和装デジたア゛ッ…(断末魔)
「トレセンの食堂ってすげーよなあ…」
ウマ娘でひしめくお昼の食堂。
僕のすぐ横に座っているウオッカがそんなことを言い出した。
「昨日食った肉もすっげー美味かったけど、こっちも負けず劣らずというか…これが無料で食えるってすげえぜ、ホント」
「トゥインクルシリーズは超人気エンターテイメント…。その中心的な存在であるアタシたちはそれだけ期待されてるってことよね…。なんだか燃えてくるわ!」
そのまた横にスカーレット。
僕のクラスメイトにしてチームメイトである彼女たちが同じテーブルで食事をしている。
それは別にいいのだが、強いて言うなら僕の左にいるデジたんがお茶碗片手に意識を失いかけているのが問題だ。
「あ…あぁ…全方位から…必殺級の尊みが…」
円形のテーブルだったのがいけなかったかも。口の端から聖水が垂れている。可愛い。
「…その、デジタルっていつもこんな感じなの?」
「うん。すっごく可愛いよね」
僕が答えると、スカーレットは黙って茶碗を顔の前に持っていき箸を動かしたので、彼女の表情は見えなくなった。
うん、スカーレットは分かっている。デジたんが可愛いのは言わずもがなということだ。
「気をつけろよスカーレット。こいつらはすっげー仲がいいんだが、理由はいわゆる類友ってやつだ。…アタシの言いたいこと、分かるな?早く慣れねぇと…死ぬぜ」
ゴルシちゃん…やっぱり君は最高だよ。分かってるじゃあないか!そう!デジたんの尊みは慣れない者が摂取すると死んでしまう。一ヶ月ほど前の僕が逝きかけたように。それほどに、可愛いのだ。
「でも確かに二人は結構似てるよなー…。その、し…趣味だったり、適性だったり…」
「僕は生まれる前からデジたんが好きだからね。こうなるべくして生まれたんだよ」
「だとしたらよ、お前この時代に生まれることができてよかったなぁ」
…ゴルシちゃんが今言ったことは常々思っている。僕が今ここにいるのは数々の奇跡が重なっているようなものだ。僕をトレセン学園に通えるウマ娘に産んでくれた両親には頭が上がらないどころか、全力で五体投地したい所存である。
「今のヤバい発言にクイックレスポンスできるくらいにならなきゃやっていけないわけ…?」
おっと、どうして引き気味なのかなスカーレット。まあ…突拍子のない話のように聞こえるかもしれないが、それだけデジたんが可愛いのは事実だからしょうがないじゃないか。
「…ホント可愛いな。食べちゃいたいくらいに…」
「…ッ!な、なな何を言ってるんですかぁ!?」
よし、復活した。
うんうん、やっぱりこっちの方がしっくりくる。僕が攻めだ。僕が褒められ慣れていないデジたんを褒め倒してその顔をペンキぶち撒けたみたいに真っ赤にするのが正しい形だ。
昨日みたいに僕が…その…とにかく、あれは違う。
「アタシは最近分かったんだ。コイツらのことを頭で理解するよりも、脊髄で反応した方が楽だってことをな」
「…どういう意味?」
「そりゃオロール、お前らが休みなしにボケたことをヌカすもんだからよ、いちいちツッコんでたらこっちの身が持たねぇってことよ」
「いやいや、僕はむしろツッコむ側でボケるのはゴルシちゃんだよ。僕らが出会ったとき、窓の外でロープにぶら下がってて、屋上で秋刀魚焼いてたのは誰だったっけ?…最近はあんまりハジけてないみたいだけど、それでもそっちがボケ側だ。絶対に」
「…何事にもバランスってあるだろ。もしアタシがソッチ側に行ったら…確実にウオッカとスカーレットがパンクするぞ」
…僕も自分が完全にまともなウマ娘だとは思ってない。ときどき限界オタクになったりするし、そもそも前世の記憶があったりだとか、やっぱり頭のどこかのネジがほんのちょっぴり外れかけているという自覚はしっかりあるのだ。
しかしそれ以外はまとも。甘い物と走ることをこよなく愛する、どこにでもいる普通のウマ娘だ。
「…ゴルシちゃんの言い方はなんだかまるで、僕が完全にイカれてる…そう言ってるように聞こえるんだけど?」
「いやそう言ってんだよ」
「アタシもそう思うわ」
「…俺も」
嘘ぉ!?
