デジたんに自覚を促すTSウマ娘の話   作:百々鞦韆

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デジたんのサンタコスが見たい。
見たい。


パートナーズ・イン・クライム

「っかー!しみるぜ!夏といえばやっぱコレだよなー!」

 

夏もとうに半分を過ぎたが、降り注ぐ日差しはその終わりをまだまだ感じさせぬほどに強烈だ。むしろ、今日は今年で一番暑いかもしれない。

真上で輝く太陽の下で、爽やかにスキットルを呷ったのはウオッカである。

 

「麦茶をそんなに美味しそうに飲めるの、アンタくらいよ…」

 

「麦茶で何か悪いかよ。はーっ…スカーレットみてぇなお子ちゃまには分からねーか、こう暑い日に飲む麦茶の美味さってやつが…ホントはロックで一杯やりたいところだけどな」

 

「ロックて…普通に氷入りって言いなさいよ」

 

「スカーレット、お前ホンット雰囲気読めねーヤツだな」

 

「ハッ!何よ!背伸びしちゃって!いいわ、やってやるわよ!芝1800でいいわね!?」

 

「上等だ!ぜってー俺が勝つ!」

 

水分補給を終え、口元も拭わぬうちに駆け出していった二人。その姿を僕とデジたん、あとゴルシちゃんはゆったりと眺めていた。

 

「元気いーなー…アイツら。こんなクソ暑いのによ」

 

「ハァ…尊い…麦茶をスキットルで飲むそのこだわりっぷり…そんな渋い物を使っているのが!逆にッ!逆にヴェリィーキュートッ!」

 

あと、麦茶のロック。

随分と素敵な言い回しだ。非常に可愛い。

アレで一切狙ってやってるわけじゃないのがまたイイ。

 

「ウオッカって、可愛さとカッコよさを併せ持ってるから互いに引き立て合ってるのか何なのか…とにかく可愛いんだよねぇ。こないだ寮の冷凍庫に『ウオッカの』って書いてある丸氷用製氷皿見つけたときはマジで萌え死ぬかと思ったよ」

 

「ブフッ…そりゃ、確かに…麦茶のロックだな…」

 

「ひょっ…夜中にひとり、丸氷の入ったロックグラスに麦茶を注いで飲んでらっしゃったりするんでしょうか…それはもう…見た目がすごくエ゛ッ…!」

 

「麦茶、ロックで。…なんてバーで注文してるウオッカを想像しちゃった…可愛い…可愛くない?」

 

身長165cmで、クールな顔立ちのウオッカ。

彼女について何も知らない人が見れば、グラスの中身は文字通りウォッカに見えるかも……いや、それはなさそうだな。彼女からはなんというか、まだ成長しきっていないオーラが溢れ出している。

…だからこそ、瑞々しい魅力があって大変可愛らしく美しいのだが。

 

「ウオッカのやつ、なかなかおもしれー趣味してるよな。バイクも好きとか言ってたよな」

 

…あんまりこういう言い方はしたくないが、今の僕も部分的には「男のコ」と呼んで差し支えない。だから、俗に男のコっぽい、と言われるようなモノは嫌いではない。それこそバイクだとか。ロマンってやつだ。

 

彼女とそういうモノに関する話をしたことは何度かある。…というか、他の子にそういう話を持ちかけると「バイクより私の方が速い」と言われて終わりなので、必然的に僕くらいとしかそういう話をしない。いや、僕もバイクより速いけど。

 

とにかく、話をしていると将来乗りたいバイクがああだこうだと語ってくれるのだが、彼女はなかなかしっかりモノを調べているようで、かなり興味深い話が聞ける。

 

「…ウオッカさんとバイク…ッ!ソレはッ!あえて渋いものとウマ娘ちゃんを同時に射角に収めることによってッ!生み出されるッ!ギャップ!まったく新しい尊み…!たまりませんなぁ〜…」

 

「…まー確かにあいつ、あと三、四年したときにゃ絶対免許とってるだろーな」

 

トレセンは免許取得OKの学校だし、間違いない。18歳になった途端大型二輪だろうな。

 

