念願のトレセン学園。
その大きな校舎が今、僕の目の前にある。もちろん遅刻などするはずもない。むしろワクワクしすぎていつもより二時間近く早起きしてしまった。
「新入生の皆さんはこちらから入学式会場の方へ向かってくださ〜い!」
声の方をうかがえば、見たことのないウマ娘…これからは僕もここの生徒だし、先輩にあたる人だ。ふと辺りをうかがうと、どこもかしこも美少女だらけ。中には前世で見かけたようなウマ娘もいる。あぁ、夢が膨らむなぁ!最高!
先輩も同級生も皆美少女…ここはもう実質天国では?
…っと、話が逸れた。
彼女の案内に従って僕は歩き出した。
◆
桜の花びらをくぐり抜けてやってきたトレセン学園の体育館、今は入学式会場であるここには、僕を含め、各地から集ってきた新緑のウマ娘達が、皆それぞれの想いを瞳に浮かべながら、その視線をステージへと向けている。壇上に立つ、鹿毛のウマ娘へと。
「____トレセン学園は文武両道。新入生諸君が、勉学、レース共に精励恪勤の心で望み、目標に向かって勇猛邁進できるよう、心から祈っています、また____」
永遠なる皇帝、シンボリルドルフ。
ウマ娘らしく均整の取れた顔立ちながら、しかし発する威圧感は彼女こそが頂点である、とこの場の全員に告げている。誰もが背後に轟く雷を幻視してしまう。そんな雰囲気を纏っている彼女こそ、トレセン学園の生徒会長である。
…が、僕は知っている。常に凛々しく毅然とした態度ゆえに、他のウマ娘から距離を置かれていて、それを結構気にしていることを。そして、その距離を縮めようと、真面目な顔してやたらとダジャレを言うなど、どこかズレたアプローチをしていることを。
可愛いが過ぎる。前世のものも含めて事前に知識はあったわけだが、それでも実物を見た瞬間、脳内麻薬がちょっと洒落にならないくらい生成された。
「ハァ…ハァ…ッ!」
尊すぎて呼吸が乱れてきた。まさかここまでとは。
恐るべし……!トレセン学園……!
「…大丈夫か?体調が悪かったら無理せずに保健室に行くんだぞ…?」
「ッ!イエッ大丈夫デス、ちょっと興奮してただけなので…!」
「そ、そうか…。何かあったら俺たちに言えよ…?」
まずった。親切な職員さんを勘違いさせてしまった。違うんです、僕はただの限界オタクなだけなんです。
いかんいかん。まさか他のウマ娘に会う度に限界化するわけにもいかない。慣れなければ…!このオタク殺しの天国に…!
一旦落ち着こう。落ち着いて周囲をよく確認し、一新入生として相応しい行動を____
「ホウッ!?!」
待て待て待てよオイッ…!もしかして、もしかしなくても…!あの栗毛のふさふさツインテールに銀色のティアラを被ったウマ娘は…!
間違いない、ダイワスカーレットだ!
と、いうことは…ここからは見えないが、同じ空間には彼女と同学年のウマ娘……すなわち彼女のライバル的存在であるウオッカもいるわけだ。
やばい、画面越しでしか見られなかった推し達が同じ次元にいる…!慣れるとか言ったの誰だよ!?出来るわけがないっ!尊みが…尊みが…!すごい…!