「デジたん!?デジたんは…?」
「あの、ホントに、誠に失礼ながら…同志としてッ!申させていただきますと…。割とイッちゃってると…ハイッ!でも大丈夫です!あたしもソッチ側ですので…!」
「エッ…」
いや、いやまさか。だって僕は知っている。アニメ、アプリ、いかなる時空でさえゴルシちゃんは程度こそ違えどハジケまくっていたのだ。
「…ひ、百歩譲って僕が…アレだとして、ゴルシちゃんはそれを言う資格がないくらいにコッチ側だよ!絶対!」
「…いや、自分で言うのもなんだけどよ。アタシ結構空気読む方だぜ」
待てよ。嫌だぞそんなまさか僕がスピカのハジケ枠として認識されるなんてことが…その解釈は…!
「ちっ、違あぁーーうっ!!」
◆
「というわけで僕はとても賢くてまともなウマ娘なので今からそれを証明したいと思うよ」
「何がというわけでなのか分からんし、あとお前は確かに賢いかもしれんがまともじゃないのも確かだし、第一もう日が沈んでんだぜ?明日にしろよ」
ゴルシちゃんの言う通り外は真っ暗。閉じたカーテンの外の隙間から街灯の光が一つぽつんと見える。日が落ちきった夜、しかし今日に限ってはこれからが面白いのだ。
「今じゃなきゃダメなんだゴルシちゃん。…さてと、まずは窓を開けます。そして次に外へと…」
「オイ待て、どこ行く」
するりと流れるように外へ飛び出そうとする僕の腕をゴルシちゃんが掴む。
「…どこって、トレーナーさんのところだよ?」
「…は?」
「だからトレーナーさんのとこ。ほら、早く」
「いや待て。何やるのか知らんが、なんだってアタシを巻き込むんだよ。デジタルのやつと一緒にやりゃいいだろ…」
「彼女は今晩は少しやることがあってね。具体的には…チームに加入したからインスピレーションが湧いた…って言ってた。つまり今頃はせっせと創作活動に励んでるだろうから、それを邪魔するわけにはいかないんだよ」
「…だとしてもアタシを誘う理由にはなってねぇぞ。何かアタシにメリットはあんのかよ?」
ゴルシちゃんのくせに、なぜそんなにハッキリとした行動原理を求めるんだ。自分でも何やってるか分かってない、ただ面白いことをやる…そんなタイプだろ君は。
「…何考えてるか分かったから言うけどよ。アタシがこんなに用心深いのはお前限定だぜオロール」
「…じゃあ言うけど。メリットか、そうだね…うまくやればトレーナーさんが僕らに泣きつくのを見られる」
「…詳しく聞かせろ」
よし、乗ってくれた。
◆
「…は?発信機?」
「うん、薄型のやつ」
夜道の真ん中、闇に溶け込むような黒いフード姿の人影が二つ。こんな時間だというのにどちらもサングラスをかけている。まあ僕とゴルシちゃんなのだが。
例によって僕らはロープを使って経路を確保し、寮の敷地外へと抜け出した。そして今、発信機を頼りに夜の街へと歩いている。
昨日トレーナーと部室で話したとき、僕は彼の肩に手を置いた。…そのときにベストの裏側にブツを仕込むくらい、ちょっと頑張れば誰だってできることだ。今日チェックしたところ、信号はしっかりと彼から出ていたのでバレてはいない。
「…え、何?お前発信機いつも持ち歩いてんの?」
「まあね。何かあったときにデジたんに貼り付けゲフンッ!!」
おっと、話が逸れた。
「トレーナーさんは今日、捌かなきゃいけない書類があるとか言って自主練するように言ってたでしょ?…チームに4人も一気に加入したんだ。その手続きとかの書類に違いない。つまり僕らは今日正式にスピカのメンバーになったってわけ」
「…それがどうしたってんだ?」
「ゴルシちゃんはトレーナーさんのことよく知ってるよね?…じゃあさ、考えてみてよ。崖っぷちのスピカに救いの手が四つ差し伸べられて、無事それを掴み取ることができたとき…彼がいの1番にそれを伝えたくなる人がいるでしょ?」
「…あ、リギルのおハナさんのことか?…いや待て、なんでお前そこまで知ってるんだよ」
「知ってるからだよ。…とにかく、トレーナーさんはそれを彼女に伝えようとする。もちろん大事な話だから、直接会う。男女がプライベートな話をするんだから、場所はトレセンでも家でもなく…」
「どこかのレストランや飲み屋。トレーナーの場合、行きつけのバーがあるらしい。以前そんなことを本人の口から聞いたぜ。そこでいろいろと愚痴ってるとかなんとか…それだけじゃ飽き足らずアタシにも愚痴ってきたもんだから、その過程で知ったんだけどよ」
今ので確信した。トレーナーはあのバーにいる。アニメで何度か見たあのバーだ。
そしてアニメで見たあの光景、すなわち二人のオトナなロマンスが展開されるに違いない。
「ところでゴルシちゃん。昨日の焼肉は美味しかったよね。なんたってトレーナーさんが全て払ってくれたんだから…」
財布が空になるくらいにね。
僕の言葉を聞いたゴルシちゃんはハッと気づいたように口を開き、次いでため息を吐いた。
「ハーッ…ったく…呆れるぜ…」
「ホント、呆れるよね。まあ僕はそんなトレーナーさんのことが割と好きなんだけど」
「…アタシはお前に対して呆れてんだよ」
…そんなこんなで、僕らはビル街の光の中へと飛び込んでいくのだった。