「…つーか、そろそろアタシらも走るか。はやくしねぇとなまっちまうぜ」

 

そういえば、今はトレーニングの休憩中である。あんまり長く休みすぎるのもあれだし、ゴルシちゃんの言う通りそろそろ芝の上に戻ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけでバーに行ってみたくないですかウオッカさん」

 

「…は?え?」

 

…構図だけ見ると、ウオッカに酒の誘いをするデジたん、といった感じだが、実際は少し違うので安心してほしい。

 

トレーニング中に僕が「そういえばゴルシちゃんもカクテルグラスがめちゃくちゃ似合ってたよね」と言ったところ「見たことあるんですか!?」とデジたん。僕がその経緯などを話したら「それは…ぜひとも拝まなくては!!」と彼女は息巻き、そして今に至る。

 

ちなみに、優等生なスカーレットが脱走に乗らなかったのはもちろんだが、スピカで一番アダルティな雰囲気を醸し出せるウマ娘ことゴルシちゃんは既にどこかへ行っていたので、今回二人は来ない。

 

 

「…いや、てか、そんなことしていいのかよ…?」

 

「法には触れませんよ。それに、絶対にバレない脱走経路をオロールちゃんが確保していますから、校則に違反することもありません。バレなきゃあ犯罪じゃないッ!これが真理ッ!」

 

まったくその通り。要はバレなければいいのだ。だから僕がときたまデジたんの部屋の窓から寝顔を拝んでいることだってバレてないので問題なし。

 

…デジたんは寝るときにしっかり髪をくくるタイプでして。あの、まあ、それが…非常に、良かった。言葉ではうまく表せない。

…ちなみにゴルシちゃんは髪に一切手を加えずそのまま寝るのだが、まったく傷まない上に癖すらつかないというチートヘアーの持ち主である。なんなんだあいつ。髪の神に愛されてるのか。

 

「なかなかイイ話でしょウオッカ。窮屈な学園生活にしばしの別れを告げて夜の街へ繰り出す。これほどクールなことってないと思うよ?」

 

「よし!早く行こうぜ!」

 

ホントすぐオチるなウオッカ。チョロいとかのレベルではないぞ、これは。

…ところで、このワルイことがカッコいいと思ってしまう思春期男子にありがちな現象だが、一説によるとこれは動物的な本能によるものらしい。他者を威嚇し、子孫を残すために集団の中で目立ちたがる。それが本能だから。

ウマ娘の場合「走りたい」という抗い難い本能も宿している。その力は思っているよりも強く僕らの行動を支配している。

しかし本能のままに行動することは現代社会においてあまり褒められた行いではない。とはいえ、それが気持ちの良いものであることに変わりはない。

ちょっとくらい羽目を外してもいいだろう。

 

「じゃ、バレない服に着替えたら行こうか。僕の部屋から脱出できるようになってるから」

 

「…あの、なぜあたしはオロールちゃんの腕の中にいるんです??」

 

「…ホントだ。めちゃくちゃスムーズに抱えてるもんだから一瞬気づかなかったぜ」

 

「スムーズだった?ありがとう。んふふ…」

 

「褒めてねぇよ?」

 

きっと脊髄で動いたので素早かったのだろう。本能について考えていたらいつの間にか体が動いていた。

 

「あー…なんかこう、丁度いい身長差。フィット感がある」

 

僕は今デジたんを後ろから抱きしめる形になっている。

…身長差、15cm。いい数字だ15cm。

 

「ふ、ふっ、ふー…あたしもね!もう慣れましたもんね!ほら、ね!早く行きましょう!ね!」

 

毎度のことながら、可愛い。

 

「分からん…俺は未だにお前らのことがよく分からねえぜ…」

 

オタクの本能なのだよ、ウオッカくん。…いや、僕の場合、デジたんに対してはオタクの枠組みを超えた本能が働いている。

とにかく、そういうものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

お洒落な扉の前に立つ、三人の黒フード。つまり僕らのことだ。

 

