デジたんに自覚を促すTSウマ娘の話   作:百々鞦韆

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真の勇者アグネスデジタル、
そして彼に関わった全ての人に最大の感謝を。

心よりご冥福をお祈りします。


同志の香り

時の流れというのは早いもので、気付けば八月も残りわずか。とはいえ、まだまだ暑さは健在だが。

 

「其処な我が同志よ。随分と弛んだ表情をしているじゃあないですか…?」

 

「デジたん…。だってさあ。毎年のことだけど、こうも長く暑さが続くとうんざりしてこない…?」

 

サラブレッドがそうであるように、ウマ娘という種族は基本的に暑さに弱い。もちろん個人差はあるが、僕はその中でも特に暑さが苦手な方だ。

 

「確かにここ最近も変わらず暑いですが…!ですがですが!そろそろ気合を入れねばッ!九月十月といえば、食欲の秋スポーツの秋芸術の秋読書の秋行楽の秋…!ウマ娘ちゃん関係のイベントも盛りだくさんですよ!」

 

…秋がやってくる。

天高くウマ娘肥ゆる秋、というだけあって、トレセン学園の学食もきっと旬の食材を豊富に使った、文字通り垂涎ものの料理がいっぱいだろう。

暑すぎず寒すぎずな気候の中、数々のG1レースも開催される。

過ごしやすい季節だから、モノを作るのにはうってつけ。…頑張ってくれ、ウマ娘同人作家さん。読書の秋を盛り上げてくれ。

 

「あ、なんか急にやる気出てきた…。ビバ、秋!」

 

「その調子ですよ!今からエンジンをふかしておかなきゃ満喫できないってもんですからねぇ!秋のファン感謝祭を筆頭にッ!我々オタクに大サービスをしてくれちゃうトレセン学園が…しゅきぃ〜!まさに、天ッ国…!」

 

…デジたんは本当に自覚がないから困る。そんな可愛い顔で「しゅきぃ〜」とか言ってるのを見た僕の気持ちを考えてほしい。

 

「というか、ファン感謝祭かぁ…。僕らはまだデビューすらしてないし、裏方仕事かな?」

 

「ハイ、多分。…たまーに、ホントにごく稀ですが、先行投資的な感覚でデビュー前のウマ娘ちゃん目当てに来るファンの方もいらっしゃるようです。いずれにせよ、デジたんは裏方に徹するでござる…。ウマ娘ちゃんの魅力をもっと皆さんに知ってもらうための崇高な任務ッ、死力を尽くしてでも遂行しなければッ!」

 

…これは、デジたん需要を増やさねばなるまい。

数多の推し活スポットに遍在し全力で推し活に励んでいるデジたん。

…重度のウマ娘オタクにとっては「毎回自分が行く場所行く場所に必ず居る同志らしき美少女」という存在にあたる。

…おそらく、現段階でもファンはいる。

つまり、火種はある。あとは大きくするだけだ。

 

そして、推す側の気持ちをよく知っている彼女のことだ。自分のファンに塩対応をとるはずはない。

…ファン感謝祭までにやることやれば、デジたんに接客してもらえるのでは!?少しベタだが、メイド服とか着てほしいなぁ。

あぁ、夢が広がる!

 

…デジたんの魅力を伝えるために、具体的に何をするかといえば、そりゃあもちろん…読書の秋だ。

 

「ときに、デジたん、我が最愛の同志よ。君はいわゆる生産者なわけだけど…作ったブツはいつどこで捌くの?」

 

「コヒュッ…ッ!?スゥー〜…ッ。ハイ、ハイ。…えぇ、まあ、ハイ。そ、それはですねー…。即売会といいますか、イベントといいますか…そんなところで…」

 

「…?急に挙動不審だね。というか、そのイベントの名前が知りたいんだけど」

 

「ヴッ…!?し、知って、どうするんですか…?」

 

随分と変なことを聞く。それに、さっきからやけに焦っている。

…どうしてだろう。

 

「普通にそのイベントに行く。決まってるじゃん。なんだったら手伝おうかとも思ってたけど…あ、もしかしてあれ?リア友に見られるのは嫌、的な…?」

 

「いえいえ全然そんなことは…ッ、あの…えっと、ですね…。申し訳ございませんんんんッ!!」

 

なぜ謝るのか。コレガワカラナイ…いや待て、予想してみよう。

見られたくない理由があるのだろうが、それは何か。

 