「フゥ〜…ッ!フゥ〜…ッ!」
というか、また声を出してしまったせいでより場を騒がせてしまった。
我が最推しデジたんは日々この尊み天国に耐えているわけだ。すごいな、うん。実際に経験してみてよりそれを実感した。ただでさえ天元突破している好感度が更に上昇していく。
「……ッッ!」
最推しのことを考えていたら、また限界オタク特有の鳴き声を漏らすところだった。自戒、自戒しなければ…。
そんなことをやっていると、どうやら入学式の方がそろそろ終わるようだ。
放送の指示に従い、僕らは自分の教室へと向かった。
その際、スカーレットやウオッカと同クラスであることが判明し死にかけたが、なんとか声には出さずに済んだ。
◆
入学初日ということもあり、授業などはなく、学園の設備の説明などを行なったのち放課後を迎えたわけだが、その間僕への尊みの供給が止むことはなかった。
「スカーレットちゃん!そのティアラ可愛いね!どこで買ったの?」
「これはママに作ってもらったの。入学祝いだ、って言って、忙しいのにわざわざ作ってくれたのよ。だから、とっても大切なものなの」
「へぇ〜、いいお母さんね!よく似合ってるわ!」
「ふふ、ありがとう」
放課後の教室。そこで今も僕の目の前で即死級に尊い光景が繰り広げられている。いやぁ…「ママ」と言った時のスカーレットの顔が、もう…国宝だよ、あれは。
そして、そんな彼女を見てニヤリと笑うウオッカ。これは多分、優等生ぶっているのをからかっているんだろう。スカーレットは本来、プライドが高く負けず嫌いな子だからな。
あ、それに気づいたスカーレットの口元が少し歪んだ。周りの娘は気づいていないようだが、彼女の顔面を常に見ていた僕なら分かる。
…お互いが相手のことをよく知っているが故に起こるこの言葉を介さないやり取り。あぁ…なんて美しいんだ…。
しばらくそんな光景を眺めていると、担任が手を叩き、皆の目を集めてからこう言った。
「皆ー!仲良くするのもいいけど、そろそろ寮に行った方がいいよ。部屋割りだとかは寮長から説明があるから、しっかり聞くようにね」
それを聞き、スカーレット他何名かの教室に残っていた娘も動き始めた。僕もそれを追うように立ち上がる。というか、この後は件の尊い二人を追おうと思っている。
この二人、寮への道中で間違いなくケンカするだろう。しかし、お互い相手のことが本当に嫌いなわけではないので、結果実に尊い光景が生まれるのだ。
…せっかくトレセン学園に来たんだ。それを拝まないでどうする。絶対に見逃したくない。
……僕はストーカーではない。僕もただ寮に向かうだけであるからして。たまたま同じタイミングで行くだけだ、うん。
案の定一緒に歩き出した二人の後を追う僕。頭の中は既に二人のことでいっぱいである。
さて、何やら尊い空気を醸し出した二人の、微細な表情の変化や髪の毛一本一本の揺れに至るまで、全て記憶するとしよう。
そして、自室で何度も何度も反芻するのだ。あぁ、妄想が止まらない、僕は今夜果たして眠れるだろうか____
「…ぃ。ぉーい。聞いてるか?」
「わあっちょッ!?!?」
トリップしかけていた僕の目と鼻の先に、いつの間にかウオッカの顔があった。…もしやストーキングしようとしたのがバレたか?
「うおっ声でか…こっちまでビックリしたぜ。
…で、オレたちに何か用でもあったのか?」
「…へ?」
「さっきからあなた、アタシたちのことをずーっと見てたから、何か用事でもあるのかと思って声かけたのよ」
まさか気付かれるとは。やっぱりあまりの尊さにトリップしかけたのがダメだったか。
「あっ、あーっと…用事とか、全然ない!全然なくて、その、なんとなく見てただけから、僕なんかにお構いなくっ!……じゃ、そういうことで!!」
「あ、オイ、待てよ!まだ名前も聞いてないのに…」
「…アンタ、自己紹介の時寝てたわね…。あの子の名前は___」
言うやいなや、僕は寮への道を駆け出した。後ろから何やら呼び止められたが、これ以上日本語を話せる自信がないのと、CPの間に挟まるという重罪を犯したくないので、僕は足を止めずそのまま寮へと向かった。
◆
「はぁっ…っふぅー…疲れた…。主に精神的に…」
幼少期からバカみたいに走っていたため、スタミナはそこそこあると自負している。この息切れは全て、尊みの過剰摂取による精神的な原因によるものだ。何はともあれ、眼前で夕日に照らされながらそびえる大きな建物が、これから僕が住むことになる栗東寮である。
トレセン学園には栗東寮と美浦寮、この二つの寮がある。
僕が住むことになる栗東寮には、先程会ったダイワスカーレット、ウオッカの二人の他、アニメ一期の主人公スペシャルウィークやサイレンススズカ、二期の主人公トウカイテイオー、メジロマックイーンなどの面々が暮らしている。そして、我らがデジたんも栗東寮である。やったね。
寮長を勤めるのは、イタズラ好きだが面倒見がよく、ウマ娘に大モテなイケメンウマ娘、フジキセキ。ポニーちゃんって呼ばれてみたい。
寮では基本的に相部屋である。僕も誰かとルームシェアすることになるのだろうが、しばらくは興奮で寝付けない日々が続きそうである。
「……よし、行くか……?」
気合を入れて建物の中へと入ろうとしたところ、なんだか視線を感じたので立ち止まる。
「ふおぉ……!入学したばかりの初々しいウマ娘ちゃんッ…!これからの生活に夢や希望、不安が混ざった複雑な感情を抱きつつ、前へと進むその姿ッ…!そしていつか、彼女たちの中からスーパースターが誕生するかもしれない…んわーッ!何度見てもたまりませんなぁ〜ッ…!」
今の、僕か?僕はいつの間にか分身の術を習得していたのだろうか?