「こんばんは。…今日は三人でお越しに?どうぞ、カウンター席にお掛けになってください」

 

「こんばんは、マスター」

 

グラスを拭いているマスターに挨拶し、ウオッカ、デジたん、僕の順で席につく。

 

「ここ、トレーナーさんの行きつけの店でさ。僕も金欠のトレーナーさんを煽るのによく来るんだ」

 

「煽るのかよ…」

 

「言い方を変えると、人助けをしてる。トレーナーさんの財布を救ってるわけだからね。すぐに現金で払える僕がいなきゃマスターの負担も増えるし」

 

「ははは…まあ確かに、私も助かりますからね。

…あの方のグラス拭きの腕も、最近なまってきたことでしょう」

 

うむ、ほとんど僕のおかげといっても過言ではない。

ウマ娘とトレーナーの関係性として、例えば美貌や愛嬌、それかウマ娘らしく走りで魅了してトレーナーの心を掴んだり、はたまた胃袋を掴んだりしてそのままゴールイン…なんてのがあるが、僕の場合は財布を掴んでいるのでゴールインすることは絶対にない。

というか、これは僕の願望なのだが、トレーナーさんにはおハナさんと良好な関係を築いてほしいところである。

 

「では、お嬢様方。ご注文をお伺いします」

 

マスターの優しい声が響く。

 

ちなみに僕はなんやかんやここに通いつめている。

 

「じゃ、いつもので」

 

よって、これで通る。

 

「かしこまりました。お二方はどうなさいますか?」

 

「二人のも僕が決めちゃっていいかな?…よし、じゃあウオッカ…あ、こっちの子の名前ね。ウオッカには…バージンメアリーを。デジたん…もう一つは僕と同じのをお願いします」

 

「…かしこまりました」

 

その一言を言い終わるやいなや、スムーズな手つきで道具を取り出すマスター。真剣でありながら優雅なその立ち振る舞いがなんとも美しい。

 

「お、おぉー…!カッケェ…」

 

「…っは!危ない、イケメン二人に挟まれて危うく逝きかけるところだった…!」

 

さっきから静かだと思っていたら、死んでたのかデジたん。あんまり静かすぎてまったく気づかなかった。

 

「お待たせいたしました。どうぞ」

 

そんでもって、全然お待たせされていないうちに、グラスが僕らの三つ目の前に置かれた。

 

「…は、早く、ないっすか?」

 

「ええ、今の時間帯はお客様も少ないですからね」

 

ウオッカが驚くのも分かる。だって、そういう次元ではないくらいの早さだった。まだ三十秒経ったかどうか。なぜその早さで三つ同時に作れたんだ。

マスター…只者じゃない。

 

「な、なるほど…これが…。すげー真っ赤だな」

 

「うん、トマトジュースが入ってるからね。真っ赤(スカーレット)なんだ」

 

ところで今僕はすごく気分が良い。悦に入っている、とでも言おうか。

 

バージンメアリーとは、ブラッディメアリーというウォッカを使ったカクテルのノンアルコールバージョンである。ブラッディの名の通り、真っ赤なカクテルだ。

カクテルには、花言葉と同じような「カクテル言葉」と呼ばれるものがある。そしてこのブラッディメアリーのカクテル言葉は「私の心は燃えている」「断固として勝つ」といったもの。

ウオッカ…いや、ウオッカとスカーレットにピッタリではないか?

 

真っ赤(スカーレット)なバージンメアリーに「ウオッカ」を足せばブラッディメアリーになる。

 

僕はオタクだ。こじつけが大好きで、一の現実から百の妄想をして勝手に喜び悶え死ぬタイプのオタクだ。

何が言いたいかって、それはつまり。

クッソエモくね、ということだけである。

 

「あたしとオロールちゃんのは…なんというかフルーティーな香りがしますね。それに、キャロットジュースも入ってるような…」

 

デジたんとお揃いのものを飲んでいる、という事実が、より激しく僕の心を狂わせる。あぁやばい、最ッ高に気持ちがいい。

 

