといってはなんだけど、この制作者僕のゴルシちゃん寝顔イラスト集を…むぐぅっ!」
突然喉がきゅっとなる。言葉の途中で、背後から誰かにヘッドロックをかけられた。…まあ、当の白いあいつだろうけど。
「なあ。今確かにお前はゴルシちゃん、と口にしたよなぁ?…その手に持ってる冊子を開け。早く」
おや、ゴルシちゃんは自分のイラストに興味があるのかー。ならばじっくり見たまえよ。ははは…。
「アタシの目がおかしくなけりゃの話だが…。ここに描いてある妙にリアルな絵は他でもない…このゴルシちゃんだよなぁ?」
「おおっ…これは紛れもなくゴルシさんの絵ッ…何というか写実的で、おみ髪の一本一本からさえも尊みが溢れ出てますッ!はぁ〜しゅき〜…」
開かれたページを見て二人がそれぞれ感想を言う。ゴルシちゃんはリアル、デジたんは写実的と表現した僕の絵の特徴だが、それには理由がある。僕は完全記憶に頼って描くのでどうしてもそうなるのだ。今回の場合、ゴルシちゃんがもともととんでもない美人なのでそれがいい方向に働いたが。
にしても、デジたんに(絵が)好きって言ってもらえた。これだけで一週間は生きていられるよ。
「んふふ…ありがとうデジたむがっ!」
「気になることが多すぎるぜ、まったく。お前…こんなもんいつ作ったんだよ?作ってどうするつもりだったんだ?あ?」
首にかけられた手がさらにきつくなる。ゴルシちゃんの顔もさらに近づく。
「一つ目の質問の答えは授業中。二つ目の答えは…まあ売るため゛っいだだだだだっ絞まる絞まるッ!冗談、冗談だよ!デジたんにプレゼントするため!ホントに、それだけ、ですっ…!」
「…その言葉、嘘じゃねえだろうな…?」
こちらをじっと見つめるゴルシちゃん。既に鼻先が触れ合いそうなほど顔が近づいている。
「…嘘じゃない、から。これ以上はヤバい、死ぬ…!死んじゃうから…!デジたんが…!」
さっきからずっと静かなデジたんだが、その理由は簡単に予想がつく。キスできそうなくらいの距離まで顔を寄せる僕らを見て、魂が飛び出しかけているに違いない。
「……尊ぃ…アッ…」
ふとデジたんの方を見れば、ちょうど魂の抜け殻が生まれるところだった。それを見たゴルシちゃんは声にならないため息を吐いて、僕の首を放した。
「…デジたんは相変わらず可愛いなあ。思わず寝顔にキスしちゃいそうに…」
「ひょあああああ!は、早まっちゃあいけませんよオロールちゃんッ!」
よし、復活した。
「…お前らってマジで、うん…アレだな。…とにかく、アタシも本気で怒ってる訳じゃねえから別にいいんだけどよ。それよりも、アタシがここに来たワケを説明する。…ちょいと見てほしいものがあんだけどよ」
本題を切り出したゴルシちゃんはポケットから一枚の紙を取り出して僕らに見せた。これは…。
「トレーナーが書いたスピカの勧誘ポスターなんだが、こいつをどう思う?」
「『ナウいあなた チームスピカに入ればバッチグー』…。なかなか、独創的…ですね?」
「…まあ、一部の刺さる人には刺さるよ」
…スピカのポスター。
これが今あるということは、一部の刺さる人たち…ウオッカとスカーレットのスピカ入りが近いかもしれない。しっかり助言もしたし、二人は確実にスピカに入ってくれるだろう。なんというか、一安心だ。
僕がアニメで見た光景を想像していると、ゴルシちゃんが口を開く。
「そう、オロールの言う通り…!こんなポスターを見てチームに入りたいと思うやつなんてほとんどいねぇに決まってる!」
ばん、とテーブルを叩き、拳を震わすゴルシちゃん。しかしすぐにもう片方の手の人差し指を立て、次の言葉を口にする。
「…だから一つ解決策を考えた。それに協力してほしいんだが、どうだ?」
「ハイッ!ウマ娘ちゃんの頼みとあらばッ!」
即答するデジたん。行動原理が単純すぎる。まあそれが可愛いんだけど。
…にしても、解決策ね。ウオッカとスカーレットはポスターに惹かれてチームに入るはずだから、おそらくは何もせずともよいはずだ。
しかしデジたんとの共同作業とかいう最っ高のご褒美がもらえるならば話は別。ゴルシちゃんの解決策とやらに喜んで手を貸そう。
「もちろん僕も協力するけど…その解決策ってのはどんなものなの?」
「…詳しくは後で説明する。昼飯食ったら即刻スピカの部室前に来い。話はそれからだ…それじゃアタシは行くぜ。授業が始まる前にいろいろと準備しなきゃならなくてよ…んじゃなー!」
言うやいなやゴルシちゃんはどこかへすっ飛んでいった。
「でも…解決策って何なんだろう…。人手が必要ってことは、肉体労働で解決するのかなぁ…人数にものをいわせてウマ娘を連れていく…とか?」
「ただの誘拐じゃないですかそれ。さすがにそんなことはしないと思いますよ」
「んー…どうだろ」
スピカはウマ娘を拉致ることに定評があるからなあ。僕らの手でゴルシちゃんが目をつけた子を攫ったりすることになるかも。
オロール!デジタル!やっておしまい!