…冗談はさておき、その声は僕の後ろから聞こえてくる。十中八九、いや十中十であの娘の声だろう。まさかこんなところで会えるとは。
ただひとつ問題があるとすれば、僕は果たして振り向いた時に意識を保てるのか、ということである。
…しかし、せっかくのチャンスを逃すわけにもいくまい。僕はゆっくりと背後に目を向けた。
「……ッ!」
____大きなリボンに、真珠のような耳飾り。ハーフツインの桃色の髪、アクアマリンの様な美しい瞳で僕を見つめる、143cmの天使がそこにいた。
「ヒェッ…!顔面偏差値高ッ!!そしてまさかのオッドアイッ!?左がゴールドで右がブルー…オタク心に響くゥ…!!」
……ビークール。落ち着け。今気絶するわけにはいかない。たとえ最推しがなにやら僕について語り出したとしても、せめて会話は成立させねば。
…にしても、デジたん。思ったよりも小さいな…。僕が158cmだから、身長差は15cmもある。…いや、可愛すぎるだろ…。
やばい、推しが目の前にいる。顔が赤くなってきた。…しかし、何も言わないのもアレなので、頑張って言葉を口から捻り出そうとする。
「……っあ…。にゃっ…な、…に、か…?」
ほとんど息を吐くのと同じように口から漏れた音はそのようなものだった。なんだこれ。日本語かどうかも怪しいぞ。しかしこれが限界だ。むしろ推しの尊さに気圧されながらもよく頑張ってるよ、僕。
「照れてる…ッ!あっ…!ハイッ!あたしはアグネスデジタルといいまして、ただのしがないウマ娘ちゃんオタクですッ!それでですね〜…尊い貴女様の御名を、是非頂戴したく思いましてッ!聞いたらパパッといなくなりますんで、どうかッ!お聞かせくださいッ!!」
あ…やばい…おしに…なまえきかれた…。いしきが……。
「あ…ぼくは…オロールフリゲートともうし……ふぁっ」
「まさかの僕っ娘ォ!?尊みのバーゲンセールですか……って、ええ!?倒れっ…大丈夫ですか!?!?どこか悪いところでも……___…____」
◆
「ん……」
「あっ、目が覚めましたか?」
「カヒュッッ」
「ええぇっ!?まさかの気絶二回目ッ!?」
「…いえっ…だっ、大丈夫デス……なんとか」
気がついたら目の前にデジたんの顔があったので思わず昇天しかけたがなんとか持ち堪えた。
…ここは、寮のロビーか?窓から外を見ると、既に日は落ちた後、街頭の光が二つ三つほど暗闇の中に浮いている。
僕はいつの間にか隅の方にあるソファに寝かされていた。もしや、デジたんが僕をここまで運んでくれたのだろうか。…推しの手を煩わせてしまった。とりあえず感謝と謝罪をしなければと思い、彼女の方に向き直る。すると、すぐ横にもう一人いるのに気がついた。僕がそちらを向こうとすると、その人は僕の手を素早く取って、甘い声で語りかけてきた。
「やあ、ポニーちゃん。私は寮長のフジキセキ。気分はどうだい?」
「…アッ、その、はい!!最高ですッ!!」
「……」
沈黙が流れる。やっちまった。めちゃんこカッコいいお顔で、その上耳を溶かすようなイケボでポニーちゃんなんて呼んでくれたものだから、テンパって変なことを叫んでしまった。
「…ぷっ。あはは!面白いことを言うね。キミ。心配したけど、体調には問題なさそうだね」
「えぇ、っとですね…。気絶したのは、その…。なんと言いますか、ついに憧れのトレセン学園に通えるんだと思ったら…昂ったというか、興奮が止まらなかったというか…」
「つまり、入学したてで緊張して舞い上がってしまったというワケかい?…本当に面白いポニーちゃんだ」
正しくは推しに会えて舞い上がってるんですけどね。ちなみにフジキセキさん、貴女も僕が舞い上がる要因の一つなんですよ。だからそのイケメンフェイスをそれ以上近づけないでくださいしんでしまいます。
「…よかったです。何事もなく、すぐに目が覚めて…。あたしがあそこで変に声をかけちゃったから、余計に緊張しちゃいましたよね…。ウマ娘オタクを名乗っておきながらなんたる失態…!もう、何とお詫びすればよいかッ…!」
まずいデジたんの表情に少しだけ陰りが見える嘘だろ僕は君の笑顔が好きなんだ生きがいなんだそれがまさか僕が原因でそんな顔をさせてしまうなんてデジたんオタクを名乗っておきながらなんたる失態とにかくなんとかしないと!!!