「あ、もしかしてだけどキャラのモデルにスピカのメンバーを使っ…」

 

「イヤそのオロールちゃんのに関しては攻め受け両方用意してるとかそんなこと言えるわけないじゃないデスカー…ハハハッ…」

 

「なるほどオロ×デジ本というわけか…」

 

「違う違ぁう〜そうじゃ〜っない〜!?あたしなんかが尊み溢れるCPを構成できるわけがありませんし…第一ウマ娘ちゃん本に自分を描くとか…無理ですッ!おこがましい!基本的にどんなCPも全肯定するあたしですが、それだけはダメですッ!」

 

「ほら…夢漫画的なノリで…」

 

言ってはみたが、デジたんは他ウマ娘との関わりにおいてオタクとしての一線を引いているので、自らが登場する本など描くことはないだろう。…できれば描いてほしいが。

ちなみに僕は夢女子であって夢女子ではない。かつて抱いた二次元への憧憬という夢は今や現実となった。というか、ガチ恋が始まったのはデジたんをリアルで拝んでからだ。

…僕はそもそも女子か?いや、そんなことはどうでもいい。

 

「…確かにあたしとてウマ娘。容姿に関しては中の上くらい、それなりのものだという自覚はありますとも。しかしだからといってあたしを登場させても需要がないと思…」

 

「ある。あるよ、うん。すっごくある。デジたんはいい加減そろそろ正確な自己認識をするべきだ。あと需要の有無の話をしておくと、僕の需要なんかまったくない。誰も買ってくれないに決まってる」

 

「そんなことはありませんッ!僕っ娘需要もオッドアイ需要も常に一定数存在するんです!オロールちゃんは自分の可愛さを自覚するべきです!」

 

特大ブーメラン刺さってますよー。

 

「…それと、このアグネスデジタル、お金やちやほやされるためにウマ娘ちゃんを描くわけじゃあありません!同志たちにウマ娘ちゃんの素晴らしさをもっと知ってもらうことッ!それこそがあたしにとって大事なのですッ!デビュー前のウマ娘ちゃんにしかない尊みを描けるのは、あたしのようなトレセン学園関係者しかいないッ!ならば描かないことがあろうかッ?いや、ない!」

 

拳を握りしめ熱弁するデジたん。

 

「そういえば、オロールちゃんは…嫌じゃないんですね。本のネタにされるのは…」

 

「デジたんが描くんならむしろどんどん描いてほしいかな。そして可能なら君自身の手でオロ×デジ本を…」

 

「描きませんよ!?」

 

うーん、残念。

 

「じゃ僕が描こう。よし、今日からイラストの練習を…」

 

「あ、あの!あたしが…そういうCPを構成するのは…その、深刻な解釈違いというか、いろいろどうかと思うんですよ…?」

 

「そっか…。でも問題ないよ。君という存在はさながら古代ギリシャの彫刻のごとく!まさに、美!それを体現してるわけだ。だからデジたんオンリーでもいけるし、なんならデジ×デジでも…イイッ!」

 

「いくないっ!…とにかくっ、ダメです!」

 

「僕はね、デジたん。君のことが何よりも大好きでさ。見ていると幸せを感じるし、しばらく顔を見てないと寂しくなって死にそうになる。…こんな僕にとっての幸せは、君の神々しさを紙とインクで表すことなんだ!」

 

「あのー、ですね。あたしなんかを推さない方があなたのためになると思いま…」

 

「デジたん?そんなこと言わないでデジたん?…大体さ、こないだ僕らは霊体で触れ合ったわけだけど。これってもう行くところまで行っちゃってると思うんだけど。ABCでいうところのZだと思うんだけど」

 

「そのりくつはおかしいです」

 

おかしいかな。魂レベルの交わりはディープもディープ、最終到達点だと思うのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで休日。僕がやってきたのはとある画材屋さんである。

とりあえず形から入るべく、なんか本格的な雰囲気のある場所に来てみた。

アナログな道具を揃えようとしている理由だが、大したことじゃない。ただ、デジタル、なんて名前のくせにアナログで創作活動に励む彼女に対する敬意。それと、デジたんの手指から時々ほんの僅かに漂うインクの香りというものが好きだからである。

 

にしてもこの店、実に良い雰囲気だ。

今は客足も少ないようで、淀んだ匂いが鼻に入ってくるのがまた心地いい。

 

「さて、と…デジたんが持ってるやつは…これかな?」

 

先日、彼女の机を横目で見たときに置いてあった道具をいくつか見つけた。もちろん買うに決まっている。

デジたんが使っている画材、それはもう実質デジたんである。そういうものだ。

 

「…ん?つまりそれを持って眠れば同衾では?」

 

なんだ、そういうことだったのか。

それに、同じ屋根の下で眠っていると考えれば僕はデジたんと既に同棲していると言っていいのでは…?