…とか言われたりして。
◆
「あの、オロール…ちゃん?」
「ん?どしたの?」
「えっと、どうしてそんな格好をしているのか気になりまして…」
「待ち人を待つときはやっぱこれかなーと…食べる?」
「い、いえいえッ!そんな畏れ多い…」
初夏の太陽の真下、スピカの部室前に立つ二人のウマ娘。
ピンク髪の美少女はデジたんで、ゴルシちゃんから貰ったアビエーターサングラスをかけアンパンと牛乳を持っている方が僕だ。ちなみに牛乳は今時珍しい瓶のやつ。購買で見かけて思わず買ってしまった。
「ところで…ゴルシさんはまだ来てないみたいですね」
昼飯食ったら来い、と言われたので来た…まあ僕は昼飯を食いながら来てるけども、呼んだ当人はまだこの場に現れてはいない。
「…もしかすると、部室の中にいたり?」
その可能性を考えてドアをノックしようとしたとき、なにやら話し合う声が風に乗って聞こえてきた。
聞き覚えがある声…というか間違いない、この声は。
「…イカすチラシだよな、これ!」
「ええ、こればっかりは同意見だわ」
道の向こうを見ると、一部の刺さる人たち…ウオッカとスカーレットが肩を寄せ合い、例のチラシに目を落としながら歩いているのが見える。
「…ハッ!かっ、隠れましょうオロールちゃん!あの聖域は侵害してはならないタイプのやつですッ!」
「あっ、うん!」
尊みを検知したデジたんと僕は、二人の邪魔にならぬよう急いで部室脇の段ボール箱の裏に隠れる。勢いあまったのか、段ボールががたがたと音を立てたが、ギリギリバレずに済んだ。
…こうして物陰に隠れると、いよいよ張り込み刑事っぽくなってきたな。
そして、図らずも二人のチーム加入シーンが見れそうだ。…あのシーンではゴルシちゃんも映っていたから、彼女は今やはり部室の中にいるのだろう。
「ここがスピカの部室?なんか静かね」
「まあ、中に入れば誰かいるだろ!よし、行こ…」
「ちょっと待って!」
…ドアを開けようとするウオッカをスカーレットが制止する。どうしたのだろう。
「ねえ、やっぱりもうちょっと考えてから入るチームを決めない?」
「…なんでだよ?」
…なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ?
「…だってよく見るとこのチーム、人は少ないし建物はちょっとボロいしで…なんだか良さそうには思えないわ」
「でもよー、チラシはイカしてるじゃねえか。それにオロールのやつも言ってただろ。自分の直感に従えって」
…固唾を飲んで見守る僕らの前で、事態は思わぬ方向へと進んでいく。
「確かにそうね。けど、こうも言ってたわ。慎重に選ぶことも大事だ、って。だからあまり一つの部分だけを見ずに、全体を見てから判断したほうがいいと思うのよ」
「確かに…もう少し他のところを見てみるか」
…マジで?