◆
「ううううぅぅ…!俺は、俺はぁ〜ッ…ほんっとにもう…嬉しくて嬉しくて…!」
「もっとシャキッとしなさいよ。それにチームに新しい子が入ったんなら、そんなに飲んでる暇はないんじゃないの?」
どん、と音が聞こえるほど強くグラスをカウンターに打ちつける男。それを呆れやらが混ざった目で見つめて、手の内の赤いカクテルをくゆりと揺らすキリッとした女性。
ビルの光を背に、二人だけの時間を彼らは過ごしている。
「みんなすごい才能を秘めてる…本当にすごいのをな…そしてまだ選抜レースに出てもいないアイツらの才能をいち早く見抜いた俺もすごいだろっ?」
「今日はいつにも増してひどいわね。あなた、一人で帰れるの?」
酔っ払っているからだろう、彼は若干呂律の回らない舌で自分の担当するウマ娘のことを語る。女性はやはり呆れたように、しかしほんのり朱色がかった頬を男に向けてそう言った。
「まったく、危なっかしいわね…」
覚めても覚め切らない酔いを患っているその心を、彼女はきゅっと手で握りながら呟いた。
「…アタシに似合うのを頼む、マスター」
「かしこまりました」
「ゴルシちゃんに似合うカクテル…難題では?」
とまあ、トレーナーとおハナさんがエモいやりとりをしているのを少し離れた席で見ている僕らである。
しかしこの格好で店に入れたのが我ながら驚きである。フードを目深に被り、夜なのにサングラスをかけた二人…ゴルシちゃんはともかく、僕は間違いなく未成年に見えるだろうに、よく入れたものだ。まあまだ10時は回っていないので法的には何ら問題はないのだが。
「んふふ…トレーナーさんも結構可愛いよねぇ…」
「…そうかぁ?」
そうだよゴルシちゃん。サングラスの隙間から覗く目のせいでカッコよさが百倍増しになっているゴルシちゃん。
ところで、ゴルシちゃんのオーダーに笑顔を崩さず、ただかしこまりましたとだけ言ってシェイカーを振っているここのマスターはすごくカッコいいと思う。
ちなみに僕はもちろんノンアルコールのカクテルを飲んでいる…サラトガクーラーというらしい。昨日ウオッカが飲みまくっていたジンジャーエールをベースとした、中辛口のノンアルコールカクテルだ。甘さ控えめのにしたのは…口から砂糖を吐きそうになるのを見越してのことである。
「お待たせ致しました、どうぞ」
「おー…んくっ…なかなかうめーな」
このゴールドシップというウマ娘、グラスを持つだけで非常に様になる。黒い服を着ているので余計にアダルティな雰囲気が強まっている。
端的に言うと、すごくえっちなので好きだ。
するとまたもやトレーナーが喋りだした。酔って声が大きいのですぐ分かる。
「あぁぁ〜!チームが存続できるんだ、新生スピカだ!それも最強に生まれ変わったスピカだぜおハナさん!やっぱり俺ってツイてるよなぁ!」
「…ここまでやってこれたのは運のおかげなんかじゃなく、あなたのもとを決して離れなかったゴールドシップのおかげでしょ」
「ああ!そう!アイツのおかげだよ!ゴルシのおかげだ!あぁ〜…ゴルシー、ありがとなぁ〜…好きだぁ…愛してる〜…」
「…ッ!ブフッ!ケホッケホッ!」
酒に飲まれたトレーナーのあまりにも唐突な告白により呼吸を乱されるゴルシちゃん。彼女が赤面するなど大変珍しいことだ。いいものを拝ませてもらった。
「いやねーよ…。いきなりすぎてビビっただけだ」
誰にでもなく言い訳するゴルシちゃん。普段は飄々としていて周りを翻弄する彼女が逆に一人の酔っ払いにより翻弄されている。可愛い…というより美しいな。一つ一つの動作が彫刻のように綺麗で、思わず浄化されそうだ。
そのとき、トレーナーたちの方で何やら動きがあった。
「飲みすぎよ、まったく。まだ早いけど、そろそろ帰ったほうがいいわよあなた…駅まで何分かかるか分かったもんじゃないわ」
「あー、待ってくれおハナさん…その前に…大事な話があるんだ…」
「えっ…?な、何よ…?」
声のトーンを落とし、真剣な表情でおハナさんに向き合うトレーナー。ゆっくりとポケットに手を入れ、そして何かを取り出した。
…おお、まさかあのシーンを直接見られるとは。
「…奢ってくんない?」
「…まっぴらごめんよ!」
立ち上がってドアの方に向かうおハナさんに手を伸ばすみっともない男は我らがトレーナーである。
その手に握られているのは逆さまになった財布。中身は落ちてこない、なぜならそもそもないから。主に僕のせいで。
「あんなのでも、トレーナーとしての腕は確かなんだよなぁ…。それ以外はマジでダメダメだけどよ…」
それはそう。なぜ金がないのに飲みに来るのか。まあおそらく彼の方からおハナさんを誘ったのだろうから、完全に奢ってもらうつもりだったのだろう。
そのおハナさんの姿はドアの向こうに消えたので、彼はいよいよ項垂れている。
「…そして僕はこの展開を読んでいたっ!んふふ…それほどまでに僕は賢くてまともなウマ娘なのだよゴルシちゃんッ!」
「いや、それはないと思うぜ」
…やかましいっ!少なくともスピカの他のメンバーと比べれば、僕は一番まともで賢い。チームの参謀役くらいはこなせる自信がある。断じてソッチ側じゃない!