「おや、お気づきになられましたか。そうですね。キャロットジュースを含めた様々なフルーツフレーバーを使用して、ウマ娘の方にお楽しみいただけるようにと作ったものです」

 

これは、先日僕がここに来てマスターと好きな食べ物についての会話を交わした際、ウマ娘的にはやっぱりにんじんが一番舌に合う、みたいなことを僕が漏らした次の瞬間、マスターがノリノリでシェイカーを振って生み出したオリジナルカクテルである。わずか数十秒にも満たない出来事であった。

やはり彼は只者じゃない。

 

「…もしかして今の俺、スゲーカッコいいんじゃねーか…?」

 

ふとウオッカが言う。

その言葉にすぐ返事をする代わりに、二つの熱烈な視線が彼女に注がれることとなった。

 

「あああ神々しい…!インスピレーションが無限に湧き出てくる…ッ!」

 

「…いいね、カウンターが似合ってる」

 

デジたんは今すぐ筆を執りたくて堪らないといった様子だ。

 

長居をするわけにもいかないので、僕らはしばらく会話に花を咲かせたのち、二十分ほどで店をあとにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまゴルシちゃん」

 

「おう。おかえり」

 

もはや恒例となった窓からの帰宅。

今宵のゴルシちゃんも、月に輝く髪が綺麗だ。

 

「ゴルシちゃんはなにをしてたの?」

 

「まー、いろいろな。ブラブラしてちょいと面白いもん見つけたり…とかな」

 

「面白いもん?」

 

「細けえこたいいんだよ。お前の方はどうだったんだ?ウオッカとデジタルと、だろ?」

 

「うん。できればゴルシちゃんとも行きたかったけど」

 

「アタシは行きたくなったら行くぜ」

 

実に彼女らしい返答だ。

 

「是非いつか行こうじゃないか。僕としては共犯者は多い方がいいからね」

 

「共犯者て。まあそうだけどよ」

 

共有の秘密を持つこと、それは友情の距離を縮めることに繋がる。

 

「話は少し変わるけど、たとえ夜間に外出したとて、ウマ娘が危険な目に遭うことってなかなかないよね」

 

ウマ娘の身体能力というのはどうも、前世でいう馬よりも高いように思われる。だって平気で海割るヤツとかいるもん。

 

「まあ…ウマ娘が被害を負うことはないだろうが、逆に襲ってきた相手にやりすぎる心配はあるよな」

 

「確かに…」

 

前にテレビでウマ娘格闘技の映像をチラッと見たが、あれはすごかった。視認することすら難しいスピード、重機ばりのパワー。

それには及ばないにせよ、僕だって人間からしてみれば恐ろしいほどの力を持っている。

 

「…そういえばゴルシちゃん、トレーナーさんにちょくちょくプロレス技かけたり飛び蹴りかましてるけど、…大丈夫なの?」

 

「ああ、割と本気でやってるんだが、せいぜい鼻血止まりだ。あいつは硬すぎる」

 

ところで、うちのトレーナーさんの耐久力が人外じみているのは一体どういうことなのだろう。

 

「やっぱりトレーナーは最強、ってことかな…。だとしたら、ウマ娘がトレーナーになれば究極生物の誕生…!」

 

「あほくさ。早く寝ろよお前」

 

 

……真面目に考えて、結構いいかもしれないな、トレーナーになるの。

卒業後もウマ娘と触れ合える上、競走ウマ娘としての経験はきっと役に立つだろう。僕にはちょっとした特技もあるし。

 

トレーナーバッジを付けて、トラックを眺めている自分の姿を想像する。

…横に誰かいる。

ピンクの髪で、僕と同じ耳と尻尾がある。

 

…ウマ娘のトレーナーは数が少ない。それには色々理由があって、例えばそもそもトレーナー試験自体が狭き門であり、引退後にわざわざ目指す必要性がないからだとか…「人とウマ娘の絆」の力というのが結構信じられていたりだとか。

 

まあ、でも。

なれないわけじゃあない。

だったら、目指すのも悪くない。




デジたんは究極の生命体(トレーナー)になりそうだなあ…と、個人的に思っています。

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