ヤバい、ヤバいぞ。僕のアドバイスが予期せぬ結果を生み出してしまった。
…僕自身、この世界がなんなのかはよく分からない。アニメ版ウマ娘の設定を踏襲しているかと思えばそうでないところもある。
そも、僕が前世の記憶を持っている時点でこの世界がアニメやゲームと同じ歴史を辿っているとは考えにくい。だから僕は一種のパラレルワールドのようなものだろうと勝手に考えている。
もしそうなら、このあと何もしなければ二人がスピカ以外のチームに入ってしまうことがあるかもしれない。
しかしそれでは困るのだ。非常に困る。
スピカに二人が入らなければ、スピカはなくなってしまうだろうから。
そうなるとアニメのストーリーが見られなくなってしまう…だけではない。
…メンバーが自分一人だけになっても、決してトレーナーの元を離れずチームに残り続けたゴルシちゃんはどんな気持ちになるだろうか。
よって、ここは多少手荒な真似をしてでも二人にはスピカに入ってもらおう。
「あの…オロールちゃん?急に険しい顔で考えこんでどうしたんです…?」
「デジたん。近くにロープだとか人が入りそうな袋とかはないかな?」
「…?いえ、特には見当たり…って、何しようとしてるんですかぁ!?」
ちょっと二人をご案内するだけだからセーフ。
何か使えそうなもの…そうだ!段ボールの中は?
確認しようと中を見てみると、やはりいろいろ入っている。
特に目を引くのは、およそ人ほどの大きさはあろうかという白いなにか…。
「…ゴルシちゃん、何してるの?」
「…クソっ、バレた」
中にあったのはゴルシちゃんがひとつと…ロープが一本、そしてずた袋が二つ!
なぜゴルシちゃんがこんなものと一緒に隠れていたかはさておき、これであの二人を拉致…ご案内できる!
「ゴルシちゃん!ちょっと手伝って!デジたんも!」
「はぁ…。しょうがねぇ、ターゲットが変わるだけだ…うん、何も問題ねぇな…」
「…あの。これって拉致では…」
「…これもウマ娘のよりよい未来のためだよ、デジたん」
「ハイッ!ならば早くやっちゃいましょう!」
こうして三人の不審者が誕生した。
「目標、前方10m…。よし、ゴルシちゃんは先回りして二人を足止めしてほしい。僕はスカーレットをやるからデジたんはウオッカを」
「了解…アタシが喋りだしたらお前らも動け…じゃ、行ってくる」
「ええ…ご武運を…!」
ウオッカとスカーレットはもう歩き出している。
火蓋は既に切られた。場に緊張が走る。
…失敗は許されない。
間もなく、ゴルシちゃんが二人の目の前の茂みから飛び出した。
「よー!そこのお二人さん!ただ今チームスピカでは超お得なキャンペーンを実施中だ!なんと!チームに入るだけでにんじん一本が無料で贈呈されるぜ!」
…今だ!
「あー…悪いけど俺らは…むがっ!?」
よし!ナイスだデジたん!ウオッカは確保できた!
「は!?ちょっとウオッカ!?どうしたのんむっ!?」
よし!全ての目標を確保!あとは部室に連れて行くだけだ!
「ゴルシちゃん、ちょっと前の方を持ってくれる?…うん、ありがとう」
「…!?その声、もしかしてオロール!?アンタの仕業なの!?どういうことよこれ!?」
「スカーレット。…手荒な真似をしてごめんね。でもこれが一番手っ取り早いんだ。分かってほしい」
スピカの存続のためには仕方がないのだ、うん。
◆
部室まではそう離れていないのですぐに着いた。
途中、抜け出そうともがいたウオッカの蹴りがデジたんに炸裂して死にそうに…尊死しそうになるアクシデントはあったが、何はともあれ僕らの任務は無事達成された。
「…中でトレーナーが待ってる。開けるぞ」
ゴルシちゃんがドアを開けた次の瞬間、待ってましたと言わんばかりの勢いで一人の男が飛び出してきて口を開いた。
「よーし!よく来た!今日からお前らはチームスピカの…って、なんか多くないか?」
困惑するスピカのトレーナー。…まあ、当初の予定よりも大分人数が増えているだろうから、無理もない。
「ちょいと成り行きでよ。最初はそこで袋を担いでる変態どもを連れ込む予定だったが…なぜかこうなっちまった」
「ええッ!?あたしたちを狙ってたんですか!?」
「…やっぱり」
今朝ゴルシちゃんが言っていた解決策というのは、強引な手段で僕ら二人をスピカに加入させることだったようだ。…ウオッカとスカーレットをご案内していなければ、今頃袋の中身は僕らだったかも。
「おい、俺たちの知らない間に話を進めんなよ!」
「ええ!どういうことか説明してもらうわよ!」
いつの間にか袋から出ていた二人がトレーナーに詰め寄る。しかし彼は怯むことなく、…いや、あれ脚触ろうとしてない?え?この状況で?