…一旦落ち着こう。今はこんなことを考えている場合ではない。
「さてゴルシちゃん。日頃からお世話になっているトレーナーさん…まあ僕はチームに入って二日だけど、とにかくトレーナーさんが困ってる。助けてあげようじゃないか」
僕は彼の方へ歩みを進めつつ、サングラスとフードを外した。
「マスター、皿を洗わせてく…」
そして、ぽんとその肩に手を置く。
振り向いた顔ににっこりと微笑みかける。
「こんばんはトレーナーさん。何かお困りのようですね?」
「…オ、ロール…?」
「はい、オロールです。ちなみにゴルシちゃんもいますよ。…財布が空っぽみたいですね。スミマセンネ、僕が昨日あんなことを言ったから…」
僕は自分の財布から札を数枚覗かせながら言葉を続ける。
「単純な好奇心で聞きますけど、決して煽ってるわけではないんですけど。…どんな味なんですか?教え子に奢ってもらう酒の味って」
人の金で飲み食いすると美味しくなるからなぁ。昨日みたいに。
きっとさぞかし美味い酒だったろう!
「…アタシってやっぱりまともな方だよな…」
ああ、トレーナーさんは随分と酔っ払っている。こんなにも顔を赤くして、足元も覚束ない。
しかし本当に顔が赤いなあ。どうしてだろうなあ?
…いやあ、来て正解だった。
◆
「さっきのトレーナーの顔面白かったな。…けど、お前の恐ろしさの方が記憶に残りすぎてるわ」
「それなりに可愛いウマ娘の僕を捕まえて何を言うんだよゴルシちゃん。見てよほら、恐ろしさのカケラもないじゃんか」
「いや、普通はあんな事考えねーしよ。例え考えたとしてもそんな恐ろしいことを実行するに足る動機なんて普通ねぇだろ…」
「…いや、ほらそれは。トレーナーさんがデジたんのことをなんだかいやらしい目で見てた気がしたから…」
「気がしただけかよ」
あの後、やけに小さいトレーナーの背中を見送って、僕らは寮の敷地内へと戻ってきた。
まだ真夜中というわけでもないが、明日に響かないように早めに床につくのがいいだろう。
「さて、部屋に戻…あれ?ゴルシちゃん?ここにあったロープは?」
「ん?…見当たらねーな」
おかしい。
僕らは今寮の壁の側…自分たちの部屋の開いた窓の真下にいる。それなのに、戻るとき用に垂らしておいたロープが見当たらない。落ちたのだろうか?いや、だとしたらロープは付近にとぐろでも巻いて転がっているはずだ。もしや…
誰もいるはずのない場所、すなわち僕らの背後に気配を感じたと思ったその瞬間、その気配はこちらの肩をがしっと掴んだ。
「やあポニーちゃんたち。どうしてこんな時間に外にいるのかな…?まったく、悪い子にはお仕置きが必要だね」
「あ、フジキセキ…さん…?その、目が笑ってない…ですけど…?」
彼女が肩にロープをかけているのを見て、僕は全てを察した。
…まあ、あれだ。寮の門限は破ってはならない。この一言に尽きる。
…次はもっとうまいルートで抜け出さないと。
スピカのトレーナーは、担当ウマ娘になにかトラブルがあったときは酒に逃げたりせずに必死に解決策を考え、本当に嬉しいことが起こったときについつい飲みすぎてしまう…みたいな人だといいなぁ(適当)