「違います違います!えぇ!決してデジたん先輩が悪いわけではなくてですね…!」
「デっ!?デジたん先輩ッ!?…まって…いきなりその呼び方は…かわッ…反則……きゅぅっ」
あ、尊死した。
…いや、尊死した。じゃねぇよ僕。何してんだ。収拾がつかないぞこれ。
「おや、ポニーちゃんの次はデジタルくんか…。まあ、彼女はたびたび気絶するし、理由もわかっているから、もう慣れたものだけどね」
「そういうものですか…」
デジたんェ…。いや、てか寝顔可愛いな、この天使…。
…これ以上見ると目が焼けそうなので、フジキセキさんの方に目を逸らす。
「にしても、彼女がキミを抱えてきたときはビックリしたよ。…まさか、緊張で気絶したなんてね。
…これからは気をつけるんだよ。私が側にいればキミを支えてあげられるんだけど、生憎と私はここの寮長でね。常にキミのそばにはいられないから」
「ほぁ…カッコよ……あ、はいっ!気をつけます…」
容姿、声、言動。全てがイケメンすぎる。これは男も女も確実に惚れるよ…。
「それで…ポニーちゃん。キミの名前を教えてくれるかい?」
「あっ、はい。オロールフリゲートといいます」
オロールフリゲート。例の高性能ウマソウルに僕の名を尋ねてみたところ、そう返ってきた。そういう競走馬がいたのかどうかは分からない。超大容量メモリを有する癖して、名前の由来は不明らしい。
オロールは仏語で「曙光」、フリゲートは船の一種の名前らしい。
まあ、響きがいいので意味は正直どうでもいい。とにかく、これが僕の今世の名前だ。
容姿だが、まず髪は青毛…つまり青みがかった濃い黒髪。心の性別は男なので、他の牡馬がモデルのウマ娘のように、シンプルな金のリング型耳飾りを右耳につけている。そして目だが、左が金、右が青のオッドアイという若干中二病じみた色をしている。胸は…普通だ。見栄っ張りでも誇張でもなく、本当に大きくも小さくもない。…年とったらデカくならないかな…。正直そっちの方が良ゲフンゲフン。
「オロールフリゲート…か。たしか…この部屋だ。ほら、これを見て」
そう言ってフジキセキさんは僕の方に肩を寄せ、ポケットから取り出した寮の間取り図を広げ、その内の一箇所を指さした。顔が近い。すごい。こんなの無料で体験していいんでしょうか。さっきから心臓が早鐘を打ち続けては鳴り止む気配を見せない。
「寮のルールについては、学生手帳を確認して。分からないところがあったら、いつでも私に聞きにくるといいよ。」
「分かりました。…ちなみに同室の方はどんな方ですか?」
「…そうだね、会ってからのお楽しみ。キミと学年は違うけど、悪い人ではないから大丈夫だよ。…まぁ、多少変わったところはあるけどね。」
うーん、情報が少ないから誰か分からないな。もしかしたら、ゲームやアニメには登場しなかったウマ娘かもしれない。
「まだ慣れないことも多いだろうけど。私も寮長としてサポートするから、安心してね。…部屋までは一人で行けるかい?ごめんね、私はまだ仕事が残っているから…」
「はい…ありがとうございました!……あ」
フジキセキさんにお礼を告げ、割り当てられた部屋へと向かおうとしたところ、視界の端でピンク色の物体がモゾモゾと動いた。
「…ッハ!?こ、ここは…!?さっきまであたしがいたウマ娘ちゃん天国は…!?」
「随分楽しい夢を見ていたようだね。…ちょうどいい、デジタルくん。よければこちらのポニーちゃんをこの部屋まで送ってあげてくれないかい?」
え?なんて?