 

「んふふふ…ッあだっ!…っと、すいません」

 

おっと、考え事に熱中していたら人とぶつかってしまった。

 

「…いえ、こちらこそすみません」

 

ぶつかった人は女性のようで、高く澄んだ声が聞こえてきた。ふと顔を見てみる。

うわ、ものすごい美人だ。正統派美少女です、と言わんばかりの美しい黒髪に、思わず見惚れてしまいそうな不思議な魔力のあるクールな瞳、それにウマ耳…ウマ耳?

 

「……メジロドーベル?」

 

身に纏うクールでドライな雰囲気、美しい黒髪と左耳につけた耳飾り。なんだか前に見たような見た目だ。

 

「え?どうして私の名前を…?」

 

「…あッ!すいません、つい…。やっぱりメジロドーベルさんでしたか」

 

「はい、そうですけど…。すみません、もしかして前に会ったこと…」

 

「あぁ、そういうわけじゃなくて。僕もトレセン学園の生徒なんです。それでたまたま噂を聞く機会があったというか…」

 

もちろん、嘘である。

前世で僕がやたらと性別を変えるきっかけになった彼女のことはしっかり覚えている。…ホントに性別が変わってから会うとは、あの時は思ってもみなかったけど。

 

「あぁ、なるほど…。ぶつかってすみませんでした。それじゃ…」

 

「はい、それじゃ…って、待ってくださいよ。なんか…アッサリすぎません?」

 

「…はい?」

 

それじゃ…と言って、瞬きをする間もなく立ち去ろうとする彼女を引き留める。

 

「ほら、僕一応あなたの後輩ですから。せっかくですし、少しお話ししたいなぁと思いまして…いいですかね?」

 

「えぇ、構いませんけど…」

 

よっしゃあ!

叫びたくなったが、心の中に留めておく。

美少女というものはいつ見ても眼福なのだ。ウマ娘は基本的に皆が眉目秀麗だが、彼女はその中でも特に美しい。

 

…僕は決して、絶対に、断じて!Mではない。Mではないが、こういう人に冷たい目で罵られてみたいと思わなくもなくもなくもなくもなくもない。

 

「…とりあえず僕を罵ゲフン、…あー。あの、僕にはもっと砕けた言葉使いでお願いします!僕は後輩ですし、そっちのが落ち着くので!」

 

「…えっと、こんな感じ?」

 

「…アッ、ハイッ…」

 

…あっ、ヤバい!スゴクいいッ!激ヤバかもしれないッ!

こんなところで出会えるとは。

さすが名牝の魂を受け継ぐウマ娘、その一挙手一投足何もかもが余す所なく美しい。

 

「えっと…あなたの名前を聞いても?」

 

「あ、申し遅れました。オロールフリゲートです。オロールでもルフリでもゲーでも、お好きな呼び方でどうぞ」

 

「…じゃ、じゃあオロールさん。改めて、メジロドーベルよ。よろしく」

 

それきり、口を閉じたまま、ほんのりと頬を赤らめる彼女。

僕も黙りこくってしまったが、それは見惚れているからだ。心なしか顔も熱い。

彼女の美しさ、可愛らしさは知っていた。

しかし実際に目にすると、どうしようもなく綺麗で、手を伸ばしたくなるほどに輝いている髪や、キリッとした目が…

 

「…可愛い…」

 

「ぴっ…!?…え、かわ…?」

 

ああ、口に出してしまったか。

 

「すいません。心が叫びたがっていたもので。抑えきれませんでした」

 

「こころ…?ね、ねえ、今なんて言ったの?」

 

「心が叫びたが…」

 

「…その前」

 

「可愛い。…あの、可愛いなぁーと、つい本音が漏れたというか…あの、どうも性分でして…」

 

「分かった、分かったから。その…なんでもない。ただ、ただ少し気になっただけ…」

 

ドーベルさんはそっぽを向いてしまった。りんごのような顔色になっていたのは気のせいではないだろう。

…なるほど、なるほど。

 

最高じゃないか。

意図せず言ってしまった言葉が彼女の萌えポイントを引き出してくれた。

 