「…いい脚だ。がっしりと強靭、それでいてしなやか。トップスピードを維持し続けられるスタミナもありそうだ…。君、名前へぶうっっ!!」
あ、蹴られた。
「いきなり何すんのよ!このヘンタイ!」
「…スカーレット。やっぱりこのチームやべぇんじゃねえか?」
しかし彼はあのスピカのトレーナー。さすがと言うべきか、すぐに起きあがって言葉を続けた。
「スカーレットね…なるほど、いい名前だ。で、そっちのカッコいい子。名前を教えてくれ」
「カッコ…!?あ、ああ…ウオッカだ…ヘヘッ、カッコいい…カッコいいか…そうか…」
さすがチョロいことに定評のあるウオッカ。もうオチそうだ。
一方でスカーレットはまだ猜疑心が残っているようで、厳しい目つきでトレーナーを見つめている。
すると、彼はなにやら態度を改めて語り出した。
「…なあ、ウオッカ、スカーレット。お前らの夢を俺に聞かせてくれ。このトレセン学園で叶えたい夢…あるだろ?」
…!なんかエモい空気が漂ってきたぞ?
「……!」
「……!」
デジたんも感づいたようだ。僕らはアイコンタクトを取り合い、ススっと部屋の隅へと移動した。
「夢…。それは、あるけど…」
口ごもるスカーレット。
「どんな大それたことでも笑ったりしないさ。だから教えてくれ」
「…一番になりたい。…具体性が無くて、子供っぽいのは分かってるわ。でも、なりたいのよ…レースでもなんでも、とにかく一番に!」
「じゃ、うちに来い。うちは学園で一番のチーム、俺は一番のトレーナーだからな。…お前の夢、俺に手伝わせてくれ」
「…っ!はい!よろしくお願いします!」
「…っ、お前が入るんだったら俺も入る!そんでいつかぜってーにダービーを獲る!それが俺の夢だ!よろしく頼むぜ、トレーナー!」
…こいつら、やっぱりチョロいな。
にしても、よかった。色々あったが二人がスピカに入ってくれて本当によかった。
ここまでの道のり…紆余曲折もいいところだったよ。まったく。
「…はぁ〜エモォ…」
「エモいねえ…」
そしてデジたんの言う通り、非常にエモいものを拝ませてもらった。今日の頑張りの対価にしてもお釣りがくるほどのエモだ。ありがたい。
僕らが感動に打ち震えていると、トレーナーとゴルシちゃんがこちらに歩み寄ってきた。
「さてと、こないだぶりだなオロール。んで、アグネスデジタル。お前とは初めましてになるな」
「えっと…?どうしてあたしの名前をご存知で…?」
「ゴルシから話を聞いてたんだ。有望なウマ娘がいるってな…うん、なるほど…実際見るとその通りだ…小さいながらも力強さを感じる脚…とんでもない逸材だな、お前は」
「ひょっ!?あ、逸材だなんて、そんな、とても…」
褒められ慣れていないので顔を赤くするデジたん。可愛い。
…じゃなくて。
ふとゴルシちゃんの方を見ると、してやったりといった笑いを浮かべていた。
…僕らを拉致ったあとにどう攻略すべきかトレーナーに伝えていたのだろう。デジたんさえオトせば僕もひっついてくる。彼女はそれを知っていたのだ。
…図られた!
「デジタル。お前のことはある程度聞いてる。だから一言だけ言わせてくれ」
待ってくれ、まさか。
「好きにしていいぞ」
「…っ!それはつまり、いくらでも推し活をしてよいと!?そういうことですかっ!?」
「ああ、お前がやりたいことをやれ」
「よろしくお願いしますッ!!」
……。
ああ、デジたんはスピカに入ったのか。そうかあ。
「…さて、オロール。お前はどうする?」
…。
返事?そんなもの決まっている。
「…これからよろしくお願いします」
こう言うしかない。
…詰め将棋のように、僕のスピカ入りが決まってしまった。
「よっしゃあ!一気に四人確保だぜ!これでチーム存続確定だ!フゥ!」
…ゴルシちゃんが嬉しそうだし、まあいいか。
アニメで見た尊い光景を特等席で拝める。そう前向きに考えよう。
いや、あの。はい。
…ダート枠空いてるしいいかなーって。
ほら、ゴルシちゃんも嬉しそうですし。