「ふぉぉぉ…!寝ても起きても天国…アッ、ハイッ!!了解いたしました!!その大役、喜んで仰せつかりますともッ!!」
「ア……その……」
デジたんが、僕を…?状況が飲み込めず、思わずポカンと間抜けな表情を浮かべてしまう。
「うん、よろしく頼むよ。それじゃあ、二人ともまたね」
僕が開いた口を塞げないでいると、フジキセキさんはすっといなくなってしまった。今この場には、僕とデジたんの二人きり。
先に言葉を発したのはデジたんの方だった。
「…さて、それでは行きましょう!あたしについて来てください!」
「あ、ええっと、その…ありがとうございます」
よく分からんけど、結果オーライ。僕は考えるのをやめた。
「いえいえ、お構いなく!ウマ娘ちゃんのためならば、例え火の中水の中でもあたしは迷わず飛び込んでいく所存でございますからッ!」
部屋まで行く間、彼女はこんな調子で身振り手振りを交えながらウマ娘への愛を語り続けた。それがなんだか小動物のようで非常に可愛かった。
…ふう。ようやく免疫がついてきた。でなければまた気絶するところだった。
「____つまり、この場合、しっぽの動きに表れるエモが……って、すみませんッ!ウマ娘ちゃんのこととなると、つい興奮してしまって…!部屋に着きましたよ、オロールフリゲートさん!」
「長いし、オロールとかで結構ですよ。デジたん…んんっ、アグネスデジタル先輩」
「ッフゥ〜ッ!?…免疫がなければ、即死だった……!ええ、でしたらあたしめもお好きな呼び方で結構ですともッ!デジたんでもヘンタイでもオタクでもなんでもOKです!」
「ッ…デジたん先輩、その…ありがとうございました。それと…」
「はい!まだ何か気になることでもありましたか?」
…よし、今こそ任務を果たすときだ。この尊い生き物に自覚を促す。それが僕の任務であり、願いだ。
「…………その……、ぅ、僕、あなたのファン、なんですっ…!!」
おい違うだろ僕。なにやってる。
「……へっ?…ぃいやいやいや!!ななな何言ってるんですか!?まだあたしデビューすらしていませんよっ!?」
「…じゃ、じゃあ今正式にファンになったといいますか!あぁ、語彙力が…と、とにかく…ファンなんです!」
いやいやいや、何日和ってんだ、僕のバカ!…いや、日和ったというよりは、語彙力が欠損したというか、尊みがオーバーフローしかけて、尊いという概念を考えた時点で意識が飛ぶ予感がしたというか…
…僕は何を言ってるんだ?
「い、言いたいことはそれだけです!ホントに!…でっ、で、では失礼します!…」
「ちょ、ちょっと____!」
僕は息も絶え絶えといった様子で、逃げるように部屋の中へと駆け込んだ。
◆
「あぁ〜…可愛い…まじ無理だこれ…」
ふぅ…ようやく落ち着いてきた。我慢していた己のリビドーを言葉にしたら、一緒に変な汗まで出てきた。
しかし、思ったよりも遥かに難易度の高い任務だな。頭の中では苦もなく「お前も尊いんだよ」くらい言えるのに…。推しを前にすると、実際はむしろ普段より言語レベルが下がることが分かった。
しかし、今日は随分と濃い1日だった。…主にデジたん関連が。
一人になったとたん、疲れがどっと襲ってくる。風呂は…明日の朝でいいかな。夜ご飯も、学園のカフェテリアのランチが美味しすぎて食べ過ぎた気がしなくもないし、今日はいいか…。とりあえず軽く荷解きしたあと、そのあとはもうベッドに入って……と、そういえば。
「ルームメイト、誰だろう……?」
そう、今、部屋には僕一人だけ。いるはずのルームメイトがいないのだ。外出中なのだろうか?しかし、部屋には電気がついている。
その時、微風が僕の頬を撫でた。
部屋の奥を見ると、窓が開いていた。
…まさかな、と思いつつ、そちらへと近寄る。
二、三歩進んだあたりで、窓の上の方からからぬっと人影が現れた。
…えぇ?どういうこと…?
「…よお、ぬか漬け食うか?」
逆さまになっているその人影は、背後で輝く月よりも美しく輝く銀の髪を靡かせ、紫の瞳を僕に向けながらそう言い放った。
「…………………………食べます」
咄嗟に返事をした僕を誰か褒めてくれ。
…間違いない。こんなにハジけたウマ娘は彼女以外にいない。なぜか窓の外でロープにぶら下がっている芦毛のウマ娘。
彼女の名は、ゴールドシップだ。
…あまりにも奇想天外な登場に、僕はしばらく目を丸くするほかなかった。
どーもお嬢さん、知ってるでしょう?
ゴールドシップでございます。
おい、ぬか漬け食わねえか?