「…ドーベルさんってホント可愛いですね」

 

「ッ!お世辞はいいから…」

 

こちらを向いて返事した彼女の顔には、いろいろな感情が浮かんでいるのが見てとれた。

しかし尻尾の方が大分分かりやすい。さっきからブンブン音を立てて振れている。照れ、恥ずかしさ…そして喜びが混ざった感情が尻尾に表れている。

 

ドーベル、という名前がコンプレックスで、自分は可愛くもなければ女の子らしくもない、と彼女は思い込んでいる。だから卑屈になりがちな彼女だが、そこに突然投げかけられた初対面のウマ娘…すなわち僕の言葉は意外なものだったのだろう。お世辞だと思い込もうとする部分と、素直に嬉しくなる部分が彼女の中に同居しているのだ。

 

「…この話は、やめよっか。なんだか…妙な気持ちになる」

 

…妙な気持ち、ねぇ。

 

「そうですか。じゃあ別の話を…」

 

そういえば彼女に聞きたいことがある。

 

「ドーベルさんは今日、ここに何をしにきたんですか?」

 

「…もちろん、画材を買うため。…えっと。絵を描いたりするのが趣味なの」

 

「あぁ…。どんな感じの漫画を描くんですか?」

 

「そうだね…って、え…ッ!?なんでそれを知って…ッ!?…っあ!いや、なんでもない、なんでもないから!今のは忘れて!」

 

「忘れろと言われても。…あの、どうしたんです急に?」

 

「なんでもないから…!本当に」

 

一体何が彼女をそこまで慌てさせるのか。

…なんとなく予想はついた。

僕が今「漫画」と言ったからではなかろうか。

 

メジロドーベルのヒミツ。

それは、自作の少女漫画が引き出しの奥深くに眠っていること。

…そんな場所にしまうくらいだ。例のごとく、自分には似合わないと思い込んで人目につかないようにしているというわけだ。

 

「…ドーベルさん。今僕が漫画と言ったのは、ただ単に僕の描こうと思ってるものがソレだったのでつい口に出しちゃったんです。少女漫画…とよく似ていなくもない…部分的に似ているようなものを描くつもりでして」

 

「……」

 

「ドーベルさんもそんな感じ…ですよね?何も隠すことはないですよ、モノを作るってのは素晴らしいことなんですから」

 

「…アタシには、いまいち似合ってないと思ってさ。この際言うけど…こんなアタシが、…しょ、少女漫画なんかに憧れるなんて。おかしい…気がして」

 

そんなことないです。あるわけがない。何に憧れるかなんて、他の誰に言われるでもなく、自分が決めるものですから。

 

「いやいやいや、可愛いがすぎるってこれは…」

 

「…えっ?ちょ、え?」

 

「…ア゛ッ。スゥー…。あの。本音と建前が逆になってしまっただけですので!お気になさらず!…とにかく!可愛いドーベルさんに少女漫画は似合ってます!似合いまくりです!」

 

「…あ、うん」

 

「自信を持ってください!ドーベルさんには自分が可愛いっていう自覚が必要です!」

 

「…あの、うん。頑張る…よ」

 

…なんだろう。

肝心なところがダメだった気がする。決めるべきところで決められなかったような。

まあ結果オーライだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何してんのお前。十二月の深夜の受験生のモノマネ?」

 

「いや、デジたんを全力で感じてる」

 

「スマン。アタシが悪いわけじゃないと思うが、アタシには理解ができねぇ」

 

「理解しなくていい。感じるだけでいいんだ」

 

とりあえず部屋に帰ったあと、すぐさま購入した物を机の上に並べてみた。デジたんの机と同じ配置に。

 

「僕の寝床はここだ。デジたんの側だ」

 

「お前がその机をデジタルだってんならアタシはもう何も言わねぇぞ。突っ伏して寝ようとしてんのにも何も言わねえ。この星の知的生命体にゃちょいとキャパオーバーだ」

 

僕の机には今、デジたんという概念そのものが落とし込まれている。伝わってくる気がする、デジたんが。

 

「アタシ寝るわ。おやすみ…。つーかお前もおやすめ。早急に。ベッドで」

 

「…うん、そうだね」

 

万一にでも風邪を引いたら困るし、しっかり布団に包まるべきだろう。

 

僕の机にデジたんが持っているのと同じものが置いてある、というだけで大分気持ちがいいし。




最推しはデジたんです。

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